IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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何故か筆が爆速で進みましたので早めに更新。
そしてお待ちかね、金銀+α編の始まりです。
文字数一万越えなのに全然進まないとかどういうことなの……。


虚偽、傀儡、凶暴、傲慢、悽愴
第三十一話


 そこには機械を纏う一人の青年がいる。

 

 

 

 彼の全身は傷だらけで目には生気が無い。

 

 

 

 彼の鮮血は身体と足元を赤く染めている。

 

 

 

 彼の目の前には人の形姿をした『()()()()』。

 

 

 

 『()()()()』が持つのは血が滴る黒い刀。

 

 

 

 『()()()()』は彼に向けて刀を振り上げる。

 

 

 

 『()()()()』は彼に向けて──。

 

 

 

『死ネ』

 

 

 

 ──刀を振り降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──だあああぁぁぁっっっ!?!?!?」

 

 人間誰しもが憂鬱となる平日の始まり、月曜。

 生徒全員が起床していないその時間、またもや隆道はベッドから跳び跳ねる様に起き上がった。その勢いによって彼は転落し、額を強く打つ。

 

「ぐっ!?」

 

 目覚めから早々食らった頭部への一撃。朝から不運過ぎる彼は床下で唸って数秒ほど、よろめきながらも立ち上がる。その表情は真っ青で、身体は小刻みに震えていた。

 

「う……ふっ……ふぅっ……! あ゛ぁっ……」

 

 震えが止まらない。吐き気が止まらない。汗が止まらない。気持ち悪い。

 情けない声を出しながらどうにか落ち着こうと試みるが、何をしても震えは増すばかり。

 

「はぁ……あぁぁ……──っ!?!?!?」

 

 遂に彼は限界に達したのか、錠剤が入ったボトルを掴んで洗面台へ駆け込む。

 

「──!? ────!? ──────!?」

 

 そこからは最悪の一言に尽きた。胃の中を全て吐き出した彼は汗を流したい、悪夢から逃れたいが為に完治していない傷だらけの身体でシャワーを浴び始める。

 当然、襲い掛かるのは耐え難い激痛。汗を流す処か血も流す彼がシャワーを浴び止めたのは数十分経った頃であった。

 

 

 

 

 

「あああぁぁぁ……」

 

 シャワー室から出て包帯を取り替えた隆道は、今や死人同然の虚ろな目だ。完全に燃え尽きたのだろう、引き込まれる様にベッドに倒れる。

 埋もれた状態でちらりと窓の方を向くと閉めきったカーテンの隙間からは光が見えた。しかし、そんな事はどうでも良いと再び顔を埋める。

 

「はあああぁぁぁ……」

 

 肺の空気が全て無くなってしまうかの様な長い溜息。今に始まった事ではないが、清々しい朝は悪夢によって全て台無しにされる。今は落ち着きを取り戻してはいるが完全に気が滅入っていた。

 

「ん……?」

 

 ベッドに身体を預けて暫く。ふと、携帯を覗くと着信が一件入っていた事に気づく。その相手は一夏で、時間は丁度シャワーを浴びていた頃だ。

 悪い事したなと考えはするが、今の彼には詫びの電話を入れる余裕など無い。

 

『朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る』

 

 誰が言ったかは覚えていないが、彼にとっては全く無縁の言葉だ。今まで一日の始まりに絶望し、気がふさいだまま生き、憎しみを押し込めて一日を終わらせていたのだから。

 例えば、これを彼の人生に置き換えると──。

 

『朝は絶望に起き、昼は鬱気に生き、夜は怨嗟に眠る』

 

 ──恐らくこうなるであろう。これはひどい。

 

「…………」

 

 彼が見たその夢は定期的に見る夢と全くの別物であった。今までは過去の体験をそのまま映したものであったが、殺される夢など初めてだ。

 斬られた感覚は無かった。痛みなど無かった。しかし──殺されたという感覚はあった。

 

「ああ、くそったれ……」

 

 それは、友人の自宅でやった事のある一人称VRホラーゲームとは次元が違った。あまりにも鮮明で、あまりにも生々しくて。

 何故、あの様な夢を見たのだろうか。ハッキリと映った『黒い何か』はなんだったのだろうか。知る為には同じ夢をもう一度見るしかないが、あんな夢は二度と御免だ。誰が好き好んで殺される夢など見たいというのだ。

 

「……もうこんな時間かよ」

 

 ふと、時計を見ると時刻はSHRに近い。直ぐに着替えを済ませればなんとか間に合う時間帯だ。

 しかし、身体が重い、動きたくない、寝たい。そういった思考が彼を支配する。

 

「ああ、行きたくねえ……」

 

 彼はそう文句を垂れながらも、新しく頂戴したISスーツを手に掴む。枕に頭を埋めて数秒経ち、決意を新たにし立ち上がった。

 IS学園生活、三ヶ月目。彼の苦難は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年一組、教室。

 クラスの女子殆どがカタログを手に持ち賑やかに談笑、あれやこれやと様々な意見が教室を飛び交っていた。

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

 

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

 

「そのデザインがいいの! ……いいの、かな。ああ、どうしよ……」

 

「なんで自信無くすの、ブレブレじゃない……。私は性能的に見てミューレイのがいいなぁ。特にスムーズモデル」

 

「あー、あれねー。モノは良いけど高いじゃん」

 

 見た目を気にする者、性能を重視する者、値段を比べる者、それぞれが相手の意見を取り入れ頭を悩ませている。多少なりとも見た目に気を使いたい年頃だが、四月の一件により他クラスよりもISに関する意識は高い。故に、直ぐに決めようとはしなかった。

 デザインは良いのか、性能は良いのか、高価なのかお手頃なのか。自分が着るのだからその辺りはしっかりと決めておきたい。一先ず、今は少しでも情報が欲しいと考えていた。

 この時に生徒達が目を付けたのが、既に教室に到着している世界初の男性操縦者──織斑一夏である。専用機持ちである故にISスーツも専用の物だ。男性用ではあるが、何か有力な情報があるはずだと彼女達は彼の元へと集まった。

 ちなみに、彼女達は同じ専用機持ちである代表候補生──セシリアにも聞いたのだが、小難しい事しか言わない為に途中で撤退したとか。彼女はIS以前に学ぶべき事が多い気がする。

 

「そういえば織斑君や柳さんのISスーツってどこのやつなの? どっちも見たことない型だけど」

 

「え? あー、特注品だって。男のスーツが無いからどっかのラボが作ったらしいよ。えーと、元はイングリッド社のストレートアームモデルって聞いてる。柳さんのはわからないけど……たぶん一緒じゃないか?」

 

「イングリッド社かー……うーん」

 

 我ながら良く覚えられたものだと、一夏は自身の勉強成果に自賛した。隆道が持つISスーツさえもわかっていれば完璧だったであろう。

 

(確か、着ないと反応速度がどうしても鈍るんだよな。えーと、なんだったかな……)

 

 他の生徒に比べればまだまだであろうが、彼は勤勉なのだ。忘れない為に習った事は脳内で何度も復唱している。しかし、それでも完全に覚えきれていないところもあった。

 教室が未だに賑やかな最中、彼は一人ISスーツの機能を思い出そうと考えに沈むのだが、ここで救世主が現れる。

 

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知する事によって操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の弾丸程度なら完全に受け止める事が出来ます。あ、衝撃は消えませんのであしからず」

 

 その救世主とは副担任──真耶であった。

 教室に着いた際、生徒達の話が偶々彼女の耳に入ってきたのだ。生徒との交流を深めようと輪に入る彼女は行動力の化身とも言えよう。

 すらすらとISスーツの説明をする姿は見事だ。流石IS学園の教員だと一夏は感心していた。

 

 

 

 そして、それと同時に──。

 

 

 

(……なんか……顔色悪くないか?)

 

 

 

 ──彼一人だけが、彼女の様子に気づいた。

 

 

 

 一見するといつも通りの彼女。しかし、何処か無理をしていると、一夏にはそう見えたのだ。

 そんな考えに耽る彼を余所に、生徒達は今も尚わいわいと騒いでいる。まともに会話出来ている様子からして気のせいなのだろうと、一夏は深く考えるのを止めた。

 

「山ちゃん詳しい!」

 

「一応先生ですから……って、や、山ちゃん?」

 

「山ぴー見直した!」

 

「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してきてあるんです。えへん。……って、や、山ぴー?」

 

 唐突に言われた愛称。統一性が無い愛称の連続に真耶は困惑せざるを得なかった。

 入学から二ヶ月経った現在、真耶には八つ程の愛称が付いていたのだ。それはどれも『やま』が付く愛称。せめて統一しろと言いたい。

 

「あの、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと……」

 

「えー、良いじゃん良いじゃん」

 

「まーやんは真面目っ子だなぁ」

 

「ま、まーやんって……」

 

 生徒達は彼女を馬鹿にしている──という訳ではなく、純粋に親しみ込めて愛称を付けていた。他意は全くと言って良いほど無い。尤も、本人はあまり良い気持ちではないであろうが。

 

「あれ? マヤマヤの方が良かった?」

 

「そ、それもちょっと……」

 

「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」

 

「あ、あれはやめてください!」

 

 これはひどい。

 怒濤の愛称連呼を受けた彼女は『ヤマヤ』辺りで明確に拒絶の意志を示した。何かトラウマでもあるのだろうか。自分だけは先生呼びのままにしよう、そう決めた彼であった。

 ちなみに、隆道が名付けた『牛眼鏡』は真耶の中ではぶっちぎりのワースト一位。愛称ではなく罵倒なのだから当然か。

 

「と、とにかくですね。ちゃんと先生とつけてください。わかりましたか?」

 

「「「「はーい」」」」

 

 流石にやり過ぎたかと反省したのか、生徒達は直ぐに返事を返した。間延びが気になるが、今は良しとしよう。

 と、そこへ──。

 

「あ、おはようございます」

 

「おはようさん。朝は悪いな、シャワー浴びてて気づかなかった」

 

「ああー、やっぱりですか」

 

 SHRギリギリの時間帯にやって来たのは隆道。相変わらずの硬い表情だが、生徒全員は最早慣れている。目に見える様に恐がったり逃げたりはしなくなっていた。

 しかも、襲撃事件の翌日以降から彼女達は彼に会釈する様になったのだ。相変わらず無視されているが、それでも彼女達は止める事はなかった。

 彼女達がこういう事をする様になったのは、一夏のある一言が始まりである。

 

『あの人は俺を庇ったり、相談に乗ったりしてくれる人なんだ、良い人なんだ。無理強いしない、どうか腫れ物扱いしないであげて欲しい』

 

 隆道が教室にいない隙を見つけてクラス全員に放った言葉。それは彼の思いやりであった。

 確かに恐ろしい人間ではあるが、此方から危害を加えない限りは何も起こらないし、一夏と箒に対しては表情に似合わない程に優しい。

 アリーナでもそうであった。観客席越しに見た隆道と一夏のやり取りは、面倒見の良い先輩と彼を慕う後輩のそれだ。中には兄弟に見えた生徒もいる。その事実と一夏の思いやりが彼女達の心を動かした。

 故に、彼女達は歩み寄る事にしたのだ。一気に詰め寄るのではなく、一歩ずつ。

 今はまだ大きな変化は無い。しかし、それでも構わない。此方が変われば彼方も変わる筈、そう信じたのだ。

 

「……ところで、なんでここに集まってんだ? そろそろSHR始まるぞ」

 

「ISスーツについて話し合ってたんですよ。今日から申し込み出来るんでどれがいいかって」

 

「ふーん……。ISスーツ、ねえ……」

 

 隆道はそう一言言って真耶の方を向いた。その目は冷ややかで、声も冷たい。

 

「っ……」

 

「……はんっ」

 

 直ぐに目を逸らしてしまう真耶。二人の関係も襲撃事件以降のものであった。

 入学当初のなんとか接しようとしていた彼女の面影は既に無く、無視を続けていた彼は彼女に対し鼻で笑うばかり。

 かなり関係が悪化している。それは誰が見ても一目瞭然だ。しかも、何故か先週よりも酷い。

 

「……柳さん?」

 

「ああ、わりい。んー、なんでも良いんじゃね、基本的な性能は確かだからな。機体の伝達率に、あとは……()()、だったか?」

 

「──っ!」

 

 『防弾』を強調した言葉。それを聞いた真耶は表情を悲痛に歪めて颯爽と離れてしまった。やはり、二人は何かあったに違いない。一夏はそう確信した。

 

「……何かあったんですか?」

 

「お前が気にする事じゃねえよ。ほら、ブリュンヒルデがお出ましだぞ」

 

「やっべっ! それじゃまた後でっ!」

 

 急いで席に戻る一夏を筆頭に生徒達はそれぞれ軍隊整列を彷彿とさせるように戻っていく。何時からここは軍隊になったのだろうかと思いつつ、隆道も自分の席へ向かった。

 

「諸君、おはよう」

 

「「「「おはようございます!」」」」

 

「今までは基本操縦のみであったが、今日からは本格的な実戦訓練を開始する。各人、気を引き締める様に。各人のISスーツが届くまでは学園指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは学園指定の水着で訓練を受けて貰う。それも無いものは、まあ下着で構わんだろう」

 

「「「「え゛っ」」」」

 

 いや構うだろうとクラス全員の心が一つになった瞬間である。

 

(うわ、下着とかキッツ……)

 

 勿論、一人(隆道)を除いて。

 

「馬鹿者ども、下着を避けたいんだったら絶っ対に忘れるな。……いいな?」

 

「「「「は、はい!」」」」

 

 男子がいるにも関わらず凄まじい事を言い出した千冬であったが、忘れなければ何て事はない。

 忘れる人間が悪いのだ。訓練なのだから怠け者にはそれ相応の罰を与えなければいけない。

 余談ではあるが、一次移行した機体には便利な機能──ISスーツの換装がある。

 拡張領域とは別の領域、データ領域にISスーツを予め格納しておけばISの展開時にその時着ていた服と入れ替える事が出来るのだ。いちいち着替える必要が無いのである。

 一夏はこれを──。

 

『ぱぁっと光って変身!』

 

 ──と覚えている。

 特撮かよと隆道から静かなツッコミを受けたのは言うまでもない。

 しかし、決して良いこと尽くめではない。この方法はエネルギーを消耗するというデメリットが存在する。その為にこの着用方法は緊急時以外は使われない。普段は予めISスーツを着用してから機体に乗るのだ。

 ISスーツの有無による機体への伝達率、優れた耐久性と防弾性能、緊急時の同時展開。

 そう、隆道はこの二ヶ月間、全て実践済みだ。恐らく、代表候補生を除けば彼が一番ISスーツに詳しいのかも知れない。

 

「では山田先生、HRを」

 

「は、はいっ」

 

 連絡事項を言い終えた千冬は進行役を真耶へと渡した。丁度眼鏡を拭き終えた彼女が慌てて教卓へと上がるその姿は子犬の様である。

 

(……しっかし、昨日あんな目に会っといてよく来れたもんだ。教員は人手不足なのか?)

 

 隆道は真耶を一目見てそう思った。短時間とはいえ、拉致監禁されて惨状を目の当たりにしたのだから少なからず休養を取ると思っていたのだ。

 人手不足なのか、彼女が自ら出勤すると志願したのか。前者ならは御愁傷様、後者なら大したものだと数秒だけ考え、直ぐに興味を無くした。

 彼は知る事は無いが、真耶が出勤したその理由は両方である。

 銃弾を受けた菜月は勿論休養を取った。真耶も同じく休養を勧められたのだが──これを拒否したのだ。

 只でさえ自分が原因で教員が一人減った上に、無傷の自分が休養を取るなど到底許せない。責任を感じたが故の行動であった。

 

「え、ええとですね、今日はなんと転入生を紹介します! しかも二名です!」

 

「「「「えええええっ!?」」」」

 

 突然の転入生紹介にクラス全員が喫驚した。

 何故この時期に、何故二名も、何故同じ教室に、何故このクラスにと疑問が入り乱れる。

 

「失礼します」

 

「…………」

 

 そんな疑問などお構い無しに、二名の転入生は教室に入ってきた。

 

 

 

 

 

 そして、教室のざわめきは瞬時に止まる。つい見てしまった彼も目を見開く。

 

 

 

 

 

 何故なら、二人の内の一人が──。

 

 

 

 

 

 ──女子ではなく、()()だったのだから。

 

 

 

 

 

 その男子は中性的に整った顔立ちであった。礼儀正しい立ち居振舞いに首の後ろで丁寧に束ねた濃い金髪。その姿は正しく『貴公子』。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

「お、男……?」

 

「はい。此方に僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を──」

 

 その瞬間、隆道と一夏の二人は察知した。

 

((やっべっ!?))

 

 直ぐ様に二人は耳を両手で塞いだ。この後に起きる事がわかってしまったからだ。

 この後に起こる事、それは──。

 

「きゃ……」

 

「はい?」

 

「「「「きゃあああぁぁぁっっっ!」」」」

 

 ──歓喜の叫びという名の広範囲攻撃。

 

(ぐあぁぁぁっっっ!? 塞いでもこれかよぉぉぉっっっ!?)

 

(ぐっ、くそったれが……! どんな叫び声だっつーのっ! ハウリングしてんじゃねえかっ!)

 

 耳を塞いだにも関わらず、それは確実に二人へダメージを与えた。しかし、二人はまだマシだ。何故なら、直撃を受けた美少年──シャルルと真耶は目を回してしまっていたのだから。

 ちなみに、もう一人の転入生と千冬は耳を塞いでないにも関わらず平気そうな顔だ。こいつらは鼓膜でも鍛えてんのかと、隆道は寒気を覚えた。

 

「男子! 三人目の男子!」

 

「しかもうちのクラス!」

 

「地球に生まれてよかった~~~!」

 

 生徒達は先程までの疑問など綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。生では見たことの無い海外の美少年は彼女達にとって刺激が強すぎたのだ。

 しかし、たった一人だけ──隆道は転入生への疑問が消える事は無かった。

 

「…………」

 

 生徒達の叫びが響く中、隆道は教員の目を欺いて携帯を取り出す。ある程度操作した後、直ぐに携帯をしまって転入生を見据えた。

 彼は転入生のシャルルも気になってはいるが、それよりもう一人の方だ。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

「み、皆さんお静かに! まだ自己紹介がおわってませんから~!」

 

 シャルルの存在があまりにも強すぎた故の騒ぎであったが、もう一人の方も忘れてはいない。何故なら、そのもう一人は見た目からして『異端』であったからだ。

 腰近くまでに下ろされた、白に近い銀髪。次に目立つのは左目の眼帯、しかも医療ではなく軍人が付けるソレ。右目は赤色で、身長は小柄だ。

 印象は正に『軍人』。これに尽きる。

 

 「…………」

 

 少女は未だ口を開かない。腕組み状態で生徒達を見るその目は──明らかに下に見ている。

 女尊男卑主義者とは違う目つき。それは、隆道の警戒心を引き上げるには充分であった。

 

「……挨拶をしろ、ボーデヴィッヒ」

 

「はい、教官」

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も生徒だ。織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

 そう答える少女は千冬の言葉で姿勢を正す。

 確定した。印象がどうこうではない。会話から察するに間違いなく『軍人』だ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「「「「…………」」」」

 

 沈黙。続く言葉を待つ生徒達であったが、本人は名前だけ名乗るや否や再び口を閉ざす。これ以上は無いと言わんばかりに。

 

「あ、あの、以上……ですか?」

 

「以上だ」

 

 本当にこれ以上無かった。

 真耶は崩れ落ちそうになる。空気にいたたまれなくなった彼女が可能な限り笑顔で訊いた結果、返ってきたのは非常に冷たい即答。只でさえ隆道との関係と昨日の一件でボロボロなのにここで更なる追い討ちだ。気の毒にも程がある。

 そんな彼女のメンタルを知らずの内に砕き掛けた少女──ラウラはふと、一人と目が合う。

 

「! 貴様が──」

 

「うん?」

 

「っ!」

 

 彼女は一人──一夏を見るなり敵意を露にして近づく。そしてそのまま、唐突に彼の顔面へと向かって平手打ちを──。

 

「──っ!?」

 

「……何すんだよ」

 

(……ほー、やるじゃねえか)

 

 ──防御された。

 近づかれても無警戒の一夏であったが、平手打ちが繰り出される直前で危険を察知。手を咄嗟にかざす事で止めたのだ。

 確かに彼女の平手打ちは速かった。恐ろしく速いソレは、並みの人間なら反応出来ずに食らっていたであろう。

 しかし、彼はそれ以上のものを知っている。

 

「……お前、ドイツの人間だろ。さっきの会話で確信したぜ」

 

「っ……! 私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

「…………」

 

 捨て台詞を吐いて、何事も無かったかのように立ち去る彼女。そのまま空いてる席へ座ると腕を組んで微動だにしなくなってしまった。

 生徒達は、何が起こったのかわからなかった。いや、理解出来なかったと言うべきか。

 再び沈黙と化してしまったクラス一同。そんな空気を動かす為、千冬は彼女達の行動を促す。

 

「あー……んんっ! では、HRを終わる。各人は直ぐに着替え第三アリーナに集合。今日は二組と合同で訓練を行う。解散!」

 

 その言葉が終わると同時に隆道と一夏の二人は直ぐに立ち上がる。何せ、女子生徒はこの教室で着替えるのだから出ていかねばならない。無意味に変態というレッテルを貼られたく無いが故に迅速に行動する。

 

「おい織斑。デュノアの面倒を見てやれ。クラス代表だろう」

 

「わかっ……わかりました」

 

 言われなくてもそのつもりであった一夏は軽く返事をした後シャルルに近づいていった。とにかく今は教室から出なければと行動を速める。

 

「初めまして二人とも。改めて──」

 

「ああ、いいから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから。行きましょう柳さん」

 

「ん。ほら、早く行け」

 

「え? は、はい……」

 

 一夏が先導し、隆道が後方に付いてシャルルの背中を後押し。互いに自己紹介はしていないが、今はそれどころではない。困惑するシャルルを余所に二人は説明しつつ廊下を歩く。

 

「え、あの、えと……」

 

「俺達はアリーナの更衣室まで行かないといけないから。自己紹介はそこでしようぜ」

 

「そういう事だ。……あと、これから起こる事にたじろぐなよ。間違いなく奴等が来るはずだ」

 

「???」

 

 シャルルはなんの事かと思うが、それも直ぐに判明する。

 考えてみて欲しい。情報が皆無の状態で現れた美少年の登場に、一組の生徒は発狂レベルで猛烈に騒いだのだ。で、あるならば──。

 

「ああっ! 転校生発見!」

 

 ──各学年各クラスから生徒が駆け出して来てもおかしくはない。

 

「いたっ! こっちよ!」

 

「者ども出会え出会えい!」

 

 直ぐに廊下は生徒で満たされた。噂の美少年を拝む為に。あわよくば関係を築く為に。場違いどころか時代違いの生徒が紛れてる様な気がするが、完全に無視。気にしたら負けだ。

 

「織斑君達の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね」

 

「しかも瞳はアメジスト!」

 

「日本に生まれて良かった! ありがとうお母さん! 今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」

 

「う……二人目もいる……。やっぱり恐いなぁ」

 

 しかし、彼女達に出来る事は三人を遠くから眺める事だけだ。決して近づく事は無く、彼等の進行を邪魔しないように生徒達は廊下に道を作る。

 その理由は隆道がいるからだ。千冬から散々と言い聞かされた彼の事情によって不用意に近づく事は無いのである。それは一種の魔除けみたいなものであった。

 勿論、それを面白く思わない人間もいるが、表立って歯向かう様な事はしない。

 

「柳さん、もう少しだけ耐えて下さい」

 

「……ああ」

 

 群衆を前に段々と不機嫌になる隆道。それを一夏はどうにか宥めながら進んでいく。一夏自身も珍獣扱いされている様で気分の良いものではないがこればかりはどうしようもないので耐えて貰うしかない。

 しかし、この状況が平気そうな人間が一人。

 

「な、なに? 何で皆騒いでるの?」

 

「そりゃ男子が俺達だけだからだろ」

 

「…………」

 

「……?」

 

 一夏は何を言ってるんだと疑問の表情を、隆道は皺を寄せるという疑いの表情を見せた。それに対しシャルルは意味がわからないと疑問を露にする。

 

「いや、普通に珍しいだろ。ISを操縦出来る男って今のところ俺達しかいないんだろ?」

 

「……デュノア。お前、随分平気そうだな。女に慣れてんのか?」

 

「──あっ! ああ、うん。そうだね」

 

「…………」

 

 まるで自分が男だという事を忘れていたのような反応。一夏はさほど気にした様子では無かったが、隆道はより眉間に皺が寄ってしまう。

 

 

 

 ──こいつは本当に男なのか?

 

 

 

 そんな思考がどうも渦巻く。渦巻いてしまう。

 確かめる術はある。しかし、それを実行するにはまだ早い。

 良からぬ事を考える隆道を余所に、一夏は何処か安堵の微笑を浮かべながらシャルルと会話した。

 

「しかしまあ助かったよ」

 

「何が?」

 

「いや、やっぱ学園に男二人は辛いからな。何かと気を遣うし。少しでも男がいてくれるっていうのは心強いもんだ」

 

「そうなの?」

 

 またもや疑問を飛ばすシャルル。それがより隆道を疑いの思考へと駆り立てる。もう美少年には疑いの目しか向けられない。

 そんな疑心暗鬼に陥っていたからか──。

 

「よーし、到着!」

 

「んあ? ああ、もう着いたのか」

 

「大丈夫です? 途中から黙りでしたけど」

 

「首輪鳴ってねえから大丈夫だろ。心配すんな」

 

 どうやら気づかぬ内に第三アリーナ更衣室まで辿り着いていた様であった。更衣室はかなり広くベンチまであるその場所は、さながら超大規模なスポーツジムの様だ。時間も余裕があり、これならばゆったりと自己紹介をしつつ着替えが出来る。

 

「んじゃ改めましてと……これからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

 

「うん、よろしく一夏。僕の事もシャルルで良いよ。それで、そちらが……」

 

「……柳隆道だ。よろしくな、デュノア」

 

「柳さんは俺達より三つ歳上なんだ。柳さんの事情は先生から聞いてるか?」

 

「う、うん。よ、よろしく、お願いします……」

 

 どうやらシャルルは隆道の容態について、千冬から予め聞かされていた様であった。歳上だからなのか容態を聞いたからなのか、妙に低姿勢だ。

 

「さて、もう着替えちまおうぜ」

 

 そう言って一夏は制服を乱雑にベンチへと投げた。そしてそのまま一呼吸でTシャツも脱ぎ捨てる。

 

「わあっ!?」

 

「なんだなんだ?」

 

「あん?」

 

 突如叫び声を上げるシャルル。何かあったのかと一夏は疑問に思いつつ、着替えながらも会話する。

 

「? 荷物でも忘れたのか? ……って、何で着替えないんだ? 早く着替えないと遅れるぞ? うちの担任は時間にはうるさい人で──」

 

「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その……あっち向いてて……ね?」

 

「??? いや、別に着替えをジロジロ見る気は無いが……」

 

 おかしな奴だなと言いながら一夏は残りの下着も脱ぎ捨てISスーツに着替えていく。

 時間に余裕はあれどISスーツは妙に着づらい。ウエットスーツを着た事のある人間ならその感覚がわかるだろう。どうしても肌に引っ掛かる為に慣れないと手間取る。

 

「あれ? 柳さんもう着替え終わったんです? 早くないですかね」

 

「下に着ていたからな。つーか、今日は初っぱなから実技だって前からわかってただろ」

 

「……忘れてたんですよ」

 

「しっかりしろクラス代表」

 

 隆道は既にISスーツを着ていた為に制服を脱ぐだけで完了だ。あとは右腕に巻いてある首輪を外すだけである。

 

「…………」

 

 一夏は、前々から気にはなっていた。彼のその首輪を。アクセサリーではなく、明らかに犬用の首輪であるそれは触れずとも目に留まってしまう。専用機よりも大事にしているその首輪には何か大切な思いが込められているのだろうかと考えに耽っていた。

 しかし、触れない事にしたのだから今更聞く事も出来ない。彼の方から語ってくれるまで、その思いは胸に閉まっておく。

 と、ここで一夏はもう一つ気になっていた事があった。それは謎の視線である。

 

「……シャルル?」

 

「な、何かな!?」

 

 ふと、視線を向けるとそこには丁度着替え終わったのか既にISスーツ姿のシャルルが。恐らく隆道と同様既に着ていたのだろう。

 

「シャルルも下に着ていたのか?」

 

「う、うん。……って一夏まだ着てないの?」

 

「ああ、いけね。……よっ、と」

 

 話し込んだばかりに余計な時間を食ってしまったと、一夏はせっせと着替えを再開する。

 二人に見られながらの着替えは何とも恥ずかしい感じがした一夏は着る速度を速め、漸く終わらせた。

 

「よし、行こうぜ」

 

「う、うん」

 

 一夏を最後に全員が着替え終わった。あとはステージに向かうだけだ。いざ、更衣室を出ようとした所で──。

 

「ああ、悪いが二人共。先に行っててくれ」

 

「え? ああ、はい」

 

 ──隆道は何か忘れ事があったのか二人に先に行くよう促した。それに対して少しも疑問に思わなかった二人は更衣室を出ていく。

 

「そのスーツ、なんか着やすそうだな。どこのやつなんだそれ?」

 

「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど殆どフルオーダー品」

 

「デュノア? そういえばデュノアって……」

 

「うん、僕の家。父がね、社長をしてるんだよ。一応フランスで一番大きいIS企業だと思う」

 

「へえ! じゃあシャルルって社長の息子なんだな。道理でなあ」

 

 一夏はSHR時から感じていた疑問が解消した。シャルルのけだかい雰囲気を漂わせる理由はそれだったのかと。

 

「いや、なんつうか気品っていうか、良い所の育ち! って感じがするじゃん。納得したわ」

 

「……良い所……ね」

 

「……うん?」

 

 ふと、彼は視線を逸らした。それは何処か触れられたくないようで複雑な表情だ。

 

(っあー、まずったな……)

 

 誰だって触れられたくない事は必ずある。隆道も、箒も、セシリアも、鈴音も──。

 

「それより一夏の方が凄いよ。あの織斑千冬さんの弟だなんて」

 

「ハハハ、こやつめ!」

 

「へ?」

 

 ──自分自身すらも。

 

「──いや、なんでもない。まああれだ、お互い様って事で」

 

「???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏とシャルルがステージに向かうその頃。

 

「…………」

 

 隆道は更衣室のベンチに座りながら携帯を見つめていた。画面を見るその目つきはとても鋭く、睨まれたら誰もが尻込みするであろう。

 

「……はんっ。なるほど、な」

 

 彼の携帯に映るのはコミュニケーションアプリのグループチャット。そこには──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──野良犬共の集い(121)──

 

『やっべー寝坊した』 8:01

 

『馬場さん。マグネシウムのペレット明日には届くらしいです。いったい何に使うんです?』8:11

 

『おいやべーって! コンビニのポテト半額だよ! 行こーぜ!』 8:26

 

『それ何時までだ? 帰りに買ってこいよ。俺らの分も忘れんな』8:27

 

『私もほしーなー』8:29

 

『三人目の男性操縦者の情報求む』 8:33 既読 46

 

『いきなりだな。なんだその事務的な文は』 8:44

 

『おはよーございまーす! 自分は知らないですねそんな話。現れたんですか?』 8:47

 

『そんな情報知らね。つーかニュースなんて見てねーし』 8:47

 

『ニュースにもなってませんよー。ていうか今は授業中では?』 8:50


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