Fate/Apocrypha Revival in the Interstice   作:梨央

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第15節a 大賢者は笑う

「クカカカ!タクボク殿、不貞を記した日記を妻に読ませるとは、

汝もなかなかあくどいのう!」

「いやいや。名高き賢者殿に言われては予も肩身が狭い!

まこと、世界とは面白きものよなあ!」

 

ケープタウン街中の、ディオゲネスと会った場所からほど近いパブ。

バーカウンターで私を真ん中に。

左側に啄木とディオゲネスが、右側にスガとアメリアが座っている。

 

「――それでな、わしはわしの願いを叶えるとか抜かすやつに言ってやったんじゃ。

『ならそこを退け。日陰になってしまう』とな」

「はっはっは!いかな大王と言えど、賢者殿に言われては返す言葉もなかろうて!」

 

……ビールを飲みながら談笑中だ。

何が禁欲主義だ。アテナイの犬め。海魔でも食べてあたればいいんだ。

だが不思議とディオゲネスを悪人とは思えない。不快感や不潔感は感じるが。

所業は世俗に塗れたものなのに、いったいなぜだろう……。

 

「ほんっと、これだから男って嫌なのよねぇ!ねぇ、スガ。あなたもそう思わない?」

「アメリア、飲みすぎです。それに酒くさ…うっぷ」

「いいのよいいのよ!男どもも飲んでるんだから!ほらあなたももっと飲みなさい!」

(わたくし)は酒精には弱くて、ひぃぃ!」

 

右側も悲惨だ。

アメリアが絡み酒だったとは。スガに無理やりウィスキーを飲ませている。

サーヴァントも、酔うのだな。

これは、現代の言葉でアルコールハラスメントと言うのではないだろうか。

女性の解放とは絶対にこう言う意味ではない気がする。

 

アプフェルショーレ(アップルサイダー)を飲みながら、ディオゲネスの問いを反芻する。

――私は、フリーダ(自由)だ。ではフリーダとは、誰だ。

 

ドイツ語圏の作家。裁定者に因縁。銃使い。いやこれは後付だったか。

ディオゲネス、ソクラテス、アルキメデス……。

古代ギリシャの哲学者や数学者たちの名前。

私の生きた時代とはまったく関係ないはずなのに、妙に頭に引っかかって離れない。

あと少しで思い出せそうなのに、最後のパーツが足りない。

 

樽の中の英雄(ディオゲネス・クラブ)は楽しまれているかな。フリーダよ」

 

そんな店名ではなかったはずだと訂正する気すら失せる。

ライダーは、む、と私のグラスを見て咎める。

 

「なんだ、汝は酒はやらんのか?見た目通りの少女という訳でもないだろうに」

「サーヴァントに年齢は関係ありませんし、飲みません。

あなたたちと言う悪例を見るまでもなく。私の霊基が酒は害悪だと告げているのです。

日に一杯飲むだけでも私の魂は谷底へ落ちるでしょう。だから私にはこれで十分です」

 

林檎水の瓶を突き付けて黙らせる。

ディオゲネスは無言でこちらを見ていた。

 

シオン、私を送り出したマスター。なぜ私の真名を隠す必要があったのか。

戦場で武功を立てた英雄ではないから。彼女の上が私の力を借りることに渋ったから。

本当にそれだけか。私は、名前を名乗ることすら恥と思われるような反英霊なのか。

 

「コリントスの賢者よ。どうやらあなたは私の真名に心当たりがおありのようですね。

私は私を呼んだマスターの意向で思い出せません。知っているなら教えていただけませんか?」

 

向かう先のない苛立ちを、ディオゲネスにぶつける。

彼は首をかしげて答えた。

 

「いいや?本当に知らんぞ。ただ名も知らぬ相手とは問答をしたくないだけじゃ。

さっきも言った通り助言ぐらいならしてもいいが、それには対価をもらわねばな。例えば……」

 

ディオゲネスは私の身体を舐めるように見てくる。

私は意図を察し、銃を彼の頭部に向けた。

 

「おお怖い怖い。だがな、フリーダよ。

先程の女の刃が示した通り、わしは武器では倒せんぞ。わしは()()()も引いておらんしな」

 

スガが振り返ってこちらを見る。

 

「さあ、試してみなければわかりませんよ?酔い覚ましだと思っていかがですか?」

 

銃を下ろさない私に、ディオゲネスは肩をすくめて両手を挙げる。

 

「まあ落ち着け。言葉にしていないことから妄想を膨らませるのは汝の欠点よ。

対価に汝がほしいなどと、わしは言っておらんのを忘れるな」

 

人の心を暴く老害が何を言うか。

 

「対価は……そうさな。こう言うのはどうか。知っての通りわしは犬儒派(キュニコス)の哲学者。

犬のディオゲネス。よって対価に求めるのも"犬"だ。()()()()をわしの前に連れてこい」

 

はっ……?犬……?

犬なら、イヴァンの使い魔の黒犬が庭園の庭にたくさんいるが。

 

「痴れ者。犬の英霊と言ったじゃろうが。犬の使い魔ではない。

無論、そのようなものがこの大陸にいることを知った上で言っている。

わしはぜひそいつとも話をしてみたいのだが、そいつは動く気がないようなのでな」

 

地図はあるか、と聞かれたのでレオのものを出す。

もうずっと更新はされていないが……。

ここじゃ、とケニアとタンザニアの国境あたりを指さす。

 

大陸の最高峰。キリマンジャロ。"青"のバーサーカーの場所?

レオの話によれば、3つの異なる種類の魔力源によって拘束されているようで、

原因は不明なものの、大戦の趨勢に影響はないと思われるので後回しにすると決めた。

バーサーカーが犬の英霊?いやいや、犬の英霊って。

戦馬や人形でも"座"に召されるとは聞いたことがあるが、犬とは……。

 

「嫌なら別に構わん。真名を思い出せぬままでもわしの知ったことではないしな。

"白"のランサーにも、今なら勝てるかもしれんぞ?」

 

本当に、このジジイは。

心を読み取れるのはスキルか宝具か。どっちでもいいが最悪の気分だ。心理戦もできない。

 

そうだ。"白"のランサー。

ケニアはタンザニアの隣国だ。タンザニアはいまだ底知れぬランサーの領域。

目的は別にあるとは言え、危険すぎる。

 

「案ずるな。この地図には詳しい場所までは書かれていないようじゃが、ランサーはここにいる。

仮に汝が近くを通っても、向こうから手を出してくることはない」

 

ディオゲネスは羽ペンを手に、

タンザニアからウガンダとケニアに跨るヴィクトリア湖に印を付ける。

なぜ、知っている。シャルルの探査機でも、レオの使い魔でも調べられなかったのに。

 

「知りたいか?それも教えてやってもいいぞ。汝が条件を満たせばな」

 

啄木とアメリアに聞いても無駄だろう。

二人ともすっかり酔って眠ってしまっている。

スガは、私の判断に全面的に従うと言った。

 

どうする。この酔っ払いの言うことを信じるか。

放っておいて合流次第、場所を突き止めたランサーの打倒を先にするか。

 

ここは一つ、賭けてみよう。

 

「――わかりました、樽の賢者よ。バーサーカーを所望ならそれに従います」

 

ディオゲネスはふんと鼻を鳴らし、グラスのワインを一息に飲み干す。

 

「決断が遅いわ。前にも誰かに言われなかったか?それではまた大切なものを失うぞ」

 

この……っ……!

怒りが頂点に達した私は再び銃を向けるが、銃身をディオゲネスに掴まれてしまう。

 

「逸るな、小娘。良いか、まだ汝には足りないものがある。それをよく見極めろ。

わしはこの街を出る。彼の山の近くにはセレンゲティという平原があるが。

そこの大木の地下に雷帝の書庫がある。詳しい場所は本人に聞け。わしはそこで待っている」

 

待て。こちらの話は終わっていない。

だいたい、最大時速500キロの機動聖都ですら何時間もかかる距離だ。

ライダーはどうやって移動するつもりなのか。

そもそも、自分で会いに行けばいいではないか。なぜ私に連れてこさせようとする。

 

「わしの心配より己の行く末を考えた方がいいぞ、()()()()()()()()()()

 

空になったグラスを置いて、ディオゲネスはさっさと出て行った。

啄木とアメリアの寝息が、妙に大きく聞こえた。




次話投稿予定:4日0時
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