IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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地の文微量修正。


覚醒する犬と鋼
第十五話


『ねえにーに。にーにもおかーさんのとこにいこーよ』

 

『父ちゃんとハルを置いていけないよ、僕はここに残る。………日葵とはお別れだね』

 

『ひまり、そんなのやだよ。………もうにーにとあえないの?』

 

『わかんない。………でも、きっと大丈夫だよ。きっと上手く生きていける』

 

『ぐすっ………ねぇ、にーに。いつかまた───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前日のクラス代表就任パーティーという名の裏工作を終えた後、自室の扉に挟まれていた怪文書を読んでから隆道は卓上で手を組んだまま俯き、そこから微動だにしていなかった。

彼の表情はこれ以上無い位に暗く、目は焦点が合わず、その下にはくっきりと隈が出来ている。とっくに日は跨いでおり、既に日が差し始める時間だ。

そう、彼は自室に戻ってから一睡もしていない。それ処ではないからだ。

 

「………」

 

彼は卓上にある首輪───自身の専用機をチラ見して、再び俯く。

怪文書を読んだ瞬間に彼の首輪が警告を最大限に発し、千冬が駆けつけて来たが直ぐに追い返した。一向に鳴止まないので即座に外し、机に叩き付けてそれからそのままにしてある。

どうやら警告は待機形態を装着している時限定である様で、外している時は発症したとしても鳴ることはない。むしろそうでなかったら困った所だ。毎度毎度警告が鳴っていたら頭がおかしくなってしまう。

 

「………どうして」

 

あの怪文書に記されていた一言───正確にはある人物の名前である『日葵』、そして苗字の『篠原』。どちらも覚えがある、というより忘れるはずがない。

片や自身が決して許す事の出来ない、特に憎む三人の内の一人である元母親の旧姓。そして片や自身に懐いていた実妹の名前。

きっと同じ名前だけであって別人のはずだ、あいつのはずがない。怪文書を見て数分はそのような考えだった。

 

「………」

 

自身とは三つ歳の差、つまりは十五歳。義務教育を終えて高校に入学している時期だ。それに加えわざわざ自身に向けたであろう怪文書。嫌でも結び付いてしまう。

誰がこの怪文書を寄越したのかなど彼にとっては重要ではない。

自室に送られてきた手紙、そしてそれに記されている名前。認めたくなくてもある結論に辿り着いてしまう。

 

 

 

───自身の実妹、『篠原日葵』はこの学園にいる。

 

 

 

「あぁ………」

 

両親が離婚して別れてから既に八年は経っている。あの頃とはだいぶ容姿は違うはずだ。もしかしたら既に顔を合わせたのかもしれない。

確かに彼は女性を嫌っている、それは確かのはずだ。今までもそうだったし、この学園に来てからもそれは変わらない。

一部の例外───『篠ノ之箒』がいるが、その理由は自分自身が良く理解している。

しかし妹はどうだ?三つ歳の離れた、それも自身に懐いていた実妹の事はどう思ってるのか?

元母親は憎んでいる。だがそれは父親を見捨てたからであって、妹は全く関係が無い。むしろ大人の勝手な事情で離れ離れになったのだから彼女を憎む理由など有りはしない。

 

彼女は自身を覚えているのか?

 

自分は彼女をどう思っているのか?

 

彼女は自身を覚えていたとしたらどう思っているのか?

 

自分は彼女とどう接すればいいのか?

 

彼女は今の社会───女尊男卑に染まってしまっているのか?

 

自分は───彼女が女尊男卑に染まっていた場合、どうすればいいのか?

 

「あぁ、くそ、くそ、くそぉ………」

 

妹と離れ離れになった当時は自身より良い人生を贈るだろうと考え、女性を敵と認識した数年後には彼女の事など考えない様にしていた。考えても仕方無いし、彼女が女尊男卑思考に染まるなど考えたくなかったからだ。

しかし、それが今になって一気に降りかかる。それは彼に重くのし掛かり、じわじわと確実に心を追い詰めていた。

 

「………ぁぁぁあああくそったれえがぁっ!!」

 

彼は限界が来たのか半ば発狂し、卓上にあるプラスチックボトル───精神安定剤を手に取り十粒ほど乱暴に口へと放り込む。水など一切飲まず、それを全て噛み砕いて。

 

「ぐうぅ………うぅぅ………」

 

もはや彼の思考はぐちゃぐちゃだ。過度の服用はするなと言われてるがそんなの知った事ではない。薬に頼り無理矢理自身を落ち着かせて数分後、目に留まるのは卓上に置かれている怪文書。

 

『篠原日葵に気をつけろ』

 

「………何動揺してんだよ隆道。ブレてんじゃねえぞ」

 

彼女を憎む理由など無い。しかし今となっては彼女も『敵』だ、染まっているのなら尚更である。

何を戸惑う必要があるというのだ。何度も自分に言い聞かせ、彼はようやく立ち上がり、首輪を着けて洗面所へ向かおうとしたその時───。

 

「柳さん、起きてますか?一夏です」

 

不意に扉が叩かれる、その声は一夏であった。そういえば昨日のパーティーの最中、明日は迎えに行くと言っていたのを思い出す。しかし今はなにかと都合が悪い、故に先に行って貰う事にした。

 

「………悪い、ちょっと色々あってな。約束しといてなんだが先に行っててくれ」

 

「え、大丈夫ですか?なんか昨日千冬姉が血相を変えて部屋に入ったようですけど」

 

「それはもう終わってる。SHRまでには行くから俺の事は気にすんな」

 

「………わかりました。無理はしないでくださいね」

 

そういって彼の足音は次第に遠くなっていく。顔を合わせず扉越しで申し訳ないと思いつつも彼は再び洗面所へ向かった。

 

「こんな調子じゃ、長く持たねえな………くそったれ………」

 

 

 

───物語はまだ序章に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑君、おはよー。ねえ、転入生の噂聞いた?」

 

「転入生?今の時期に?」

 

隆道を置いて朝食を済ませた後の教室。席に着くなり突如クラスメイトに話しかけられた一夏はその内容に疑問を抱いていた。

入学当時は女子に囲まれるという今まで経験したことのない環境のおかげで胃や精神が常にダメージを負う日々だった。しかし数週間も経てばいい加減慣れるもので、現在はそれなりに女子と会話は出来るようになっている。

 

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

「ふーん」

 

今はまだ四月だ。入学ではなく転入というところに疑問が残る。IS学園は入学も当然だが、転入はそれ以上に厳しいはずだ。試験は当たり前として、国の推薦が必要なのである。

代表候補生だから国の推薦は十分有り得るとして、何故入学ではなく転入なのだ?その辺りがよくわからない。

少し思考を巡らせたが、きっとなんやかんやで遅れたんだなと彼は考えるのを止めた。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

「………」

 

「………な、なんですの一夏さん、その目は」

 

「いや別に」

 

代表候補生という単語に反応したのかセシリアは朝っぱらから腰に手を当てたポーズ───所謂ドヤ立ちと同時にドヤ顔を炸裂させる。その姿は様になっているのだが、彼にとってセシリア=馬鹿という方程式が確立してるのでどうしても間抜けに見えてしまい、ついジト目になる。

何かしらの本で『優秀だが一周回って馬鹿』という言葉を見たことがあるが、きっと彼女のような人間を指す言葉なのだろう。そう思うとしっくりくる一夏であった。

何故か物凄く馬鹿にされてる気がする。そう感じた彼女は咳払いをし無理矢理に話を変える事にした。

 

「ンンンッ!それよりも一夏さん、柳さんはどうされたのです?お見えになりませんが………」

 

「あー………遅れるって言ってた。SHRまでには来るらしいんだけど………」

 

「けど?」

 

「いや、扉越しに言われたから顔は見てないんだけど、声だけで分かるくらいすっげえ機嫌悪そうでさ。昨日解散した後にち………織斑先生が血相を変えて柳さんの部屋に入ってったから何かあったんだと思う」

 

一夏は感じ取っていた、隆道の様子がおかしい事に。扉越しの会話の時、一夏に対しなるべく表に出さない様にしていたのも察した為、教室に来るよう無理強いはせずそっとしておく事にしたのだ。

 

「まあ、しばらくすれば落ち着くと思う。八つ当たりするような人じゃないし、変にちょっかい出さなければ何もしないさ」

 

「………まあ柳さんについては置いておきましょう。先程わたくしが言ったことは冗談として、この時期に転入など代表候補生であれど確かに妙ですわね」

 

「(冗談には見えなかったぞ)だよなあ」

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう?騒ぐほどのことでもあるまい」

 

教室に着いた際自分の席に向かったはずの箒だったが、いつのまにか彼の側におり話に入ってくる。流石の彼女も口ではああ言うものの、噂に敏感なのだろう。

 

「どんなやつなんだろうな」

 

「む………気になるのか?」

 

「ん?ああ、少しは。それに………」

 

「………?」

 

確かに気になる事は確かだ。代表候補生なのだから強いのだろう。しかし、彼は別の事を気にしていた。異国の人間だろうが代表候補生だろうがどうでも良いくらいに重要な事を。

 

「入学当初のセシリアみたいに噛み付いてくる奴だったらさ、柳さん大丈夫かな………って」

 

「あー………」

 

「ぐぅっ………み、耳が痛いですわね………」

 

転入したばかりなら彼の事は知らないはずだ。男だからと手を出し、そして思い知る。良い例としてセシリアは彼に噛み付き、返り討ちにあった。

教員が既に彼について伝えてあるなら大丈夫であろうが、もしそうでなかったとしたら───。

 

「………ああ全く!柳さんの話はやめだ!そもそもかつてのセシリアみたく噛み付く奴が悪いのだ!それよりも、今のお前に女子を気にしてる余裕があるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのに」

 

「ちょ………。そ、そう!そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、そろそろ実戦的な訓練をしましょう。今こそ他のクラスと差を広げるチャンスでしてよ」

 

無自覚に追撃を放つ箒の精神攻撃によってダメージを受け、表情を暗くするセシリアだったがいちいち怯んではいられない。彼にはなんとしても勝って貰いたいのだ。

それは何故か。理由はクラス対抗戦の優勝賞品が目当てであった。

クラス対抗戦とは、クラス代表同士によるリーグマッチである。スタート地点付近での実力指標を作る為の行事だ。また、クラス単位での交流および団結の為のイベントでもある。

士気の向上の為に優勝クラスには賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。物で釣れば人間など簡単に動かせるので世の中は案外単純なのかもしれない。

 

「まあ、やれるだけやってみるか」

 

「やれるだけでは困りますわ!一夏さんには勝っていただきませんと!」

 

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

 

「織斑君が勝つとみんなが幸せだよー」

 

クラスメイト全員はあれやこれやと好き放題言ってくれるが、言われてる張本人の一夏はとてもじゃないが自信に満ちた返事は出来なかった。

専用機を持った事により他クラス代表と比べて練習量は現時点で差は出来ているが、未だ基本操縦から抜け出せてないのでこの先どうなるかはわからないのだ。

 

「織斑君、がんばってねー」

 

「フリーパスのためにもね!」

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

そんな彼の心情など知らずにやいのやいのと楽しそうな女子一同だが、聞き逃すことが出来ない一言があった。

 

「へっ?四組のクラス代表も専用機持ち?待ってそれ初耳───」

 

専用機持ちが他にいるなど聞いたことがなかった。あるいは聞いてはいたが単に頭に入っていなかっただけか。

今となってはどちらでもいい。彼はその情報を詳しく聞こうとしたが、それは突如遮られる。

 

「───その情報、古いよ」

 

教室の入り口から聞こえる声。その声に一夏は聞き覚えがあった。

その方向を向くと、腕を組み片膝を立てて扉に凭れているドヤ立ちの少女が一人。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」

 

「鈴………?お前、鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰 鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

小さく笑みを漏らす彼女のツインテールが軽く左右に揺れる。

ドヤ立ちとドヤ顔のダブルインパクトによって華々しい登場を成功させた彼女だったが───。

 

「何格好付けてるんだ?すげえ似合わないぞ?」

 

「んなっ………!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

 

───彼の前ではいまいち効果が無かった。

それもそのはず、既にドヤ立ちとドヤ顔はセシリアで見ているので既視感が凄まじかった。

それに加え、先程のセシリアの行動によってドヤ立ち+ドヤ顔=セシリア=馬鹿と彼の脳内ではその様に成り立ってしまい、その結果としてドヤ行動=馬鹿という方程式が出来上がってしまったのだ。鈴音の学園デビューは儚く散ったのである。

ちなみに彼も隆道の前でドヤ顔ダブルソードという奇妙なドヤ行動をしてるのだが、そんなことはすっかり忘れている。棚上げとは正にこの事であった。

そんななんとも言えない雰囲気を漂わせる状況だったが───。

 

「「「あ」」」

 

「あ………?何を───」

 

 

 

 

 

突然であるが、『恋は盲目』という言葉をご存知だろうか。

意味としては『恋は人を夢中にさせ、理性や常識を失わせるものだというたとえ。』である。

今回においては鈴音の場合だと『一夏に夢中になり、持ち前の勘が麻痺する』であろうか。

何が言いたいかと言うと───。

 

 

 

 

 

「おい」

 

「なによ!?今取り込み中───」

 

彼女は苛立ちを全面に出しながら振り向く。相手が誰なのかを知らずに。

 

「邪魔だクソチビ」

 

彼女の前に佇むのは身長180㎝の常に無表情で濁った目を、更にその下には酷い隈を持つ二人目の男性操縦者、隆道である。

そう、彼女は自ら関わるべきではないと決めた人物の接近を許してしまったのだ。

 

「───」

 

彼女は何も言わず横に避けた。それしか選択肢が

思い浮かばず、逆らおうとするものなら八つ裂きにされる、そう感じたのだ。

 

「おはようさん二人とも。今朝は悪いな」

 

「あ、いえ。気にしてませんよ」

 

「そうか。んなとこいないで席に着いた方がいいぞ、ブリュンヒルデ様と牛眼鏡がすぐそこまで来てるからな」

 

皮肉全開に千冬の二つ名と酷すぎる真耶のあだ名を言い放ち彼は席へ向かう。既に落ち着いてるのか、朝方に感じた機嫌の悪さは治っていた。

ちなみに彼が言った二人とは当然一夏と箒であって、セシリアはガン無視。アウト・オブ・眼中だった。

 

「清々しいほどの無視でしたわね………目すら合わせてくれませんでしてよ………」

 

「こればかりは仕方ないだろう。罵倒を受けないだけマシだと思え」

 

「それよりも先生達近いみたいだから席着こうぜ。ほら鈴、早く教室に戻っ………鈴?」

 

「───」

 

彼女は微動だにしなかった。それは正に、動かざること山の如し。

───というか気絶していた。

 

「え?嘘だろ?何で気絶してんの?」

 

「この気絶様………もしや、昨日既に柳さんにちょっかいを出したからなのでは………?」

 

「いやいや、無いだろう。昨日は部屋に戻るまで私達と一緒だったのだぞ?」

 

昨日はほぼ一夏達と一緒にいたのでちょっかいを出すなどあり得ない。出せるとするならば彼の夕食を取りに行ってる間くらいだ。

しかし、もしセシリアの言う通りなのだとしたらなんて命知らずな奴なんだと思わざるを得ない。

実際は持ち前の勘が急遽戻った事により隆道の危険性を目の当たりにしたからなのだが、彼等は知るよしもない。

絶賛気絶中の鈴音。既にSHRまで秒読みとなり、周囲はどうしたものかと考えてはいたが───それも空しく更なる追撃が彼女を襲う。

 

「い゛っ!?な、なにっ!?」

 

彼女の頭部に衝撃が走り意識が覚醒し、突然の激痛に周囲を見渡す。その正体は痛烈な出席簿打撃。───鬼教官登場である。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん………」

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません………」

 

千冬の圧倒的存在感の前では反論など無意味、すごすごと扉から離れる。彼女は元から千冬を苦手としており、逆らう意思など存在しないのだ。

 

「またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏!」

 

「さっさと戻れ」

 

「は、はいっ!」

 

脱兎の如く二組へ逃げる様に向かう鈴音。その光景を見て昔のままだなと一夏は思ったそうな。

入学初日は格好付けて登場のはずが一夏により出鼻を挫かれ、隆道の急接近により意識は飛び、千冬の物理的制裁によって心身ともに大ダメージを受けた。

その姿は高校デビューをしようとして見事に大失敗した世の中を甘く見る人間そのもの。目も当てられない位散々であった。

 

「っていうかアイツ、IS操縦者だったのか。初めて知った」

 

「一夏さん、彼女とお知り合いだったのですね」

 

「………一夏、色々と今更だが今のは誰だ?えらく親しそうだったな?」

 

それを筆頭に生徒達からの質問集中砲火の餌食となる一夏。しかし今は既にSHRの時間だ、よって───。

 

「席に着け、馬鹿ども」

 

鬼教官こと千冬による出席簿制裁がほぼ全員に火を噴く。無事なのはとっくに席に着いてる隆道と、一夏が質問の波に呑まれる前にさっさと席に着いたセシリアの二人。完全に一夏はとばっちりなのだが致し方無しであった。

 

 

 

 

 

(さっきの女子はなんなのだ………一夏とずいぶん親しそうに見えたが………)

 

現在は授業中。ほぼ生徒全員が真面目にノートを取る中、箒は朝方の一件が気になって授業に集中出来ないでいた。

一言二言だけの会話であったが、一夏と鈴音のやり取りがまるで幼馴染みと再会したようなものでいてもたってもいなれなかったのだ。詰まる所軽い嫉妬である。

彼女は誰なのだろうか、まさか彼女も彼に好意を寄せてるのだろうかと授業などそっちのけ。

セシリアはまだ良い。一夏と親しげなのはそうだが、様子を見る限り好意を寄せている訳ではないので別に気にはしなかった。

 

「………」

 

しかし、冷静に考えてみれば大したことではなかった。

一夏と同じ部屋、二人きりの時間が圧倒的に多いのは自分自身だ。それに休み時間の時は隆道の所に行くので誰も近付いたりはしない。アドバンテージは揺るがない。

自分の優位性に一人楽しげにする箒であったが、時と場所が悪かった。

 

「篠ノ之、答えは?」

 

「は、はいっ!?」

 

突然名前を呼ばれ素っ頓狂な声を上げる彼女。───そう、今は授業中。更に現在の授業を担当しているのは千冬である。

 

「答えは?」

 

「………き、聞いていませんでした………」

 

小気味のいい打撃音が鳴り響く。彼女は将来ある意味大物になるかもしれない。

箒の頭に出席簿制裁が炸裂している頃、セシリアはノートにシャーペンを走らせている。一見真面目に取り組んでいるように見えるが、書かれているのは文字ですらない線のようななにか。彼女も授業そっちのけだった。

 

(今後どのようにすれば………彼と打ち解ける事が………)

 

思うは自分などその辺の石ころ処か眼中に無かった隆道の事。

試合を終わらせたあの日に彼の事を知りたいと思い始めたが、進展など少しも進んでいない。しかもゼロではなくマイナスだ。

現在把握してる事と言えば、彼が重度の女性不信、ISに対する嫌悪、PTSD、そして惚れ惚れするような肉体を持つ事のみ。

彼が教室に入った際、挨拶をしようと思ったのだが目すら合わせてくれなかった。下手に近づくと変に拗らせる事になるので此方からはどうにも出来ないのだ。

 

「………」

 

現時点で彼とまともに会話出来るのは一夏と箒の二人のみ。

一夏については理解出来る。同じ男性同士なのだから女性だらけの環境で仲良くなるのは至極当然の事。逆に仲が悪くなる所が想像出来ない。

しかし、箒の方はどうしても理解出来なかった。彼は女性不信のはずにも関わらず彼女と親しげに会話している。

しかも彼女は篠ノ之博士の実妹だ。本来ならば女性不信に拍車がかかるはず。

ますますわからなかった。彼女にあって自分には無いもの。それが一向に浮かび上がらない。

 

(このままではいけませんわ。何かきっかけを………)

 

聞けば彼は昨日一夏とアリーナでISの訓練をしたと言う。一切ISに乗らないという訳では無さそうなので、一夏と一緒に訓練を指導するという形であれば接触は可能だろうかとセシリアは考えた。

断られる可能性はかなり高いであろうがそれでも構わないし、接触出来たとしてもいきなり親しげに接する必要はない。そんなことをすればただの馴れ馴れしい奴だ、段階を踏んで少しずつ打ち解ければ良い。

 

(となれば、さっそく今日の訓練にお誘いを。どのように声をかければ………)

 

「オルコット」

 

「………さりげなく誘うとか。いえ、もっと効果的な………」

 

「………」

 

彼女の自慢であるふんわりとしたブロンドの髪が出席簿によって打撃音と同時に圧縮される。箒と同様に将来大物になるかもしれない。

 

(何やってんだあいつら)

 

そんな光景を見ている隆道は足を組んで椅子に凭れるという、授業を聞いていなかった箒やセシリアよりも酷い態度であった。

教科書を開いて授業を聞いていたりと以前よりマシにはなっているので進歩したと言えよう。

 

(………今日の飯どうすっかな)

 

しばらく購買には通っていない。最後に通ったのは専用機を受け取る二日前の金曜日であり、大怪我をした後は一夏達が食事を持ってきてくれていた。

昨日の昼は自室の缶詰を消費して夜もまた一夏達の調達で済んでいる、そろそろ購買に足を運びたい所。

前半は彼なりに授業に取り組んでいたが、既に彼は昼食の事しか頭になく授業など知らん顔だ。

 

「柳」

 

「………」

 

「………はあ」

 

彼は制裁を受けた二人と違って聞こえてはいるが相変わらずの無視、相手が千冬ですら態度を変えない。

無視だけなく態度も最悪なので普通は制裁待った無しなのだが、千冬は諦めたのか何もせず彼から離れた。

 

(ふ、不公平だ(ですわ)………)

 

箒とセシリアはそう思ったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前のせいだ!」

 

昼休みになって、箒が一夏に対して言い放った最初の一言がこれである。

 

「なんでだよ………」

 

彼女は午前授業だけで真耶に五回ほど注意され、千冬に三回ほど制裁という名の出席簿アタックを食らっている。そして叩かれる度にまた彼の事を考え、結果また叩かれるという悪循環。どう考えても彼は悪くなかった。

セシリアも箒と同様に真耶に注意されたり千冬に叩かれまくったりしたのだが此方の対象は隆道、文句など言えるはずがない。もしかしたら二人は似た者同士なのだろう。

ちなみに隆道は担任と副担任の二人だけでなく普通教科を担当する教員も含めて十回以上の注意や名指しを受けてるが当然全て無視。やはり不公平である。

 

「まあ、話なら飯食いながら聞くから。とりあえず学食行こうぜ」

 

「む………。ま、まあお前がそう言うのなら、いいだろう」

 

「よし、後は柳さ………あれ?いない………」

 

今日こそ隆道を昼食に誘おうとした一夏だが、既に隆道の席はもぬけの殻。周囲を見渡しても彼の姿は見当たらない。

 

「柳さんでしたらもう出ましたわ。真っ先に」

 

「は、はええ………。まあ、いいか」

 

こんなことなら予め誘っておけばよかったかと思ったりもした。しかし、よくよく考えれてみれば彼のことだ、女子が密集する食堂になど行きたがらないよなと今更ながら結論が出る。

今回も誘う前にいなくなってしまったが、次は前もってダメ元で誘ってみよう。そう決心した一夏であった。

 

「セシリアはどうする?」

 

「………よろしいのですか?」

 

「別に構わないだろ。なあ、箒」

 

「む、むう………。まあ、構わないぞ」

 

本当は二人きりが一番良いのだがと箒は歯痒い気持ちになるがセシリアならいいかと妥協した。

この男、相変わらず異性に対して鈍感である。いつか刺される日が来るのではないか。

そんな訳で三人で食堂へ向かうのだが、その後ろには某RPGを思い浮かべるほどクラスメイト数名が付いてくる。これももはや慣れたものなので彼は気にしていない。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

食堂に着いた一夏一行は食券を買おうとしたのだが、そこに立ち塞がるは朝方散々な目にあった鈴音であり、既にラーメンを乗せたお盆を持っている。その姿は堂々としているが、彼女が立つ場所は券売機の前。単純に邪魔でしかない。

 

「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」

 

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

 

「わかってるなら早くしてくれよ。それ、のびるぞ」

 

「わ、わかってるわよ!大体、アンタを待ってたんでしょうが!なんで早く来ないのよ!」

 

何故早く来ないといけないのだろうか。一応これでも早く来たというのにあまりにも横暴である。しかし、彼女がうるさいのは昔から変わらないので今更どうということはないと、彼は彼女を放棄して食券を買ってカウンターの担当者に渡す。

ここの食堂にあるメニューは勿論高いクオリティなのだが、何より出来るのが速い。大体三分も待たずに出てくる。いったいどのような技を使っているのだろうか。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

 

「げ、元気にしてたわよ。アンタこそ、たまには怪我病気しなさいよ」

 

「どういう希望だよ、そりゃ………」

 

あまりの無茶ぶりに彼は顔を引きつる。いったい彼女は何を望んでいるのだろうか、彼には到底理解出来なかった。

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

「盛り上がってる所申し訳ないのですが一夏さん。注文の品、出来てましてよ?」

 

「ああ、悪い。向こうのテーブルが空いてるな。あそこ行こうぜ」

 

箒とセシリアによって会話が中断される。確かにここだと他生徒の邪魔になるのは確かだ、いつまでもここで駄弁る訳にはいかない。周囲を見渡すと、丁度良く空きのテーブルが目についたので其処へ三人に促す。

 

「ね、ねえ一夏。その、アイツ………二人目は?」

 

「え?………ああ、柳さんの事か。昼はいつも何処かに行くんだよ、食堂にはまず来ないな」

 

「そ、そう………」

 

それを聞いて安心したのか彼女は盛大に安堵する。やはりコイツ何かしたのではないかと考えてしまうが、今はテーブルに向かうことが先だ。

しかし流石はIS学園の食堂。人は多く移動するだけでも時間がかかり、席に着くだけでもそれなりに苦労した。

 

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ?おばさん元気か?いつ代表候補生になったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見たときびっくりしたじゃない」

 

彼は丸一年ぶりの再会ということもあって、鈴音に怒濤の質問を繰り出す。彼にとって彼女は付き合いの長い人間なので、空白期間が気になるのだ。

しかしこれを面白くないと思う人物が目の前にいる。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明して欲しいのだが」

 

「そうですわ一夏さん。もしや、此方の方と付き合ってらっしゃるんですの?」

 

箒は親しげにしている二人を見て苛立ちを感じ、セシリアは単純に疎外感を感じたため若干刺のある声で彼に問い掛ける。周囲の人間も興味津々なのか頷いて聞き耳を立てていた。

 

「べ、へべ、別にあたしは付き合ってる訳じゃ………」

 

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼馴染だよ」

 

「………」

 

「?何睨んでるんだ?」

 

「なんでもないわよっ!」

 

それを聞いてセシリアは納得した。ああ、この人も箒と同様彼に好意を寄せているのかと。

まだ恋というものは経験が無いため羨ましいと思いつつも大変そうだなと彼女は思った。

 

「幼馴染………?」

 

「あー、えっとだな。箒が引っ越していったのが小四の終わりだっただろ?鈴が転校してきたのは小五の頭で、中二の終わりに国に帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」

 

つまり箒と鈴音は入れ違いなのだ。面識が無いのも当然であった。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ?小学校からの幼馴染で、俺の通ってた剣道場の娘」

 

「ふうん、そうなんだ」

 

鈴音は箒をじろじろと見る。箒も負けじと彼女を見返していた。

 

「初めまして。これからよろしくね」

 

「ああ。こちらこそ」

 

そういって挨拶を交わす二人。この時二人は確信したのだ、相手は恋のライバル同士だと。

誰が見ても分かるように火花を散らし、メンチビームを彷彿とさせる睨み合いが続く。少なくとも女性がしていい目ではなかった。

それを他所に、またもや疎外感を感じたセシリアは自分の存在を認識してもらうために二人に割って入る。

 

「ンンンッ!わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

 

「………誰?」

 

「なっ!?わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存知ないの?」

 

「うん、あたし他の国とか興味無いし」

 

「な、な、なっ………!」

 

言葉に詰りながら顔を赤くしていく彼女。なんか既視感が凄いと彼は思わずにはいられなかった。

 

「い、い、言っておきますけど、わたくし貴女のような方には負けませんわ!」

 

「そ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

そう確信じみた、嫌味でない言い方をする彼女。これが彼女の素なのだ。

しかし、嫌味でない分怒りを表す人も存在する。言葉は時と場合によって尖った刃物と化すのだ。

それを聞いた箒とセシリアは怒りを露に───はせず、逆に冷静になり食事を止めた。

箒は何も知らない彼女を見て井の中の蛙と思い、セシリアは以前まであった自分のような傲慢な態度に自己嫌悪を感じたのだ。

それに対して彼女は何食わぬ顔でラーメンをすすっている。何も知らないというのはなんと幸せな事か。

 

「一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」

 

「お、おう。色々あってな」

 

「ふーん………。あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

 

目線だけを向けて、彼女にしては歯切れの悪い言葉を彼に向ける。誰が見てもそれは彼と一緒になりたいという下心、操縦を見るなど二の次なのは丸分かりだ。

箒はそれを見て危機感を感じた。彼は異性に対しては凄い鈍感だ、きっと何も考えずに返事をするだろう。そう思っていたのだが───。

 

「………いや、今は遠慮しとく」

 

「………え?」

 

「だって鈴音はクラス代表なんだろ?来月クラス対抗戦があるのにそれってなんかおかしいだろ」

 

「あ、えと………」

 

彼女は予想外の返答につい吃ってしまう。まさか断られるとは思っていなかったのだ。昔は二つ返事で返したというのに。

以前までの彼だったら考え無しに返事しただろう。しかし、隆道の存在と濃厚な出来事によってこの短期間で色々と学んだのだ。彼女が知らない内に彼は着々と成長をしていた。

 

「まあ、その話はいいだろ。それよりもさ、親父さん元気にしてるか?まあ、あの人こそ病気と無縁だよな」

 

「あ………。うん、元気───だと思う」

 

戸惑う表情から一変、彼女の表情は陰りが差したのを見て彼は違和感を覚えた。

 

(あ、なんかまずいこと言ったか?)

 

「そ、それよりもさ、今日の放課後って時間ある?あるよね。久しぶりだし、どこか行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ」

 

「(無理矢理話変えたな………これ以上はよそう)あー、あそこ潰れたぞ。それに俺は外出届出さないと外出れないからどっちにしろ無理だけど。放課後はクラス対抗戦に向けた訓練もあるしな」

 

「そ、そう………なんだ。じゃ、じゃあさ、夕食の時でもいいから。積もる話もあるでしょ?」

 

「夕食なら………柳さんも一緒になるかも知れないけどいいか?」

 

正直言うと積もる話なんて無い。中三の頃は今となっては無駄になった受験勉強で忙しかったため伝える事などないのだ。

それに訓練は勿論の事、自由時間はなるべく隆道と過ごしたいのだが彼女としてはどうにか話をしたい様子。空いてる時間など夕食の時くらいなので話をするならそこだけしかない。

しかし彼は一つ懸念していた。それは隆道の事である。

今日は夕食時に隆道を誘おうとしていたのだが、朝方の彼女を見るに恐怖感を抱いてるようだ。

そんな彼女が隆道と同席するだろうかと彼は不安だったが、見事にそれは的中する。

 

「うっ………え、えと、アイツは………」

 

「なあ、鈴。ひょっとして柳さんになんかしたのか?」

 

「なにもしてないわよっ!してないけど………」

 

彼女は声を荒げるが、次第に小さくなっていく。何もしていないようだがどうも様子がおかしい。入学初日はクラスメイトも多少は怯えていたが、これほどの怯えは手を出さない限りあり得ない。

隆道は自分から牙を向く人間では無い。ならば彼女が手を出した以外見当がつかないのだ。

 

「とっとにかく!訓練が終わったら行くから。空けといてね。じゃあね、一夏!」

 

「あ、おいっ!」

 

いつのまにか食事を終えたのか彼の返事を待たずに彼女は片付けに行ってしまい、そのまま食堂を後にした。

 

「………行ってしまったな」

 

「どうすんだよ………断れなかったから絶対待つしかないじゃねえか………」

 

流石に無視は出来ない彼は律儀に時間を空けとくしかない。これは隆道との夕食も断念だなと、彼は残念に思った。

 

「彼女の事は後にしましょう………ところで一夏さん。放課後の訓練ですが、柳さんもご一緒する事は可能かしら?」

 

「え?あー、どうだろう。たぶん断るんじゃないかな」

 

「それでも構いません。ダメ元で結構です」

 

「わかった。俺から言っとくよ」

 

 

 

 

 

一方その頃、隆道はというと───。

 

「ZZZzzz………」

 

久々の購買で買った食事で腹を満たし、憩いの場である屋上のベンチで爆睡していた。憩いの場だけあって彼の表情は安らかであり、早々に起きないだろう。

彼が目を覚まし教室に戻ったのは数時間後である放課後直前のSHR。

遅刻はしなかったが盛大なサボりをぶちかましたのであった。

 


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