Fate/Apocrypha Revival in the Interstice   作:梨央

7 / 48
第4節b 聖なるかな、今こそ大火の粛清を

「困ったな。俺はシャルルであってカールとは厳密には違うんだが…」

 

シャルルは…私の見た限りでは口に出すほど困っているようには見えない。

態度を急変させたキャスター、レオ三世を前にどう振る舞うか迷っているだけだ。

彼女の真名を聞いてもなお、シャルルは自分がシャルルであることを選ぶだろう。

ならば…。言葉を選びながら、私はシャルルに提案をする。

 

「協力してくれると言うんですから、このまま彼女を連れて行けばいいのでは?」

「元よりそのつもりです。さあカロリス、行きましょう」

「うーん、弱った。そうくるよなー!」

 

頭をぽりぽりと掻くシャルル。

 

「キャスター、レオ…と呼ぶよ。君の協力は願ってもいないことでめちゃくちゃ嬉しいが、

俺のことはシャルルと呼んでほしい。カロリスの名は、俺には過ぎたものだ」

「ご謙遜を、カロリス。ではカールとお呼びしましょうか。

カールしてないカール様。ふふっ。これはこれで面白いですね」

 

あどけない少女のように微笑むレオにつられて笑いそうになるが、シャルルの表情は硬かった。

 

「なあ…レオ。もう俺のことは好きに呼んでくれていい。

だから生前に関係なく、キャスターとして、一人の英霊として力を貸してくれないか?」

「いいえ、カール。私が私であるのと同様に、ごく当たり前のこととして。

あなたは偉大なるカール大帝で、私はそれを助ける者です。

なぜそうまでしてご自身を否定されるのですか?」

「否定とかそういうんじゃないんだけどなあー」

 

両者の認識は、どこか致命的にズレている。

このまま連れて行くのは、悪手か。

 

「教皇よ。サーヴァントは過去を生きた人間その人ではありません。

あなたには実感が湧かないかもしれませんが、

シャルルには騎士として生きた全盛期と、王としての全盛期が別個に存在するのです。

このような英霊は決して珍しいものではないと聞きます」

「つまり私の目の前にいるカールは偽者って言いたいの?」

 

途端にレオの眼が曇る。いけない。地雷を踏んだか。

 

「そうではなく。同一人物でも別の霊基として定義されうると……」

「偽者、影武者、僭称者。このシャルルを名乗るカールはそう言う存在だと言いたいのね――」

 

まずい。私の話を聞いてもいない。いや、聞こえていないのか?

工房の魔力の流れが変わったのを、嫌でも知覚させられる。

 

交渉決裂。

大人しくさせるか、最悪ここで倒さなくてはいけなくなったようだ。

キャスターの地図が使えなくなるのは痛いが……。

自分の交渉術の未熟を痛感し、服の下の拳銃に手を伸ばそうとする。

 

「待てフリーダ。俺に任せてくれ」

 

シャルルに手で制される。

何か考えがあるのかもしれないので、頷いた。

 

「レオ。訂正しよう。俺は確かに、カールだ。

あんたを助け、あんたに助けられたカールの見た目そのものではないかもしれないが、

俺の霊基はカール大帝と同じなんだ。フリーダが言っただろ。

騎士として、王として、別の側面で定義されると」

「つまり…あなたはカールなの?」

 

レオは今にも泣きだしそうな顔でシャルルに問いかける。

感情の起伏の激しい女だ。

よくこれで教皇が務まったものだと、どこか冷めた目で見ている自分がいる。

 

「ああ。カールだ。だから落ち着いて俺ともう一度話を……」

「嘘よ!!!」

 

キャスターはついに激昂し、司教壇に火の手が上がる。

 

「嘘。嘘。嘘。信じない!あの人に私の知らない側面があったなんて。

カールはカールなの。シャルルなんて知らない。私の、私だけの、ローマの皇帝!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

認識のズレはこれが原因だったか。

 

彼女はカールに恋をしていたんだ。

教会としても、教皇としても、決して許されない絶対の禁忌。

されど女なら当然抱く、自分を助けてくれた者に対する憧憬。

恋慕、と言ってもいい。

抑えようとして抑えられるものではない。

それでも彼女は必死で抑え、戴冠式で清算したつもりだったのだろう。

 

愛は、破滅ではなく変化をこそ恐れる。

カールの似姿をとりシャルルを名乗るカール。

急激な変化を受け入れられないのも、恋する少女のまま止まった彼女にはそれが当然なのだ。

 

「だいたい何?聖杯大戦って。私は聖杯なんか興味ない。サーヴァントなんて知らない。

私の魔術の才能なんか、他の英霊たちに比べれば劣るに決まってる。

マスターもいないのに、私に何をしろって言うの?()()()()()()()()()()()()()()()()

 

キャスターは叫び、杖を掲げる。

杖の先には、尋常ではない魔力量の火種が……。

 

「もういい。燃えちゃえ。さよなら、偽者のカール。きっと私の召喚は間違いだった。

フリーダだっけ、あなたには関係ないのに巻き込んでごめんね。

今からでも逃げなさい。私はもう止まらないから」

 

まずい。シャルル共々宝具を発動させて自爆する気だ。

冗談じゃない。敵の正体もわからないうちにセイバーを失う訳にはいかない。

 

"主よ、この身を捧げます。これこそは暴君によって着せられし汚名の炎。

聖都を七夜焼き尽くした焔。我を薪に。愛しい人のため燃え上がれ"

 

キャスターは詠唱に夢中で防御術式の類は展開していない。

今ならまだ、彼女を倒せば止められる。

私は銃を彼女の霊核に狙いを定め、撃とうと――

 

「『聖なるかな、今こそ大火の粛清を(カロルス・パトリキウス・オークラス)――』」

 

騎士が駆けた。

魔力の放出か。

分析すらままならない速さで、シャルルはレオの向ける杖の先に飛び込んだ。

 

肉を抉る音。

教皇の杖は、聖騎士の身体を貫いて、宝具を発動させることなく停止した。

 

「レオ。もう一度頼む。フリーダに力を貸してやってくれないか?」

 

呆然とするレオ。

既に杖から手を放していたが、刺さった杖が自然に抜けることはない。

聖騎士は振り向き、私に声をかけた。

 

「悪い、フリーダ。俺は先に帰る」

 

なんで、と絞りだすのがやっとだった私にシャルルは答える。

 

「なんで、って……。なあ。少女を助ける騎士ってのは、カッコいいもんだろ?」

 

カールみたいにさ、とレオにも笑いかけるのを見た。

聖騎士は教皇への献身を遂げて退去する。

遺されたのは二人の少女。愛する男の似姿を殺した者。同盟の一角を失った者。

 

私はこれを後に、"青"のサーヴァント一人目の脱落と定義する。




次話投稿予定:22日0時

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。