Fate/Apocrypha Revival in the Interstice 作:梨央
――目を覚ます。
雪の冷たさを感じない。むしろ暖かい。
ここは、機動聖都の、庭園?
そうだ、私は……。
『ようやく気が付いたか、人間』
獣の声が頭の中に聞こえる。フェンリルだ。
口と後ろ脚を拘束していた鎖は完全になくなっているが、
前脚には途中で切れた鎖が残っている。
まさか、自分で噛み千切ったのか。
確かに神話では、スレイプニール以外の鎖は容易く抜け出したと言うが。
いや、そんなことよりも。
辺りを見回す。バーサーカーの他には誰もいない。
イヴァンの黒犬の一匹が勇敢にも唸ってみせたが、
フェンリルに一睨みされてすぐに黙った。
『覚えていないのか。貴様の仲間二人は我の贄となった。
貴様も後に続こうとしたようだが、我が止めた。
これ以上、悪辣な運命に翻弄されるのは御免だからな』
そう……だった……。
啄木とアメリアは、私に黙って、私の銃を奪い……。
スガは。
スガはどこだ。
『もう一人の人間なら、貴様と一緒に我が連れてきてやった。
すっかり放心していて、貴様らの拠点を聞き出すのにも一苦労だったぞ。
それより、目を覚ましたなら早くこの城を動かせ。
我に求めることがあって、我を訪ねたのだろう。
ただ一度のみ協力を認めてやる。さっさと済ませろ』
その……通りだな。厳密には彼は犬ではなく狼だが。
本人が指定したのだから文句は言わせない。
これで、あの老害の条件は満たしたはずだ。
私は聖都の進路を北西に決める。
タンザニア、セレンゲティ国立公園内の、大木の地下。イヴァンに場所は聞いてある。
雷帝の書庫がロシアから遠く離れた地にあるのは驚くべきことなのかもしれないが、
短期間に色々なことが起こりすぎた。特に思うこともない。
"青"のバーサーカー、フェンリルは、目を瞑って草むらに横たわっている。
今さらだが、なぜ私は彼の言葉がわかるのだろう。
私にはそのようなスキルがあるのか。あるいは北欧神話に縁のある英霊なのか。
色々考えを巡らせていると、彼は急に目を開き告げた。
『人間。考え事は我の目の届かぬ所でしろ。うるさくて敵わん』
私が言葉に出さずとも、彼は私の心を読めるようだ。
……ディオゲネスと一緒だな。
詫びの言葉を口にし、自室に戻ることにした。
一応彼にも部屋が必要か訊ねたが、この庭でいいと一蹴された。
自室にて、私は啄木に銃とすり替えられた本を手に取る。
表紙には、『
かすかだが魔力を感じる。効果の程はわからないが、
彼が退去してからも残っていると言うことは、宝具なのだろうか。
ぱらぱらとページをめくってみる。
故郷を想った歌。貧困に苦しんだ歌。かつて暮らした開拓地を懐かしんだ歌。
どうも雑多な歌集のようだ。
"何処やらに 若き女の 死ぬごとき 悩ましさあり 春の
日本人のメンタリズムはよくわからないが。
何と言うか。雄大な自然の情景を詠ったと言うよりは、
彼の心情をそのまま吐露したかのような――。
"「さばかりの 事に死ぬるや」「さばかりの 事に生くるや」
早すぎる息子の死を悲しんだ歌も多い。
彼なりの生死観の考察、と言う訳か。
"一度でも 我に頭を 下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと"
"どんよりと くもれる空を 見てゐしに 人を殺したく なりにけるかな"
思わず吹き出しそうになる。
彼が暗殺者のクラスを与えられた理由が、ようやくわかった気がする。
極東の詩人。夭折の歌人。庶民派の代弁者。
借金魔。女たらし。それでいて彼は、人間をよく観察していたのだ。
"こそこその 話がやがて 高くなり ピストル鳴りて 人生終る"
私はそこでぱたりと本を閉じた。
笑えない。銃がカッコいいなど、大嘘つきめ。
私はベッドの上で、私の銃を眺める。
武器は、人を傷つけるためのものだ。それを否定することはできない。
私がどんな英霊だったとしても、生前どんな逸話があろうとも。
私はこれをシオンから貸与され、これでサーヴァントを傷つけてきた。
自分の身を守るため。あるいは、怒りや仲間を失った激情に駆られて。
レオに向けた。ディオゲネスに向けた。訓練ではメフメトにも向けた。
実際にロイを撃った。アメリアと啄木を自害に追い込んだ。
人を殺してはいけない、と言うのは所詮は大多数が共有する
霊長における絶対不変の
魔術師同士の殺し合いである聖杯戦争において。
血気盛んなサーヴァントたちを前にして、博愛や道徳を説いても無駄なように。
聖杯大戦と言う圧倒的な力と力のぶつかり合いの前では。
勝利を目的にしても、傍観を目的にしても、観測を目的にしても。
ある程度の
啄木やアメリアには、そう言う意味での力はなかった。
大砲や魔剣相手に、万年筆や裁ちばさみで立ち向かうことはできない。
それを理解しているアメリアは早々に闘争を放棄したし、啄木やスガ共々基地に籠った。
スガには黒鍵があるが、それだけでは到底勝ち抜けないだろう。
だから二人は死んでも良かったのか。
力がないから、贄に差し出したことに後悔はないと言えるのか。
違う。違う。違う。
彼らの死は、単純な死ではない。
それが善いか悪いかではなく。聖杯大戦の異常の観測と言う大義のために。
もっと言えば、私の目標を正しいと理解して彼ら自身が決断したことだ。
その時点で、彼らの決断は。聖杯大戦の戦闘による結果ではなく、
ベッドから飛び起きた。
稲妻を落とされたようだった。
私は、私の真名とクラスを思い出した。
私は、
私の名は、
ドイツの哲学者。ザーレの狂人。友と訣別し、神を見切り、世界に絶望した。
ゆえに
ああ、ヴラドはなんて私にふさわしい名前を与えてくれていたのだろう。
そのままじゃないか。まさか知っていたわけでもあるまいに。いや、知っていたのか?
なぜ、私は今まで忘れていたのか。
なぜ、私は思い出せなかったのか。
なぜ、シオンは私の真名を封じる必要があったのか。
それらは全て些末なことだ。明々白々な事実だ。
今なら、私は哲学者としてディオゲネスと対等に立てる。
もはや"白"のランサーなど脅威ではない。智慧が泉のように湧いてくる。
聖杯大戦の異常の
確かに、私なら適任だろう。シオン、我が元マスターよ。
寄り道はした。たくさんの犠牲も出した。それでも、私はここに一つの解に至った。
さあ、次の問題に挑むとしようじゃないか。
セレンゲティの書庫で、ディオゲネスが待っている。
獲物は放たれた。
突破口はすぐそこだ!
笑いが、笑いが止まらない。
いつの間にか部屋の入り口で、スガが怯えた目で私を見ていた。
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