その分誤字とかあるかも。
暗視モードに切り替えたHK417-arの目が真っ先に捉えたのは、上空から降下してくる巨体だった。
目測でおよそ2.8メートル、各部は鉄血の製品特有の角ばった黒鋼の装甲が固めており、一目で重量級の駆動鎧と判断できる。出会った戦術人形の腰回りよりも太い両腕には擲弾発射器――最早ソウドオフした戦車砲とでも言うべきサイズの武装を持っている。更には、背中には左右に2つの直方体を背負っている。HK417-arは直方体の中身を武装と仮定した。
HK417-arはこの兵器を知っている。見るのは初めてだがデータベースには登録されている。
「重装甲二脚級駆動鎧……」
通称、ヘカトンケイレス。かつての大戦末期に運用された軍用有人機動兵器。HK417-arの眼前に降り立ったそれは、当時とは細部が異なった鉄血工造版とでも言うべき代物だ。
迷うことなく、HK417-arは銃を構えた。セレクターをフルオートに切り替え、トリガーを短い間隔で引く。彼女のパートナーは与えられたオーダーに従い、毎分600発の発射速度で7.62mmを三点射、主人に対して誇るように力強い反動で応答する。その反動は大きく、人間ならば銃口で跳ね上がらせてしまうようなものだが、HK417-arは強化外骨格と人工筋肉による人ならざるものとしての特権を振りかざし、無理矢理受け止め抑え込む。
ほぼ完璧な反動抑制と銃口操作により、着弾した位置の誤差はほぼ無い。装甲型であれど有効に働くであろうその攻撃を、目の前の巨人は防御することもなく平然と受け止めていた。着弾した装甲表面にはライフル弾との接触を示す僅かな凹みと焦げ跡しか残っていない。
わかっては居た事だが、実際歯が立たないと見せつけられると感情も乱れる。無力さを突きつけられた感覚に、HK417-arはその事実を受け入れつつも歯がみしてしまう。
「ッく――アハ、アハハハハハハッ!! そんな豆鉄砲、効かないわよォッ!!」
巨体に見合わぬ甲高い叫び声のような笑い声。HK417-arはそれをヘカトンケイレスをコントロールしているハイエンドの音声だと認識した。
「醜くて、趣味の悪い身体だけど、性能だけは認めてあげる……これなら蟻を踏み潰すみたいにあんたをスクラップに出来る。ねえ、そう思うでしょ?」
モーターの駆動音を立てながら、ヘカトンケイレスは立ち上がる。見上げるような巨体の中央の胴体部分。そこに居るのは両手両足を埋め込まれた姿で、爛々と目を輝かせる戦術人形だった。
幼くも見える外見は髪型のせいもあるのだろう。顔や肩などのボディの表皮が顕になった部位には赤い血管のような模様が走り、禍々しく輝きを放っている。
「――破壊者。随分とデータと異なる見た目になってますね」
「ええ、そうよ……アンタのせいでね。だから、死んで償え‼今、此処で!!」
デストロイヤー・ヘカトンケイレスは、怨嗟のこもった叫びを上げながら両腕の砲口をHK417-arへと向ける。しかし、彼女の正面に既にHK417-arの姿はない。
何処だ――!?
駆動鎧の視覚センサーが側面に回った標的の姿を捉える。HK417-arは走りながら射撃姿勢を取り、フルオートで射撃。無数の徹甲弾が装甲面を跳ね回る。
「無駄だって言ってるでしょうが、鬱陶しい‼」
効かぬと分かっているが、彼女にとっては不快極まりない行為だ。羽虫が顔の周りを跳ね回っているような、そんな嫌悪感が湧き上がる。
邪魔だ、鬱陶しい。疾く消えろ。
デストロイヤーの電脳を示す感情は凡そこんなところか。それらが渦を巻いてヘドロのように彼女の電脳の内面にへばりつき、更に苛立ちを加速させ、破壊衝動として発露する。
二門の砲が火を噴いた直後、HK417-arが寸前まで立っていた地面が爆ぜる。
既に加害半径から逃れていたHK417-arだが、爆風に煽られ姿勢を崩し、動きが鈍る。追い打ちに降り注ぐ無数の砲弾の中を、HK417-arは演算リソースをフルに活用して掻い潜る。
接近と反撃すら許さぬ一方的な攻撃の中、デストロイヤーは違和感のようなものを感じていた。
何がおかしいのかはわからない。しかし、しこりのような何かが胸の中で大きくなり始めているのだ。射撃プログラムは正常、ヘカトンケイレスにも異常はない。
数値は極めて良好。かつてないほどのベストコンディション。
だからおかしい。
単純な数値で見積もって、今の自分が
――なのに何故、自分は仕留めきれない?
その考えに至ったとき、デストロイヤーは煙の中から自分を覗く朱色を見た。
その瞬間、あれ程までに温まっていた思考は凍りついたように停止する。煙の中を突き破って、あの朱色は私のことを――
「―――っ!!」
背中を無数の蟻が這い上がってくるような不快感を浴びたデストロイヤーは、それが焦燥と呼ばれる感情とも知らず、殲滅を選択する。彼女の背負うコンテナが無数に割れる。それは破損でも損傷でもない、正常な機能として、数多に分裂したのだ。
重なり合う駆動音と共に姿を表したのは、装甲面のついた鉄骨のようなサブアームと、それに保持されている
「ッハハ、アッハハハハハ!!そうよ、何も怖くなんかないのよ、お前なんかぁっ!!」
12.7mmの弾丸が瓦礫を砕き、その破片を更に別の弾丸が砕いて粉塵となって舞い上がる。煙幕となって完全に視界を遮ってしまうが、そんなもの考えなくて良いだろう。
.50口径の機銃8門による一斉射撃、壁のような弾幕を受けて無事で居られる者など一人も居ないのだから。
じわりと、言いようのない不安をデストロイヤーは感じていた。その証拠に、銃身の冷却を行っている間も重機関銃達の照準は外さず、煙幕の向こうへと向けられたままだ。
本当にあれを倒せたのか?生き残るなどあり得ない話だが、しかし――そんな彼女の不安を他所に、粉塵による煙幕は晴れていく。
そして――
「なぁんだ、やっぱり」
そこには、無残に砕かれ、かつて
「っクソ、あいつら敵味方の区別もなしか……ッ‼」
別働隊の待機していた地点。着弾した位置からは離れていたが、そんなものは関係ないと、衝撃波とそれに付随するEMPが彼女らを襲っていた。
彼女らはG36Cと、そのダミー達のフォースフィールドにより辛うじて難を逃れたものの、足場の崩壊だけはなんともし難く。FAL達は陣取っていた建物は崩壊し、落下。無様に埋もれ、砕けた瓦礫で塵塗れ。折角キメてきたコーデなどのお洒落を台無しにされた。所々灰色で、こんなの最低のクズにも劣る格好だ。そんな姿にされたことに、FALはキレていた。
そして同じように塵と瓦礫の山の中から幾人かの人の形が這い出てくる。
「髪の毛に絡まって最悪ですわ……うう、こんな姿じゃダーリンに顔向け出来なくってよ…よよよ」
「あんたは平気そうね、Mk23」
「ええ、まあ」
FALが冷静に判断すると、Mk23はケロッとした顔に変わる。内心ではきっとシャワーを一番最初に頂こうと考えてるのだろう。
FALは分隊長役であるから、帰ったらまず報告でシャワーはその後になる。畜生、現実はクソッタレだ。
「他の皆は?」
そんなクソッタレな現実から目を背け、FALはMk23に問う。彼女は背後に振り向き、髪や服、豊かな谷間に入り込んだ塵を取り除いているダミーを見る。ダミーの数は4体、全員無事だ。
「わたくしのダミーは全員無事ですわ。G36Cは……」
「ヘトヘトです…もう出せません……あ、でもG36姉さんがいればあと一回くらい出せるかも……でもやっぱり、居ないから無理ですわ……」
「はいはいエネルギー切れね、ありがとう助かったわ」
「おやすい、ご用ですわ……っ」
外傷はないが、稼働超過させて別働隊全員を守り抜いたG36Cのエネルギー残量はゼロ。いつの間にか足元に転がっていたG36Cは、息も絶え絶えにはにかんだ。しかし、この状態で戦闘継続は不可能だろう。
「それで、HK417-rf だけど……」
そして、この場に残る最後の人形であるHK417-rfなのだが――
「ダミーしか残ってないのはどういうことかしら」
FALの見つめる先には、体育座りをしてむくれているHK417-rfのダミーがいた。
G36Cの最も近くに居たのはHK417-rfだった。G36Cや、FALが無事である以上、彼女が撃破されたとは考えにくい。
ならばなぜ、ここには居ないのか。
FALは、唯一の手がかりであるダミーに行方を聞いた。
「メインフレームは何処に行ったの?」
「G36Cを引きずり出した後、皆を連れてあっちにいった。私は見張りと連絡役で残された」
むくれたまま、指で指し示した方向は囮部隊のいた方角。
「HK417-rfからの伝言はこう――
「あの馬鹿!」
廃棄都市の空に、再び怒号が響き渡った。
デストロイヤーがそんな役回りするって言ったじゃろ?
こういうことです。
正直申し訳ないと思ってるし反省もしているけど、私は気に入っている。
お詫びに可愛い方のHK417を置いておくので癒やされてください。
<<おまけ>>
417-rfダミー達「じゃーんけん、ぽん」
BOOOOOOO!!
ダミー1「私達の勝ち」
ダミー2「ただのじゃんけんだと思ってないですか」
ダミー3「それだったらまた、次も私達が勝つだけですよ」
ダミー1,2,3「ほな、行ってきます」
ダミー4「待って、行かないで……!」
417-rf「早く決めてくれないかなー……」