Fate/Apocrypha Revival in the Interstice 作:梨央
「ああ、スルタン陛下!大変です、フリーダ様が、フリーダ様が……!」
これでいいでしょう。我ながら、栗島もかくやの名演技と自賛します。
スルタンは直ちに合流を約束し、現状を維持しろと仰せでした。
やはり一国の王となれば、責任に慣れていない小娘とは違って決断が早いのですね。
これからは彼の決断に頼り、彼の下で大聖杯に近付く機会を待つとしましょう。
「よもや、本当に連れてくるとは……」
セレンゲティなる草原の、ひときわ目立つ大木の根元で。
老爺はビアジョッキを片手に涼んでいました。
……巨狼を見るなり、黙りこくってしまいましたが。
『貴様か。我を呼び付けた命知らずの人間と言うのは』
「呼び付けたとは人聞きの悪い。体良く追い払うのに名前を借用させてもらっただけじゃ。
まあ、良い。
『なッ……!』
獣の言語は、私にはよくわかりませんが。
獣に用が無かったのなら、石川とアメリアは犬死にだったのでしょうか。
……ほんの少し。彼らの名誉のために、老爺に抗弁をしようかと思いましたが、止めました。
「フリーダ様なら、フェンリル殿をお連れしてから様子がおかしくなられたので、
しばらくお休みになっていただきました。まだお目覚めになっていないだけです。
それから石川とアメリアは、フェンリル殿の枷を外すため、自ら進んで贄となりました」
私は、装置の床に縛り付けて寝かせているフリーダを指差しました。
「そうか。タクボク殿が……。大方の事情は察せたわい。
スィオネスの獣よ。汝も奴に振り回されていたのだな。わしは心から同情しよう」
『同情だと?貴様は一体、何のつもりだ?』
「さてな。いずれにせよ、これで条件は満たしたのだ。約束通りわしが助言をしてやろう。
フリーダと二人で話がしたい。終わったら城まで送ってやる。汝らは先に帰れ。む……」
装置からフリーダを抱え上げたディオゲネスが、彼女の武器はどこか、と訊ねました。
「お暴れになるといけないので、私が預かりました。こちらに」
私が懐から彼女の銃を取り出すと、老爺はひどく慌てていた。
「おおおお!余人が気安く持ち出すでない。
……妙ですね。彼は確か南の酒場で、フリーダに向けられた銃身をその手で掴んでみせたのに。
おっかなびっくりと言った様子で私から銃を受け取り、傍らの樽の中に閉まっていました。
「これ、そこな女官よ。すまぬが、茶を淹れてくれぬか」
スルタンに経緯を話し終え、老爺に渡しそびれたフリーダの持ち物を押し付けた帰りに。
聖都の回廊で、大男に声を掛けられました。彼が新しく陣営に加わった、"青"のライダー。
清国、いや、
「……畏まりました」
茶ぐらい自分で用意しろ、と私は内心毒づきました。
彼の王からは、あの獣と同じ、神に連なるものの血を感じます。
英霊には多いと聞いていましたが、この城だけで二人。
石川。あなたの思った私の力とは、所詮その程度のちっぽけなものなのですよ。
「美味い。褒めて遣わそう」
「恐悦至極にございます」
思ってもいないことを。素人の淹れた茶が、二千年の皇帝のお眼鏡に適うものか。
支那の王を持て成そうと言っても、この城には中国茶など気の利いたものはありません。
あるのは石川が基地からくすねてきた緑茶と、列強の王が元々用意していた珈琲ぐらい。
迷った末に緑茶にしましたが、それでも秦王は美味しそうに飲んでみせました。
「……なあ、女官よ。これは朕の好奇心からの問いなのだが。
己の本心をひた隠しに生きると言うのは、疲れぬのか?」
秦王は、私の眼を真っ直ぐ見つめて言いました。
「何の……ことでしょうか。私めにはさっぱり。お答えしかねます」
私の汚れた心を見透かされているようで、頬に冷や汗が垂れました。
"王"と言う人間は、底知れぬ欲望で、自分以外の人間は等しく支配されるべきだと考えている。
私には、それが嫌でたまらないのです。権力の否定こそ、我が人生の命題……。
「……朕は、生涯で幾度となく暗殺されかかった故なぁ。
女官。いや、倭の国のアサシンよ。そなたからも感じるぞ。
そなたもかつて、王に類する天子の光を奪わんとしたことがあるのではないか?」
下手に誤魔化しても、見透かされるなら。
「陛下のご慧眼。恐れ入りました。確かに私めは暗殺者のクラスを得ております。
しかし陛下。私めが暗殺者だとお知りの上で、茶を用意させたのですか?」
皇帝の問いには答えず、私は逆に問いを投げました。
「応とも。我らは観測者の陣営に加わったサーヴァント。すなわち友軍の客将も同然である。
そなたがかつてどんな大望を抱いていたとしても、朕を殺す理由にはならぬからな。
それに、
実際美味かったしな、と秦王は残りを一口で飲み干されました。
――"王"とは、強大な権力だけでなく。強靭な五体と精神を持っているのですね。
この地で出会った異国の王は。スルタンのように日本人かと思うほどの矮躯か、
ツァーリのように大柄でも何を考えているかわからぬ御仁ばかりでしたから。
私には、秦王のただそこにいるだけで発せられる王威が、空恐ろしく思えてなりませんでした。
「左様でございましたか。敬服致しました、秦王……よ……」
こんな、ときに……っ。
私はとっさに後ろを振り向き、決して王には見せぬよう、布を口に当てて血を吐きました。
法王殿が退去されてから日も経っていないのに、この身はもう限界だと。
悔しくて、たまりませんでした。弱味を見せたくない相手に限って、どうして私はいつも。
悪感が収まったのを確かめてから、秦王に向き直りました。
「お見苦しい所を、大変失礼致しました。弁解の言葉もございません。
それでは私めはこれで……」
足早に立ち去ろうとしたところを、秦王に腕を掴まれました。
「待て、そこに座れ。朕が診てやろう。そも、臣下の礼など取らずとも良い。
我らは友軍の将だと言ったであろうが」
有無を言わさぬ態度に、一層の吐き気を覚えましたが、堪えました。
これだから、権力者は。人の心の弱みに付け入り、こちらの事情など勘案しない。
隣に座らされた私は、私の身の病弱が、法王の魔術治癒でも治せない呪いだと打ち明け、
仲間なら尚更、これ以上恥を晒したくないので下がらせてくれと訴えました。
「呪いと来たか。朕にはむしろ、そなたが英霊として成り立つにあたり欠かせぬ、
秦王は私の身体には決して触れず、己の掌を頭から足先までかざしました。
「ふむ……。そなた、肺が弱いな。
それから
冗談じゃない。いかな大王と言え、掌だけで、心まで暴かれてたまるものですか。
立ち上がろうとしたところを、またも制されてしまいました。
「まあ、落ち着け。朕はそれを話せとは言うておらぬし、民の事情など興味もない。
英霊の身に効果があるかはわからぬが。良し、朕が生薬を見繕ってやろう。
湯で煎じて飲むがいい。どの位必要か?」
少しは言い返せねば、腹の虫が収まりそうになかったので。私は秦王に告げました。
「……では。いただける分を、すべて」
秦王は、まじまじと私の顔を見つめた後、豪快に笑いました。
やがて厨房に立ったかと思うと、数分もしない内に戻ってきました。
私に小分けにした袋をたくさんと、妙なにおいのする薬草の紙包みを寄こしました。
私は袋の一つを乱暴に開けて、水で流し込みました。酷い味です。征露丸のようです。
「おおお、湯で煎じろと言ったのに。豪快な女丈夫よ。だが処方は守らねばならんぞ。
それからな。その葉は、そなたが勝負所と思ったときに呑め。
朕にはすでに不要なものだが、きっとそなたの助けになろう」
もう、丁重な言葉遣いにも疲れました。
「陛下のご厚情、真に痛み入りますが。なぜこのような貴重な物を、フリーダ様ではなく私に?」
秦王はいつの間に自分で淹れたのか、二杯目の茶を飲みながら言いました。
「何、始皇の気紛れと言う奴よ。そなたの本質を見抜けたのなら、朕はそれで良い」
平然と言ってのける秦王には、皮肉の言葉も思いつきませんでした。
少しだけ、身体の調子が戻った気もしますが、きっと気のせいでしょう。
私には、大聖杯に託すだけの願いがありました。
その願いのためなら、誰をも踏みにじっても良いと思っていました。
フリーダの戦いに身を置いていても、その気持ちには変わりありません。
観測の大義?
英霊の義務?
人間の矜持?
くだらない。本当に。くだらない。
アメリア。石川。私には、そんなもの、なかったのですから。
私一人だけを遺して逝って、あなたたちは私に何を期待したのでしょうね?
その
半神の血を引く巨狼に跨り、震える小娘の背中にしがみ付きながら、私は考えていました。
今この場でフリーダを殺すことが、どれだけ容易いかを。どんな結果をもたらすのかを。
私は秦王の葉を呑み、狼から降り立ち、薔薇の香る
『須賀子さん。願いはもう、諦めてしまったのかい?』
秋水先生の声が聞こえます。
『いいえ、
女は自由であれと教えられ、それを実践しただけですわ』
次話投稿予定:30日18時
あらすじの内容をプロローグに移しました
これで始皇帝が実は美少女とか実はヒナコとかだったらどうしようかなー!