昔嵌った銀英伝サークルの双璧が、こう言うノリだったんですよ……。
『酒は飲んでも飲まれるな』。
西暦代より続く、酒に関する有難い標語である。
だが、それを一切理解していないのではないかと思われているのが、いわゆる『双璧』の二人である。
二人で飲み始めたが最後、周囲を巻き込んだ大乱闘か、周囲の迷惑を省みない泥酔生ライブのどちらかをやらずにいられない二人の惨状は、ローエングラム元帥府の名物の一つと化している。
そんな、負の名物を前に、猪提督フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトがふと思いついてしまった。
「なあ、ミッターマイヤーって、ロイエンタール以外と飲むとどうなんだ?」
言われて、他の僚友達も顔を見合わせた。
「艦隊幕僚の方々と飲んでいる時は、そう言えばお静かですね」
「ミュラー、あれは静かと言うより、世話焼きで終始していると言うんだ」
元帥本人とその腹心を除けば、ほぼ最年少の同僚にそう訂正すると、コルネリアス・ルッツは二年下の僚友に肩を竦めて言った。
「俺たちと飲んでても、ロイエンタールがいると結局一緒だったな」
「ロイエンタールの奴は、一人だとひたすら飲むだけで、話もへったくれも無いんだがな」
アウグスト・ザムエル・ワーレンがそう言うと、ビッテンフェルトはにかっと笑ってこう言った。
「いよっし、確か今日、ロイエンタールの奴残業だったな。ミッターマイヤーを酒に付き合せよう」
軽い思い付きだったが、皆も軽く行く気になってしまった。
早く帰ると言うウォルフガング・ミッターマイヤーを引き止め、一同は最近出来たばかりの酒場『黄色いハンカチ』に繰り出した。
入店から一時間、双璧が騒いでいないと、実は酒癖が悪いことが丸バレになる二提督、裸踊り寸前のビッテンフェルトと、ミッターマイヤー相手にとうとうと語りに入っているワーレンの二人がいる。
「……もしや、474年度生は、皆こうなんじゃないだろうな」
先日入幕したアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトの呟きに、ルッツとミュラーが力無く笑う。
「ですが、よくもまあミッターマイヤー提督も、嫌がらずに聞いていますな」
店内で合流したエルネスト・メックリンガーがワイン片手に呟くと、ナイトハルト・ミュラーが見た事をそのまま報告する。
「どうも、一通り話してしまったら満足なされたようで」
「あれだな、ちゃんと聞いて貰えれば、くどくど話そうと思わんが、ロイエンタールの奴は話の腰を折りに掛かるから、声が跳ね上がるんだな」
「でも、それならどうして二人掛りで路上パフォーマンスやカーネルサンダース強奪とかやっちまうのかな?」
同じく店内で合流したウルリッヒ・ケスラーの呟きに、ルッツが疑問を口にする。
この間も、繁華街のど真ん中にあるピーニエ橋から、二人揃ってダイブしたのだ。
挙句に、近所にあった薬局のマスコットのカエルの人形を抱えて見事なシンクロナイズドスイミングを披露していたのである。
憲兵隊を指揮して二人の回収に当たったケスラーが、思わずあのときを思い出し目を逸らす。
「本当に、どうしてああなるんでしょう」
「あれだな、無害な成分も、特定の成分と反応すると劇薬になると言う」
銀河の向こうで、お祭り男に対して言われたのと同じ事を言われているとも知らず、ミッターマイヤーはニコニコとワーレンの話を相槌込みで聞いていた。
ワーレンの話は、とうとうポチを連れたお爺さんが、畑から掘り出した16000隻の艦隊を率いて、意地悪婆さんの立て篭もるガイエスブルグ要塞へと出撃するところに来ていた。
その時である。
「どーーーして、あんな奴と結婚したんだ、エヴァンゼリーーーーーーーーンッ!」
不意の絶叫に、ローエングラム元帥府の幕僚達は(泥酔二人を除いて)全員飲み掛けの酒を噴いていた。
ミッターマイヤーも、豆鉄砲を食らった鳩の様に顔を上げ、声の主を探した。
店の隅の方、未だ尉官か佐官位の若い士官達がたむろっている所に、オーベルシュタインの参謀チームの一員であるアントン・フェルナーの姿がある。
図々しいのが身上の彼が、珍しい事に泥酔しているらしい若い士官に向かって何事か言い募っている。
だが、ぐいっとグラスの中身を飲み干したその若い男は、店内に響き渡る声でこう喚いてくれた。
「ちっくしょーーーっ! あんのちびの短足のロリコン親父っ! よくも僕のエヴァンゼリンをーーーっ! センスゼロの馬鹿のオッサンの癖に、何で美人で優しくて賢いエヴァンゼリンを嫁に出来たんだっ! 幾つ年が違うと思っているんだ、あの犯罪者っ!」
立ち上がろうとしたミッターマイヤーは、その一連の罵声で卓に轟沈した。
幾つかの単語は、ミッターマイヤーにもクリーンヒットしたのだ。
(……チビ……ロリコン……センスゼロ……犯罪者)
哀しいかな、帝国の成人男性として175センチ未満というのは確かにチビと言って良かったし、考えようによっては五歳下の少女を好きになって結婚したのは確かに、ロリコンと呼ばれるのも犯罪者扱いされても仕方が無いかもしれない。
何よりプロポーズに黄色い薔薇と言うのは、センス以前の問題だろう。
何とか立ち直ろうと、もがいているミッターマイヤーを別のボックスから眺める事になったルッツら未だ素面の幕僚達の下へ、どうやら若者の介抱を諦めたらしいフェルナーが水割り片手に移って来た。
「おい、どう言う事だ、フェルナー」
「いやあ、要は単なる失恋の自棄酒なんですがね」
頭を掻き掻き、フェルナーが語ったところによると、あそこで管を巻いているオーベルシュタインの部署の新人には、士官学校時代から片思い(厄介な事に当人は両思いだと信じていたらしい)の相手がいた。
ところが、その相手はつい最近結婚してしまったのだ。
「その件の女性って言うのは、元帥府近くのドラッグストアの薬剤師で、近所じゃ『黒髪のエヴァ』って呼ばれてる評判の良い女性でして」
「あ、知っています。ロイエンタール提督を見ても、眉一つ動かさないって言うあの薬剤師さん」
ミュラーの言葉に頷き、フェルナーはチラッとミッターマイヤーを見てからこう言葉を継いだ。
「で、そのエヴァンゼリン嬢が結婚した相手と言うのが、作戦資料室のアーダム・フォン・オッペンハイマー大佐なんです」
「オッペンハイマーって」
「あー、『オーディンのエルキュール・ポアロ』か!」
「なるほど、あれが好みでは、ロイエンタールはお呼びじゃないな」
一同が思い浮かべたのは、身長160センチ台、小太りで口髭を常に油で固めている、ちょっと頭が禿げ掛けた中年男である。
西暦代の天才女流作家が生んだ名探偵そっくりな彼を思い浮かべてしまった一同の中で、真っ先に口を開いたのはファーレンハイトだった。
「おい、確かオッペンハイマー大佐って、もう40歳とかじゃないか?」
「39歳ですよ。奥方は今年25歳ですから、丸々14歳違いなんですよ」
「なるほど、だからロリコンか」
呆れたようにメックリンガーがそう言うと、手にしていたグラスに口をつけつつフェルナーは肩を竦めた。
「あいつも悪いんですよ、彼女がオッペンハイマーからの手紙を家の前で待っているのを自分の手紙を待ってるって思い込んでたもので」
「あー……」
納得してしまったその時である。
やっとの思いで立ち上がったミッターマイヤーが、その若手士官の肩を掴もうとしたその瞬間に、最後の爆弾がぶん投げられた。
「エヴァあああアッ! あんなダメ親父と結婚したら、君の優秀なDNAが駆逐されてしまう! チビしか産まれなくなってしまうぞぉおおおっ!」
その叫びに、頭を殴られたようにふらふらっと後退ると、ミッターマイヤーは元の椅子にへたり込んだ。
「あっちゃあ、ストライク」
頭を抑えるフェルナーと、成行きを見守るしか出来ない幕僚達の目の前で、ミッターマイヤーはぽろぽろと泣き出した。
その、子供でしかない泣き顔に、意地悪婆さんとポチの一騎打ちのシーンに熱弁を振るっていたワーレンが気付いた。
「ん? どうした、父さんに言ってみろ」
「……帰る」
か細い声だったが、ワーレンは大きく頷くとひょいっとミッターマイヤーを背負った。
「んー、どうした、縮んだんじゃないか? いかんぞ、ちゃんと飯を食わんと」
「あう」
そして、幼児帰りを起こしているらしく、指を吸いながら泣き寝入ってしまったミッターマイヤーを背負ったまま、ワーレンは店の外へとスキップで出てしまった。
「わぁ、待ってください、ワーレン提督!」
「卿はミッターマイヤーの官舎を知っているのか!」
慌てて、二人のコートを手にしたミュラーとルッツが後を追う。
その後姿と、何時の間にか床で大の字になって眠っているビッテンフェルトを見比べると、ファーレンハイトはポケットから煙草を取り出した。
「やっぱり、474年度生は問題ありだな」
「そういう問題じゃないと思うが」
ふうと吐き出された紫煙の向こうに、ケスラーの渋い顔が浮かんだ。
その翌日、ミッターマイヤーは久方振りの鈍痛と共に出仕した。
もっとも、二日酔いというよりは、ストレス性の偏頭痛であったが。
出仕するなり、顔を見せた親友に向かって、ミッターマイヤーは宣言した。
「俺、もうロイエンタール以外と飲みに行くの止める」
その言葉に、事情も知らずに喜ぶ平和なロイエンタールがいたとか、いなかったとか。
取り敢えずは、平穏な帝都の光景である。
この話、某サークルさんで「アルコール依存症二人組」と言われた双璧をばらしてみようと思ったのが初めですが、結果的にはワーレンとビッテンフェルトの酒癖を曝しただけになりました……。