Fate/Apocrypha Revival in the Interstice   作:梨央

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第24節b 王が民を生かす

――あれは、主としては優しすぎるな。

 

巨狼に跨って湖畔から再び街へと。英霊兵を引き連れていく娘たちを眺め思う。

フリーダと言ったか。小さき城の主。西国の思想家。身の丈に合わぬ大命を背負いし者。

確かに、英霊に召されただけの器はある。度胸もある。だが、主(・)と(・)し(・)て(・)は(・)優しすぎる。

 

どことなく。あの娘には、朕の一番の右腕だった李斯(リー・シー)の面影を見る。

賢く、ときに大胆で、とにかく優秀だった宰相。朕の公女を預けた男。秦国一の頭脳。

だが奴は朕の死後すぐに。奸臣に阿って失脚し、悲惨な最期を遂げた。

 

あれほど聡明だった男がなぜと、永劫の時の中で、"座"にて考えを巡らせたことがある。

本人に聞いてみたわけではないから、あくまで朕の推論でしかないが。朕はこう考えた。

老李(ラオ・リー)は、政を預かる者としては、妙に優しすぎるきらいがあったからではないか、と。

 

あの男はかつて朕の師であり、己の親友でもあった韓非(ハン・フェイ)と言う男を謀殺したことがある。

宮廷に策略はつきものだ。それ自体を朕が咎めたことはない。そう言うこともあろう。

だが老李は、朕が助言を求めるといつも。己の考えた政策ではなく、韓非の思想を説いた。

朕の政の中心には、今思えば、いつも彼の理想が息づいていたようにも思える。

男の思想は奴の死後に、己を殺した友の手によって遂げられることになったのだ。

 

老李が韓非と『韓非子』を大事にしていたのは、友を殺した罪悪感によるものか。

違う、と玉座に在った朕なら即座に答えただろう。老李はそこまで感傷的な男ではない。

だが、こうして英霊などとやらになってみると。違った視座から見えてくるものもある。

韓非のことだけではない。あの我が身を恐れぬ態度の諫言も。朕の愚息のことも。

老李は、本当は、心から……。

 

脚に炎を纏って宙を浮かぶ英霊兵がその槍を向けてくる。朕は弩を構え、撃ち落とす。

は。小さき城主よ。先程の皇帝への直訴、確かに朕の心に届いたぞ。

老李ほどの弁の才能はなかったが、及第点をくれてやる。

 

露西亜の王の戦いを見ていて理解した。あの獅子は、戦いに時間をかければかけるだけ強くなる。

なれば。朕は慢心を捨て、字義通り一撃の下に滅ぼさねばなるまい。

 

装置の高度を下げ、怪物へ急速に接近していく。英霊兵どもの迎撃は、兵馬俑の弓兵に任せた。

――大陸での、虎狩りを思い出すな。まあ、虎も獅子も似たようなものよ。

異境の神性、恐るるに足らず。我が弓は五徳の導(しるべ)。神なるものも射ってみせよう。

 

「天子たる朕が中原の覇を示す。始め無くして終わり無く、されど終わり無くして始めは在る。

名も知れぬ獣よ。始皇の名を讃えるが良い。開闢の印は、我が矢にこそ在り――!」

 

朕は弩から大弓に持ち替え、渾身の一撃を放つ。極大の矢がソラを裂き、怪物の心臓を貫く。

秦王たる朕の切り札。対(・)神(・)宝(・)具(・)。『在夢拍神(ゆめにありてかみをうつ)』。

海神の化身たる大魚を射殺した朕の弓術。騎兵(ライダー)の身でも衰えることなし。

 

朕の矢を受けて、獅子が湖面から朕を睨み付け、吠える。

悔しかろう。その翼は露西亜の王によって奪われた。もはや空を飛ぶことは叶わぬ。

只の矢や砲では傷付けられずとも、朕の宝具なら効果はあるようだ。これは幸先が善い。

 

獅子が己に刺さった矢を消し去る。矢傷が立ちどころに塞がっていく。

やはり一本だけでは仕留められぬか。あれが単なる治癒でなければ、時間の逆行か。

只の英霊、無名の神性、並の怪物ではないな。あれはもはや、朕がかつて口にした領域の……。

 

我が事ながら、神にも届く速さで継ぎ矢を放つ。矢は次々と、獅子の心臓を捉えていく。

 

一(・)撃(・)が(・)一(・)射(・)だ(・)け(・)と(・)は(・)、誰(・)が(・)決(・)め(・)た(・)?(・)

 

天子の負わせた傷の再生など、この朕が認めぬよ。

五度蘇るなら、六度殺す。六度還るなら、七度滅ぼす。それが朕の決めた法だ。

朕は遵い、た(・)だ(・)、(・)殺(・)め(・)る(・)の(・)み(・)。おっと、これは、朕を殺めんとした刺客の言葉だったな、呵々!

 

瑞西(スイス)の弓兵も言ったそうではないか。弓兵にとって矢は命。

朕もそう思う。百発百中の腕を持っていても、矢は何本あっても困ることなどない。

それに今の朕は騎兵だからな。これは弓術の稽古ではないのだから。誰に気を遣う必要がある?

 

獅子が朕の高さまで跳び上がり、その腕で周囲を薙ぎ払う。"泥"に朕の兵馬俑が落ちていく。

なんだ、翼がなくても跳べたのか?それとも、ここに至ってようやく命の危険を自覚したか?

最も、心臓に矢を受けているうちは、翼などとても生やせまい。精々無様に足掻くがいい。

 

朕は獅子の腕の攻撃を避けて、装置を乗騎に手足の如く動かす。

ぬるい。まったくぬるいわ。皇帝を舐めておる、怪物が。

露西亜の王が命を懸けて証明した轍、二度とは踏まぬ。

国も文化も違えど、それは王としての責任と矜持であるが故に!

 

獅子は朕を湖に落とすことは諦めたようだ。

湖面に着水し、こちらに熱線を吐いてくる。偵察機や昇降機を落としたと言う攻撃か。

だが、どこを狙っている?朕がお行儀良く、ただの的になるとでも思ったか?

 

怪物の吐息を意に介さず、朕は心臓を射抜き続ける。

これで十一。十二。十三か。むぅ、海神すらこのくらいで力尽きたと言うのに。

よもや、あれは不死なのか?そうであるなら、朕が求めた答えはあの怪物の内に――

 

頭から、獅子に口腔液の塊を浴びせられる。

――迂闊。

熱線は囮だったのか。おのれ、獣如きが、がッ……!

 

血を吐く。咳き込む。丈夫たる朕でも立っていられないほどの激痛が朕の身を襲う。

なんだ。これは。怪物め、朕に一体何を吐きかけた。

朕の魔力が急速に失われていく。この感覚、覚えがある。まさか、不(・)死(・)殺(・)し(・)の(・)毒(・)だと?

馬鹿な、あり得ん。朕はとっくに不死ではない、不死ではないのに。

 

「ぐあ……ぐおおおおおおおッ!」

 

朕の異常に気付いたのか、援護砲撃に徹していた狄の王が朕に近付こうとする。

 

「来る……な……!奴は……我らが思ってたより、遥かに危険なようだ……」

「でも、政!お前……お前まで……!」

 

精一杯の声を張り上げて、怒鳴る。

獅子はメフメトにも熱線を吐くが、今の所は砲で相殺している。

 

フリーダと我ら王が練った策は、いずれも獣の狩りとしては正道だった。

まずは脚を奪い、動きを封じた上で、霊核(しんぞう)にトドメを刺す。

だが、敵は我ら三騎いずれの通常攻撃もまともに通らぬ。

それゆえに宝具級の火力を投じて、一つ一つの段階を踏むしかなかった。

 

この場合は脚ではなく翼だったが、露西亜の王が果たしてくれた。

少なくとも、翼の再生に魔力を割くまでは、

空を飛びながらの質量攻撃による全滅は避けられたはずだ。

あとは余が霊核を砕くだけなのに。心臓にはどうも手応えがない。

 

眼が霞む。矢を持つ手が震える。朕は、こんなにも毒に弱かったか?

……笑わせる。爆笑だ。笑(・)っ(・)て(・)や(・)る(・)と(・)も(・)!

朕は、俺(・)は、秦王、始皇帝だ!

 

毒を食らわば何とやらだ。俺には皇(・)帝(・)特(・)権(・)がある。

例え死が不可避でも、希望の一つぐらいは見つけなければ。

小さき主のためにもなり、我ら大戦に招かれた"王"の、人理の英霊の末路にふさわしい。

 

獣の弱点が、心臓でなければどこか。

心当たりはある。あとは、見定めるためのスキルだ。

何でも良い。この際、千里眼で良かろう。始皇が告げる、朕に力を――!

 

ぐ、お。おのれ。本当に、毒ごときに、朕の身体は……。

だが、まだだ。見える。見えるぞ。矢も構えられる。

さあ、貴様の弱点、暴かせてもらう――!

 

顔と脚四本と尾を狙う。同時に六本。弓兵だったらもう少し余裕もあったかもしれないが。

奴は、顔(・)の矢だけを弾いた。

――朕は、ここに解を得たり!

 

「城の小さき主に、伝えよ……。敵は、頭部に潜んでいると……。

そなたは一度、城主の元まで退け……!朕が幾許かは稼いでみせる……」

「政!待て!話は……」

「良いから行けぇぇぇ!」

 

霊基の限界を超えている。それでも、まだ、朕にはやり残したことがある。

 

再び六本の矢を手に取る。

六、と言う数字は、朕のにとって感慨深い意味を持つ。

朕は六国を滅ぼして、五行を束ね、中国統一を果たしたのも六のつく年で……。

ぐ、ほっ……。

 

毒とは、真に無情よな。

まあ、毒に情があったらそれはそれで、難儀するのだろうが……。

 

六本の矢を、弩から怪物へ向けて放つ。

矢はやがて壁となり、怪物の周囲を取り囲むようにせり上がっていった。

 

「だから言ったのです。秦王よ。不老不死の千年帝国?悪も罪も無い国?

人間の善性の否定にも程がある。それでいて己は真(・)人(・)を求めるなど。

それこそが罪(・)業(・)に他ならないと、お気付きになられましたかな?」

 

貴様は、燕の国の。――は。此度は、真の意味での朕の死神と言う訳か。

 

「侠客よ。朕は何度でも言うぞ。確かにそなたの言う通り。

人は必ず死ぬ。王も例外ではない。だが、その意思は必ず引き継がれる。

朕の国がそうでなかったとしても、人理の英霊たる今の朕は違う。

朕は隠(・)し(・)玉(・)を遺した上で、真(・)人(・)の一端も理解できたのだからな。

これだけの巡遊の成果を得たのだ。朕は、もう十分だとも――」

 

 

 

 

 

***

フリーダ記録。

大陸最強の覇王は、未だ底の見えぬ怪物に無数の傷と一縷の希望を繋いで退去した。

私はこれを後に、"青"のサーヴァント五人目の脱落と定義する。




次話投稿予定:25日6時

3章ついに来ましたね!とても楽しみです

25日一部内容を修正
六人目→五人目
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