Fate/Apocrypha Revival in the Interstice 作:梨央
長い長い、夢を見ているようだった。
北極海に巨大な隕石が落ちた。
津波でいくつもの街が消えた。数千の臣民が死んだ。好機と乗じた貴族どもが叛乱を起こした。
それだけで済んでいたらどんなに良かっただろう。
余も、ロシアも、運命が変わってしまった。
知識人どもに言わせれば、この星は氷河期に突入したそうだ。
ロシア以外の国は大寒波によって悉く消滅した。
構わぬ。余のロシアさえ残ればそれで良い。
地球の気温は下がり続けている。寒さをものともしない魔獣まで現れた。
モスクワはマイナス50度を超える日がほとんどになった。
宮殿にいる余も寒い。凍えるようだ。余の臣民たちは耐えられるだろうか。
モスクワでマイナス80度を超えるようになった。魔獣の数も確実に増えている。
対策を命じていた最後の学者の一人が、宮殿を出た途端に吹雪にさらわれて死んだ。
あまりに遅すぎた。遅すぎたのだ。
マイナス100度を超える日が当たり前になった。
人間よりも魔獣の数が多くなった。とっくに人間の活動できる場所はなくなっていた。
余は最後の王命として、細々と生き残っていた魔術師を招聘し、知恵を絞らせた。
魔術師の一人が言った。
獣の皮を何枚厚着しても無駄なら、獣になって毛皮を手に入れればいいと。
平時の余であれば、ふざけたことを、とその場で殴り殺しただろう。
神の愛はもはや届かぬ。それで臣民が助かるなら。余はその提案を受け入れた。
まずは余自身が獣になり、次に魔術師たち、最後に臣民たちを獣を変えた。
余は獣の王となり、世界の
違う!違う!違う!
余はイヴァン四世。ロシア・ツァーリの王。獣の王などではない。断じてだ!
ならば、これは一体誰の記憶だ?
アナスタシア。マカリー。母上。ドミトリー。ニコライ。誰でもいい。
余が余であると認めてくれ。余は、イヴァンはここにいると見つけてくれ。
――ここ、は。
書庫か。見覚えがある。ここは余が作らせた書庫の一つだ。
智慧と秘術の蔵。神のため、人のため、祈りのために。必要な知識を集めた場所。
おかしな夢を見ていた。まったく、余はどうかしている。
己が腕と脚を見遣る。
いやしくも獣の王になった、などと。貴族どもに聞かれたら狂ったと思われよう。
外に出る。暑いな。ここはロシアではないようだ。
だが、この書庫は紛れもなく余のもの。
知識人どもが、一度の喪失を防ぐために分散が必要だとか言っていたのを思い出す。
きっとここもその一つなのであろう。
そうだ。余は”青”の陣営のアーチャーとして、聖杯大戦に招かれたのであった。
余はサーヴァントとして勝ち残り、カルナックの杯を得なければならぬ。
余はさっそく拠点にすべき街を目指して、一歩踏み出す。
……待て。
なぜ余は、徒歩で戦地を駆けられると思ったのか。
余の歩幅は、こんなに狭きものだったか。
馬を調達し、南へ行軍する。
理由など始めからない。皇帝の遠征は南からと決まっている。
海の見える港町に辿り着き、余はそこで見知った顔を見つけた。
「佯狂者ニコライ。そなたも召喚されていたか。余に正しき道を示してくれ。
余は領土を広げ、”白”の陣営のサーヴァントどもを粛清しなければならぬ」
「……誰と勘違いしとるのかは知らんが、わしはその”白”のライダーぞ。
じゃがな、わしは
この街にはわしの他に誰もおらぬ。戦う相手を探しているなら、北を目指すといい。
そうそう、北東の山には凄いのがおるぞぉ。わしはあれほど大きい――」
「敵は北にいるのだな。教導、感謝である。また会おう。我が友ニコライ」
「汝、わしの話をまったく聞いておらんな?」
ニコライはやがて、得心したかのように笑い、こう言った。
「なるほど。汝が奴に呼ばれた”王”の一人と言う訳か。
だが奴め。
ニコライは何やら余にはわからぬ話をしている。
きっと余の知らぬ
彼の敬虔さには、余も恐れ入るほどである。
余が巡礼に出ようとすると、ニコライは引き留めて付け加えた。
敵は、ここより北西の熱帯雨林にいる。
そこへは大陸西側の平原を進むより、東側の山岳地帯を抜けた方が消耗も少ないと。
さすがニコライである。
余の
彼が神の信徒でなければ我が軍の懐刀にしていたところよ。
余は行軍と休息を繰り返し、その度に黒犬も増やし、軍勢は肥大した。
黒犬からの報告を受ける。
敵である"白"のサーヴァントの詳細位置を捕捉した。
余の陣よりわずか南西の地に単騎でいるらしい。
血潮が滾る。
初陣の相手はセイバーか。
天上に至るため、余は余の敵全てを踏み砕こう。
奴を黒犬に包囲させた。
もう逃げ場はない。
後は一斉に襲わせたところで、奴に余の王権たる雷槌を――
周囲が、燃える。
黒犬からの反応も途絶した。
何だ。一体何が起こって……。
何者が、ソラから余の前に降ってくる。
正教会のものとは違う司祭服を着た女と。それを抱えた、小柄な男。
いや、あれは。テュルクの衣に、金の王冠。……カザンに連なる者!
許せぬ、許せぬ、許せぬ、許さぬ!
余の慟哭は、余の聖戦は、余の巡礼は。
何者も阻んではならぬ!ならぬのだ!
余は王杖を闖入者へと向ける。
余に刃向かった罰だ。悪夢のように殺してやる。
神雷よ、迸れ。粛清の時は来た!
巨大な稲妻が新たな敵に落ち、静寂が広がった。
次話投稿予定:29日0時