Fate/Apocrypha Revival in the Interstice   作:梨央

46 / 48
第25節b 幽月霧散

薔薇の光芒が余韻を残して消えたとき。

私の背中にしがみ付いていたスガの重みが、急に軽くなった。

不審に思って振り返ると。彼女はフェンリルから降りて、()()()()()()()()

 

「アサシン、何を……しているのですか?」

「何、とは。この期に及んで一々説明せねば、フリーダ様には理解できないのですか?」

 

スガは私の方を見もせずに、"泥"の湖の上空を、まるで地上の道を歩くかのように進んでいく。

 

「ああ、フリーダ様にはこの()が見えないのですね。これも仙女の権能、というやつでしょう。

(わたくし)は今とても軽く、あらゆる常世の枷から解き放たれているのですよ」

 

何を言っているのかはよくわからないが、確かに彼女の纏う気配はこれまでと別人のようだ。

ケガをしてだらりとぶら下がっていた左腕が、あるべき位置に収まっている。

機動聖都では見たことのないほど、その足取りも自信に満ちたもので、

メフメトが穴を開けた墳墓の頂上部……怪物の頭部へ向かって歩いていく。

 

冷静に分析すれば、フェンリルや"白"のバーサーカーが空を飛べるのだから。

歴戦のサーヴァントなら、何らかの手段や逸話があれば可能なのだろうが。

彼女は近代の人物だ。空を飛ぶ逸話などあるはずが――

 

「私の逸話、ときましたか。では尋ねましょう、我が主、独逸(ドイツ)の賢き人よ。

()()()()()()()()()()()()()()()()?それとも、石川あたりから聞きましたか?」

 

――何も知らないし、聞いていない。本当だ。

ジブチの基地で彼女と一緒にいたアメリアも、啄木も。

『管野スガ』と言うアサシンの真名は知っていたが、その素性について話をすることはなかった。

 

「そうでしょうね。私は英霊なれど無名。私の武装も、フリーダ様は黒鍵しかご存知ない。

だからこその、誰も知らない切り札を。私は石川たちに期待されていたのです」

 

スガが懐から刃を取り出す。

黒鍵じゃない。あれは極東の、確か()()とか言う短刀の一種だ。

……まさか、それが彼女の宝具なのか。

 

「私の刀が神をも殺せると哀れな主に期待させぬ前に。申し上げておきましょう。

()()()()()()()()()()()()。王にできないことが、元より私などにできるはずがない」

 

大きな物音が眼下から聞こえる。

始皇帝の墓によって動きを止められていたが、脚部の辺りで崩壊が始まったのだ。

空を歩き出したスガにすっかり気を取られていたが、獅子の怪物は未だ健在だった。

メフメトが吹き飛ばした頭部断面も気味悪く脈動している。再生は時間の問題だろう。

 

今、私がすべきことは奇術を披露し始めた護衛と会話を楽しむことではない。

どうする、私も銃身(バレル)を構えて一か八か特攻するか。

それとも、フェンリルに氷の牙(レーヴァティン)を撃ち込んでもらうか。

 

「――愚かな。あなたは皇帝(スルタン)の最期の言葉から、それしか学べなかったのですか?」

 

……ッ!

久しぶりに頭にきた。この激情は、ディオゲネスに酒を勧められたとき以来だ。

 

「アサシン!何か策があるのなら私に話してください!いいえ、()()()()()!」

 

私の命令を無視して、スガは怪物の頭部周辺を飛び回っている。

 

『貴様、まさか裏切る気か?戦況の不利を悟って、自ら怪物の眷属に加わると?』

「裏切る、ですって?」

 

スガが蠱惑的な笑い声を上げる。と言うか今、フェンリルの言葉を?

唐突に、私とスガがまるで姉妹のようだと啄木に言われた日のことを思い出した。

彼女の今の見た目は、確かにどこか。天衣無縫な私の妹に、()()()に似ている……。

 

「笑止。化け物になど、なりたくてなる者がいましょうや?

最も。化け物に化け物になるのかと問われたとなれば、これはもう腹も捩れますが」

『貴様……!』

 

猛るフェンリルを、私は必死になだめる。

今すべきことは、絶対に味方同士で口論することではない。

策があるなら、共有しなければならない。敵の復活までは時間もないはずなのに。

 

「だから、それが愚かだと言っているのです。よく見なさい」

 

スガが刃先で頭部の一点を指し示す。

律動する肉塊の中に、全く動かない部分があることに気付いた。

ちょうど、人間一人分ほどのスペース。まさか、そこに怪物の()()が!

 

「バーサーカー、もう少し近付いてください」

 

彼は無言のまま、怪物の頭部へ向けて空を疾駆する。

彼の脚には、引力を反転させるための魔力障壁がある。

このような空を飛ぶ方法なしに、一体どうやってスガは宙に浮いていられるのだろう。

 

「――ふ。このような女子一人に歴史に名を残した"王"が翻弄されていたとは。

とんだ悲劇もあったものですね。いえ、むしろ喜劇でしょうか?」

 

気味の悪い赤色の肉壁の中に、確かにそれは埋もれていた。

目を閉じたままの緑色の髪の少女が、怪物の断面と融合している。

……深く考えるのは後だ。怪物の再生は既に始まっている。仕留めるなら今しかない。

 

「アサシン、よく見つけてくれました。さあ、その手で王の仇を」

「あら、フリーダ様。汚れ仕事は護衛任せですか?

アサシンのサーヴァントなら、幼子をその手にかけても構わぬと?」

「な……!」

 

何を、何を言いだすのだ。スガは。

その怪物は、正体がどんな姿であっても、仲間を何人も葬った()だ。

今この場で始末しないと、命懸けで手に入れたこの隙間が無駄になる。

 

「なれば、王の仇はフリーダ様が自らの手で討ち果たすべきでしょう。

あんなに楽しそうに英霊兵どもを撃ち殺していたのに、今さら何を迷うのです。

まさかフリーダ様は、子供の姿の英霊にはそれを向けられぬなどと仰いませんよね?

見た目に抵抗があるのなら、私が先に是の顔の肉を削ぎましょうか?」

 

スガが左手の黒鍵を、ランサーの頬に当てる。

少女は意識を奪われているのか、表情に全く変化が無い。

敵だったとしても、去り際に苦しみを与える拷問のような真似はしたくない。

 

「……わかりました。あなたの言うことも理解できます。下がりなさい、アサシン」

 

スガは、今度は大人しく横に引いた。相変わらずふわふわと宙に浮かんでいる。

私は銃身(バレル)を少女の顔に向け、迷い、胸に狙いを定めた。

手が震える。こんなこと今までなかったのに、余計なことを言うから……。

 

『もう良い、退けフリーダ。狂った女の世話はもう懲り懲りだ。

我がやる。そこの女もろとも、我が牙で滅してくれる』

 

無様な姿を見かねたのか、私を乗せたままで宝具の発動待機に入るフェンリル。

スガは何が面白いのか、大声で笑い出した。

……かつて私が彼女に演じてみせたのも、こんな歪な様だったのだろうか。

 

「ふふふ、あはははは!やはり、やはり仲間任せ!復讐者が聞いて呆れますね。

フリーダ様、あなたは荒事には向いておりません。()()()()()()優しすぎる。

よくそれで、城主が務まりました。よくそれで、今まで生き残れました。

……よくそれで、()()などと名乗れたものです。仲間の屍の上に、ただ座しているだけなのに」

 

違う。ちがう。私、わたしは、望んでここにいるわけじゃない……。

 

『女、最後の警告だ。我の宝具の巻き添えを食らいたくなければ離れろ』

「いいえ、離れません。それから白狼よ。残念ながらあなたの某の槍では、

例えこの状態にあるランサーでも殺すことは敵いません」

『……何だと?』

 

意外な内容だったのか、フェンリルの宝具の発動が止まる。

こうしている間にも、胎動は止まらない。周囲の肉は、少女を再び呑み込もうと蠢いている。

このままでは、私たちのいる場所も危うくなる。

 

「まあ、もっと言えば、フリーダ様の銃でも不可能なのですがね。

蓬莱の智慧で主の器を図るなど、慣れないことはするものではありませんでした。

悪いとは思っていますが特に反省はしていません。もう猫を被るのも疲れましたので。

"(くろがね)の窓に陽は陰り。(かそけ)き月に霧が散る"。――では、おさらばです」

 

スガは脇差を、声をかける間も無くランサーに振り下ろす。

吹き出すであろう血の惨劇から顔を背けた先に、

少女が放り投げられて、スガのように宙に浮かんだ。

 

「……え?え?」

 

戸惑う私に、当然のこととばかりにスガは続ける。

 

「――これこの通り。()()は叶いましたが、

核を失った彼の"泥"が見過ごしてくれるとは思えませんね。さて」

 

ランサーと怪物の断面は、完全に融合していると計算したのに。

少女が癒着していた部分だけ、綺麗に肉が削がれていた。

切除って、まさか本当に脇差一本で斬り出して見せたのか。

 

「霊草に与えられし天仙の力もこの時まで。次の核には私が収まりましょう。

我が暴言の数々は、主の銃弾を以て清算してくださいまし。

怪物の無敵の毛皮は獅子ではなく、そこな幼子に由来する力なれば。

もはや私に加護はなく。核に私が収まれば滅ぼせるも道理。さあ、一息にお願い致します。

今度こそ猶予はありませんよ?次は言の葉ではなく、フリーダ様に噛みついてしまいます」

 

穴の開いた部分から巨大な()が飛び出し、スガを捕らえようとしている。

 

「あ、アサシン、一刻も早くその領域から離脱を!一緒に逃げましょ――」

 

スガは大げさに溜め息をついてみせた。

 

「……どこまでも世話の焼ける。これは親愛、これは親愛、"()()()()()()()()"」

 

投擲された黒鍵の一本が、浮かんでいるランサーの足首に刺さる。

ランサーの少女はカッと目を見開いて叫んだ。

 

「痛ッ!あのバカ息子、母の湖になんてモノを……って、あれ?」

 

スガがにこりと微笑んで、腕に掴まれて断面の中に沈んでいった。

 

「そういう……こと……。わかったよ。『ここ』は『湖』。『あんた』は『雫』。

逆行開始。――『子よ、始祖の令に遵え(エンガイ・ンガジェンガ)』」

 

 

 

 

 

無名の暗殺者は、己が主の資質を問い直して退去した。

私はこれを、"青"のサーヴァント六人目の脱落と定義する。




26節から少し書き直すことにしました
続きは気長にお持ちください

中国異聞帯はオールスターでしたね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。