Fate/Apocrypha Revival in the Interstice 作:梨央
「困ったな。俺はシャルルであってカールとは厳密には違うんだが…」
シャルルは…私の見た限りでは口に出すほど困っているようには見えない。
態度を急変させたキャスター、レオ三世を前にどう振る舞うか迷っているだけだ。
彼女の真名を聞いてもなお、シャルルは自分がシャルルであることを選ぶだろう。
ならば…。言葉を選びながら、私はシャルルに提案をする。
「協力してくれると言うんですから、このまま彼女を連れて行けばいいのでは?」
「元よりそのつもりです。さあカロリス、行きましょう」
「うーん、弱った。そうくるよなー!」
頭をぽりぽりと掻くシャルル。
「キャスター、レオ…と呼ぶよ。君の協力は願ってもいないことでめちゃくちゃ嬉しいが、
俺のことはシャルルと呼んでほしい。カロリスの名は、俺には過ぎたものだ」
「ご謙遜を、カロリス。ではカールとお呼びしましょうか。
カールしてないカール様。ふふっ。これはこれで面白いですね」
あどけない少女のように微笑むレオにつられて笑いそうになるが、シャルルの表情は硬かった。
「なあ…レオ。もう俺のことは好きに呼んでくれていい。
だから生前に関係なく、キャスターとして、一人の英霊として力を貸してくれないか?」
「いいえ、カール。私が私であるのと同様に、ごく当たり前のこととして。
あなたは偉大なるカール大帝で、私はそれを助ける者です。
なぜそうまでしてご自身を否定されるのですか?」
「否定とかそういうんじゃないんだけどなあー」
両者の認識は、どこか致命的にズレている。
このまま連れて行くのは、悪手か。
「教皇よ。サーヴァントは過去を生きた人間その人ではありません。
あなたには実感が湧かないかもしれませんが、
シャルルには騎士として生きた全盛期と、王としての全盛期が別個に存在するのです。
このような英霊は決して珍しいものではないと聞きます」
「つまり私の目の前にいるカールは偽者って言いたいの?」
途端にレオの眼が曇る。いけない。地雷を踏んだか。
「そうではなく。同一人物でも別の霊基として定義されうると……」
「偽者、影武者、僭称者。このシャルルを名乗るカールはそう言う存在だと言いたいのね――」
まずい。私の話を聞いてもいない。いや、聞こえていないのか?
工房の魔力の流れが変わったのを、嫌でも知覚させられる。
交渉決裂。
大人しくさせるか、最悪ここで倒さなくてはいけなくなったようだ。
キャスターの地図が使えなくなるのは痛いが……。
自分の交渉術の未熟を痛感し、服の下の拳銃に手を伸ばそうとする。
「待てフリーダ。俺に任せてくれ」
シャルルに手で制される。
何か考えがあるのかもしれないので、頷いた。
「レオ。訂正しよう。俺は確かに、カールだ。
あんたを助け、あんたに助けられたカールの見た目そのものではないかもしれないが、
俺の霊基はカール大帝と同じなんだ。フリーダが言っただろ。
騎士として、王として、別の側面で定義されると」
「つまり…あなたはカールなの?」
レオは今にも泣きだしそうな顔でシャルルに問いかける。
感情の起伏の激しい女だ。
よくこれで教皇が務まったものだと、どこか冷めた目で見ている自分がいる。
「ああ。カールだ。だから落ち着いて俺ともう一度話を……」
「嘘よ!!!」
キャスターはついに激昂し、司教壇に火の手が上がる。
「嘘。嘘。嘘。信じない!あの人に私の知らない側面があったなんて。
カールはカールなの。シャルルなんて知らない。私の、私だけの、ローマの皇帝!
認識のズレはこれが原因だったか。
彼女はカールに恋をしていたんだ。
教会としても、教皇としても、決して許されない絶対の禁忌。
されど女なら当然抱く、自分を助けてくれた者に対する憧憬。
恋慕、と言ってもいい。
抑えようとして抑えられるものではない。
それでも彼女は必死で抑え、戴冠式で清算したつもりだったのだろう。
愛は、破滅ではなく変化をこそ恐れる。
カールの似姿をとりシャルルを名乗るカール。
急激な変化を受け入れられないのも、恋する少女のまま止まった彼女にはそれが当然なのだ。
「だいたい何?聖杯大戦って。私は聖杯なんか興味ない。サーヴァントなんて知らない。
私の魔術の才能なんか、他の英霊たちに比べれば劣るに決まってる。
マスターもいないのに、私に何をしろって言うの?
キャスターは叫び、杖を掲げる。
杖の先には、尋常ではない魔力量の火種が……。
「もういい。燃えちゃえ。さよなら、偽者のカール。きっと私の召喚は間違いだった。
フリーダだっけ、あなたには関係ないのに巻き込んでごめんね。
今からでも逃げなさい。私はもう止まらないから」
まずい。シャルル共々宝具を発動させて自爆する気だ。
冗談じゃない。敵の正体もわからないうちにセイバーを失う訳にはいかない。
"主よ、この身を捧げます。これこそは暴君によって着せられし汚名の炎。
聖都を七夜焼き尽くした焔。我を薪に。愛しい人のため燃え上がれ"
キャスターは詠唱に夢中で防御術式の類は展開していない。
今ならまだ、彼女を倒せば止められる。
私は銃を彼女の霊核に狙いを定め、撃とうと――
「『
騎士が駆けた。
魔力の放出か。
分析すらままならない速さで、シャルルはレオの向ける杖の先に飛び込んだ。
肉を抉る音。
教皇の杖は、聖騎士の身体を貫いて、宝具を発動させることなく停止した。
「レオ。もう一度頼む。フリーダに力を貸してやってくれないか?」
呆然とするレオ。
既に杖から手を放していたが、刺さった杖が自然に抜けることはない。
聖騎士は振り向き、私に声をかけた。
「悪い、フリーダ。俺は先に帰る」
なんで、と絞りだすのがやっとだった私にシャルルは答える。
「なんで、って……。なあ。少女を助ける騎士ってのは、カッコいいもんだろ?」
カールみたいにさ、とレオにも笑いかけるのを見た。
聖騎士は教皇への献身を遂げて退去する。
遺されたのは二人の少女。愛する男の似姿を殺した者。同盟の一角を失った者。
私はこれを後に、"青"のサーヴァント一人目の脱落と定義する。
次話投稿予定:22日0時