IS学園では入学式当日から授業が開始される。普通の高校とは違い普通学科に加えIS関連の授業もあるので初日から始めていかないと遅れてしまうからだ。
故に、一時限目から普通学科ではなくいきなりIS基礎理論を学ぶことになるのだが、窓側の一番後ろ席に座る隆道は教科書も開かず授業そっちのけで頬杖をつきながら外を眺めていた。
一度は高校を卒業し、なるべく女性に関わらない職を見つけひっそりと暮らしていくはずが、ISを動かせるという理由で学園に連れられ一学年へ逆戻り。学業をやり直しという、ただでさえそれだけでも苦痛であるが自身が忌み嫌うISの授業が加われば苦痛を通り越して地獄と化す。たとえ何を言われようがまともに授業を受ける気は彼にはなかった。
普通ならば教師に授業態度を指摘されるのだが、授業を進めている真耶も、教室の端で控えている千冬も注意すらしない。
実は何度か真耶から注意を受けていたのだが、彼はこれを全て無視、目を合わせすらしない。
元々温厚な性格の彼女が強く言えるはずもなく、SHRで目の当たりにした彼の敵意にメンタルをやられたということもあり、授業の半ば辺りから話し掛けることが出来なくなってしまった。
千冬も注意はしたいのだが、SHR前の出来事もあって迂闊に話し掛けられない。
未だに敵意と警戒心が強い彼がおとなしくなるまで待った方が良いと判断した。
一時限目が終了し、休み時間が始まった瞬間に周囲の生徒達は一斉に隆道から離れる。
千冬ですら怯んでしまうほどの敵意は一般生徒からすればかなりの精神ダメージとなり、気の弱い人間ならば失神してしまいそうなほど。
女子生徒達にとっては歳上の男子という、一人目とはまた違った魅力があった為どうにか接触し、あわよくば仲良くなろうと計画を立てていたが当の本人がこれでは近づくことすら出来ない。
何せ自己紹介の時に敵意全開で関わらないでくれと言われてしまったのだ。近づいただけで何が起こるか分かったものじゃない。世間がどれだけ女性の立場が上であろうと目の前の脅威にはどうにもならなった。
しかし、そんな中で一人だけ彼に近づく勇敢な者がいた。
「あ、あのー……。すみません」
隆道に話し掛けたのは一人目である織斑一夏。整った容姿であり、本人に自覚は無いが異性によく好意を寄せられるという、所謂鈍感な男子だ。
彼の自己紹介を聞いて怯んだ内の一人ではあるが、どうにかして会話をしたいと授業中そればかり考えていた。
一夏はSHRの時まで男は自分一人と思っていたのだ。これまで女子生徒からの視線を浴び続けており、精神が限界に近かった彼にとっては歓喜極まる事なので自分を見捨てた幼なじみの事などすっかり忘れ、授業が終わり次第声を掛けるつもりだった。
しかし、相手は千冬が言っていたように歳上であり、今はSHRから続いてる敵意と警戒心丸出しな状態。失礼の無いように言葉を選ぶ必要がある。
声を掛けて数秒。隆道は頬杖をついた状態からゆっくりと一夏に顔を向ける。
「……ああ、一人目の……織斑だったか?」
「はっ、はい……。織斑一夏、です」
「まだ面と向かっていなかったからな、悪い。改めて自己紹介するが柳隆道だ。よろしく」
「……! は、はいっ! よろしくお願いします!」
一夏は満面の笑みで返事をし、握手を求める。すると彼も頬杖をやめ、それに応えた。
正直なところ、一夏は自分すら無視をするのではないかとあまり自信がなかった。
入学式の時に他生徒達の会話を小耳に挟んだのだ。自分が見つかったから全世界で男性に向けた適性検査を行っていると。その時はまだ二人目の事は知らなかったので見つからなかったんだと決めつけていた。
しかしSHRでまさかの二人目が現れた。同じ境遇の人間がいると目の当たりにして嬉しさが込み上げてくるが、その本人はここに来たことに嫌悪感を剥き出しにしている。
彼の自己紹介を聞いて、自分がうっかりISを起動してしまい、無理矢理検査をされて連れてこられた原因は自分なんだと、きっと恨まれているだろうと考えていたが、玉砕覚悟で会話を試みることにした。
だが、いざ話し掛けてみると無表情ではあるが自分の声に反応し、握手にも応えるという予想とは違う反応。もしかして仲良く出来るかもしれないと一夏は思った。
しかし本当に恨んではないのか、少しでも思ってしまった彼はおそるおそる聞いてしまう。
「えっと………柳さん、俺を恨んでいますか………?」
「あん? なんでだよ」
「だって………、俺が起動しなければ………柳さんは………」
隆道は数秒ほど考える仕草をした後、一夏に優しげな声で答える。
「お前が気にすることじゃない。遅かれ早かれこうはなってた。発覚したのが今になった、ただそれだけのことさ」
「あ、ありがとうございます」
良かった、恨まれていなかった。一夏は今後もやっていけそうだと彼の言葉を聞いて安心する。
この男子同士のやり取りに周囲は困惑と同時に驚愕する。
隆道から、さっきまでの敵意と警戒心がすっかり消えていたのだ。相変わらず無表情に加え目に光は無いがそのやり取りは先輩後輩のそれと変わらない。
理由は分からない。分かっているのは一夏に対しては少なくとも友好的だということ。
彼は千冬に仲良くなるかどうかは知らんと突っぱねていたがそれはあくまで千冬に敵意を持っていたからこその発言であり、別に一夏と仲良くしないつもりはなかった。
もし自分が逆の立場だったら、もし自分一人以外男子がいなかったら。そう考えるだけでもぞっとする。
仮に隆道が先に発見され、今回のように一夏が後から発見されたら彼は同じ行動を取ったかも知れない。
流石に馴れ馴れしい態度で話し掛けるような奴だったら他と同様に無視を決め込むつもりであったがそんなことはなく、むしろ自分のせいでと気を遣う姿を見て感心した。
一夏が千冬の弟というのは廊下越しに聞いて知ってはいたがそんなことは関係無い。ISを纏う世界最強の弟とは見ず、織斑一夏個人として彼を見る。一緒くたにせず区別は出来る隆道だった。
「……ちょっといいか」
時間いっぱいまで話をしようとした矢先に第三者が声を掛ける。一夏と隆道の二人は声のする方へ向くと、そこにいるのは肩下まである黒い髪を結ったポニーテールの少女。
「……箒?」
「…………」
少々不機嫌そうな顔をしている箒と呼ばれる少女は一夏をじっと見るだけでなにも言わない。
「知り合いか?」
「あ、えと、はい。幼なじみの箒です。ほら、箒も自己紹介しなって」
「……篠ノ之箒です」
一夏に幼なじみと呼ばれる箒は用があるのかずっと彼を見ており、隆道を視界にすら入れてない。彼女もまた彼の敵意を感じていた為に本能がそれを拒む。
「話がある、廊下でいいか?」
「えーと、その………」
彼女に呼ばれる一夏であったが、彼としては隆道と話をしたい。しかし六年振りに再会した幼なじみの誘いを無下にしていいものかと迷いが生まれる。完全に困惑してしまった一夏はどうすればいいか分からず彼に目線で助けを求めた。
「俺のことは気にすんな。行ってこいよ」
「す、すみません。また後で来ますから」
「ん」
彼は彼女の後についていく一夏を見送って、見えなくなった所で再び外を眺める。
一夏の第一印象はしっかりした奴だなと感じた。今の世の中でああいった男はかなり珍しい。女尊男卑の影響を今まで受けていなかったからなのか、もしくは悪意を受けてもまっすぐであり続けたのかは分からない。どうかそのままでいてくれと切に願った。
「それにしても……
そう呟く彼の目は、どこまでも暗かった。
「──であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ──」
二時限目の授業を務める真耶は教科書をすらすらと読んでいき、生徒達も順調にノートを取りつつ授業についていく。
ここIS学園に入学してきた生徒達は事前予習を必ず行っており、非常に高い倍率を勝ち上がって来た優等生である。なので今行われてる授業は彼女達にとってただの復習なのだが──。
「………」
──ここに一人、授業についていけずに頭から煙が出そうな男がいた。
(お、俺だけか? 俺だけなのか? みんな分かるのか? というかこれ、まさか全部覚えないといけないのか……?)
五冊もある教科書の一冊を手に取り数枚めくっていくが意味不明の単語の羅列にしか見えてない一夏は心の中で唸る。
彼は別に頭が悪い訳ではないが、元々IS学園に入るとは思っていなかった為にこれまでIS関連の事を勉強しなかった事が原因でISの知識がからっきしだった。
(柳さんは? 柳さんは分かるのか? アクティブなんちゃらとか広域うんたらとか全然わかんねぇよ……)
隆道の席は一番後ろの窓側。彼が隆道の様子を見ようとすると必然的に体ごと向ける必要があるため、目立つ行動は出来ない。そんな絶対的なピンチに陥っている中、隆道はというと──。
「…………」
──一時限目と同様、まともに授業を受けていなかった。
「織斑くん、何か分からないところがありますか?」
「あ、えっと……」
「分からないところがあったら訊いてくださいね。何せ先生ですから」
そういって胸を張る真耶。善意からの行動であるが名指しによって生徒達から注目を浴びる事になり、まったく授業についていけない一夏にとっては公開処刑と一緒である。
こうなったら素直に自分の弱さを吐く。それしか思いつかなかった彼は正直に答えた。
「先生!」
「はい、織斑くん!」
「ほとんど全部わかりません」
自分の知識の無さを全力で暴露していく一夏。下手に知ったか振りするより正直になった方が受け入れてもらえる。そう思っていたが──。
「え………。全部、ですか………?」
彼女は流石に困惑した。まさか今までの授業が全部わからないと言われるとは思わなかったのだ。まさか、自分の教えが悪いのかと他の生徒にも質問を促す。
「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階でわからないって人はどれくらいいますか?」
当然だが隆道を除く生徒は事前予習をしてるため誰も手を上げない。いたとしてもきっと手を上げないだろう。
「え、えっと! 柳くん! 柳くんは大丈夫ですか?」
「…………」
彼女は隆道にも質問を促すが、これもまた無視。一時限目と同様に外を眺めたまま此方を向こうともしない。
「う、うぅ……」
完全にお手上げだった。一時限目まで剥き出しだった敵意も二時間目の始まる頃には何故か消えていたので、これを機にどうにか会話を試みるがまったく相手にされない。
どうすればいいと悩んでいると教室の端で控えていた千冬が一夏に質問を投げ掛ける。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
「古い電話帳と間違えて捨てました」
彼が正直に答えた瞬間、目にも止まらぬ速さで出席簿制裁が炸裂する。
(なにやってんだあいつ)
現在授業ガン無視状態の隆道だったが、聞こえない訳ではないので一連のやり取りを聞いていた。表情こそ出さないが彼の正直さに流石に困惑せざるをえない。
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者。あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」
「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」
「やれと言っている」
「……はい、やります」
これに関しては学園の備品を捨ててしまった一夏が悪い。反論は許さないと言わんばかりの眼力で彼は頷くしかなかった。
「ISはその起動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」
千冬の口から炸裂する怒濤の説教にぐうの音も出ない一夏。
実際のところISに限らず物を扱う際はそれに伴った知識等は必要不可欠だ。
世の中には知らずに扱ったり、または間違えた扱いなどすると最悪死に至るといった物が日常生活にも紛れてるのだ。
ISと比べるとスケールが小さくなってしまうが自動車が良い例であろう。
知識が無い、操作を知らない、規則を忘れる、ミスをする等の原因で毎年死亡事故が後を絶たない。そうならないために知識をつける、訓練をする。
そんな当たり前の事を言われる彼を他所に、隆道は考えに耽る。
(『兵器』、ね……。それ以外のなんだってんだか)
ISが一般的にスポーツとして認識されようと、元を辿れば確かに兵器だ。
実弾兵器、光学兵器等を積んでおいて、あまつさえやってることは同じ人間同士の対戦。
なにがスポーツだ、やってる事は代理戦争じみたものじゃないかと。
これ以上聞いても仕方無いかと、意識をそらそうとした隆道だったが──。
「……貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思ってるな?」
──ピクリと隆道は反応する。してしまう。
「望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」
(こいつ……!)
人は一人では生きていけない。物や、知識や、環境はかつて人々が結束して培ってきたもの。それらがあるからこそ人は今まで生きてこれたのだ。
山奥で一人自給自足で暮らす者は世の中に存在するが、それはかつて人が広めた知識や他者によって生きてきたからこそ出来ること。生まれた頃から一人で生きられる人間なぞ存在しない。
昔から現実主義である千冬は一夏に現実と直面しろと言いたかった。一夏や周囲の生徒もその言葉の意味を理解するが、隆道は違った。
(つまり受け入れたくないなら死ねってか……! 死なせなかったのはお前らだろうが……!)
隆道は適性検査でISを起動してしまった際、今後の未来を直ぐ察知していた。
解剖されるか、実験台として研究されるか、学ばせるためにIS学園に連れてかれるか。
どう転んでも絶望。一生ISに関わる事になる未来が見えて錯乱してしまい、人生をISに奪われるくらいならいっそ死のうと自傷行為に走った。ISの機能によって死ぬ事はもちろん出来なかったが。
拘束された後も何度か自殺、又は逃亡を繰り返すが全て阻止され、最終的にIS学園に繋がるモノレール手前で護衛十人を相手に足掻いたのを最後に諦めた。
(何が保護だ……いったいどれだけ俺から奪えば気が済むんだ……!)
ISが出現して以来大切なものを次々と奪われ、今度は自由を奪われた。隆道はより一層ISと女性に対し憎悪だけが増え続け、それはどす黒い何かに変わっていく。
(ああ……改めて痛感したぜ、ありがとよ。お前ら女は……ISは俺の……!)
ここに来る前から既に擦り切れていた隆道は、修復が不可能に近いほどに壊れかけた。
「え、えっと、織斑くん。わからないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、がんばって? ね? ねっ?」
そんな隆道の心中なぞいざ知らず、真耶は一夏の両手を握って詰め寄ってくる。彼より身長が低い事から、必然的に上目遣いになっていた。
「はい、それじゃあ、また放課後によろしくおねがいします」
「ほ、放課後……放課後に二人きりの教師と生徒……。あっ! だ、ダメですよ、織斑くん。先生、強引にされると弱いんですから……それに私、男の人は初めてで……」
顔を赤らめてとんでもないことを言い出す真耶。自分の世界に入ってしまった摩耶を前に、一夏は彼女の危ない発言と周囲の視線により冷や汗が吹き出る。勘弁してくれと思った。
「で、でも、織斑先生の弟さんだったら……」
「あー、んんっ! 山田先生、授業の続きを」
「は、はいっ!」
これ以上は不味いと判断した千冬は咳払いで真耶を妄想世界から引きずり出す。
彼女は慌てて教壇に戻るが──何も無いところでこけた。
「うー、いたたた……」
(……大丈夫か? この先生……)
この先不安を覚える一夏であった。
二時限目が終了し、二度目の休み時間が始まって直ぐの事。
一夏は真っ先に隆道の席へ向かい彼に声を掛ける。
「柳さん、さっきはすみま……せ……」
彼は隆道を見た途端、言葉を詰まらせた。
雰囲気が最初に話し掛けた時と違う。なにかどす黒いような──。
「………っ!?」
思わず一夏は後退った。理由は分からないが、触れてはいけない気がしたのだ。
何かあったのだろうか、もしかして千冬姉がSHRで言っていたのはこれの事なのかと推測し、千冬か真耶に連絡しようとしたが、それも杞憂に終わる。
「……? ……ああ、悪い。気づかなかったわ」
隆道が一夏に気づき、軽く謝ったと同時に先程の雰囲気は消えていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ……、大丈夫……大丈夫だ」
隆道はそう言ってるが、とても大丈夫そうには見えない。今はそっとした方が良いのでは無いかと思い、一言言ってまた後にしようと席に戻ろうとした──その矢先。
「ちょっと、よろしくて?」