一つ、昔話をしよう。
ある一人の女がいた。彼女は産まれついて優秀な頭脳を与えられ、また機会にも恵まれていた。俗に言う、天才と言うやつだった。
順調に学問に励み、他社との競合には尽く勝利し、博士号を有する頃にはその分野における世界的権威とまで呼ばれるようになっていた。
才能、キャリアも、財も、男も羨望も。他者が欲してやまない汎ゆる全てを手にしていた。己にできない事は何もない。やろうと思えば銀幕で喝采を浴びることも、大衆を導く指導者にも成り得ると。そんな彼女にやがて、秘密裏に一つの依頼がもたらされる。
コーラップス技術――超国家規模の研究者組織からの依頼は、当時漸く実行可能な段階まで漕ぎ着けた崩壊液の解析だった。
彼女は二つ返事でそれを了承した。
今回も己の才能と能力をもってすれば、解明可能な未知でしかない――と。
そうして始められた解析は、資本家の想定以上に難航していたが、科学者達の想定を遥かに上回る速度で進められていた。
放射性除去ナノマシン、崩壊炉の理論提唱と実証。莫大な富を組織に与え、彼女は此処においても勝者であった。
やはり己は優れているのだと、個としての完全性に浸っていた彼女に、一つの不幸が訪れる。
崩壊液による肉体の汚染。
長期的に崩壊液に接触し、研究を行ってきた彼女の肉体は崩壊液によって汚染されてしまっていた。幸いにもE.L.I.D化の症状は見られなかったが、成功の代償として崩壊液は彼女の肉体から寿命と生殖機能を奪っていった。
女は絶望し、悲観した。
所詮己は只人の中の一人でしかないのだと。
生殖により後世へと遺伝子を残すことで市に抗することすら不可能なのだと。
女は研究に更に没頭した。
その果てに、彼女は一つの結論へと至る。
自分なら、人間を作ることが可能であると。
「衝撃力で動きを止めさせる。その隙に近づいて!」
「了解、前進します」
立ち上がったデストロイヤーに間髪入れずに降り注ぐ、40mm径の特大の雨粒。デストロイヤーはその爆風からコアユニットたる自身の躯体を守る為に身をかがめる以外の選択肢はなく、結果としてそれはHK417-arの接近を許すこととなる。
榴弾が巻き上げた、砕けた廃墟の塵埃を潜り抜けて、HK417-arはデストロイヤーとの近接戦闘に挑む。
嘗めてくれる。その思いが、挑まれたデストロイヤーの思考を満たす。
数多の榴弾と徹甲弾を受けたヘカトンケイレスユニットの装甲には、城壁のような堅牢さを見て取ることは出来ない。しかし、グリフィンの戦術人形の使用する武装で貫けるまで防御力を失ってもいない。
デストロイヤーは思考する。警戒すべきは、表出している本体への直接攻撃と、装甲の上からでも削り取ってくる粒子ライフル。
前者はさしたる脅威ではない。防御姿勢を取ればヘカトンケイレスユニットの装甲厚で対処できる。
そうなると、前衛として飛び出してきたHK417-arの持つ、粒子ライフルこそが最大の脅威。
敵の考えは予想に容易い。
ASSTの不足を彼我の距離で支払おうという魂胆に違いない。思い通りにさせてやるつもりは毛頭ない。
距離を詰めるというのなら、むしろそれはデストロイヤーにとっても好都合。縮められた距離で致命的な一撃を叩き込めるのはこちらも同じ事。奴を叩き潰せば、最大の脅威を排除することができる。
デストロイヤーの口元は獰猛に歪み、ヘカトンケイレスの拳が固く握り込まれる。
互いのの距離は、およそ5メートル。
先に必殺の圏内に捉えたのは、デストロイヤー。
「潰れろ!!」
故に、デストロイヤーが先手を取るのは当然の選択だった。握り固めた拳を振り下ろす。破裂音のような重い音を響かせて、デストロイヤーの拳を爆心地に周囲へと瓦礫を飛散させる。
そこに、人体を連想させるパーツはない。
センサー起動、動体検知、標的健在、右側面。
「っぅ、らぁ!!」
ボディの各駆動部のギアを逆回転させて、デストロイヤーはHK417-arを追撃する。各関節への負荷増大を犠牲にした攻撃は、しかし、HK417-arを捕らえるには至らない。尾を引く彼女の銀髪をふわりと掠めるに終わり、ついに懐への侵入を許す。
「――――ッ‼」
風切り音を立てて突き出されるマチェットの切っ先。デストロイヤーは首を逸して既の所でそれを躱し、再度の転進を果たした掌でHK417-arを握りつぶさんとする。
だが、続けざまに飛来した7.62mm徹甲弾の雨が、直前でHK417-arを守る。攻撃を中断し、防御を強制させられたデストロイヤーは奥歯が砕けてしまいそうなほどの力で歯を食いしばる。
後方からの、HK417-rf達からの援護狙撃が三方向から。それほど発射レートの速くないライフルであったとしても、数を揃えさえすれば、短時間ながらも制圧射撃としての効果を発揮する。動きを抑制されているという事実もまた、デストロイヤーの苛立ちを加速させていた。
「この、グリフィンのクソ人形共がッ……‼」
射撃の緩んだ隙に跳躍。立ち位置を変えてスナイパー達の射線を切る。口汚い罵声を吐き捨てて、再びHK417-arを視界に捉えて戦闘態勢。
態勢をすでに整えていたHK417-arが、それに泰然と向かい合う。
デストロイヤーは激情に背を押されるがまま、思考を巡らせる。
HK417-rf達の援護射撃は、HK417-arと近接戦闘を行っている間は勢いが弱まる。誤射を避けるためだろう。
HK417-arが己にとって最大脅威の武装を有している現状、奴を自由にしておく選択肢はあり得ない。よって、スナイパーを先に排除するという選択肢はなくなる。
何とも嫌な布陣を敷いてくれたとデストロイヤーは怒りを増大させて、眼前の敵を射殺さんばかりに睨み付ける。
HK417-arの精神は絶対零度の鋼が如く、僅かな波も立てぬまま、唯一つの事象へと己を先鋭化させていた。
只管に速く、早く、疾く―――自己の有するあらゆるリソースを演算に回し、
真紅の瞳は感情の機微も何も表さず、ただ観測データと標的のみを獲物にして貪欲に食らいついていく瞳は、これ以上ないほどに戦術人形としての在り方を示していた。
温度のない視線が、殺すという処理結果だけを求めてデストロイヤーを捕捉する。
正反対の、しかし同じ結果を求める2つの視線が互いに噛み付きあう。
バチバチと、HK417-arが粒子ライフルを起動した音を合図に、2体の戦術人形は同時に動き出す。
先手を取ったのはHK417-ar。手にしていたマチェットを、デストロイヤー本体に目掛けて投擲する。強化外骨格のアシストを受けた膂力と、高度物理演算の方程式は、APFSDSもかくやという対装甲威力で飛翔するマチェットを、解として導き出す。
「っぅ―――、らぁッ!!」」
デストロイヤーは、ヘカトンケイレスユニットを操り身を翻し、もはや使い物にならなくなった左側面の装甲を、飛翔するマチェットに対して斜めにぶつけてあらぬ方向へ弾き飛ばす。
お返しだと、右手に掴んだ小型自動車ほどもあるコンクリートをHK417-ar目掛けて投擲する。
迫り来る膨大な質量は、立ち尽くしていれば必ずや押し潰されるだろう。HK417-arは即座に姿勢を低くして、同時に、全力投球を果たした隙を晒すデストロイヤーへの接近を敢行。
背後で起こる事象を置き去りにして、必殺必中の距離に赴く。全力駆動の負荷が祟ったか、デストロイヤーは投げきった姿勢から未だに戻らず、視線だけがHK417-arに追従する。
そして、互いの距離は1m未満。どう足掻こうと、引き金を引けば相手を確実に殺傷せしめる必殺圏内。
HK417-arは粒子ライフルへとエネルギーを全力投入。臨界目掛けてキックダウンをかけられた加速器が悲鳴を上げる。頑健さと信頼性で知られた鉄血工造の製品であれど堪え難いと泣き叫ぶ負荷は、投入されたエネルギーがどれ程のものかを如実に語る。
銃口で肥大化する荷電粒子の光がデストロイヤーの視界を染め上げる。
その光の中、デストロイヤーは――
「ばぁーか」
嗤った。
一発の銃声が鳴り響く。
粒子ライフルの独特の音ではない。それは、重く響く12.7mmの音。そして続く粒子ライフルの破ける音と、臨界状態が制御を失って膨張する音。
ヘカトンケイレスユニットの背面から顔を覗かせた6P49の銃口から立ちのぼる硝煙が、K417-arの粒子ライフルをまっすぐに捉えていた。
HK417-arは即座にライフルを手放し、外骨格の腕で防御姿勢を取る。
彼女の眼前で砕けた粒子ライフルの機関部が膨張し、そして大爆発を巻き起こす。
「く、ぅ……っ!」
爆風に煽られたHK417-arは、苦悶の声を漏らしながら一歩、二歩とたたらを踏むが、三歩目で地面を踏みしめ、立て直す。
――索敵を続けなければ
保護のために咄嗟に閉じた目を開いた彼女の眼前には、大きく開かれた掌が迫っていた。
姿勢を立て直した直後の彼女に抗う術はない。HK417-arはその掌に掴まれ、地面に叩きつけられる。
「く、ぅ……っ」
「っは、はは……ハハハッ、捕まえた……‼」
じわじわとプレス機にかけるように加えていく圧に苦悶を浮かべるHK417-arの姿にデストロイヤーは嬉しそうに笑う。
ようやく、この目障りな人形を鉄屑にする事ができる。こいつを殺せば、手足を破壊された鬱憤も少しは晴れるだろうか――いや、最低でも他の連中もスクラップにしてやらねば気は済むまい。
先程まで眉一つ動かさなかった人形が見せる苦痛の表情は、荒れ果てたデストロイヤーの心を達成感で満たす。
故に、デストロイヤーは致命的な失態を犯したことに気づかない。
遥か後方で、HK417-rfはスコープの中心で笑うデストロイヤーを眉間を視界の中に捉えていた。
伏せる彼女が構えるのはHK417の16インチモデル。つまりは、HK417-arから借り受けたもの。
夜間の狙撃は困難である。静止目標とはいえ、直径1cmにも満たない範囲をピンポイントに狙撃するとなれば尚更だ。
しかし、彼女には優秀なスポッターがいる。
「北向きの風、左に3ミリ、上に1ミリ――」
"最前線"から送られる観測情報と、スポッターがASSTの補助を受けて知覚したライフルのコンディション。
取得し得るあらゆる要素を加味した修正情報に、経験という要素を加算して、HK417-rfは引き金に指を掛け――
「捕まえたのは私"達"よ、
――撃発。
7.62mm弾が爆ぜる音。
それが、この戦いの幕引きの合図だった。
何をしたのか極力わかるように書いたつもりだけど一応次回簡単な解説挟むよ。
今後ともよろしくね。