Fate/Apocrypha Revival in the Interstice 作:梨央
我は、生まれたときから怪物だった。
父なる火神ロキ。
母なる巨人アングルボザ。
神話の敵役。大いなる力と意思。
それが、我だ。それ以上でもそれ以下でもない。
光神バルドルの幻が如き、一つの可能性を見た。
いや、惰弱な雪神スカディだけが生き残ったのだったか。
我は神々を殺した
いや、まさかな。
我はスルトなど言う巨人と面識はない。
後の人間どもが都合の良いように解釈し記した
我らが関わりを持つことはなかったはずだ。
ならば、きっとこれは我が"座"とやらで見た、戯れの如き夢の一つなのだろう。
夢と言えば。
我は、月神マーニに招かれて、月へ行ったことがある。
おかしなことだ、と我ながら思う。
月は我が弟マーナガルムの領域。そして我はニヴルヘイムの主だ。
いかに兄弟とは言え、我らは互いに不可侵でなければならない。
もっとも、ムーンセルとやらは我らの事情など知ったことではないのだろう。
我は、人間の女を己のマスターとしてあてがわれた。
無害そうな見た目に反して、詐欺師ギュルヴィのように怜悧で。
豊穣神フレイヤのように策謀に長けているのに、
空神グーナのように己は優秀でなければならないと言う強迫観念に囚われていた。
これが、人間らしい人間と言うことになるのだろうか。
我は、どのような姿であっても英霊と言う存在で、
この女なくしては己を定義できないらしい。
月の聖杯戦争とやらで、我は我の思うままに他のサーヴァントどもを食らった。
女の言葉が我にはわかるのに、我の言葉は女には通じないようだった。
本当に少しだけ、僅かばかり、残念だったと思う。
いかに知略に長けていても、意思を交わせなくては意味がない。
兵の思惑がわからぬ将など。ヴァルハラであれば真っ先に死んでいる。
だが。女は比較的幸運だった。
もちろん我と言う強力なサーヴァントを引き当てたこともだが。
己より弱い存在を利用すると言う女の采配は人間にしては悪くないもので、
我らは順調に勝ち上がった。
第三階層。忘却の庭とか言ったか。
そこの敵は我と同じ。いや、我とは格の劣る怪物だった。
時間の巻き戻し。マスター狙いの無限の投擲。記憶を奪う固有結界。
下らん。それがどうした。我の敵ではない。
だが女は、何を血迷ったか。
せっかく登ってきたのにあれには勝てない、諦めて降りると言い出した。
我は吠えた。あんなもの、我の敵ではないと、なぜ戦わない、と。
意思の交わせぬ戦いとは、本当につまらないものだと心の底から思った。
第一階層へと戻り、女は己より劣る男の手駒として千年の時を過ごした。
そう言えば、我らの戦場は、我が気付く前より狂っていたそうだ。
いや、気付いていたとしても関係はなかっただろう。
女は、とっくに戦意を無くしていたのだから。
我は因果を逆転させるとか言う槍使いの女に敗れた。
女は采配を誤り、自らを我に捕食させるも、我も負けた。
疲れた。もう我は誰かの召喚に応じることはないと思った。
『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。手向ける色は、"青"』
"座"にて、我は再び誰かの声を聞いた。
今度は男だった。自信に満ちた、癇に障る声だ。
『されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。
汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――』
どうせ今度も、我の言葉はマスターには届かぬのだろう。
一体なぜ、我は"座"などに召されてしまったのだろうか。
「あれぇ?君、
我を呼び出した男が、馴れ馴れしく我に問う。
知るか。神々の戒めなど、無い方が貴様にとっても良いのではないのか。
実際、月でマスターだった女は、我の拘束を解くたび苦しそうにしていた。
「それじゃ困るんだよ。
あくまで君は二番手とは言え、今より強くなってもらわないと、
何を、言っている。
と言うか、やはり我の言葉はこの男にも通じないようだ。
我はまた、無意味な戦いで、無意味に死ぬ
「仕方ない。ちょっと待っててよ」
男は己の片腕を地下に突き刺し、苦悶に満ちた表情を浮かべている。
やがて男は、信じられないものを取り出した。
我を縛る、忌々しき鎖。我の宝具。『
なぜ貴様がそれを。男は当然のように我を縛ろうとした。
我は暴れた。力の限り抵抗した。だが、男は信じられぬほどに剛力だった。
憎き神々どもと、我を殺したヴィーザル以外で、我を力で御したのは男が初めてだろう。
我は無様にも、我自身の鎖によって封じられ、男はいつの間にか立ち去っていた。
怒りのあまり叫んだ。何日も吠え続けた。辺りはニヴルヘイムもかくやの氷原となった。
だが、それだけだ。我の反抗は、無意味に終わったようだ。
本当に、我は何のために呼ばれたのだろう。考えるのもバカバカしい。
この聖杯戦争が終わるまで、あるいは誰かに倒されるまで、意識を眠らせることにした。
気配を感じる。人間どもだ。
いや、確かこの大陸には人間はいないはずだから、サーヴァントか。
女が三人と、男が一人だった。
やがて女の一人が我の前に傅き、我を助けると言い出した。
もう疲れた。抵抗する気力も失せた。好きにすればいい。
だがそれではあまりにも威厳に欠けるので、形だけでも追い払おうとした。
女は気にせず我の回りを調べ上げ、
鎖の解放にはサーヴァントの魂が必要だと気付いたようだ。
だから言ったのだ。我を助けることなどできぬ。
我を助けることとはすなわち、貴様らの誰かが死ぬことと同義なのだから。
女は逡巡し、諦めて立ち去ろうとしたが、
隠れていた女の仲間の男が、唐突に別の仲間の女を撃ち殺した。
女の魂が我の鎖を一つ外す。バカな!あり得ん。
なぜ、会ったばかりのサーヴァントのために殉じることができる。
この大陸には、気の狂った人間しかいないのか。
男はやがて自らも撃ち殺し、二つ目の鎖を外す。
残った二人の女のうち、我の回りを調べていた女の方が、
倒れた男の腕から銃を拾い、ふらふらと三つ目の枷に近付いていく。
もう一人の女は止めようと何か叫んでいるが、女の耳には届いていないようだ。
我はようやく、我を助けようとした女が我の言葉を理解していたことを思い出す。
我は、我の三本目の鎖を無意識に食い千切っていた。
我の霊基が、幾許か減った気がする。構うものか。
我の咬合力で噛み切れると言うことは、これはスレイプニールではなかったらしい。
こんな所で己が幸運を使うとは、我もつくづく皮肉な存在だ。
我は鎖が全て外れていることにも気付かず、死のうとしている愚かな女に体当たりする。
これが我の運命なら、我は今度こそ徹底的に抗おうと誓った。
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