Fate/Apocrypha Revival in the Interstice 作:梨央
『須賀子さん、須賀子さん。起きなさい。千載一遇の機会が、あなたに与えられました。
万能の願望器。大聖杯を我らの手に。我らの汚名を、あなたの手で雪いでください』
秋水先生……!
今私に聞こえた声は、確かに……。
でも、もう聞こえません。辺りにも、誰もいません。幻聴だったのでしょうか。
石造りの建物。雑多な、無人の市場。ここが日の本の国でないのは明らかでした。
幾星霜を経て。
あぁ、知識が。知恵が。私の頭の中に渦巻いていきます。
私は、"青"の陣営の
気配を遮断する術を有し、斥候や暗殺を生業とするクラスだそうです。
こんな、
私はついぞ、誰を暗殺することなど願わなかったのに。
私はむしろ、官憲によって処刑された側だと言うのに。
万能の願望器。大聖杯。カルナックの杯。それさえ手に入れれば。
秋水先生の、数多の同志の運命も変わるのでしょうか。
私自身の末路には、もう何の未練はありませんが。やれるだけのことはやりましょう――
「おんや、町屋には人っ子一人おらんと思うておったが。
汝のような美人が残っていたとは。もしや、貴殿も
迂闊……!
私は黒鍵を構え、臨戦態勢を取りました。
軽薄そうな男ですが。
「待て待て。そうすぐに刃を向けてくれるな。実は予には事情がよくわからぬのだ。
ここが帝国領でないのはわかるが。なあ、我らはなぜこんな所におるのだ?」
聖杯戦争を、知らない英霊?
そんなことが……。そんなことも、あるのですね。
私は簡単に、聖杯戦争のルールを説明しました。
「ほーぉ。願いの叶う杯と来たか。予にはとんと興味の湧かぬ代物だなぁ……。
まあ、こうして招かれた以上、予には何か期待された役目があるのだろうが。
おっと、名乗りが遅れていたな。あいすまぬ。
予は石川啄木。日の本一の歌人。そして"白"の
啄木。私と生きた時代の同じ、帝国の人間。確か、『明星』でその名を目にした覚えがあります。
「
饒舌だった啄木が絶句しています。
と言うか、英霊同士の戦いにおいて、真名とは明かして良い情報だったのでしょうか。
確かに、私の方も知識が曖昧です。何か、意図的に欠けている部分があるようにすら感じます。
「汝、管野と言ったな。その名は『大逆事件』において、唯一人処刑されたる御夫人の名。
予は明瞭に覚えている。ああ。何たることか。第二の生を得て出会ったのが彼のお人とは……」
ちくり、ちくり、と。心に棘が刺さっていくようでした。
やはり、私はそのように認識されている存在のようです。
わかってはいたこととは言え、時の流れとは、こうも無情なのですね。
「予も物書きの端くれ。新聞記者をしていたこともある。詩吟だけじゃ食えぬからな。
予は汝らの唱える思想には興味なかったが、彼の事件には尋常でなく興味を抱いていた。
新聞に幾度となく寄稿もした。公判記録も全て読んだ。その結果、予が得た結論を言おう。
汝らは、官憲によって無政府主義者を鏖殺せんために在らぬ罪を着せられた、そうなのだろ――」
「もう、止めてください」
流暢に語る啄木を、私は止めました。今思えば、私は少し泣いていたかもしれません。
どんなに慰められようと、その言葉に何の価値があるのです?
私はもう死にました。同志も大勢死にました。私はその汚名を雪ぐために大聖杯を……。
ぐっ。こほっ。ごほごほっ。……喀血、か。人ならざる身になってまで、
どこまでも、忌まわしき、我が身体……。私の意識は、そのまま暗転していきました。
次に目を覚ましたのは、建物の中の寝台でした。
部屋の外で、啄木と見知らぬ女性が話している声が聞こえます。
「アメリア殿。つまり、スガの容態は完治はせぬと?」
「あたしは医者じゃないから、断言はできないけどさ。
生前病気持ちでも、サーヴァントは丈夫な肉体を持ってるから普通治っちゃうらしいよ。
だから彼女のあれは、持って生まれた呪いとか、固有のスキルなんじゃないかな」
「むう……。そうなると厄介だな。
ならば、とりあえずはこの帝国軍の基地を拠点に、他の救いの手が来るのを待つか」
「来るわけないって。これは聖杯大戦。殺し合いなの。
誰か来たとしても、それはあたしたちを殺しに来たんだから、絶対に入れないでよね?」
「ふむ。そう言う割には。メリケンの美女よ。
予が街で汝を見つけ、藁にも縋る思いで助力を乞うたときには快く診てくれたではないか」
「あれは……。必死さに中てられたと言うか……。とにかく!誰が来ても入れないで!
あたしの結界なんてすぐ破られるだろうけど、それでも死に方ぐらいは選びたいの」
何ということでしょう。私は石川だけでなく、異国のサーヴァントにまで助けられた、と。
これでは私だけが大戦を戦いたいなどと、言えるはずもありません。
全ては、因果かもしれません。寝台に戻り、来たるべき次の局面までせめてもの英気を……。
その機会は、存分に早く訪れました。
大戦の観測者を名乗る小柄な娘と、護衛の女牧師と、西方の王族らしき男。
彼女らは私たちの所在を突き止めた上で、協力関係を結びに来たのだそうです。
まったく、愚かな。この二人など、何の戦力にもなりません。壁にだってならないでしょう。
剽軽な同郷の男も。世話焼きな異国の女も。私には鬱陶しくてたまりませんでした。
「……あの。
それでも、彼女らといれば、今よりはもう少し大聖杯に近付くことも叶うでしょう。
そのときになってから、邪魔者は始末すれば良いのです。私は暗殺者。
暗殺者に背後を預けるなど、その覚悟はできていて当然。と思っていたのに……。
『須賀子や。汝も気付いておろう。汝の其の身体では、帝の暗殺など、どだい不可能だと』
……寒村。私の、離縁した夫の声。連座を逃れた臆病者が、私に意見するか。
ああ、なんて気勢を上げられるはずもなく。彼の言う通り、我が身は惰弱に過ぎたのです。
利用してやろうと思った娘らの前で、私は無様にも血を撒き散らし……。
機動聖都、なる空飛ぶ城に迎えられ、結果的に彼女らと行動を共にすることは叶いました。
誤算があったとすれば、石川とアメリアも付いてきたことです。
なぜ、と尋ねるのも馬鹿らしく。どうせ、私が心配だったから、と言うに決まっています。
本当に、疎ましい。戦えぬ者が他人の心配をするなど、愚の極み。
「闇打ちとはどこまでも卑怯な。姿を見せろ、外道!」
私の黒鍵は、聖堂教会に教わった黒塗りの刃。魔力で編み出せる無尽の暗器。
気配を遮断した上で、全くの死角から投擲しているのに。
敵の笠の剣士は、難なく私の刃の全てを叩き落してみせたのです。
隙を見て刺突を試みても、刃ごと折られ。同じ女の身。その細腕から無双の怪力とは。
此れが英雄。此れが英霊。此れが異国の王の力。私はこの程度で、暗殺者を名乗って……。
「城主さん、教皇様のことは……」
石川に声をかけられて、炊事場に立ちました。私はお茶汲みもさせられるようです。
広間から聞こえてくる声は、アメリアとフリーダのもの。
私に魔術治療を施してくれた、女法王が死んだことは知っています。
彼女の治療を受けてからは、この身の調子も少しは良くなっていたのに。残念です。
ですが。私は正直、フリーダには失望しました。これで良く、英霊たちを纏められるものだと。
戦とは殺し合い。そうでなくても、人間は必ず死ぬものです。それは英霊の身でも同じこと。
同志の死を悼むのは結構なことです。ですが、歩みを止めて何になると言うのでしょう。
「先程の女の刃が示した通り、わしは武器では倒せんぞ。わしは
傍若無人にも私の身体に触れようとした老爺の戯言。
ですが、彼の御仁は、私が誰にも言わず秘してきた力に、きっと気付いている……。
「次は
千載一遇の好機。老爺の求めた獣の英霊を巡って、石川たちが同士討ちを始めました。
事前に岩陰で話し合った段取りでは、石川がフリーダから銃を奪って、アメリアを殺し、
私が石川を殺し、最期は私が自害する。……その前に、
英霊三騎分の魔力。人身御供の柱のための勘定には問題ないはずです。
暗殺に慣れている王は無理でも、戦況判断のできない主の寝首を掻くのは容易い。
「気が変わった。やはり汝は我らの中では唯一の力を持っている。
英霊の身ながらの汝の病弱も、その力も。きっと何か意味があって定められたもの。
ならば、その力の使い所は、今ではない」
なのに!なのに!石川は私に銃を渡すことなく、自らの頭に突き付けて。
フリーダと獣に演説をぶち上げてから、死にました。
フリーダはふらふらと石川から銃を拾い、自らも死のうとしていました。
多少の手違いはあったものの、これで生き残るのは私一人。そのはずだったのに。
獣は自らの鎖を食い千切り、フリーダが自害するのを止めました。
「獲物は放たれた。突破口はすぐそこだ!
ああ、世界は破滅に満ちている!ふふ、ふふふ、あはははははッ!」
フリーダは、ついに狂ってしまいました。
仲間が連続で自害する様を見せられたのだから、無理もありませんが。
狂人となったなら、今さら始末する意味もありません。
新しい主が決まるまで捨て置こうと思いましたが、
獣が私に何とかしろと目で訴えてくるので、しばらく眠っていただきました。
次話投稿予定:27日18時