だいぶお待たせしました。
遅れた理由は活動報告にて書いてあります。ああ、今後もキッツイなぁほんとに………。
ガバガバな所がありますが、許して………!
本州のIS委員会日本支部。
そこにある一つの薄暗い部屋には書類を見ながら受話器を手に持つ男が一人。その男はかつてIS学園の理事長と日葵の母親と電話のやり取りをした熊田と呼ばれるIS委員会の一人。
男は日本政府直属であるIS研究所に従事する研究員の一人と通話をしていた。
「な、なんだ………これは………」
『非常に面白いとは思いませんかね?まさか機体がここまで変異するとは。流石はIS………いや、この場合二番目、といった方が良いのでしょうか。どちらにしろ我々の予想を遥かに上回ってくれますよ』
「これが、あの『灰鋼』だというのか………?」
『どういった経緯かは不明ですが、スペックの向上だけでなく様々なシステム等が発現しましてね。おまけに単一仕様能力まで………いやはや、実に興味深いの一言に尽きます』
男が目を通す書類は、二度目となる変異した『灰鋼』の詳細についてのレポート。IS学園から送られてきたそれを見た男は驚愕せざるを得なかった。
「これは、これではまるで…………」
『ええ、正に『対IS用兵器』といったところですかな。他の研究員は『IS殺し』とも言っていましたね。報告によれば、解析する前に機体側が接続を遮断し解析不可能となったようです。女を憎み、ISを拒絶する人間が乗るとこうなるんですねえ。ああ………実に面白い、彼にピッタリの機体だ』
「………それで、他の奴等は何て言っていた」
『何人かは彼の身を案じてなのか渋っていましたが、最終的に以前同様『灰鋼』のデータ採取を続行させるという結果に。政府の女共はヒステリックに叫んでたようですがね』
「やはりか………」
4月に報告を受けて以降『灰鋼』のデータ採取は確固たるものとしてきた。しかし、変異した事でより一層危険な代物と化した事によって再び政府に所属する女性達は騒ぎ出す。これ以上彼を機体に乗せる事は危険だと、学園関係者に危害が及ぶと。
しかし、彼女達が並べる言葉は全て上っ面だけの綺麗事だ。少しも両者の心配などしていない。
彼女達は恐れたのだ。隆道がこれ以上力を手に入れる事に。
彼が今の女尊男卑社会によって女性を憎んでいる事は知っている。もし、これ以上力をつけてしまったら報復を受けるのではないかと彼女達は考え始めるようになったのだ。
ただでさえ二人の男性操縦者の登場によって肝が冷えっぱなしの毎日。データ採取によって、いつの日か全ての男性がISに乗れるような事になってしまえば今の立場が薄れてしまう。
ここ数年で彼女達は横暴を繰り返してきたのだ。女性優遇制度によって守られてはいるが、それが無くなってしまったらどうなるか。
間違いなく報復を受けるだろう。それも今までしてきた横暴を超える悍しい報復を。
現時点の研究成果では男性操縦者が増える兆しは見えないが、今最も起こりうる可能性が高いのは彼がISを用いて報復を行う事だ。
彼が報復を行い、それに便乗して世界中の男性が立ち上がる事にでもなったら───考えるだけでも恐ろしい。
それを少しでも阻止しようと彼女達は必死になるが───IS委員会は彼女達の思想など丸わかりなので、聞く耳を持たずにデータ採取の続行と一言だけ告げた。
『あんな騒ぐだけの女共など、価値は無い。そうは思いませんかね?』
「………そうだな」
『おや、冷たい反応ですね………まあいいでしょう。ところで、お気づきかと思いますが………』
「………ああ、言いたい事はわかる。
男は『灰鋼』のデータを一通り見て、ある事に気づいていた。それは一部の人間しか知らない日本の最重要国家機密。
『ええ、まさか『華鋼』と同じ現象が起きるとは………しかも両方とも待機形態が首輪。兄妹………だからなのでしょうかね?』
「私は研究者ではない。わかるはずがないだろう」
そう、変異したのは『灰鋼』だけではない。
『華鋼』も突如変異した機体なのだ。
しかも、『華鋼』も元は第二世代『打鉄』が変異した機体だ。
これは偶然なのだろうか。それとも別の………。
『これは失礼。………熊田さん、これからも『灰鋼』は変異を続けるでしょう。『華鋼』とは違った素晴らしい変異を、ね。キヒ、ヒヒ、ヒヘヘッ』
「っ………」
『おっと失礼、思わず笑みが。………次は我々にどのような姿を見せてくれるのでしょうか。ああ、楽しみでs───』
「急用が出来た、失礼する」
男はそう言って一方的に電話を切る。先程から我慢していた怒りは頂点に達し、限界が来たのか拳を机に叩きつけた。
耐えられなかったのだ、これ以上機体の事しか頭にない相手と通話を続けることが。
「どいつもこいつも………彼等を、子供をなんだと思ってっ………!」
場所は変わり、とある建物の一室。
そこにはスーツ姿の女性が一人。その表情は歪みに歪み、誰が見ても苛立っているように見えた。
「ああ、もうっ!いったい何をしてるのよ!学園の連中は!」
彼女は日本政府に所属する人間の一人であり、隆道の死を望む愚かな人間の一人でもある。そんな彼女はこれ以上無いくらいに焦っていた。
四月の始めに彼を死に追いやる様、息のかかった人間に指示を出した。しかし、二ヶ月経ったにも関わらず望む結果は未だ出てこない。
「ほんと使えない奴ばかり………!本当に無能なんだから………!」
これ以上彼が力を身に付けたら、それこそ金輪際手を出せなくなる。そうなる前に彼をこの世から消そうとあれこれ模索するが、脳内がお花畑故に案など出るはずがなかった。
───しかし、そんな彼女に悪魔は味方してしまう。
考えに耽っていたその時、突如彼女の携帯が鳴り出した。苛立ちを募らせながら相手を確認すると、その相手は学園の関係者。
進展があったか、もしくは有力な情報を伝える時以外は連絡をするなと言ってあるので何かしらあったのだろう。悪魔染みた笑みを浮かべながら電話に出る。
「もしもし」
『───』
「言い訳はいいわ。………それで、連絡したのだから何か進展があったのかしら?」
『───』
「………へえ、そうなの」
『───』
「いいえ、近場の人間に任せるわ。情報ありがとう」
そう言って彼女は電話を切り、とびっきり顔を歪ませながら別の所に通話をかける。
「私よ。………二番目が今週の日曜に自宅へ帰宅すると情報が入ったわ」
『───』
「ええ、貴女の『飼い犬』を向かわせなさい。徹底的に痛めつけて、殺せれば上々ね。その時は報酬を弾むわ」
『───』
「それと、学園の教員二人も別行動で向かうそうよ。使えるなら利用しても構わないわ………じゃあ、よろしくね」
その言葉を最後に彼女は通話を切る。その表情は、人がしていいものではなかった。
六月頭、土曜。
襲撃事件から日は浅い為第二アリーナは未だに封鎖中だが、既に九割方は施設の修復が終わっている。一週間もすれば一般生徒の出入りが可能になるだろう。流石はIS学園といったところか。
そんな高速修復中の第二アリーナは当然訓練等は不可能なのだが、修復が既に済んでいるステージ中央には三つ、隅の方には複数の人影があった。
「おいブリュンヒルデ、後ろの奴等はなんなんだよ。武装まで展開しやがって」
「もしもの時に備えてだ。悪く思わないでくれ」
ステージ中央にいるのはジャージ姿の千冬とISスーツ姿の不機嫌全開な隆道。そしてもう一人は───。
(こ、こえぇ………)
───目に見えるほど冷や汗を垂れ流している一夏だった。
何故彼等が封鎖中の第二アリーナにいるのか。その理由は隆道の専用機が関係している。
彼の機体について政府とIS委員会に報告はしたが、案の定データ採取を続行するように言われたのだ。こんな危険極まりない機体を何故使わせるのかと教員は当然の様に怒りを露にするが、決定したものは覆せない。
結局は彼の元に専用機を戻す事になるのだが、ここである問題が浮上する。
『灰鋼』はデータ採取は可能であれど、データ解析が不可能なのだ。データの閲覧だけではどうしても限界があり、殆どが詳細不明な以上実際に稼働させて調査するしかない。しかし、何もわからない『灰鋼』を一般生徒がいる授業や放課後の訓練などで調査するのは危険だ。ならばどうするか。
そこで選んだ場所が封鎖中の第二アリーナだ。ここでなら一般生徒もいない為、危険を最小限に抑える事が出来るだろう。最悪ステージが損傷するだけだ。
そして、万が一彼が暴走した時の備えとして隅の方では教員用のISを装着する教員四人が武装を展開して待機している。千冬が厳選したメンバーであることから実力は折り紙付きである。その中には副担任である真耶もいた。
一夏に関しては、彼のストッパーの役目として一緒にいる。隆道の専用機を実践調査すると言ったとき一緒にいさせてくれと名乗りを上げたのだ。
彼が彼女達に囲まれた状態で調査など、絶対良からぬ事が起きるに違いない。自分がいれば多少大人しくなるであろうと考えた上での行動だった。
本当は箒も連れていきたかったが、今回は訓練機の予約が取れなかったということで断念。致し方無い事だ。
「先程も言ったが、柳の機体はデータ解析が不可能となった。実際に稼働させて調べるしかない」
「………んで、何をすれば良いんだよ」
「先ずは機体を展開してくれ。織斑も展開しろ」
「へ?あ、はい。………来い、『白式』!」
「………『灰鋼』」
二人は彼女の指示通りにISを展開する。先に一夏の純白の機体『白式』が姿を現し、それを追う様にして彼も『灰鋼』を展開したが───。
「っ………」
「うわっ!?や、柳さんっ!?」
「「「っ!?」」」
「………」
一夏と千冬の二人はその姿に怯み、ステージの隅で待機していた教員達は思わず武装を彼に向けてしまう。
無理も無いだろう、何せ彼の機体はシステムが起動した時と同じ様に血管の様なラインが赤くなっているのだから。
「だ、大丈夫ですか?」
「………ああ、なんともねえぞ」
彼の姿に面食らってしまったが、よく見ると点滅もしていなく、装甲も光沢の無いままだ。
一夏が恐る恐る彼の様子を伺うが、表情は不機嫌であれど正気の様だ。一先ずは安心といったところであろう。
千冬も先日再接続したタブレットに目を通し、彼が正常である事を確認して安堵の表情を浮かべた。
「………とりあえず、展開は問題無いようだな。何か変わった所はあるか?」
「………柳さん?」
「………」
彼は二人の声に一切反応しない。彼は二人の事よりも、目の前に表示されるものを注視していた。
───前方に生体反応を確認。『織斑千冬』と断定───。
───後方に複数のIS反応を確認。『打鉄』二機、『ラファール・リヴァイヴ』二機と断定──。
───対象を『敵』と認識。絶対殲滅『猛犬』任意起動可能───。
───キドウシマスカ?───。
その表示と同時にハイパーセンサーは後方の機体と彼女を拡大表示する。機体の方には『破壊対象』と、彼女の方には『殺害対象』と記されていた。
そして視界は次第に赤く色づき、その目の前に出ている表示は次第に大きくなっていく。まるで押してくれと言わんばかりに。
(殺害対象っておい………人間にも反応するのかよ………。なんなんだ、コイツは………)
機体に反応しているのは別にいい。だが目の前の彼女ですら反応しているとはどういう事だ。
確かに襲撃を受けたあの時は殺すつもりでやった。しかし、それは自身を脅かす脅威だったからこそだ。自ら殺戮の限りを尽くすつもりなど毛頭ない。
ハッキリ言ってそれらの表示は邪魔以外の何者でもなかった。
(とっとと消えろ、お呼びじゃねえ)
そう心の中で唱えるとシステムの起動表示は消え、視界も元に戻っていく。
この機体は自分に何をさせたいのだろうかと、彼は考えずにはいられなかった。
「───さんっ!柳さんっ!」
「………んあ、わりい。考え事してた」
「………本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ」
猛烈に心配をする一夏に一言添え、再び彼は考えに耽る。先程の表示に一つ疑問を覚えたからだ。
(織斑には反応していなかった………対象を選んでるのか?)
千冬と後方奥で待機している教員達にはガッツリと反応したが、隣にいた一夏だけには反応を示さなかった。どういった基準で対象を選んでるのかはわからないが、勝手に起動しないならそれで良いかと彼は考えた。
まさか『猛犬』による敵対象の判断が、自身が相手に向ける敵意と連動しているなど彼は知るよしもない。
「柳、何かあったのか………?」
「………『猛犬』は任意起動出来るらしいな、おまけに攻撃対象まで出てやがる。対象は後ろの教師共と、あんた自身だ」
「「………!」」
「ガッツリと反応してたぜ。後ろの奴等は破壊対象、あんたに関しては殺害対象だとさ。どうもこの機体は俺に人殺しをさせたいらしい」
───ち、違う………!私じゃ………。
彼から出た言葉に二人は身震いを感じた。システム起動時の攻撃対象がISだけかと思いきや、人間も対象の範囲に入るなど誰が思うのだろうか。
「さつっ………!?柳さん、それは今も………!?」
「いいや?消えろって念じたら綺麗さっぱり無くなったな。良かったじゃねえかブリュンヒルデ、もしも起動してたら今頃は挽肉になってたかもな」
「いくらなんでもそれは………!」
「流石にしねえよそんなこと」
彼はそう言っているが、一夏はまったくもって安心出来なかった。無闇に力を振り翳す様な人ではないのはわかってはいるが、攻撃的になる彼を見てきた以上どうしても不安になってしまう。
もしも彼が発症して暴走してしまった場合、今の自分では止める事が出来ない。恐らく、セシリアや鈴音でも無理であろう。
(………弱気になってどうする。力になりたいってあの日決めたじゃないか。しっかりしないと)
今まで何度も彼に助けられ、支えられた。自分が何も出来なくてどうするというのだ。
自分が本当にやりたい事を見つける為、彼を支える為に強くなろうと一夏は決意を新たにしたのであった。
「やはり『猛犬』は危険、だな。………いいか、何があっても起動しようとするなよ?そのシステムは『狂犬』と同様に保護機能も一部機能しなくなっている。下手すればお前も死ぬ事になるぞ」
「
「我々が全力を以て対応する、もうあのような事は御免だからな。………他に何か無いか?」
「他に………?」
彼は目を反らしそのまま微動だにしない。きっと視界に映っている表示を見ているのだろう。
「そういえば今更なんですけど、浮けるようになったんですね」
「あ?………そういえばそうだな。何でだろうな」
彼の機体は現在『白式』と同じ様に少し浮いている。システムの起動時を除けば今までは飛ぶ処か浮く事すら出来なかったはずだったが、今回は何故か浮けるようになっていた。
「言われてみれば、確かに授業でも浮いていなかったな。………飛べるか?」
「飛び方なんて知らねえよ。どうやって飛ぶんだ、これ」
彼は飛び方など知らない。セシリアとの試合はシステムのおかげで飛んだは飛んだが、彼自身は近づく事しか考えていなかったのだ。決してその時だけ技術が上がったなどではない。
無人機の時に使った瞬時加速についても距離を詰める事しか考えなかった結果偶然繰り出す事が出来た。具体的なやり方など一切知らない。
「今度教えましょうか?俺も基本はある程度出来るようになったんで」
「あー………んじゃ、そうするか。クラス代表さんに是非とも教えて貰うとしますかね」
「よ、よろしくお願いします………」
「………」
千冬は二人とやり取りを見て心の底から一夏に感謝していた。彼は一夏といるときに限っては不機嫌な時でも大人しい。彼に関して頼りになるのは一夏とこの場にいない箒しかいないだろう。
一夏は一夏で苦労し余計な負担をかけてしまって申し訳ないが今後も彼をお願いするとしよう、そう思った。
「あー………水を差すようですまないが、機体について進めても構わないか?」
「あ?ああ、そういやそうだったな。あーっと………」
話が逸れてしまったが、今は機体についてだ。視線をディスプレイに戻し色々と目を通してみる。
「………この読めねえヤツと『コード・デッド』はわからねえ。起動も出来ねえな。うんともすんとも言わねえ」
そう言って彼は地面に『⊂Я∀┣┃』となぞる。
この二つは表示はあれど、何も反応が無かった。概要欄も『コード・デッド』は『死』以外は読み取れなく、『⊂Я∀┣┃』に関しては何も表示されない。
「あとは………あん?」
「どうした?」
他に何かあるだろうかと探していると、一つ目に留まったものがあった。
それは拡張領域の内部。量子変換している後付武装の他に見慣れないものがあった。
取り敢えずソレを展開して、二人に見せる。
「拡張領域にこんなものがあったぞ」
「なんだそれは?」
「注射器………に見えますね」
「三本もあるな。なんだこれ、こんなの知らねえぞ」
ソレは先端にプラグのような物があり、反対側にはボタンがある筒状の物体だった。表面には『S・E』と記されている。
───『リカバリーショット』───。
「リカバリー………ショット?」
「リカバリー………回復か?私にも見せてくれ」
「俺も見て良いですかね?」
「ん」
三本の内二本を二人に渡し、一本を手に持つと左腕部装甲の一部が開く。そこには丁度ソレが入るような差込口が。
「………なんか開いたぞ」
「あ、俺も開きました」
「そこは機体を解析や調整をする際にコードを接続する部分だな。名前からしてエネルギーの回復か?」
「百聞は一見にしかず………っと」
どういう効果なのかはわからないが、取り敢えず差し込んで見る。するとほんの少しだけ減っていたシールドエネルギーが直ぐ様満タンになり、注射器のような物は光の粒子となって消えた。
───エネルギーチャージ完了。機体の自己修復機能を促進───。
「………回復したな」
「昨日まではこんなものは無かったな………機体が自ら作り上げたというのか?調査の為コレは借りるぞ」
「構わねえ。………なんなんだよ、ほんっと謎過ぎんだろこの機体」
突然謎のシステム等が発現し、突然姿形も変わり、気がつけばいつの間にか存在している注射器のようなもの。最早意味がわからない。
ISは未だに全てが明らかにされていないと言われている。しかし、この機体に関してはそれどころの話ではない気がすると彼は思わずにはいられなかった。
「なんか、調べれば調べるほど色々出てきますね。他にもあるんじゃないですか?その盾とか、明らかに何かありそうなんですけど」
「ああ、これか」
システムや拡張領域にあった物に夢中で忘れがちだったが、巨大化した浮遊シールドも調べなくてはならない。
───可変式浮遊盾『バリアブルシールド』───。
その浮遊シールドは以前の面影は一切無く、分厚い長方形となっている。正面から見れば八分割に溝があった。
「んー、これもよくわかんねえんだよな。デカイ癖に動きの邪魔にならねえ事しか………」
彼はその巨大な盾を殴ろうとしたり払い除けようとしたりしてるが、その度に距離を離したり絶妙な動きで避けたりなどちっとも当たりはしない。まるでそれは生きているようにも見える。
「可変式と名前が付くぐらいだからな、何かしらあるのだろう。概要欄には何か記載されてないか?」
「あー………、『武装取付』に『分割』………『要塞形態』?」
「『武装取付』………試しに何か武装を展開してみろ」
「んじゃ、『豪雨』」
彼女の指示によって彼は一つ武装を展開する。それは六本の砲身がある瞬間火力が高い射撃武装。
───20mm
「おっ。久々に見ましたね、それ」
「それを盾に近づけてみてくれ」
「………」
言われるがままに彼は『豪雨』を盾に近づけてみる。すると『豪雨』はまるで引っ張られた様に手から離れ、盾の裏側に勢いよくくっついた。
「くっつきましたけど………」
「ウェポンラックにもなるのか、その盾は………」
「しかも向きを変えられるし、撃てるぞこれ」
くっつく処か『豪雨』は砲身の向きが上下に動き、横に関しては巨大シールドごと動く。彼は真上に向けて何発か発射し、一瞬の内で辺り一面に空薬莢を散蒔いた。
その時の彼は腕を組んで棒立ち。何かしてる様子もない。
「や、柳………撃つなら撃つと言ってくれ………。ああ、耳が………」
「知ったことか。耳栓してねえあんたが悪い」
いきなり発砲した為、ノーガードだった彼女はその轟音によって耳を痛める。頭を抱えるように耳を塞ぐ彼女を見ても彼は悪びれる様子はなかった。
当然、一夏はISを纏っているため保護機能によってノーダメージである。
「ああ、くそっ。………それはイメージ・インターフェイスを用いているのか………?ということは、このシールドは特殊兵装………?他はどうだ?」
「うんともすんとも言わねえぞ」
「ふむ………解析したいところではあるが、今となっては不可能だからな………」
彼女は顎に手を当て考えに耽る。
彼の様子からして、思考制御によって巨大シールドを動かしていた事は明白だ。ならばあの盾は特殊兵装になったということになる。
(出力やパワーだけじゃない、特殊兵装まで………。既に『灰鋼』は第二世代ではないのか?)
出力やパワーアシストも第三世代に匹敵し、思考制御で動くであろう巨大シールド。最早この機体は第二世代のカテゴリから外れている。
(まるで天然の第三世代だな………)
人が造り上げた第三世代ではなく、機体自らが造り上げた『天然の第三世代』。出鱈目にも程がある。世界中の研究員達は涙を流す事であろう。
そう考えれば、上層部の連中がデータ採取を続行させるのも頷けた。恐らく今後も変化が起こると推測したのであろう。
『リカバリーショット』の出現といい、
「あれ?千冬姉、その右手どうしたんだ?」
「うん?ああ、これか。お前は気にしなくていい。コーヒーで火傷しただけだ」
「………」
一夏は今更ながら彼女の右手のあるものに気づき、隆道はそれを興味無さげに見る。
包帯が巻かれていたのだ。それも皮膚が一切見えない程にまんべんなく。
彼女が怪我をするなんて珍しい事もあるのだなと、一夏は深く考えはしなかった。
「他にも調べたい事はあるが、また今度にするとしよう。二人共戻っていいぞ。………それと織斑」
「へ?なん………ったはぁっ!?」
「織斑先生だ」
ようやく帰れると思った矢先にまさかの遅れた制裁。つい普段呼びをしてしまった時は直ぐに制裁を受けなかったので一夏は安心していたが、彼女は忘れていなかったのだ。彼が自然に先生と呼ぶ日はまだ遠いであろう。
「何やってんだ織斑。行こうぜ」
「ま、待って下さいよぉ」
遠ざかる二人を見送る。ピットに向かいながらも駄弁る二人を見て、彼女はその光景を少し羨ましいと思ってしまった。
「………本当に兄弟みたいだな」
何かが違っていれば、一夏の隣にいたのは自分であっただろうかと考えずにはいられなかった。
しかし、それは最早IFの話だ。自分はどう足掻いてもISと関わらなければならない。この世界から逃れる事は出来ない。
『織斑先生、大丈夫ですか?肝が冷えっぱなしでしたよ、ほんと』
「ああ、私は大丈夫だ。諸君もご苦労だった。先に戻ってくれて構わない」
『わかりました。お先に失礼します』
隅で待機していた彼女達に先に帰るよう言い、とうとう彼女は一人となる。
誰もいなくなり少しの時間が経ち、彼女は自分の右手をじっと見つめた。
「まさか、拒絶されるとはな………」
そう一言だけ呟く。その意味を知る者は彼女自身と、隆道のみ。
時刻は夜。本州の内閣府、個人情報保護委員会が入居するとあるビル。
その事務室にパソコンや書類と向き合う男が一人、眠そうな表情で椅子に凭れかかっていた。
「んー………」
「なんだ先輩、まだいたんですか」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
だるそうにしている男にもう一人の男が近づく。格好からして帰宅する寸前のようだ。
「ていうか、何やってんですかこんな時間に。もう俺達しか残ってないですよ」
「色々あるんだよこっちには。まったく、権利団体の連中といいIS学園の連中といい………」
「なんの話です?」
「あいつら、二番目の個人情報を寄越せってうるせーんだよ。俺が決めた事じゃねえのによぉ」
「二番目………柳隆道ですか」
IS学園は隆道に関する身辺調査書を政府に依頼したが、その内容は殆ど塗り潰された物だ。当然学園側は今も尚、身辺調査書を依頼している。
何を隠そう、塗り潰した調査書を送ったのは政府だ。彼に関する事は何が何でも隠し通したかった。
女性権利団体もまた、IS学園と同じ様に彼の身辺調査書を依頼している。当然ながらそれを知る権利など彼方には無いので無視はしているが。
「塗り潰しの調査書なんて送ればそりゃ騒ぐでしょうに。いったいなんでですか?」
「………ほら」
「?」
男が渡したのは、数枚の書類。いったいなんだこれは疑問を抱いた。
「それが正真正銘、柳隆道の身辺調査書だ」
「………っ!?!?!?」
「どうだ?まず見ないだろこんな奴?今までよく生きてきたと思うぜ」
「なっ、なんなんですか………これは………」
そこに書かれていた内容は、彼がIS学園に連れてこられるまでについた数々の前科や逮捕歴。その数はとても多く、とても普通ではない事がわかった。
「暴行罪に強姦罪………傷害罪まで………!」
「初めて見た時はたまげたぜ?世の中こんなやべえ奴がいるんだなってな。まあ、暴行罪と強姦罪については全部冤罪だって事は調べがついている。多分、女に逆らい続けてたんだろうよ」
「いくらなんでも多すぎる………!普通だったら………」
「ああ、普通だったら一生日を拝む事なんて出来ねえ。けどな、コイツは直ぐに社会復帰してんだよ。どう思う?」
「………誰かが彼を助けている?」
今のご時世で女性に訴えられでもしたらその時点で人生は終わるはずだ。なのに、彼は有罪になろうが直ぐに復帰し、また訴えられるのを繰り返している。普通なら有り得ない事だ。
「手助けしてる相手だけはわからなかった。綺麗に消えてるんだよ、そこだけはな」
「………傷害罪の方はどうなんですか」
「ああ。なに、ただの喧嘩さ。と言っても………相手を病院送りにするほどのだけどな」
椅子に凭れかかる男は一枚の書類を指差し、それを見るように促す。そこに書かれていたものとは───。
「………!」
「殆どが一対多のリンチにも関わらず、二番目は全員病院送りにしてやがる。全員が大体全治二ヶ月になる程にな」
「………これも、直ぐに?」
「ああ」
ますます有り得ない。こんな危険な人間を、何故直ぐに外へ出してしまうのだろうと考えずにはいられなかった。
「これをIS学園の連中に見せたらどうなると思う?あの学園には女尊男卑思想を持った輩までいるんだぜ?これ以上無い弱みになると思うんだよな、俺は」
「………だから、隠したと?」
「勘違いするなよ。理由は他にもあるだろうし、決定を下したのは上の連中だ。文句はそっちに言え」
「………まあ、わかりましたよ」
決定した事はどうすることも出来ないなと納得し、再び書類に目を通す。
「彼が通ってた中学校、確か廃校になった学校ですよね。なんでもいじめが酷くて教師達もグルだったとか。………ん?先輩、小学時代が途中からになってますよ?」
「ああ、中学校は二番目が転校したとほぼ同時だな。暴れ始めたのも丁度その時期からだ。小学時代に関してはそれが調査の限界だった。離婚した篠原家の方も何故か同じ所までしか知る事が出来なかったんだよ」
「………」
経歴の一番始めは世界規模の事件が起こった十年前。それ以前の事は書かれてはいない。これもまた謎であった。
それに彼が暴力を行うようになったのも、中学校が廃校になった頃から。恐らくこの中学校で起こった事によって彼はあのようになってしまったのだろう。
「………ところでよぉお前さん」
「ん?なんですか、先輩っ………!?」
声をかけられ顔を上げると、男はどこから取り出したのか拳銃を持ち此方に向けていた。
その瞳は暗く、先程までのだるそうな表情も一切無い。まさに無表情といったものであった。
「せ、先輩………何を………」
「てめえが『更識』の人間だって事は知ってんだよ。バレてねえと思ったのかこの野郎」
「………!?」
そう、男を先輩と呼んでいた彼は別の組織から来た工作員だ。政府がひた隠しにする隆道の調査をする為に潜入し、調査を行っていたのだ。
ここ最近情報を掴めていなかったが、今日ようやく知りたかった事を知れたので直ぐに報告をしようとしたのだが───全て筒抜けだった。彼は泳がされていたのだ。
「どう………して………」
「『更識』は日本政府に属する対暗部用暗部なのに………ってか?馬鹿が。当主はIS操縦者に加え現役の『ロシア国家代表』、政府全体がお前らを信用してると思ってんのかよ」
「うっ………」
「さてと、ここで先輩からてめえ自身に対して大事な大事な質問だ。………てめえは───」
───どっちの味方だ?
場所は変わって、とある廃工場。
普通なら人一人としていないはずのその場所には、大勢の男達が屯していた。
その中で一人の男は誰かと通話している。
「………了解っす、任せて下さい。それで、その女二人は好きにしても?………わかりましたよっと。んではまた」
男は通話を切り、奥で座り込む顔が傷だらけになっている大男の元に寄る。恐らくその大男がリーダーなのだろう。
「先輩、『飼主』から連絡がありました。明日、柳隆道が自宅に戻って来るそうです。仕留めろと指示が」
「………ほぉ、そうかそうか。隆道が、ねぇ」
大男はニヤリと笑みを浮かべ、立ち上がる。その巨体は近くで見ると圧巻の一言に尽きるであろう。
「全員に伝えろ、隆道の野郎が戻って来るってな。それとありったけの武器も用意しろ」
「はい、直ぐに。………あの、『髑髏』の連中が黙ってるとは思えませんけど」
「彼奴等が来る前に仕留めねえとなぁ。用心しとけ」
「わかりました」
そう言って男は大男から離れる。男は何人かに耳打ちをし、廃工場を後にした。
「隆道ぃ………。今度こそてめえを殺してやるからなぁ………」
大男は隆道に対して怒りを持っているのか、顔を歪ませ歯軋りをする。その表情は、周囲の男達を震え上がらせる程だった。
悪意は、彼を待ち構えている。
◆リカバリーショット×3
単一仕様能力『悽愴月華』によって奪った余分なエネルギーを有効活用する為にコアが作成した偶然の副産物。注射器の様な形状をしており、表面には『S・E』と記されている。
使用すると少量のエネルギーを回復し、 ISに備わる自己修復機能を促進。使用後は拡張領域に自動的に格納される。
単一仕様能力だけでなく、学園の設備でもエネルギーの充填は可能。
次回、オリジナル回『暴力だらけの日曜編』。
ついにあの家政婦が………!