IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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だいぶお待たせしました。

以前、日曜編を三~四話の予定と言いましたがやっぱり無理でした。出来ない事を言うもんじゃないですね。
転入生編はまだ先になってしまいます。もう少しお付き合い下さい。

結構駆け足気味ですが、これでも文字数15000超え………。長いです。


第二十七話

それは、三年前のことであった。

 

『隆道………落ち着きなさい。話を聞くんだ』

 

『何が落ち着けだくそったれっ!!勝手に女を家に入れやがって!!しかも住み込みの家政婦!?いくら親父でもこればかりは許せねえぞっ!!』

 

当時の彼は、今とは比較にならない程に女性不信であり、そして既に───。

 

『彼女は父さんの知り合いなんだ、お前に危害を加えたりはしない。私が保証する』

 

『そんなの信用出来るわけねえだろうがっ!!こいつも、こいつもどうせ何時かは………ぐ………あ゛あ゛ぁ゛っ………!!』

 

───重度のPTSDを患っていた。

 

『うぅ、ぐぅ………う゛ぇっ………!あ゛あ゛、くそっ………ぢく、しょうが………!』

 

『たっ隆道君!?大丈───』

 

『黙れ゛ぇっ!!俺に近づくな゛ぁっ!!』

 

『っ………!』

 

彼は極度の女性不信と精神異常により、女性が接近するだけで半ば錯乱状態に陥ってしまう。一度錯乱してしまえば父親ですら対話は困難を極め、彼自身が落ち着くまで手が付けられなかった。

カウンセリングを受けても効果はその日限り。ありとあらゆる手を尽くしても回復傾向は見受けられなかった。

 

『はっ、はっ………俺は、認めねえ………!お前なんか認めねえっ!絶対に、ぎぎ………!』

 

『隆道………君………』

 

『ぎ………え゛ぐっ………ひっぐ………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛───』

 

『………』

 

拒絶し泣き叫ぶ彼と、それをただ黙って見る事しか出来ない彼女。

長年の付き合いとなる二人の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柳家のリビング。それなりの大きさを持つソファーの両端に座るのは、顔を両手で覆い項垂れる光乃と、頬杖をつきながら彼女をジト目で見る隆道。

醜態を晒した彼女の大量の涙と鼻水によって彼のシャツは凄まじい事となり、当然ながら洗濯機行きだ。着替えが無ければ上半身を裸で過ごすところであった。

 

「あ、あの………その、さっきのはね………」

 

「ったく、会って早々よくも人の服をびしゃびしゃにしてくれたな。鼻水までつけやがって」

 

「え、えと………あぅ」

 

「しかもリビングまで引っ張ってだと?元とは言え、家政婦が家主に言う台詞じゃねえだろうが」

 

「ひぃん………ずずっ」

 

玄関先でしでかした醜態について弁解をしようとした彼女であったが、そんなことは彼にとって全く関係無い。歳上相手にも容赦の無い言葉を浴びせ、縮こまっていた彼女は更に小さくなる。

そう、彼女は玄関に着いても彼から離れようとはしなかったのだ。謎の力強さ故に引き剥がす事も出来ず、リビングまで引き摺った所で彼女はようやく彼から離れた。顔を真っ赤にして。

 

「恥ずかしいなら最初からやんなっての。耳まで赤いぞ」

 

「ずずっ………もう、勘弁して………」

 

「何が勘弁してだ。ほらティッシュ」

 

「………ありがと」

 

未だに鼻をすすっている彼女が見ていられず、取り敢えず鼻をかめとティッシュを差し出す。それを受け取って恥ずかしそうに鼻をかむ彼女を尻目に彼は小さく溜息を吐いた。

 

 

 

───『根羽田 光乃』───。

 

彼が十五歳───中学を卒業した日に、今は亡き父親『柳 光輝』が連れてきた女性。

父親曰く光乃とは旧知の仲とのことで、以前まで勤務していた製薬会社を辞め家政婦に転職したばかりの彼女と数年ぶりに再会したという。

そしてどういうわけか、父親は当時新人家政婦であった彼女を住み込みとして雇い柳家に招き入れたのである。隆道の容態を知っておきながらだ。

当然ながら彼はこれに反発。住み込みで働くということは、彼女と一つ屋根の下で暮らさなければならない。決して認める事は出来なかった。

家事の邪魔や罵倒などで追い出す手はあったが、それを行使すれば自身が忌み嫌う存在と同じ部類と化してしまう。

故に、彼は夜遅くまで外で過ごす事にした。時には家に帰らなかった日もある。

家にいる際は彼女を無視し、彼女が用意したであろう食事にも一切手を付けないという、彼が出来る精一杯の抵抗。

しかし、どれだけ石ころ同然に無視しようが彼女は諦めずに彼と接しようとした。徹底的に無視を決め込んで諦めさせても、次の日には何事も無かったかのように接しようとしてくるのだ。彼には彼女の考えてる事がわからなかった。

そのような生活が半年以上続いたある日。無視を続ける事に疲れた彼は彼女に聞いたのだ、これだけ無視してるのにどうして今も気にかけるのかと。すると彼女はこう言った。

 

『………助けになりたいからじゃ、ダメ、かな』

 

彼女は発した言葉はこれだけ。それ以上の理由は言わなかった。その時の彼女の表情はとても哀しげだったと彼は今でも覚えている。

彼はその日以降、少しずつ彼女と接する事にした。裏切られたらその時考えればいいと。

だが、彼女は決して裏切らず彼を気にかけた。彼だけじゃなく、父親にも、彼女を警戒する住民にも気にかけ、いつしか彼女はその住宅街で皆に親しまれる、なくてはならない存在となった。

そんな彼女は、父親が亡くなった翌日に家政婦を退職した今でも、金はいらないと言ってまで柳家に留まっている。

 

何故、父親は彼女と旧知の仲だったのか。

 

何故、父親は彼女を雇ったのか。

 

何故、彼女は自分の事を気にかけたのか。

 

何故、彼女は家政婦を辞めても家に留まるのか。

 

知ろうにも、父親はもうこの世にはいない。それを知るのは、今となっては彼女のみである。

 

 

 

 

 

「うん、もう大丈夫。ほんとありがと」

 

「ん」

 

「………」

 

「………」

 

静寂。鼻をかみ終えた光乃は何も言わず、隆道もまた頬杖をついたまま一言も喋らない。それが数分程続き、痺れを切らしたのは彼の方であった。

 

「………何も聞かねえのか」

 

「………」

 

常に此方を気にかけていた彼女のことだ、色々と聞きたいはずだ。IS学園での生活はどうなのか、他の生徒達に何かされてないか、一人目の男子と仲良くなっているのか、その顔や左手に増えた傷は、その首輪はなど聞きたいに違いない。

しかし、彼女は黙ったままだ。此方が催促しても一つも聞こうとしない。

 

「おい、光乃───」

 

「お昼、まだでしょ?今用意するから待ってて」

 

そう言って彼女は、何かを聞くともせず立ち上がって台所へ向かっていく。彼の返事を一切聞かずに。

 

「………」

 

彼女の行動について彼は今更思うところはない。

昔からそうであったが、彼女はISに関する事は絶対口にしないのだ。雑誌等もIS関連の物は一切持たず、テレビを見る際もISに関する情報が出た途端チャンネルを変えるか、テレビを消すか。

ISを嫌っている自分を気遣っての行動かはわからない。もしかしたら彼女も、ISに関して何かしらあるのではないかと今でも思う時がある。

とはいえ、気にしたところでどうということはない。聞かないならそれで構わないし、自分から話を持ち出す程聞いて欲しい訳ではないのだ。

 

「………二階に行ってくる」

 

「あ………うん」

 

台所に立つ彼女に一声かけ、二階へ上がっていく。向かうはある一つの部屋。

その部屋に入ると、そこには机にクローゼット、ベットというシンプルなもの。そしてその部屋の隅には異様な雰囲気を漂わせる大きめのスチールロッカーが二台。どちらも厳重に施錠しており、もう一年以上も開けてはいない。

そう、この部屋は彼自身の部屋。自宅に帰宅した理由の一つでもある。その理由は───。

 

「………帰ったぞ、()()

 

彼は机の上にあるものに向けて言葉を放つ。

 

 

 

そこには5寸程の骨壺と、その正面に置いてある一枚の写真立て。そこに写る一匹の柴犬。

 

 

 

雪割草に囲まれた、その愛くるしい表情をする柴犬の写真は、彼の表情をより一層暗くさせた。

 

 

 

その写真に写る柴犬こそ、かつて彼が愛した家族でかけがえのない存在。

 

 

 

───『ハル』───。

 

隆道が小学校に入る前から一緒に暮らし、家族が別たれる前も、その後も常に一緒であった愛犬。

非常に人懐っこい性格で、彼に対しては特に甘えていたハルは常に一緒であった。平日の散歩は勿論、休日に遊びに行くときも、食事をするときも、風呂に入る時も、寝る時も、常に彼の隣にいた。

八年前に家族が別たれた後も常に一緒であり、彼の唯一の心の拠り所となる存在となった。

今の女尊男卑社会によってどんな酷い扱いを受けても、ハルの存在によって彼は挫けず、折れずに生きてこれた。

しかし、五年前にハルはこの世を去ってしまった。それは決して病気や、寿命などではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時中学二年だった隆道は女尊男卑に染まった中学校の中で女子に服従せず、苛めにも屈しない唯一の男子だった。よって彼は常に『過激派』とも言える女尊男卑思想の女子生徒達の標的にされていた。

彼が視界に入る度にわざわざ近づいて罵り、罵倒し、時には服従させている男子を利用して彼を騙し、暴力を振るう。殆どの教師はそれを見て見ぬ振りし、時には彼女達に荷担する。それは最早、苛めを通り越した何かであった。

これだけの扱いを受ければ常人なら完全に心が折れ、服従の道を辿るのだが───。

 

『あなた、自分が騙されたことにまだきづかないわけぇ!?うけるぅ!!』

 

『ゲホッゲホッ………はんっ』

 

『………は?何よ、今の笑いは』

 

『ぐ………。うけるのは………お前らの方、だ。こんな………こんな事で、俺が、お前らに従うとでも………思ってんの、かってな………』

 

『こ、この………!』

 

───彼は、決して折れる事は無かった。

どれだけ罵られようが、虐げられようが、暴力を振るわれようが、彼は我を貫き通した。

何をしても彼は折れない。そんな彼の心を折る為に、壊す為に、彼女達は人として最悪な手段を取る事になる。

彼は学校に帰った後必ず犬の散歩をする事で周囲に知られていた。

 

 

 

 

 

彼女達は、事もあろうにその愛犬に目を付けた。

 

 

 

 

 

犬と散歩中であった彼を、従える男子達と共に待ち伏せ、袋叩きにし、そして彼の犬を───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───殺した。それも目の前で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大勢の人間に押さえ付けられた彼は、嬲り殺しにされる光景を見せつけられた。

彼女達は彼の心を折る為に、壊す為に、服従させる為だけに彼の愛犬を殺したのだ。

結果的に言えば、彼女達は彼の心を折る事は出来た。壊す事は出来た。

虐げられた事によって溜め込んでいた数多くのストレスと愛犬の死によるショックによって精神が崩壊。彼の心は完全に砕かれ、黒であった髪も全て一日で真っ白となる。

 

 

 

 

 

そう、()()()()()()()()()のだ。

 

 

 

 

 

その翌日。彼女達は報復を受ける事になる。

血の涙を流し、白く染まった髪を靡かせる、彼の全身全霊の報復を。それも平日の学校内で。

報復する人間だけでなく、彼を止めようとした生徒も、今まで見て見ぬ振りをし、時には荷担していた教師も巻き込んだ見境なしの暴力。

勿論、彼は抵抗を受けた。バットで殴られ、ナイフで刺されたりもした。それでも彼は止まらない。止められない。

悲鳴や怒声が飛び交う中学校。心身共に傷だらけになった彼の報復と言う名の暴力は、教室が血塗れになっても続いた。

その後、警察の介入により事態は終息する。そして、徹底した取り調べによりその学校で起こっていた数多くの苛めが発覚。荷担していた殆どの教師は世間から姿を消し、彼の中学校は廃校となった。

 

 

 

 

 

その中学校で発生した負傷者の数───。

 

 

 

 

 

軽傷者六名、重傷者三十八名───。

 

 

 

 

 

───意識不明の重体者二名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

写真立てと骨壺をじっと見つめながら自身の頬を撫でる彼。その古傷は、ハルを殺した人間を報復した際の抵抗によって出来たものであった。

 

「………次来れる日は何時かはわからねえ。もしかしたら、もう来れねえかもしれねえ」

 

当然、それに返事はない。しかし、彼はまるでそこに愛犬がいるかのように言葉を続ける。

 

「お前を連れていきたいけどよ、そのままの姿で連れて行きたくねえんだ。だからさ───」

 

そう言って彼は骨壺を持ち上げる。それを大事に抱えながら、部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

昼食を終え、ソファーで寛ぐ隆道と光乃。二人はIS学園に関する事には触れずに雑談をしていた。

 

「ハルの事だけどよ、本当にそいつは信用出来んのか」

 

「うん、私の知り合いだから間違いはないよ。他の所だと半年も掛かっちゃうけど、技術も高いし最優先にする様言っておいたから………だいたい一ヶ月かな」

 

「ふーん。まあ、早いならそれでいいわ」

 

昼食を取る直前、彼は彼女にある事を頼んだ。それは亡き愛犬と今後とも一緒になれる方法。

その方法は本来ならば約半年程の時間を要するが、彼女の知り合いの手に掛かればたった一ヶ月で済むとのこと。

いったいどんな知り合いだよと突っ込みたくなった彼であったが、愛犬と早く一緒になれるのであればどうでもいいかと突っ込むのを止めた。

 

「それとさ、外の壁塗り替えたのお前だろ。よくあそこまでやったよな」

 

「あぁ、本当に大変だったなぁ。何度塗り替えても落書きされるし、窓は割られるし。隆道君がいなくなってからは特に酷かったよ?変な脅迫文もぎっしり送られたんだから」

 

「『過激派』も『飼い犬』の連中も暇人だよな、わざわざ深夜に来てまで悪戯してんだからよ。やることが小せえというかなんというか………」

 

「監視カメラは何度も壊されるし、もう散々。面倒になっちゃったから壁の表面は加工して、窓は全部強化ガラスにしちゃったからもう悪戯なんて効かないよ。今は章吾君達が深夜も巡回してるから悪戯はすっぱり無くなっちゃったけど」

 

「どっちにしろ悪戯した奴等は二度と来ねえだろ。彼奴等が報復してるだろうしな」

 

悪戯については、今までの喧嘩によって病院送りにした人間達の報復だ。再び挑んでも返り討ちに遭うのだから、出来ることは小さな嫌がらせ程度しかない。彼がいなくなって以降酷くなったということは、タイミング的に彼がISを扱える事が許せない人間達の仕業だろう。

尤も、彼が言うように悪戯をした人間は『髑髏』の報復を受けており、全員が病院送りとなっている。命知らずで無い限り再び悪戯する事はない。

 

「あ、そうそう。はいこれ」

 

「あん?」

 

何かを思い出したのか、彼女は懐から一つの携帯を取り出し彼に渡す。それは以前、適性検査の時に紛失した物とは別のタイプであった。

 

「荷物を送った後にね、章吾君が携帯を見つけてくれたんだけど壊れちゃってて………だから新しく用意しておいたよ。皆の連絡先だけ入ってるから」

 

「………金は───」

 

「いらない。四月中に送るつもりだったんだけど、ここ最近外出しにくくて………」

 

「………別にいいさ、そこまで困ってた訳じゃねえし。………本当に金は───」

 

「だからいらないってば。貯金はたんまりあるし、一応収入源もあるから」

 

携帯だって決して安い訳じゃない。金は払うと言おうとした彼であったが、またしても払わなくていいと言われてしまう。彼女の懐事情はどうなっているのだろうか。

 

「ああ、わかったわかった………ふう。ちょっと外ぶらついてくるわ」

 

「え………。ま、待ってよ、今外には───」

 

「『飼い犬』がいる、だろ?住宅街から出るつもりはねえし、彼奴等が上手くやってくれるだろ」

 

正直、家にいるだけというのも退屈だ。ここには娯楽は一つも無いし、今の時間帯の番組など興味が無い。

『飼い犬』の件で心配する彼女であったが、昼間であればこの住宅街にはそう簡単に入ってはこれない。仮に来たとしても『髑髏』の餌食になるだけだ。

何も心配はいらないと彼は言うが、それでも彼女は彼が心配で堪らない。

 

「………じゃあ、私も一緒に───」

 

「ダメだ」

 

「ど、どうしてっ!?」

 

「自分の顔をよく見てみろよ………!」

 

そう言って彼は彼女の顔を指差す。その時の彼の表情はいつも通りの無表情であるが、何処か心配そうにも見えた。

 

「光乃。お前………全然寝てねえだろ、目の下の隈がマジでひでえぞ。最後に寝たのは何時だか言ってみろ」

 

「うっ………だ、大丈夫だよ!私は───」

 

 

 

 

 

「『()()()()()()()()()()()()』………なんて言うんじゃねえだろうな」

 

 

 

 

 

「───え?あ、え………え?」

 

彼が遮った言葉によって彼女は何故か焦り出す。その焦り具合は流石の彼も困惑した。

 

「あ………?どうした、何焦ってんだよ」

 

「あ、いや、えと………そそ、その、三十五時間生きる女って………?」

 

「………別に、どうだっていいだろ。んな事より何時寝たかって………光乃?おい光乃っ!」

 

「えっ、あ、あっ、な、何っ?」

 

何故か彼女はかなり動揺している。つい先程までは目の隈以外は平気そうな面だったが、今は息も荒く目の焦点も合わなくなっていた。

彼女の様子を見て、流石にこれはまずいのではと彼は不安に駆られてしまう。

 

「どうしたんだよお前………寝不足で頭イカれちまってるじゃねえか………。それに章吾から聞いたぞ、変な奴に狙われてるんだってな。そんな奴を外に出させる訳にはいかねえよ」

 

「あ、あぅ、えぅ…………」

 

彼女が狙われてる事は既に聞いている。ならば外に出す訳にはいかないのだ。それに、寝不足からなのか先程から明らかに様子がおかしい。寝させるべきだと彼は考えた。

 

「寝たって誰も責めねえから。光乃が頑張ってる事は皆知ってるから。マジで寝とけって。な?」

 

「………うん」

 

「心配すんなよ。せっかくの日曜なんだし、仮に『飼い犬』に遭遇してもさっさと逃げて帰るさ。んじゃ、行ってくる」

 

「………うん。行って………らっしゃい」

 

彼は彼女に手を軽く振ってリビングを後にする。一人になった彼女は時間が経つにつれ、次第に動悸が収まっていった。

完全に落ち着いたその瞬間、それまで無かった睡魔が彼女に襲い掛かる。

 

「………んぅ」

 

眠気が限界に来てしまった彼女は身体を倒しソファーに寝転がる。そしてそのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

住宅街内の小さな公園。隆道は住宅街を一通りぶらつき終わり、休憩がてらそこにあるベンチで寛いでいた。

 

「………」

 

見慣れた光景ではあるが、警戒態勢に入った住宅街はやはり静かだ。日中にも関わらず鳥の鳴き声すら聞こえないそれは、初めて訪れた人間にとっては不気味過ぎると評価するだろう。

 

『おかけになった電話をお呼びしましたが、お出になりません』

 

「………あの野郎、何で出ねえんだよ」

 

手元の携帯から発せられるアナウンス。ぶらつくついでにコンビニでも行くかと思い、住宅街の外へ出る為に護衛に何度も連絡を取っているのだが一向に出る気配が無かった。

住宅街から出るときは必ず連絡しろと言っておきながらこの仕打ち。これでは連絡の意味が無いではないか。

 

「あー、どうすっかなー」

 

その気になれば一人で外に出る事など容易い。別に『飼い犬』を恐れてる訳ではないのだから。

しかし、相手をするのも面倒というのも確かだ。遭遇したら間違いなくリ●ル鬼ごっこor大乱闘スマ●ラが始まる。せっかく手に入れた日曜の外出でそんな事は可能な限り避けたい。

家に戻る手もあるが彼女は今頃寝ているかもしれない。もう少しばかりぶらつくかと立ち上がった、その時。

 

「はぁっはぁっ………隆道お兄ちゃん!!」

 

「あん?………おぉ」

 

声のする方へ目をやると、公園にやって来たのは息を切らしたフード被りの女の子。彼女は目が合うや否や、真っ直ぐ走り向かい彼に抱きついてきた。

 

「会いたかった!すっごい会いたかった!」

 

「おっと………。彩ちゃんじゃねえか、何で外に出てんだ。家から出るなって言われなかったか?」

 

「あ………その………皆から隆道お兄ちゃんが帰ってきてるって聞いて………それで………」

 

「………まあ、別にいいさ。ほら、外は危ねえから家に───」

 

言い切る前に腹の鳴る音が聞こえる。その音の出処は顔を赤くさせた彼女から。

 

「うぅ………」

 

「………飯食ってないのか。親父さんは?」

 

「お父さんと一緒にお昼買いに行くつもりだったんだけど、『飼い犬』がいるからって………」

 

「………コンビニ行こうか」

 

先程まで外へ出ようか考えてた所だ。『飼い犬』の存在が懸念されるが、目を付けられたら彼女を抱えて全力で逃げれば良い。彼はそう考えたのであった。

 

 

 

 

 

住宅街から少し離れたコンビニで買い物を済ませ、帰る最中である隆道とお菓子を頬張る彩。手を繋いで歩く二人は、端から見れば歳の離れた兄妹だ。

 

「あの、隆道お兄ちゃん。お金………」

 

「さっきも言ったけど気にすんなよ。さっさとそれ食べな」

 

「………ありがとぅ」

 

彼女とその父親の昼食だけでなく、二人の夕食の分とお菓子も購入。彼女は財布を持っていないので、当然支払いは彼だ。

 

(『飼い犬』共は………いねえな)

 

警戒はしてるが周囲を見渡しても人は見当たらない。元々人通りが少ない道だ、誰かいるならば直ぐに気づく。

恐らく彼等が既に対処してくれたのだろう。これだけ静かであれば周囲に『飼い犬』がいない事は明白であった。

 

(杞憂だったな………)

 

数百メートルも歩けば住宅街だ、そこまで行ければ何も心配する事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、そこまで行ければ何も心配は無かった。

 

(お?車なんて珍しい………)

 

人通りだけでなく、車通りも非常に少ない道路の前方から見えるのは一台のハイエース。余程急いでるのだろうか、中々速い速度で走っている。

珍しい事もあるんだなと眺めたその車は二人の隣に差し掛かった所で───突然急停止した。

 

「「───っ!?」」

 

急停止したその車からは青年が次から次へと降り、あっという間に二人を囲む。その数六人。五人はスタンガンやバットなどの凶器を持ち、一人は見たことのある拳銃を持っている。

 

「あ………あ………」

 

「てめえら………!?」

 

「こんにちはぁ、隆道さん。ようやく会えましたねぇ、待ちくたびれましたよホント」

 

「『飼い犬』………!!」

 

 

 

───『飼い犬』───。

 

現代───女尊男卑社会によって女性に媚びる道を選んだ、男性の末路の一つ。

完全に女性の言いなりと化し、横暴にも逆らわず、利用され、いずれ棄てられる。それが彼等の総称、まさに『駒』や『奴隷』である。

彼等は自分の主である女性───『飼主』の言うことには逆らわない。逆らえない。逆らってしまえば二度と社会には出られない、そう刷り込まれているのだ。

そして、利用されるのは何もパシリといった小さな物事だけではない。

 

 

 

 

 

彼等に悪事を働かせる場合も存在する。

 

 

 

 

 

『飼主』が気に入らない、邪魔だと思った人物に向けて『飼い犬』を放ち、嫌がらせ、窃盗、暴行をさせたりするのだ。勿論、自分に足が付かないよう逃げ道を作って。

自分の手は汚さずに駒を使って暴力を行使する。やっていることは畜生以外何者でもない。

更にタチが悪いのは、それを面白がって悪事を働く『飼い犬』もいるということ。暴れたいから、金が欲しいからと理由は様々だ。

やむを得ず服従する者と自ら志願した者の二種類に別れる『飼い犬』。隆道の前に立ちはだかるのは───後者だ。

 

(ああ、くそったれっ!狙いは俺だったって事かよ!)

 

目の前にいる『飼い犬』は、以前からこの住宅街に住む住民を標的にしていた。だが、青年の言葉によって今回は自分だけが標的だと確信する。

 

「『髑髏』に見つかる前に済ませたいんでねぇ。一緒に来てくれますぅ?」

 

「素直に聞くと思ってんのかよ」

 

「これ見てもそう言えますかね?」

 

そう言って青年は携帯を取り出し、一枚の画像を見せる。そこに写っていたものは───。

 

「………!?」

 

「この三人、関係者ですよねぇ?来なかったらどうなりますかねぇ。あ、警察や『髑髏』に知らせてもアウトですからねぇ」

 

───そこに写っていたのは手足を縛られた真耶と菜月、そして護衛である真吾の三人。真吾に関しては殴られたのか頭から血を流していた。

三人は人質だ。護衛との連絡が取れないのはこういう事だったのか。そして同時に、何故拳銃を持っているのかも納得した。それは教員から奪った物だったのだ。その事実に彼は歯を食いしばってしまう。

 

「くっ………狙いは俺だろ。なんでこんな回りくどい事すんだ」

 

「ここだと『髑髏』も相手にしなきゃなりませんしぃ、直接あんたの事を嬲り殺しにしたいって人がいるんでぇ」

 

「………」

 

「あらぁ?これでもダメですかぁ。それじゃあその子も───」

 

「あっ!?や、やだぁっ!?!?!?」

 

青年は拳銃を持つ青年に目で合図をし、怯える彼女を引っ張り彼から引き剥がす。彼等は女の子すら利用しようという更なる外道の道に走ったのだ。

 

 

 

 

 

 

これが、この後起こる大惨事の引き金となる。

 

 

 

 

 

「オラァッッッ!!!」

 

「どばぁっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

彼女を人質にしようとした青年の腹に向けて彼は蹴りを放った。吹き飛ばされた事により隙間が出来、その瞬間を見逃さず彼女を抱えてその隙間をすり抜ける。すり抜けたと同時に彼女に荷物を全て渡し突き放した。

 

「たっ隆道お兄───」

 

「走れぇっっっ!!!」

 

「───っ!」

 

彼の叫びを聞き、彼女は直ぐにその場から走り去る。住宅街まで一直線に走っていけばもう追われる事は無い。

 

「こ、この野郎っ!」

 

「───っ!?」

 

振り向くと青年が此方に拳銃を向けている。既に引き金に指が掛かっており、撃たれる事は確実だ。

距離は離れている。避けたら彼女に当たる。飛び掛かっても間に合わない。自身の拳銃を取り出して直ぐには撃てない、よって先に撃たれる。ではどうするか?

 

「させるかぁっっっ!!!」

 

彼は物を投擲した。それは携帯や財布などではない、もっと硬くて丈夫な物。

 

 

 

 

 

あろう事か、なんと彼は自身の専用機『灰鋼』の待機形態である首輪を投げたのだ。

 

 

 

 

 

「おわっ!?」

 

全力で投げた首輪は拳銃に当たり、見事弾く事に成功する。幸いにも当てた衝撃で発砲される事は無かった。

 

「や、やっべ」

 

「お、おいっ!?誰か連絡を!!」

 

「んなことより───おい、前、前っ!?」

 

「あぁっ!?あ───」

 

全員が弾き飛ばされた拳銃に注意を反らしてしまった為に気づくのが遅れてしまった。

 

覚悟しろてめえら

 

彼が目の前まで接近していた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

住宅街からある程度離れた廃工場。森林に囲まれた辺境とも言えるその建物は、今日に限っては廃れているとは思えない程賑やかであった。

 

「………」

 

その工場内では青少年が数多く屯しており、その隅には囚われている教員と護衛の三人。真耶はスタンガン、護衛の真吾は頭部の打撃によって今も尚気絶している。唯一意識があるのは菜月ただ一人。

 

(今日は厄日ね………)

 

派手に騒ぐ青少年達を眺める彼女はつい溜息が出そうになった。

『髑髏』に襲われ、助かったと思いきや『飼い犬』と呼ばれる集団に拉致される。厄日と言わずなんと言えるのか。

 

(何が女は強いよ………。広めた奴をひっぱたいてやりたいわ)

 

身につけた護身術も全く役に立たない。一人ならば何とか出来たであろうが、気絶した真耶を人質に取られたらそんなものは無意味だ。自分は守れても他者を守る事など出来やしない。

そんな無力な自分に対し悔やんでいると、此方に近づいてくる大男が一人。身長は二メートル程で顔は傷だらけ。その手には奪われた拳銃が握られている。

 

「もうしばらく待ってくれよぉ?仲間が隆道の野郎を連れてくるまでの辛抱さ。終わったら楽に殺してやるからよぉ」

 

「こんな事無意味よ。彼にとって私達は人質の価値なんて無いのよ………?」

 

「失敗したらそれでいいさ、その時はお前らが死ぬのが早くなるだけ。他の手段はいくらでもあるんだよ」

 

「………」

 

狂った笑みを浮かべながら佇む大男は此方に拳銃を向ける。迷う事なく引き金に指を掛ける辺り、殺しに躊躇など無いのだろう。

 

「今日こそあの野郎を殺す。その為に武器もありったけ用意してたんだからな。例えば───」

 

「───っ!?」

 

「───()()とかなぁっ!ははぁっ!!」

 

そう言って大男が笑いながら後ろから取り出した物は、なんと猟銃───上下二連散弾銃。それを担ぐ大男の姿は、まさに鬼が金棒を担ぐ様であった。

 

「な、なっ………!?」

 

「ちなみにコレは一丁だけじゃねえぞ?全部で四丁だ。あぁ、早く蜂の巣にしてやりてぇ」

 

あまりにも殺意に満ちている。ナイフ等の凶器処か、散弾銃など殺す気満々ではないか。

だがしかし、まだ手はある。彼が殺されない確実な方法が。

 

「か、彼はISを持ってるのよ!?そんなもの通用なんて───」

 

「んな事知ってるっつうの。………これ、なんだかわかるかぁ?」

 

「っ!?そ、それは!?」

 

「『剥離剤(リムーバー)』っつうの?なんでもISを強制解除させる装置らしくてよぉ。ついでにISを奪えって言われてんだよなぁ」

 

大男が懐から出したソレは、四本の脚が付いている機械。国家最高重要機密の一つとして存在する───『存在しない兵器』。

 

 

 

───『剥離剤』───。

 

展開したISに取り付き電流によって相手を捕縛、強制解除させてコアのみの状態にする『対IS兵器』の一つ。

一度使った機体には耐性によって二度と使用出来なくなるが、その性能は充分。一時的ではあるが確実に相手を無防備にする事が出来る。

 

「あ、貴方、どこでそれをっ!?誰に言われたのっ!?」

 

「教えると思ってんのかぁ?わざわざ口に出すのは馬鹿のすることだ」

 

「う、うぅ………」

 

非常にまずい。このままだと彼は確実に殺されてしまう。しかし、自分達は囚われの身だ。出来る事など一つもありはしなかった。

 

「さあて、そろそろ定時連絡が………お?」

 

大男が呟いたその時、携帯の着信が鳴り響く。その出処は大男のポケットから。

 

「どれどれ、成功したか失敗したか一緒に聞こうじゃねえかぁ。なぁ?」

 

「う………」

 

嘲笑う大男は携帯をスピーカーフォンに切り替え彼女にも聞こえる様にする。 この瞬間で彼女達が早く死ぬか、遅く死ぬか。全てが決まる。

 

「俺だ」

 

『ごっごぼぉっ………か、春日(かすが)………ざん………』

 

「あ?どうした?失敗したかぁ?」

 

『い、いえ………。五人、やられましだが………隆道、を………捕まえる事が、出来まじだ。流石のあいづも、拳銃には………敵わながっだ、様で………今は気絶、中でず………』

 

「ああっ、そんな………」

 

彼女は絶望してしまった。隆道が彼等に捕まってしまった事に。

 

「おおっ!!そりゃすげぇなっ!!とうとう倒したのか、あいつをっ!!ってかお前、大丈夫か?」

 

『ええ、なんどが………。今がら………連れて、行ぐので………もうじばらぐ、待っでで、下さい………』

 

「おうおう、待ってるぜぇっ!………と、いうわけだ。良かったな、少しだけ長生き出来るぜぇ?はっはぁっ!!」

 

「───」

 

彼女に大男の声は聞こえはしない。彼女の頭のは、真っ白になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菜月が絶望に染まっているその頃、住宅街付近。

そこで見えるのは死屍累々とした光景。その真ん中に立つのは───。

 

「あ゛あ゛、はぁ………。ご、ごれで………い、良い、でずが………」

 

「ああ、ご苦労さん」

 

───返り血を浴びた隆道が一人。周辺の地面や壁は血が飛び散っており、地面には六人の青年が倒れている。その者達は指が無くなっている者、手足が逆方向に曲がっている者、眼球を抉り取られた者、歯が全て折れている者だったりと目を背けたくなる様だ。

そう、彼は捕まってなどいない。六人全員を倒し、意識が残っている青年に電話を掛けさせていたのだった。自分が捕まったと報告するように。

 

「しっかし………春日もしつけえなホント………。こりゃ根徹底的にしねえとダメか………?」

 

「も、もう………止めで、ぐれ………。ご、ごれ以上、は………し、死んじま───」

 

「ヴラァッッッ!!!」

 

「ばぎょっっっ!?!?!?」

 

彼は命乞いをする青年の顎に目掛けて渾身の踏み付けで止めを刺す。短い悲鳴と共に顎は完全に砕け再起不能。この青年は大掛かりな手術でもしない限り食事は満足に出来ない。

 

「………はあ、ったく」

 

足元に転がっている首輪を拾いながら溜息を吐く彼。その表情は何かを決意した顔つきだ。

電話を掛けさせる前に人質の居場所は聞いた。『飼い犬』の人数、そして奴等が持つ武器も聞いた。よって彼が起こした次の行動は───自宅に戻る事だった。

 

 

 

 

 

自宅戻った隆道。彼は()()()()を取りに一直線で戻って来ていた。

それがある場所は自分の部屋だ。脇目も振らずに颯爽と二階に上がろうとしたのだが、つい立ち止まってリビングに目がいってしまった。

 

「………光乃?」

 

リビングに足を運ぶとソファーで眠る光乃の姿があった。深い眠りについているのか、起きる様子は無い。

 

「すぅ………すぅ………」

 

「………毛布くらいかけろって」

 

小さく溜息を吐きつつ、近くに畳んであった毛布を彼女に優しくかけた。眠る彼女を起こさない様、静かに二階へ上がって自室へ入る。

 

「………上等じゃねえか。そっちがその気ならよ」

 

目の前には、厳重に施錠してある二台の大きなスチールロッカー。鍵はとうの昔に捨てた為に開ける事は叶わない。───素手ならば。

 

「………部分展開」

 

呟くと同時に右腕が装甲に包まれ、その腕の動作確認をした後に鍵を毟り取り抉じ開ける。そこに仕舞っていたものは、以前まで使っていた物や襲ってきた輩から奪った数々の道具。

それらを全てボストンバッグに仕舞い、部屋を出て玄関へと向かう。

 

「………」

 

玄関に足を踏み入れる直前、足を止め光乃が寝ているリビングに向けて一言。

 

「………じゃあな」

 

そう一言だけ告げ、家を出ていく。周囲を見渡して『灰鋼』を再び展開し、彼は独り言を呟いた。

 

「さて………早速試してやろうじゃねえか」

 

 

 

彼が向かう先は───。

 

 

 

「『()()()』」

 

 

 

───対■■光■■■『幽霊犬』起動───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し経ち、廃工場。大勢の『飼い犬』達は凶器を携えながら隆道の到着を今か今かと待ちわびている。

 

「………」

 

それをただ黙って見る事しか出来ない菜月。この危機的状況を切り抜け様にも、真耶と護衛は未だに気絶中だ。脱出する方法があったとしても、二人を見殺しにするなど到底許せなかった。

それに、仮に三人とも脱出したところで隆道が殺される未来は変わらない。完全に詰みである。

 

「あいつを好きなだけ嬲れるんだろ?早く来ねえかなぁ」

 

「指全部ぶった斬ろうぜ。両手両足全部よぉ」

 

屯する彼等は先程から物騒な会話しかしていない。余程彼に恨みを抱いているのだろう。でなければあの様な事は口にしないはずだ。そんな会話を聞かされている彼女はもう、嫌になっていた。

耳を塞ぎたくなる様な会話を延々と聞かされてる最中、あの大男が再び彼女達に近づいて来る。

 

「おい女ぁ。もう少し、もう少しであの野郎が来るぞぉ?しっかりと見とけよぉ?」

 

「………」

 

「ああ、黙りか。何考えてるか知らねえが無駄さ、お前らも終わるんだからよ」

 

大男の言う通り、何を考えても無駄だ。もう自分には何も出来やしないのだから。

 

(お願い………。誰か………助けて………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと彼女達は助かる。一人の人間の手によって。

 

 

 

 

 

だが彼女達を助けたのは、決して正義の味方などではない。

 

 

 

 

 

全ての敵を血祭りにする、()()()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

彼女が助けを願ったその時。乾いた音が二回響いた。

 

「………あ?なんだ、今の音」

 

その音によって青年達は気付き、騒ぎが一気に静まる。音の出処は───廃工場の外。

 

「外?誰かいたか?」

 

「見張りが二人いたな。誰か見てこいよ」

 

「んじゃ俺が」

 

一人の青年が外の様子を見ようと工場の大扉の前に進む。扉を開けよう手を伸ばしたが、何故かその場で止まった。

 

「おい、どうした?」

 

「いや………なんだこの音?なんかこっちに近づいて───」

 

青年が扉に耳を近づけたその時───。

 

「ごぼっっっ!?!?!?」

 

───『何か』が扉をぶち破って現れた。

 

「「「「「!?!?!?」」」」」

 

 

 

 

 

その『何か』は一台の『車』であった。

 

 

 

 

 

車は扉の前にいた青年を撥ね飛ばし、そのまま集団へと突き進んだ。突然の事に愕然とした彼等はこれに反応出来ず、半分以上が次々に撥ね飛ばされる。そして愕然としたのは───大男も例外ではない。

 

「なっなんだそれ───」

 

時速百キロにも及ぶ速度で突っ込み大勢の青年を撥ねたその車は大男に向かって一直線。真正面から撥ね飛ばす。

 

「どばぁっっっ!?!?!?」

 

大男は撥ね飛ばされた事により後方へ吹き飛び壁に叩きつけられるが、車は留まる事を知らない。そのまま大男に向かって突き進み、大男を巻き込んで壁に激突。そのまま壁を突き破り、大男と車は壁の奥へと消えていった。

 

「あ、え………え………?」

 

何が起こったのか、菜月には一瞬わからなかった。突然静かになったと思いきや、いきなり車が現れ、十人の青年と大男が宙を舞う。状況を理解出来たのは、多くの悲鳴が聞こえた直後だった。

 

「あ゛………お゛っ………」

 

「な、何だよ今の!?」

 

「つ、突っ込んで来た!?つか、あの車は見張りの奴のじゃねえか!?」

 

「あ、足ぃっ!?俺の足ぃぃぃっ!?」

 

一瞬で出来上がった地獄絵図。転げ回る青年、ピクリとも動かない青年、状況を理解し腰を抜かす青年と様々。

いったい誰がこんな事をと菜月は探ろうとするが───それは直ぐに判明する。

 

「やった奴は外にいるはずだ!!探し───だぁっっっ!?!?!?」

 

一人の青年が外へ向かおうとしたその時、突然吹き飛ばされる。その青年の肩には───深々と金属の矢が突き刺さっていた。

 

「や、矢………!?なん───」

 

───瞬間。風を切る音。

 

「───でぇっっっ!?!?!?」

 

また一人の青年が悲鳴と共に吹き飛ばされる。彼もまた金属の矢が突き刺さっていた。

 

「ま、まさか………髑───」

 

よお、飼い犬共

 

「ひっ!?」

 

ドスの効いたその声に辺りは一気に静まり返り、誰しもが息を止めた。全員がその声の方へ顔を向けるとそこには一人の青年。

 

「は、はあっ!?おま、隆、道………!?」

 

全員は驚愕を隠せなかった。そこにいたのは予想外の姿をした予想外の人物だったからだ。

 

 

 

その青年が身に纏うのは、疵の付いた黒のレザージャケットと、口元には古びた『髑髏』のフェイスマスク。

 

 

 

大型のマチェットにフルサイズのコンパウンドクロスボウを背負い、脇のホルスターには拳銃。

 

 

 

そして彼の右手には───上下二連散弾銃が携えていた。

 

 

 

「お、お前………!?」

 

………この格好は一年ぶりなんだ。せっかくだから名乗ってやるよ

 

扉に佇む青年───隆道はゆっくりと足を動かし、驚愕によって固まる青年達に近づいていく。

 

IS操縦者育成特殊国立高等学校、一年一組三十番、柳隆道。そして、『髑髏』の頭目

 

「う、うっそだろ………」

 

まあ、こんなものでいいか。………取り敢えずてめえら───」

 

名乗りを終えた彼は一変、異様な程の目付きへと変わっていく。その右手に持つ散弾銃を───。

 

 

 

 

 

「───これでも食らっとけぇっっっ!!!

 

 

 

 

 

───青年達に向けて容赦なく発砲。構内に銃声が鳴り響いた。

 

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