漆黒の髪を靡かせ、粉雪のように優しい君は(俺ガイル)   作:みうみん

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最終話です。


雪はやがて解け、いつか……

  "友達"の定義とはなんだろうか。

 

  困った時に助けてくれる人。

  決して裏切らない人。

  クラスメイトだからとか同期だからとか。いつも話しかけてくれるから、グループの中に混ざってるからとか。

  相手がどう思っているかなどわからないのに友達だと疑わない者、自分は友達だと思っているけど相手はどう思ってるのか不安で仕方がない者。

  人によって捉え方は違うだろう。

  格好つけるわけでもなく、ただ言うのであれば……

 

 

 「そばにいてくれる人」

 

 「真の友人とは」、「親友とは」などと堅く表現しなくとも、ただ単純に、自分を偽ることなく、普通にしていて一緒にいられる人のことなのだと思う。

 

 

 ―――

  嵐のようなあのやりとりは落ち着きを見せたが、現実は風か強く、窓がかたかたと揺れ、肌寒いそんな日だ。

  いつものように気怠げに校舎を歩き、部室へと歩を進める。

  何度この同じ道を辿り、同じ場所へと向かっただろうか……

  いつか、この慣れ親しんだ道を通らない日が来るのだろう。

  あの、特に何をするでもなくありきたりで……でもどこか心地よい、あの場所へと通じる道を……

  そう、いつか──

 

  ふと歩いていると、水玉模様の胸元が緩く開けられているカーディガン、下はもこもこした柔らかそうなショートパンツを履き、肉付きがよく、しなやかで形の良い脚が魅力的な女性が目に入った。

 

 「ひゃっはろー。比企谷くん」

 

  嵐がすぎたと思ったら嵐以上に厄介な魔王が降臨なさった。いつもすぐ側にあって邪魔できないね!!もう八幡おうち帰るぅぅ!と言いたいところだが、どうしてもレベル差がありすぎて逃げられない。クソ……

 

 「どうも」

 「あれれー?素っ気ないなぁ。お姉さんがせっかく一人ぼっちの君に声をかけたのに〜」

 「いや、声をかけたっていうかあなたの場合待ち伏せでは?」

 

 「あはっ。バレちゃったか」って言いながら舌を出して、てへぺろしてる。あざといあざとすぎる。どっかのあざと後輩顔負けである。てか、バレバレだろ。堂々と道の真ん中に仁王立ちしてんだもん。

 

 「まぁ、もう君はぼっちじゃないか……」

 「えっ」

 

  どこか儚げに俺を真っ直ぐに見つめる彼女に不覚にもドキッとした。

  一拍の間をおいてから彼女は言う。

 

 「結局、目をそらしているんだよね…いつまでもそうしていられるわけじゃないのに」

 「目をそらしてるから見えてるものもあるんじゃないですかね」

 「そう?じゃ、君は目をそらして、その先にも視界が広がっているならどうするの?」

 

  もう逃がさない。ここで間違えることは許されないのだと彼女は問うてきた。

 

 「ねぇ比企谷くん。雪乃ちゃんはめんどくさいけどそれでもいいの?」

 

  先程とは違う俺の真意を見極めるかのように鋭く澄んだ黒き瞳。

 

 「えぇ」

 「そっか。隼人とはやっぱり違うものを見てるんだね……」

 

  寂しそうに、でもどこか満足げな表情で呟く彼女。

 

  なぜそこで葉山が出てくるのかは理解しかねるが、こう答えるしかないだろう。

 

 「そりゃあ、あいつと違う何かですよ。俺にも酔えるものがある。ただそれだけですよ」

 

  何が意外だったのか驚きを隠せていない。

 

 「ふふっ。そっかー。そうかそうか。うん。及第点ってところかな」

 

  会話を始めてから一番の満面の笑みで俺を見据えてくる。

 

 「はぁ……そうですか」

 「じゃ、私は満足したから行くねー。じゃあね比企谷くん。次会う時にはお義姉さんとして会いたいなぁ」

 

  と、意味深な言葉を残し手を振りながら魔王は去っていった。

 

  なんだ。あの人もあんな真っ直ぐな偽りではない、仮面などでもない本物の笑顔ができるんじゃないか……

 

  ただその優しい笑顔に浸り続けていた。

 

 

 

 もしも、もしもの話である。

 

  言葉だけで、想いを表したのなら、己の思い、想いは全て伝わるだろうか……

 

  答えは、否である。

 

  言葉は時に伝わり、時に束縛し、時に騙し、時に訴えかけ、時に期待し、時に失望させる。受け取る相手によって勘違いを生み、その勘違いが時に孤立を生む。

  だから、誰しもが誤解を招かないように、孤立しないように、失望させないように考え言葉を口にする。それでも、それでも……届かないものもある。

 

 

  トントントンとノックの音がした。「どうぞ」と声をかける。

 

 「よぉ」と言いながら彼は入ってきた。もう戻ることは出来ないのだ。前に進むしか……

 

 「あら、遅かったわね。待ちくたびれたわ」

 「すまん。ちょっとあってな」と言う彼の顔はなぜか清々しい。

 「なぁ……雪ノ下……俺と」

 「ねぇ、比企谷くん」

 

  言葉を遮って彼の名を口にする。彼にリードされるわけにはいかないのだ。いつまでも受け身のままではダメだから……

 

 「あなたとは友達にはなれないわ」

 

  その言葉を口にすると、彼の肩が少し震えた。

  今、この何もない場所で何が変わっただろう。それは、あなたがいること、願う形。

  互いに押し付け合って、勝手に失望する理想の姿。

  誰かに、誰しもに許されなくてもいい、……けれど、私自身はその変化を許すことができているだろうか。

  おそらく、いつしか心に宿った願いを身勝手だと否定することが、一番の欺瞞なのだろう。私は願ってもいいのだ。願い続けるべきなのだ。

  今から言う言葉自体には意味は無い。でも、だからこそ口にする。

 

 「あなたのことが好きだから」

 「あなたのことが、とても好きよ。比企谷くん」

 

 

 ―――

  耳を疑った。思考を張り巡らせた。でも、決して俺の早とちりでも身勝手な期待でもない。彼女の不器用なまでに真っ直ぐな言葉が偽物のはずがない。

 

 「ねぇ……」と不安げに瞳を潤せながら俺を見据え答えを待っている彼女。どうやら少し考えすぎていたようだ。先手を取られてしまうとは……やはり俺の青春ラブコメは最初から最後まで上手くいかないのだ。でも、答えならもう決まっている。上手くいかないなら、いかないなりにやってやろうじゃないか。

 

 「雪ノ下…」と彼女の顔を見ると「はい」と彼女にしては緊張しているのか顔は普段よりも雪のように白く、背筋にも力が入っているような気がする。

 

 「好きだ……雪ノ下」と言いながら彼女の手を取り華奢な体を胸に引き寄せた。

 

  生まれてこの方、女子を抱き寄せたことはない。力の加減を間違ったら今にも砕けて壊れてしまいそうだ。粉雪のように汚れなく奇麗な体。でも、彼女がそんなことで砕けるような人ではないのを俺は知っている。彼女は強いから……

 

 「比企谷くん……」

 

  彼女と目を合わせる。どこか先を見ていて、俺とは違うものを見ていると思っていた透き通った黒き瞳にはしっかりと俺が映っていた。その潤んだ瞳は言葉だけではない確かな約束を求めているように見えた。

 

  好きという二文字の文字列と音に意味があるわけでは全くない。

 だから欲しかったのは伝えたかったのは、言葉ではない別の何か……

 

  それが何であるかはもはや言うまでもない。

  同じ場所にいても見ているものは同じじゃない。だから一緒にいたいと、共有したいと思うのだ。彼女とならそれができると、そう確信している。

 

 

  言葉にしても意味は無いのかもしれないけど、重ねてきた、すれ違った時間が「好き」という言葉に意味を与える。

 

  先程とは違い、特に何を言うまでもなく彼女を抱きしめる腕に力を込める。彼女になら言葉にしなくとも伝わるはずだと疑わないのは、俺の過信だろうか。彼女のきめ細やかな唇に吸い寄せられるように口付けを交わす。

 

 

 「んっ……」

 

  どれだけの時間が経過したのだろうか。息をするのが苦しくなって彼の唇からそっと離れる。すると彼は少し名残惜しそうにこちらを見ていた。ふふっ。可愛いところもあるわね。

 

 「比企谷くん……もう一つだけ私の願いを聞いてくれる?」

 「ん?あぁ。なんだ?」

 

  素っ気ないわね…でもそんな言葉でも裏にある優しさを私は知っている。彼の臆病な優しさを……

 

 「その……名前で呼んでくれないかしら?」

 

  本当に私は欲張りだ。壊すことばかり得意だったはずなのに……いつからこんなにも何かを求めるようになったのだろう。

 

 「ふぁ?」と変な声を出す彼。そして少し考えた後、

 

 「雪……雪乃」

 

  照れくさそうに私にしか聞こえない声で言う。まぁこの部室には私以外いないのだけれど……

 「もう一度」と彼に催促する。ここまで来たら開き直るしかあるまい。

  ふぅーと息を整えながら彼は言う。

 

 「雪乃」

 

  今度はどこか誇らしげに、真っ直ぐな言葉。

 

 「はい」

 

  彼が私の期待に応えてくれたのだから次は私の番。

 

 「八幡」

 

  彼から目を離すまいとあなたは私のものだと主張するかのようにはっきりと言う。

 

 「ぐほっ」

 

 相当効果があったらしくまた変な声を出す彼。ふふっ。やっぱりあなたは面白いわね。

  少しの間静寂が訪れる。ただ目を合わせるだけの時間。何を語るでもなくただ見つめ合うだけ。でもそれがなぜか心地良い。

 「ん……あー」と気まずさを感じたのか彼が切り出した。

 

 「帰るか」

 

  逃げの一手である。あなたらしいわね……

  彼の隣で歩幅を合わせながら一歩ずつ生徒玄関へと進む。なんか修学旅行を思い出すわね。あの時は一緒に歩いたとは言い難いのだけど……今は……今は違う。彼が隣にいる。ただそれだけで安心する。

 

  玄関で一旦別れて靴を履き替えて合流する。さっきまで一緒に歩いていたのに目が合うだけではにかんでしまう。

 

 「それじゃぁ、また」

 「あぁ、じゃあな。また……明日」

 

  心地よい一時も終わりを迎える。だけどまた明日から始まるのだ。

 胸のあたりで小さく手を振って、彼に背中を向け歩き出す。

 

 「雪ノし……雪乃」

 

  まだ呼び方に慣れていない彼が私を呼び止める。

 

 「どうしたの?」と言いながら彼の目を見る。散々彼の目は腐っていると馬鹿にしてきたが、今は違う。何か覚悟、決意のような熱いものを感じる。

 

 「いつか……」

 

  いつか……あぁその言葉を聞くと罪悪感で押し潰されそうになる。

 

 「いつか、お前と同じ景色が見たい」

 「……本当にあなたはずるい人ね」

 「な、なんのことだ?」

 

 

  本当にあなたはずるい人。私の考えをわかっている。それでいて私だけに重荷を背負わせるのではなく自分でも背負おうとする。捻くれているけれど真っ直ぐで純粋な優しい人。

  あなたがそう来るのであればこちらも従うまで……

 

 「あなたのやり方、嫌いだわ」

 「そっ、それは……」

 

  私の言葉に少し動揺する彼。これはいつの日かの巻き直し。ここから始めるための必要条件。

 

 

 「あなただけが傷つく物語を私は望まない」

 「あぁ」

 「だから、私もあなたと同じ景色が見たいわ」

 「あなたと同じ景色を見て、あなたの物語を見届けたい」

 「そっ、そうか」

 

  これで言葉という鎖は解けたわ。鎖で締めつけるのは容易いことなのに、解くことは困難。だからこそ、言葉は重いのだ。

 

 「あっ、雪」

 

  空から降ってくる粉雪をそっと手のひらで受け止めた。

 

 「本当にもう寒くなってきたし帰るか…」

 「えぇ……そうね」

 「じゃあな」

 「えぇ。また明日」

 

  帰路で光る街頭は優しく見守るかのように私たち二人だけを照らしていた。

 

 

  彼は私の光だと例えたことがあるが、彼が光なのであれば私はその光の中を降ってくる粉雪。

  もし、もう一つだけ願うことが許されるのならば……

 

  捻くれていて不器用だけど、誠実で真っ直ぐな光のような彼に優しく降りてくる雪華でありたい。

 

 

 

 

 




言葉にすることをあまりしない彼女たちだからこそ、その言葉に意味があるのだろう。

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