Fate/Apocrypha Revival in the Interstice 作:梨央
居心地の良い草原だと思ってた場所が、悪夢の中のように思えてくる。
これがディオゲネスの宝具。哲学者のための思考空間。
『
「第二の問いは、ちと難解だったかの。
もっとも、第一の問いと違って明確な答えはない。わしは汝の選択を尊重しよう。
さあ
いつの間にか、ディオゲネスが目の前に現れていた。
もうたくさんだ。いっそのこと、"座"に帰ってしまいたい……。
「まあ、そう言うな。失われたものを取り戻したいのだろう。
第一の問いでは実在と観念を問うた。第二の問いでは汝の
だが汝にはまだ、足りないものがある。それが何だかわかるか?」
真名とクラスは、仲間の犠牲と嫌な記憶を引き換えに手に入った。
私はこれ以上、何を差し出せばいいのだ……。
「本当は理解している癖に、わしに言わせる気か?
クカカカ。汝もそれなりに問答の何たるかがわかってきたようじゃないか。
……そら」
ディオゲネスが何か投げて寄越す。
これは、私の銃……。
「最後に問うのは、汝の切り札たる宝具だ。
無論、サーヴァント・ニーチェは汝のマスターによって強力な武装を貸与されておる。
偽りの
以前、わしは汝にその攻撃も受けぬと言ったが、半分はハッタリじゃった。
わしはスキルによって大抵の攻撃を無効化できるが、汝の銃はあまりに恐ろしい。
汝が怒れるままに撃っていたら、わしはハデスの元に召されていたかもしれん。
その証に、ほれ」
ディオゲネスが己の手を広げて見せる。手のひらに痣のようなものがある。
彼がケープタウンのパブを出ていくとき、銃身を掴まれたのを思い出した。
「もっとも。それだけではやはり他の英霊との差は埋められぬじゃろう。
汝は賢いかも知れんが、戦士ではない。まして生前にそれを使いこなしたわけでもない。
そして、汝に紐付けられた最高の伝承たる宝具は、未だその真髄を見せておらぬ。
汝は最初その銃の銘すらも忘れていたが、城での戦闘訓練によって思い出したそうではないか。
そこでわしはこう仮説を立ててみた。汝のマスターは、汝の素性全てを奪い送り出したものの、
本当に何もできないまま死なれては困る。そこで誰でも使える武器を貸与し、
汝に迫った危険に応じて武器の練度も上がるようにしたのではないか、とな。
まあ、それを暴くためにも、わしの用意していた問いの一つが使えそうじゃ」
ディオゲネスは傍らの樽の蓋を開ける。
草原に霧が立ち込め、辺りは雷雨になった。
得体の知れない雄叫びが聞こえてくる。
「わしの乗騎を紹介しよう。アピロとオフィスと言う。
この空間では死にはしないが、舐めてかかると火傷はするぞ。せいぜい気を付けい」
赤とオレンジの鱗の、全長5メートルはあろうかと言う竜。
あれは、幻想種の頂点。
翼はないようだが、魔力量の桁が違う。あの爪、あの脚。考えただけで身震いする。
哲学者とはデタラメな職業だと我が事ながら思うが、それにしたってデタラメすぎる。
「樽の賢者よ!それで!彼の竜を、私にどうしろと――」
私が抗議しようとしたところで、一頭の
燃え広がる炎と、くすぶる煙のにおい。間一髪で避けられたから良いものの。
――死にはしないと言うのも、嘘なんじゃないだろうな。
脚力を強化して逃げ回るが、草原には隠れる場所など無い。
煉獄と化した草原の中央で、ジジイはジョッキを片手に私が走り回る様を眺めている。
やはり、酒場で撃ち殺しておくべきだった。
「わしは何も倒せとは言っておらんぞ。事態を収拾したいなら知恵を絞れ。
そうさな、ただ一言で二頭の竜を大人しくさせる命令。それがこの問いの答えだ。
さて問おう、ゲルマニアの賢者よ。その命令とは、如何なるものか?」
はあ、はあ、ぜえ、ぜえ…………。
アメリアのドレスは、本当に丈夫なようだ。
煤けてはきたが、吐息がかすっても燃えない。素晴らしい才能だと今になって思う。
「きゃ……あっ……!」
余計なことを考えているうちに。一頭の前脚に蹴られ、私の身体は宙を舞う。
もう一頭の竜の吐息を避けて着地したところで、ドレスは空中戦には向いてないと思った。
戦闘用のスーツでも作ってもらえばよかった。
王冠の竜が尾で薙ぎ払おうとする。すかさず脚に魔力を込めて跳躍し、
私は背の鱗の隙間を狙い数発射撃するが、まるで効いていない。
魔法の命令とやらを考えるためにも、時間稼ぎが必要だ。
竜の弱点。ある程度大人しくさせるには、どこを撃つべきだろう。
倒す必要はないとは言え。考えるのに数十秒はほしい。
今さらだが。この
何発撃っても再装填は必要ないし、ただ引き金を引くだけで良い武器。
確かに、誰でも扱える夢のような武器だ。だから私のような非力な者でもすぐに使えた。
――ああ、そうか。練度を上げるとは、そう言う意味か。
思えば、訓練施設でのときもこうだった。
あのときは特に疑問を持たなかったが、いきなり銘を思い出すなんて。
シオンのようにはいかないだろうが、今の私なら真似事ぐらいはできそうだ。
再び脚に魔力を込める。
もしかして、走り回されたのもこう言う意図があってのことだったのだろうか?
まあ、いいか。冒険的な選択も、たまには悪くない。
私は王冠を被っていない方の竜の足元に走り込み、先ほどのお返しとばかりに
軽い。軽すぎる。なぜだ。質量はどうなっている。まったく論理的じゃない。
まるでサッカーボールでも蹴ったかのように、竜が空へと上がっていく。
仮にもアトラスの兵器の紛い物が、弾丸しか撃てない訳がないじゃないか。
真価は銃身の方にあると気付いてはいたのだから、ヒントはあったのかな。
まったく、哲学者とは本当に、デタラメな職業だ……。
「『
やけくそで叫んだが、どうやら正解だったようだ。
銃身から白い光芒が放たれて、竜たちをひるませる。
ディオゲネスが私に何を言わせたかったのかも、これで何となく理解した。
「樽の賢者よ!
ディオゲネスは、まっすぐに私を見つめて言った。
「応さ。命令権を一時的に汝に委譲した。さあ、答えを告げてみせよ」
地面に降りてきた竜と、王冠の竜。
今なら、私は彼らに言うことを聞かせられる。
「竜たちよ、
竜たちが目を開き、私の言われた通りに互いの尾に噛みついた。
二頭の竜は、そのまま円環を作り、ディオゲネスと私の周囲を回り始める。
固有結界は崩れ、炎に煤けた私の傷も浄化されていく。
死と再生。破壊と創造。無と無限。それが意味するものは数多い。
そして恐らくは、根源の渦へ繋がり得る一端でもある。
古代エジプトに始まり、ギリシャ、北欧、アナトリア、中国……。
その概念は、世界中に伝播していった。
『
なるほど、確かに騎兵の宝具にふさわしい。
竜たちは樽の中へ帰っていった。固有結界は消え、私たちも最初の書庫に帰り着く。
「見事じゃったぞ。黒蝶の賢者よ。だが宝具の名は、恐らくあれではないな。
いや、無論あれでも発動し得るのだろうが、サーヴァント・ニーチェの宝具名ではない。
まあ、それはこの場でゆっくり探せばよかろう。そのためにこの書庫を選んだのじゃからな。
あの暴君め、遺すなと命じたわしの本すら蒐集するとは。王とはこれだから底知れぬ」
ジョッキを閲覧台に置き、本の群れへと歩いて行った。
やがてディオゲネスは書架から三冊の本を選んで持ってくる。
『支配の倫理』
これは失われたはずのディオゲネスの著書。
何万ターラー払っても惜しくないような本が、この書庫にはあるらしい。
『人間的な、あまりに人間的な』
これは私の本だ。雷帝とは生きた時代が違うのに納本されていると言うことは。
彼の英雄王の蔵のように、ここは彼が有用と判断した本は死後も蒐集される神秘なのだろうか。
『ソクラテスの弁明』
これは有名すぎる。探せばこの大陸の本屋にだってあるだろう。
ディオゲネスと同じ時代の、大哲学者プラトンを代表する著書。
――まさか。
「然り。この第二次聖杯大戦の調停役のルーラー。
わしより優秀なくせに、わしを
その若造が此度の黒幕と――」
背後で、ディオゲネスが激しく咳き込むのが聞こえた。
とっさに振り返ると、今まで全く気付かなかった侵入者と目が合った。
理知的なのに、どこか狂気に満ちた瞳。
黒髪に、
青年は、ディオゲネスの胸を背後から素手で貫いていた。
次話投稿予定:15日6時
11/14 フリーダの銃に関する矛盾を修正
第三の問いの前に返却されました
これで整合性は取れたはず……