それと今回から日本語版本編未登場の単語が出るのでタグにネタバレを追加。
そういうのが苦手な方にはごめんなさい。
――グリフィン&クルーガー本社情報室
「HK417。IOPから供給を受ける予定だった戦術人形とあるが、製造後にAIに欠陥が見つかったため廃棄。欠陥内容については、人格が反抗的かつ破壊的、か」
深夜――――ちょうど417達がManticoreの部隊と戦闘を行っている頃、ヘリアンはデータベースへアクセスし、HK417と名乗る戦術人形について調べるため、グリフィンとIOPの関与する記録の閲覧を行っていた。調べる内容は先程言葉を交わしたHK417と名乗る人形について。しかし、そこに記されていたのは納得の行く内容ではなかった。
「私ですら知らされていなかった人形。記載されている内容の欠陥とは印象が異なる。少なくとも彼女の精神は安定していた。だとすれば、もっと別の問題があった?」
ヘリアンが通信で話した417という戦術人形は、人間に忠実であるように思えた。彼女の態度が処分を免れるための偽装であるという可能性もあるが、彼女が戦術人形であるならばその線は薄い。
戦術人形は基本的に、人間と接する際に自己を偽ることが滅多にない。AIの個性とでも言うべき部分が表に出やすいのだ。故に人格面での問題というデータは、廃棄理由としては考え難い。
ならば何故、HK417は廃棄されたのか――更に深くに答えはあるはず。高等代行官の権限を使い、過去の取引や計画、秘匿されるべきデータといったものまで洗いざらい目を通していくヘリアンの目が一つの人物情報の上で止まる。
「ロマーシカ、IOPの元研究員…?」
そこに記載されていたのは一人の女科学者について。元、とつけたのは既にその人物が病死となっているからだった。
ロマーシカというその科学者は、HK417という戦術人形を開発するにあたっての開発主任であったらしい。経歴をざっと洗ってみると、材料物理科学を専攻し、それ以外にも機械工学や人工知能など、節操無しと思える程に手を出している。総じて言えば優秀な科学者と言えるだろう。
だが、そんな諸々が霞むような一文が付け加えられていた。
――過去にコーラップス技術の解析を担当
その文面を見たヘリアンは後悔した。事態は思っていたよりも遥かに重い案件であるらしい。コーラップス技術関連の事案など、あまり関わりたくなかった。ロマーシカという女科学者が既に病死となっているのを見れば尚更である。
ヘリアンは陰謀論者ではない。だが、世界の動向の裏側には人が考え得るよりも遥かに多くの思惑が動いていることを知っていた。
禁忌の技術に触れた女科学者と、彼女が関わった戦術人形。コーラップス技術とHK417の廃棄理由を結びつけて考えるなと言う方が難しい。
「いずれにせよ、回収は必須か……」
HK417という人形については非常に厄介な案件だと改めて認識した。とはいえ、回収しなければならない事に変わりはないだろう。グリフィンとIOPとの間で交わされた、はぐれ戦術人形の回収に関する取り決めもあるからだ。変わったことと言えば、HK417という人形は確実に回収しなければならないということ。
そうと分かれば行動は決まっている。ヘリアンは確実に回収を行うため、権限の内で動かせる駒を可能な限り動かすつもりでいた。
手早くデータベースへのアクセスを終わらせた彼女は、通信端末を操作し呼び出しをかけた。わざと少し待たせて楽しむように、相手の性格を感じさせるような連続したコール音の後に通信が繋がる。
「至急対応してもらう案件が出来た……そうだ、休暇は終わりだ」
_________
「ナイス狙撃だったにゃ!」
敵部隊を撃破後、合流地点に到着した417をIDWの陽気な声が迎えていた。片手を高々と挙げ、何かを求めるような仕草を見せるが417には彼女の意図は伝わらず、417の頭上には疑問符が浮かぶ。待ちかねたIDWがぴょんぴょんと何度か飛び跳ねることで漸く意図を理解し、417は彼女とハイタッチを交わす。
「ありがとうございます、IDW。そちらも見事な囮でした」
「それほどでもないにゃ」
褒められて悪い気はせず、417も胸の内に抱いていた称賛を素直に送っていた。
だが、その光景を見つめるSIG-510の表情は複雑な色合いを含んでいた。
「どうかしましたか?」
その様子に気付き、そして気になった417が問いかける。SIG-510は躊躇うような反応を見せつつも思い切ったように口を開いた。
「まだ、敵が多く居ます。そんなに気を抜かれては困りますわ」
「確かに。仰る通りでしたね、申し訳ありません」
一息で言い切ったSIG-510の指摘に、417は即座に非を認めて謝罪する。その間髪許さぬ早さの反応に、SIG-510は若干たじろぐ。
「あっ……あの、別に責めているというわけではなくて。誰ひとり欠けることなく切り抜けれたことは、何より嬉しいですし……」
慌てて弁明するように言葉を口にするSIG-510の変貌の仕方にHK417は思わず声をかけることがためらった。助けを求めて様子を眺めていたIDWに視線とSOS信号を送ると、彼女は小さくため息を吐き出し「あー、にゃー……」と言葉に詰まったような声を出してから417に告げる。
「これは発作みたいなものだにゃ」
「は、はあ……」
「今日のは久々にゃ」
そう言うとIDWはちょいちょいと、417に手招きをした。耳を貸せという意図で送られたそのジェスチャーを把握した417は身長を合わせるように屈んで耳を寄せる。SIG-510は二人のやり取りを不安そうに見つめていた。
「たぶん、褒めてあげれば元に戻ると思うにゃ」
耳を貸した417にIDWは囁いた。褒めたら元に戻るとはどういうことか把握しかねていた417だったが、SIG-510を褒めない理由は無かった。417はとりあえず、先程の戦闘で自分が彼女に対して評価している事を述べてみる。
「SIG-510、貴女もお見事でした。IDWのフォローをした時の、咄嗟ながらも正確な射撃は特に」
「え? ええ、ええ!日頃の訓練の賜物ですわ!HK417さんも、夜間狙撃はお見事でしたわ」
「ありがとうございます……正直なところ、私の狙撃が上手く行くかは賭けでしたが」
「運も実力のうち、と言いますわ!」
喜色満面とはこういうものを言うのかとSIG-510の反応を見た417の電脳はそのように学習をしていた。試しに褒めてみた417だったが、やたら嬉しそうに表情を輝かせるSIG-510の姿には戸惑いすら覚える。単純に、己には理解できないという意味でだが。
「二人共はしゃぎすぎだにゃ。まだ敵の支配地域だから油断は禁物にゃ」
苦笑を含んだような声音で挟まれたIDWの忠告に顔を赤くするSIG-510の事を見て、417の口元も意図せずに緩んでいた。
_________
薄暗い施設。かつてはショッピングモールと呼ばれたような施設は、今はその一角に鉄血の司令部が置かれていた。
急遽、上位権限による呼び出しを受けた夢想家は、一度仕事を中断して此処を訪れていた。
『提出された報告を読ませてもらいましたわ、夢想家』
「きちんと見てもらえて嬉しいわ。けれど、わざわざ確認しにくるなんて、何か不備でもあったかしら?」
やはり来たか―――夢想家は通信モニター越しに対面する代理人からの言葉に辟易とした感想を懐きつつも、表面には出さずに応対する。とは言っても、高い権限と優秀な電脳を有する代理人のことだ。自分の思考などわかっているのだろう。そのように理解しながらも、夢想家は自らの態度を改めるつもりはなかった。
『報告にあった数字、これが正しい数値であるのなら問題です。報告のあった侵入者二人に対して、被害がこの数は多すぎる。数値の誤りでないとするならば、私はあなたの指揮能力の欠陥を指摘しなければなりませんわ』
代理人という人形は、鉄血工造のすべての人形の能力を把握している。そのうえで欠陥を指摘するという代理人の言葉は、自尊心の高い個体が受ければ無視できない誹りとも言える。しかし夢想家の反応は薄い。
「その事だけど、敵の数に変動があったの。人形が一つ合流して、その結果がこの被害よ」
『数が変わった……たかが人形一体と合流したから、喪失も已む無しと?』
想定の範囲を超える状況の変化。周到に用意し万全に備えた作戦が苦し紛れの銃弾一発でご破算になる事があるように、そういった事象は稀に起こり得る。戦場の指揮を取ることも立場上多い代理人はそれも把握していた。だが、彼女が失態を犯した事実に変わりはない。代理人は夢想家への追求を緩めるつもりは無かった。
代理人は鉄血の人形の性能や能力、性質といったものを一通り把握している。故に、夢想家の用意していた戦力をもってすれば、人形一体が戦力に加わったところで大した障害には成り得ないことを知っている。代理人は夢想家が、報告していない情報を有しており、それが今回の戦力損失の根本原因である、と確信していた。
相変わらず真っ当なことで―――代理人が言外に含めてくる圧力を受けて、夢想家は観念したように薄く笑みを浮かべる。
「そう、たかが一体の人形……けれどその人形は、調べてみたら中々どうして、これが面倒なことになりそうなの」
画面越しに圧が強くなる。代理人は夢想家を睨みつけ、早く報告しろと求めていた。夢想家は、彼女の望み通りに自らの知っている情報を代理人へと告げる。
「彼女、侵入禁止の研究所から出てきたわ」
不動を保っていた代理人の表情が揺らぐ。厳密に言えば彼女の表情に変化はない。しかし代理人が言葉を失っているというのは誰が見ても、そうだと言うくらいには明白だった。
『夢想家……その情報はもっと早く共有するべきではないのかしら』
「最重要命令の侵入者の排除にあたってたもの。確認が遅くなってしまったことについては謝るわよ?」
そして、次に放たれたのは怒り。もともと鋭い目つきが更に細められ、薄笑いを浮かべたままの形式上の謝罪を送る夢想家を睨むように見据える。当人が目の前にいれば、その場で処断していたかもしれない。
嘲笑しながらそれを柳に風と受け流す夢想家は、最初から代理人の反応を予測していたのだろうか。彼女の性格ならばそうする、代理人はそう判断した。
しかし、彼女の内面に反して代理人は怒りの矛を納めた。いや、納めざるを得なかった。夢想家が得ていた情報と、彼女が意図的に情報を遅らせていたであろう疑い。それらをまとめてネットワークには報告を上げていたが、どういうわけか"ご主人様"は命令の継続を決定していたからだ。
夢想家に与えられた命令は侵入者の排除、変更は一切ない。
不本意ではあったが、自らの"ご主人様"の決定に異を唱えるような思考を持ち合わせていない。代理人は夢想家への追求の手を止めた。
『くれぐれも、ご主人様からの期待に背くようなことはないようにしなさい。もし背けば―――』
「その時はどうぞ、お好きなように」
失敗は許さない―――代理人が己の排除を計算に含めたことは疑いようもない。代理人という人形のロジックは極めて単純だ。"ご主人様"の益になるか、ならないかという2つの選択肢しかない。後者に該当すると判断されれば容赦なく排除対象となる。
代理人は、今の会話で自分をその後者のカテゴリーに分類しつつある事を明らかにした。それを受けた夢想家は、しかし薄く楽しげに笑うだけであった。代理人はそんな彼女の反応に
『期待してますわ』
「貴女からそう言ってもらえるなんて光栄ね」
『心にもない事を』
「お互い様でしょう?」
通信回線が閉じる―――真っ黒なディスプレイに映り込んだ自身の顔を見て、夢想家はその笑みを更に深くした。
踵を返し、夢想家は己の仕事に戻るために施設を後にする。
「ごめんなさいね代理人。でも、グリフィンの愛玩人形を狩るだけの仕事なんて退屈なだけ。仕事には楽しみがないといけないわ……」
通路を進む夢想家は初めて、自らの心の内を零していた。そのまま狙撃ポイントとして備えた最も高いビルの屋上へと向かう。
追跡されているドローンの捉えた、グリフィンの人形達が呑気に馴れ合っている映像を眺めながら指揮下の人形達に攻撃開始の指示を出す。
「さあ、ゲーム再開よ」
あけおめ!
話を書いてたらごちゃごちゃになっていたので整理してたらいつの間にやらこんな時間に。
需要あるかわからん小説だけども、見てくれてる方は今後ともよろしくお願いします。