IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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第十三話

少年は空を見ている。

 

 

 

否、彼が見ているのは空ではない。

 

 

 

どこまでも青い空にある一点の物体。

 

 

 

それは人の形をした()()()()()

 

 

 

それは縦横無尽に空を駆け回り、剣を振るう。

 

 

 

少年は『恐怖』している。その()()()()()に。

 

 

 

「■■■………■■■■■■■■■■■■■■?」

 

 

 

少年は何かを呟いてるがノイズが走るかのように雑音が入り、聞こえはしない。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■………」

 

 

 

少年の顔は、酷く歪んでいた。

 

 

 

少年の心には、『負』の感情が芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───っ!?」

 

四月下旬の早朝。先程までぐっすりと眠っていた隆道は突如目覚め、とてつもない勢いで起き上がる。彼は身体中汗だくであり、息も少々荒い。

 

「はぁ………」

 

彼はまたしても夢を見ていた。しかし内容は以前見た憎む元母親ではなく、かつて自身が目の当たりにした世間を掻き乱し今の狂った世界となった事件。

全ての常識を覆す出鱈目にもほどがある兵器の出現により、周囲が、家族が、そして自身の全てが変わってしまったあの日が鮮明に写し出された。

 

「勘弁してくれ………」

 

彼は定期的に先程と全く同じ夢を見る。彼にとっては一番の悪夢であり、その夢を見た朝は決まって汗だくだ。というより彼はここ数年悪夢しか見ない。

クラス代表が決まった日から一夏と箒の世話になり、毎日保健室へ向かう際もなるべく生徒を近づかせないなどの粋な計らいによりストレスをかなり減らせる事が出来たが悪夢だけはどうにもならなかった。

 

「あーあ、またかよ………ったく」

 

身体は運動を終えたばかりのように汗が凄まじく、シャツが身体に張り付いている。悪夢を見る度に汗だくになるのはいい加減にしてほしいと彼は思いながら洗面所へ向かう。

シャワーの許可は昨日ようやく出た。風呂も調整の関係で使用出来ず、シャワーすら怪我のおかげでしばらく使えなかったのだ。気が済むまで浴びるとしよう。

 

 

 

彼は気づかない。悪夢を見た日は自分の顔が酷く歪んでる事に。

 

 

 

 

 

隆道の怪我は学園の設備のおかげか、傷は全て塞がり遠目からだとまず目立たない程になった。流石に以前からある古傷は消えはしないがそこは別に構わない。自分で処置していたらきっと傷痕は歪に残っていただろう、そこだけは感謝してもいいかと、彼は二秒くらい思ったそうな。

 

「そろそろ染め直すべきか………?」

 

シャワーを浴び終わり、着替えも済ませた彼は洗面台で自身の髪を弄っていた。

彼の髪は当然黒髪だ。両親は日本人なのだから当たり前である。

しかし、まるで()()()()()()()()()()()()かのように呟き所々髪を摘み確認している。

 

「時期的にそろそろだしな………買っておくか」

 

独り言を呟きながら洗面所を後にする。今日から学業に復帰できる彼だったが、既にSHRは始まっている。では何故教室に行かないのか、それは復帰する前にやることがあるからだ。その為に彼はある人物を待っている。

しばらく待ち、ようやく来たのか扉が叩かれる。扉を開けるとそこには千冬が佇んでいた。

 

「待たせたな、すぐに向かうが大丈夫か?」

 

「支度はとっくに済んでいる。さっさと終わらせようぜ」

 

「そうか、では向かうとしよう」

 

復帰する前にやること。それは隆道の専用機の受け取りだ。彼の怪我が完治したので再びデータ採取を行うことになる。

彼の怪我が完治するこの日までに数人の教員は彼の専用機は危険だから凍結、又は初期化するべきだと抗議していたが当然却下された。

彼が扱う機体は日本政府が用意したものだ。学園側がそのような勝手なことは許されない。

更に彼の場合は単なる男性操縦者のデータ採取だけでなく、『男性操縦者で一次移行した量産型第二世代』のデータ採取も目的としている。訓練機に乗せれば良いという案にも先手を打たれてた。

学園には生徒に外的介入は出来ない()()()()()()が存在するが、今回の様に政府が用意したコアと機体となれば話は別だ。機体に手を加える事が出来たのは政府から許可も貰ったからであり、それ以上の事は許可されていない。

そもそも、学園に配備されている機体は教員用と訓練機合わせて三十機も無いのだ。仮に訓練機を渡してしまったら生徒が授業や放課後に操縦する機会も減る。そうなれば飛び火はどこに行くか、少し考えれば分かることだ。

それでも教員達は引き下がらず、学園の者達を危険に晒すつもりかと抗議するが、政府はデータ採取を優先しろと一点張り。教員の叫びは一向に届かなかった。

 

 

 

 

 

IS学園側は知らない事だが、所属先とデータ採取を重点に置いているIS委員会とは違い、日本政府には様々な思想があった。

政府は彼が過去に受けてきた被害を知っている。厳密に言えば最近知ったと言うべきか。

彼が受けてきた半分以上の被害は女性優遇制度があったとしても裁判沙汰になるものだ。しかし、周囲の人間───恐らく女性に揉み消され世間に届く事はなかった。彼の適性が発覚した当日から徹底的に調査し、それが今になってようやく判明したのだ。

あまりにも悲惨なそれは、罵倒や奴隷の様な扱いをするのとは格が違いすぎた。このような仕打ちを受けてしまえば必ず何処かで心が砕け、自らこの世を去るはずだ。

だが彼は今まで生きてきた、生きてしまった。そして決して心が砕けず、歪んでしまった。

その事実を知った政府の人間は胸を痛めた。他の国より優れたISを、操縦者を手に入れるためにしてきたことが、このような人間を生み出してしまったのかと。

そして恐らく、いや間違いなく彼に似たような人間は世界中にいる。公になっていないということは揉み消されてるか、既に殺されているか。

彼等にそのような後悔が生まれるが、一部の人間はそれとは別の事に注視していた。

それは彼が二度目の転校をする直前の中学二年辺り───恐らく彼の狂気が生まれたであろう時期。

彼は、ある女性とその取り巻きに『報復』を行っていた。それも学校内で、大勢の人間を巻き込み両者共々血みどろになるほどの『見境なしの暴力』を。

周囲の人間はしばらく車椅子生活を余儀無くされ、報復対象は後遺症を残す程の重傷を負っていた。

その時の彼はバットで頭を殴られようが、ナイフで腹を刺されようが、頬を抉られようがお構いなしに暴れ狂う───まさに『狂犬』に相応しい様だった。

一部の人間はその『見境なしの暴力』に目をつけたのだ。

政府の人間───男性も何人かは過去に女性に虐げられた、又は現在も虐げられている者もいる。多少なりとも女性に憎しみを持っていたのだ。

彼等は期待した。女性不信の彼をIS学園に放り込み、いずれ彼女達に『見境なしの暴力』を見せ、それを振るうのではないかと。

そう、彼が学園の女尊男卑に染まった愚かな者達を潰してくれると願っているのだ。

その願いの最中に現れた彼の専用機に備わる危険なシステム。彼等は歓喜した、彼とこの機体があれば愚かな女共を潰してくれると。

彼も危険に晒す事になるが、やむを得ない。致し方無い犠牲だという狂った思想が出来上がってしまった。

狂った思想はそれだけに留まらない。残酷なことに他にも存在していた。

政府の人間には女性も存在する。彼女達は隆道の存在が許せなかったのだ。

自身が崇拝する千冬の弟ならいざ知らず、どこの馬の骨ともわからない男が神聖なISに乗るなど決して許してはならないという狂いに狂った思考を持っていた。

願うことなら彼を文字通り消したいが、直接そのような事をしようものなら自らの人生を棒に振ってしまう。そしてなにより自身の手を汚したくなかった。

自分の手は汚したくはない、だが彼は消したい。ではどうするべきか。そこで彼女達はある答えに辿り着く。学園にいる者達を使えばいいのだと。

彼をとことん追い詰めて自殺を、出来なければ事故を装った暗殺を。既に政府と繋がりを持つ人間には伝えており、後は実行してくれるのを待つのみ。仮に失敗しても良いように切り捨てる準備もしてある。彼女達は彼の死を願った。

彼の身を案じる者、男性の希望として期待する者、モルモットとしか見ていない者、女性を潰してくれと願う者、彼の死を望む者。

政府の善意と悪意の思想により彼は今後も一夏以上に振り回される事になる。

この世界は───どうしようもなく狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隆道がようやく学業に復帰し、今日からISの実技授業が開始される。

彼が復帰すると知っていた一組の生徒達は不安で仕方なかったが、一夏と箒のおかげで彼はだいぶ大人しくなっている。

生徒達はその光景に心底驚いていた。あれほど女性不信である彼が、箒と普通に会話している事に。

そしてあの試合の事もあってセシリアと揉めるのかと思いきや、彼は彼女と一度目を合わせただけで何も言及していない。あれほどの怪我をしたのに何も起こらなかったことに疑問に思い、同時に安堵した。

復帰早々暴走染みた事になってしまえば手に負えない。どうかそのままでいて下さいと生徒達は切に願った。

 

「やっと復帰出来ましたね。俺、柳さんがいない間不安で不安で」

 

「ああ、男はお前一人だったもんな。俺だったら発狂して暴れる自信があるぞ」

 

「それ冗談に聞こえないですよ………」

 

「全くです。…………本当に暴れませんよね?」

 

「お前ら、なんだその目は。暴れねえから身構えんな」

 

つい二人は彼に対しジト目になってしまう。彼は冗談で言ってるつもりだったが、これっぽっちも冗談に聞こえない。些細な事で何がどうなるかわからない以上下手な事は出来ないのだ。

相手が一夏と箒だから良かったものの、これが他の生徒だったら憎悪と殺意が一気に溢れ出す所だったであろう。

 

「そういえば、午後の授業でISを使った実技があるんですけど………柳さんは大丈夫なんですか?」

 

箒の一言で、聞き耳を立てていた生徒達は固まった。今一番に知りたいのはそれなのだ。復帰した彼は首輪を着けており、あれが専用機だと言うことも皆が知っている。出来ることならアレを目の当たりにする事は避けたい。代表候補であるセシリアですらあのような事になったのだ。ろくにISに触れていない彼女達が彼に太刀打ち出来るはずもない。

 

「アレの心配してんだろ?よっぽどの事が無い限り勝手に起動する訳じゃねえし、これそのものに手を加えてある。朝方受け取った時に一度展開したがなんともなかったから、まあ大丈夫だろ」

 

「大丈夫ならいいんですけど………」

 

「おい篠ノ之、だからその目をやめろ。俺が何をしたってんだ」

 

色々ととんでもないことをしてると隆道を除いた全員の心が一つになる。ついツッコミを入れたくなった生徒達だが何も言わないことにした。触らぬ神に祟りなしとはまさにこの事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食時間も終わり、午後の授業。今回からの授業はISを用いた実技を行う事が出来る。新入生は専用機持ちを除いて二度目となるIS操縦となるので期待で満ち溢れていた。そもそもISに乗る事がこの学園に来た理由なのだ。わくわくしないはずがない。

しかし、一組の生徒達に限ってはそのような期待感だけではなかった。

隆道とセシリアの試合を目の当たりにし、ISの危険性を認識したのだ。今の彼女達には他のクラスのようにISを軽く見る素振りはなく、顔つきもしっかりしている。

千冬はそれを見て、確信した。彼女達は他のクラス以上に伸びると。

そんな彼女達は今、ISスーツを着用している。その特殊なスーツはISを扱うに当たって必要であり、これを着ているか着ていないかで反応速度に違いが出てくる。

見た目はスクール水着の様なものであり、ボディラインがはっきりと出てしまうので女性は自身のスタイルに普段以上に気を遣っている。もしだらしない身体であったならば目を逸らしてしまうような悲惨な事になるのは間違いない。

勿論男性である一夏と隆道もISスーツを着る事になる。ただし、今現在普及してるISスーツは当然ながら女性用だ。彼等がこれを着てしまえば色んな意味で悲惨な事になってしまい、社会的に抹殺されるだろう。故に彼等には特注として初の男性用ISスーツが用意された。

一夏のISスーツは上下に別れており、腹が露出した物だ。隆道のISスーツは当初一夏と全く同じ物を着用させるつもりだったが古傷が見えてしまうのと、なによりサイズが合わなかった。

一夏の身長は172㎝に対して隆道は180㎝。ISスーツは着やすいように着用前は多少緩めてあるので、彼のISスーツが届かなかった場合無理に着る事も可能なのだが、着れない理由は身長だけではなかった。その理由は───。

 

「「「「「………」」」」」

 

「あの、柳さん………」

 

「………なんだよ」

 

「柳さんて………着痩せするタイプだったんですね………」

 

遅れてやってきた彼のISスーツは一夏とは違い腹も隠れた全身タイプだ。そして彼の身体は───男性ですら惚れ惚れしてしまうほどの肉体だった。

一夏も標準以上の筋肉をつけており、整った顔もあって女性を釘付けにするには十分の破壊力を持つ。しかし隆道の身体は一夏のそれを遥かに上回っていた。

山脈のような胸板を始め、両腕、両足はまるで鋼のように強靭な筋肉で覆われている。一番目に留まるのは腹筋であり、誰が見ても板チョコを連想してしまうかのようにくっきりと出ていた。

太過ぎず、細過ぎずな筋肉質の身体であり、それは正しく『漢』の姿。それを見た教員の真耶を始めとした生徒達は先程までの顔は何処へやら、顔を真っ赤にしてしまう。おまけに彼も一夏程ではないが整った顔をしてるので、流れでそれを見てしまった生徒の殆どはとうとう俯いてしまった。

千冬は彼が大怪我した際に一度見ており、その時はそれどころではなかった為に気にしなかったが、改めて見ると彼女ですら頬を染める。彼の肉体は女性にとって刺激が強すぎたのだ。

 

「あー………こほん。全員注目!これよりISの基本的な地上操縦を実践してもらうが、先ずは見学だ。織斑、オルコット、そして柳。ISを展開しろ」

 

このまま隆道の肉体に見蕩れる訳にはいかない。千冬は無理矢理生徒の注目を集め授業を再開することにした。

 

「それが織斑のISか。驚きの白さだな」

 

「はい、『白式』って言いまして、待機形態はガントレット………らしいんですけど………」

 

「どう見ても腕輪だな」

 

「やっぱり腕輪ですよね」

 

一夏は彼に右腕に装着されてある待機形態を見せる。表記ではガントレットと記されているのだが、誰が見てもそれは腕輪だった。何故これをガントレットと言い張るのか不思議でしょうがない。

 

「お喋りは後にしろ。オルコットは既に展開を済ませてるぞ」

 

二人が白式を眺めている間に既にセシリアは自身のIS『ブルー・ティアーズ』を展開していた。これ以上駄弁っていては授業に支障が出るので早々に切り上げる。

一夏は右腕を突き出し、腕輪を左手で掴む。隆道が休学している間に色々と試したのだが、このポーズが一番イメージ出来るのだ。

 

(こい、白式)

 

彼は心の中で呟くと身体は光の粒子に包まれ、純白のISが現れる。

 

───第三世代近接格闘型IS『白式(びゃくしき)』───。

 

それが一夏の専用機。肩部にある高出力ウイング・スラスターが特徴であり、これにより加速と最高速はトップクラスの性能を誇る。

隆道はそれをまじまじと見て、考えに耽る。

 

(この間のような感じはしない………。なんだったんだよあれは)

 

以前ピットで見た初期設定状態のISを見たときの恐怖感は無い。一夏のISは見たことなど無いのでやはり気のせいなのだろう。そう思うことにした。

 

「上出来だ織斑。だがいずれはポーズ無しで展開することだ。そうすれば展開まで一秒とかからなくなる。後は柳だけだが………。柳、決して無理を───」

 

「今やるから黙ってろ。………はあ」

 

隆道は首輪に手をかけ、目を閉じる。余計な事は考えるな、ISを纏うことだけを考えろと自分に何度も言い聞かせる。

 

 

 

そして───。

 

 

 

「………灰鋼」

 

 

 

その言葉と同時に彼の身体は灰色の粒子に包まれ、黒灰色のISは現れた。

 

 

 

「「「「「………っ!!」」」」」

 

───第二世代汎用防御型IS『灰鋼(はいはがね)』───。

 

彼女達はその禍々しい機体を目にして一気に表情が強張る。とうとう現れたと。

機体には真っ黒な血管の様な模様が装甲全体に行き渡っており、以前暴走に似た時とは違い赤く点滅はしてなく、所々に溝がある装甲そのものも鈍く発光せず光沢はない。

その機体に人一倍強く反応したのはセシリアだった。それも当然だ、隆道と機体の豹変を目の当たりにしたのは彼女なのだから。

彼女にとってそれは一種のトラウマとなってしまい、息も多少荒くなる。ISを纏っていなければより酷くなっていただろう。

 

───操縦者の各バイタルサイン正常。異常を確認出来ず───。

 

千冬は彼がISを展開してすぐタブレットを確認する。朝方は彼女一人しかいなかったが今は他の生徒───『女性』が多数いるのだ。もしかしたら起動してしまうかもしれないと不安が募ったが、それも杞憂に終わった。

 

「無事に展開出来たようだな。それでは二人とも、飛んでくれ。柳はそこで待機だ」

 

彼はセシリアとの試合以降一度もISを使っていない。システムが起動している時を除いて彼は一度も飛ばなかった事から飛行はまだ出来ないと千冬は判断、故に一夏とセシリアにだけ飛行を指示した。

彼女の一言で真っ先に行動に移したのはセシリア。流石は代表候補生とあってか、一気に急上昇し遥か頭上で静止する。

一夏も少々遅れて後に続くが未だ慣れていないのだろう、その上昇速度は彼女よりかなり遅いものだった。しかし、初心者にしては上出来の範囲だろう。

何せ一昨日までは放課後で展開や歩行などの基本中の基本しか行っておらず、急上昇と急下降は昨日習ったばかりである。

飛行は『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』で行うのだが、彼にはまだ感覚が掴めないようだ。

 

「織斑、もっと強くイメージしろ。スペック上の出力では白式の方が上だ。今は構わないが、何れオルコットよりも素早く急上昇するように」

 

「わかりました」

 

既に二人は空高くいるため通信回線を使用し会話をする。隆道も回線を繋いでいるため彼の声ははっきりと聞こえていた。

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

「飛行はまだ二度目なんだから大目に見てくれよ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ?反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「………また今度にしてくれ」

 

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 

楽しそうに頬笑むセシリア。その表情は嫌味や皮肉など一切ない、純粋に楽しいという笑顔だった。

隆道はハイパーセンサーによる補正でそのやり取りをしっかり見えていた。その望遠鏡並みの視力により地上二百メートルから一夏の睫毛まで見えるのだ。

ちなみに、これでも機能制限がかかっている。元々は宇宙空間での稼働を想定したもので、何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握するためなのだからこの程度の距離は見えて当たり前なのである。

そういった知識はどうでもいいとして、彼は一夏とセシリアのやり取りに疑問を覚えていた。

 

(あいつら、あんな仲良かったっけか)

 

とは思いつつも、別に人の人間関係に口を出すつもりはない。自分は彼女と仲良くするつもりはないがそれはそれ、これはこれなのだ。彼に味方が増えたのならそれでいいかとすぐに気にしない事にした。

彼は知らない事だが、一夏は何度かセシリアにISのコーチをしてもらい、そういった内に他人行儀を無くす意味合いもあって互いに名前呼びになる程の仲になった。

流石に代表候補生の指導だけあって一夏は歩行は難なくこなせるようになり、最終的には全力疾走が出来るレベルにまで成長した。

ISは飛行が主な操縦だが、何事も段階が必要なのだ。歩行が完璧になっただけものすごい成長である。

余談だが彼女の指導は色々な意味でかなり難しく、一夏が理解するのに滅茶苦茶苦労したという小話がある。箒にも説明をしてもらったのだがこれも色々な意味で難しかった。というか意味不明で役に立たなかった。

隆道もいずれ二人の説明を聞くことになるだろう。彼が頭を抱える事になるのはまだ先の話。

 

「オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。織斑は一定の速度で降下、完全停止だ。目標は地表から十センチとする」

 

「「了解」」

 

千冬の指示と同時にセシリアはすぐさま急下降、一夏はゆっくりではあるがそれに続いて降下する。

彼女は完全停止も当然のようにクリアし、彼は多少のズレはあったが無事に地表に辿り着いた。

 

「上出来だオルコット、流石は代表候補生。織斑は今後も訓練に励め。何れオルコットのように出来る日が来る」

 

「「はい!」」

 

「良い返事だ、それでは武装を展開しろ。柳にも参加してもらう」

 

「ん」

 

「織斑、オルコット、柳の順番で行う。では始めろ」

 

言われて一夏は機体を展開したときと同じく突き出した右腕を左手で握り集中する。それを強く握り締め集中が限界に達したとき、手のひらから光が放出され形として成立し、やがてそれは武器となる。

 

───近接ブレード『雪片弐型(ゆきひらにがた)』───。

 

(あれが織斑の武器か。変わった剣………いや刀か?)

 

彼の武装は刀より反りのある太刀に近く、既存のブレードとは違い鎬には溝がある。恐らく何かしらのギミックがあるのだろう。

 

「一週間練習したようだがまだまだ遅い、コンマ五秒で出せるようになれ。次はオルコットだ、武装を展開しろ」

 

「はい」

 

セシリアは真横に腕を突き出し、一夏とは違い光を放出することはなく一瞬でレーザーライフル『スターライトmkⅢ』が握られた。

その手際の良さに本来なら褒めるべきなのだが───。

 

「あわわわわ………」

 

「うわっ馬鹿!セシリア、引っ込めろ引っ込めろ!」

 

「………?」

 

周囲は顔面を真っ青にし、非常に慌ただしい。いったいなにがと彼女は視線を自身の武装に向けると、その銃口の五センチ先には隆道の頭が───。

 

「………」

 

「うひゃあ!!も、申し訳ありません申し訳ありません!!」

 

気づいた彼女は勢い良く武装を引っ込め、彼に何度も頭を下げる。それはもう命乞いのするかの如くに。

 

「………なんとも思ってねえからそれをやめろ、鬱陶しい」

 

彼はそんな彼女を見て一言だけ。故意ではないことはわかりきってるのでいちいち目くじらを立てる事もない。こんな些細な事など彼にとってはどうでもいいのだ。

 

「はあ………オルコット、そのポーズはやめろ。いったい誰を撃つ気だ、下手すれば大惨事だぞ。正面に展開出来るようにしろ」

 

「はいっ、申し訳ありません!必ず直します!」

 

本来なら何かしら言い訳をしようとしたのだろうが、これは彼女にはだいぶ効いたのだろう。自身のミスを直ぐに認めた。

 

「次から気をつけろ。次は近接武装だ」

 

「えっ。あ、はいっ。」

 

彼女は武装を直ぐに収納し、近接武装を展開しようとするが───光は形を成形させず空中を彷徨い、顔が強張ってしまう。

 

「くっ………」

 

「まだか?」

 

「ううっ………」

 

彼女は近接武装の使用、展開を苦手としている。よって未だに武装が現れないのだが、もう一つ新たな理由が最近出来た。

 

オ゛ル゛コ゛ット゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッッッ

 

近接武装を展開しようとするとあの時の───爆炎の中から飛び出した、血涙によって赤く染まった彼の顔が鮮明に写し出されてしまう。

彼女にとって完全なトラウマとなってしまい、元々苦手としてきた事に拍車が掛かってしまった。

 

「───ああ、もうっ!『インターセプター』!」

 

ヤケクソ気味に武装名を叫び、光の粒子はようやく武器として現れる。トラウマによって余計展開出来なくなった彼女が行った事は初心者用の手段、武装名を呼び展開する方法だった。

 

「………何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「………申し訳ありません」

 

「次までには直しておけ。………さて、最後に柳だ。射撃武装を展開してくれ」

 

「………『焔備』」

 

ようやくかと呆れながら隆道は自動小銃『焔備』を展開する。彼は当然初心者なので武装名を呼ぶ方法を取っても何も言われる事はない。

 

「よし、収納していいぞ。次に近接武装だが───」

 

千冬は彼の機体に格納してある基本装備を展開させようと指示を出そうとした。しようとしたのだ。

しかし、彼女の指示を聞く前に武装は消え、彼の右腕に爆発的な速度で()()()()が姿を現す。

 

「ひっ!?」

 

生徒の誰かが思わず小さな悲鳴を上げる。彼がコンマ五秒以下で展開したのは一組の生徒に、特にセシリアとって恐ろしい印象を与えたあまりにも暴力的な武装である『鋼牙』。

二度目の御披露目であるが、それは他者を嫌でも圧倒させる巨大な二本の杭。通称『盾殺し(シールド・ピアース)』。

この武装は『相手のシールド、装甲を確実に一撃で破壊する』というコンセプトで開発された。その威力は以前セシリアが弾丸の如く吹き飛ばされたことからわかるだろう。

しかしその威力の対価としてパワーアシストでも制御が非常に難しく、空中で使うものなら高度な操縦技術がいる代物であり、隆道が空中で使いこなすにはかなりの訓練が必要だ。では何故このような物があるのか。それは政府の一部による悪意の思想が原因だった。

使いこなせると思ってなかったが、ダメ元でこれを使って女性を潰してくれと願ったのだ。悲しくもその思惑は一度叶った。

彼等は今後も隆道に鋼牙を使わせるつもりだ。既に彼は政府の一部に踊らされていた。

 

「うっ………」

 

鋼牙を見てセシリアは顔を青くする。彼女はアレの威力を身を持って知っている。叶うならば今後は絶対に喰らいたくはない。

 

「………柳、人の話は最後まで聞け。そしてそれは収納しろ」

 

「………」

 

彼にしては珍しく直ぐに従い鋼牙を収納する。それと同時に全員が安堵し、胸を撫で下ろした。

 

「さて。専用機持ちの御披露目も済んだところで諸君にもISに乗ってもらう。専用機持ちは訓練機を運ぶため山田先生に付いて行ってくれ、それまでに私が諸君に今回の基本操縦について説明をする」

 

顔を赤くしたり青くしたり、焦ったり安心したりと忙しかった生徒達だがメインであるIS操縦はまだ始まってすらいない。既に彼女達には謎の疲労感が出ているが、本番は此処からなのだ。気持ちを切り替えて授業に取り組むべく一人一人が気合いを入れ直す。

 

「えと、はい。それではオルコットさん、織斑くん、柳くん。訓練機を取りに行くので付いてきて下さいね」

 

「行きましょう柳さん。………さっきはひやひやしましたよほんと」

 

「あ?お前らが勝手に怖がってるだけだろ。俺には関係ない」

 

「まあ、そうなんですけど………」

 

「んなこと今はどうだっていいだろ。それよりもあの牛眼鏡と馬鹿はもう行っちまったぞ」

 

今まで真耶を見向きもしなかった彼が放った彼女の初めて呼び名はまさかの『牛眼鏡』という酷過ぎるものだった。

確かに彼女は学園の中ではぶっちぎりの巨乳であり眼鏡もかけている。しかし幾らなんでも牛眼鏡は無いだろう。彼女が聞いたら泣く、絶対に大泣きする。

 

「う、牛眼鏡て………」

 

「あんな脂肪の塊ぶら下げてんだ、牛眼鏡で十分だろ。ほら、早く行くぞ」

 

「あっ、待って下さいよ!」

 

隆道は顔を引きつらせた一夏を置いて颯爽と歩き、それに遅れて彼も後を追う。

彼の歩く姿は二度目とは思えないほど自然な動きだった。

その後は千冬の厳しい指導によって生徒達はみっちりと操縦訓練に励んだが、始まる前から疲労したこともあって専用機持ちを除いた生徒は全員筋肉痛になったとのこと。

隆道はそんな彼女達を見て貧弱すぎるだろと思ったそうな。


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