Fate/Apocrypha Revival in the Interstice   作:梨央

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第23節b 素晴らしき恩寵

――見るに耐えんな。

 

巨大な獅子が、黒く染まった湖の上を滑るように歩いている。

フリーダによれば、あれは"泥"に汚されているそうだ。

そしてその"泥"は、英霊兵なる有象無象の軍勢をも生み出している。

 

英霊としての自我も、意思も、最低限の誇りすらも奪われ。怪物の眷属とだけ定義された者ども。

空を飛ぶ黄金色の髪の英霊兵が、余にその腕を飛ばしてくる。

 

「羽虫めが」

 

あれは余の嫌う汚物だ。解放すべき魂だ。余は慈悲として、杖を向けて焼き払う。

 

余は書庫で出会った虫の一人をア(・)ナ(・)ス(・)タ(・)シ(・)ア(・)と呼んで、自らを殺させようとしたらしい。

その見てくれは、白髪の年若き少女だったそうだ。可笑しなことを、と思う。

余の最愛の帝后(ツァリーツァ)。余の愛の全てを注いだ者。余が人間(ヒト)だった頃の大切な記憶。

アナスタシア・ロマノヴァは、ロシア一番の亜(・)麻(・)色(・)の髪の乙女だ。

 

間違えようはずがない、ないのに。不愉快だ。不愉快極まる。

敵は余の精神にも干渉できるそうだが。皇帝(ツァーリ)の心を暴くとは。怖れを知らぬにも程があろうよ。

西国の王の馬小屋、いや、聖堂で。余が神に祈りを捧げていたとき。

城の仕立屋を名乗るキャスターが弾いてくれたオルガンを思い出す。

こんな時にこそ、もう一度、聴きたかったものだ。音楽。余の心を癒す芸術。

 

……いかんな。礼拝の時間は終わったと言うのに。

戦場にあって、余はどうして昔のことばかりを考えてしまうのか。

余がこうして此処に立っているのも。

全ては聖者殿とフリーダの、あとディオゲネスなるニコライの教導があったからだ。

ツァーリの十字行は永劫に続く。終わらせぬ。終わらせてなるものか。

 

余は昇降装置の見晴らし台から、怪物と湖を眺める。

カザーニの王とキタイの王も余と同様に、装置の外部へ出て仁王立ちしていた。

余はアーチャーのクラスを得ているが、眼はあまり良くない。彼らの表情までは見えぬ。

些事に過ぎぬが。敵と味方さえわかれば良い。余の雷も砲も、狙いを外すことは無いからな。

 

『イヴァン、政。フリーダたちの陽動が始まった。英霊兵どもも、大半が街に向かってる。

ランサーの奴はまだ俺らに気付いてもいねえ。叩くなら今だ。誰から行く?』

 

カザーニの王の声がする。奴だけではなく、キタイの王も。余より旧き時代の王なのに。

威張らず、驕らず、かと言って卑下もせず。知識人の少女(フリーダ)のため力を貸している。

 

黎朝の王もそうだった。

一時はキタイの王への激情を律せらなかった未熟があったとは言え、

誰にも傷付けられぬ湖の輝きと、英霊としての確かな力を持っていたのにだ。

その気になれば大戦を継続するだけの力が、我らにはある。それでも。

我らは等しく皇帝で、英霊(にんげん)だ。霊長の未来のための抑止装置……。

 

混沌に堕ちていた余にも救いはあったのだから。

ここで、余が遅れを取るわけにはいかぬな。

 

『余が先陣を切ろう。スルタン、援護を頼む』

 

獅子(レフ)の怪物など何するものぞ。魔獣を名乗るならせめて巨象(マーマント)ほどの威容がなければ。

とはいえ余はまだ眠りにはつけぬ。余は余のためだけでなく。

今こそ聖者殿のため、余の杖のために。余の威光を見せつけねばならぬからだ。

 

昇降装置の高度を一度に下げて、ランサーの前に名乗りを上げる。

 

「"白"のランサー、叛逆者、名も無き怪物よ。イヴァン四世が手ずから戯れてやろう。

恐怖(グローズヌイ)の名をその身に刻め。来たれ、神の雷よ!」

 

歩みを止めない獅子目掛けて、裁きを下す。

小手調べと言え、手は休めぬ。狩りの鉄則だ。まずはその脚を消し去り――

 

獅(・)子(・)が(・)、急(・)に(・)こ(・)ち(・)ら(・)を(・)向(・)い(・)た(・)。

怪物の目が光り、余は激痛に膝を衝く。

 

奴め……余に何を……。己の胸に手を遣る。血だ。まさか、狙撃だと?眼から?

 

痛みが薄れ、笑みが零れる。面白い!そうこなくては、そうこなくてはな!

一方的な、貴族どもの狩り(アホータ)の真似事など、面白くも何ともないわ!

前言を撤回しよう。名も知れぬ獅子よ。貴様はツァーリの獲物にふさわしい!

 

スルタンめも砲撃を加えているが、あまり効いてはいなさそうだ。

余は立ち上がり、見晴らし台に宝具を展開する。

良い機会だ。彼の王に、余が本物の砲の使い方を教えてやろう。

 

汎(・)人(・)類(・)史(・)のサーヴァント・イヴァン四世の切り札。

カザーニの砦を滅ぼした対城兵器。究極の大砲。要塞のための攻城塔(ブリーチング・タワー)。

 

「皇帝の狩猟だ。湖の巨獣よ。ツァーリの王命を受けるが良い。

取って置きの雷火をくれてやる。鱈腹に食らえ!『我が末路に彷徨え火竜(グーライ・ゴロド)』!」

 

展開された砲塔が火を噴いた。まさに火竜の吐息の如く、砲弾の雨が敵の周囲を焼き尽くす。

装置の重量の均衡が崩れ、大きく揺れる。ふん、この程度。大したことはない。

これが皇帝(ツァーリ)の全力よ。聖なるかな!ああ、聖なるかな!

どうだ、見たか。余の威容を!天上の聖者殿、フリーダ、あとカザーニの王よ。

 

煙が立ち込める。周囲の英霊兵どころか、足元の"泥"をも多少は蒸発させられたようだ。

さて、獅子は――

 

湖を見下ろす余の眼前に、翼(・)を(・)生(・)や(・)し(・)た(・)獅子が迫ってきた。

獅子は腕を振り下ろし、その爪が余を昇降装置から叩き落とす。

 

――は。確かに、獣が棲み処を跳び跳ねるは、世の摂理か。

余がおぞましき"泥"の湖へと落ちていく。余は、ツァーリは間違えたのか。

いいや。いいや。否だ!ツァーリは、間違えない!

 

脚に魔力障壁を張り、泥(・)の(・)湖(・)の(・)上(・)に(・)立(・)っ(・)て(・)み(・)せ(・)る(・)。途端、得体の知れない呪いが身を蝕む。

ぐっ……。余の対魔力では、長くは耐えられぬか……。

 

宝具を置いた装置は、その重量ゆえにすぐには動かせない。

別の昇降装置に余を拾わせようとするが、湖面に近付いた物は獅子の攻撃で破壊されてしまった。

 

『ツァーリ!大丈夫か、今行くぞ!』

 

スルタンが、勇敢にも己の装置で向かってくる。

スルタンの装置にも獅子が飛び掛かろうとするが、キタイの王が大弓で牽制している。

小男め。勇気と蛮勇は紙一重だと知れ。また蹴りを入れてくれようか。

 

「助けは不要。それよりも、余の杖に伝えよ。

敵は普段は鈍いが、危機が迫れば跳躍もできるとな」

 

余は致命傷を負った。帰還も絶望的だ。だが、余の宝具は健在だ。

ならば、余のすべきことは一つ!

 

再び砲塔が火を噴く。王杖を構え、直接雷の狙いも定める。

例え余が負けても、余の国は決して負けぬ。

この霊基、燃え尽きるまで。せめて獅子(かいぶつ)の片脚だけでも、貰い受ける。

 

何度目かの雷撃が、片方の翼に当たった。獅子が顔を歪める。

胴体には矢や砲を受けても平然としているのに。

もしや翼には魔力の供給が不十分なのか。なれば、好機だ。

 

余は眼球に力を篭める。見える。見えるぞ。奴の動き、余は見切った。

狙うは翼。ツァーリを地に立たせた罰だ。貴様も堕ちよ――!!

 

特大の雷を両翼に落とす。燃え上がり、湖面に堕ちた。痛みからか、獅子の叫びが聞こえる。

叛逆者どもの悲鳴は心地が良い。実に愉快だ。これで余も一矢を――

 

獅子が再び眼前に迫り、大顎を開け、余に噛み付く。

薄れゆく意識の中で、余は余がこの地に召喚された意味を理解する。

 

アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。我が妻、ロマノフ家の末裔よ。雪国の皇女(ツァレーヴナ)よ。

確かに、そなたになら余は殺されてもよかったな。いや、実際に殺されたこともあったのか?

余は異(・)聞(・)帯(・)の(・)王(・)としての力を見込まれ、人(・)理(・)の(・)英(・)霊(・)としてこの地に立ったのだった。

この霊基での巡礼は終わった。それでも、後に続く者がいる。フリーダ、余は……。

 

オルガンの音色が聞こえる。いつか仕立屋が弾いてくれた、彼女の国の讃美歌。

素晴らしき恩寵(アメージング・グレース)と言ったか。美しい。どうやら、礼拝の時間が来たようだ――。

 

 

 

 

 

***

フリーダ記録。

聖なる暴君は、秩序を取り戻した果てに異形の怪物の翼を奪って退去した。

私はこれを後に、"青"のサーヴァント五人目の脱落と定義する。




次話投稿予定:23日6時

3章来たけど遠いよ!
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