Fate/Apocrypha Revival in the Interstice   作:梨央

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第21節 地獄へは密やかに

機動聖都の広間。ここにはずいぶん久しぶりに戻ってきた気がする。

シャルルが作ってくれたライムも残り少なくなった。

私は一人で齧りながら、無人偵察機による報告をまとめる。

 

"白"のランサーはディオゲネスの情報通り、現在地・タンザニアのエンデュレンから、

500キロほど離れたヴィクトリア湖の湖上にいる。

 

ヴィクトリア湖は、この大陸最大の湖だ。

タンザニアだけでなく、ケニア、ウガンダの三国に跨り、

水系の恩恵を受ける国はそれ以上に多い。古代エジプト文明を支えたナイル川の源流でもある。

 

複数の島々を含み広大だが、その水深は平均40メートルと浅く、漁業資源に富んでいる。

一方で気候上嵐が発生しやすく、水中には寄生虫も多く、港はいつも水草で覆われているらしい。

あまり綺麗な所ではなさそうだと、聖杯の知識からも予想してはいたが。

 

現在の湖は、全域が異質なモノで汚染されていた。私をその汚染源を"泥"だと認識した。

何か呪術的な、英霊の身でも魔力障壁なしに触れてはいけないものだと。

それが何なのかは自分でもよくわからない。仲間たちも知らないと言う。

採取と分析を試みたが、ランサーの謎の対空火器によって、

湖面近くを飛んでいた偵察機そのものが撃墜されてしまった。

 

制御権は私にあるとは言え、偵察機の数にも限りがある。

そして使い捨てる偵察機の新造に割く余力はない。泥の正体については後回しにせざるを得ない。

健在だったならロイの亀を放てたかもしれないが、

無駄だろうな。生物の使い魔では取り込まれてしまうだろう。

 

そのランサーは、全長10メートルほどの緑色の巨大な獅子の姿で水上に浮かんでいた。

ランサーの真名については……いや、そもそもあれを槍兵と言っていいものか。

 

ディオゲネスは、ランサーのことを()()と呼んでいた。

そしてランサーには聖杯大戦を戦う気がなく、自ら湖に身を隠していたとも。

レオの地図や使い魔に反応しなかったのもそのためだと言う。

つまり今の姿はランサー本来のものではなく、プラトンによって変質させられた?

 

――砲声が鳴り止まない。つい、考えが散らかってしまう。敵の真名を考えようとしていたのに。

外には英霊兵(ヘルトクリーガー)がうじゃうじゃいる。まるで夏のフリーゲ(コバエ)のようだ。

この場に啄木がいたら、私と一文字違いだとからかってきただろう。

 

英霊兵は"泥"から際限なく生まれ、一直線にこちらに向かってくる。

この大陸に人間はいないのだから、他に襲う相手もいないのだろうが。

そしてその泥は今もなお増殖し、湖の水位を上昇させて大地を浸食しつつある。

 

これがランサーの能力によるものか、泥が元々持つ性質なのかは私にも判別できない。

英霊兵一体一体は私でも倒せるぐらい弱いのが幸いだが、通常攻撃だけでも油断はできない。

ディオゲネスは、いずれあれが宝具を使うようになるとも――

 

城が大きく揺れた。近くにあった窓を開けて見下ろす。

空飛ぶ獣に跨ったピンク色の髪の英霊兵が、聖都の進入口付近に突撃を仕掛けているようだ。

他の仲間だけに迎撃を任せるわけにもいかないか。

 

私は銃身(バレル)を構え、ゆっくり息を吐いて、撃つ。

当たった。英霊兵は回転しながら落ちて行き、塵になって消えた。

この長距離で当てられるなんて、以前では考えられない。

 

"青"のライダー、始皇帝に教わった技術のおかげだ。

弓術も砲術も、似たようなものだと彼は言った。それは暴論じゃないかと思ったが、

彼の言う通りにするだけで命中精度が格段に向上したのだから、事実なのかもしれない。

 

元の考えに戻ろう。こちらの戦力は私を含めずに5騎。

敵はようやく姿を現したランサーと、無尽蔵の英霊兵。

数の暴力は恐ろしい。一騎当千のサーヴァントでも、一度に相手できる英霊兵には限りがある。

 

泥を全て蒸発させるのは、私たちの宝具全てを合わせても不可能だ。

拡散を押し止めるぐらいならできるかもしれないが、根本的な解決にはならない。

ディオゲネスの言っていた通り、ランサー本体を何とかするしかないだろう。

 

敵は水上にいる。彼の始皇帝の宝具なら、水に縁のある英霊とは相性が良いはずだ。

メフメトには砲撃で援護してもらう。イヴァンの雷撃も味方なら頼もしい。

 

フェンリルには手薄になる聖都を守ってもらおう。スガも同様だ。

英霊兵には今のところ、知性や指揮系統のようなものは確認されていないが、

ランサーの直接指令を受ける可能性がある以上、話は別だ。

本体を叩いてる間に、管制塔を一斉に狙われてはたまらない。

 

……こんなところだろうか。私は軍師じゃないから、思いつくのはどうしても無難な策になる。

他の仲間に意見を求めたいところだが、

城にいる全員が遊撃に駆り出されていて、皆で集まれる時間はなかなか取れない。

 

再び窓に目を遣る。獅子耳の少女が空を飛び回り、緑色の髪の青年が戦車を引いて……。

いや、あれは。問答で出てきた。()()()()()()()()()()だ。

アタランテはちょっと色調が違う気もするが、そこは重要な点ではない。

 

それにしても。"白"のバーサーカー以外に空を飛べる英霊がこんなにいるとは、正直驚きだ。

私の時代、陸と海は既に制覇され尽くしていたが。

それでもまだ、人間が空を飛ぶにはもう一段階の技術進歩(ブレイクスルー)が必要だった。

ならば、私の死後に飛行機を完成させたと言う、ライト兄弟もきっと英霊だのだろう。

それもあらゆる難行を不可能のまま可能にする、星の開拓者を持つような……。

 

彼らもこの英霊兵の群れの中にいるのだろうか。いたとしたら嫌だな。すごく嫌だ。

英霊兵は英霊ではない。宝具を使う可能性があっても、贋作だと断じることができる。

それでも、私は彼らに向けて引き金を引くたび、魂が欠けていく感覚がある。

 

空を飛ぶためには、そのための過程がある。

まず立ち上がらなければならないし、歩き、走り、登り、踊る方法を学ばなければならない。

その過程を飛ばして、飛ぶことなどできない。

 

聖杯大戦の観測も同じだ。

観測するためには、戦力を集めなければならない。

戦力を集めるためには、戦わなければならない。

戦うためには、相手を傷つける覚悟を決めなければならない。

 

わかってる。わかってはいるけど。私は、生まれながらの戦士じゃない。哲学者だ。

だから、どんなに素晴らしい武器を持っていても、その性能を完全に引き出すことはできない。

これなら、狂ったふりをしていた頃のが、いくらか楽だったかのように思えてしまう。

 

「何だ、フリーダ。ずっとここにいたのか?」

 

メフメトが広間に入ってきた。自分だって、ずっと戦っていたくせに。

 

「それはお互い様だ。頭首サマには頭首サマの仕事、皇帝サマには皇帝サマの仕事ってやつだ。

それより、まだ聞いてなかったが、真名を取り戻したんだろ?せっかくだから教えてくれよ」

 

私の独特な呼び方に、レオの姿がチラつく。

書庫を出てすぐに、私が倒した英霊兵もレオの姿だった……。

 

「……私は、フリードリヒ・ニーチェ。しがない哲学者です。

ヴラド公が与えてくれた名前は、ほぼ真名そのままでした。

フリードリヒの女性系はフリーデリケ。愛称ならフリーダですからね」

 

ヴラドの名を出すと一瞬表情が曇ったが、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。

 

「そうか、フリーダは、ニーチェって言うのか。

ニーチェ、ニーチェなあ……。俺の知識によれば、格言の多い英霊らしいな。

神は死んだ!とか、深淵を覗いているとき――」

「書いた本人の前で言わないでください。恥ずかしいです。

もともとそう言う意味で書いたわけじゃないですし……」

 

私が顔を赤くするのを見て、メフメトは楽しそうに笑った。

 

「ぷっ。フリーダのそんな顔、初めて見たぜ。

可笑しいよな。状況は相変わらずクソなままなのによ。

なあ、ヴラドが付けた名前ってのはシャクだが、これからもフリーダって呼んでいいか?

真名と同じだって言うし、俺にはそっちのが馴染んでる気がするんだ」

「それは……好きにしてください。私には大して差異は感じられないので」

「そんなことはない」

 

メフメトはいつになく真剣な眼差しで続けた。

 

「真名は何よりも重要だ。もちろん戦略的な秘匿の意味だけじゃなくてだ。

前にも言っただろ。サーヴァントの真名は、サーヴァントの在り方そのものだと。

例えば俺はメフメトだ。ムラト二世の子。メフメト二世。

メフメトと言う名は、イスラーム圏ではごく一般的な名だ。

何よりも預言者(ナビー)の名だからな。讃えられるべき人、と言う意味もある。

そんな風に聞くと、だんだん俺がカッコよく見えてくるだろ?

もちろん俺は元からカッコいいんだけどな!」

 

ふふん、と胸を張るメフメト。私より背低いくせに、なんだか生意気だな。

でもちょっとだけ、確かにカッコよく見えた。

カッコよさ、か。シャルルも、似たようなことを言っていた……。

 

フリーダ。フリードリヒ・ニーチェ。

自由を名乗る少女。黒蝶のドレスを纏った城主代行。英霊たちの力を集める者。

しかしてその正体は、ちょっと強い武器を持たされただけの、ただの哲学者。

 

名のある英雄でなくてガッカリされるかと思っていたが。

私の勘違いだったようで、本当に良かったと思う。

 

そう言えば。私が真名を思い出し、狂ったふりをしてスガに眠らされたとき。

ああ、今思い出しても恥ずかしい……。

大根役者だとディオゲネスになじられたのが胸に刺さる。そんなに私は演技が下手か。

 

いや違う、そうじゃなくて。

レオの部屋から持ち出した貝のオブジェが手元からなくなっている。

この先何が起こるかわからないし、今のうちに探しておこうか。

 

「あ、フリーダ。待てよ、探し物はこいつだろ?」

 

メフメトが手元からネックレスとピアスを取り出す。

レオが持ってた貝と、もう一つは、象牙……?

 

「こっちはロイが持ってた奴だ。

退去してからも消えてないってことは、この地で手に入れて大事にしてたものなんだろう。

両方とも城主サマが持っておくべきだと思ったが、このままではデカいし戦いの障害になる。

そこで女心がわかり、気配りもできるスルタン様が、

戦闘中でも動きを邪魔しないアクセサリーに仕立ててやったわけだ!

これはまた俺の株が上がってしまうな?」

 

"王"と言う者は、意外な趣味の一つや二つ、皆持っているのだろうか。

シャルルは料理。ヴラドは裁縫。メフメトは金細工……。

 

『スルタンよ。休息はもう十分であろう。複数の賊が接近中だ。余を手伝ってくれ』

『おうよツァーリ!今行くぜ!』

 

「ってな訳で、また後でなフリーダ。突入方針が決まったら呼んでくれよ」

 

お礼を言いそびれてしまった。

メフメトが出て行き、広間に一人残される。もうすぐ夜だ。

英霊兵の攻撃も止んでくれるとありがたいが、そう上手い話もないだろうな。

ずっと作戦を考えていて、正直疲れた。城主の仕事とは大変だ。休めるうちに、休んでおこう。

 

あまり効果はないかもしれないが、念のため高度を5000メートルに引き上げてから。

自室に戻り、ベッドに横になる。1時間ほど休もう。

サイドテーブルにはもらったばかりのアクセサリーを置き、

枕の代わりにはディオゲネスに押し付けられた本を並べた。

今の私には、枕より本の硬さの方が心地良い……。




次話投稿予定:18日18時
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