IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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大変お待たせしました。

一週間前に9割方書き上げてたのですが、手違いで半分ほど消えてしまいしばらくガチで萎えてた作者です。文字数が多いと失敗した時のダメージが大きいですね。

ここで読者の方に報告を。
二十六話を書いている間、何度か読み返しているのですが、やはりまたまだ誤字等があるようです。
なので二十五話以前の内容が更新されていたら

「ああ、まーた誤字修正してんのかコイツ」

と思って下さい。


第二十六話

六人の『髑髏』に前後方を塞がれた真耶と菜月。彼女達は現状の極めて厳しい状況の中、現状打破を必死に模索していた。

 

(よりによって『髑髏』に会うなんて………)

 

『髑髏』については乱闘、傷害事件を引き起こす集団としか知らない。何故自分達が狙われるのか不明であるが、現に彼等は武器を手にして攻撃をしてきた。敵意があるのは間違いない。

今回この地域に訪れた目的は隆道についての調査であり、可能であるならば彼の家政婦である光乃に接触し、話を伺う事だ。目の前の彼等と争うつもりなど一つもない。

どうにか穏便に済ませるべく、二人は先ず両手を上げ揉め事を起こさない意思表示をし相手の行動を伺う。

 

「貴方達は………何者なの………?」

 

「質問してんのはこっちなんだよ。状況わかってんのか?」

 

警棒を持った背の高い青年は目を鋭くさせながらドスの効いた一言を放つ。その言葉は隆道のソレに近く、雰囲気も似ていると真耶は感じた。

 

「………私達は、ただ住民の人達に聞き込みをしに来ただけなの。それ以上は何もしないから………だから武器を下ろして、お願い」

 

「『有害』な『余所者』の言葉なんか信じるとでも思ってんのか。質問に答えろって言ってんだよ」

 

「………」

 

菜月は判断に迷っていた。どう答えても良い方向に向かないと。

ここの住民は政府の人間とIS学園関係者に警戒されている。そして彼等が言った『余所者』。間違いなく彼等も警戒、もしくは毛嫌いしている事は確実だ。

はぐらかすことは出来ない、かといって正直に学園関係者と言ってしまったらどんな行動を起こすかわからないのだ。

しかし、こうなってしまった以上正直に話すしかない。もうここには二度と来れないだろうが、怪我を負うよりは遥かにマシだと判断した。

 

「………私達は───」

 

「こいつら、光乃さんを狙ってるよ」

 

「───っ!?」

 

正直に話そうとした矢先、不意に言葉を発したのは『髑髏』の女性だった。

 

「あの子がね、こいつらが落とした写真に光乃さんが写ってたって。何度も隆道の家に向かおうとしてたから光乃さん狙いで間違いないわね」

 

「やっぱりてめえらも………!!!」

 

「………ほーう」

 

(………ああ、まずい)

 

今の一言によって彼等の表情はより一層険しくなり、武器を持つ手は次第に力が込められている。

女の子が言っていた隆道の自宅に向かわせない理由、そして彼等の『姐さん』や『光乃さん』といった慕っている様な素振り。

先程までは狙われる理由が不透明だったが、この瞬間で菜月は即座に理解した。

彼等は『根羽田光乃』を外部から守っていると。

 

(最初から和解なんて無理だったって事ね………)

 

始めから話を聞く処か会う事すら叶わなかったのだ。もう何をやってもここの住民と、目の前の彼等に信用を得ることは出来ない。

 

 

 

二人は、『余所者』から『敵』と認識された。

 

 

 

「この野郎がっっっ!!!」

 

先に動いたのは、最初に襲ってきたマチェット持ちの少年。武器を構えて向かう先は未だ尻餅をついたままの真耶の元。

 

「───っ!?動かないでっ!」

 

「───おおっ?」

 

「そのまま下がりなさいっ………!」

 

「さ、榊原先生っ!?」

 

菜月は即座に護身用拳銃を取り出し彼に向け威嚇する。

出来る事なら使いたくなかったが状況が状況だ。

既に彼等からは『敵』と認識されている。これが最善策とは思えないが、この場を切り抜けるにはこれしか思いつかなかった。

 

「榊原先生!それを出したら………!」

 

「山田先生………もう彼女に会うのは諦めなさい。ここから出る事だけ考えるのよ………!」

 

「………っ」

 

真耶は自責の念に駆られた。自分が浅はかだった故にこんな事になってしまったのだと。

もしあの場で転びさえしなければ、もし正直に話していれば、そもそも自分の目で確かめたいが為にろくに調べもせずここに来ようとしたりしなければと後悔しか出てこない。

しかし、もう遅い。ここで行動を起こさなければ自分だけでなく彼女まで怪我を負う羽目になってしまう。

真耶は気持ちを切り替えるべく懐の拳銃を取り出すが───。

 

「山田先生………!」

 

「うぅっ………」

 

───構える事がどうしても出来ない。

彼女は拳銃を取り出す事は出来ても彼等に向けることが出来なかった。

ISのみならず生身でも射撃経験はあるが、それは標的射撃のみだ。人間を撃った事など当然一度もない。

ましてや、相手は全員が十代後半らしき青少年達。温厚な性格である彼女は、撃つ事は勿論のこと銃を向ける事すら躊躇ってしまった。

そんな彼女の心情を余所に、少年は菜月に銃を向けられた事に驚きはしても怖気づいてはおらず、ただそれを黙って見ている。

 

「拳銃持ちか………。それにその構え、なんか軍属くせえな。やっぱりてめえらは『有害』だ」

 

「………私達はIS学園の関係者で、根羽田さんに会おうとしただけなの。どうこうしようって訳じゃないわ」

 

「この前もいたんだよな。政府の役員だの学園関係者だの名乗って姐さんに銃を向けて近づいて来た奴がよ。てめえらはそいつらと全く同じだ」

 

「………もう根羽田さんには近づかない、二度とここには来ないと約束するわ。今すぐここから出ていくから………だから道を開けて、お願い」

 

マチェット持ちの少年は二人の言い分を全く聞こうともしない。だが、それも無理な話であろう。

この護身用拳銃は傷害事件が相次ぐこの地域の事を踏まえて用意した物だが、この状況で出してしまった以上その言い訳は通用しない。目の前の少年が言った事が本当ならば、自分達もそういう風に見られても何もおかしくはないのだ。

彼女としては絶対に彼等を撃ちたくはない。願わくばこのまま引き下がって欲しいと切に願うが───。

 

「………おい後輩。()()は着てんのか?」

 

「いえ、お気に入りのシャツぐらいですかね。何せ『獲物』しか用意しなかったもので。………でも大丈夫です、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はあ………じゃあ下がってろ。このあと『飼い犬』の相手もしなきゃならねえのにここで怪我されちゃ目も当てられねえ」

 

───背の高い青年が、突如と彼女達二人を挟んで少年に話し掛けた。

彼が言った『獲物』は恐らく武器であることは見当がつく。だが『アレ』とはなんだ、『飼い犬』とはなんだと真耶と菜月は疑問が連続したが、それよりも頭にこびり付いた言葉があった。

 

『二発ぐらいなら耐えて見せますよ』

 

確かに目の前の少年はそう言った。つまり、彼は撃たれる事を少しも恐れていないという事だ。

誰だって普通なら銃を向けられただけで少しは怯む。だが彼が起こした反応は少々の驚き、それだけだ。

 

(何なのよ貴方達は………)

 

菜月は彼等に恐怖を覚えた。そこら辺の不良やチンピラとは訳が違う、死を恐れない悍しい存在。世の中にはこのような青少年達がいるのかと。

そんな二人を尻目に少年は少し考えた素振りをした後、青年の言葉通りにゆっくりと後ろに下がる。

 

「さて、拳銃持ちなら余計見逃す訳にはいかなくなったな。ソレを寄越して貰おうかね」

 

「貴方達………怖くないの………?」

 

「俺達がそんなちっこい銃に怯むと本気で思ってんのか?それによ………てめえら理解してねえようだな」

 

「………?」

 

「ここは『野良犬の巣窟』だ。お前らは───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───オレタチノナワバリニハイッテルンダヨ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───その瞬間、何処からともなく飛んできた『何か』は菜月の拳銃に当たり、高い金属音と共に弾き落とされる。

 

「───あ゛っ!?」

 

「───榊原先生っ!?」

 

弾き落とされた拳銃は地面へ叩き付けられ、それと同時に『何か』も軽い音を立てて転がり落ちる。その『何か』とは───。

 

(こ、これは………!?)

 

それは『矢』であった。だが、それは弓などで用いる木製の長い『矢』とは違い、金属製の短い『矢』。菜月の拳銃はこの矢によって弾き落とされたのだ。

いったい何処から飛んできたのかと真耶は周囲を見渡そうとしたが、それは直ぐにでも判明する。

 

「ピストルタイプで拳銃だけを撃ち落とすとか前よりずっと上手くなったな、お前」

 

「いや、二の腕を狙ったら普通にミスった」

 

「前言撤回。やっぱお前下手くそだわ」

 

その声は左側面の壁側から聞こえた。その方向を見やると───。

 

「どーもこんにちはぁ、くそったれの女共ぉっ!変な動きしたら体に矢が生えるぜぇ、おぃっ!!」

 

───『マチェット』や『警棒』よりも凶悪な武器を持つ少年が三人ほど壁から身を乗り出していた。

 

「く、クロスボウ………!?」

 

その三人が持っていたのは『クロスボウ』。先程撃ったであろう少年は小型のピストルタイプ、他の少年二人は銃床が付いた中型のフルサイズといった代物であった。

それだけでも絶望的だが、彼女達は更なる絶望に追い込まれる。

 

「おいクソ眼鏡っ!さっさと銃を捨てろっ!!」

 

「───っ!?」

 

今度は反対方向からの怒声。その方向へ振り向くと、同じく三人の少年が壁から身を乗り出した状態で『クロスボウ』を此方に向けて威嚇している。

 

「捨てろって言ってんだよっっっ!!!聞こえてねえのか、あ゛ぁ゛っっっ!?」

 

「銃を捨てろくそったれがっっっ!!!」

 

「早く捨てねえとぶっ殺すぞっっっ!!!」

 

「そ、そんな………」

 

前後方だけでなく、側面両側にも『髑髏』がいた事に驚きを隠せない。完全に此方を逃がさないその用意周到さに彼女は恐怖に包まれる。

 

「私達が飛び道具持ちを想定してないとでも思ったかしら?間抜けな人ね」

 

「………油断大敵」

 

不意に彼女に話し掛ける『髑髏』の女性。彼女もいつの間にか『クロスボウ』を持っており、真っ暗な瞳で此方に構えている。

 

 

 

そして、彼女の方を向いたことによって必然的にもう一人の青年も目に映るが、彼が持つ()()は他の誰よりも凶悪で恐ろしい物だった。

 

 

 

「なっ!?、そ、それはっ………!?」

 

「うっそでしょ………」

 

「………この距離、流れ弾、気にしない」

 

彼が持っていたのはなんと『散弾銃』であった。その『散弾銃』は銃身を縦に二本付いている『上下ニ連式』であり、主にクレー射撃や狩猟、有害鳥獣捕獲などで用いられる猟銃の一つ。

猟銃を持っている事自体かなり色々とぶっ飛んでいるが、彼の持つ物は銃身と銃床を切り詰めた『ソードオフ』といった規制ガン無視の対人仕様となっており、ソレを片手で此方に向けている。

 

(無法地帯もいいところよ………!クロスボウ処か散弾銃、しかもソードオフだなんて出鱈目にも程があるわ………!)

 

いったい何処から入手したのか、何故ソレを所持しているのかなど、そんなことどうだっていい。今重要なのはそれらが全て自分達に向けられている事だ。

 

(ああ、もう………)

 

二対六かと思いきや、まさかの二対十二という四面楚歌。しかも相手の半分以上はクロスボウ、一人は散弾銃といった飛び道具のオンパレード。もはや彼女達に為す術は───一つも無い。

 

「捨てろってのがわからねえのかっ!!!言ってもわからねえんなら───」

 

「す、捨てます、捨てますから!だからお願いです、撃たないで下さい………!」

 

こうなってしまえば抵抗など出来はしない。仮にしたとしても即座に体が矢だらけになるか、身体中鉛弾まみれに事など目に見えていた。

真耶は颯爽と拳銃を捨て、足で払い再び両手を上げ降伏する。それでも彼等は誰も構えを解こうとはせず、ある者は真っ暗な瞳で、ある者は鋭く殺意の込めた目付きで二人を睨み付けままだ。

 

「ったく、お強い女性様もこれじゃ形無しだな。溜息しか出てこねえよ」

 

「あう………」

 

「イカれてると思うだろ、まあ自覚はしてるぜ?けどよ………これが俺達の出しちまった結論だ。『暴力』には『暴力』をってな」

 

弾き落とされた菜月の拳銃は散弾銃を持つ青年に、捨てた真耶の拳銃は警棒持ちの青年に拾われ、弄くりながら彼は喋り始める。その動きは素人の様ではあるが、引き金に指を掛けてない辺り扱いに関しては理解しているのだろう。

 

「………薬室に装填すらしてねえとはな、撃つ気無しってか?そっちはどうよ」

 

「………同じく」

 

「………はあ。ダメじゃねえか、撃つ気もねえのに拳銃を取り出すなんてよ。撃つ気があるんだったらこうやって───」

 

「「───っ!?!?!?」」

 

二人の青年は同時に拳銃のスライドを力強く引いて薬室に弾薬を装填し、真耶と菜月に接近する。この行動から二人はその意味を嫌でも理解した。

 

「───近づいて狙わねえとな」

 

降伏する二人におよそ一メートルまで近づいた青年は片手で銃を真耶に向ける。

彼は撃とうとしている。片手ではあるが距離は充分、素人だろうと余程の事が無い限り外す事は無い。

住宅街のど真ん中で真っ昼間にも関わらず、引き金に指を掛けたその姿に震えもない様子から一切の躊躇は見られない。

彼等は本気だ。一切の冗談はなく、本気で殺そうとしている。

 

「ま、待って下さい!私達は本当に───」

 

「黙れよ、こんな物を持ち出してる時点で誰だろうが知ったことか。いい加減うんざりなんだよ、てめえらのような女共に好き勝手されるのは」

 

「あぁ、うぅ………」

 

「恨むならこんな物騒な物を持って姐さんに近づこうとした自分を恨め」

 

「………」

 

彼等に自分達の声は届かない。引き金に指を掛けているこの瞬間も、彼等の目は酷い程に暗い。

 

『───俺はISを、お前らを絶対に許さねえ!俺がくたばるその日まで、お前らの全部を否定してやる!!』

 

思い出すのは、以前彼と事情聴取を行った時に吐かれた否定の言葉。

いったい何をどうすれば彼等はこのようになってしまったのかは結局わからなかったが、最早それすらどうでもいい事だと真耶は諦めた。

 

 

 

───どうせ、ここで終わるのだから。

 

 

 

これ以上足掻いても無意味だ。今から何をやっても待っているのは『死』あるのみ。

その事実に絶望してしまった彼女は諦念し、とうとう俯いてしまう。

 

「じゃあな」

 

「っ………!」

 

残酷な程に心の無い言葉を放ち、青年が彼女の頭に向けて撃とうとした───その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、聞こえた男性の一声。その声の方向は、真耶を今まさに撃とうとしている青年の丁度真後ろだった。

彼女は、この声に聞き覚えがある。

 

「………!」

 

「あっ………!」

 

「なっ………お、お前っ、はっ………!?」

 

その一声によって周囲の人間全員がその方向へと向く。そこに佇んでいるのは頬に大きな二本の古傷に、あまり目立たない小さな傷痕が複数。そして硬い表情を持ち、右手首に古びた犬の首輪を巻いている青年───隆道が一人。

 

「ったく………。こんな大人数で囲ってるもんだから『飼い犬』共かと思えば………」

 

「や、柳、君っ………!」

 

「何であんたら二人がここに来ているのかは知らねえし、聞きはしねえ。………それよりも、お前らさっさとソレを下ろせ。こんな真っ昼間に物騒な事してんじゃねえよ、ほら散った散った」

 

「あ゛ぁ゛………う゛ぅ゛ぇ゛………!!」

 

隆道は凶器を持つ十二人の『髑髏』を前にしても臆する事なく、しっしっと追い払う様な仕草をする。

彼女は、ここに彼が来る事を知らなかった。外出届けを出した事は知っているが行き先を知るのは千冬を含めた少人数だけなのだ。しかし、今となっては些細な事である。

良かった、助かった、ありがとうと彼女は彼にお礼を言いたかったが、絶対絶命状態から解放された為か緊張の糸が切れ、大粒の涙を流し泣いてしまった。

 

「うっそ………。貴方、戻って………!?」

 

「………本当に、お前、なのか………?いや、だって、お前はっ………!」

 

クロスボウを持つ女性と拳銃を持つ青年は、彼がここにいる事に驚きを隠せなかった。政府の人間に連れ去られ、もう二度と会う事は無いと思っていたからだ。

散弾銃を持つ青年も、壁に身を乗り出す少年達も目を見開き驚愕を露にする。

 

「死人に見えるってのかよ。つか、先ずは下ろせって───」

 

「待ちなよお兄さん」

 

「───あ゛?」

 

驚愕を隠せない大勢の『髑髏』達を尻目に彼は再度武器を下ろす様催促しようとした。しかし、近くにいた少年二人に左右から警棒を突き付けられ動きを遮られる。

その二人はここ最近『髑髏』に入ったばかりの人間だ。故に、彼の事を知らない。

 

「あんた、見ない顔だな。やけに先輩達と顔見知りの様だが」

 

「「「「!?!?!?」」」」

 

「あっ!?ちょ、おい、やめろ馬鹿野郎っ!!!そいつは───」

 

新人だったが故に起こした行動。見慣れない顔や事前に知らされていない人間は警戒しろと徹底的に教えられている為、彼等はやるべきことをこなしているだけだ。

 

 

 

可哀想なことに、少年二人は知らなかった。彼はここの住民だということに。

 

 

 

そして、何があろうと決して彼には武器を向けてはいけない事に。

 

 

 

青年が少年二人を止めようと呼び掛けるが───一足遅かった。

 

「ふんっ!」

 

「ぐぼぉ゛っ!?」

 

先に犠牲になったのは彼から見て右側の少年。

目にも止まらぬ速さで彼が繰り出すのは強烈な肘打ち。完全に不意を疲れた少年は無防備だった腹に食らい、汚物を吐きながら大きく怯む。

彼の一撃は常人と比べ物にならない。よって少年はそれだけで行動不能へと陥るが───。

 

「邪魔だっ!」

 

「───がっ!?!?!?」

 

───彼はそれだけに留まらず左拳によるストレートで顔面へと追撃。少年は鼻血を撒き散らし、壁まで吹き飛ばされた事により頭部を強打、気絶してしまい崩れ落ちた。それによって投げ出された警棒は宙を舞い、彼はソレを軽快に手に取る。

 

「なっ!?この───」

 

「遅えぞっ!」

 

「───どわっ!?」

 

突然の事に愕然としてしまった片方の少年は出遅れながらも彼に接近するが、攻撃態勢に入る前に逆に接近され、掌打による突き飛ばしを食らう。

予想以上の強い突き飛ばしに仰け反る少年。彼はそれを見逃さず、体勢を立て直そうとする少年の頭部に目掛けて───。

 

ウ゛ラ゛ァ゛ッッッ!!!

 

「───ばぎゃっ!?!?!?」

 

───警棒を振り下ろし、鈍い音を響かせた。

 

「───ひっ!?」

 

「うわっ………あ………」

 

「ああ、くそっ………」

 

あまりにも衝撃的な光景に真耶は小さく悲鳴を、菜月は思わず口を覆う。目の前の青年もやっちまったと言わんばかりに天を仰いだ。

警棒による打撃を受けた少年の頭は次第に血で染まり、立ってはいるものの目の焦点は合わずふらついている。そして───。

 

そこで寝てろ

 

「う゛、が………あ゛ぅっ───」

 

───数秒ほどふらついた後、少年は電池が切れたように膝を付き倒れた。

 

「え、ちょ、やっべぇ………」

 

「ああ、やっちまったぞあの馬鹿共………」

 

警棒で頭部をかち割られた少年は事切れたように全く動かない。その事に彼は意にも介していないのか、すました顔で黙ったままだ。

ほんの一瞬の出来事。十秒もしない内に二人の少年を沈黙させた彼は小さく溜息を吐いた後、警棒を投げ捨て青少年達の方へ体を向ける。

表情は相変わらず硬いままだが、今の彼から滲み出ているのは言い様の無い『殺意』。

 

………お前ら、ソレを下ろせって言ってんのが聞こえねえのかよ。八つ裂きにされてえのか

 

「ま、待てよ隆道、どうか落ち着けって………。こいつらは、姐さんを───」

 

下ろせって言ってんだろうがっっっ!!!

 

「っ………!」

 

青年は彼の事をよく知っているのか名前呼びし、機嫌を損じないように恐る恐る弁明を図ろうとするが、彼はそんなこと知った事ではないと怒鳴り散らす。

表情も次第に歪んでいき、目付きも人を殺さんと言わんばかりに鋭くなる彼に誰もが声を出すことが出来ない。

 

ようやく少しの間だけIS学園から解放されたってのに、どいつもこいつも周りで面倒事起こしやがって………!そんなに血を流してえのなら俺が相手して───」

 

「ま、待てって隆道………!下ろす、下ろすっての………!お前ら、得物を下げろ………!」

 

直ぐ様真耶に向けていた拳銃を下ろし、他の仲間にも目配りで武器を下ろす様指示をする青年。

よほど彼に畏怖の念を抱いてるのか、全員が冷や汗をかいている。そこには先程までの悍しい雰囲気は一切無い。

 

「………はあ。ったく、せっかくの日曜が台無しだくそったれ」

 

「ああ、ちくしょう………二人も潰しやがって。そいつらは新人なんだぞ」

 

「知ったことかよ。手加減はしたんだ、生きてるだろ」

 

「あれで加減してんのかよ………。おい、誰か二人を運んでくれ」

 

青年の指示によってクロスボウを持つ少年達とは別の人間が数人ほど壁を乗り越えて倒れた二人を運び出す。

真耶と菜月は再び驚きを露にした。まだ奥に潜んでいたのかと

二人の本日何度目かわからない驚愕を余所に青年と彼は会話を続けている。

 

「………なんで止めたんだよ、こいつらは姐さんを狙ってたんだぞ。こんなもの(拳銃)まで持ち出して」

 

「こいつらはIS学園の教師だ、誘拐も殺しも出来やしねえよ。それにあいつがそんな簡単に殺られるような奴じゃねえってことぐらい知ってるだろうが。何をそんなピリピリしてんだ」

 

「………ここ最近、政府や学園関係者と名乗って姐さんを狙う奴が後を絶たなくてよ。この前も買い出しの時に襲われたばかりなんだよ」

 

「………ああ、だからか。タイミングからして俺絡みか?」

 

彼は納得し、そして疑問に感じた 。光乃が何度も追われたのなら彼等の行動も理解出来る。しかし、追われる理由がよくわからなかった。

既に自分の経歴は政府に知られているはずだ。なのに何故家族でもない彼女を狙う必要があるのか。

理由については政府、IS学園、その他と複雑で様々であるのだが、当然彼等は知るよしもない。

 

「お前が連れて行かれてからだから間違いねえ。理由はわかんねえけどな」

 

「………まあ、いいわ。んなことよりその拳銃、いつまで持っててもしょうがねえだろ、返してやれ」

 

「………はあ」

 

渋々といった顔で装填された拳銃の弾を抜き、教師二人に返す青年二人。どうやらこの青少年達は彼の言うことは聞くようだ。真耶と菜月は二人の関係性について不思議に思っていた。

 

(お友達………なんでしょうか)

 

だとしても何処かおかしい。彼は青少年達の仲間である少年二人をやり過ぎとも言える攻撃によって気絶させ、他の人間は彼に恐怖を抱いており、かと思えば青年と普通に対話をしているではないか。

ますます彼等の関係がわからない。対立してるのか、友人なのか、はたまた別の何かなのか。

 

「………隆道。お前に聞きたい事は山ほどある。けどよ、今日はそれどころじゃねえんだ」

 

「あん?」

 

「『飼い犬』共が彷徨いている。駅で見掛けたと治からの情報だ」

 

「………!」

 

青年の口から出た『飼い犬』。その単語によって彼の表情は険しくなる。

 

(また『飼い犬』………)

 

彼も先程『飼い犬』と呟いていた。いったい『飼い犬』とは何なのかと教師二人は疑問が尽きない。

『野良犬の巣窟』といい、『髑髏』といい、この地域はわからない事が多すぎる。

 

「『飼い犬』共は俺達が相手する。だからお前は家に帰れ。話は奴等を追っ払った後だ」

 

「………わかった。おい、あんたら」

 

「は、はいっ!?」

 

突然と彼に話し掛けられた為、変な声で返事をしてしまう真耶。我に返り恥ずかしさの極みに陥りそうになるが、気にしていないのかそんなこと関係無しに彼は言葉を続ける。

 

「あんたらに構ってる暇はねえ。さっさと帰れ」

 

「あっ………えと………」

 

「こいつらに会って思い知っただろ?ここはあんたらが来ていい場所じゃねえんだ。次は助けねえぞ」

 

「………」

 

彼女の目的は達成していない。光乃に遭遇し、彼の事について少しでも聞きたかった。

だがそれはもう叶わない。既に青少年達に学園関係者と顔を覚えられてしまった。

今回は助けられたから良いものの、もし彼がここに来ていなかったら───。

 

「………山田先生」

 

「───っ!?は、はい」

 

「もう諦めなさい。ほら、帰りましょう?」

 

「………はい」

 

菜月に手を引かれ、力なく返事をする真耶。これ以上は何も得られない。菜月の言うように諦めるしかないのだ。

彼女は菜月の手を借りて立ち上がり、二人は来た道を戻っていく。彼女の背中は何処か悲しげに見えた。

 

「いいのかよ隆道。あの女共がもう来ないなんて保証はねえぞ」

 

「もう来ねえよ。もし来たとしても追い返すだけにしとけ」

 

「………はあ、お前って優しいよな相変わらず」

 

「優しくはねえだろ。こんな暴れる事しか能がないクソガキのどこが優しいってんだ」

 

彼は自身を優しいと評価する青年───章吾の言う事にはとても賛同など出来やしなかった。

自分が優しい人間と思った事なんて一度もない。今まで降りかかってきた事は全て暴力で解決してきたのだ。やっている事は悪党以外の何者でもない。

 

「いいや、優しいさ。自分の事なんざ二の次にして他の奴等を気にかけるお前は優しい。彩ちゃん(女の子)だってお前と姐さんがいなかったら誰とも喋らないままだったんだぞ」

 

「………」

 

「今までお前がどれだけの人間を庇ったり助けたと思ってんだ、お前自身が一番ズタボロな癖によ。どうせIS学園でもあの………織斑一夏、だっけか?自分が年上なんだからとか言い聞かせて気にかけてんだろ」

 

「………もういいだろ、この話はやめだ」

 

一夏はまだ十五歳だ。雰囲気からして未だに悪意に晒されてないだろうあの少年を、自分の様な人間にさせる訳にはいかない。

自分はもう、どうしようもないし、救いようがない。だから同じ人間を生まない為にも自らの身を削り、悪意を持つ相手を暴力で潰す。

決して優しさなどではない、そのはずだ。

 

「あのさ、二人だけで話するのやめてくれない?私達だっているのよ?」

 

「ああ、悪いなユッコ。話し掛けるタイミングが無かった」

 

「いや、その名で呼ぶ?名前呼びで良いじゃん」

 

ユッコと呼ばれたクロスボウ持ちの女性───網代 結衣(あじろ ゆい)はあだ名で呼ばれた事に不服な顔だ。せめて本名で呼んでも良いのではないかと。

 

「癖なんだよ、ほっとけ」

 

「隆道ぃ、俺達も忘れんなってぇ」

 

「………俺達、蚊帳の外」

 

自分達も無視するなとクロスボウを背負う青年───大須 猛(おおす たける)は壁をよじ登り、小声しか出さない青年───井垣 一哉(いがき かずや)は不満を露にしている。後輩達も自分達の存在感を出す為に彼に全力で手を振っていた。

 

「あーはいはい。猛に一哉、あと後輩達も久し振り久し振り」

 

「雑ぅっ!雑過ぎんぞコラァっ!!何まとめてんだこの野郎ぅっ!!!」

 

「………これは、酷い」

 

「相変わらずですね先輩………」

 

彼の適当過ぎる返事によってクロスボウを振り回す猛。一哉もこれには不満全開であり、後輩達は苦笑いだ。

二ヶ月半という短期間とはいえ、再会の挨拶がこんな雑なのはあまりにも酷すぎるだろう。

 

「うるせえな、無視してねえだけマシだろ。つか章吾、『飼い犬』共はいいのかよ、油売ってる場合じゃねえだろ」

 

「ああいけね、そろそろ行かねえと。………隆道、また後でな」

 

「ん。………ああ、そういえばよ。茶色のスーツを着た男は俺の連れだからな、手を出すなよ」

 

「はいはい。行くぞお前ら」

 

章吾は彼に軽く手を振り、他の仲間を引き連れて住宅街の奥へと消えていく。その場に残ったのは壁や地面に飛び散った血と彼一人。

 

「………さて」

 

遠くで待機させている護衛と合流する為、彼もその場から離れる。少年二人が撒き散らした汚物と血だけが残り、どう見ても事件現場を彷彿とさせる光景だけが残った。

 

 

 

 

 

 

しばらくして、血で汚れた通路にやって来た数人の少年。バケツやブラシ等を持っており、到着して彼等は直ぐその通路の掃除を始め出す。傍から見ればやってる事は完全にボランティア活動だ。

 

「あの二人は気の毒だったな。こんな事なら隆道さんの事をしっかりと言っとくべきだったか?ああ、そこもブラシ頼むわ」

 

「誰も予想しねえってのあんなの。まあ、怪我も見た目より軽傷で済んでるのは流石ってところだな。ほら、ここもお湯かけてくれ」

 

「へいへい。あ、五百円玉見っけ」

 

「おーい、誰かトングとゴミ袋をくれー。排水溝すっげえ汚えんだけどー」

 

「自分で取りに来い、この馬鹿っ」

 

少年達が通路の清掃をして数十分。血を洗い流すだけに留まらず、ついでにゴミ拾い等も行った為その周辺は以前とは見違える程に綺麗となった。

『髑髏』は後始末だけでなく、住宅街の清掃も抜かりなく行うのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年達がボランティア団体の如く住宅街の清掃をしている丁度その頃。

 

「ここが君の家か。中々良い家だね」

 

「………」

 

一件の戸建ての前で、それを黙って見つめる隆道とまじまじと見る真吾の二人。

そう、目の前の戸建ては彼の───隆道の自宅。

政府に連れ去られ二ヶ月半という期間、戻る事を許されなかったこの家に戻ってこれた事を嬉しく思うべきなのだろうが、彼はそれよりもある所を見ていた。

 

(消えている………?)

 

彼が注視しているのは戸建てを囲うコンクリートブロックの壁と表札。以前まで壁にあった落書きは全て塗り替えられてあり、落書きと傷だらけであった表札は光沢が出るほどに綺麗で(キズ)一つ無い状態となっている。

触って擦って見ても疵の引っ掛かりは感じなく、まるで新品の様だと感じた。

 

(あいつ、中だけじゃなく外もやったってのか?)

 

「………柳君?」

 

「んあ?………ああ、なんでも。………せっかくだから上がってけよ」

 

「僕は護衛だよ?要人の自宅に上がり込むなんて出来ないよ。久し振りに帰宅出来たんだから僕の事は気にしないで」

 

「そこにずっと立ってるつもりかよ。余計気にするっての」

 

いくら自分が要人とはいえ、その様な扱いを受ける事には慣れていない。自宅の前で一人待機させるのは彼でも気が引けたのだ。尤も、護衛が女性であったなら問答無用で家に上がらせずに外で待機させてたであろうが。

 

「ここに来たからにはあんたは護衛じゃねえ、俺の客だ。俺が良いって言ってるんだから別に───」

 

家に上がる事を渋る真吾をどうにか説得しようとしたその時、突如勢いよく玄関扉が開かれた。

 

「んあ?………あ」

 

「───」

 

 

 

開かれた玄関には、一人の女性がいた。

 

 

 

初夏にも関わらず暑苦しい服を身に纏い、さらりとした黒のセミロングヘアは整った顔を一層際立たせる。

しかし、整った顔ではあるが寝不足なのが丸分かりな程に目の下に隈が出来ていた。その目も、先程まで泣いていたからなのか多少なりとも赤く腫れている。

そんな彼女は目を見開いたまま此方を見ており、微動だにしていない。

目と目が合って数秒ほど。彼女は次第に目を潤ませ、ついには涙を滴らす。

 

「………たか、みち、くん」

 

「………光乃───」

 

「───っ!!!」

 

彼女───光乃は彼に名前で呼ばれた直後、居ても立っても居られなかったのか玄関から飛び出す。急接近した彼女に面食らった彼は反応が遅れ、抱きつかれてしまった。

 

「!?」

 

あまりにも突然な事に彼は思考が一瞬追いつかなかった。抱きつかれたと理解した時には既に力強く抱き締められており、彼女はとうとう泣き出してしまう。

 

「あ゛ぁ゛………あ゛あ゛ぁ゛………」

 

「なっ!?ちょっ、お前っ、何やってんだよ光乃っ!引っ付くなっ!ああ、泣くなっ!」

 

「ごめん、なさい………ごめんな゛ざい゛………こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛………」

 

「何が、ごめん、なさいだ、このっ………!意味わかんねえぞっ………!離れろって………!」

 

「わ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛………!」

 

思いきり抱きつかれた事によって彼女の胸はとんでもない程に押し潰されている。健全な男性であるならこの状況は眼福ものであろう。だが彼は性欲なぞ既に枯れている為、この圧迫感は邪魔としか感じないのだ。

 

「くっそ………マジで、どっから、こんな力、出してんだこいつっ………!」

 

「う゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛………」

 

未だに泣きじゃくる彼女を無理矢理引き剥がそうとしても、どこにそんな力があるのか一向に離れる気配がない。腕力は誰にも負けない自信があるのだが、不思議な事に昔から彼女にだけは勝てないのだった。

 

「あー、柳君。僕はどう見てもお邪魔の様だからどこかで暇を潰すとするよ」

 

「はぁっ!?ちょ、てめ───」

 

「大丈夫。ここには僕よりも頼りになる人達がいるようだし、もしも何かあれば直ぐに駆けつけるよ。はいこれ連絡先」

 

そう言って真吾は彼のポケットの中に連絡先を書いたメモをねじ込んで二人から離れる。

真吾は、自分はここにいるべきではない、場違いだと感じていた。

護衛である自分は要人の自宅前で待機するべきなのだが、この住宅街には異常な数の監視カメラ、そして住民を見守る『髑髏』が存在する。たった一人の護衛よりもずっと頼もしい。

職務怠慢だと言われるだろうが、それよりも二人の再会を邪魔したくはなかった。

 

「何かあった時もそうだけど、住宅街から出る時には必ず連絡してね。それじゃあごゆっくり」

 

「このっ、待てこらっ………!」

 

真吾は隆道の言葉に聞く耳を持たずその場から立ち去る。彼は追いかけようにも、彼女にがっしりと抱きつかれた状態の為その場から思うように動く事が出来ない。

そうこうしてる間に真吾はどんどん奥へと進み、とうとう見えなくなってしまった。

 

「………はあ。おい光乃、いつまで引っ付いてんだっての。いい加減離れろよ、家に入れねえじゃねえか」

 

「う゛ぇ゛っ………ぐずっ………ずびっ………」

 

「きったねえ。………ったく、しょうがねえな。おらよっと」

 

恐らく彼女はずっと泣いたままだろう。引き剥がす事を諦めた彼は彼女を抱えながらその場で方向転換。ずるずると引き摺りながら玄関へと向かう。

 

「ああもう、少しは歩けっての………」

 

「え゛っぐ………隆道、ぐん………」

 

「あん?」

 

「………お゛帰り゛な゛さ゛い゛」

 

「………ああ、───」

 

 

 

 

 

───ただいま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

住宅街から少し離れた場所。真吾は彼から連絡が来るまでの間、暇を潰す為に駅へ向かっていた。

 

「喫茶店、あったら良いな」

 

本来は隆道の自宅前で待機する予定だった為に暇潰しなんて勿論考えてない。

この周辺の建物はあまりよく知らないが、駅に行けば何かしらあるだろうと足を運んでいた。

 

(女性嫌いって聞いてたけど、あの人は例外なのかな)

 

思い出すは先程の隆道の光乃のやり取り。彼女の方はよほど心配していたのか大泣きしながら彼に抱きつき、彼はそれを拒絶もせずにいた。名前呼びをしてるところを見ると相当信頼してるのだろう。

 

(邪魔しちゃいけないよね)

 

二ヶ月半とはいえ、強制的に連れ去られ帰る事すら出来なかったのだ。

彼にとっては大事な時間だ。気を使わせないようゆっくりさせるべきだと、そう考えた。

 

(そうだ。駅で何か買ってあの公園に行こう。きっと良い景色が───)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───良い景色が見れる。そう言おうとした。

 

 

 

 

 

───だが、残念なことにそれは叶わない。

 

 

 

 

 

それは突然の事だった。

 

「───がっ!?!?!?」

 

最初に認識出来たのは後頭部からの強い衝撃。この瞬間、真吾は即座にこの衝撃の正体を理解した。

 

(殴っ………!?)

 

だが、理解した、ただそれだけが精一杯だった。意識が朦朧とする中、力なく後ろを振り向くと視界に映ったのは金属バットを持つ青年が数人。彼等は恐ろしい程の笑みを浮かべ此方を見ている。

 

「おぉっ?すっげぇ、まだ意識あんのかよ。でも残念でしたぁっ!」

 

「───ぐぁっ!?!?!?」

 

一人の青年による振り下ろしによって再度頭部を殴られた彼は今度こそ気絶してしまう。

 

(ああ、くそっ。これじゃ、護衛、失か………)

 

気絶する直前、彼が聞こえたのは青年達の狂った嗤い声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、此方もまた住宅街から少し離れた場所。

 

「あ、貴方達………!いったいどういうつもりなの………!?」

 

その場にいるのは数人の青少年に囲まれた菜月が一人。そして彼女と同行していた真耶は───。

 

「いやぁ、道案内とか言って騙してすみませんねぇ。I()S()()()()()()()()()()()()?」

 

───スタンガンを激しく光らせながら持つ青年の足元で倒れていた。

 

「───っ!?わ、私達を知って………!?」

 

「ああ、すいませんねぇ。自己紹介が遅れましたぁ。はじめまして、俺達───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───『飼い犬』と申しますぅ。


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