食後の小話   作:池沼妖怪ブレインロスト

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救いの手は自分の行動力

今までは評価を上げるために仕事をしていたのに、現在は評価を下げない為に仕事をしている。

 

この違いは非常に大きい。

そもそものモチベーションが違うのだ。

やりたいのと、やらなくてはいけないのとでは楽しさや感覚は雲泥の差だ。

 

「ちっ!このくらいの仕事やっておけよ!」

押し付けられた仕事をこなしながら、誰に向かって言うのでもない悪態をつきながら片付ける。

最近、暗い独り言が増えた。

 

昼休憩の時間になった。日曜日の昼下がりである。

私はスーパーの休憩コーナーで安めの惣菜弁当をもそもそと食べていた。

ふと目を向ければ、友人と仲良く勉強をしている高校生達の姿が見える。塾帰りだろうか?休日なのに大変だ。

ギトギトで身の少ない唐揚げを頬張りながらそんな感想を抱いた。

早く食べてしまわないと、休憩時間が終わってしまう。

食べるスピードを私は早めた。

 

弁当を食べ終え、スーツについた食べかすを払いながら思った。

私も、彼らみたいにもっと勉強してもっと良い大学を出て、ちゃんと就職活動をすればこんな生活を送ることはなかったんだろうか。と。

 

ピリピリとやかましい音が胸ポケットから鳴ってくる。

「はい。」

職場からだった。

「あ、高下くん?悪いんだけど、今度の希望休取りやめてくれないかな?」

「えっと、何故でしょうか?」

「どうせ遊ぶだけでしょ?だったら土日休みに希望日入れないで欲しいんだけど」

「それは…」

「はい!本人の了承得たしこっちで取り下げといたから。早く休憩から上がってね。じゃ」

 

切られた。

何も言っていないのに。

ようやく掴んだあの子との初デートだったのに。

 

私がその子にデートが潰れてしまったことを連絡している間に、また電話がきた。

今度は良い連絡だった。

高校以来仲の良かった仲間からである。

「なぁ、話があるんだ。休みが合う時、飲みに行かないか?」

 

 

「まさかこんな歳になってシフトか。辛いなそれは」

週のド真ん中、まだ席の空きが目立つ程度の時間である。

空になった中ジョッキを眺めながら友人はそう言った。

「ガタが来て以来、夜勤はドクターストップがかかってな。同僚からの当たりがキツくなった」

「苦労してんだな」

ため息をつきながら彼は言う。

そういうこいつも苦労の跡が少なからず見える。

白髪が増え、顔に疲れが残っているのは私の気のせいだろうか。

しかし、どこか自信にあふれた表情をしている。

少なくとも私よりは上手くやっているようだ。

「お前は?」

少々の劣等感がザワザワと湧いてはいたが、それを抑えつつ友人に尋ねる。

「そう!聞いてくれ!会社を立ち上げないか!?」

「会社?起業するのか?」

「ああそうだ!というかした!」

「相変わらず行動力のあるやつだな」

「ははは!褒めてくれるな。お前を呼んだのもその事についてなんだ」

「どういう事だ?」

「このご時世にぴったりのサービスをしててな。ノリに乗ってるんだ。会社の営業成績はうなぎ登りだ。で、今、俺の会社には人手が足りない。一人でも多くの人員が欲しいんだ。ここまで言えば察するだろ?」

「俺に来いってか?」

「そうだ。学生時代からの付き合いだったお前なら任せられる仕事のアイデアがどんどん湧いてくる!」

「無理だよ俺なんか」

「そこはわかってる。お前も歳が歳だし、俺も払える金額も大して多くない。月の給料は手取りで30万くらいしかやれないが…」

月30万?おいおい、今の給料のほとんど倍じゃないか。

「正直な話をすると、その話は魅力的だ。給与面も申し分ない」

「そうか。それは良かった」

「ただ、今のところが長すぎて辞められるか…」

「よし、それじゃあ俺も正直に言おう。信頼できる社員が欲しいのは事実だが、別にお前じゃなくても良い」

「あんまりな言い方だな」

「ははは!まぁまぁ」

「それはどこの企業だってそうだ。もちろん、お前の今の会社もな。ベテランのお前が突然居なくなろうがどうってことはない。特にお前の場合、同僚からの風当たりが強いんだろ?さっさと辞めてしまえそんな会社」

「それもそうなんだが…」

「とにかく、俺はお前に来て欲しいと思っている。なに、ヘッドハンティングみたいなもんさ。お前の能力が欲しいんだ」

 

夜は更けていった。

私はどうしようもなかった。

たしかに給料も増えるし、環境も良くなるのだろう。

しかし、何か言葉で言い表せない壁が私の心の中に出来ており、それが決断を阻むのだ。

今の今まで私が心血注いで尽くしてきた会社を辞めて、他に移るのが悪いと思っているのだろうか。

いや、もしかするとプライドなのだろうか。

会社が本当に私を必要としているから、私が消えてしまったら仕事が回らなくなってしまうと思っているのだろうか。

彼の言ったことは真実だろう。

私1人居なくなったところで全く支障はないのだろう。

認めたくないのだろうか。

 

私はこの腹に溜まっている真っ暗で思い何かを持ち歩きながら仕事へ向かった。

 

休みがどんどん減らされている。

休憩時間も取れないほど忙しい。

その反面、同僚や後輩は手持ち無沙汰のようだ。

私がこれだけ働いているのに。

夜勤に入れないというだけでここまで私がやらないといけないのか。

 

「高下さん、ここら辺もサクッとお願いしますよ」

携帯をいじくりまわしながら回転椅子に踏ん反り返って座る後輩が言った。

私のPCにタスクがどんどん増えていく。

彼の仕事だ。

夜勤ができなくなったという事で反発を買って以降このざまである。

上司も黙認している。

 

「何やってんすか?さっさとお願いしますよ」

この若者は完全に私を馬鹿にしている。

私は上司の方を見る。相変わらずネットサーフィンに勤しんでいる。

この部署でまともに働いているのは私だけだ。

「何してんの?さっさと仕事したら?」

上司からの声だ。

もし、私が居なければ彼も後輩も仕事をするのだろうか。

ここで低賃金でストレスを溜めながらこき使われるよりも、友人と共に楽しく仕事をした方が良いのだ。

何でこんな簡単な事が分からなかったのか。

いや、理解しようとしなかったのだろうか。

 

「室長。お話があります」

変わろう。自分に甘くなろう。そうしよう。

 

仕事が終わり、私は友人に電話をかけた。

「もしもし、山野か?あの話だが…よろしく頼む」

いくら過去に未練や後悔があろうとも、私は過去に戻りたくはない。今のくだらない人生を更に否定する事になるからだ。

それは今まで生きてきた私自身を否定する事と同じ意味だ。

 

だから私は今日。少しでも、少しでも暗澹とした生活から抜け出せる蜘蛛の糸を離さないように、落ちてしまわないように。しっかりと握って登っていった。




変えるのは自分だけ

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