IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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やっべー、だいぶ遅れました。
しかもまた文字数の関係でオリ主と家政婦の絡みまで行けなかったし………。15000文字じゃ足りないよ………。次だ次!次こそは!

注意。
オリキャラ(名無し多め)がガッツリ増えてます。まあオリ主の地元だし、仕方ないね。

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女の子の『歌を口遊む』を『鼻歌を歌う』に変更。
それに伴い微量の描写修正。

棹石の彫刻に和暦追加。(現代基準)
IS学園入学時点の西暦を2022年(令和4年)に設定。


第二十五話

『野良犬の巣窟』と呼ばれる地域の住宅街、そこにある一件の一戸建て。

その家は玄関を始め、リビング、台所、洗面所等は余計な物が何もなくさっぱりとしている。目を楽しませるような物は一切存在せず、そこはまるで牢獄だ。

そんな殺風景な部屋の一つであるリビングには物が大量に詰められた買い物袋が複数と、硬い表情で黙々と掃除を行う女性が一人。

 

「………」

 

現在この戸建ての家主は二ヶ月以上も不在である。以前までは彼女を含めた三人が住んでいたが約半年前に一人減ってしまい、今年の三月半ばにまた一人いなくなった。いや、連れて行かれたと言うのが正しい。よって、ここ最近の出入りは彼女たった一人だ。

そんな独りぼっちになってしまった彼女は一言も発さずに手際よくリビングを綺麗にしていく。家主の帰りを今でも待ちわびるかのように。

 

「ふぅ………」

 

朝早くから掃除をしていたのだろうか、一度手を止めて小さく溜息を吐き背伸びをする彼女。背伸びをした事により、破壊力抜群な豊満な胸はより一層強調される。それは大多数の女性の心を粉砕機にかけるかの如く砕いてしまうほどに圧倒的だ。鈴音が見たら血涙を流す事は間違いない。

 

「もうこんな時間………」

 

ふと、彼女は時計を見ると時刻は既に十時を過ぎている事に気づく。少し休憩を挟もうとテーブルに座ろうとするその時だった。

 

「………?」

 

突如彼女のポケットから鳴る無機質な着信音。いったい誰からだと携帯を手に取り開くと、画面には『馬場 章吾(ばば しょうご)』という文字が。彼女はその文字を見て直ぐに電話に出る。

 

「もしもし。章吾くん、どうかし───」

 

『姐さん?今どこに?家か?』

 

電話に出ると直ぐに章吾と呼ばれた青年が彼女の応答を無視して話してくる。焦っているのか、その声はやけに切羽詰まっていた。

 

「うん?うん、先程まで掃除をしていたところ」

 

『ああ、そりゃよかった。………ついさっき、(おさむ)から連絡が来てよ。見慣れない女が二人、ここの住宅街に入ったってよ。それに、駅で『飼い犬』も見かけたとさ』

 

「………そう。また、なんだ」

 

彼女は彼の話を聞いて、またなのかと半ば呆れてしまった。

住宅街にやって来た二人の女性。彼が見慣れない女と言った以上、住民の知人である線は消えている。住民の知人がやって来る場合、全ての住民に話が入って来るはずなのだ。それが無いということは余所者である事は確実だった。

女性二人の目的はわからないが、この時期にこのような所へ来る理由などたかが知れている。十中八九ある人物の調査か、自分を探しているのだろう。

稀に住宅街へ偶々入ってしまう全く害の無い人間もいたりするが、この住宅街の環境を見てしまえば一刻も早く抜け出そうとするだろう。抜け出さずに奥へ入ろうものならその時点で警戒対象だ。

『飼い犬』の目的も不透明だが、この近辺で現れた時は大抵悪巧みをしている。ろくでもない事は確実だ。

しかし、今は放っておいても良いだろう。何せ『彼等(かれら)』の手によって住宅街には簡単に近づくことは無くなったのだから。

 

『ああ、だから姐さんは家から出ないでくれ。女二人の目的がわかんねえし、もしかしたらまた姐さん狙いかも知れねえ。『飼い犬』共の方は………まあそう簡単には来ねえだろうし、来る頃には準備は済ませてるさ』

 

「………あの、章吾君」

 

『あん?』

 

「えと………章吾君達が私の事を気にかけてくれるのは凄く嬉しい。けど………自分の身は自分で守れるから、もう私の事は気にしないで───」

 

『それは出来ねえ』

 

彼は彼女の言葉を遮るように言い放つ。そこには先程の焦りは微塵も感じられない。

 

『確かに姐さんは強い、俺達の誰よりも。男より女が強いなんてよく言ったものだよな。姐さんが正にそれじゃねえか』

 

「っ………!し、章吾君、それは違───」

 

『けどな………それとこれとは別だ。ここが、姐さんがいるこの街が俺達の居場所なんだ。それを乱す奴は誰であろうと許さねえ。絶対にな』

 

「章吾、君………」

 

彼もまた、今の社会によって迫害されてきた人間の一人だ。彼が指す『俺達』も例外ではない。

幼い頃から何度も脅威に晒され、やがて大多数の女性を信用しなくなった彼等はそんな絶望の中、ようやく自分達の居場所を見つけたのだ。

だが、今やその居場所すら脅かす存在がいる。それを黙って見過ごす訳にはいかない。

 

『もうこれ以上、何も奪わせねえ。この街で好き勝手する奴は、姐さんを狙う奴は全員ぶちのめしてやる。二度と来れねえよう徹底的にな。それに………』

 

「………?」

 

電話越しの彼は少し黙り、再度言葉を続ける。

 

『仮にだ。姐さんにもしもの、もしもの事があったら………くそったれ共に連れて行かれた()()()に顔向けが出来ねえんだよ』

 

「っ!?」

 

『まあ、そういう訳さ。………心配すんなって。害が無きゃ監視で済ませるし、あったとしてもどうとでもなる。『飼い犬』共にも備えなきゃいけねえしよ。んじゃ、そういうことで』

 

彼はそう言って電話を切る。静かに携帯を閉じた彼女はその場所で俯いた。

 

「違う、違う………違う………!」

 

震えながらも、彼女は掠れた声で呟く。その目には、うっすらと涙が出ていた。

 

「私、は………強くなんか………ないよ………」

 

次第に声は小さくなっていき、とうとう彼女は啜り泣いてしまう。呟いた言葉やその涙の意味は彼女しか知らない。

 

 

 

 

 

彼女のいるこの戸建ては家主───隆道の自宅。そして、一人孤独に啜り泣く彼女の名は───。

 

 

 

 

 

住宅街にある一つの空き地。

そこには少年から青年までの若人が十人近く屯している。だがその光景は、誰が見ても単に集まっている様には見えなかった。

数人は互いにやり取りをした後に空き地から離れ、数人は何処かに連絡を取って他の人間に指示を出したりなど忙しさが見える。

そんなせわしない集団に向かって携帯をしまいながら近づく、首元に一本の古傷が見える青年が一人。先程まで電話をして彼の表情はどこか険しい。

そんな険しい顔をする彼───馬場章吾は一人の少年に声を掛けられた。

 

「馬場さん、姐さんはどうでした?」

 

「隆道の自宅にいるとさ。家から出ねえように言っといたから一先ず大丈夫だろ。そっちはどうよ?」

 

「住民の人達には連絡済みです。『得物』は仲間達が用意中で、何人かは先輩方と一緒に女二人の監視へ」

 

少年は女性二人と『飼い犬』が出現して間もないにも関わらず、既に近辺に報告を済ませていた。そのおかげで此方は先手を取れるという有利な状況を作り出す事が出来る。

その事実に彼は満足そうに笑みを溢した。相変わらず手際が良いなと。

 

「やることが早えじゃねえか。さっきまでいたガキんちょ共は帰らせたか?」

 

「帰る様に言ったんですが………すみません。『スパイしてくる!』とか言って走って行っちゃいました」

 

「あいつら………」

 

彼は子供達のアグレッシブな行動に頭を押さえながら苦笑いせざるを得なかった。自分達の手助けをしてくれる事は有り難いが、恐らく楽しんでやっているんだろうなと思わずにはいられない。

それに、相手の正体がわからない以上何をしてくるか不明だ。いくらなんでも子供に手を出すとは思えないが、もしもの場合を考えて念を入れておく。

 

「ガキんちょ共には直ぐ家に戻る様に連絡しとけ、相手は何しに来たのかすらわかってねえんだからよ。お前らは用意の手伝いに行け。『飼い犬』に備えてそのまま待機だ」

 

「馬場さんはどうするんです?」

 

「俺も女二人の所へ向かう。んじゃ、行ってこい」

 

「うぃっす。ではまた後で」

 

少年は残っている他の青少年達の元に向かい、全員を引き連れて空き地を後にする。一人残った彼は、眉間に皺を寄せながら呟いた。

 

「さて、忌々しいくそったれの女共。てめえらは何処の連中だ………?もし()()なら………」

 

次第に表情は歪んでいき、やがてそれは人とは思えないものへと変わっていく。それは言い様の無い殺意、『どす黒い何か』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青少年達に目を付けられているとも知らずに閑静な住宅街を多少の警戒をしつつ歩く二人の女性───真耶と菜月。そこには彼女達以外の人間は誰もいなかった。

 

「静か………ですね」

 

「ええ………結構不気味ね」

 

日曜日にも関わらず周辺は静かで、人一人として見えない。目に映る戸建てには人が住んでいる雰囲気はあれど、どこもカーテンが閉まっている。それが一層不気味さを引き立たせた。

 

「それに………至るところにあるアレって………」

 

「よほど警戒してるのね、ここの人達は………」

 

真耶が一つの電柱の上に目線を向ける。そこには監視カメラが一つ。

監視カメラそのものについては思うところは無い。どの地域でも必ず存在はするし、IS学園にもそれなりの数を配置している事から見慣れている。あったところで何も不思議とは感じない。

では、何故気にかけているのか。それは二人が疚しい事を企んでいるからなどではない。

 

 

 

()()()()()()のだ。

 

 

 

住宅街に入る時から見かけてはいたが、進む先全ての電柱に監視カメラが配置されており、種類はボックス型からドーム型など多種多様。それらは死角を作り出さない様に徹底されていた。

電柱だけではない。戸建てにも、一件に二つ以上の監視カメラが取り付けられている。あれだけの監視カメラがあれば防犯効果は抜群処の話ではない。

 

「こ、これだけ多いと落ち着かないですね」

 

「堂々としなさい。余計怪しまれるわよ」

 

悪い事をしてる訳ではないが、こうも監視カメラが多いと縮こまってしまう。この地域の並外れた監視態勢に彼女は嫌でも寒気立ってしまった。

しかし、菜月の言うように堂々としていなければならない。ただでさえ警戒されているのだ、些細な行動一つでより一層警戒を強められたら何もわからないまま終わってしまう。それだけは何としても避けたいところ。

 

(それにしても………なんでしょう、この感じ………)

 

この時、真耶は先程から感じる複数の視線に疑問を抱いていた。

彼女はその容姿からか、今までに下心満載の視線や嫉妬の視線を受けたことがある。何せ胸が大きい上に、普段から胸元の空いた服装で過ごしている為周囲の注目を集めているのだから。当然、下心満載の視線は男性、嫉妬の視線は女性である。ちなみに、当の本人は自覚など一切無い。

しかし、今感じている視線はそれらとは違うと感じた。辺りを目の動きだけで見渡しても誰もいない。あるのは過剰に置かれた監視カメラのみ。

 

(気のせい、ですよね………)

 

どれほど注意深く見ても人は見えない。視線を感じるのも、きっと監視カメラのせいだろうと自己解決し考えるのを止めた。

 

「わかってると思うけど私達がIS学園の人間だということは伏せなさい。住民に声を掛けられたら引っ越しの視察に来たとでも言えばいいわ」

 

「は、はいっ」

 

目を合わせずに小言でやり取りをする二人。住民達にIS学園の人間と知られる訳にはいかない。故に当たり障りのない理由を持っていかねばならなかった。

一直線に隆道の自宅へ訪問すれば手っ取り早いのだが、それでは自分達が彼に関する目的で来たと言ってる様なもの。刺激を与えない為にも慎重に行動する必要がある。

目的の達成は困難を極めるが、ここまで来たからには前に進むしかない。

 

「それにしても本当に誰も見かけないですね」

 

「ええ、日曜日なのに子供すら見え───」

 

 

 

「ねーねーお姉さん」

 

 

 

突然、声を掛けられた。正面には誰もいない、その声のする方向は───二人の真後ろ。

二人して顔を向けると、そこにはパーカーを着た小さな女の子が一人。見た目からして小学年で、フードを深々と被り両手を備え付けのポケットに突っ込んでいる。

なんだ、いるではないかと人がいることに安心したと同時に、何故小さな女の子が一人だけなのだと疑問も抱いた。

しかし、声を掛けられた以上は此方も応えるしかない。彼女達は表情に出さない程度に注意を払いつつ、会話をするべく菜月は女の子の目線に合わせて屈む。

 

「あら、こんにちは。君一人かな?お父さんお母さんと一緒じゃないの?」

 

「………いまは一人。お父さんは家にいるよ。………ところでお姉さんたちはだぁれ?どこから来たの?」

 

「私達はね、近いうちにここへ引っ越そうと思って、それで見に来たのよ」

 

「ひっこし?」

 

女の子は引っ越しの意味をわかってないのか首を傾げる。様子からして疑われては無い様で、それを見て二人は一先ず安心した。勿論顔には出さずに。

 

「そう、ここに住もうかなって色々見てるのよ」

 

「………ふーん」

 

「それにしてもここは静かね。いつもこうなの?」

 

「………んーん。たまーにしずかになるよ、たまーに。あ、でも最近は多くなったかなぁ。今日はついさっきまで賑やかだったよ」

 

女の子が言うには、このような人一人いない静かな光景はここ最近になって増えたらしい。恐らく政府やIS学園関係者、そして自分達が関係しているのだろうと二人は推測した。

 

「あ、そうだ。良かったら案内してくれるかな?今日来たばかりだから道が良くわからなくて」

 

「………いーよ。案内するね」

 

「ありがとう」

 

これは好機だと菜月は考えた。ここの住民であろう女の子と行動を共にすれば住民の警戒を少しでも解いてくれるだろうと。

女の子は二人を通り過ぎ、住宅街の奥へと進んでいく。二人はとてとてと可愛らしく歩く女の子に付いていった。

 

 

 

 

 

真耶と菜月は気づかない。

 

 

 

 

 

「どうする?奥に行っちまったぞ。章吾から帰らせろって言われてんのに、やっぱ危ねえって」

 

「光乃さん大好きっ子だからねぇ、話を聞いて気が気じゃなかったんでしょうね。でも心配しないで、あの子は誰よりも警戒心が強い。それは貴方も知ってるでしょ?」

 

 

 

 

 

その女の子も『彼等』の味方だ。

 

 

 

 

 

「まあ、そうだけどよ………だったら尚更近づかねえだろ普通」

 

「それほど私達を信じてるって事よ。後でちゃんとお礼しておかないとね」

 

 

 

 

 

住民は決して余所者に気を許したりはない。

 

 

 

 

 

『お前ら、そこでぼけっとしてないでさっさと移動しろ。お姫様に何かあったらどうするんだ』

 

「今向かうわ。ほら、私達も行きましょう」

 

「はいよ」

 

 

 

 

 

『彼等』は既に監視している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、住宅街から少し離れた公園。いや、そこは厳密に言えばただの公園ではない。

その公園の敷地面積はとても広く、自然で溢れている。所々に東屋やベンチなどがあり、季節の花が咲き誇る事から写生する人間もちらほら。

全体の面積の内、公園部分の三分の二を有しているそこは散歩をする者、通学路として通り抜ける者、そして桜の季節になると花見をする者など様々だ。

では残りの三分の一は何なのか。

 

「………」

 

敷地内の三分の一を有するその場所には青年───隆道が一人。彼は自宅に向かう前に寄りたい所があると言い、とある場所で『ある物』を買った後にここへ足を運んできた。

護衛には事情を説明し、今は公園の入り口で待機している。

 

「………」

 

そんな彼は今、目の前にある()を暗い表情でじっと見つめている。そこに感情は何一つ存在はしていない。

その石の正面には『忘己利他(もうこりた)』と縦に字が彫られており、側面にも何やら小さく文字が彫られていた。

 

「………一月以来、か。五ヶ月ぶりってか?」

 

ソレを見つめて数分。彼は周囲に人がいる訳でもないにも関わらず、言葉を発する。まるでそこに誰かがいるかのように。

 

「本当は三月の終わり頃に来る予定だったんだけどよ。IS適性があるって判明して、IS学園に無理矢理押し込まれて………。そんで、色々あり過ぎて遅れちまった」

 

当然、その言葉を返す者はいない。あるのは静かな風の音、ただ一つ。

 

「そこでさ、久々に日葵と会ったんだよ、八年振りに。あいつは………あいつ、は………」

 

 

 

『そうでぇーす!八年前に離れ離れになったにーにの妹、篠原 日葵っでぇーす!!』

 

 

 

「………ああ、元気だったよ。八年も経てばあんなに成長するんだな。あんだけ元気なら大丈夫だろ、何も心配はいらねえ」

 

彼は決して変わり果てたとは言わず、日葵は元気に成長したとだけ呟いた。硬かった表情は次第に歪んでいき、それは悲痛なものへと変わっていく。

だが、それもほんの数秒ほど。直ぐに表情を無くし、言葉を続ける。

 

「………まだ色々と言い足りねえけど、ここら辺りにしておくわ。あとさ………良いもの、とは言えねえけど、これ買ってきたんだよ」

 

そう言って、彼は手持ちの袋からそれなりに大きい鉢植えを二つ取り出す。それに植えてあるのは紫と白とピンクの三色を彩る、鮮やかで可憐な小さい花。

 

 

 

───『雪割草(ユキワリソウ)』。別名『ミスミソウ』───。

 

 

 

その二つの鉢植えを石の前に左右対称に置き、花の向きを自分の方へ向ける。その場から少し離れてそれを眺めながら、彼はまた一言。

 

「やっぱ………結構綺麗だよな、その花。………ここの世話は次から()()()に任せるわ、俺はいつ来れるかわからねえしよ。………じゃあな」

 

その言葉を最後に、彼は()()()()()()()その場を離れていく。

 

 

 

 

 

彼がいた場所は霊園───公園墓地。先程まで彼は独り言を呟いていたのではない。

そこに眠る故人に語りかけていたのだった。

 

 

 

 

 

彼が語りかけた墓───その棹石(さおいし)の側面には文字が彫られていた。そこにはこう記されている。

 

 

 

 

 

『令和三年 十二月二日 柳 光輝(こうき) 四三才』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園墓地の入り口に戻った彼は護衛と合流し、今度こそ目的地へと向かう。その間は互いに喋らず、終始無言だ。事前に事情を訊いた護衛───真吾なりの気遣いなのかもしれない。

しばらく歩いて十一時を越えた辺りで、ようやく二人は住宅街の入り口付近に辿り着く。

 

「着いたね。といってもまだ自宅じゃないけどさ」

 

「………ああ」

 

「先輩方から話は聞いていたけれど、本当に静かだね。いつもこうなの?」

 

「………」

 

真吾は初めて訪れた住宅街の雰囲気に疑問を抱いていた。日曜日にも関わらず人は誰一人として見えず、静まり返っている。

 

「監視カメラもあんなに───」

 

「………くそったれが。『余所者』がいる」

 

「え?」

 

「『彼奴等(あいつら)』が動いてる………。相手は誰だ………?」

 

雰囲気だけでなく、監視カメラだらけの光景に釘付けになる真吾だったが、その時彼は突然呟いた。

一瞬何を言っているのかわからなかったが、困惑する真吾を余所に彼は今もぶつぶつと独り言を続ける。

 

「柳君。『余所者』とか、『彼奴等』とか………さっきから何を言ってるんだい?」

 

「………ここの話は聞いたって言ってたよな。なら、アレについても聞いた事はあるか?」

 

「アレ………?」

 

彼は住宅街の奥を見据えたまま、近くにあるコンクリートブロックの壁を指差す。

 

 

 

そこには、やけにクオリティの高い髑髏の絵が一つ。

 

 

 

そしてその下には赤い文字でこう書かれている。

 

 

 

『watching you』

 

 

 

それを見た真吾は寒気を覚える。あの絵についても知っていたが、こうして見るのは初めてだ。アレは何なのかと仲間内で話題にはなってはいたが結局不気味な事以外わからず、ただの落書きだろうということで話は終わった。

 

「う、うん、アレも先輩方から聞いた。ところでアレはいったい………?」

 

「あの言葉にはな、二つの意味が込められてるんだよ」

 

「二つ………?」

 

「一つは、ここの住民に対して『あなたを見守っています』。そしてもう一つは………」

 

彼は小さく溜息を吐きながらも、未だに住宅街の奥を見据えている。その目は鋭く、先程までの硬い表情が嘘の様に険しい。

 

「………もう一つは?」

 

「余所者に対して『お前を監視している』だ」

 

「………!」

 

「これだけ静かで、しかも誰も見えねえって事はだ………今、ここにいるんだよ。住民を刺激している『余所者』と、そいつを絶対に許さない『彼奴等』がな」

 

そう言って彼は奥へと進んでいく。住宅街の状況と髑髏の絵に赤い文字、そして彼の意味深な発言によって戦慄を覚えた真吾は直ぐ様我に帰り、先へと進む彼の元に急ぐ。

 

「俺はここの住民だから問題はねえし、あんたは()()()()()『彼奴等』の対象外だ。仮に目を付けられたとしても()()と思われてる限り何もされねえよ」

 

「た、対象外………?さっき言ってた監視の事かい?」

 

「監視で済めばそれで良いさ。………けどよ、もし『彼奴等』に()()と思われたら、その時は………」

 

「………その時は?」

 

 

 

 

 

───そいつは標的、()()()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

「フンフフーン~♪」

 

鼻歌を歌いながら二人───真耶と菜月を先導する女の子は、今や異様の一言に尽きた。

 

「フフフフーン~♪」

 

「「………」」

 

女の子は案内すると言って以降、ほとんど話し掛けてはこない。此方から話し掛けた際は振り向いて応えたりする時はあるが、その時は決まって自分達を見た後に周囲を目の動きだけで見渡している。その様子は何かを見ている、もしくは見えている様に見えた。

未だにフードを深々と被って両手をポケットに入れたその姿も異様の言葉以外見つからない。転んだら危ないから手は出しておいた方が良いと言ったのだが、当の本人は「これでいいの」と聞く耳を持たなかった。

姿や行動があまりにも子供らしくない。女の子には申し訳ないが、不気味過ぎると二人はそう感じてしまった。

基本的に話し掛けてこない女の子であったが、たった一つだけ話し掛けてくるタイミングがある。それは───。

 

「そっちはダメだよ」

 

───分かれ道からある方向へ行こうとすると、この様にハッキリと言葉を放つのだ。どの方向から向かおうとしても必ず足止めされて別方向に案内される。

女の子が頑なに行かせまいとする道、それを地図と照らし合わせるとある事が発覚した。

 

(やっぱり………柳君の家に行かせないようにしているわね………)

 

(どうしますか………?このままでは………)

 

このままではジリ貧だ。女の子に一言お礼を言って別れるべきなのだが、それだと余計に隆道の自宅へ自然と向かう事が難しくなってしまう。既に何度か断られてる為、彼の自宅に向かう事は不自然なのだ。住民の警戒を薄める為に女の子についていった訳だが、結果的にそれが仇となってしまった。

どうすればいいと考えに耽っていたその時、ここで二人は一つの疑問を抱く。何故、彼の自宅に行かせまいとしているのか。

 

((今………彼女は家に?))

 

もしや、彼の自宅には自分達が探している家政婦───光乃がいるのではないだろうか。そう予想する事は難しい事ではなかった。

しかし、今は彼の自宅へ向かえない以上確かめる事は出来ない。博打に近いが、ここは一つ鎌をかける事にする。幸いにも相手は子供だ、もしかしたらぽろっと言ってくれるかも知れない。

故に菜月は当たり障りのないよう、行かせない道について尋ねた。

 

「ねえ、さっきの道には何かあるのかな?通れない道なの?」

 

「………通れるよ。でもダメなの、あそこには()()()()()がいるから」

 

女の子は二人の前を歩いている為に表情は見えない。距離を詰めて横から顔を覗こうにも、深く被っているフードが邪魔をする。

 

「お姉ちゃん?君のお姉さんがいるの?」

 

「んーん、()()()()()()()()()。この前までは一緒に遊んでくれたのに、知らない人に追いかけられてからあんまりお外に出なくなっちゃった」

 

心なしか、女の子の声は少し暗くなったと二人は思った。女の子はふと、その場で立ち止まり二人の方を体ごと振り向く。

 

「そのお姉ちゃんはね、一緒に住んでいるお兄ちゃんがいたんだけど………このあいだ黒い服を着た男の人たちに連れていかれちゃって。お姉ちゃんすっごく泣いてた」

 

「「………!?」」

 

真耶と菜月はそれを見て息が詰まった。

 

 

 

女の子の表情は暗かった。

 

 

 

どこまでも暗く───。

 

 

 

どこまでも深く───。

 

 

 

そして、二人を見据えるその瞳は───。

 

 

 

───どこまでも『どす黒い何か』だった。

 

 

 

「だからダメなの、あの道を通るのは。もう、お姉ちゃんを困らせたくないから。もう、悲しませたくないから」

 

「「………」」

 

ソレを見てしまった二人は慄然とした。こんな小さな女の子が、このような目をする事があるのかと。

 

「………だから、あの道は通らないでね?」

 

「え、ええ………」

 

女の子が行かせまいとする道とその理由、そしてその理由から出てきた『お兄ちゃん』という単語。間違いなく『お兄ちゃん』は隆道の事を指している。『お姉ちゃん』は光乃で確定だろう。

 

(諦めるしかないわね………)

 

菜月は察してしまった。駄目だ、彼の自宅に行くことは出来ないと。もしも行ってしまったら最後。もう二度とここの住民から信用されなくなる。

真耶には申し訳ないが、これ以上の進展は不可能に近い。適当な所で切り上げて帰ろう、そうする事にした。

 

「山田先生、もうこの辺りで───」

 

「ひゃ、ひゃいっ!?い、今行きま───」

 

真耶は慄然とした状態がまだ抜けていなかったのだろう。彼女にとって不意打ちとも言える菜月の声掛けは、仰天するには充分の効果があった。

完全に混乱に陥った彼女は菜月に置いてかれると思ったのか、慌てて前進し───こけてしまう。

 

「うぅ、いたたた………」

 

「はぁ、何やってるのよ。ほら立って───」

 

何も無い所でこけた彼女に呆れながらも、立ち上がらせようと手を伸ばしたその時、()()()()が視界に映る。

何だアレはと、菜月は屈んだ体勢のままそれに向けて視線を動かす。

 

 

 

それは裏になっている写真だった。

 

 

 

───何故写真が?

 

 

 

───何処から出てきた?

 

 

 

そこで菜月はある事に気づいた。

 

『根羽田光乃さん………彼女を見つける事が出来るでしょうか………?』

 

咄嗟に倒れてる彼女の近くを見渡すと衝撃によって開いてしまった鞄があり、そこからは書類等が何枚か顔をのぞかせている。つまり、そこに落ちている写真は───。

 

「───っ!?」

 

あの写真を見られるのは非常にまずい。ただでさえ住民に警戒されているのだ。見られてしまったら自分達が何の目的でここに来たのかバレてしまう。

見られる前に回収しなくてはと菜月は直ぐ様手を伸ばしたが───届く直前、女の子は子供とは思えない程素早い動きでソレを拾ってしまった。

 

「あ───」

 

「す、すみません榊原せ………───」

 

「………」

 

静寂。うつ伏せになっている真耶、屈んだ姿勢で手を伸ばす菜月、そして拾った写真をじっと見つめる女の子。この時、この場所だけが時間が止まったかの様な光景と化した。

 

「あ、あの………それは───」

 

 

 

 

 

「やっぱり、お姉さんたちもそうなんだ」

 

 

 

 

 

「「───っ!?!?!?」」

 

女の子が発する声は、先程とは比べ物にならないほどに暗かった。女の子は写真をポケットにしまい、ゆっくりと後退りながら淡々と言葉を放つ。

 

 

 

「………皆ね、お姉さんたちのような『余所者』は最初から信用なんてしてないんだよ」

 

 

 

女の子の表情は次第に歪み、それは『憎しみ』と化す。

ソレを見た二人はその場から動く事も、女の子から目を離す事も出来ない。

 

 

 

「隆道お兄ちゃんと光乃姉ちゃんが言ってたんだ。嘘をついて近づいてくる人間は皆───」

 

 

 

 

 

───『敵』だって。

 

 

 

 

 

その直後、女の子は俊敏にポケットから『黒い物体』を取り出し、ソレに付いているピンを思い切り引っ張り二人がいる場所の反対方向へ投げ捨てる。ソレから鳴り響くのは連続したけたたましい爆音。

 

「きゃっ!?な、何この音っ!?」

 

「み、耳がっ………!」

 

ソレは、防犯ブザーというにはあまりにも音が大きすぎた。そこから出る爆音に近いアラームによって真耶と菜月は思わず耳を塞いでしまう。そんな二人とは違い、女の子はアラームなどちっとも気にしていない素振りを見せている。

 

(ど、どうして平気なんですか………!?)

 

真耶の疑問は尤もだった。防犯ブザーは女の子の真後ろで今も鳴り響いている。距離が離れている彼女達ですら耳を塞ぐほどの爆音にも関わらず、何故女の子は平気な顔をしているのか。その答えは直ぐにわかった。

 

「何事も準備は必要なんだよ………?こんな風にね」

 

女の子はそう言って深々と被っていたフードを下ろすと、そこにあったのは耳を完全に覆うイヤーマフ。女の子はこれを用いて防犯ブザーの音を遮断していたのだ。

 

「なっ………あ………!?」

 

「凄いでしょコレ?隆道お兄ちゃんがくれたんだ。えーと、そーおんせいぎょがた(騒音制御型)?そんな名前だったよ。コレのお陰でうるさい音だけ聞こえなくなるんだ」

 

用意周到なそれを見て、真耶はようやく理解した。目の前の女の子は、他意なく話し掛けてきたのではない。

 

 

 

最初から自分達を炙り出すつもりだったのだ。

 

 

 

完全にしてやられた。先程言われたように、女の子は最初から自分達を信用する気など無かったのだ。

 

「どう………して………」

 

「どうして?なんでどうしてって言うの?それはお姉さんたちが良くわかってることでしょ?」

 

「う………」

 

「後は『お兄ちゃんたち』にお願いするね。バイバイ、お姉さんたち」

 

女の子は投げ捨てた防犯ブザーを拾って音を切り、奥へと走っていく。誤解を解かなければと、真耶は女の子を追いかけるべく立ち上がり菜月を置いて走り出す。自分達は何もするつもりはない、ただ話を聞きたいだけなのだと。

 

「ま、待って下さい!?お願いですから話を───」

 

「───っ!?山田先生っ!!!」

 

 

 

走り出したその時、彼女は突然と全身に悪寒が走った。

 

 

 

それはIS学園で感じた事のある『殺意』。

 

 

 

今までの経験によって培った身体能力、そして人間の防衛本能が働き、彼女は咄嗟に身を屈めると頭上辺りに何かが通り過ぎる。

 

「───っ!?」

 

「───っ!?このっ!!!」

 

次に彼女が認識出来たのは男性の声。その正体を見るべくその方向へ顔を向けると、鈍い光を放つ刃が自身の顔面に向かって───。

 

「───きゃあっ!?!?!?」

 

───寸でのところでその刃を鞄で防御出来たのは奇跡だった。

だが、それだけだ。防御は出来ても衝撃は殺せない。まるで殴り抜かれたような感覚に襲われた彼女はそのまま後方に大きく仰け反り、菜月がいるところで体勢を崩して尻餅をついてしまう。

 

「いっ、いったぁ………」

 

「山田先生っ!怪我はっ!?」

 

「わ、私は大丈夫で………っ!?」

 

いったい何が起こったのかわからなかった。わかったのは風を切る音、男性の声、そして自分に迫ってきた銀色の刃物のような何か。尻を擦りながら先程まで自分がいた所に視線を移すと───。

 

「………」

 

 

 

そこには、少年がいた。

 

 

 

その少年は見た目と先程の声からして十五歳前後に思える。黒のレザージャケットとグローブを身に纏い、口元には『髑髏』のフェイスマスク。此方を見据えるその眼は鋭く、異様に殺気立っている。そして彼が右手に持つ物は、刃長が三十センチもある悍しい凶器。

 

「………お前ら、只者じゃないな」

 

「ど、『髑髏』………」

 

「………へえ?ほんの少しは調べたんだ。この間の姐さんを狙ったくそったれ共とは大違いだ」

 

「うっ………」

 

その凶器───マチェットを肩に担ぎ、ドスの効いた声を放つ彼は此方を品定めする様に見据える。その眼力は二人を怯ませるのには充分なものだった。

そして、真耶はそれと同時に恐怖心を抱く。先程の風切り音に顔面に迫った刃物は目の前の彼によるもの。

自分は危うく殺されかけたのだ、それも躊躇など一切無く。嫌でもその事実が結び付いてしまい、心拍数が跳ね上がった。

 

「まあ、お前らがどこまで知ってようがどうだっていいんだよ。重要なのはお前らが───」

 

「俺達やここの住民にとって()()だって事だけだ」

 

「「っ!?」」

 

突如後ろから聞こえたのは男性の声。二人は振り返ると、そこには真耶を襲った彼と全く同じ姿をした背の高い青年一人と平均的な身長の少年が二人。手に持つのは、金属が見える短いグリップのみ。

三人は勢いをつけてグリップを振り、三倍に伸長したソレはスチール製の打撃武器───特殊警棒となる。

 

(囲まれた!?)

 

前方にはマチェットを持つ少年が一人、後方には特殊警棒を持つ青年と少年の三人。そして側面は両方ともコンクリートブロックで出来た壁。二人は完全に退路を絶たれた。

 

 

 

しかし、ここで更なるダメ押しが二人を襲う。

 

 

 

「おまたせ、あの子は家に帰らせたわ」

 

「………忘れ物してた」

 

前方に追加されたのは腰に細長いレザーケースを携える青年と、箒の様に髪をポニーテールで纏めている女性。彼女の方は背中に何やら形の変わった大きなバックを背負っている。当然この二人もフェイスマスクによって顔は隠れていた。

両者共に手持ちの武器等は見えないが、相手が増えた事実には変わりない。

 

(………ほんっと最悪)

 

二対六という絶望的な状況。こんな事になるのなら何がなんでも彼女を止めるべきだったと菜月は考えてしまうが、時すでに遅しだ。

 

 

 

二人は、決して触れてはいけないものに触れてしまった。

 

 

 

「気分はどうだ?ずっと手の平の上で踊らされてよ?」

 

「………」

 

「黙りか………まあいいわ。ようこそ、『野良犬の巣窟』へ。早速だが質問だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───てめえらは何処の連中だ?




ISの和暦が原作読んでもわかりませんでした。誰か知ってたら教えてください。

毎回投稿する際、何度か読み返してから投稿してますがいつものように誤字がある可能性大です。誰か助けて!

いつも誤字報告してくれた方、ありがとうございます。
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