赤く染まる夜空。絶え間なく響き続ける銃声。
その中を姿勢を低くしてIDWは駆けていく。鉄血の戦術人形によって放たれた弾丸のおかげで周囲の建築物の壁は醜く抉れ、廃墟から瓦礫へと状態を変化させられていく。しかし、IDWの身体が傷つくには至らない。それはIDWの防御性能が特筆すべきものであるというわけではない。IDWは防御力で言えば、かなり低い部類だ。射程の関係から最前線に出ることが多いサブマシンガンを持つ戦術人形には致命的な欠陥だ。しかしIDWは、自らが避けることに特化することでこれを解決した。
複数の銃口から放たれる銃弾の射線を銃口の向きから予測して、発射タイミングよりもほんの少し早くに身体を動かすことで撃たれるよりも先に避けていく。避けられないと判断したものは、猫を思わせる軽い身のこなしで瓦礫に隠れることでやり過ごす。ならば、と自分を無視して後方の味方へと向かおうとした敵に対しては、横合いから9mm弾を浴びせることでその場に釘付けにする。
今もそうして、防衛線を抜けようとした敵兵に9mm弾を放って一人を行動不能にする。先程のように装甲兵で強引に前線を押し上げるというような事をされなければダミーリンクが居なくても十分に戦える。だが――――
「あいつを止めるのは流石に無理だにゃ……」
敵兵の後方に存在する多脚戦車"Manticore"。サブマシンガンを持つ鉄血の戦術人形"Ripper"の背後からやってくるその姿にIDWは思考の中で自らに与えられた役割を再度確認して、それを成し遂げることの障害にはならないことを認識。
「もう少し頑張ってみるにゃ」
IDWは残弾を確認し、自らの隠れていた瓦礫から飛び出していく―――
「敵部隊の一つを撃破して進む?」
「それが指揮官から頂いた作戦計画ですわ」
戦闘開始から少し時間をさかのぼって。417とSIG-510、IDWの三人は通信の際に指揮官から受け取ったという作戦計画について、移動しながら情報共有と確認を行っていた。417が偵察した結果とSIG-510の持つ回収ポイントの情報を照らし合わせれば、いずれかの部隊に察知され交戦となることは明白なこと。しかし、SIG-510が通信している間はまだ、417はその情報の共有を行っていなかった。それを読んだ上での指揮官からの作戦計画なら大したものだ。しかし、417はSIG-510から共有を受けた戦闘計画に眉をひそめる。そして話を聞くうちに抱いた一つの懸念を口にする。
「実力を疑うわけではありませんが……」
「にゃ?」
417の視線はおとなしく聞いていたIDWへと向けられる。視線が自分に向いたことに気づいたIDWは、不思議そうな声を上げた。
「彼女への負担が多いのでは? ダミーリンクも無い状態では……」
417が言うのは一人に攻撃が集中することへの懸念。これがダミーリンクの残ってる状態ならば417も特に思うことはなかったのだが、彼女は合流時にはすでにダミーを失っている。残るはメインフレームのみ。メインフレームの損失は今いるIDWの損失。何かあったとしても復活は出来るのだろうが、それはヘリアントスから受けた指示に反する。417の電脳はそれを避けるべきと個人的な感情を含めて強く願っていた。
そんな想いを抱く417の内面を知ってか知らずか、IDWは417へと笑いかける。
「だめそうになったらすぐ逃げるから、私のことは心配いらないにゃ」
―――飛び出したIDWの背後で、つい先程まで隠れていた瓦礫が弾け飛ぶ。飛散する破片と共に襲いかかる衝撃波にIDWは耐え切れず、思わずたたらを踏んでよろめいた。
「っ!?」
即座に敵の行動予測を叩き出したIDWの電脳は、退避せよと窮地を告げる。Ripperの持つ二丁の短機関銃の真っ暗な銃口、それがIDWを見つめていた。
「やらせませんわ!」
短機関銃とは違う銃声が鳴り響く。IDWへと銃口を向けていたRipperの頭部が破壊され、その身体は制御を失い崩れ落ちていく。銃声と距離からしてSIG-510だろう。更にいくつかの銃声が続いて数体のRipperが倒される。
「助かったにゃ!」
「さあ、ここから反撃しますわよ!」
間一髪のところで窮地を脱したIDWだったが、先の砲撃でのダメージは皆無というわけには行かなかった。ペースを乱された事で少しずつ被弾が重なり始めて、服は土埃に塗れ、ところどころが破けている。破けた場所からのぞく肌もところどころが掠めた銃弾や破片による裂傷が存在している。
「ああもうっ、邪魔だにゃ!」
先程よりも敵のRipperたちは距離を詰めてきている。攻撃をすべて避けきっていた先程までと違い、彼女の動きは精彩を欠き始めている。それは積み重ねていた負荷が先程の砲撃で許容範囲を越えたことに起因する。ある意味で、民生上がりの戦術人形でしか無いIDWにとっての限界だった。
「IDWさん、後退を!」
後方より援護するSIG-510の銃弾が再びRipperの一体を撃ち貫き行動不能に陥れる。後退を指示する彼女の声に従って二又に別れているY字の地形を、SIG-510の居る方へと脱兎のごとく後退する。しかしRipperたちはそれを深追いせず、IDWは無事にSIG-510の陣取る瓦礫裏へと滑り込む。
「ご無事で何よりですわ」
「三回くらい、死ぬかと思ったにゃ……」
肩で息をするIDWの様子にまだまだ余裕はありそうだと、無事を確認したSIG-510は牽制射撃を行いながら敵の陣形に変化が起きたことに気づく。後方列で散発的な砲撃を行っていたManticoreが、今では最前列へと移動している。それに合わせて周辺の護衛を行いながらIDWの追撃を行っていたRipperたちはManticoreを盾にするような位置取りで前進をしている。
「まるで私達の弾薬事情は把握しているとでもいいたげですわね」
「性格が悪いにゃ」
悪態をついてみるが、敵の行動は効果的でありSIG-510とIDWのふたりの弾薬での装甲貫徹が困難であることは紛れもない事実。劣化したアスファルトを砕き、邪魔なスクラップを前脚で押し退けて戦線の最前へと進軍したManticoreに弾丸を放ってみるが、脚部前面の強固な装甲に防がれて意味をなさない。それどころか射撃により二人の位置を把握したのであろう、Manticoreは四脚で地面を強く噛み締め、砲撃体勢に入っている。それもただの砲撃ではなく、SIG-510とIDWをまとめて薙ぎ払う範囲殲滅。今までIDWに対して決定打を繰り出すことなく追い立てるだけにとどめていたのは、この瞬間を待っていたから。
視覚情報より危機を確定した未来として察知したSIG-510の電脳は退避行動を提示。しかし、SIG-510はそれを却下して、逃げるどころか瓦礫から上半身を出して断続的な射撃を敢行。IDWもそれに続く。弾倉いっぱいの弾丸を装甲などお構いなしにフルオートで吐き出していく。
「私達をただ逃げるだけと侮ったこと、思い知ってもらいますわ!」
マズルフラッシュは夜間の戦闘において照明灯となり、SIG-510の位置を正確に知らせるだろう。
だが、例えそうだとしてもかまわない。
少しも銃撃を途切れさせぬようにと放たれる弾丸は、しかし当然の如く有効打には成り得ない。それでも二人はとにかく弾を撃ち続け、RipperたちもManticoreを盾にしながら反撃を行う。この時、両陣営はお互いの敵を正確に認識し、戦線は一瞬の膠着状態に陥った。
―――撃つならば今しかない。
そう思ったのはこの戦場の誰だったのか。ただ一つ言えるとするならば、その瞬間、最速を勝ち取ったのはただ一人だけということ。
最前線より離れ、その距離はおよそ400メートル。Y字の分岐路のもう一方、SIG-510達の反対側を進んだ先のビルの屋上。瓦礫に紛れる形で417は伏射姿勢をとっていた。左手をストックの上に載せて安定性を高め、左目の視覚は完全に遮断。利き目である右側へと全てのリソースを束ねる。
400メートル。夜間という環境では光源がなければ何も見えないような距離。狙撃するならばナイトビジョンと赤外線レーザーサイトの併用でなんとかなるというところ。しかし、それでは敵に察知される。人間の視覚では認識不可能な赤外線レーザーサイトも、機械的なフィルターを通常装備している鉄血の兵たちの前では自分の位置をわざわざ知らせているようなもの。故に、隠密性を重視した417はスコープだけを使用していた。真っ暗な夜の闇を見つめ続け、そしてその瞬間が訪れる。
予定通りにIDWが誘導して分岐路に誘い込み、銃撃戦を開始したことで戦線が膠着。敵兵は分岐路に押し止められて側面を晒している。
この瞬間を待ち続けていた417は、電脳が思考を巡らせるよりも早く、引き金を引く。
撃発。前進した撃針が雷管を叩く。
鳴り響く銃声。それよりも早く弾丸は銃口から飛翔する。
排莢口から空になった飛び出た薬莢が、陽炎を立ち上らせながら落下する。空の薬莢が地面にぶつかり奏でる音が正常動作を射手へと告げた。
417は弾着確認を待たず、射撃の反動により生じたズレを即座に修正して再度撃発。
次発装填までの僅かな時間の間に銃口を修正し、撃発。バレルの過熱具合をはじめとする状態の変化を加味して再演算、修正、撃発。
二発、三発と繰り返すたびに生じる大きなマズルフラッシュが、417の隠れるビルの一角をストロボのように幾度も照らす。
――――金属を食いちぎる音が前線に響いた。
417の放った弾丸は、正確にManticoreのアキレス腱を――即ち、前面装甲裏側に存在する姿勢制御用油圧シリンダを違わずに貫いていた。砲撃の姿勢制御のためにかかっていた負荷に耐え兼ねたロッドは断裂を起こし、Manticoreはその巨体を支えきれず地に沈む。
それを境にして、形勢は逆転する。盾としていたManticoreを失った護衛のRipperたちは即座に陣形を立て直そうとするが、既に手遅れ。姿を隠す必要性がなくなったと判断した417が視覚を暗視モードに切り替え、赤外線レーザーサイトを起動。此処に至ってRipperたちは自分たちを狙い続けていた狙撃手の位置を把握するが、彼女らが417を狙う手段は存在しない。一人、また一人と7.62mmの狙撃を受けて破壊されていく。射線を切る位置へと隠れたものも居たが、そんな者たちには417からデータリンクを受けて待ち構えていたIDWとSIG-510が襲いかかる。
そして、ものの数分と経たぬうちにこの場の鉄血兵は一人残らず鉄屑と化していた。
「中央の隊が殲滅された。そう……」
部隊が敗北した報を受けた夢想家と呼ばれる鉄血のハイエンド個体。彼女はまるで興味が無いような態度を見せ、他の部隊へと向けて次の指示を出す。
命令内容は追撃。目標は全敵の排除。
「じっくりと楽しませてもらうよ。何処まで出来るのか」
銃撃戦の描写がある小説を読みたい。
スティーブン・ハンター以外で面白いのないかなとか、色々探して回って見る日々。