お気に入り数が爆速で減っていった事に戦慄を覚えました。何かしたっけ……。
作者は感想大好き人間です。必ず返信します。スルーは絶対しません。
だから感想下さい……!
せめて一言だけでも……!
第三アリーナ。
そのステージ中央では隆道を除いた一組と二組の生徒全員が整列、その前方には教員──千冬が一人。他の教員は見当たらない。
「織斑。柳はどうした?」
「更衣室にいます。直ぐに来るかと」
「……そうか」
千冬は、少し胸が苦しいと感じていた。
実を言うと、彼女は隆道を授業に参加させたくはなかったのだ。昨日の今日で怪我を負った人間を授業に出すなど決してあってはならない事だ。
故に、昨日の帰りの際にて明日は休むよう彼に勧めたのだが──なんとこれを拒否した。
そう、彼も真耶と同様に休養を拒否したのだ。その理由はたった一つ、怪我を悟らせたくはないというものであった。なんとしても隠し通したかったのである。
それならば此方から説明するからと彼女は説得したのだが、彼は決して首を縦に振らなかった。可能な限り一夏には負担を掛けないと。
「ままならんものだ……」
強行手段を取ったとしても無理矢理授業に出てくるだろう、彼はやると言ったらやる男だ。どちらにせよ、彼女は折れるしかなかったのである。
あれほど授業を、女性を、ISを嫌っていた人間が、今や自分の弟の為だけに動いている。この事実が彼女の心に罪悪感を生ませた。
鬼教官と名高く、理屈が通用しない世界最強は今後も頭を悩ませる。最早、彼女の弱点は隆道と日葵の二人であろう。
そんな彼女をとことん悩ませる彼がやって来たのは数分後、授業開始ギリギリの時間帯であった。
隆道の到着によって漸く生徒全員が集合。授業開始時間となり合同訓練が始まるのだが、ここでざわつきが始まってしまった。
「「「「う、うわぁ……」」」」
「はぁ、やはりこうなるか……」
千冬は頭痛を感じた。頭痛薬でも用意するかと考えてしまう程に。
ざわつきの正体は二組の生徒達。まもなく授業が始まるにも関わらず彼女達の視線は隆道の身体へと向けられ、連鎖的に生徒全員が騒ぎ出す。
さて、ここで思い出して欲しい。彼が初めてISスーツを着た日の事を。四月下旬に行われた、初のISを用いた訓練で一組の生徒はいったいどのような反応をしたのか。
「何あれ、すっご……」
「織斑君も良い身体してるし、デュノア君も綺麗な身体だけど、その……」
「さ、触っちゃ駄目、かな……」
「だーから言ったじゃん。凄い身体してるって。あと、絶対触れないと思うよ」
正に視線の集中砲火であった。先程まで二組の生徒はISスーツ姿の一夏に見惚れていたが、それを遥かに上回る肉体を持つ者が現れたのだ。完全に釘付けとなってしまっていた。
「あぁ、だよなぁ。こうなるよなぁ」
「本当に凄い身体してるよね……。僕なんか言葉が出なかったよ……」
「着痩せする人なんだよな。うちのクラスの皆も初めて見た時はびっくりしてたぜ」
「びっくり処じゃないよ……。どんな生活したらああなるの……?」
一夏はざわつく光景に既視感を覚え、シャルルは唖然としていた。何故か、心なしか顔も赤い。
「本当に凄いよねー!」
「毎度思うが見事としか言いようが無いな。脂肪なんぞ殆ど無いのではないか?」
「はぁ、何時見ても素晴らしいですわね……」
「え……何、あれ、嘘でしょ? 筋肉の化身? あんなの聞いてない、聞いてない」
一組の生徒は既に見慣れているが、それでも彼の屈強な身体は刺激が強い。箒は感心し、セシリアは手を頬に当てうっとり。彼のISスーツ姿を初めて見る鈴音は例の見えてるソレも相まって混乱していた。
「ったく、見せもんじゃねえっての……」
「二組は初めてですし、仕方ないですよ。なんというか、こう……そりゃもう凄いですし」
「語彙力どうした」
愚痴を溢しながらも一夏の左隣──列からはみ出る様に並ぶ隆道。彼は一向に止まない視線と騒々しさにうんざりしていた。
ただでさえ朝食も食わずに登校し、廊下での群衆との遭遇、更に転入生に対する疑いによって不機嫌が止まらない状況。そしてそこからの、四月に受けたのと全く同じ熱い視線。不機嫌メーターが存在していたら常に振り切っているに違いない。
「……ところで一夏さん。朝のアレはいったいなんですの? 今回は防ぎましたけどこれで二回目でしてよ? さぞかし女性の方との縁が多いようで」
「何? アンタまた何かやったの?」
「なんだよ二人とも……俺は──ってやべっ」
この騒ぎに便乗して一夏に話し掛けるのは右隣にいるセシリアと後ろにいる鈴音。何かと女絡みでトラブルが起きる彼に対し嫌味を含めた物言いだ。
弁明しようとする一夏であったが──彼は此方に接近する人物に気づき口を閉ざした。
「こちらの一夏さん、今日来た転入生にはたかれそうになりましたの」
「はあ!? 一夏、アンタ何でそうバカなの──」
「──安心しろ。馬鹿は私の目の前にも二名いる」
瞬間。セシリアと鈴音の呼吸は止まった。二人は声のした方へと恐る恐る首を向ける。
「…………」
「「あっどうも──」」
彼女達の口は途中で閉ざされた。千冬が持つ、聖剣『シュッセキボ』による
(馬鹿か彼奴等……ああ、一人は馬鹿だったな)
凰鈴音。隆道に馬鹿認定される。
「くぅ……。何かというと直ぐにポンポンと人の頭を……」
「一夏のせい一夏のせい一夏のせい……」
(……俺悪くないですよね?)
(なんで疑問系なんだよ。自業自得だあんなの)
涙目のセシリアと呪詛の様にぶつぶつ呟く鈴音。片方はまだ良いとして、もう片方は不穏当かつ不当な主張だ。やはり鈴音は脳筋だ。揺るぎ無い事実だ。
「全く。では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
「「「「はい!」」」」
馬鹿二人の制裁を済ませ終わった所で漸く授業が開始。本格的な訓練が始まる事に生徒達は活気盛んで、自然と返事に力が入っている。
そんな活力が溢れる十代に感心した千冬は早速訓練をさせる──前にある実演を見せる事にした。目の前には丁度良い人材もいる。
「諸君の中には先日、中止となったクラス代表戦を観戦した者がいるだろうが……中には観戦すら出来なかった者もいるだろう。そこで、これから戦闘を実演して貰う。──凰! オルコット! 前に出ろ」
「な、何故わたくしが……」
「専用機持ちだからだ。いいから前に出ろ」
「何であたしが……」
叩かれて気が滅入ったからだろう、未だに頭を押さえる二人からはやる気など感じられない。
しかし、次の一言で彼女達は無理にでも根性を叩き直される事になる。
「……そうか。つまり、初心者の織斑か……柳を戦闘に出せ。そう言ってるんだな?」
「「すみませんでしたぁっ!!」」
セシリアと鈴音は躍動感溢れる動きで生徒の間をすり抜けて千冬の前に到着、そのまま腰を折って深々と頭を下げた。一夏との戦闘はまだしも、隆道とは決して戦いたくは無かったのである。
セシリアは件の試合で、鈴音は彼の潜む危険性にトラウマを抱えている。それに加え、クラス代表戦でのアレ。そんなものをただの実演で向けられたら目も当てられない。
仮に、一夏と隆道の二人が実演したとしても彼が豹変しないとは限らない。どちらにしろ彼女達が出る事は確実であった。
「最初からそうしろ」
「はは……。それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」
「ふふん。こっちの台詞。返り討ちよ」
先程まで隆道に怯えた者とは思えない程の余裕の表れ。態度を百八十度変えた彼女達に生徒全員は苦笑いせざるを得ない。
「慌てるな馬鹿ども。対戦相手は直に──ふむ、噂をすればか」
千冬が言い掛けたその時、ピット・ゲートが突如開き全員が注目した。
ゲートが開ききった直後、そこから飛び出すのは一機のIS。配備されている訓練機の一つであり、教員用としても採用されている
──第二世代全距離対応射撃型IS『ラファール・リヴァイヴ』──。
ゲートから飛び出たそのISはある程度の飛翔から急降下、そのまま完璧な完全停止で生徒達の前に降り立つ。
「お、お待たせしました!」
「うむ。見事だ、山田先生」
そのISを操縦するのは真耶であった。
先程見せた彼女の飛行技術。それは急降下と完全停止だけであるが、それはセシリアよりも洗練された文句の付け所がない動作だ。普段の彼女からは想像もつかない程の技術に生徒達は言葉が見つからない。あまりの凄さに度肝を抜かれたのである。
「さて、諸君。知ってる者もいるだろうが山田先生は元代表候補生だ。今くらいの操縦技術は造作もない」
「む、昔の事ですよ。それに候補生止まりでしたし……」
「謙遜するな………丁度良い。デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみせろ」
「あっ、はい。山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後機の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装が特徴の機体です。現在配備されている量産型ISの中では最後発でありながら世界第三位のシェアを持ち、七ヵ国でライセンス生産、十二ヵ国で制式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばない事と多様性切り替えを両立しています。装備によって格闘・射撃・防御といった全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティが多い事でも知られています」
機体の解説を始めるシャルルに全員が耳を傾けた。生徒達は授業でそれなりに理解していたがここまでの解説を即座に言えはしない。間違いなく彼は優秀だ。
ルックスは抜群、加えて知的な彼に生徒達は更に胸をときめかせていった。
「ご苦労、そこまででいい。……さて小娘ども、いつまで呆けている。さっさと用意しろ」
「え? あの、二対一で……?」
「いや、流石にそれは……」
「安心しろ。今のお前達なら直ぐ負ける」
負ける。千冬から無慈悲に放たれたその言葉はセシリアと鈴音の闘志に火を付けた。特に鈴音よりもセシリアの方がやる気に満ちている。
実はセシリアの入試の担当は真耶だったのだ。一度勝利している相手という事もあって黙っていられなかったのだろう。
「やる気が出たようだな。では準備に取り掛かれ。他の生徒は観客席に移動。迅速に行動せよ」
「「「「はい!」」」」
生徒全員は駆け足でその場を離れていき、その後を追う様に男子達も付いていった。ここに留まるのは危険だからだ。流れ弾、跳弾などを考えれば観客席に移動するのは至極当たり前の事。
見届けた千冬も直ぐに離れようとするその時、真耶から声が掛かる。
「あ、織斑先生。
「山田君には手間を掛けさせたな、ありがとう。では、私も準備をするとしようか」
数分後。戦闘実演は終了しステージ内の三人はISを解除、その場で待機していた。にこやかな表情の真耶に対し、セシリアと鈴音は何処か悔しそうな顔だ。
結果を言えば、セシリアと鈴音対真耶の実演は真耶の圧倒的勝利で終わった。二対一、同時に第三世代対第二世代という不利な状況にも関わらずにだ。
『さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解出来ただろう。以後は敬意を持って接するように。全員ステージに戻れ』
アリーナから流れる千冬の声。それが切れるや否や生徒全員は立ち上がりステージへと戻っていく。
「山田先生、凄かったな」
「だね。流石としか言いようがなかったよ」
一夏とシャルルは先の戦闘実演に感動を覚えていた。それほど素晴らしいものが見れたからだ。
セシリア達が闇雲にバカスカ撃っていたのに対して、真耶の射撃は確実に二人の行動を制限し、最後はたった一発で地表に落とす。
これがかつて、学生時代に『
これを機に、生徒達は彼女との接し方を今よりも良くしていくだろう。
尤も、愛称が増えないとは限らないのだが。
『全員揃ったな。では、専用機持ちの織斑、デュノア、オルコット、ボーデヴィッヒ、凰を班長とし班となって実習を行う。四班は十一人、一斑は十二人となって分かれること。出席番号順に各班に入れ、でないとISを背負ってアリーナを百周させるからな。柳は離れてそのまま待機だ、いいな? では分かれろ』
専用機持ちを除いた生徒──五十六名がそれぞれ各班へと足を運ぶ。説明の途中で二組の生徒達は我先にへと男子の班に入ろうという魂胆が生徒達にあったのだが、千冬には丸わかりだった様だ。既に先手を打たれた事によってそれは叶わなくなった。
各班に分かれるまではそう時間は掛からなかったのだが、その最中にある疑問が生徒達の頭に浮かんだ。
──何故、隆道は班から外れたのか。
──何故、千冬はステージにいないのか。
彼が班から外れた理由は、転入生を除いた一組だけが何となく理解していた。しかし、千冬がステージに現れない理由。それがわからない。
「ねえ、柳さんが外れた理由ってなんなのかな」
「あぁ、シャルルは知らないよな。……柳さんの専用機は特殊なんだ。ていうか危険過ぎるんだ」
「えっ」
「まぁ、直ぐにわかると思う。それにしても……千冬姉まだ見えないな。何やってるんだろ」
一夏がそう考えに耽って数秒、彼の──いや、生徒全員の疑問は一気に解消される。
またしてもピット・ゲートが開き、そこから飛び出して来たのは一機の『打鉄』。その機体は真耶とは比較にならない程の速度で急降下、隆道の目の前で完全停止をやってのけた。
ラファール・リヴァイヴより機動力が劣る、防御能力重視のその機体で凄まじい操縦を生徒達に見せつけた人物は──。
「待たせてしまってすまない」
「あれ……千冬姉……!?」
「……ほー」
──髪型をポニーテールにした千冬であった。
今までの実技ではジャージ姿であった彼女は、今やISスーツ姿。抜群過ぎるスタイルをより強調させ、生徒全員の目を一気に奪った。
当然、この後何が起こるのか彼女は嫌と言うほど良く理解している。
「ち、ちち、千冬様のポニーテールっ!!」
「キャアアアァァァッッッ!!」
「カッ、カメラッ!! カメラは何処っ!?」
一斉に騒ぎ出す生徒一同。最早授業などそっちのけで全員がその視線を彼女に向ける。
が、しかし──。
──そんなに百周したいか。
──一瞬の内に生徒は元へ戻った。
彼女から鬼が見えたのだ。彼女達はまだ死にたくはなかったのである。
これ以上は自分の首を絞めるだけ。彼女達は真面目に訓練に集中する事にした。
「これまた珍しい。さしずめ、『灰鋼』の調査中に暴走しちまった時の為……ってか?」
「ああ、この間の様に毎度毎度時間や場所を取れる訳ではないからな。この時間を利用しようと思う。私専用に調整されているこの機体ならお前の『灰鋼』を食い止める事が出来るだろう」
「ふーん、そりゃご苦労なことで」
千冬が言うように、土曜の時みたく教員を揃えアリーナを確保する事は非常に難しい。他の教員もそれぞれ仕事が残っているのだ。一つの機体の為だけに時間を割く事は出来ない。
故に、授業時間を用いて世界最強と呼ばれる彼女だけで調査を行う事にした。放課後も可能な限り彼女が調査を担当する。彼女自身も仕事を溜める事になるが、『灰鋼』に関しては他の者に任せる事は出来ないのだ。
用意した『打鉄』も特殊仕様で、『灰鋼』に対抗する為にシステム面の調整や追加装甲を施している。最適化はしていない故に専用機ほどの性能は引き出せないがそこは世界最強、己の技術でカバーだ。この機体は、今や彼女の専用機(仮)と言っても良いだろう。その結果教員用の機体は減ってしまったが致し方無い。学園の被害を抑え、生徒を守る為だ。
「それにだ、調査中に殺されるなど真っ平御免だからな。その為の機体でもある」
「殺されるねえ……。あんたを殺せるとはとても思えねえよ。逆に俺が殺されるんじゃねえのか」
「冗談でもそういうことを言うな……。そろそろ調査を始めるぞ。展開してくれ」
「はいはい。ふぅっ……『灰鋼』」
一息ついて、隆道は『灰鋼』を展開。真っ赤なラインを這わせる黒灰色の機体が姿を現した。それと同時に千冬は『葵』を瞬時に展開。ゆったりと握り締めてその時に備える。
「……どうだ?」
「……少し待てよ」
彼の視界には以前と同様に赤くなり、『猛犬』の起動準備が目の前に。それは次第に大きくなり起動する様に促していた。
目の前の彼女だけじゃない。後方で訓練に励んでいる生徒達にも、専用機持ち達にも反応している。対象外なのは一夏と箒の二人だけだ。
(またか……。お呼びじゃねえよ、とっとと消え失せろくそったれ)
そう念じると『猛犬』の表示は綺麗さっぱりと消え、赤く染まっていた視界も元に戻っていく。一先ずはこれで安心だろう、彼は目を閉じて深呼吸する。
「スゥー……ハァーッ……。一先ず、『猛犬』の表示は消えたぞ。これで……ん?」
「? どうした?」
「ああ? なんだ、これ……」
目を開けると、彼の視界には今まで見たことが無いものが表示されていた。
一番先に目に留まったのがログと思われる膨大な数列。それは今も尚、目で追えない程に次々と更新と削除の繰り返しをしている。
次に目に留まったのが拡張領域。むしろ、これが一番の謎であった。
拡張領域が元の三倍に膨れ上がっているのだ。
しかし、その増えた分の拡張領域は『作成中』と『二パーセント』の文字で使用出来なくなっている。結果的に拡張は増えていない事になるが、これはいったい何なのだろうか。
いったいどうなっているんだと、彼は今も話し掛けてくる千冬を無視。使用出来ない拡張領域を目を凝らして注視してみると、『何かの物体』がうっすらと写っている。確認しようにもノイズが走っているせいでよくわからない。更に注視すると、そのノイズが走る表示に辛うじて映る文字が見えた。
──『CANINE』──。
そこにはアルファベットで示された謎の単語。彼は得体の知れないソレに謎の寒気を覚えた。
何だこれは、何て読むんだと思考が渦を巻く。その単語を一文字ずつ読もうとした所で──それはとうとう読めなくなった。
「……柳?」
「なーんだか知らねえけどよ……こいつ、こうしてる間も変化してやがる。何かを上書き? 書き換えてんのか? 拡張領域も何故か三倍だ」
「……! ……ログには何も出ていないな」
「けどわからねえな、その増えた分は使えねえんだよ。何か作成中らしく、中身は殆ど見えねえ。何か書いてあったんだが直ぐに消えちまった」
「また何かを作っているのか……」
判明したのは今現在も変異を遂げている事と、拡張領域が増えた事、その確認できない拡張領域で何かを作っている事。正直言って謎しか増えていない。
謎だけが増えるこの機体はいったい何をしようとしているのかと、千冬は息を飲んだ。
「……他にも何かあるはずだ。調査を続けるぞ」
「ん」
こうして、二人のマンツーマンの調査は昼になるまで続いた。独占によって生徒達が拗ねない為に、時折千冬が他の班の様子を見に行きながら。教師というものは大変である。
今回の調査で判明したのは『灰鋼』は常に変異している事、拡張領域が増えた事、増えた分の拡張領域は現在使えない事、可動部が最適化されて動きやすくなった事、飛行可能になった事ぐらいであった。
余談であるが、以前調査の為に引き渡した回復系統の後付武装『リカバリー・ショット』。その行方はいったいどうなったのか。
IS学園は更なる調査の為に政府直属の研究所にそれを引き渡した。その結果、量産が可能だという事が判明したのだ。しかも、低コストで生産出来て、量子変換する容量も小さいという良いこと尽くめ。エネルギー量に関しては一工夫するだけで増量する事が容易であった。
これには研究員達も大喜び。直ぐ様量産に取り掛かり、更に研究を深めていく事になる。
現在課題となっている第三世代の燃費の問題。『リカバリー・ショット』の研究が進めば問題解消の一歩を歩むであろう。
変異する『灰鋼』は、ISの研究に多少なりとも貢献していたのであった。
隆道は調査を開始し、一夏達は訓練を開始して時間を目一杯使った午前は終了した。
歩行操縦から始まる近接兵装や射撃兵装の取り扱い、そして飛行を行わない簡単な模擬戦闘等と生徒達は大忙し。五十六人に対し訓練機が五機なのはあまりにも少ないのではないだろうか。
そんな全力疾走とも言える授業が終わる直前、一夏と隆道は訓練機を格納庫へと運んでいた。
「ほんと助かりますよ。ありがとうございます」
「気にすんなよ。ほら、押せ押せ」
「物凄い力ですね。俺あんまり力込めてないんですけどスイスイ行きますよ、これ」
「腕っぷしだけは自身あるから、な……ああ? おい織斑、何どさくさに紛れてサボってんだ」
彼等が押しているそれは訓練機を載せたIS専用のカート。何故か動力源が無いそれは人力で運ぶしかなかった。最先端技術を持つIS学園にも関わらず何故、変な所でケチっているのか。
最初こそ一夏が一人運んでいたのだが、それを見兼ねて現れたのが隆々とした筋肉バキバキマンの隆道。助っ人として協力して運ぶ事になった。
「つーか、なんでお前が運んでんだよ。使った奴等に運ばせりゃいいじゃねえか。頼まれたからって簡単に返事すんな」
「い、いやぁ、その……。ほら、男の俺が運ばないで女子に運ばせるっていうのも普通におかしいというか……」
「力仕事は男がってか? そんな風潮なんざ昔の話だっつーの。気持ちはわからなくもないが今の時代その考えだとそのうち痛い目見るぞ」
「う、うーん。そう、ですかね……」
「それに……ほら、見てみろよ」
隆道はカートを押しながらも、ある方向を顎で指した。一夏は首だけを動かしてその方角を覗くと、そこにはシャルルの班が。彼が訓練機を運んでいるかと思いきや──。
「デュノア君にそんな事させられない!」
「あ、あははは……」
──シャルルではなく、体育会系女子の数人が運んでいた。一夏と扱いがまるで違う。
「……アレにも同じ事言えるのか?」
「…………」
「まあ、今直ぐに変えろとは言わねえさ。ほら、力抜いてんじゃねえ……ぞっと」
「──あっ!? 今離したら──おっもっ!?」
ふざけ合いながらも無事格納庫へ訓練機を運び終えた二人は再びステージ中央へとUターン。他の班は未だに運んでいる最中、手伝う気など一切無い──はずだったのだが一夏だけは手伝いに行ってしまった。つくづく優しい男である。
全ての訓練機を運び終えた頃には隆道以外の生徒全員は肩で息をするほどに疲労していた。
「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で班別に集合する事。専用機持ちは自機を、その他の生徒は訓練機を見るように。では解散!」
ちなみに、生徒全員が死にそうなほどに疲労しているのは千冬が原因でもあった。
班の様子を見に行くその度に彼女は直々に指導していたのだ。最初こそ、それはそれは生徒達の歓喜で溢れていたのだが、彼女の厳しい指導──というよりシゴかれた事によってその余裕は次第に無くなり、最終的に全員が撃沈。それを遠くで眺めていた隆道は引きつった顔になったそうな。
「あ゛ー、やっと終わった……。さて、着替えに行きますかね」
「え、ええっと……僕はちょっと機体の微調整をしてから行くから先に行って着替えててよ。時間掛かるかもしれないから待ってなくて良いからね?」
「ん? シャルル、別に待ってても平気だぞ? 俺は待つのには慣れ──」
「い、いいからいいから! 僕が全っ然平気じゃないから! ね? 先に戻っててね?」
「お、おう。わかった」
教室に戻る為に着替えに誘う一夏であったが、シャルル妙な気迫に押され引き下がった。ただ誘っただけなのに何故必死なのだろうかと思う一夏であったが、待ってても仕方ないので隆道と更衣室へと向かい、到着後直ぐに着替えていく。
「これで、よしと。今日も昼は一人で?」
「ああ、デュノアはお前に任せるわ。ちょーっとやる事もあるしよ」
「やる事……?」
「気にすんな。只の野暮用さ」
またしても昼を断られてしまった一夏。隆道が言うやる事とは何だと疑問が浮かぶ。今日はシャルルも交えて交流を深める算段であったが、野暮用なら仕方ないなと一夏は諦めた。
「ほら、教室で待てと言われたろ? こっからは別行動だ」
「おっと。んじゃ、俺はこれで。いつかは一緒に食べましょうね」
「ん。そのうち、な」
そう言って一夏は更衣室から出ていった。残った隆道は彼が出ていくなり、表情を険しくする。
「……さて」
暫くして、更衣室にやって来たシャルル。辺りを見渡すその様子は何処か落ち着きがない。
「いない……よね?」
恐る恐るロッカーへ辿り着く彼はISスーツの上に素早く制服を着ていく。まるで着替えを見られたくない様に。
「……っ!?」
と、その時。近くで軽い物音がした。その方向へ振り向くと、床には転がる空き缶が一つ。彼は即座に自身の専用機をローエネルギーモードで起動。センサーを駆使して辺りを見渡す。
ISは展開せずともハイパーセンサー程度であればモード切り替えで待機形態でも使用が可能だ。
勿論、無断展開ではあるがそれについては後で教員に謝って罰を受けようと、彼は考えていた。
(周囲に生体反応無し、熱源センサー反応無し。動体センサー反応無し。音響視覚化レーダーも反応無し。位置座標は……良かった、一夏はちゃんと教室に向かってる。でも柳さんは?)
周囲には確かに誰もいない。ハイパーセンサーには何も反応が無いのだから間違い無い。
位置座標についても相手の許可登録はしていないが大体の位置は把握出来る。よって近くには専用機持ちはいない。
しかし、隆道──正確に言うと『灰鋼』の位置だけがわからない。
位置座標に反応しない潜伏モードにでもしているのだろうか。だとしてもいったい何故。
「……そろそろ行かなきゃ」
空き缶は一夏か隆道のどちらかが置いていったのだろう。仕方ないなと呟きながら彼はそれを拾い、更衣室を出ていった。
──シャルルは気づきも、見えもしなかった。
「……なるほどねえ。やっぱ便利だな、これ」
──自身の真後ろに隆道がいた事に。
シャルルの相部屋イベントまで行きたかったのですが文字数が絶対一万五千超えると思ったので断念。
最後のアレはまだ引っ張ります。詳しい描写は金銀のとあるイベントで。
謎を呼んで引っ張りまくる作者を許して……!