Fate/Apocrypha Revival in the Interstice   作:梨央

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第18節b 曙光

気が付くと、草原のような場所に立っていた。

風が心地よい。花の香りもする。気持ちのいい青空だ。

やがて、頭の中にディオゲネスの声が響く。

 

『再び樽の中の英雄(ディオゲネス・クラブ)へようこそ。それでは、第一の問いを始めよう。

もっとも、汝はそこで見て、考えを巡らせるだけでよい。今回からはヒントも与える』

 

私の目の前に、緑色の髪をした軽鎧の偉丈夫が現れた。

 

『男の名はア(・)キ(・)レ(・)ウ(・)ス(・)。叙事詩『イーリアス』の主人公。

前回の聖杯大戦における"赤"のライダー。そして"赤"側屈指の大英雄だ』

 

アキレウスは軽く準備運動をしたかと思うと、瞬時にどこかへ駆けていった。

 

『彼が追いかけているのはウ(・)ィ(・)リ(・)ア(・)ム(・)・シ(・)ェ(・)イ(・)ク(・)ス(・)ピ(・)ア(・)。ブリタニアの小説家。

前回の聖杯大戦における"赤"のキャスター。そして"赤"側屈指のトラブルメーカー。

さて、問いを始める前のちょっとしたう(・)ぉ(・)ー(・)み(・)ん(・)ぐ(・)あ(・)っ(・)ぷ(・)じゃ。

汝は神話の英雄と、現代の作家。どちらの脚力が上だと思う?』

 

……バカにしているのか。相手は韋駄天が如き俊足のアキレウス。

いかなサーヴァントとは言え、彼に俊敏性で敵うものはいないだろう。

 

『そうさな。至極その通りであろう。

では実際にそうなのか。他のサーヴァントにも答えを聞いてみよう』

 

私の隣に、三人の新たなサーヴァントが現れる。

 

「シェイクスピアとアキレウスのどちらがより速いかだと?

……それは、何か別の意味のある問いかけなのではないか?

逆にむしろ、私はアキレウスより速い英霊を知らない。

悔しいが、私でも奴には追い付けないだろうからな」

 

緑の髪に獣の耳が特徴的な少女が答えた。

 

「どちらが速いかなどは関係ない。アキレウス!

私は地の果て、星の果てまでも追いかけて奴をむぐぐぐ」

 

銀髪の美少女が怒りを露わにして叫ぼうとするが、隣にいた青年に口を塞がれる。

 

「オジさんもアタランテの言う通りだと思うねえ。

そりゃあ、単純な脚力でアイツに敵う奴はいねえだろうよ。

それにアイツのことだ。多少シェイクスピアの旦那が策を持っていたとしても、

英雄としてのなんとかで追い付いて見せるんじゃないかねえ?」

 

マントを纏った茶髪の青年は続けてこう答えた。

 

脚力に関する問いなら、ここにいるサーヴァントたちとも私の答えは一致するだろう。

だが、彼らも賢い。問題の先の意図まで考えようとしている。

やがて、彼らの姿は薄れて見えなくなった。

 

『さすがはギリシャの戦士たち。では本題の問いだ。

ア(・)キ(・)レ(・)ウ(・)ス(・)は(・)、シ(・)ェ(・)イ(・)ク(・)ス(・)ピ(・)ア(・)に(・)追(・)い(・)つ(・)け(・)る(・)か(・)?(・)』

 

この場合重要になるのは、シェイクスピアがどこにいるかだろう。

アキレウスは視界に入る戦場すべてが間合いだと言う。

極端な話、この地球上にいさえすれば、どこにいてもアキレウスが追い付けないはずはない。

 

「樽の賢者よ。フリーダ(ニーチェ)が答えましょう。

アキレウスは、シェイクスピアには決して追いつけません」

 

一呼吸置いて、ディオゲネスが返事を寄こす。

 

『正解だ。だが、なぜそう思った?

汝は、地球上にいさえすれば追い付けないはずはないと考えていたではないか』

「おっしゃる通りです。この宝具……いや、固(・)有(・)結(・)界(・)内に両者が確実に存在するなら、

アキレウスは必ず追いつけるでしょう。ですが私はシェイクスピアの姿を見ていないし、

彼がここに確実に存在すると言う根拠も示されていません。

つまりこの問いに実数解は存在しないのです。ゆえに私は先程のように答えました」

 

ライダーが感嘆の声を漏らす。褒められているのか、バカにしているのか。

 

『そうか。いや、そうか!汝であれば、このような小手調べは不要だったな。

大変な失礼をした。この不肖ディオゲネス。

同輩との問答など久しぶりなので、迂闊にも少し浮かれていたかもしれん。

本当はもういくつか用意していた問いもあるのだが、それはまたの機会にしよう。

では二番目の問いだ』

 

私の目の前に、三人の人物が現れた。

 

黒髪に緑に瞳の少女。私にそっくりな……いや。

私(・)の(・)妹(・)。エリザベート・ニーチェ。

 

金髪に青の瞳の女性。忘れるはずもない。

あ(・)の(・)ワ(・)ー(・)グ(・)ナ(・)ー(・)の(・)妻(・)。コージマ・ワーグナー。

 

茶髪に黒い瞳の女性。愛くるしい顔立ち。

誰よりも私を理解したフリの上手かった魔(・)性(・)の(・)女(・)。ルイーズ・フォン・サロメ。

 

三人とも、私(・)が(・)愛(・)し(・)た(・)人(・)だ(・)。

ああ、そんな目で見ないでほしい。私は英霊なんだから……私は……もう……。

 

『さすがにこれは堪えたかの?なればこそ、意味はある。

さあ、フリーダよ。己が背後を振り向くがいい。それが問いの始まりの合図だ』

 

言われるがままに振り返ると、拳銃が置いてあった。

私の宝具の銃身(バレル)ではない。私の生前にもあった、ドイツの拳銃。

ワルサーだかコルトだか。名前までは知らない。もとより銃に名など……。

 

「お姉様。私はお姉様を利用しました。お姉様の忠告をことごとく無視し、

お姉様の理想を踏みにじり、ナチの連中に格好の喧伝材料を与えてしまいました。

お姉様が私を許さないと言うのなら、どうかその銃で私を撃ってくださいまし」

 

エリザベートが言った。いやだ……やめて……。

 

「フリーダ(フリッツ)。あたしも人のことは言えないけど。

リッヒはあなたが思ってるほど、あなたのこと嫌いじゃなかったと思うわ。

ただ、少し道を踏み外してしまっただけ。

彼を嫌いになっても、彼の音楽は好きだったでしょう、あなた」

 

コージマが言った。わかってる……そんなこと……そんなことは……。

 

「何を悩んでいるの?悩むことなんてないじゃない、ねえ?

孤高な、誰にも理解されない賢者の知恵を恣意的に選んで大儲けした妹。

金の無い指揮者を見限って不倫した挙句、差別主義者の作曲家と結婚した毒婦。

精神的に弱ってるあなたの元に近付いて、良い気にさせた上でさらに壊してやった悪女。

武器はあなたの手にあるのよ。アヴェンジャー。あなたが復讐(ころ)したい相手は、誰?」

 

ルイーズの蠱惑的な高笑いが、私の心を抉る。

殺せ、殺せと頭の中に響く。全員を殺せ、と誰かの声が響く。

違う……私はフリーダ(ニーチェ)だ……いや……私は……!

 

ふらふらと、銃を私のこめかみに突き付ける。

無理だ。私には、誰も殺せやない。

だって、私の理想なんて。私の知恵なんて。誰もわかってくれないんだから。

エリザも、ガスト君も、ショーペンハウアー先生も、ブルクハルト教授ですらも。

 

私は一人。一人ぼっち。英霊なんかになったって、ずっと……。

苦しむぐらいなら、名前なんて、思い出せないままで良かった……。

 

引き金を引いた。空砲だ。弾は、入っていなかった。

私の懐の本が、宙に浮かび、ぱらぱらとページがめくれて行く。

 

『一握の砂』は、あるページで止まった。

手書きのメモも添えられている。

 

"いのちなき 砂のかなしさよ さらさらと 握れば指の あひだより落つ"

 

『追伸、主殿へ。

これを読んでいると言うことは予はもうこの世に云々など言うことは省略だ。

言いたいことだけ言って終わる。名も知れぬご同業、フリーダ殿よ。

予の拙作を引用するまでもなく。この世は我々が窓から眺め考えるよりも。

ずっと広く、深く、複雑で、融通のきくものだと、予は信じている。

だから頑張ってくれなどとは言わぬ。いくら予でもそれは無責任だからな。

ゆえにこう言おう。何度言ったかはわからぬが、主殿は主殿の思うままに。啄木』

 

私を惑わせた三人の女(こいびと)たちは、いつの間にかいなくなっていた。

ディオゲネスの声も聞こえない。

目の前のランプの火種は、今にも消えそうだった。




3章来なかった……。

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次話投稿予定:14日6時
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