襲撃事件が起きた深夜の第二アリーナ。
襲撃直後は教員を始めとした学園関係者の全員が対応に追われていた為、現場内調査は明日となった。現在は完全に封鎖されており、関係者以外立ち入りを禁止している。
深夜ということもあって本来ならば誰一人としていないはずだが、損傷が激しいBピットには一人の女性───千冬が鋭い目付きで佇んでいた。
「………」
ピット内では機体を搬入し、そこで簡易的な調整を行う場合がある。よって床はISの重量に耐えられるように頑丈に造られているのだ。壁や天井、ゲートなどもそれに含まれる。故に簡単に破壊する事など出来ない。
流石にISのパワーアシストを駆使すれば扉はこじ開ける事が出来るし、全力で殴れば床等は凹みはする。武装を使えば当然穴は開くだろう。
しかし、目の前の光景はそんなものでは済んでいなかった。
「酷いものだな………」
まず目に留まったのが室内の中央にある大きなクレーター。床は綺麗な円状の凹みがあり、よく見ると天井にも出来ている。
次に目に留まるのはゲートに繋がる入り口。こじ開けたとは言いがたい、抉ったような状態となった入り口は修理する事は容易ではないだろう。
そして半壊した入り口を跨ぐと、そこからステージが丸見えになるほどに風通しが良くなり過ぎたゲート内。壁は所々爆発の影響で焼け焦げ、床は足跡のような二つの凹みとスラスターによって焼き付いたであろう焦げ跡が残っている。その近くでは巨大な空薬莢が四つほど転がっていた。
「『鋼牙』、か。しかも両腕での同時射出………」
『盾殺し』と言われている武装の中でもダントツの攻撃力を誇る『鋼牙』。片腕だけでもシールドや装甲を粉砕する程の威力だが、隆道は両腕で無人機に撃ち込んだ。凹みに凹んだ頭部と四肢だけが残った無人機から察するに胴体に直撃させたのだろう。ゲート内の状況からして瞬時加速によって攻撃力を上昇させた、その悪魔的な一撃を。
あまりにも容赦の無い、相手の安否を度外視した攻撃。
今回は相手が無人機だから良かったものの、人間相手にしたらどうなっていただろうか。
エネルギーが充分の状態で受けたならば、絶対防御と救命領域対応によってまず死にはしないし後遺症を残す事は無いだろう。だが不十分の状態だった場合は───安全の保証など無い。
『鋼牙』はその特性上熟練の操縦者でも使いこなすのは難しく、片腕展開のみの運用が主な使い方だ。しかし彼は両腕に展開し、しかも同時射出をした。パワータイプ型ISであったとしても使用者は無事では済まないはずだが、使用の際吹き飛ばされた様子も無い。例のシステムのおかげであるだろうが、彼は確実に使いこなしていた。
どう見ても危険過ぎる。使わせない為に此方から外す事も考えたが、『灰鋼』に発現したシステム『A.S.H』によって一切の干渉が出来なくなってしまった。後付武装に干渉出来るのは、今となっては彼しか存在しない。
そして何より、彼自身この武装を気に入っている節がある。報告によれば彼はアリーナが使用出来る期間の放課後で『鋼牙』を使いこなす為に常に空撃ちをしていた。ISや女性を目の敵にしている彼が此方の言うことを素直に聞くとは思えない。
「………」
今回の事件によって、より暴力的になってしまった『灰鋼』。『A.S.H』の他に新たに発現したシステム『猛犬』は危険過ぎる代物だ。相手にとっても、彼自身にとっても。
それ以外にも一切の詳細が不明のシステム『⊂Я∀┣┃』と名前からして危険極まりなく、『死』とだけ読み取れた『コード・デッド』。更には発現することなど本来はあり得ない『奪』とだけ読み取れた単一仕様能力『悽愴月華』。
単一仕様能力は本来ならば機体が二次移行をした際、稀に発現する特殊能力だ。『白式』のような特殊な仕様でもない、元が第二世代量産機を一次移行しただけで発現するものでは決して無いのだ。もしそんな簡単に発現するものであるならば研究者達は苦労など絶対しない。
「『
ステージで彼が見せた単一仕様能力。一夏の青白い光を放つ『零落白夜』とは違う、赤黒い光は禍々しいの一言に尽きる。
その腕に掴まれた無人機はまるで生きてるかのように藻掻き、動きが鈍ったところで胴体を貫かれ機能停止した。
掴んだ相手にダメージを与える単純な能力だとは思えない。よってあの能力の詳細を知る為無人機をくまなく解析したところ、ある事実が判明した。
エネルギーが微塵たりとも残っていなかったのだ。
無人機のエネルギーが文字通りスカスカになった代わりに『灰鋼』のエネルギーは限度一杯まで残っており、ログには『エネルギー奪取』と記録されていた。
これらの状況と概要欄に記された『奪』という文字。恐らく彼の単一仕様能力は『相手のエネルギーを奪う』で間違いないだろう。
何故このような名前で、このような能力なのかはわからない。しかし、何故か彼らしい能力とも思ってしまった。
『灰鋼』の解析は不可能になってしまったが、辛うじてデータ採取は可能だ。上に報告したところでどうせ今後もデータ取りを続けろと言い出すのだろう。ただの量産機がここまで変異し、挙句の果てに単一仕様能力も発現したのだ。研究者達はさぞ喜ぶに違いない。
「くそっ………」
やりきれない気持ちで満たされ、言い様の無い怒りが込み上げる。
『灰鋼』に関しては日本政府とIS委員会が絡んでおり、学園側がどうこうする事は出来ない。それを扱う彼自身については、手助けしようにも当の本人は此方を強く拒絶している。彼と『灰鋼』の問題解決は非常に困難だ。
それだけではない。自身の弟やその幼馴染、ぶっちぎりの問題児である彼の妹、更には六月頭に転入してくる二人の生徒。問題が山積みにも程がある。
多忙なのは今に始まった事ではないが、何故同じ時期にこうも一気に降り掛かってしまうのだろうか。
「はぁ………」
物事が上手くいかず、次々と出てくる新たな問題。それらと向き合わなければならない事に憂鬱な気分は最頂点に達し、彼女はとうとう溜息を出しその場で俯いてしまう。その時だった。
「………?」
ふと、足元に何か落ちていることに気づいた。
それは小さな無印の金属ケース。少なくともピット内の備品ではない。
「これは………?」
室内の隅にあったそれは、どこかで見たことがあると彼女は記憶していた。
おそるおそるそれを拾い、じっくりと観察すると上部の蓋がスライド出来る構造になっている事がわかる。
おもむろに蓋をスライドさせると、中にはカプセル剤が入っていた。
「薬………?」
ここで彼女はようやく思い出す。このケースは彼の所持品だということに。記憶によればこれは緊急用と言っていた。恐らく襲撃を受けた際に落としてしまったのだろう。
「………」
どうも気になってしまう。以前まともに歩けない程の大怪我を負った彼はこの薬のおかげで普通に歩ける程になっていた。鎮痛作用が強力であろうこのカプセル剤にはどのような成分が含まれているのだろうか。
故に───。
(すまない、柳)
───中の一粒だけを取り出し、自身の持つ小袋にしまった。
悪いことをしたと思ってはいるが、このカプセル剤は調査すべきだと判断した。もしかしたら麻薬の一種である可能性がある、もしそうだとしたら大問題だ。
(後で届けるか)
現在は既に深夜だ、当然彼は寝ているであろう。SHR時にでも渡せばいいと考えた。
解析不可能となった『灰鋼』の今後に関しては報告してからだ。結果は見えてるが、一応しておかねばならない。
「織斑先生、ここにいたんですか」
「………ああ、おまえか」
突如背後からする声。振り向くとそこにはベスト風の上着を来ている生徒が一人。
外側に跳ねた、肩まで伸びる水色の髪に赤い瞳の少女。黄色のネクタイを着けている事から二年だと言うことがわかる。千冬は当然彼女の事を知っている。
「何か気になることでも………?」
「ああ。すこし、な。………それよりも私に何か用なのだろう?」
「ええ、はい。………彼───柳隆道について遅れながら報告が」
「………」
後ろで手を組む彼女は真剣な眼差しで千冬に近づく。周囲には人一人としていなく聞かれる事は無いだろうが、このような事はなるべく小声で済ませたい故の行動だろう。
「………彼の部屋に設置した監視カメラは入学初日で全て破壊された事は以前話したと思います」
「………ああ。原因は掴めたのか?」
彼が一人部屋だった理由。それは彼の精神状態が不安定だった事に尽きた。適性検査後の彼はこの世の終わりを見たような錯乱っぷりであり、大の大人が数人がかりでも手を焼いた。何名かは骨折等の重傷を負うくらいだ。おまけに女性をこれでもかと言うほど目の敵にしている。
そのような人間を、何も知らない生徒と一緒の部屋になんてしてしまったら暴力事件が起こる未来を想像することなど容易い。
対抗出来るように代表候補生との相部屋の案もあったがこれも却下。恐らく互いに無事では済まないだろう。今思えば彼の妹である日葵と相部屋にさせなくて本当に良かった。
一人目である一夏と同じ部屋にする手もあったが、ここで出てくる問題が箒である。
彼女は『篠ノ之博士の実妹』というレッテルを貼られている。そんな彼女に詰め寄る人間など五万といるのだ。
見ず知らずの他人に教室だけでなく自室ですら質問攻めにあってしまえば彼女はいずれ壊れてしまうだろう。故に面識のある彼を相部屋にさせた。
そういった訳で隆道を一人部屋にしたのだが、これがまた苦労した。
何せ適性が発覚したのが三月半ばだ。教員達の過労死レベルとも言える必死な調整によって、入学式前日には彼を一人部屋にする事が可能性となった。ブラック企業のように徹夜で働いた彼女達は報われても良いだろう。
そんなどうでもいいことは置いといて、またしても新たな問題が出てくる。
一人部屋にしたことによって入学前日まで自傷行為や逃走を繰り返した彼を24時間監視出来なくなってしまうのだ。学園内で貴重な男性操縦者が自殺などしてしまったら全てが終わってしまう。
故に、彼の部屋に監視カメラを取り付けた。プライベートもへったくれも無いが、彼の事を考えると致し方無い事なのである。
しかし、それらは初日で破壊された。全て。
隆道が部屋に入り、遅れて一夏が入ってきたところまではしっかりと記録されている。だが、隆道が自身の荷物に手を伸ばし数秒経ったところで全ての監視カメラが映らなくなってしまったのだ。
次の日に彼の不在を見計らい全て交換してみたが、まるっきりダメだった。次の日も、そのまた次の日も何度繰り返し交換しても結果は同じだった。
調査をしてもハッキングされた形跡は無い。そもそも用意した監視カメラは完全にネットワークから独立した代物なのだ。干渉出来るはずがない。
ならば別の方法で破壊したのだと、部屋を念入りに調べた結果あることが判明した。
「彼の部屋から
「何………?それはどこから………?」
「どうやら彼の荷物に備わっていたダイヤルロックから発生しているようで。ロックが掛かっていたので持ち出す事は出来ず、その場で調べようとしたんですが………その結果がこれです」
そういって彼女は左手を千冬に見せる。その手には包帯が隙間なく巻かれていた。
「なんだそれは………」
「いやぁ、まさか触れただけで高圧電流を流されるとは思いませんでしたよ………。おかげで仕事が凄く苦労します」
何処からともなく扇子を取り出し苦笑いしながら開く。その扇子には達筆で『激痛っ!!』という文字が。
彼女は常に扇子を持ち、開くと時おりそこに台詞代わりの言葉が書かれている時がある。未だにどういう仕組みなのかわからない千冬だが、そんなことはどうだっていい。
「高圧電流………?私は柳に渡す前に触ったが何も起きなかったぞ」
「あー、アレって指紋認証機能があったじゃないですか。恐らく彼が触った事で起動したのかと。監視カメラもその時に破壊されましたし」
「………」
徹底し過ぎている。何がなんでも情報を与えないそれに流石の千冬も戦慄を覚えざるを得ない。
あの荷物を用意したのは『根羽田』という、彼に最も近いであろう人物。彼を知るにはやはり彼女が必要不可欠だ。
「柳の荷物を用意したのは『根羽田』という人間だが、調査は済んだのか?」
「はい。『
経歴に関しては至って普通。過去の勤務先は既に確認も取れているらしく、疑うところなどありはしない。強いて言うなら家政婦を退職した後も彼の自宅に出入りしてる事くらいだ。
だが、今となっては決して無視出来ない存在でもある。彼女は彼の事を一番良く知っているだろう。でなければあのような医療器具等を用意するはずがない。
「………雇ったのは柳の父親らしい。彼女を知る術は、今となっては柳本人だけということ、か。………接触は出来たのか?」
「最初こそ接触は出来ました。ただ、事情聴取は拒否され、保護の為と言って同行を促したんですがこれも拒否されまして。今となっては接触前に逃げられる始末です」
「いずれ何者かが彼女を狙いに来るだろうな。そうなる前に………」
「はい。最悪、強行手段を取るつもりです。恐らく彼には恨まれるでしょうね………」
入学初日に荷物を受け取った彼の反応からして、彼女だけは信用している節がある。強行手段を取って連れてくれば間違いなく溝は深まるだろう。いや、それこそ二度と修復不可能の所まで行くかもしれない。
自身は既に修復不可能の領域だが、せめて他の人間には自分と同じ様にはならないで欲しいと願った。
「ままならんもんだな………。用が済んだなら明日に備えてもう寝ておけ、少ししたら私も戻ることにする」
「………あの~、織斑先生」
「なんだ、まだあるのか」
「今更………なんですが、一つ謝らなければならない事がありまして………」
「………言ってみろ」
千冬は猛烈に嫌な予感がした。言葉から察するに、自身は間違いなく関係している。今更と言うからにはかなり前の出来事に関する事なのだろう。
だか聞かない事にはどうしようもないので取り敢えずは彼女に続けるよう促した。
「一組が織斑君のクラス就任パーティーをした後の事は覚えてますか………?」
「………ああ、よく覚えてるぞ。あの時は本当に大変だったな。錯乱した柳があれほど手に負えないと………は………。ちょっと待て、まさかお前」
「い、いやぁ。翌日聞いた時は私も理由がわからなかったんですが、確か篠原ちゃんと接触したときも錯乱したと聞いた時に、もしやと………」
「………言え、何をしたんだ」
千冬の目付きは次第に鋭くなり、彼女は逃げ場を失う。それは正に蛇に睨まれた蛙といったところであろう。
「え、えと。先生達もご存知の通り、篠原ちゃんは物凄く危ない生徒なので警告として彼の部屋に手紙を置いたのですが………恐らくそれを読んで彼は錯乱したのでは、ないかな~と………」
「………なるほど」
「お、織斑先生………?」
「奴の事だ、遅かれ早かれ接触はした。それに、こういうのは我々教師がもっと早い段階で伝えておくべきだったんだ。対応が遅れたばかりにあんな事になってしまったのだからな」
本来ならば入学早々に彼に伝えるべきだった。しかし、当時の彼はあまりにも不安定だった事によってそれも難しく、先伸ばしにした結果が復学して早々の錯乱。責任は自身にもあった。
こっ酷く怒られると思いきやまさかの反応に面食らってしまう彼女だが、それと同時にほっとした。よかった、制裁を受けなくて済んだと。しかし───。
「まあ………それでも、だ。あの日とその翌日は………本当に………苦労したんだぞ?」
「………織斑先生?」
「いくら多忙だったとはいえ、私に前以て知らせずの行動。よくも余計な事をしてくれたじゃないか………なあ?」
「あ、あの~………」
千冬はいったい何処から出したのだろうか、手には出席簿を持っている。表情を見ると一見笑ってるように見えるが、よく見ると目だけが笑っていなかった。
「前以て謝っておく。これは八つ当たりだ、許せ」
「え、ちょ」
彼女の頭部に強烈な打撃が降り注ぐ。どちらにせよ制裁は免れなかったのだった。
千冬は勘違いをしている。
『悽愴月華』は無人機のエネルギーを根こそぎ奪った。それは確かだ。
だがこの能力の真髄はそこではない。
近いうちに知る事だろう。
『悽愴月華』は、何よりも恐ろしい単一仕様能力だということに。
本州の某県某市のとある路地裏。
普段から人通りが少ないであろうそこは、深夜帯ならば人一人いないのが当たり前なのだが今日に限っては違った。
「全く、いずれ来るだろうと思ってましたよ。こんな物まで用意して………」
そこに佇むのは灰色のハイネックニットと紺色のデニムを着こなす女性。服の上からでも目立つ豊満な胸と黒のセミロングヘアを靡かせるその姿は誰しもが振り向いてしまうほど魅力的だ。
そんな彼女が手に持つ物は黒い物体。指先一つあれば誰でも相手の命を終わらせる事が出来る凶器。
それは世間では護身用として使われている小型の拳銃だった。銃に慣れていない女性でも簡単に扱う事が出来るだろう。
彼女はソレを一目見て興味を無くした後、
「貴女達、以前まで付け狙ってた政府の人間じゃありませんね。別の組織か、若しくはただの『過激派』か。どちらにせよ政府と偽って近づいて来たのですからろくな人間じゃない事には違いありませんが」
そういって彼女は冷めた目で周囲を見渡す。その周囲には死屍累々のような光景が。
「ぐっ………あ゛っ………」
「ひぎぃっ…………う゛ぅ゛っ………」
「げぼっげぼっ………」
そこには黒のスーツを来た女性が複数人程転がっていた。
頭を抱え転がり回る者、腹を抑え蹲る者、腕が本来とは逆方向に曲がっている者と様々であり、全員が満身創痍だということがわかる。
「………今後は買い物も簡単には済みそうにないですね」
そういって彼女は道の隅に置いておいた二つの買い物袋を手に持つ。どうやら買い物帰りだったようだ。
未だに立ち上がらない女性達など興味を無くしたのか目もくれずその場を立ち去ろうとするが、一つだけ言い残した事があったのか灯りが届くギリギリの所で振り返り悶える彼女達に向かってこう言った。
「別に貴女達の事なんかどうなっても構わないのですが、早くこの場から立ち去った方が良いですよ」
「な゛、な゛に………を………?」
「はあ、これだから頭がお花畑の連中は………。世の中には、女性を目の敵にしている人間がいるって事です。………殺したいほどに」
「こ、殺し、たい………?」
「今まで甘い蜜を吸いすぎたツケ、ですよ。………では、さようなら」
その一言を最後に彼女は暗闇の中へと消える。しばらくするとその暗闇の先から物音が聞こえてきた。
「………?」
何か金属を引き摺るような音に足音のようなもの。それが一つだけではなく、複数も聞こえ近づいて来る事がわかった。
いったいなんなのだと彼女達は暗闇を凝視するが、ようやくその音の正体は灯りに照らされる。
「………!?」
そこにいたのは十人前後の男達。黒のレザージャケット姿やジャージ姿の青年。中には学ランを着た、学生であろう少年や青年まで。全員グローブを着けており、口元は髑髏のフェイスマスクによって隠されている。その全員の目付きは鋭く、殺意に満ちていた。
そして彼等が手に持つ物は───。
「ひ、ひぃっ………!?」
一人の女性がソレを見て本能が身の危険を察知。痛みなどそっちのけで直ぐ様立ち上り大きく後退る。
彼等が持つ物は全て凶器と言える物だった。ナイフや金属バットにバールなど、人を殺すには充分過ぎる殺傷能力を持つ物ばかり。更にそれら以上に目に留まったのが───。
「───っ!?!?!?」
───瞬間。一人の女性の頬を『何か』が掠めた。頬はうっすらと傷が出来、少量の血が首まで滴っていく。
「………あーあ、外しちまったよこのくそったれ。もっと練習するべきかなー」
「でも見ろよあの怯えきった表情。中々傑作だと思わねえか?」
それはクロスボウだった。それも小型のピストルタイプから大型のフルサイズタイプと種類は様々で、それを持つ者が数人ほど。顔を狙っていた事から完全に殺す気だったのだろう。
「ぜっ………全員逃げてっ!早くっ!!!」
彼女達は一目散に逃げ出した。捕まってしまえばどうなるかなど簡単に想像がついてしまったからだ。怪我など忘れ、尻尾を巻いて逃げていく女性の姿は彼等に取ってはこれ以上に無い愉悦を感じるだろう。
だが、彼等はそれを見逃すほど優しくはない。
「おうおう、お強い女性様方がお逃げになるぞと………。狩りの時間だ、あの忌々しいくそったれな女共を───」
一人の男が手をゆっくりと掲げ───。
「ぶっ殺せっっっ!!!!!!!!」
───勢いよく振り下ろす合図と同時に、男達は彼女達を鬼の形相で追いかけた。
件の襲撃事件があった翌日。
箝口令を敷かれた事によって、生徒達は昨日の事など何事も無かったかのように振る舞っている。しかし、今まで体験したことの無い非常事態に遭遇した事によって未だに多少の恐怖感は残っていた。とは言っても、第二アリーナにいた生徒達が受けた被害といえば無人機が全滅するまで閉じ込められ、轟音と地震に似たような状況に怯えてたくらいだ。
事件の内容については、無人機が侵入する直前のビーム兵器によって観客席全てに遮断シールドが展開されたのでステージ内での事情を知るのはほんの極一部だ、観戦していた生徒達が知る事は無い。だからといって闇雲に詮索されたり口外されてはまずい。そういった理由で口止めという意味合いも兼ねての箝口令である。流石はIS学園、箝口令は最早名物と化していた。
余談だが、屋外で日葵が暴れ回った事によって悲惨な事になった壁や地表は教員総出によって夜遅くまで必死に応急修復した。彼女は無人機だけでなく、教員すらもズタボロにしていたのである。
隆道といい彼女といい、学園関係者を苦しめる事に関しては天才なのかもしれない。
「みんな大人しいですね。まあ無理も無いですけども」
「良いことじゃねえか。あんな目に遭っといてアホみたいに騒いでたら正気を疑うぞ、マジで」
「そうだぞ一夏。それよりも来月には学年別個人トーナメントがあるのだから昨日の反省を踏まえて訓練に励まんとな」
「昨日引っ越しの時に言ってたやつだっけか、それ」
いつもの三人は教室に着くなりいつもの場所でいつも通りに駄弁っている。周囲の人間は何故そんなに普通にしていられるのかと疑問を連発するが、考えるだけ無駄だろう。この三人が図太過ぎるのだ。
セシリアも三人の輪に入ろうとしたのだが隆道の必殺技によって敢え無く撃沈し撤退。彼が彼女に対し心を開くのはいつになることやら。
忘れがちだが、一夏の幼馴染である鈴音は二組の為当然ここにはいない。仮にいたとしても隆道がいるので近づく事は出来ないだろう。
「あ?引っ越し?」
「あ、柳さんには言ってませんでしたね。実はあの後に山田先生が来まして、部屋の調整が済んだらしいので私が引っ越ししたんですよ」
「ほー、ようやく織斑も個室を手に入れたってわけだ」
「ようやくですよ、ようやく。本っ当に長かったです」
それは昨日の夜の事。隆道の部屋でいつもの雑談を終え、一夏と箒の二人が自室に戻ると丁度良く真耶が訪れて来たのだ。部屋の調整が付いたということで彼女が引っ越す事になり、彼は入学当初から待ち望んでいた異性のいない部屋を手に入れたのである。
本来は真耶が初日に言ったように一ヶ月で彼の個室を用意する予定だったのだが、ここ最近まで教員達が多忙の極みだった為に遅れてしまっていた。彼がこの事を知ったら労いの言葉をこれでもかと言うほどかけたであろう。
箒としてはその時に喜んだ彼を見て非常に面白くないと思ってしまったが、よくよく考えてみれば今まで自分という異性に気を使ってたのだからあの喜び様は当然かと直ぐ様冷静になれた。
彼女がこういう考えが出来たのも、一度だけ隆道と二人きりになった時に気を使う事がどういう事かを身を以て知ったからである。知らずの内に彼はまたしても隆道に助けられたのだ。
ちなみに、彼女の新しいルームメイトは同じクラスの人間だ。彼女の素性を既に知っており、尚且つ人格に問題が無い生徒を千冬と真耶の二人が厳選したのだから質問責めを受ける事はまず無いだろう。
「そういえば柳さん。俺、ようやく外出許可が出たんですよ。昨日届けを貰ったんで、早速書いて出しちゃいました」
「へえ………そりゃ奇遇だな、俺も貰ったぞ。まだ出してねえけど」
「そうなんですか?………でしたら今週の日曜一緒に出掛けません?友達の家に行くんですけどそいつに柳さんの事紹介したいんで」
彼も事情聴取が終わった後に千冬から外出届けを貰っていた。既に行く所は決まっていたからか、直ぐ様行き先を書いて提出した。なんと行動の速い少年であろうか。
隆道も外出届けを貰っていたのならばこれは絶好のチャンスだと彼は考えた。交流を深める為に一緒に出掛けようと話を持ち掛けるが───。
「あー、悪いな。俺もその日曜に出掛ける予定なんだよ。場所もそれなりに遠いしな」
「あれ、そうなんですか………残念です。………ちなみにどこへ行くんです?」
「私も気になりますね。それに遠いとは………?」
「ああ、別に大したとこじゃ───」
「そろそろ席に着け。SHRを始める」
隆道から場所を聞こうとする彼だったが、教師二人が教室に着く事によってそれは阻まれた。どうやら話に夢中になり過ぎてチャイムに気づかなかったようだ。
行き先は聞きそびれてしまったが、授業が終わった後ででも聞けばいいかと二人は颯爽と席へ戻る事にした。
「その前に柳。渡すものがある」
「………」
彼女は手招きをして隆道を呼ぶ。どうせ専用機だろうと彼は考えたが、それならここではなく整備室で渡すはずだ。ならばもっと別の物だろう。それを受け取るついでに外出届けも渡しておくかと紙を手にして彼女の元へ向かう。
「紙………?ああ、外出届けか。受け取ろう」
「ほらよ。んで、渡す物ってなんだよ」
「これだ」
そう言って彼女は他の生徒には見えないように教卓の裏側で昨日見つけた小さな金属ケースを彼に渡す。
「………!」
「Bピットに落ちていたぞ。次からは落とさないようにな」
「………」
中身を確認した後、一言も言わずに彼は席へと戻る。
彼女は彼とこのようなやり取りについて今更思うところはない。他の生徒達も、まあいつも通りだなと完全に慣れてしまっていた。
「ふむ………」
SHRを始める前にふと、彼から受け取った外出届けに目を通した。
書かれてる指定日は今週の日曜日。そして行き先には───。
───『自宅』と書かれていた。