妄想フロントライン   作:杭打折

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episode.1

「私はHK417。廃棄予定の戦術人形です」

 

 417の口にした自己紹介に、SIG-510は彼女の自身の性格故に若干の警戒心を顕にしながら問いかけた。

 

「それは、貴方が逃亡した人形ということでしょうか?」

 

 自律人形の製造技術は今ではそれなりに広く知れ渡っているものだが、戦術人形となると話は変わる。戦術人形に関わる技術には当然ながら開示されないものがあり、その中でもコアと呼ばれる部品については厳重にブラックボックス化され、秘匿されている。そのため、廃棄もしくは回収が決まった戦術人形からは技術流出を防ぐためにもコアは必ず回収される。そして、コアを失った人形がどうなるかと言えば戦闘能力を喪失するのだが、目の前の417を名乗る人形からはそういった様子は見受けられない。

 SIG-510は、彼女が処分を拒み逃亡した、重大な倫理違反を起こした戦術人形ではないのかという疑念を抱いていた。もしそうならば、彼女のことは機密保持のためにコアだけでも回収していかなくてはならないからだ。

 

「いいえ。正確な状況については私にも把握できていないので……」

 

 だが、417はこれを否定する。これまで変化といったものを余り感じさせなかった表情に、若干の困ったような色味を浮かばせていた。その返答にSIG-510は少しの安堵が湧き上がる。彼女は自分達の恩人である。素性や正体は不明という問題点こそあれど、そんな相手に銃を向けるようなことは極力避けたかった。

 

「処理済みである私が、どういう訳か稼働し続けてしまっています。なので人間に処遇の判断を願いたいと」

「な、なるほど……それは、とても適切な考えだと思いますわ」

 

 SIG-510には、自分の廃棄について淀みなく肯定しようとする417の思考は、人形として非常に適切な考えと思えた。それと同時に、自分であったらこうまで肯定することはできないだろう、とも。

 

「なので、良ければあなた方に合流させていただけないかと」

「それは非常にありがたい提案なのですが、指揮官に確認をとらないとお答えできませんわ」

 

 提案はSIG-510にとってはまさしく渡りに船な内容だ。しかし、部隊編成を変更する権限をSIG-510は持っていない。戦術指揮官に確認をとらなければ決定を下すことは出来なかった。

 

「指揮官の指示を仰ぎますわ。それでもよろしいでしょうか?」

「構いません。私も、人間の指示を仰げるのであればそれに越した事はありませんから」

 

 指揮官の判断に委ねるというSIG-510の言葉に、417にも異論はなかった。戦術人形である以上は人間の指示に従えるのならばそれに従うべきだからだ。

 

「IDWもそれでよろしいですか?」

「問題ないにゃー」

 

 もともと、SIG-510とIDWにそれ以外の選択肢はないのだが、互いの認識共有の意味も兼ねての確認を行った後にSIG-510は司令部への通信をつなぐ。暗号化されたデータを認証する少しの時間をかけてから、SIG-510は本部との通信を開始した。

 

「IDW、私は周辺を確認してきます。すぐに戻りますので」

「わかったにゃ。何かあったら駆けつけるから心配はいらないにゃ」

「お互い様です。何かあったときは私も駆けつけますから」

 

 その様子を見ていた417は、SIG-510が指揮官との間で通信をしている間に自分にできる事はあるかと考える。自分の特性も踏まえれば、周辺状況の偵察がもっとも適していると417の電脳は結論を算出する。周辺に動体反応はないのですぐに鉄血の部隊が襲ってくることはないだろうが、敵部隊の挙動を察知できるかもしれない。情報は多いに越したことはなかった。

 417は周囲の警戒にあたっていたIDWに声を掛けてその旨を告げ、付近の崩れかけのビルの上層階へと駆け足で向かった。

 

 

 

 

 ビルの6階に登るまでわずか1分と経たないうちに登りきった417は、周囲の様子を暗視スコープで眺めながら先程出会った二人の人形について考えていた。417が一度二人から離れたのは、偵察の他にもこうして自分が考える時間を欲したというのも理由の一つに入っていた。

 人形が二人。それも鉄血の支配領域に。一体どんな任務を受けていたのだろう。考えられるところで敵地の偵察、あるいは潜入して調査したい何かがあったということなのだろうか。自分の目覚めたあの研究所の事を思うと、彼女らの目的が其処にあったのかという可能性も湧き上がる。

 しかし、417が調べた限りでは研究所には自分の装備や武器以外に何もなかった。そうなると、自分か装備かそのどちらかあるいは両方か、彼女らが目的とするようなものがあったのか――――

 

「……わからない」

 

 導き出された結論は"不明"の二文字。何を考えるにしても、417自身が自分の情報について知らなすぎていた。情報不足からくる予測は無数の可能性へと分岐して、そのどれもが状況予測に基づくもので、正確性というものがまるでない。417はため息を吐き出して、自分を目覚めさせた誰かに準備が足りないだろうと内心で不満を漏らした。

 

「――見つけた」

 

 結論を出せずに堂々巡りを始めていた彼女の電脳は、より優先度が高い存在を見つけたことで自動で切り替わる。417の暗視スコープが廃墟の中を進む部隊を捉えていた。

 417は景色から予測される廃墟群の構造と、自分が仮拠点を探す間に記録していた地形情報と照らし合わせて簡易マッピングを行いながら索敵とルートの予測を行う。

 接近してくる部隊はおよそ3。それぞれ別の方向からの進路をとっているが、全て417達の隠れている方向に向いている。

 部隊の構成を確めるためにスコープの倍率を上げた417の表情が苦々しく歪められる。417の視線の先には多数の脚を持つ重火力装甲型。名をManticoreという。

 

「厄介な。たかだか数名の戦術人形に、過剰すぎるでしょうが」

 

 IDWの火力であれは落とせまい。幸いにも極端に分厚い装甲を持っているというわけではないので、狙う部位によってはSIG-510の弾丸でもダメージを与えられる。しかし、アレの相手は徹甲弾を有する自分の役割だろうと417は考える。

 これだけ情報を集めれば十分だろう。417はそう判断して、急ぎSIG-510たちのところへと戻る。3つの部隊を同時に相手して勝てるほど甘くはない。戦う場合は1部隊ずつ相手をするのが大前提になるだろう。

 階段を飛び降りるように駆け下りて、登る時よりも更に短い時間でSIG-510とIDWの残った地点に戻った417。それを見たSIG-510はどこか安堵したような表情を浮かべて彼女を迎えた。

 

「ちょうど良かったですわ。417さん、貴方と話したいという方が……」

 

 彼女の指揮官だろうか、と思いながら417はSIG-510が差し出してきた端末を受け取り、投影されている人物に目を向ける。其処にはワインレッドの軍服を身にまとい、モノクルを掛けた毅然とした雰囲気の女性が映し出されている。彼女は417の姿をじっと睨むようにモノクルの奥で目を細めた後に、数秒の後に口を開く。

 

『お前がHK417か。たしかに、登録情報にはない人形だな』

「私は開発段階で廃棄された人形です。登録されていないのは当然かと、ヘリアントス様」

 

 417の記憶装置の中に、眼の前の女性に関連する情報が存在していた。ヘリアントス――戦術人形を扱う民間軍事会社"グリフィンアンドクルーガー"、通称グリフィンの高官。417は彼女の情報を認識すると同時に権限の照合を行う。自己に対する命令権限はなかったが、彼女は人間。417は、人間の為なら何かしたいという計算結果を吐き出す自己の電脳に従って接する。

 

『私を知っているのか』

「知っているだけです、ヘリアントス様」

『長い呼び方は嫌いだ。ヘリアンで構わない』

「ではヘリアン様と」

 

 ヘリアン、と彼女の呼称を電脳に記録する。また合理的な人間と予測できることをヘリアンの評価として417は付記していた。

 

『身元不明の戦術人形、か……一体どこの誰の差金かは置いておくべきだろう。重要なのはお前の銃口の向き先だ』

 

 ヘリアンが気にしているのは敵か味方、どちらなのかということだろうと417は考える。自分ですらわからない経緯を経てこの場所にいる存在を信じないのは適切な判断であるとして、思考の中でのヘリアンの評価を上方修正する。データ更新を終えると417は自らの認識上の敵を告げる。

 

「私の敵は鉄血工造であり、IOP製の人形は味方であると認識しています」

 

 鉄血は敵だと告げる自己の敵味方識別用のデータベースに則って417は言う。しばし考えるような間を開けるヘリアンの姿に417は少しの不安を覚え、言葉を続けた。

 

「データ的証拠は持ち合わせませんが、信じて頂ければと」

『……いずれにせよ、我々にはお前の戦力が必要だ』

「それは……」

『お前を信じる、ということだHK417。その言葉が真実であると証明してみせろ』

「了解」

 

 返す言葉の音色は、先程よりも少し高い。未だ信頼されたということではないが、自身を信じてくれたことが417は嬉しかった。

 

『ではこれより、お前はSIG-510達と同様の指揮系統へと組み込まれる。情報の共有はそちらで行うように』

「了解しました」

 

 通信が終わったことで廃墟は本来の静寂を取り戻す。417はSIG-510へと端末を返そうとするが、彼女はそれを首を横に振って受け取らない。417がどういうことかと尋ねると、どうやら彼女の指揮官からの指示であるらしかった。

 

「指揮官があなたに渡しておくように、と仰られてましたわ。私には予備があるので、どうぞ使ってください」

「なるほど、そう言う事ならありがたく」

 

 正直に言えばありがたかったので、感謝しながら通信端末を頂戴することにした。417はもらった通信端末を落とさないようにランヤードで自らに固定する。何度か軽く引っ張って落ちたり外れたりしないことを確認してから、SIG-510達の方へと改めて意識を向ける。

 

「お待たせしました、お二人とも」

「では行きましょう。敵も此方に向かって来ているのですよね?」

「はい。北と南、西の3方向から。確認できた戦力は――」

 

 417は戦力の分布と、確認できた兵力の情報の共有を行う。Manticoreの存在を聞き、IDWがげんなりとした表情を見せる。

 

「あいつ嫌い」

「私も正面から撃ち合うのはやりたくありませんわ」

 

 IDWにつられてSIG-510も似たような表情を浮かべる。先程の装甲兵との戦闘を思い出していた。自身の弾丸が装甲に弾かれる様は、思い出して気分のいいものではない。視線は自然とHK417に向かう。自分たちにとって残された突破の可能性、鉄血の装甲持ちを倒すための希望だった。

 

「大丈夫ですよ」

 

 向けられた視線に応える417の言葉に揺らぎはない。

 

「私が居ますから」

 

 彼女の言葉に根拠はない。

 

「頼りにしてますわ、417さん」

 

 しかし、大丈夫だと思わせるような強さがSIG-510には羨ましかった。




続きが書けたから投稿。
とりあえず一週間に一話を目標にやっていきます。
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