IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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地の文微量修正。


第十一話

セシリアと隆道の試合の結果は、彼女の勝利となった。だが誰もが試合結果などどうでもいいと思っている。その試合により彼は暴走を起こし、最終的に重傷を負った。

観客席で飛び交う悲鳴の嵐。誰もが予想もしなかった一大事に生徒達はパニックを引き起こす。

 

「山田君、医療班に緊急治療の連絡を!織斑、篠ノ之!指示があるまでここを動くな!いいな!」

 

「ちょっ、千冬姉!?待ってくれ、俺も!!」

 

一夏の呼び掛けを無視し、千冬は備えの応急キットを担ぎ一アリーナに出る。向かうは血塗れの隆道の元。

彼のそばまで近づくと、それは言葉では表しきれない程の惨状だった。

 

「ああ、なんてことだ………。柳!しっかりしろ!」

 

衝撃波で吹き飛ばされただけでなく、地上で爆発した際のミサイルの破片、小石などが彼に散弾の様に降りかかり至る所が傷だらけになっていた。試合開始時の純白な制服はズタズタになっており、ほとんどが赤く染まっている。特に酷いものは細長い破片が左肩に突き刺さっていた。安易に抜こうとすれば大出血は間違いない。

当の本人は仰向けに倒れており、ピクリともしない。気絶しているのか、それとも───。

 

「意識が無い………くそっ。脈は………!?」

 

そういって彼女が手を近づけると、それは叩かれた。

 

「………!?や、柳!?意識が!?」

 

「ってえ、な………。くそっ、たれ………」

 

彼女の手を振り払ったのは意識が無いと思われた隆道。

身体を起こし立ち上がろうとするも、足に力が入らないのか体勢を崩し両足の膝をついてしまう。

 

「ああ………くそっ、たれ………。なんで、生き………てんだよ、ちく………しょうが………」

 

舌打ちをし愚痴をこぼす彼は肩に突き刺さっている破片に血濡れた右手を震えながらも伸ばす。

彼がやろうとしていることが直ぐに分かり、彼女は止めようとするが───。

 

「ダメだ柳!?それを抜いたら───」

 

「ぅらあっ!!」

 

彼女の警告を無視し、彼は破片を勢いよく引き抜く。抜けたことにより血は夥しいほど噴出し、それを辺り一面に撒き散らす。

止血をせねば失血死は免れないことは明白だ。

 

「あぁ……はぁ………。俺に………近づくんじゃ、ねえ………」

 

「や、柳………」

 

「なんだよ、しけたツラ………しやがって………。何しに………来たんだよ、あぁ?」

 

千冬を睨むその顔は破片や小石によって数ヶ所に生々しい傷が付き、血涙の影響なのか目はこれ以上無い程充血し真っ赤になっていた。

彼の眼力はとても弱々しく、今にも消えてしまいそうな程覇気がない。文字通り虫の息に近い状態だった。

そんな彼を目の当たりにして彼女は目頭が熱くなってしまう。

 

(私が、私が柳をこんなっ………!?)

 

堪らなくなる気持ちで満たされるが、今は一刻も争う事態だ。医療班が来るまで手当てをしなければならない。でないと彼は死んでしまう。それだけはなんとしても避けたかった。

 

「柳!直に医療班が来る。それまでに手当てを!」

 

「もう、いい………だろうがよ………。いっそ死なせて………研究材料でも………好きに、しろって………。俺なんかより、あそこで悶えてるイギリス人を………」

 

「柳ぃ!!」

 

「………?」

 

「頼む………手当てを、させてくれ………。この通りだ………」

 

隆道の鋼牙によるダメージによりアリーナの隅で未だに蹲っているセシリアも診てやるべきだが、今は彼を優先しなければならない。

彼女は涙を流しながら悲痛な声で悲願する。そこには既に世界最強の面影はない、一人のか弱き女性の姿があった。

───しかし、彼にその思いは届かない。手当てをしようとする彼女に今もなお必死で抵抗をする。

 

「泣けばいいと、思ってんのかよ………!そんなの俺ら男の心につけこむ、お前らの………女の武器だろうが………!!」

 

「柳……」

 

「お前らのような女がいるから………ハルは、親父はっ………!!ぐっ………」

 

彼の抵抗は続かず、言葉を言い切る前に彼は倒れ、千冬にもたれ掛かる。あれほどの怪我と出血をしたのだ、生きてるだけでも奇跡に等しい。

それでも彼は足掻くように、言葉だけでも抵抗を続けた。

 

「俺は認め、ねえ………!ISなんか………お前ら………女、なんか………!特にあんたと、あの女………は………ぜ………」

 

「あああダメだダメだ!柳、気をしっかり持て!!」

 

「───」

 

「医療班はまだかあああぁぁぁ!!!」

 

千冬の泣き叫びがアリーナ全体的に響く。セシリアと隆道の試合は、その場にいる全員の記憶に刻まれる最悪の形となって幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隆道が重傷を負い、緊急治療中の最中。本州のとある場所の小さな部屋で彼に関する電話のやり取りがあった。

片方はIS学園の学園長。そしてもう片方はIS委員会の一人。

 

『一刻も早く病院へ連れていくべきです。これ以上は彼の身が持ちません』

 

「其方には医療環境も最新の物があるはずだ、その必要は無い。彼には完治次第、引き続きデータ採取を行ってもらう」

 

『………貴方、分かっているのですか。彼はISに乗って───』

 

「知っている。ISに乗って暴走を引き起こした事も、事故の詳細も貴女が連絡を入れる前に報告が入った。生きているだけでも奇跡としか言いようがない」

 

『ならば……!』

 

「だが彼を今の状態で本州に連れていけば、どうなるかは分かっているはずだが?たった二人のうち一人に重傷を負わせた、そんな彼を本州に連れてけば直ぐに公になるだろう。そうなったら貴殿方IS学園だけではない、イギリス代表候補生にも、イギリス政府にも、日本政府にも、我々も多大な責任が降りかかる」

 

『………』

 

「ISの絶対的信頼を失う事にもなる。それに、彼を狙ってる者に取っては格好の的だ。彼を余計危険な目に合わせるつもりか?」

 

『………しかし───』

 

「とにかく、今回の件は決して口外するな。今は余計な混乱を招くのだけは避けたい。話は以上だ」

 

男はこれ以上話すことは無いと、相手を返事を待たずに受話器を切り、溜め息を吐きながら椅子にもたれ掛かる。

 

「………これでは悪党だな。いや………元からか………」

 

隆道をIS学園に置く事は男も反対であった。しかし、彼を狙う者が相次ぐという報告も受けている。そんな中あの場所から引きずり出すなど、敵に餌を与えるようなものだ。

数少ない男性操縦者を失う訳にはいかない。彼は今まさに爆弾のようなものだ。起爆してしまえば世界中のあらゆるものが爆発し、取り返しのつかない混乱を招く事など直ぐに分かる。今後の事は学園に任せるしかない。

 

「………」

 

男は受話器を取り、電話を掛ける。数秒経ち、電話に出たのは若々しい女性の声。

 

『篠原です』

 

「熊田です。先程IS学園から柳隆道について連絡が」

 

『………そう、ですか。結果的にあの子はどうなるのです?』

 

「彼には学園内で治療をしていただき、完治次第再びデータ採取の方を」

 

『………分かりました。連絡ありがとうごさいます』

 

「いえいえ。………ですが、よろしいのですか?貴女の手に掛かれば彼を守る事など………」

 

『それは出来ません。あの子は私を酷く恨んでいるでしょう。それに、『過激派』に刺激を与える事になります。貴方側にも『敵』がいるように、此方側にも『敵』がいますので』

 

「………分かりました。しばらくは現状維持の方向で」

 

『この世界は、どこもかしこも敵だらけ。世の中上手くいかないものですね』

 

「ええ、全くです。………そういえばなんですが、娘さんは確か………」

 

『………はい。娘もIS学園に』

 

「大丈夫なのでしょうか。私の記憶が正しければ娘さんは………その………」

 

『ええ、私の教育がなってないばかりに………今の社会に染まってしまいました………。娘も、近い内にあの子に接触するでしょう。争うのは目に見えてます』

 

「………」

 

『私達は手を出すことは出来ません。見守る事しか出来ないのです』

 

「………分かりました。それでは篠原さん、またいずれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は戻り再びIS学園。今回の試合に関しては箝口令を出された。

試合が行われたのは学園全体に知れ渡ったことだが、その内容はクラス代表を決めるべく行われようとしたセシリア対一夏というだけ。

一夏ではなく、隆道が代わりに試合を行い、暴走し、重傷を負った事は一組と一部の教師しか知らない。

もし、公になればISに対する不信感だけでなく、事故とは言え彼に重傷を負わせたセシリアに飛び火が来る。

更には彼を保護すると押し通したIS学園、セシリアが所属するイギリス政府、彼に専用機を渡したIS委員会、そして日本政府にも火は廻る事は明白だ。多数の生徒の混乱を避ける為、一組全員に同意書を書かせるという徹底をする事により、今回の件は闇に葬られる。

その試合で起こった惨劇から数時間経ち、現在は夜。保健室には包帯で埋め尽くされた隆道と、それを見守る千冬の姿があった。

あの後直ぐに医療班が到着し彼を緊急治療室に、セシリアを保健室に運んだ。

彼女の方は絶対防御がフル稼働した為外傷は無く、痛みも徐々に消えていったので大事には至らなく、明日には通常通りの生活に戻れる。

鋼牙を受けた直後の記憶が曖昧になっており、そばにいた千冬に事の詳細を聞いた彼女は顔を真っ青に染め、自分が行ったことを激しく後悔した。事細かな事が重なってしまった不運過ぎる事故であるが、それでも悔やみきれない。

しかし悔やんだ所で現実は変わらない。一先ず彼女には落ち着いてもらい、今後の事は明日にでもということで、今回の件は口外するなと釘を刺し部屋に帰らせた。

まだ意識が戻らない彼は大手の病院で入院をしなければならないほどの重傷だ。それだけでも一大事なのだが彼を治療する際、とんでもないことが判明した。

彼の身体には無数の古傷があったのだ。しかも、外科医が処置したようなものではなく、明らかに素人がやったような歪な縫合痕が複数。それだけでなく小さな刺し傷も数ヶ所ほど。

彼の調査書にそのような治療を受けた経歴はない。つまり他者か、もしくは自分で治療した事になる。

あれほどの女性不信を見てしまえば凄絶な過去を経験してることは理解していたがここまで酷いとは思わなかった。

本来ならばここに居るべきではない。ISから遠ざけ、心身共に治療を行うべきなのだが、学園理事長がそれに待ったをかけた。

 

『柳隆道を狙ってる者がいる』

 

ある人物の情報によると、隆道をあの手この手で誘拐、または暗殺しようとする者が多数いるという。そんな物騒な輩が存在する中、まともに動けない彼を学園外に出すのは非常に危険だ。

外側も、内側も敵だらけ。彼の置かれてる状況がまさにそれだ。

 

「………私、は………」

 

自分のせいで彼をこんな目に遭わせてしまった。いや、十年前からであろうか。

もしあの時こうしていればと彼女は悔やむが、時既に遅し。悔やんだ所で彼の傷は癒える事はない。

 

「………何が教師だ。結局………私は他者を傷つける事しかしてないじゃないかっ」

 

IS業界で他者を払いのけ天下を取り、ある事を機に教師に務めた彼女は、何か自分が変わるかもしれないという気持ちはあった。

だが結局どこまでも現実主義な彼女は他者に、自分に、そして唯一の身内である弟に厳しく接していた。

何も変わっていなかったのだ。その結果招いたのが今回の事件。出来ることなら今回の責任を取りたいと思う彼女だが、それすら許されない。

 

「………変わらなければ。でないと───」

 

考えに耽った矢先、不意に扉が開かれる。入ってきたのは急いで走ってきたのか、息を切らした真耶であった。

 

「お、織斑先生。柳君の機体、なんですが………」

 

「何かあったのか?」

 

「ダメージレベルがDまで到達していたので、代わりとして訓練機の予備パーツを組み込んだのですが………。ええと、とにかく見て貰った方が早いです」

 

「分かった、直ぐに行く」

 

「お願いします。他の先生がここに直ぐに来るそうなので、………柳君の事は………その人に」

 

寝ている彼を見て真耶は俯いてしまう。彼女も今回の件は効いたらしく、千冬と同様に悔やみきれない気持ちでいっぱいだった。

そんな気持ちを抱えながら教師二人は、寝ている彼を後にし保健室を出る。

しばらくして教師一人が保健室へ来るが、彼女はある異変に気づく。

 

「………!?い、いない!?」

 

その異変とは、隆道が寝ている筈のベットマットがもぬけの殻だということ。彼がいなくなったことで彼女は慌て、千冬に連絡を取ろうとするがそれは遮られた。

突如背後から両腕を拘束され、壁に押さえ付けられてしまう。彼女もIS学園の教師だけあって、護身術は人並み以上あるが、自身に襲い掛かる力に抵抗が出来ない。

いったい誰がと軽いパニック状態になるが、その声を聞いて更なる驚愕が彼女に降りかかる。

 

「騒ぐんじゃ、ねえ………!」

 

「や、柳君………!?貴方、意識が戻って………!?」

 

「んなこと………どうだって、いいんだよ………!それよりも、首輪はどこだ………!」

 

「く、首輪………?」

 

何の事だか分からない、彼の専用機の事を言ってるのだろうか。咄嗟に答えようとするが、どうやら違うらしい。

 

「俺の右手首に巻いていた首輪に決まってんだろ………!どこにあるか言わねえと………」

 

彼がそういった途端、彼女は自身の首もとにひんやりとした感触を味わう。それが刃物であることは直ぐに分かった。

声からして彼は本気だ、言う通りにしないと自身が危ない。刺激をするなと千冬から警告を受けてる事もあり、彼女は直ぐ様彼に従うことを決める。

 

「あ、貴方の持ち物は………その机の引き出しに保管してあるわ」

 

そういって彼女は部屋の隅にある机を顎で指す。すると彼は乱暴に彼女を地面に叩きつける様に放り投げ、引き出しを漁った。

探していた首輪を見つけると直ぐにそれを右手首に巻き付け、部屋を出ようとする。傷が完治していない彼をまだ帰すわけにはいかない。

彼を引き留めようとするが、放り投げられた際に足を捻ったのか立ち上がる事が出来ない。

 

「ま、待って柳君!貴方はまだ安静に───」

 

「知った、ことかよ………。こんなところに………いられるか………」

 

そう一言言って、彼は足を引きずりながらも保健室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が保健室を出ていく数分前、第一整備室で隆道の機体を眺める千冬と真耶は驚愕に満ちていた。

 

「な、なんだこれは………」

 

「分かりません………。同じ打鉄なので、予備パーツを組み込んだだけなのですが……」

 

彼の機体は整備室に運ばれた当時、見るも無残なほどボロボロであった為、緊急処置として同型の訓練機である打鉄の予備パーツを組み込んだ。本来ならばつぎはぎの様な外見になるはずだったのだが───

 

「………パーツを取り込んだ、のか?」

 

「わかりません………それだけじゃないんです。細かな所も急激な速度で修復しています。こんなの見たことありません………」

 

組み込んだ予備パーツは直ぐ様銀灰色から黒灰色に変わっていき、その装甲の上には血管のようなラインが浮き出てくる。暴走時と違い赤く点滅はせず黒く色付いてるが、それが一層不気味に感じられる。

駆動系だけではなくフレームなども目に見えるほど急速に修復していき、既に新品同様な所までに至った。

これだけでも驚愕満載なのだが、この機体はそれだけで済むほどの物ではなかった。

 

「それと、柳君が暴走した前後のログと、新たに追加された項目がありまして………」

 

「………?」

 

真耶は千冬に彼の機体のログを見せる。そこに記録されたもの操縦者と機体における一部の警告ログだけであったが、千冬を更に驚愕させるのに十分な情報があった。

 

 

 

 

 

───警告ログ───

 

───操縦者の異常を確認。心拍数上昇。処置を実行。………ERROR───。

 

───操縦者の異常を確認。心拍数、更に上昇。処置を実行。………ERROR───。

 

処置を再度実行。───ERROR───。

 

ショ置ヲ再度ジッ行。───ERROR───。

 

ショチヲサイドジッコウ。───ERROR───。

 

───ソウ縦者ノ深刻ナ異常をカク認。心拍スウサラに上昇。処チを実コウ。………ERROR───。

 

───ソウジュウ者ノ深コクナ異常をカク認。心拍スウサラにジョウ昇。キン急処チを実コウ。………ERROR───。

 

………ERROR───。

 

………ERROR───。

 

………ERROR───。

 

───エネルギー残量16。ダメージレベルC。機体維持警告域に到達───。

 

───ソウジュウシャニシンコクナイジョウヲカクニン。シンパクスウサラニジョウショウ。キンキュウショチヲジッコウ。………EeeeeeeerrRRRROOooOrrrR───。

 

───操縦者の深刻な異常を確認。心拍数不安定。緊急処置を実行。………不可能───。

 

───深刻な心的外傷後ストレス障害と判断───。

 

───自己防衛システム『狂犬』を強制起動します───。

 

───警告。シールドバリアー機能停止───。

 

───警告。絶対防御機能停止───。

 

───警告。具現維持限界まで■■───。

 

───エネルギー残量2。ダメージレベルD。操縦者生命危険域に到達───。

 

───操縦者生命危険域超過。………具現維持限界に到達───。

 

───警告ログ終了───。

 

 

 

───追加兵装───

 

自己防衛システム『狂犬』

 

対■■絶対■■障■『■■』

 

──────────

 

 

 

心的外傷後ストレス障害(PTSD)………自己防衛システム………。暴走ではない………のか?」

 

千冬はそのおぞましい警告ログを見て背筋が凍る感覚を覚えた。

あの試合で隆道は、機体は暴走をしたのではない。常に彼の異常を感知した機体が、彼を守るために行った事なのだと察した。

しかしそれでは何故、カットする事の出来ない操縦者を守る機能が停止したのか疑問に残るが、真耶の説明により半ば納得する。

 

「この自己防衛システム『狂犬』は柳君が一次移行時に発現した物のようで、起動した時にはシールドバリアー処か絶対防御すら機能停止してますが………代わりに機体出力、パワーアシスト等が急激に上昇しています………」

 

「攻撃に特化させて相手を確実に倒し、操縦者の安全を確保するということか。………下手をすれば、機体が解除される前に死んでいた、ということになるな………」

 

「起動条件は彼の異常を感知する事以外にもあるようですが、文字化けしていて読むことは不可能です………。こんなの、あまりにも………!」

 

何てことだ、これではますます彼をISに乗せることが危険になってしまう。この自己防衛システムの発動条件が彼の異常を感知する以外不明だと、おちおち乗せる事が出来ない。

起動してしまえば隆道本人だけでなく、周囲の人間にまで危害が及んでしまう。

 

「それに、この『狂犬』に並ぶ追加兵装………。文字化けしていますが、これはいったい………」

 

「兵装内容も、起動条件も不明。恐ろしいものでないといいがな………」

 

「や、やめてくださいよ。縁起でもない………」

 

とにかくこのログで分かった事は、彼をISに乗せるのは非常に危険ということだけだ。

機体の修復速度など様々な事があるがそんなことは後回しだ、この事を委員会に報告しなければならない。

千冬は携帯を取り出し電話を掛けようとするが、操作する前に電話が鳴り響いた。

 

「………?」

 

着信相手は現在保健室にいるはずの教師から。なにか問題でもあったのかと電話に出る。

 

「織斑だ。なにか問題でも───」

 

『や、柳君の意識が戻ったんですが!保健室から逃げ出しました!』

 

「なにぃっ!?」

 

『まだ遠くには行ってないはずです………。追いかけたいのですが、すみません。足をやられてしまって………』

 

「分かった、直ぐに向かう。他の教師にも連絡を頼みます。山田君、柳の意識が戻ったが逃げ出したと連絡が入った。私は捜索に向かう。引き続き機体を調べておいてくれ」

 

千冬は真耶に一言言いながら電話を切り全速力で整備室を出る。

彼は意識を失う前、生きる事を諦めていた。その時の言葉が彼女の頭に焼き付いて離れない。

 

「頼むっ………!馬鹿な真似はしないでくれ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生が皆夕食を終える頃。夕食を済ませ、自室に戻る最中の一夏と箒はこれ以上ない位に暗い顔をしていた。

 

「なあ、箒………」

 

「言うな。それ以上自分を責めると私はお前をひっぱたく」

 

「………悪い」

 

彼はあの試合以降、自分を責めていた。自分が出ていれば隆道が怪我をせずに済んだかも知れない。しかし、変わりに自分が怪我をしたかも知れないという思いもあり、感情がごちゃ混ぜになっていた。

どうすればよかったのか。そもそも、セシリアの発言にカッとなった自分が原因なのではないかと、どんどんマイナス思考に陥っていく。

そんな彼を見て、箒は心底堪らなくなった。こんな彼は見たくない。昔のように強く、格好いい姿を見せてくれと願うが今の彼には難しいだろう。

そんな状態が夕食の時も続いてたのだ。そばにいる自分の身にもなってほしいと思う。

彼女だって今回の件は胸を痛めた。一夏の為に出来ることをし、あげくの果てには機体が不十分の状態だった彼の身代わりとして試合に出た隆道には頭が上がらない。

もちろんそれだけではない事は理解してるのだが、それをハッキリしようとするとまたしても引っかかりを覚えるだけであり、結局それが何なのかはわからない。

 

「一夏。これ以上悔やんでも仕方ない、今後の事は明日にでも千冬さんから聞けるはずだ」

 

「………ああ、そうだよな。これ以上考えた………って………」

 

「………一夏?」

 

一夏に声を掛けるが反応がなく、此方を見向きもせずにある一点を見ていた。彼女はその視線を追うと───。

 

「………!?」

 

「や、柳さん!?」

 

二人が見たものは、ふらふらになりながらも自室へ入っていった隆道の姿。もう意識が戻ったのかと直ぐ様追いかける。

 

「柳さん!身体は大丈夫なんですか!?柳さん!」

 

扉を叩くが、返事は一向に帰ってこない。あれだけの怪我をしたのだ。意識が戻ったところで安静にしていなければならない。現にふらついていた彼は危険な状態のはずだ。

いてもたってもいられない一夏は彼の返事を待たずに部屋に入ろうとするが、ドアノブを握った所でそれは止まる。

中に入って良いものか一瞬考えてしまうがそれは一瞬で吹き飛んだ。

 

「───!?」

 

「「!?」」

 

「──────!?!?」

 

彼の部屋から声にならないほどの叫びが聞こえ、暴れているのか物音が激しい。いったい何が起こっているのか分からないが非常事態だということを二人は理解した。

 

「─────────!?!?!?」

 

「一夏っ!!」

 

「ああっ!………くっそっ!!鍵がかかってる!!」

 

「待っていろ!今先生を───」

 

「織斑!篠ノ之!」

 

箒が教師を呼んでこようとした矢先に隆道を探し回っていた千冬に会う。どれ程走ったのだろうか、髪は少々乱れており息も少々荒い。

彼女は多少運動したところで息が上がる人間ではないのだが、今はそんなこと二人にとってはどうでもよかった。

 

「ここで柳を見かけたと聞いたんだが、彼は部屋にいるのか!?」

 

「千冬姉!柳さんはついさっき入ったばかり、なんだけど………」

 

そういって一夏は扉を指さす。千冬が近づくと隆道の叫び声が彼女にもハッキリ聞こえた。

 

「─────────!?!?!?」

 

「まずい!!」

 

彼女はマスターキーを取り出し、鍵を開け部屋に突入する。そこには蹲りながらのたうち回る隆道の姿があった。

彼女は彼を抱えるも、激痛が止まないのか激しく暴れようとする。今までこれほどもがき苦しんだ彼を見たことがない三人は戦慄した。

 

「柳!!しっかりしろ!!」

 

「柳さん!気を確かにっ!」

 

「な、なんで………お前らが───!?!?!?」

 

「柳!!ああくそっ。篠ノ之!織斑!誰でもいい!先生を呼んで───」

 

「やめろぉっ………!!」

 

今の彼はここにいる三人では手に終えない。篠ノ之に応援を応援を呼ぼうと千冬が言いかけたが、のたうち回る彼に腕を掴まれ阻止された。彼の顔は痛みによって酷く歪んでいるが、それに構わず千冬を含めた三人に向かって言い放つ。

 

「誰も………呼ぶんじゃ………ねえ………!!」

 

「しかし………!?」

 

「十数分で………治まる………。だから………誰も………!!!!」

 

「柳………。お前、は………」

 

絶対離さないと言わんばかりに彼女の腕を掴む彼の表情は苦痛であり、悲痛に満ち溢れていた。

どうしてそこまでしてと千冬は言いかけるが、それを今の彼に言ったところで何も変わらない。

彼の苦しみが治まったのは、言った通り十数分過ぎた後だった。

 

 

 

 

 

「………」

 

「柳………色々と聞きたい事がある。いったいこれはなんなんだ。さっきのあれは………?」

 

「鎮痛剤と精神安定剤って書いてあるだろうが、字ぐらい読めるだろ。さっきのは緊急用で、ただの副作用だ」

 

騒ぎから数分後、彼の部屋には一夏と箒、そして千冬の三人が隆道を囲む様に佇んでいる。当の本人は一夏の説得によりベッドで寝そべっており、完全に痛みが引いたのか非常に落ち着いてはいるが、千冬に対しては相変わらずの態度だ。

 

「いつからこれを………?」

 

「言うと思ってんのかよ」

 

彼の荷物を初めて見る箒と千冬は驚きを隠せない。何せ医療キットやら錠剤やら、通常は持つことのないものだらけ。風邪薬等の錠剤だったらそこまで気にも留めなかったが、鎮痛剤と精神安定剤だったら話は別だ。

更には開封したままの医療キットからは数々の器具がちらりと覗かせていたり、ゴミ箱には数日は経ったであろう血が固まった包帯が大量にある。いくらなんでも異常過ぎるのだ。

 

「………お前を治療する際、身体の古傷を見た」

 

「………」

 

「あんなのを見てしまえば、いったい今までどれ程の生活を送ってきたかは私には想像もつかない。だが、これだけは言わせてくれ」

 

「………?」

 

「………すまなかった」

 

千冬は頭を下げて隆道に精一杯の謝罪をする。信用などこれっぽっちもされてない彼に対し、今の彼女に出来ることはこれしかなかった。

 

「………今後の事は明日にでも伝える。それまで安静にしててくれ」

 

そう言って彼女は部屋を出る。一気に部屋は静まり返るが、何を思ったのか一夏は立ちあがり後を追うように部屋を出ようとする。

 

「お、おい一夏!」

 

「箒、悪いけど柳さんを見ててくれ。少ししたら戻るから」

 

「ちょ───」

 

一夏は彼女の言葉を聞かずに部屋を出てしまう。一人取り残された箒は彼を心から恨んだ。

 

(何故私が残るのだ!私は女なのだぞ!?この人にとっては敵もいいところではないか!!)

 

彼女の心情は最もだが、一夏はある確信があった。

 

『隆道は箒に対し敵意は無い』と。

 

この一週間、学園内で唯一敵意を向けられていない女性は彼女だけだということは理解した。敵意が無いのだったら、なるべく味方にしてしまった方が良い。

隆道も闇雲に牙を向ける人間ではないことは分かってるのできっと大丈夫だろうという一夏の判断である。

だがそんな事など知らない彼女は隆道と二人きりになってしまい、普段の覇気は何処へやら、次第に小さくなってしまった。

 

(う、うわあああぁぁぁ!キツい!これは非常に、予想以上にキツい!な、何か!何か会話をっ!)

 

異性など一夏としかまともに会話したことの無い彼女にとって今はまさに地獄に等しい状況。更には相手は三つ歳上ということもあり下手な事は言えない。完全に八方塞がりとなってしまった彼女は混乱の極みに到達してしまう。今なら入学初日SHRでの一夏の気持ちが分かった気がすると、今更ながらも何処かへ行った彼に心の中で謝っていた。

とにかく、この状況を打破しなくてはと彼女は模索するが一向に案が出てこない。頭から煙が出そうになったその時、隆道から話し掛けてきた。

 

「………なあ、篠ノ之」

 

「はっはい!………なんでしょうか………?」

 

「お前………自分の姉、篠ノ之博士をどう思ってる………?」

 

「───」

 

まさか彼から話し掛けてくるとは思わなかったが、その内容も彼女にとっては予想外だった。

姉が開発したISによって世界は変わり、自分の家族をバラバラにされ、好意を寄せてる幼馴染みと離れる羽目になった。

どう答えようかと思いふと彼を見ると、暗くはあるが真っ直ぐな目をして此方を見ている。彼は正直な思いを聞きたいのだろう、故に彼女は嘘をつかずに応えることにした。

 

「………私は………あの人が、嫌いです」

 

「………そうか」

 

「………私も一つ、いいですか?」

 

「………?」

 

「………私と、何処かで会った事ありますか?」

 

その質問で彼は目を大きく見開く。目をそらして数秒経ち、彼はゆっくりと応えた。

 

「………いや、会った事なんてねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏は隆道の部屋を出た直後、千冬の後を追っていた。彼女にあるお願いをするために。

 

「待ってくれよ千冬姉」

 

「織斑先生だと………まあいいか。どうした一夏」

 

プライベート呼びなど、本来ならば制裁を与えるところだが周囲には誰もいないこともあり、今回は諦めて千冬も彼の名前で応える。

しかし何か用でもあったのだろうかと彼女は疑問が出てくるが、一先ず聞くことにした。

 

「頼みがあるんだ。凄く大事なこと」

 

「………大事なこと?」

 

「クラス代表の事なんだけどさ───」


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