IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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またもや早めに更新。

音楽聴きながらの執筆は何故か進みますね。作者に一番効果があったのは実写版『亜人』の戦闘BGM二種でした。
次回は訳あって遅れます。


第三十三話

 シャルルが教室に向かっているその頃。IS学園の校舎外には校舎へ向かいつつ電話を掛けている隆道が一人だけ。周囲はもぬけの殻で、普段なら数人ほどいる筈の生徒は一切見当たらない。

 

「……本当に何も無いんだな?」

 

『何もねえよ。ニュースになってねえし調べても出てこねえ。そっちでテレビ見てねえのか』

 

「俺が見ると思ってんのかよ。つーか、三人目については誰も知らなかったんだからテレビは関係ねえだろ」

 

『あー……なら、多分アレだ。お前が連れて行かれる時に俺達騒ぎまくったろ? 報道規制掛けるようにしたんじゃね。若しくは報道しない自由とかな。まあ、間違いなく企業が絡んでるだろうよ』

 

「……ふーん」

 

 突然と現れた三人目の男性操縦者、シャルル・デュノア。デュノア社の社長の息子にして既に専用機持ち。更には授業中で小耳に挟んだ()()()()()()()()()。彼の存在は疑心暗鬼に満ちていた。

 更衣室では『灰鋼』が生み出した()()()()()()を試して彼の真後ろから着替えを監視していたが、ISスーツの上から制服を着込んだだけ。それ以外の行為は見受けられなかった。挙動は充分に怪しかったが。

 そんな怪しすぎる彼の詳細を少しでも手に入れようと友人の一人である治に連絡を取ったのだが──情報は全くの皆無であった。

 確かに報道規制の可能性はある。一人目の一夏の時は報道陣が殺到し、自身の時は連れて行かれる直前まで友人達は大騒ぎした。報道しない自由は今に始まった事ではないし、それも可能性の一つであろう。良くある話だ。

 例として挙げると女性が働く横暴などは殆どと言って良いほど報道されない。当然の事だから報道の必要はないという考えだからなのか、都合が悪いから報道しないのか。

 それはテレビだけに留まらず新聞雑誌も例外ではない。都合の悪い事は絶対に載せず、最悪だと捏造を報道して理不尽な非難を浴びせる事例もある。そんな腐り切ったマスメディアなど誰が見たがるというのか。未だに見たがる者などそういった事実を知らない人間か信者だけだ。

 

『何にせよ良かったじゃねえか、男が増えてよ。数少ないとはいえ多少はマシになるだろ』

 

「……だったら良かったんだけどな」

 

『あん? 何だって? ……まあ、いいや。それよりお前のクロスボウ、弦が重すぎだっつうの。コッキングメカ付けねえと誰も引けねえわ。何でお前は片手で引けんだよ。あり得ねえだろ』

 

「お前等が貧弱なだけだろうが。……はあ、もう切るぞ。じゃあな」

 

『ああっ!? 言ったなこの野郎っ!! お前の力がおかしい──』

 

 電話から喧しい声が聞こえたが彼はガン無視。一方的に通話を切って校舎の中へ足を運び廊下を突き進んでいく。情報よりも飯が先だ。

 しかし、購買へ向かう彼は目の前の状況に足を止めざるを得なくなってしまう。

 

「うわ、なんだこれ……」

 

 彼が見たもの、それは生徒の人集りであった。

 何処までも繋がるその列は正に鮨詰め状態。一学年の方と食堂の方へと繋がっている。この様な騒ぎは既視感があった。

 まるで有名人を一目見ようという喧しさ。その理由など、IS学園において一つしか存在しない。

 

(デュノア目当て、か。能天気な奴等だな……)

 

 聞こえる話し声も三人目の話題ばかり。恐らく食事に誘おうとかいう魂胆であろう。

 しかし、そんなシャルルの事はどうでもいい。重要なのはそこではない。今重要なのは昼食を取れるかどうか、ただそれだけだ。

 彼は身長が誰よりも高い事から窓越しに人集りの様子が大体把握出来る。目を凝らし観察すると頭を抱えそうな事態が彼を待ち受けていた。

 購買までの道も生徒によって塞がっていたのだ。朝食を取り損ねた彼にとってこれは非常事態だ。購買へ辿り着くには女子で埋め尽くされた人混みを通らなければならない。クラス代表戦にて生徒による人混みは経験済みだが、あんなものは二度と御免だと誓っていた。

 飯は食べたい。しかし、あの人混みを通りたくないと思考が左右される。脳内でそれは何度も反復し、彼が出した結論は──。 

 

「……寝るか」

 

 ──諦める事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し経ち、IS学園の屋上。

 快晴の空となっている今日。そんな天気の中、屋上で昼食を取るのはさぞかし心地よいだろう。ピクニック気分になるのは間違いない筈だ。

 しかし、そんな天気の良い日だというのに生徒は極一部を除いていなかった。その理由は至って単純、シャルルである。

 彼を食事に誘おうと争奪戦の勢いで一組に大挙して押し掛けてきた生徒が半分、食堂で偶然エンカウントするように今も尚出待ちしている生徒が半分。

 前者の押し掛け組については本人が丁寧に対応してお引き取り願った。その時の台詞がこれだ。

 

『僕の様な者の為に咲き誇る花の一時を奪う事は出来ません。こうして甘い芳香に包まれているだけで、もう既に酔ってしまいそうなのですから』

 

 傍にいた一夏は凄いとしか言葉が出なかった。堂々として、それでいて何処か優しい言葉に感服を覚えたのだ。シャルルに手を握られた三年生は失神する程なのだから、言われた本人達からすると凄まじい衝撃を受けたのだろう。

 そして、後者の出待ち組については残念と言う他ない。彼が食堂に来る事は無いのだから。

 

 

 

 何故ならば──。

 

 

 

「ええと、本当に同席しても良かったのかな?」

 

「いやいや、シャルルは転入してきたばっかりで右も左もわからないだろ? それに、せっかくの昼飯なんだ。大勢で食った方がうまいだろ」

 

「屋上で正解でしたわね。あの人混み、恐らくは食堂にもありましたわよ?」

 

「流石にあんな所じゃねー……」

 

 

 

 ──当の本人は屋上にいるのだから。

 

 

 

 そこにあるベンチに座るのは一夏を始めとしたシャルル、箒、セシリア、鈴音の五人グループ。彼等は食堂ではなく屋上にて昼食を取りに来たのである。元々天気が良いからと屋上で食べる予定だったのだが、親睦を深めるという事もあってシャルルも連れてきたのであった。

 本来ならば隆道も誘う予定だったのだが、断られた事により断念。セシリアと鈴音を誘って今に至るという訳だ。

 

「ほら一夏。弁当だ」

 

「おう、サンキュ!」

 

「はい一夏。アンタの分」

 

「おお、酢豚だ!」

 

 箒からは弁当を渡され、鈴音からは酢豚の入ったタッパーを渡される一夏。彼女達が昼食を作ってくれるということで彼は手ぶらで来たのだ。勿論、この弁当と酢豚は彼に好意を寄せているからこその物なのだが、この少年は感謝以外何も感じないのだろうか。相変わらずそういった事には鈍感である。

 ここだけの話、屋上での食事に誘ったその直後に鈴音が急いで寮へと戻り、タッパーを増やしてきたのは言うまでもない。

 他の二人、シャルルは購買でパンを、セシリアも購買で昼食を確保したのだが──それとは別に彼女の横には()()()()()が一つ。

 

((で、出た……!!))

 

 一夏と箒はそのバスケットを見て内心穏やかではなかった。何故ならその中身が何なのかわかっているからだ。

 とにかくスルーを決め込もうとしたのだが──世の中はそう上手くいかないもの。

 

「コホンコホン。──皆さん、わたくしも今朝は偶々偶然何かの何の因果か早く目覚めまして、こういうものを用意してみましたの。よろしければお一つどうぞ」

 

そう言ってセシリアはそのバスケットを皆の前に出して開く。そこには彩りの良いサンドイッチ──BLTサンドがずらりと。

 

「「…………」」

 

「「……あっ」」

 

「?」

 

 一夏と箒は戦慄し、鈴音とシャルルは察した。理解していないのは作った本人のセシリアだけ。どうしたのかと首を傾げている。

 何故、一夏と箒は戦慄したのか。それは以前、彼女の手料理を食べた経験があるからだ。

 そう、セシリアは料理が凄まじくダメなのだ。それは不器用や味音痴という訳ではない。

 彼女は自分の知らない調味料を入れたり味見をしない等の、料理をする上で知っておくべき事やっておくべき事をしないのである。にも関わらず、見た目だけは異様なほどに完璧なのだ。

 その見た目だけは完璧なマズメシを作る本人はこう語る。

 

『本と同じになればいいのでは?』

 

 あまりにもふざけたその言葉に一夏と箒は言葉を失った。やっぱりコイツ馬鹿だと再認識した。それは『本と同じ』ではなく『写真と同じ』だ。

 もしも、その場に隆道がいたとしたら関係改善不可能ブチギレ待った無しからのパイ投げじみた飯投げが炸裂していたかもしれない。

 そんなふざけた過去を思い出しながらBLTサンドを見据える一夏と箒に、何れ程の代物なのかと一周回って逆に興味が湧く鈴音とシャルル。

 本来ならば指摘するべきなのだろう。何時までも不味い飯を食わされるのは勘弁だ。何よりも、本人に恥をかかせる事になる。

 

「お、おう。後で 貰うよ」

 

「そ、そうだな」

 

 しかし、彼等は指摘せずに顔を引きつるだけ。

 実を言うとセシリアの手料理を初めて実食した際に、不味いとはっきり言わなかったのである。その結果、非常に言いにくい状況までいってしまったのだ。炊事経験のある二人にとって、彼女の手料理は指摘よりも感謝が勝ってしまっていた。

 ちなみに、かつて鈴音も初めての手料理を一夏に振る舞った事がある。その時の彼は友人にこう語ったそうな。

 

『あれは殺人料理だ』

 

『アイツ、『美味しいって言わないと殺す』って顔してた。何も言えなかったんだ』

 

 あまりにも可哀想過ぎる。しかも、殺人料理を作った本人はそんな事綺麗さっぱり忘れているのだからタチが悪い。彼の持つ女難の相は呪いに等しいだろう。一度お祓いをするべきだ。

 そんな過去話はさておき、彼等はどちらにせよ食べる事は確定、逃げる事は許されない。

 故に、彼等が取った行動は──。

 

「さて。シャルル、同じ男子同士仲良くしようぜ。色々な不便もあるだろうが、まあ協力してやっていこう。わからない事があったら何でも聞いてくれ──IS以外で」

 

 ──後回しにする事であった。何一つ解決していなかった。

 

「アンタはもうちょっと勉強しなさいよ」

 

「してるって。多過ぎるんだよ覚える事が」

 

 言い訳に聞こえる一夏の弁明であったがそれも仕方がない。ただでさえ勉学は皆よりスタートが遅れているのだ。それでもしがみつけているのは中々出来る事ではない。

 

「ありがとう。一夏って優しいね」

 

「はは。ああ、それと。どうか柳さんとも仲良くして欲しい。シャルルだったら上手くやっていけると思う」

 

「ああー……、今日は殆ど不機嫌だったね。織斑先生から多少は聞いてたけどやっぱり……」

 

「ああ。だからクラスの皆とは会話すら無いぞ。今はマシになったけど最初こそ本当に酷かった。まともに会話出来るのは俺と箒くらいだよ」

 

「ええ……どんなに酷かったのさ……」

 

 シャルルは入学の際に隆道の事について、千冬から大まかに説明を受けていた。

 女性が嫌い、ISが嫌い、不用意に接触はするな、彼と模擬戦をするな等々。その時の彼女の表情は真剣そのものだった事は今も覚えている。その時、もう一人の転入生は何やら面白くないような険しい表情をしていた事も。

 その話は一夏の説明からして本当なのだろう。今日の様子からして全部当てはまる。隆道自身も、あの禍々しい機体も。

 入学当初の隆道はいったいどれくらい酷かったのだろうか。ちょっと興味が出てきたシャルルは何気なく聞いた。聞いてしまった。

 

「「あっ……」」

 

「?」

 

 悪気ないただの質問をしたその瞬間。シャルルの隣にいるセシリアは──。

 

「…………」

 

「えっ。オルコットさん、何その遠い目」

 

 ──虚ろな目で遠くを眺めていた。というか、現実逃避していた。

 

「ふふ、何処かにタイムマシンさえあれば……」

 

「オルコットさん!?」

 

「あーっ! あーっ! この話はやめんか!! 一夏、さっさと食べろ!」

 

「わ、わりい。えと、シャルル、悪いけど言えないんだ。この話はここまでにして食おうぜ」

 

「う、うん」

 

 箒のお叱りにより隆道に関する話は中断、一同は昼食を食べ始める。一部禍々しいオーラを放つサンドイッチがあるがそれは最後に皆で食べようと、四人は覚悟を決めた。

 

「おお、うまい! 本当にうまいな」

 

「ふっ。和の伝統を重んじればこそだ」

 

「じゃ、一個もーらいっ!」

 

「あ、こら!」

 

 談笑を交えた食事は何かと楽しい。太陽の下でならばより楽しい気分にさせられるだろう。

 遠足や花見だってそうだ。それぞれには目的があるが、共通の楽しみは親しみのある人間同士の交流を交えた食事だ。それは何処だろうと決して変わらない。

 

 

 

 そう、楽しいはずなのだ。本来ならば。

 

 

 

 端から見れば楽しそうな昼食会。しかし、その数分後ついに空気をぶち壊してしまう者が一人。

 

「……なあ、一夏」

 

「……なんだ?」

 

「……もう、限界なのだが?」

 

「言うなよ箒……。俺だってさっきから気が気でなかったんだからさ……」

 

 始まりは箒の一言であった。それに続いて一夏も何処かそわそわし始め、セシリアとシャルルの二人も同様に落ち着きを無くしていく。鈴音に至っては冷や汗をかき始めていた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 そして限界が来たのか、堪らなくなった全員が同じ方向へ恐る恐る向くと、その視線はここから少し距離がある一台のベンチへ集まる。

 そこにいたのは──。

 

 

 

「ZZZzzz……」

 

 

 

 ──顔を片腕で覆い、爆睡する隆道であった。

彼は屋上で寝ていたのだ。一夏達が来たその時点で既に横になっていたのである。

 

「ねぇ。寝てる、よね。まだ寝てるよね……?」

 

「最初からいらっしゃいましたよね……?」

 

「確かにいたな……。私達よりも先に……」

 

「手ぶら、だよね。もしかして柳さん……」

 

「まあ、多分、昼飯食べてないと思う……」

 

 彼がいる事は完全な予想外であった。屋上へとやって来た彼等は辺りに人一人いない事に安堵の表情を浮かべたのだが、それもほんの数秒だけ。ベンチで隆道が横になっているのに気づいた一夏は声を掛けようと一瞬考えたのだが、今はセシリアも鈴音もいる事を思い出してスルーする方向を取ったのである。

 食堂か教室に戻る手もあったのだが、正直言うとあの人混みの中で食事をしたくない。起こさなければいいかという結論に至った。そして、同時に何故ここで寝ているのかは考えないという暗黙のルールも出来上がったのである。

 しかし、どうも気になってしまう。談笑で気を紛らわせていた五人であったが、とうとう限界に達してしまったのであった。先程までスルーを決め込んでいたが、一度崩れてしまえばポロポロと疑問が浮かび上がる。 

 

「昼はいつもここに……? いやでも、それなら色々と納得出来るぞ」

 

「真っ先に何処か行きますものね。ぶらつく様な人とは思えませんし……」

 

 入学した頃からそうであった。昼は必ず真っ先に教室から出ていき、授業が始まる直前に戻ってくるか終わりのSHRまで戻ってこないかの二択。

 食堂にはクラス代表就任パーティーの時を除いて一切顔を出さない彼はいったい何処で食事をしているのだろうかと疑問に満ちていた。屋上だとするならば全てが納得がいく。

 そんな結論を導き出す箒とセシリアを余所に、シャルルはある疑問が湧いた。

 

「……あれ? 一夏、今更だけど柳さんとはいつ頃分かれたの?」

 

「ん? 俺が先に更衣室を出た時だな。野暮用があるからって」

 

「……え?」

 

 この時、シャルルはある引っ掛かりを覚えた。一夏が更衣室から出たのを見掛けて中へ入ったのだが、確かにその時から隆道の姿は見えなかった。しかし、彼は自分が先に更衣室を出たと言っているのだ。

 では、隆道は何処にいたというのだ? 彼を先に行かせた理由は? 野暮用とは?

 最初から屋上に行くのなら彼と行動を共にしたはずだ。自分達より先にいたのだから野暮用が屋上に行くという線は消える。

 故に、彼と分かれた直後の行方がわからない。まさかあの時、未だに更衣室に残っていたのではないかという考えが浮かんでしまう。 

 

(いや……あり得ない、周囲はくまなく調べた。彼処にいる筈が無いんだ。いる筈が……)

 

 きっとただの見落としだ、そう思いたい、そう信じたいとシャルルは自分に言い聞かせた。

 いる筈が無いのだ。センサーには全くの反応が無かったのだから。確かに位置座標は反応していなかったが、生体反応を始めとした他のセンサーだけはどうにもならない。その事実が、次第に彼の引っ掛かりを消していった。

 

「──ル。 シャルル!」

 

「──うぇっ!? な、なにかな?」

 

「あ、いや。とりあえず柳さんは置いといて飯食べようぜ。食べて直ぐダッシュは避けたい。俺達はまた更衣室まで行かないといけないからな」

 

「あ、うん……」

 

 次の実習場所は第四格納庫だ。第三アリーナよりは比較的近場ではあるが、使用出来る更衣室は第一アリーナである。結局は移動に時間が掛かるのだ。故に、あまりのんびりしていると食後からの中距離走が始まってしまう。流石にそればかりは避けたいところだ。

 いざ、迫り来る授業に遅れない為に全員が昼食を再開しようとした──その時。

 

「……あっ」

 

「ん?……あっ」

 

 最初に反応を示したのは箒、その次には一夏。二人は弁当を片手に固まり、隆道がいるベンチへと視線を向けている。

 それを見た三人は察してしまった、その視線の意味を。自身の弁当へ向けていた視線は再び彼のいるベンチへと移る。

 すると、先程まで寝ていた彼は──。

 

「…………」

 

 ──起きていた。ぐったりと項垂れた姿勢で。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 静寂。目を離した隙に体を起こした彼は、今や顔が見えない程に猫背で座り込んでいた。一切顔を上げようとはしない為、表情はわからない。しかし、何処か気分が優れないのか唸ったり体を揺らしたりなどしている。

 

「……ちょっと行ってくる」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

 それを見兼ねた一夏は四人を置いて彼の元へ向かった。体調が悪いのかもしれないと、自分が行かなければと自然と身体が動いたのだ。

 

「ね、ねえ。大丈夫なのアイツ……?」

 

「言っただろう、あの人とまともに会話出来るのは一夏と私だけだと。何も心配はいらん」

 

「だったら良いんだけど……」

 

 そうこうしてる間に一夏は彼の目の前まで接近していた。すると、それに気づいたのか彼は顔をほんの少しだけ上げて一夏と会話をし始める。表情は髪で隠れている為に全くわからない。

 

「────。────」

 

「────。────」

 

「────。──────。────────」

 

「────。──────。────────」

 

 二人の会話は聞こえない。少しだけ屈んで話し掛ける一夏に、彼は力なく答えている。

 数回ほどそのやり取りを繰り返し会話を終えたのか、一夏は四人の元へと戻ってきた。その顔は心配そうな何とも言えない表情だ。

 

「……どうだ?」

 

「やっぱり昼飯食べてないってさ。朝飯も食べてないんだと」

 

「分ければ済む話だろう。言えば私だって──」

 

「いや、断られたんだよ。絶対に何か食べた方が良いのに……。あと、すげー眠そうだった」

 

「ああ。中々聞かないからな、あの人は……」

 

 彼の説得には非常に時間が掛かる。以前も保健室に行かせるだけの説得で三時間も時間を費やしたのだ。今から説得しても昼を過ぎてしまう事は確実だ。

 

「箒。悪いけど教室戻る時に購買で何か買ってきてくれないか? 金は後で出すからさ」

 

「いや、私もアレは見過ごせん。何か買ってくるとしよう。金はいらんぞ」

 

「悪い、助かる……んん?」

 

「一夏?」

 

「セシリアは何処行った?」

 

 彼等は漸く気づいた。セシリアの姿が見当たらないのだ。そして、それと同時に──。

 

「……ねえ。何か足りなくない?」

 

「……足りないね」

 

 ──バスケットが無くなっていた。

 

「……っ!?!?!?」

 

 一夏は異様な悪寒を感じた。何故、セシリアがいないのか。何故、バスケットが無いのか。それは他の三人も感じていたのだろう、顔面蒼白なのがそれを物語っている。

 故に、彼等は全力で身体毎隆道の方へ向けた。

 

「「「「……あっ!?!?!?」」」」

 

 

 

 そこには、セシリアの歩く姿があった。

 

 

 

 例のバスケットを抱えて。

 

 

 

「「「「────」」」」

 

 彼等は完全に固まってしまった。何をしようというのか理解してしまったからだ。それは無知故の過ち。それは悪魔の様な所業。

 

(あの馬鹿っ! 何やってんだよっ! 話聞いてなかったのかっ!?)

 

(おおお落ち着けっ! 柳さんの事だ! きっと無視する筈だっ!)

 

(いや止めなさいよっ! アレは駄目だって!)

 

(あわわわ……!)

 

 止めるべきなのは尤もだ。しかし、一夏と箒はセシリアの予想外過ぎる行動に混乱。鈴音はなるべく近づきたくないが故の硬直、シャルルは最早混乱処では無くなっていた。

 

(朝から食事をされていない……ここはわたくしの出番ですわねっ!!)

 

 セシリア(この馬鹿)は謎の使命感に駆られていた。朝方に感じた因果はこの為にあったのだと。それが彼女の身体を自然と動かしていた。

 あの日──クラス代表を決める試合の翌日から徹底的に無視される事、約二ヶ月。あの日から彼との関係を改善する為に様々な手段を取ったのだがどれも失敗に終わっていた。

 彼の容態に配慮しつつ、思いつくものあれやこれやと試しても全てが玉砕。しつこさが仇となって『ライム女』という残念なあだ名を付けられる始末。一向に改善の余地は無かったのだ。

 しかし、彼との関係を修復する絶好のチャンスが今やってきた。ここで行動を起こさずどうするというのか。

 行動力の化身と化した彼女はもう止まらない。後方から感じる止まれという雰囲気を無視し足を更に速める。そして、遂に彼の元へ辿り着いた。

 

「あっ、あのっ!!」

 

「……んぅ?」

 

(……! やはり、これはチャンスッッッ!!)

 

 聞こえた第一声は寝惚け声であった。今まではこれでも無視される筈だったのだが、今回は違う様子。好機と判断した彼女は直ぐ様手持ちのバスケットを開け、中身のBLTサンドを一つ彼に差し出す。

 

「や、柳さん。お一つどうぞ……!」

 

「…………」

 

 隆道にしては珍しく彼女に反応し、その光なき目はじっとBLTサンドを見詰めている。少なくとも興味はある様子ではあった。彼女と目を合わせてはいないが、それは些細な問題だ。

 

(くっ……怖じ気づいてはなりませんセシリア・オルコットッ! ここで引いたら……!)

 

 彼女はいったい何と戦っているのか。小一時間問い詰めたくなる様な考えなどつゆ知らずに、彼は未だBLTサンドから目を離してはいない。

 

(お願いします……! どうか……!)

 

 食べ物を差し出すセシリアと座り込んだままの隆道。数秒ほどの時間が経ち、彼はなんとそのBLTサンドを手に取った。

 

「……ん」

 

「あっ……」

 

((((取ったっっっ!?!?!?))))

 

 四人──特に一夏と箒は愕然とした。あのガン無視に定評のある隆道がセシリアを無視せずに、しかも手料理を手に取ったのだ。決してあり得ない事が目の前で起こったのである。

 そして、数秒間ソレを見詰めた彼は遂に──。

 

「……んぐ」

 

 

 

 ──食べた。

 

 

 

 さて、ここで説明しよう。何故、彼はセシリアを無視せずに、しかも差し出されたBLTサンドを食べたのか。

 実は彼、基本的に寝起きが悪い。少なくとも、起きてから数分間は意識が朦朧としている。直ぐに覚醒するのは悪夢を見た時だけだ。

 つまるところ、話し掛けてきた相手を全く認識していなかったのである。一夏との会話は殆ど空返事だったのだ。

 そんな頭がぼんやりした状態で目の前に現れたのが願ってもない食べ物。彼の脳はそれを食べたいという思考で満たされたのであった。

 

 

 

 しかし、その食べ物は所謂マズメシだ。それを知らずに頬張った彼は──。

 

 

 

「ゲボブッ」

 

 

 

 ──誰もが聞いたことの無い声を出した。

 

 

 

 またもや静寂。

 隆道が、セシリアが、一夏が、箒が、鈴音が、シャルルが、その場にいる全員が固まった。

 

((あーっ! ああーーーっっっ!!))

 

 一夏と箒は心の中で激しく叫んだ。あの馬鹿は何て事をしてくれたんだと。そして、それと同時に自分を恥じた。自分が指摘しなかったばかりにこの様な事態を引き起こしてしまったんだと。

 鈴音とシャルルは言わずもがな。表情に出てはいないが心の中で叫んでいるに違いない。

彼が変な声を出し、固まって数秒後。状況は動き始める。

 

「や、柳さん? どう、なさいました……?」

 

「…………」

 

 自分が原因とは思わないセシリアは恐る恐る様子を伺うと、彼は再び口を動かし始める。なんとこの男、吐き出そうともせずにそのまま食べ続けたのだ。

 口を動かし、飲み込んで、また食べて。それを繰り返し、渡されたBLTサンドを食べ終えた彼は最後に溜め息を吐く。そして、ゆっくりと一夏達の方へ目を向けた。

 

「…………」

 

「「「「……! …………!!」」」」

 

 もう、彼等が出来る事は謝る事だけであった。両手を合わせ上半身を必死に折り曲げる四人の姿は言葉に出さなくとも伝えたい事がわかる。

 

「……はあぁ」

 

 伝わったのか、そうでないのか。彼は溜め息を大きく吐きながら立ち上がり、セシリアのバスケットを奪っていく。突然奪われたバスケットに驚く彼女であったが彼は何も言わずにその場から離れ、屋上を出ていった。

 

「んぐ……ゲボッ。……ゴブッ」

 

 

 

 ──BLTサンドを口に運びながら。

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 彼は行ってしまった。投げ捨てるかと思いきや全部持っていくなど誰が予想出来ようか。

 そんな絶句する状況の最中、何も知らずに四人の元へ戻ってくるセシリア。彼女は非常に満足そうな表情をしている。

 

「やりましたわ皆さん!! これは改善の一歩を踏んだのではなくって!?」

 

 無知は罪とはこの事か。ガッツポーズを決め込む彼女はこれを機に手料理を振る舞う事だろう。今後も犠牲者を増やす事だろう。

 

「……セシリア」

 

「はい?」

 

 織斑一夏は誓った。もう、これ以上の犠牲者を出さないと。無知蒙昧(むちもうまい)の英国人を正さねばならぬと決意した。

 

「俺達が悪かった。酷な話なんだけど──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、いらっしゃい。こんな時間に来るなんて珍しいじゃな──ちょっと、どうしたのさ!?」

 

「ん? これってBLTサンド……? ……うわ、甘っ!? 不味っ!? 何これっ!?」

 

「え、ブラックコーヒーを大量に? 直ぐ持って来るから待ってな!」

 

「え? あと紙とペン? なんでさ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くして午後の実習、第四格納庫。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 そこは、異様な光景であった。生徒達は一切の無駄口を叩かずに黙々と機体整備の実習を行っている。午前であれだけ騒いでいた者達とはとても思えない。

 しかし、それも無理の無い話であった。何故ならば、そんな空気を作り出している人物が二人もいるのだから。

 

「ぐすん……」

 

「ぐ……う゛ぅ゛……ぎ……」

 

 その格納庫の片隅には体育座りでメソメソ泣くセシリアが一人。その反対の片隅には苦しそうに唸っている隆道が一人。彼の片手には缶コーヒーが一つ、周りには潰れたスチール缶が大量に転がっていた。

 そう、彼はあのマズメシを全て平らげたのだ。自分が食べなければ彼等が食べると踏んで。一応腹を満たす事は出来たが、代わりに味覚に壮大なダメージを負ったのであった。

 

「……何があった」

 

「あー……そのー……」

 

 その光景を目の当たりにした千冬は一夏に事の詳細を聞き、立ち眩みがしたという。

 

 

 

 

 

 場所は変わり一年一組教室。セシリアの机には空になったバスケットが紙と共に置いてあった。その紙には殴り書きでこう書かれている。

 

 

 

『ご馳走さん。甘い。不味い。二度と食わせんなクソボケライム女』

 

 

 

 セシリア・オルコット。関係改善大失敗。




どこで今回を締め括るのかひっじょーに悩みました。色々考慮した結果、ここまでとなります。
恐らく次回以降ドッカンドッカン逝くでしょう。
それにしても屋上イベントで一万文字は酷い。

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