Fate/Apocrypha Revival in the Interstice 作:梨央
ケープタウンを出てから半日近く。
機動聖都はようやく大陸の最高峰、キリマンジャロに到着した。
――結局、最大級の警戒をしていたのにタンザニア領でのランサーの襲撃はなかった。
ここまでは何もかも"白"のライダーの言う通りだったという訳だ。
私のことを、か弱きディオニュソスとライダーは言った。
なぜディオゲネスは、私をギリシャの酒神で例えたのか?
私はどちらかと言えば、太陽神アポローンのような……
いや、なぜ全く背景の違う二柱の神で己を例えようとしたのだろう。
ひどい、頭痛がする。本当に、後少しで思い出せそうなのに――。
「ほーう。異国の名峰とはさてどのようなものかと思うておったが。
一面富士のお鉢のような雪景色とはなあ」
「そうねえ。ここは赤道に近いのに、あれだけの氷河が残っているなんて。
よほど標高が高いのね。絵本で見たマウントレーニアみたい」
啄木とアメリアの二人は呑気なものだ。観光登山に行く訳ではないのに。
……あれ?確かキリマンジャロの氷河は、年々後退しているのではなかったか。
久々に聖都の地図機能を起動する。間違いない。
キリマンジャロの頂上付近には名前のついている複数の氷河があるが。
私たちの目前に広がっている山肌がまったく見えないほど大規模なものではない。
聖都の偵察機で、"青"のバーサーカーの大体の居場所はわかっている。
キボ峰からやや南東にあるこの山最大の氷河。
もっとも今は境界線が明瞭ではないが、レブマン氷河付近にいるはずだ。
『我の無様な姿を笑いに来たか。人間ども』
体長3メートルは優に超えているであろう、真っ白い獣。
3種類の異なる魔力源で編まれた鎖によって拘束されている、"犬"の英霊。
いや、犬なんかじゃない。あれは、巨大な
真名は考えるまでもない。
ラグナロクの怪物。大地を揺らすもの。破壊の化身。
フェンリル。
確かに彼ほど神話に名高き存在なら、"座"に召されていてもおかしくはないが。
それほどの存在が、なぜこのような姿で……。
いや、考えるのは後だ。ディオゲネスの言う英霊とは彼のことに違いない。
私はドレスの裾を上げ、恭しく礼をした。
「滅相もありません。
私の名前はフリーダ。聖杯大戦の観測者。そしてあなたの力を必要とする者です。
どうか、その拘束を外す手伝いをさせていただけませんか?」
どうやらスガたちには、彼の声は聞こえないらしい。
鎖に繋がれたフェンリルは答えた。
『我の声を解するのは貴様だけのようだな。人間の娘。
だが我は人間どもの力など要らぬ。
それに、我がこの状態では何も出来ぬと思っているなら大間違いだぞ』
フェンリルは氷塊を口から後方の斜面に向かって吐き出す。
爆発音と振動。
啄木とアメリアが悲鳴を上げる。スガは一見動じてなさそうだが、足が竦んでいる。
『このように。ここからなら貴様らを殺すのは実に容易い。
これでわかっただろう。我は人間を助けることなどない。
理解したなら疾く失せろ。我の機嫌がこれ以上悪くならぬうちにな』
正直、私だって物凄く怖い。
下手なことをすれば彼は躊躇なく私を殺すだろう。
それでも、解に至るためにはどうしても彼をここから連れ出さなければならないのだ。
まずはあの鎖を調べなければ。と、その前に危険なので三人を背後の岩陰に隠れさせる。
深々と頭を下げたまま、彼の状態をよく観察する。
拘束箇所は口と、右前脚と、左後ろ脚。……伝承にある通りだ。
アースガルズの神々は、災いをもたらすとされた彼を排除するために三種類の鎖を作らせた。
レージング。ドローミ。スレイプニール。
前二種類の鎖は難なく破られたと言うが、神話では三本同時に縛られた訳ではない。
つまりあれも逸話再現系の宝具なのだろう。しかし、己が力を縛る宝具とは……。
手始めに後ろ脚の鎖から直接調べようと、ゆっくりと近付いていく。
フェンリルは一歩近づいた途端に鋭く睨み付け、氷塊を飛ばしてくる。
私は、自分に直撃しそうなものだけ砕き、残りの余波は受けることにした。
アメリアのドレスは丈夫だ。この程度では破けないし、ケガもしない。
そう自分に言い聞かせながら進んだが、尖った氷の破片が頬を掠った。
ぽたり、と雪原に血が垂れる。
――大したケガじゃない。私は構わず鎖を手に取る。
当然ながらただの鎖ではないようだ。神代クラスの魔力で編まれている。
これではどれがスレイプニールなのだかもわからない。
私は試しに鎖の繋ぎ目部分を撃ってみたが、びくともしなかった。
構成材質は私たち英霊と同じランクのオドによるエーテルではなく、
マナによる神代の真エーテルで作られた宝具……。
『何をしている、人間。
貴様らの武器で壊せるはずがないだろう。それは忌々しき神々どもの作った神具。
――全く。ようやく我は自由を得たと思ったら、人間風情の膂力でこうも容易く縛られるとはな』
「誓って御身の不利益になることはいたしません。
どうか、今しばらく眼前に姿を晒す無礼をお許しください」
人間に縛られた、と言うことは。彼は最初からこの状態で召喚されたわけではなく。
他のサーヴァントによって拘束されたことになる。
だが、この鎖は本人が神具だと言った。ならば、一体誰によって……?
鎖そのものではなく、鎖の繋がれた先にある枷に着目してみる。
鎖同様の、三か所それぞれ異なる魔力源を有している。
撃ってみたが、やはりレプリカは効かなかった。やはりこれも真エーテル……。
ふと、思いついたことを試してみる。
頬から流れ出ている私の血を一滴、枷に塗り付けてみる。
枷は淡く発光し、吸収していった。
スレイプニールはこの世から失われた六つの素材でできていた。
私たちとは異なるランクの三種類の魔力源で編まれた神具。
サーヴァントの血肉も、格が劣るとは言えある程度固まった魔力だ。
もしそれで上書きできるなら、枷も……。
いや、いや。だめだ。私は、なんて恐ろしいことを考えていたんだ。
やはりライダーには連れてくることは無理だったと言おう。
それか、直接ここへ連れてこさせよう。そっちの方がいい。それなら条件も満たされ――
「はっはっは。人身御供と言う奴か。
どこの国であろうと斯様な因習は存在するのだなぁ」
啄木だ。私とすれ違った先で、枷に手を触れて何かを確かめている。
隠れていろと言ったのに。なぜ出てきた。殺されたいのか。
フェンリルがこちらを厳しい目つきで睨んでいる。
「タクボク、顔はやめてね。あたしは最期の瞬間まで美しく、自由でいたいから」
アメリアまで。何を、何を言っている。
「――承知した。予はこれでも暗殺者。的は違えんよ」
背を向けて跪いているアメリアの心臓に、啄木が銃を向けている。銃……?
はっとして、私はホルダーを見る。
レプリカの代わりに、重しのついた本が入れられていた。
「じゃあね、城主さま。あなたのドレス、本当によく似合ってるわよ」
銃声。
アメリアは倒れ伏し、彼女の魔力が枷に吸収されていく。
そん……な……。
平然とした顔で別の枷のところへ歩いていく啄木。
『ふ、ふざけるな、人間。自分が何をしているのかわかっているのか。やめろ。今すぐに!!』
フェンリルが怒鳴り、氷塊を飛ばす。
当たらない。いや、避けているのか?外しているのか?
「次は
スガが啄木から銃を奪おうとする。
スガまで、何を。何を言っているのだ。
私は、仲間が殺し合うのを黙って見ているしかできなかった。
「気が変わった。やはり汝は我らの中では唯一の力を持っている。
英霊の身ながらの汝の病弱も、その力も。きっと何か意味があって定められたもの。
ならば、その力の使い所は、今ではない」
スガを突き飛ばして、啄木は私の銃を自らのこめかみに当てて叫ぶ。
「白狼よ!罪深き神話の獣よ!我らの献身は主殿へのものにて、汝への献身にあらず。
これなるは、人間どものただの
ゆえに!貴様の意向など知ったことではない!
もっとも、予では貴様が何を言ってるか仔細にはわからんが!何となくの直感である!
さあ、その身を我らの血で染め、自由を手にするがいい!」
これから死のうとしているとは思えない穏やかな顔で。主殿よ、と続ける。
「苦しまずに逝けるなど、アメリアの国はまこと良い物を発明してくれたものだ。
生前の死の間際の予は、重い病にてそれこそ地獄の責め苦を受けてるが如き有様だったからな。
これは
いやはや、格好良い!格好良い主殿を見て、正直予も使ってみたかったのだ!
我らは先に待っている。スガ共々、達者でな。実に楽しき旅であった。では、さらば!」
二度目の銃声。二つ目の枷に、啄木の魔力が注がれる。
私は取り憑かれたかのように、落ちている私の銃を拾い、最後の枷に歩いて行った。
スガが何か叫んでいるが、聞こえない。
それに、もういい。
仲間を犠牲にしてまで果たさねばならない使命など。糞くらえだ。
シオン。我が元マスター。あなたの託した役目は、ここに終わった。
聖杯大戦も、"白"のランサーも、大聖杯も、何もかもがどうでもいい。
これから先どうなろうと、私の知ったことではない。
自由になったバーサーカーが聖杯を獲るのも、それはそれで皮肉ではないか。
私は撃鉄を起こし、私の胸に押し当てて――
破壊音。
と、ほぼ同時に、私は何かに突き飛ばされる。
そのまま私の意識は暗転して行った。
ああ、雪と言うのは。知識で知っているよりも、こうして踏みしめているよりも。
冷たく、塩辛い……。
***
フリーダ記録。
極東の大詩人と合衆国の雄弁家は、二人の同胞と言の葉の通じぬ怪物に未来を繋ぎ退去した。
私はこれを、"白"のサーヴァント三人目、"青"のサーヴァント二人目の脱落と定義する。