IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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お久しぶりです。
前回よりは早いですがお待たせ致しました。何故遅れたかは今月頭に投稿した活動報告にて。

さて、いい加減に転入生編を見たいという読者が大多数かと思われますが……すまない、またなんだ。

しかし、今度こそ日曜編は終わり。次回こそお待ちかね、転入生編が始まります。
今回は……例のぶっちぎりにやべー奴のお話。

ちなみに、二十話にて放置していた、日葵が乗る専用機の描写修正をしています。



そして、今回初の試みである挿絵挿入。
(カスタムキャストですが)
追加予定は今のところ無し。



篠原日葵のイメージ画像


【挿絵表示】




Another Sunday

 織斑一夏の休日は平穏であった。

 監獄とも言えるほぼ異性だけの環境の中、同性の友人と過ごせた一日は確実に彼の心を癒した。

 一方、柳隆道の休日は平穏ではなかった。

 癒される筈だった一日は悪意によって潰れ、凄絶で血生臭い一日は確実に彼の心を黒く染めた。

 二人は正に対照的であろう。今まで生きてきた環境、物事の価値観、何もかもが違う。同じなのは男性操縦者という立場、ただそれだけである。

 脅威に晒されなかった者と晒された者。純白(じゅんぱく)黒灰(こくかい)、持つ者と持たぬ者、勝ち組と負け組、正と負だ。

 

 

 

 世界は決して平等ではない。人の命は決して──平等ではない。

 

 

 

 この世は不平等で満ちている。それは誰であろうと、何処であろうと同じ事だ。

 IS学園も例外ではない。適性を持たぬ者はその門戸を問答無用で弾かれ、潜り抜けた先に待ち受けるものはランクによる優劣。更にその先には国に認められた各国の国家代表候補生の存在。そしてその中でも優秀な人材のみだけが許される専用機の所有。

 専用機持ちである代表候補生は全員が厳選されたエリート。屈指の実力を持ち、将来は国を背負う国家代表となるであろう選ばれた者達。

 

 

 

 ──当然、その中でも優劣、格差は存在する。

 

 

 

 セシリア・オルコットは両親の遺産を守る為に血の滲む努力をして代表候補生となった。それは大変素晴らしい事だ。

 凰鈴音は持ち前の才能と猛勉強によって僅か一年足らずで代表候補生となった。何れ世界に認められる実力者となるに違いない。

 まだ見ぬ代表候補生の中には認められたいという一心で代表候補生になった者もいるであろう。その心意気は賞賛に値する。

 

 

 

 ──しかし。

 

 

 

 どれほど努力しようと、どれほど才能があろうと、どれほど結果を残そうと、世の中には決して追い付く事が出来ない強者が存在する。

 忘れてはいないだろうか。圧倒的で、凶暴で、出鱈目な狂人がIS学園にいることを。

 それは一人の少女。他の追随を許さない強大な力を持つ彼女は今日も笑顔を絶やさず暴れ狂う。

 

 

 

 少女の名は──篠原日葵。

 

 

 

 これは、二人の男性操縦者が外出した日曜日の裏側──IS学園での出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六月五日。時刻は午前七時半付近。

 男子二人がIS学園から離れた頃の一年生寮、その一室。全てを遮断するかの様にカーテンを閉めきったその部屋には、椅子に凭れ掛かりながら()()()()()()()を工具で弄っている制服姿の少女──日葵が一人。ルームメイトらしき者は見当たらない。

 

「フンフフーン♪」

 

 鼻歌を歌う彼女の前にある机にはノート型PCが一台と生徒手帳とは別の可愛らしい手帳が一冊。そして『H・P』と記されている長方形の箱が一箱と写真立てが一枚。しかし、その写真立ては意図的に倒されており中の写真は確認出来ない。

 

「おーわりぃっ」

 

 部屋で一人にも関わらず笑顔を絶やさない彼女は鳥肌が出そうな程に不気味だ。

 手を動かして数分程。作業を終えたのか、独り言を呟いてその()()()()()()()を机に置いた。

 

 

 

 それは──"拳銃"であった。

 

 

 

 その拳銃は回転式拳銃(リボルバー)、しかも極端に短銃身のスナブノーズ。ハンマーをフレーム内に内蔵したダブルアクションオンリーモデルであるそれはコンシールド(隠し持つ)性が非常に高く、護身用として高く評価されている代物だ。

 彼女は拳銃の整備をしていたのだった。たった一人しかいない部屋で、笑顔を絶やさずに。

 

「ん~。……さて」

 

 椅子から立ち上がり、背伸びをする彼女は壁へと視線を動かした。

 その視線の先は使い込まれた大きめのダーツボードが一枚。彼女の趣味はダーツなのだろうか。

 それだけならば何も不思議ではないのだが、そのダーツボードには何故か穴だらけとなった写真が三枚貼られている。いったい何故?

 

「フンフフーン♪」

 

 再び鼻歌を歌う彼女はダーツボードから距離をとり、ある程度の距離で立ち止まって的に向かい合った。しかし、その手にダーツは無い。手ぶら状態だ。

 

「あぁ、きょ~うの調子はぁ……──」

 

 彼女は独り言を呟きながら自身のスカートの中にゆっくりと手を入れた。頬を赤く染めながらするその仕草は異性を誘惑するそれだ。まさかそこにダーツを隠し持っているというのか。

 異様な雰囲気を出しつつ、太股辺りから取り出したのは一本のダーツ──。

 

 

 

 ──ではなく、一本の小さな投げナイフ(スローイングナイフ)

 

 

 

「──どうですかぁっっっ!?!?!?」

 

 彼女はそれを目にも止まらぬ速さで投擲。豪快に投げたナイフはダーツボードに貼られた一枚の写真に深々と突き刺さった。それを見た彼女は笑みを浮かばせ、自らを抱くようにして身体をくねらせる。

 

「あぁん、命中ぅ~っ! はい次ぃぃぃっっっ!!!」

 

 満面の笑みを浮かべる彼女は再びナイフを取り出して勢いよく投擲。ナイフはフラットな弾道曲線を描き、今度は二枚目の写真に突き刺さる。

 

「わぁ、すっごく調子良ぃ~っ! はいラストォォォッッッ!!!」

 

 三度目となるナイフの素早い投擲。出鱈目に見えるその投擲は寸分の狂いもなく三枚目の写真に見事突き刺さる。

 

「アハァッ!! 絶好調だぁ~っ!!」

 

 三回連続の投擲が命中、全てがそれぞれの写真のど真ん中だ。テンションが絶頂に達したのかその場でくるくると回り始める。

 これ以上ない程に大はしゃぎ。きゃぴきゃぴしてるその姿は元気で明るく、正に年相応の少女で微笑ましく見える。

 

「アッハッハッハァ~ッ!!!」

 

 しかし、冷静に考えてみて欲しい。未だ十五歳の少女──花の女子高生が朝っぱらから笑顔全開で拳銃の整備をし、ダーツの代わりにナイフを投げて一人で高笑い。正気の沙汰ではない。

 何処かの男子高校生なら、彼女を見て間違いなくこう言うだろう。

 

『かなり危険な女だ』

 

『相当ヤバい女だ』

 

『ぶっちぎりでイカれた女だ』

 

 その通りとしか言いようがない。むしろ、それ以外の言葉が思い当たらない。

 正に狂人。しかし、これはまだ序の口である。

 

「ご飯食~べよっ」

 

 この狂人はかなりご満悦の様子だ。ダーツボードに突き刺したナイフを抜き取ってスカートの中へとしまい、その流れで机に放置した拳銃を手に取ってそばにある箱から十つの物体を乱雑に取り出した。

 

 

 

 それは──"弾薬"であった。

 

 

 

 そう、机に置いてあるその箱は拳銃用の弾薬。名目は護身用として所持しているものであった。

 専用機持ちである代表候補生は、万が一専用機を展開出来ない非常時に備えてこういった護身武器を携帯してる場合がある。

 しかし、ここはIS学園だ。外出する訳でもない彼女は何故このようなものを。

 彼女は取り出した弾薬を五つ、熟練の兵士顔負けの速さで拳銃に装填して残り五つをポケットにしまう。シリンダーを回しながら拳銃を見つめるその目は酷く恐ろしい。

 

「世の中物騒だもんねぇ。あぁ、恐いなぁ」

 

 物騒なのはお前だ、恐いのはお前だとツッコミを入れる人間はここにはいない。尤も、彼女に言及出来る人間など一握りであろうが。

 

「ご飯食べた後はぁ……あはぁっ」

 

 薄暗い部屋で拳銃を片手に笑みを浮かべるその姿は見るに耐えない。恐らく──いや、間違いなく誰しもが目を逸らす筈だ。

 彼女は恐ろしい程に笑みを浮かべながら拳銃を懐にしまい、手帳を取って軽快なステップで部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰一人としていなくなったその部屋のダーツボードに貼られた三枚の写真。それは履歴書で使われる様な顔写真であった。穴だらけであるが、辛うじて顔は識別出来る。

 

 

 

 一枚目は、水色の髪に赤い瞳の少女。

 

 

 

 二枚目は、鋭いツリ目をした黒髪の女性。

 

 

 

 三枚目は、目の下に隈がある紫髪の女性。

 

 

 

 それぞれの写真に写る三人の人物は誰なのか。穴だらけとなったその意味とはいったい──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午前八時丁度。

 日曜日と言えどIS学園は全寮制だ。朝早くから外出しない限り殆どの生徒は食堂で朝食を取る。一番乗りで食堂に来る生徒もいれば朝食時間ギリギリで来る時間にルーズな生徒まで様々。その理由もさっさと済ませたい、混雑が嫌だ、朝が弱い、単純にダルい等と十人十色である。

 稀にダイエットだからと言って朝食を取らない生徒も存在するがハッキリ言ってそれは無駄だ。どうせ途中から我慢出来ずに間食するか、昼食か夕食で過剰に食べてしまうのだから。

 そもそも、食事を抜けば良いというものではない。バランスの良い食事、適度な運動。これこそ理想の肉体を手に入れる近道である。

 そんな十代乙女の事情が入り乱れる朝食時間。平均的な時間帯に食堂へと向かうのは肩を並べる三人の生徒。

 

「な~るほどねえ、一夏はもう出たんだ。やけに早いじゃん」

 

「ああ。自宅の様子見がてら友達の家に行くと」

 

「柳さんも学園から出てましたが……一夏さんとご一緒に?」

 

「いや、別行動だ。柳さんも自宅へ行くと言っていたな」

 

 会話を交わしながら食堂へと進む箒、セシリア、鈴音の三人。日本人とイギリス人と中国人というグローバルな組み合わせだ。

 クラス代表戦で起きた例の事件(無人機戦)以降打ち解けたのか、食堂での輪に鈴音も加わる様になった。一夏も加わればいつものグループとして周囲に知られている。

 代表候補生二人と有名人二人のグループ。一般生徒にとって非常に羨ましい限りだ。どうにかしてその輪に入りたいと思ってるに違いない。

 言うまでもないが隆道は食堂に来ない為、当然その輪にはいない。彼が食堂に足を運ぶ日は来るのだろうか。

 

「あー、あの人ねー……うぅ……」

 

「すっかり苦手になってますわね。……毎度思うのですが本当に何もしてませんの?」

 

「何もしてないって。してないけどさぁ……」

 

「では、何故そこまで怯えるのだ? 気が弱い訳でもあるまい。下手に手を出さない限りあの人は何もしてこないぞ?」

 

「あーもぉーっ! してないのはしてないっ!」

 

 鈴音は、隆道に対して完全に苦手意識を持つ様になってしまった。

 元から彼の『どす黒い何か』がハッキリ見えてしまう上、クラス代表戦前にて受けた『殺意』。そして襲撃事件で垣間見た彼の豹変によって、それは揺るぎ無いものとなってしまったのだ。勘が鋭い故に計り知れない程の危険信号を発してしまうのだから仕方ないと言えよう。

 しかし、この理由は言えない。それも当然だ、ハッキリと見えているのは彼女だけなのだから。

 こんな事を正直に──。

 

『彼の背後にデカくて血塗れで恐い犬が見える』

 

 ──なんて言ってしまえば、どう考えても頭がイカれたとしか思われかねない。薬でもキメてると思われてしまう事は明白であった。

 故に言わない、言えない。こればかりは胸の奥にしまう他ないのだ。

 尤も、苦手意識が有ろうと無かろうと女性不信である彼と接する事は非常に難しいであろうが。

 今のところ彼と難なく接する事が出来る女性は箒、家政婦の光乃、『髑髏』のメンバーだけだ。セシリアがこの事実を知った際どんな反応をすることやら。

 

「わかった、わかったからそうムキになるな」

 

「そうですわ。皺が増えますわよ?」

 

「だぁーっ! あんた達のせいでしょうがっ!」

 

 あしらわれてる気がする。そんな考えが脳内に浮かんだ鈴音は激昂した。

 ぎゃあぎゃあと一人騒ぐ彼女であったが──。

 

「馬鹿にしてんのっ!? 幾らあたしがちっこいからって偉そう……に……」

 

「「?」」

 

 ──次第にその声は小さくなっていき、その足を止めた。

 

「どうした?」

 

「────」

 

「……?」

 

 鈴音は完全に固まった。ある一点を見つめて。その視線は真正面。その視線を辿ると──。

 

 

 

「……へぇ、これは奇遇だねぇ」

 

 

 

 ──そこにはへらへらと笑う生徒が一人。

 無改造の制服にさらりと靡かせる黒髪のサイドテール。青いリボンからして同学年ということがわかる。

 

「やぁやぁ篠ノ之さん。元気そうだねぇ」

 

「……お知り合い、ですの?」

 

「……こんな奴は知らん。誰だ、お前は」

 

「……ふーん」

 

 箒が彼女から感じた印象は不気味、その一言に尽きる。挨拶も無しにいきなりなんなんだこいつはと不機嫌が露になっていった。

 

(まさかこいつ……)

 

 目の前の生徒が誰なのかは知らない。少なくとも、友人が少ない自分の記憶には彼女は存在していなかった。目当ては自分か、若しくは姉目当てで近づいてきたのではないか。そういった考えに辿り着いてしまう。

 自分は『篠ノ之博士の妹』だ。十二分に──いや、恐らく自分が思っている以上に価値がある。こいつも今までの人間と同じなのではと警戒するのだが──その考えは徐々に薄れていく。

 

「……はぁ。まぁ、そりゃそうかぁ……」

 

「……む?」

 

「んやぁ此方の話ぃ。そうだよねぇ……自己紹介しないとねぇ」

 

 媚を売るかと思いきや、溜め息を吐きつつ頭をかく生徒に箒は多少なりとも困惑した。

 今は違うが、一組の生徒ですら最初は突如詰め寄って質問攻めをしてきた。セシリアからも当初は個人ではなく有名人の妹として見られていた。

 しかし、目の前の生徒からはそういった仕草も雰囲気も感じられない。いったい何故なのか。

 

「え~とぉ、初めましてぇ。一年三組クラス代表でぇ、日本代表候補生の篠原日葵でぇ~す。よろしくねぇ」

 

「……! お前が……!?」

 

「貴女があの……!?」

 

「イヒヒッ、名前くらいは聞いてるよねぇ。そうでぇ~す、あの事件の当事者の一人でぇ~す」

 

 目の前の生徒──日葵はエヘ顔ダブルピースを決めてだらしなく笑った。彼女については事件後の事情聴取時に千冬から、聞かされている。そして、箒とこの場にはいない一夏は隆道からも聞いていた。

 

(彼女が柳さんの妹……!)

 

 八年前、離婚した事によって離れ離れになった隆道の実妹。穏健派女性権利団体会長の娘。

 彼女の自己紹介を聞いた箒とセシリアの二人は──警戒心を一気に上げた。

 

『篠原日葵は危険な生徒だ、不用意に関わるな。……でないと()()()()ぞ』

 

 彼女に関する様々な警告。その中で千冬が真剣な表情で発した『狩られる』という言葉、その意味が理解出来ず今日まで頭の片隅に留めただけであったが──たった今その意味を理解した。

 

 

 

 ──目の前の彼女は危険だ。

 

 

 

 手加減無しで取り組んだ教師を短時間で倒し、初日からクラス全員に喧嘩を売って相手を嬲り殺しにし、上級生にすら牙を向くその凶暴性。たった一人で無人機を破壊する、セシリアや鈴音とは比べ物にならない程の実力。

 そして──それらを一切感じ取れない不気味な笑みにしまりない口調。つかみどころがない彼女には恐怖せざるを得なかった。

 

「あらぁ、警戒されてるねぇ。織斑せんせーから色々と聞いたのかなぁ? んん?」

 

「……自己紹介ありがとう。私は──」

 

「あぁ、別に自己紹介しなくて良いよぉ。そっちの事は大体わかってるからさぁ」

 

 そう言いながら彼女はポケットから手帳を取り出した。まじまじと見ているその生徒手帳とは別の物。暫く凝視した後、その視線はセシリアへと移る。

 

「……なん、ですの?」

 

「いんやぁ? 入学当初と比べて随分大人しくなったと思ってねぇ。かつて極東の猿だの島国だの後進的な国だの騒いでた人間とは思えないなぁ」

 

「っ……よく、御存知ですのね……」

 

「知ってる知ってるぅ~! それにクラス代表を決める時のいざこざも知ってるよぉ~? 全く、恥知らずにも程があるよねぇ~!」

 

「…………」

 

 それはセシリアにとって悔やみきれない事だ。今でもふと思い出し自責の念に駆られてしまう。出来る事ならあまり触れてほしくないものだ。掘り返されると堪らなくなる。

 しかし、セシリアはこれに対し何も言うことは出来なかった。事の始まりは自分なのだから。

 それに、一組の皆とは和解出来ているがたった一人だけ──隆道からは未だに許されていない。その事実がセシリアの口を閉ざし、窄ませてしまう。

 

「大人しくなったのはいつ頃だったかなぁ……。あぁっ、そうだぁっ!」

 

 そんな弱ったセシリアに、彼女は無慈悲な追撃を放つ。それもとびっきり凄まじい爆弾を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「事故とはいえミサイルで吹っ飛ばした後からかなぁっっっ!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一言は、彼女達の心臓を鷲掴みにするには充分過ぎるものであった。

 

「「──!?!?!?」」

 

「あれあれぇ? どうしたのかなぁ、オルコットさん? 顔が青いよぉ?」

 

「な、なな、なん、で……」

 

「箝口令が出てるのに……でしょう? やだぁ、情報を手に入れる方法は幾らでもあるんだよぉ、イヒヒッ」

 

「ぐ……う……」

 

 セシリアの息は止まった。止まってしまった。

 日葵はあの日──一組のクラス代表を決める為に行われた試合の全貌を知っていたのだ。明確に言わずに言葉を濁したそれであったが、箝口令まで知り尽くしている。はぐらかしは不可能だ。

 しかし、それを知るのは一組の生徒と極一部の人間だけの筈だ。彼女はその情報をどうやって仕入れたのか。

 

「安心しなよぉ。私達以外誰も聞いてないしぃ、聞かれたとしてもここの連中馬鹿しかいないから深く考えたりしないってばぁ。勿論、私は言いふらすつもりなんて無いよぉ?」

 

「うぅっ……」

 

「あぁ、良いねぇ怯えたその表情ぉ……すっごく堪らない。あぁ、堪らないなぁ」

 

 未だに笑みを絶やさない彼女はまるで、恋人を見つめるかの様なねっとりした視線だ。しかし、それがセシリアを更なる恐怖へ陥れる。それは正に蛇に睨まれた蛙であった。

 

「あとぉ、そっちの中国人はぁ……今はいいや。なんか知らないけど会話出来そうにないしぃ?」

 

「え……?」

 

 箒は漸く気づいた。日葵が現れて以降、鈴音は黙ったままなのだ。気性が激しい鈴音ならば彼女に突っかかってもおかしくはない筈だ。いったい何故と首を動かすと鈴音は──。

 

「────」

 

「り、鈴っ!?」

 

「え? ……鈴さんっ!? 貴女っ!?」

 

 ──立ったまま気絶していた。

 

「ま、また気絶したぞこいつ!?」

 

「嘘でしょう!? これで二回目ですわよ!?」

 

「……へぇ? ……フッ……ハハッ!? え、何それぇ!? 気絶ぅっ!? 立ったまま気絶なんて初めて見たぁ!! アーハッハァッ!!」

 

 まさか気絶していると思っていなかったのか、日葵は変な声を出してしまった。何故と疑問が浮かび上がるがそれも一瞬。次第に笑いが込み上げていき高笑いしてしまう。

 そう、鈴音は彼女と目を合わせた時から気絶していたのだった。隆道と鉢合わせしたあの時の様に。完全にデジャブである。

 

「ヒッ、ヒィー、ヒィー。……いやぁ~良いもの見れた見れたぁ。……あぁ、ごめんねぇ話し込んじゃってぇ。今からご飯なんでしょぉ? 私もう行くからぁ、ばいばーい」

 

「え……ま、待てっ!」

 

 大笑いした彼女は満足したのか、三人の横をするりと抜けて歩いていく。箒は止めようと声を掛けるがこれを無視。そのまま校舎へと消えていった。廊下に残されたのは恐ろしい程の静寂と涼しげな空気、それだけだ。

 

「…………」

 

 まるで悪魔の様な人間だったと、箒は思った。人の心を抉り、それを嘲笑う。不気味の塊だ。

 しかし、それと同時に哀しいとも思っていた。いったい何故と考えに耽るが、一向に結論は出てこない。

 

「──さん。……箒さんっ!」

 

「っ!? あ、ああ……すまない」

 

「……彼女は、今はいいでしょう。それよりも、鈴さんを起こしませんと……」

 

 セシリアの表情は非常に暗かった。しかし、何か言ったところで傷口に塩を塗るだけだ。悪魔とも言える日葵が消えたのだから一先ずは鈴音を起こそう。箒はそう考えた。

 

「どうやって起こす?」

 

「……織斑先生と同じ方法、ならどうでしょう」

 

「やむを得んか。……フンッ!!」

 

「──だっ!? な、何っ!?」

 

 箒は鈴音の後頭部に向かって上段からの手刀を繰り出した。剣道の有段者である彼女にかかれば手刀ですら高威力。凄まじい衝撃力によって鈴音は目を覚ます。

 

「へ、え……? あ、あいつはっ!?」

 

「もういませんわ。安心して下さいまし」

 

「そ、そう……うぅっ」

 

 鈴音は、目が覚めても酷く怯えていた。それは隆道の時より上回っている、二人はそう思えた。

 

「しっかりしろ、あいつの事は考えるな。ほら、食堂へ行くぞ。食べれば少しは落ち着くだろう」

 

「え、えぇ……」

 

 予期せぬ存在と対峙してしまった三人は気分が最悪であったが本来の目的を忘れてはならない。箒とセシリアは次第に落ち着きを取り戻している鈴音を手を握り、宥めながら食堂へと向かう。

 得体の知れない悪魔の様な存在──篠原日葵。偶然とはいえ、彼女はセシリアと鈴音に多大な爪痕を残していったのであった。

 

(篠原日葵……お前は、何者なんだ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴音が気絶し、怯えていたその理由。

 

 

 

 それは、日葵の危険性を察したからだ。

 

 

 

 そして、()()()()()()()からだ。

 

 

 

 それは、隆道の『どす黒い何か』とは違った。

 

 

 

 彼女から見えたソレは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──名状しがたい(得体の知れない)悍しい怪物(どす黒い何か)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は進み、時刻は午前十時辺り。

 IS学園に設備されている複数のアリーナは休日だろうと使用出来る。純粋に操縦者を目指す向上心の高い生徒にとって非常に有り難い。

 しかし、この時期──しかも休日にアリーナを使えるのは大半が上級生であった。下級生は予約の関係もあって休日に来ることはまだ難しい。例外としては専用機持ちだけである。

 そういった下級生にとって厳しい環境の最中、第一アリーナの中央で優雅に佇むのは──。

 

「んん~。やっぱり制限付きは疲れるなぁ~」

 

 ──空を見上げつつ肩を動かして身体をほぐす少女──専用機『華鋼』を纏った日葵の姿が。

 その機体は紫、白、青、桃といった色とりどりの配色で、それは花を彷彿とさせる。

 特徴的なのが彼女の丁度真後ろにある球体型の巨大スラスターに、細長い六角形のパーツ。それは重なった状態で左右に五枚ずつ、それは盾にも見えればスラスターにも見える。色鮮やかな機体とは真逆の無彩色(黒色)である為に換装装備にしか見えない。

 そんなアンバランスな見た目を持つ『華鋼』であるが、その両手に持つ兵装も一段と機体に似合わない代物であった。

 

 ──近接片手戦斧『断鉄(だんてつ)』──。

 

 従来の片手斧以上のサイズと刃渡りを持つそれは鈴音の『双天牙月』と同等の大きさであった。余計な配色や装飾は一切無く、機能性だけを重視した武骨なデザインだ。少なくとも、見た目を気にする十代が好む物ではない。

 

「……ふぅ。ところでぇ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 しかし、この狂人はそれを全くと言って良い程気にしてはいなかった。身体をほぐし終わったのか、彼女はそこにいる誰かに向けて目線を水平に下げ辺りを見渡す。

 そのステージの周辺には──。

 

「うぅ……」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「つ、強、すぎ……」

 

 ──訓練機に乗る五人の上級生が倒れていた。

 

「んもぅ……しっかりして下さいよぉ。ま~だ三分も経ってないんですよぉ?」

 

「ぐっ……」

 

「ほらほら立って下さいってぇ。もとはと言えば先輩達が誘ったんですよぉ? もう終わりだなんてあんまりじゃないですかぁ」

 

「こ、こんの……!」

 

 彼女を囲う様に倒れている五人の上級生。エネルギーが枯渇寸前の生徒もいれば疲労によって動けなくなった生徒など様々。対する彼女は少しも疲れていない様子だ。汗もかかず息も切らしてはいない。

 そう、彼女達は模擬戦をしていたのだ。彼女と上級生──一人対五人という理不尽な戦いを。

 しかし、結果は御覧の有り様。不利な状況にも関わらず彼女は無傷であった。

 上級生達は学園の中でも上位に食い込む程の実力者だ。そんな彼女達ですら、彼女には傷一つ付ける事すら出来なかった。

 

「っていうかぁ……少しは頑張って下さいよぉ。多数相手とはいえ訓練機相手に専用機はフェアじゃないなぁって思ったんでぇ、色々と設定弄ったのに何ですかこれはぁ? 失望ですよ失望ぅ」

 

「なん、です……って……?」

 

「はぁ……耳付いてるんですかぁ~? 補助動力(パワーアシスト)の制限、出力の制限、射撃兵装の使用を制限、ハイパーセンサーの視野角制限、PICはオート制御限定。他にも色々と制限してるんでぇ、今やこの機体は先輩達の訓練機以下の性能なんですよぉ? それに加え私が唯一使う後付武装はこれだけぇ。……先輩達、弱すぎじゃありませんかぁ?」

 

「な……!」

 

「調子に乗ってる私を袋叩きにしようとしたその発想は良いと思いますよぉ? でもぉ……こんなに弱かったら全っ然意味ないですよねぇっ!? アハハァッ!!」

 

「……!!」

 

 上級生の一人は愕然とした。彼女は常に手加減していたのだ。それも機体の性能を著しく下げてまで。所謂『舐めプレイ』をされていたのだ。

 

 

 ──許せない。

 

 

 手加減に加えて見下す様な挑発。それが上級生のプライドを傷つけ、激昂させた。

 

「こんのおおおぉぉぉッッッ!!!」

 

 倒れていた上級生の一人が力を振り絞り彼女に向かって接近した。しかもその接近はただの接近ではなく、爆発的な加速を誇る瞬時加速。急接近によって上級生は無防備な背中へ距離を詰める事に成功する。

 

(貰ったっ!)

 

 一・五メートル先の彼女は防御態勢すら取っていない。これをまたとない好機とし、上級生は近接ブレードを瞬時に展開。彼女に向けて全力の薙ぎ払いを繰り出す。

 

 

 

 ──が、しかし。

 

 

 

「はい残念」

 

「──がぁっっっ!?!?!?」

 

 

 

 ──その好機は叩き落とされた。

 

 

 

 完全に背後を取られた筈の彼女は接近した上級生の頭部に向けて斧を振り抜き、文字通り叩き落としたのだ。目視もせずに。

 

「あのぉ、気合い入れなのか知りませんけどぉ、叫んでどうするんですかぁ? 突っ込みますって言ってるようなものじゃないですかぁ。そういうのはもっと隠密に──」

 

 その時、彼女の身体が忽然と消えた。次の瞬間、その場には多数の弾丸が空を切る。

 

「あ、あれっ!?」

 

 その弾丸の正体は、倒れていた別の上級生からの射撃によるものであった。僅かな隙を見つけて自動小銃を展開し、一見隙だらけな彼女に向けて撃ったのである。

 しかし、当の本人は姿を消した。いったい何処へと思考を巡らせると──。

 

「──っ!? 上、上ぇっ!?」

 

「え? なん──」

 

 ──上級生は直ぐに理解した。

 ハイパーセンサーには敵機を見失った場合、機体の位置情報捕捉を行う機能が搭載されている。示された『華鋼』の現在位置は──自身の真上。

 

「……あ──」

 

「んっふぅ~ぅ……」

 

 上級生は恐る恐るパイパーセンサー越しに真上を見上げた。そこには──歪んだ笑顔の彼女が大きく斧を振り上げる姿が。

 

「はい残念でしたぁっっっ!!!」

 

「──っっっ!?!?!?」

 

 かち割る様に振り下ろされたそれは、無慈悲にも上級生の後頭部へ直撃した。絶対防御とブラックアウト防御が発動した事により上級生は衝撃と痛みに襲われる。

 

「い゛っ……~~っっっ!?!?!?」

 

 これが世間に余り知られないISの恐ろしい所。衝撃を殺せない絶対防御、気絶の出来ないブラックアウト防御はどれ程の攻撃を受けても操縦者は意識を保ってしまうのだ。肉体に外傷を負う事は決して無いが、保護機能を考慮しても精神的ストレスは受けてしまう。

 それは逃れられない恐怖。そこから逃れる唯一の術は──肉体を守るISを解除する以外無い。

 

「う゛ぅ゛、う゛え゛ぇ゛……!」

 

「あぁ、やっぱりかぁ。ごめんなさぁい、パワーアシスト下げてるんで削り切れませんでしたぁ。どうか泣かないでくださぁ~い、アハァッ」

 

「……!?!?!?」

 

 上級生の全員が戦慄した。多数での連携攻撃が効かない、背後からの奇襲も効かない、至近距離射撃も効かない。

 

 

 

 何だこいつは、何なんだこいつは。

 

 

 

 (せ、せめて情報を……!)

 

 このままでは終われない。せめて情報を集めようと各センサーを起動、彼女の機体をロックして詮索を試みる。

 

(なっ……! なに、これ……!?)

 

 しかし、その詮索結果によって彼女達は驚愕の目を見開く事になる。

 

 

 

 ──■縦者■■■■──。

 

 ──機■名『華鋼・■■』──。

 

 ──戦闘■■プ■■■■■■■型──。

 

 ──■■■装■り──。

 

 ──敵機の『鬼灯(ほおずき)』起動中──。

 

 

 

 それは文字化けだらけの情報であった。唯一ハッキリと表示されたのは彼女の機体から起動しているであろう『鬼灯』というもの。

 

(なによこれはっ!? 文字化けって何っ!? 鬼灯って何っ!? わかんない!! 怖い!!)

 

 上級生はついに混乱した、恐怖した。最早どうすればいいかわからなくなってしまったのだ。

 そんなパニックに陥ってしまった上級生を余所に、目の前で圧倒的な強さを見せつける彼女は今も尚笑う、嗤う。

 

「……は~あぁ、もういいかなぁ」

 

「な、なに……?」

 

 

 

 

「もう飽きたんでぇ、終わりにしますねぇ」

 

 

 

 

 

 彼女がそう一言言った瞬間、背中にある球体と六角形のパーツに変化が見られた。

 無彩色だったそれは次第に色づき、機体と同様のカラーリングとなって球体が光り始める。そして左右に五枚ずつ重なっているパーツは分離、計十枚となり球体を囲う様に移動してそれを中心に回りだす。

 

 

 

 それは、誰が見ても"花"を連想させた。

 

 

 

 "花"となったそれは彼女の背中から離れて少しだけ上空へと移動。そして、球体だけでなく十枚のパーツも輝き始める。

 

 ──警告。周囲に高エネルギー反応を感知。回避せよ──。

 

「もっしもーしっ!! 巻き込まれたくない人は今直ぐ離れて下さいねぇっっっ!!!」

 

 ──警告。更なる高エネルギー反応を感知。撤退を推奨──。

 

 彼女は周囲──訓練をしている他の生徒に向けて警告を放った。それを聞いた生徒達は彼女を見るなり血相を変えて中央から全力で離れていく。

 

「あっ、くぅ……!?」

 

 上級生達も離れようとするが疲労と機体の損傷によって上手く動く事が出来ない。しかし、そうしている間に゛花゛はみるみるうちに輝きを増し、回転も高速になっていく。機体から発せられる警告は次第に大きくなり、それは今すぐ逃げろと言われている様に感じた。

 

 ──警告。周囲に高エネルギー反応を感知。撤退を推奨。撤退を推奨。撤退を推奨──。

 

 その警告がより、上級生達を未知なる恐怖へと駆り立てた。今すぐここから離れたいと、逃げだしたいという思考で満たされる。

 

 ──撤退せよ。撤退せよ。撤退せよ──。

 

 しかし、動けない。逃げられない。

 

「そうそう、一つだけ言わせて貰いますねぇ?」

 

 ──撤退。撤退。撤退。撤退。撤退──。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

 ──撤退撤退撤退撤退撤退撤退撤退撤退──。

 

「ISは女だけに許された絶対的存在ですけどぉ、別に女全員がって訳じゃ無いんですよねぇ……」

 

 ──撤退撤退撤退撤退tttttttttttttttttttt──。

 

「や、やめ……やめ──っっっ!?!?!?」

 

 ──瞬間、彼女の表情は一変する。

 

「つまりぃ、私が言いたい事はぁ……」

 

 ──それは普段の不気味な笑顔ではない。

 

 

 

 

 

 ──それは『得体の知れないどす黒い何か』。

 

 

 

 

 

 ──……回避、不可能──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後、彼女を中心とした半径二十メートルは大爆発を引き起こす。残された五人の上級生はその爆炎に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夕方。

 外出した生徒達が次々とIS学園に帰省して寮全体が賑やかになり始めた、その頃の校舎の廊下。そこには脇目も振らずにすたすたと廊下を歩く一人の少女──箒の姿があった。

 

「随分と時間を食ってしまった……」

 

 部活を終えた彼女は本来ならばそのまま寮へと戻りシャワーを浴びている筈だった。しかし、今日に限っては少し違った。

 

『篠ノ乃さんごめんね? 書類出すのをすっかり忘れててね? 変わりにお願いしたくてね?』

 

 彼女が所属する剣道部の部長から職員室へ書類の提出を頼まれたのだ。一刻も早く汗を流したいところではあったが少し寄り道をするだけ、直ぐに済ませようと二つ返事した。書類は既に提出済みで現在は寮に帰る最中である。

 

(そろそろ一夏が帰ってくる筈、その前に……)

 

 一夏は六時に帰ってくると言っていた。ならばそれまでにシャワーを済ませたいところ。

 次第に足を速める彼女。最早シャワーを浴びたいという一心な為、周りに気を配る余裕はない。

 故に──。

 

「あっ!?」

 

「うわっ!?」

 

 ──廊下の曲がり角で危うく生徒とぶつかりそうになった。

 

「ごっごめんねっ!? 怪我は無いっ!?」

 

「あ、いえ、こちらこそすみません」

 

 何処か余裕が無さそうである生徒は手を合わせながら申し訳なさそうに頭を下げた。しかし、こちらも不注意だったのだから不機嫌になる事もなく彼女も素直に謝る。

 その生徒は上着がベスト風に改造された制服という、無改造の自分とは違っている。首元もリボンではなくネクタイ、黄色である事から二年生という事がわかった。その右手には扇子が握り締められている。

 

「ほんとごめんね篠ノ之さんっ! じゃっ!」

 

「あっ」

 

 本当に余裕が無いのだろう、その生徒は再び謝って直ぐその場から全力疾走で立ち退く。それは何かから逃げるように必死であり、生徒は瞬く間に校舎の奥へと消えていった。いったい彼女は何から逃げていたのだろうか。

 

「……なんだったんだ」

 

 ほんの数秒の出来事。あの生徒は自身の名前を知っていたが、それも当然かとあまり気にも留めなかった。それよりも自室に戻ってシャワーを浴びたいという欲求の方が強い。

 彼女は再び足を動かそうと視線を戻すと──。

 

「あらぁ? また会ったねぇ」

 

「……お前は」

 

 ──例の嗤う悪魔──日葵が目の前にいた。

 

「ほんっと奇遇ぅ、二度も会うなんてさぁ」

 

「……何の用だ」

 

 彼女は朝の件を忘れてはいない。あの時はセシリアと鈴音が日葵の毒牙にかかったが、今度は自分ではないか、そう思わずにはいられなかった。故に、警戒心を上げて日葵を睨む。

 しかし、日葵から発せられた言葉は予想外のものであった。

 

「あぁん、本当に偶然だってばぁ。ちょっと人探ししてるんだよねぇ」

 

「何?」

 

「こっちにさぁ、誰か通らなかったぁ? 制服がベスト風のぉ、水色の髪をしたぁ……」

 

 様子から見るに人探しをしている様であった。自分と遭遇したのは本当に偶然らしい。ならば無意味に邪険になる事も無いだろう、素直に教える事にした。

 

「……ああ、その生徒なら向こうへ──」

 

「ありがとぉ~っ。じゃあねぇ篠ノ之さん~」

 

「あっ……」

 

 日葵はそれを聞くや否や颯爽と走って消えてしまった。遭遇した二年生よりも速い、アスリートばりの足取りで。 高笑いしていた様な気がするが気のせいだ、気のせいに違いないと自分に言い聞かせる。

 

「……帰ろう」

 

 既に時刻は六時に近い。早く汗を流そうと彼女は今度こそ寮へと戻っていった。たった一つだけの疑問を残して。

 

(……何故、刈込鋏(かりこみばさみ)を持っていたのだ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生徒会長みぃつけたぁぁぁっっっ!!!」

 

「うひゃあっ!? もう追い付いたのっ!?」

 

「逃げないで下さいってばぁぁぁっっっ!!! 続きしましょうよ続きぃぃぃっっっ!!! 生徒会長の宿命でしょぉぉぉっっっ!?!?!?」

 

「あ、貴女は度が過ぎるのよっ!! だからその鋏をしまっ──あっぶなぁっっっ!?!?!?」

 

「鉛玉よりはマシですよねぇぇぇっっっ!!! アハハハァーッッッ!!!」

 

「イヤァァァッッッ!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し経ち、時刻は夜の七時付近。

 

「あーあぁ、結局逃げられちゃったなぁ」

 

 一年生寮の廊下で一人歩く日葵は、何処か残念そうに呟いていた。しかし、その表情はいつもの貼り付いた様な笑顔だ。少しも残念そうには見えない。

 

「まぁいいかぁ。今日は大漁だったしぃ」

 

 彼女の言う大漁の意味。それはアリーナで嬲り殺しにした上級生達の事である。上級生の五人を蹂躙した彼女は、あろうことか午後も同じ様に暴れていたのであった。今度は上級生の訓練に乱入して。流石に途中で教員に阻止されてしまい説教を受けた彼女であったが、反省など全くしていない。いったい何が彼女をそうさせているのか。

 その後の彼女はとある生徒を追いかけ回していたのだが、見事逃げられてしまって今に至る。

 ちなみに、その時持っていた刈込鋏は用務員の道具だ。後にちゃんと返してある。

 そんな反省皆無である彼女は自室へ到着、未だルームメイトは見えない。しかし、意に介してないのかそのまま椅子へと直行しノートPCを起動。手帳も取り出してそれを開き、ディスプレイと手帳を交互に見比べて淡々とキーボードを打ち込み始めた。

 

「こいつとこいつ……ふむ」

 

 そのディスプレイに並ぶのは膨大な文字列と顔写真の数々。その意味を知るのは彼女だけ。

 

「あとは……うん?」

 

 突如、電子音が鳴り響いた。それは彼女自身の携帯。おもむろに取り出し画面を見ると、彼女の表情は珍しい事にしかめっ面になった。しかし、それも一瞬。直ぐに笑顔に戻り電話に出る。

 

「もしもしぃ?」

 

『お、お疲れ様です、篠原様……』

 

「なんの用なのぉ? 私忙しいんだけどぉ」

 

 電話の相手は彼女が良く知る人物。上下関係がハッキリしているのか、相手は彼女に対しへりくだった態度だ。

 

『す、すみません……。あ、あの……お話がありまして……』

 

「手短にお願いねぇ」

 

『はい……。今日、男性操縦者が外出した事は、御存知ですよね?』

 

「知ってるよぉ。それでぇ?」

 

「はい……。実は、その男性操縦者の内……二番目の外出先が判明したと、上から情報を送られまして……。抹殺を命じられました……」

 

 ──瞬間。彼女から表情が消えた。しかし、口調はそのままの状態で通話を続ける。

 

「……それでぇ?」

 

「……失敗です。二番目は健在……今は警察署で事情聴取を受けているそうです……」

 

「ふ~ん……。そうなんだぁ~……」

 

『このままでは私は……! お願いです篠原様、私にお力を……!』

 

 電話の相手が言いたい事は理解した。要は命令に失敗したから庇って欲しいと頼んでいるのだ。二番目──隆道の外出先を知っていたということは、指示を出したのは政府の過激派だろうと彼女は推測した。

 確かに、上からの指示が失敗したとなればそれ相応の罰が下るだろう。電話の相手が待ち受ける末路など想像するのは容易い。

 しかし──助けるかどうかは別問題である。

 

「んん~……やだっ」

 

『お願いします、私をお助け下さい……!』

 

「えぇー、私には全っ然関係ないんだけどぉ。勝手に巻き込まないでくれるかなぁ?」

 

『そこをどうか……!』

 

 あまりにもしつこい命乞い。しまりない口調だけは止めなかった彼女であったが──それも次第に無くなり、威圧へと変わる。

 

「っていうかぁ……私言ったよねぇ、彼処に手を出すのは駄目だってさぁ。こっちの言うことは聞かないくせにそっちのお願いは聞いてだってぇ? ……お前、私を舐めてんの?随分偉くなったな」

 

『い、いえ! 決してそのようなことは……! それに、今回は上からの指示で……!』

 

「だから、何? 独断にせよ命令にせよ、私にはお前を助ける理由は無いし、助ける価値も無い。私を巻き込むな、鬱陶しい、不愉快なんだよ」

 

 電話の声を聞く度に不快になる彼女。既に表情からは『どす黒い何か』が出始めていた。電話の相手を助ける気など無い。いや、元から無いというのが正しい。

 そもそも、彼女は元から電話の相手が嫌いだ。力も無い癖に無差別に威張り散らして権力を振りかざし、いざ都合が悪くなると此方に助けを乞う頭の悪い醜悪な女。

 今まで幾度となくそういった事があった。その度に庇って、また助けを求められて。

 もう充分だ、捨てる時が来た。これは好機だ。

 何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『そ、そんな……。しの──』

 

「黙れよ、碌にISを動かす事も出来ない小物が。……お前とは違って私はす~っごく忙しいのぉ。もう切るから、じゃーねぇばいばーい」

 

『あっ、まっ──』

 

 彼女は相手の呼び止めを無視し一方的に電話を切った。直ぐ様着信を拒否してノートPCと向かい合い、携帯を接続してキーボードを素早く叩いていく。

 

「……お前はもう終わりだ」

 

 キーボードを操作して数分後、携帯からコードを抜いて彼女は何処かへ電話を掛ける。

 

「……あっ! もしもしおじさ~ん? あはぁ、お久しぶりですぅ~っ! えっとですねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い情報手に入れたんですよぉ~っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜の十時。

 IS学園一年生寮、その寮長室で一人──千冬はある書類を見ていた。

 

「…………」

 

 その書類は、以前第二アリーナで発見した隆道が持つ謎のカプセル剤の詳細。医療に詳しい教員に渡して調査をさせていたのであった。

 

「いったい、何処でこれを……」

 

 彼女の目は鋭く、決して目を離さずに書類を見据えている。そうなってしまう程に内容は驚愕に値する代物であった。

 

「根羽田光乃……お前は何者だ……」

 

 書類の内容は、医学用語の数々とカプセル剤の中身を写した拡大写真。その写真には──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──無数のナノマシンが写っていた。




◆緊急用カプセル剤。
 隆道が所持する成分不明のカプセル剤。正体は医療用ナノマシン。一般では入手不可能。
ナノマシン自体はIS学園に配備されている医療用ナノマシンと同等の性能である。
 経口投与によって活動を開始し、外傷と内傷を驚異的な速度で治療を行う。
 その副作用として激しい痛みが伴うが、投与して数十分で自壊し融解する為肉体に残る事はない。
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