Fate/Apocrypha Revival in the Interstice 作:梨央
"泥"の湖を越えて、街へと狼が駆けていく。
後ろを追いかける英霊兵の絶対数も、確実に減っている。
怪物が王と戦っている間は、泥による生体増殖も十全には機能しないらしい。
――なら、勝機はこちらにある。
フェンリルの吹雪と、スガの黒鍵と、私の
敵が宝具を使えるようになったとは言え、それだけだ。よく観察すれば事前に兆候を察知できる。
金髪の大柄な英霊兵が、グラディウスを片手に水の上を走ってくる。
やがて男は空へ跳び上がり、私たちに刃を向けて迫って来た。
銃声と共に、英霊兵は落下しながら塵へ変わっていく。
射程内に入った敵は、私の方から積極的に仕留めていく。
軽いケガとは言え、病弱持ちのスガにはあまり無理をさせられない。
残りは約二十体と言ったところか。これ位ならまあ、何とかなるだろう。
フェンリルの
「バーサーカー、止まってください!私が向かって左を片付けます。あなたは右を。
アサシンは零れた敵をお願いします。
フェンリルが急旋回し、近付いてくる英霊兵に向き直って、空中で制止する。
返事はしてくれないが、意思は伝わってるのだろう。
魔力の流れが変わったのを知覚する。
私たちが停止したことで、英霊兵たちも宝具を展開しようとしているのだ。
無論、打たせはしないが。
フェンリルが氷の息吹から巨大な槍を作り出す。
氷の領域ニブルヘイムの主である彼の持つ神造兵装。裏切りの杖。不定形の魔槍。
紛い物とは言え、投擲された
私も負けてはいられない。
ふと、ディオゲネスの言葉を思い出す。私の宝具の真名は、
実際には何を叫んでも、魔力収斂の過程さえ正しければ発動する。やはり"座"はいい加減だ。
それなら、良い機会だ。ちょっとアレンジしてみよう。
思考には数秒もかけてないはずなのだが、フェンリルに皮肉られる。
『おい、バカ娘。戦場で我と並び立つ栄誉だけでは足らぬなら、
貴様の分の敵と共に、貴様の身も
「その呼び方は止めてください。わかってます、わかってますよ。集中します」
はぁ。見せ場を理解しない獣はこれだから。何て思ったらまた怒られてしまうな。
敵の兵力の限度が見えたとは言え、油断は禁物だった。これが片付いたら王の援護に行こう。
「
『突き立て、食らえ!我が息吹!』
各々の宝具を発動される前に、英霊兵たちが飲み込まれていく。
……悪くはなかったが、
せっかく銃士になったんだ。
次があれば、リッヒの著作からトリスタン卿のセリフでも引用して――
「消えなさい!」
スガの叫びと共に、私の直上を暗器が飛んでいく。黒い外套に短剣、少女の姿をした英霊兵。
しまった、回避されていたか。と思ったときには、敵はもう黒鍵によって消滅しかけていた。
怨霊の反英雄だったのか?まったく気付かなかった。さすがは気配遮断持ちのアサシンだ。
『ふん。今ので最後のようだな』
「ええ、そのようですね。では、改めてスルタンたちと合流を――」
噂をすれば。スルタンの乗った昇降装置がこちらに向かってくる。
向こうも片付いたのか。なら、後は"泥"を……。
異変に気付く。
泥が、後退している?
ランサーのいる湖の向こうを見る。
ランサーのいた場所に、巨大な石の塔が見える。
塔の周囲には三層ほどの壁があり、泥を吸い上げては、崩れていく。
あれは、まるでピラミッドやジグラットのような、巨大な墳墓……。
『政がやった。ランサーもあの中だ。
メフメトから通信が入る。
"白"のバーサーカー討伐のときに、マダガスカル島に築かれていた始皇帝の宝具。
――『万里長城』か。
いや、真名はこの際どうでもいい。ランサーがあの中にとは、一体、なぜ?
『お前の読みが外れただけだ。フリーダ。奴は政の弓でも殺しきれなかった。
霊核は心臓ではないらしい。そこで、だ。一人生き残っちまった皇帝サマから提案がある』
そんな……。仮にそうだとしても、始皇帝の弓が通じないなんて。
あの怪物は間違いなく神性を持っている。始皇帝の弓は神殺しの弓。相性は抜群のはずだ。
なぜ、なぜ倒せない。私の計算は、また間違っていたのか。私は、また仲間を無駄死にに……。
「聞いちゃいねえか、まあいい。アサシン、たぶんお前とも関わりある話だ。よく聞けよ」
「
"長城"で封じたとしても、永遠には無理だ。
閉じ込めただけ。倒したわけじゃない。いつかは壊され、外へ出てくる。
そうなったら、おしまいだ。そうでなくても、もう無理だ。私にはこれ以上の手札がない。
「アーラシュ・カマンガーって知ってるか?大昔の
お前は日本人だから知らないかもしれないが、世界一の弓の名手でな。
その矢は空に浮かぶ星をも穿ったらしい。信じられないが、俺も弓兵の端くれだ。尊敬するよ」
残り全員の宝具を合わせても、王が倒せなかったなら無理だろう。
私は、どこかで間違えた。間違えてしまった。ここまで来たのに、私たちは全滅する。
「もう一人。ナポレオン・ボナパルトという男は知っているか?知ってる?そりゃ良い。
"座"でも有名、歴史書ではもっと有名な、俺より後の時代の
俺やイヴァンと同じ砲手だが、そいつは一兵卒から皇帝になった。それも
メフメトが、ずっと一人で喋っている。
相槌を打つ者もいない。敗軍の将に、語るべき言葉などない。
――不可能だ。虚数解だ。一時的に膠着させただけの戦況を打開する策など、私にはない。
「その男が言ったそうだぜ。『吾輩の辞書に
わかるだろ、
――え?
「なあ、フリーダ。お前はちょっと、ネガティブすぎると思うぜ。
これは戦争だ。
その度に一々将が折れてちゃ、国はあっという間に滅ぶってもんだ」
そんなこと、そんなことは――
「わかってない。レオのときから、ずっとだ。お前は心の中では泣いてばかり。
先に謝っておくぞ。俺はお前ほど口が達者じゃないから、上手く言えん。
それでもお前の優しさは、お前の長所だ。だから胸を張れ。お前はお前のままでいい」
その言葉も、聞き飽きた。私が私らしく振舞った結果、いつも誰かが死んだ。
どんなに悔やんでも、失った命は還らない。
これで大戦はランサーとプラトンの勝ちだ。大聖杯がどうなったかもわからないままに。
優しい言葉をかけられたって、状況は変わらない。
「変わるさ。変わるとも。なぜなら今の俺は兵士で、お前は城主だからだ。
お前さえ負けなければ、例え俺たちは
何を、何を言ってるか、よくわからない。
現実を、メフメトも受け入れられていないのか?
『おい、人間の王。まさか、貴様――』
「うお、もしかして、今俺に話しかけてるのか?そいつ。
ここに来てちょっとだけわかるような気がしてきたぜ。マジ多芸だな、俺。
……ま、そう言うことだ。成り行きだったが、今回の遠征も割と楽しかったぜ」
泥を吸い上げていた長城の一層目が、崩れ始める。
始皇帝が退去したのか。それとも長城の限界を超えたのか。
「さあな。まあ、壁がたくさん残ってるうちの方がウルバンの奴も喜ぶだろう。
フリーダ、よく見ててくれよ。これが俺の、アーチャー・メフメト二世の
装置の上に、巨大な大砲を召喚する。最初に、機動聖都からサハラ砂漠で見た物と同じ。
城攻めのための巨砲。
だがそれは
「殺すのは無理だろうな。だが、奴の新しい弱点はわかってる。
これも政が見つけてくれた。そして、俺が狙いやすいようにああ言う形で作ってくれた。
なら、俺はこの機会を無駄にはできねえよなぁ?」
大砲に魔力が充填されていく。
せっかく檻に閉じ込めたのに、怪物を解き放つのか。
仮初の黄昏を、その手で終わらせるのか。
「終わらせるんじゃないぞ、
大戦の観測者よ。儚き民草の少女よ。用心棒サマからの置き土産だと思え。
諦めるな。何があってもだ。それがお前の、ここにいる意味だと俺は思う。
スルタンの王命だ。
ただ生きてたって、死ぬのに?
どうせ死ぬなら、生きて、戦って死ねと?
「……そういうとこだぞ、フリーダ。まあいいさ、ここから先はお前が決めろ。
射線良し、射角良し、射高良し。砲弾装填完了。受け取れ、怪物。『
メフメトが光の塵になって消えていく。砲弾とは、自分の霊核のことか。
カマンガーの真似事。詰まる所、特攻じゃないか。あれは弓兵なら誰でもできるのか?
だとしても、民には生きろだなんて言っておいて。私より背低いくせに、無責任な王様――。
砲が、光を放つ。長城を砕き、陵墓を貫き、獅子の頭を覗かせる。
その光は、豪奢を好んだ彼にしてはあまりに質素で、飾り気も無い単色の。
されど、スルタンの生き様にはふさわしい、薔薇色の光だった。
砂塵の征服者は、悲嘆に暮れる少女に可能性の橋を架けて退去した。
私はこれを、白のサーヴァント六人目の脱落と定義する。
次話投稿予定:26日6時