IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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お待たせしました。

ていうか、書き始めて一年過ぎてんのに全然進んでねえじゃねえか馬鹿野郎。

それに活動報告で書いた『盾』に触れてねえし。展開の関係上無理でした。
代わりに今回、訓練場面にて読者の感想を一部使わせて頂きました。(十ヶ月前のだけども……)
どうかこれで……。

後半辺り描写が駆け足気味です。なのにクソ長いです。

次はまたしても遅れます。モダン・ウォーフェアが作者を待っているから!

最後に。
評価、お気に入り登録してくれた読者の方、本当にありがとうございます。


第三十四話

 時刻は夕方。IS学園の生徒指導室。

 その部屋の中央で二人の男女が対峙していた。青年は真っ白な制服姿、女性は真っ黒なスーツ姿で佇んでおり、互いに表情が険しい。

 

「お前が私を呼ぶとはな……意外だ。何か相談事でもあるのか?」

 

「ああん? なーにが相談事だ、誰が好き好んであんたと二人っきりになるか。こちとら用があるだけだ、余計な話はいらねえ」

 

 青年──隆道が発した最初の一言がこれ。些細な会話すら許さない雰囲気を撒き散らしている。とても教師にする態度とは思えず、まるで反抗期の様な態度だ。

 そんな相変わらずの態度な彼に女性──千冬はお手上げの表情だ。彼女としては気楽に話し合うつもりだったのだが当然の如く失敗、これ以上は無駄と判断し早々に切り上げて本題に移った。

 

「……はあ。用件はなんだ」

 

()()()()()()()()

 

 彼はの放った美少年の名に、彼女の表情は微々たるものだが険しくなった。その変化は極一部しか判別出来ない故に、彼に気づかれる事はない。

 

「奴がどうした」

 

「織斑と同室にしたそうだな。限られた部屋数、男子二人どっちの部屋に入れるか。まあ、あいつは人がいいからな。この辺りは妥当ってか?」

 

「何が言いたい──」

 

「しらばっくれんじゃねえ。あいつは何なんだ」

 

 最後だけドスの効いた言葉。遮る様に放たれたそれは彼女を怯ませる程ではなかったが、つい口を閉ざしてしまった。そんな彼女を畳み掛ける様に彼は言葉を続ける。

 

「報道規制だか知らねえが情報が一切ねえ。既に代表候補生なのも謎だ。女に慣れてるかと思えば俺ら男に対して動揺する、あまりにも怪しすぎんだよ。織斑は同じ男が来た事に喜んで他が見えてねえし、他の馬鹿共は疑ってすらいねえぞ」

 

「お前の言った通りデュノアに関しては報道規制が掛かっている。代表候補については転入させる前にフランス政府が無理矢理押し通したらしい。仕草は……世の中には変わった奴もいるだろう。まあ、あいつらが馬鹿共なのは否定せん」

 

「変わった処じゃねえぞあんなの、着替えの時の動揺なんてどう見ても女のそれだ。……まさか、()()だなんて言わねえよな」

 

「……何を言ってる。奴が男装してるなどそんな馬鹿げた話は無い」

 

 睨み合う両者。それはどちらも譲らぬといった雰囲気であり、他者なら尻込みする程の気迫だ。恐らく誰もが割って入る事は出来ないだろう。

 互いに動かぬ事、約数秒。気迫迫る睨み合いに引き下がったのは彼の方であった。

 

「……そうか。あくまで何もねえ、と。あんたがそう言うなら、そうなんだろうな。んじゃあ話は終わり、もう帰るわ」

 

「そうか。気をつけて帰れ」

 

 彼女の言葉に返事もせず彼は部屋を出ていく。一人残されたその部屋は時計の針が動く音すら聞こえる程に静かであった。扉から目を離さずに立ち留まる彼女はおもむろに携帯を取り出して電話を掛ける。

 

「……ああ、私だ。調査を急いでくれ、柳が既に感づいた。動く可能性があるぞ」

 

『────』

 

「あいつは疑り深いからな、必ず辿り着く筈だ。我々も協力したいが……ボーデヴィッヒや他生徒も何とかせねばならん」

 

『────』

 

「ああ、よろしく頼む。……では、またな」

 

 通話を切って数秒。彼女は何とも言えない表情を出しながら携帯をしまい、腰に手を当てながら小さく溜め息。見るからにお疲れの様子だ。

 そんな疲労が見える彼女が取った行動は──。

 

「……飲むか。今日は許せ」

 

 ──酒に逃げる事であった。

 

 

 

 織斑千冬、二十四歳。お酒、超大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。学生寮のとある一室。

 そこにいるのは一人の少女。机の明かりのみを付けたその部屋で何処かに電話を掛けている。

 

「……ええ、はい。ご安心下さい、この部屋には一切盗聴器も、監視カメラもありません。私の事はノーマークの様です。恐らく、()()()()と他の代表候補生達に目が行っているのでしょう」

 

『────』

 

「はい、今の所は。ですが、恐らく失敗するかと思われます。あの様なお粗末なものでは……」

 

『────』

 

「わかっています、その時は私が。……では」

 

 通話を切り、少女の表情は険しくなる。

 彼女は誰と通話をしていたのか。彼女の目的は何なのか。彼女は──いったい誰なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五日後の土曜。

 IS学園では土曜日の午前は理論学習だけ行い、午後からは自由時間となっている。アリーナ全てが解放され、それによって殆どの生徒達が訓練に勤しんだりするのだ。

 勿論、一夏もこの時間を最大限利用している。基本的な操縦から武装の取り扱い、そして箒達との模擬戦で日々汗水を垂らしていた。人一倍の頑張りを見せる彼は誰が見ても尊敬の念を抱くであろう。爽やか少年ここに極まれり。

 その一方で隆道はというと、訓練はするが一夏の様な頑張りは一切無い。やる事と言えば歩行からの全力疾走、そこから武装の空撃ちをするだけである。模擬戦をする事は絶対に無い。本人がする気がないのは勿論だが、何より機体が危険だという事もある。

 飛行操縦に関しても自らが進んで訓練する事は殆ど無い。飛ぶとしても精々低空飛行、それも欠伸が出そうな程の速度だ。稀に宙に浮く時はあるが、その時は大抵訓練に飽きて寛いでいる。

 全くのやる気ゼロな彼であるが、この五日間何もしなかった訳ではない。一夏の長い説得により授業や放課後で渋々と飛行操縦をした事はある。

 しかし、これがまた酷いものだった。

 ある時は──。

 

『柳ぃっ!! 速度を落とせぇっ!!』

 

『あ、やっべ──だあっ!?』

 

『ああっ……』

 

 急降下からの完全停止が出来ずに地面に大きなクレーターを作り、またある時は──。

 

『こう、ぎゅっとしてドカーンッ! です』

 

『なんだその擬音は……──うぉわっ!?!?』

 

『うわっ……』

 

 瞬時加速直後に体勢を崩して壁に激突し、またある時は──。

 

『織斑先生っ! 柳さんが何か凄い事にっ!!』

 

『うおおおぉぉぉぉっっっ!?!?!?』

 

『え、何ですそれっ!? う、うはははっ!!』

 

 ──その場で高速回転するという謎の荒ぶりを生徒達に披露したりしていた。

 そう、彼は歩行操縦とは反対に飛行操縦が全然駄目駄目だったのだ。『狂犬』や『猛犬』起動時の様な動きは全く出来なかったのである。

 しかし、考えてみて欲しい。システム起動時を除けば今まで浮遊すら出来なかったのだ。浮く事が判明したのが丁度一週間前、飛べると判明したのが二日後の月曜日だ。初心者同然なのも致し方無いのだろう。

 一夏も彼と同様に初心者の域ではあるが、彼と違って成長速度は早く、IS適性値も若干高い。経験だけでなく成長速度も素質も一夏の方が上だ。

 とは言っても、彼は一夏より劣っているという事を全然気にしてはいなかった。こんなもんだと割り切っていたのである。他人に憧れも無ければ嫉妬も無い、それが柳隆道なのだ。

 そんな訳で今日もやる気が正反対の二人。今回利用するのは第三アリーナである。少しでも技術を向上する為に早々と訓練に励む──のだが。

 

「よっと……ふぅ。ところで何ですかこのデカいコンテナは?」

 

「俺の後付武装だとよ。色々持ってきたから試してくれだとか何とか」

 

「……へぇぇぇ」

 

「その顔をやめろ」

 

「一夏……」

 

 満面の笑みを浮かべる一夏と、それをジト目で見やる隆道とシャルル。そんな三人の目の前には高さと幅が約三メートル、長さが約六メートルのコンテナが一台あった。

 格納庫から三人掛かりで引っ張り出したそれは隆道の後付武装を積んだ物。送り主によると以前よりは良い物を揃えているだとか。楽しみ全開な一夏とは反対に彼はしかめっ面、シャルルは苦笑いだ。

 

「まぁまぁ、早速見てみましょうよ」

 

「ったく、他人事だと思いやがってお前は……。取り敢えず……これか?」

 

「あ、はい。そこを操作してください」

 

 キラキラした一夏に呆れながら彼はコンテナのパネルを操作。すると横の扉が開き、そこから勢いよく武装がずらりと飛び出す。それは正に武器庫と呼ぶに相応しい程の膨大な数。

 

「うわ、すげぇっ!」

 

「凄い数……」

 

「何なんだこの量は……戦争でもする気かよ」

 

 基本装備から最新型装備まで選り取り見取り。ロマンの心得がある一夏はこれに大興奮。一足先に近づきそれらを眺めていく。

 

「どれどれ……あ、『豪雨』がありますよ。これ積めば火力増し増しじゃないですか?」

 

「うわぁっ、弾薬もこんなに……」

 

「ブレードも豊富だな。幾つか積んどくか」

 

 次々と武装を見ていく三人。今の所殆どが普通の装備だけでありゲテモノ類は見られない。

 

「あとは……」

 

「? 柳さん?」

 

「────」

 

 ふと、隆道が黙り始めた。疑問を浮かべた一夏とシャルルは彼の方を向くと、それなりに長い近接ブレードを黙って見詰めている。

 

「なあ、シャルル。あの近接ブレードは?」

 

「え? ああ……あれはね、マチェット型の近接ブレードだよ。ショートブレードとかに比べて刀身が柔らかくて折れにくい様に作られてるんだ。と言っても『葵』とかの近接に特化した武器には負けちゃうけどね。リーチも通常の近接ブレードより狭いし……使う人はあまりいないかな」

 

「へぇー」

 

 すらすら述べるシャルルの解説に感心を覚えた一夏。しかし、同時に隆道の様子が少しおかしいことに気づく。マチェットを見詰める彼は目を見開いて微動だにしていないのだ。

 

「……柳さん。柳さんっ!」

 

「──あ? ああ……悪い」

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 声を掛けると彼は元通り。いったいさっきのは何だったのだろうかと疑問を抱いた一夏であったが、様子を見る限り大丈夫そうなので気にしない事にした。

 

「……これは積んどくか。……あん?」

 

 その時、またしても彼は黙った。今度は何だと二人は同時に首を傾ける。

 

「……何だこれ。工具か?」

 

「……ペンチ? ニッパー?」

 

「……ボルトカッター?」

 

 彼が持つのは工具の様な何か。それはペンチやニッパーに見えればボルトカッターにも見える、とても武装とは思えない代物であった。長い柄は折り畳み式になっており、格納出来る様である。

 

「この間みたいな馬鹿みたいにデカいペンチよりは全然マシですね。用途は何です?」

 

「ちょっと待ってろ。あーっと……災害用の工具なんだとさ。開かなくなった扉とか抉じ開けるのに使うようだな。デザインは……ある資料を参考にした……らしい」

 

「ああ、やっぱり工具なんですね。……でも何で武装じゃなくて工具を? ていうか参考も何も、何処かで見た気が──」

 

「止めろ、皆まで言うな」

 

「アッハイ」

 

 隆道は制止し、一夏は押し黙った。それ以上は触れていけない、そんな気がしたのだ。

 このやり取りは何処かデジャブと感じる二人。この流れはマズイ、早速嫌な予感しかしない。

 

「まあ……一応積むか、何かしら役に立つだろ。……ああ、くそったれ」

 

「え、えっと、気を取り直して次行きましょうよ次。ほら、この超大型メイス『狼王』や柱みたいな質量剣『マスブレード』とか──」

 

「はいシャルルアウトォォォッッッ!!」

 

「おいデュノア! それはしまえしまえっ!! つーかどこにあったそんなデカブツッ!!」

 

「うえぇっ!?」

 

 やはりと言うべきか。今回は普通と思いきや、案の定ゲテモノ武装は存在していた。これを送り出した主はいったい何を考えているのか。

 そんな普通から怪物揃いな武装のオンパレードに、三人はぎゃあぎゃあと騒いだのであった。

 

 

 

 

 

 一方その頃──。

 

「楽しそうですわね……」

 

「何よアイツ、あたし達だっているのに……」

 

「駄目だぞ二人共。私だって混ざりたいが、今は男子だけの時間だ」

 

 ──セシリア、鈴音、箒の三人組は彼等を羨ましそうに遠くから眺めていたそうな。

 

 

 

 

 

 一通り武装を試験運用し終わった丁度その頃。一夏は何かを思いついたのか隆道にある提案をしだした。

 

「あ、柳さん。ちょっとだけ『葵』借りていいですかね」

 

「あん? 構わねえけど」

 

「ありがとうございます。……おーい、鈴っ! 模擬戦しようぜ!」

 

 コンテナから『葵』を一本引っ張り出した一夏は遠くにいる鈴音に声を掛けた。今から模擬戦をするらしいが、はたして何をしようというのか。

 

「全く、あたしをほったらかしにするなんて良い度胸じゃない。んで、その近接ブレードはなんなのよ? 二刀流でもする気?」

 

「まぁ見てなって」

 

 模擬戦のスペースを確保して対峙するや否や、一夏はその『葵』を左手に持ち、空いた右手に自身の剣『雪片弐型』を展開した。二刀流なぞ今時珍しくも無い上に、彼自身の機体の特性からして武装はこれ以上積めない。故に、無意味だ。

 

 

 

 しかし、隆道に電流走る──。

 

 

 

「──っ!? 織斑っ! まさかお前っ!!」

 

「ええ、そうです。決めて見せますよ」

 

「馬鹿野郎っ!! そんな事したらっ!!」

 

「……???」

 

 何の事だかわからない鈴音。そんな彼女の前に立つ一夏は突如ニヤリと笑みを浮かべた。両腕を広げ、その両手に持つ二種の刀を垂直に構えると彼の表情は更に変わる。

 

「見てろよ、鈴。これが……! 俺の……!!」

 

 それはまるで相手に勝ち誇った表情。そして、彼は高々に叫び突撃する。

 

 

 

「『ドヤ顔ダブルソード』だぁぁぁっっっ!!」

 

「…………」

 

 

 

 鈴音は激怒した。

 

 

 

 

 

 三十秒後──。

 

 

 

 

 

 辺りは静寂に包まれた。隆道達や付近にいた他の生徒達はある一点を冷めた目で見詰めている。

 

「「「「「…………」」」」」

 

「んーっ! んんーっ!! 抜けねえーっ!!」

 

 綺麗に上半身が埋まり、藻掻いている一夏を。

 

「はー……。ほんっとアンタは馬鹿じゃない?」

 

 これには全員が同意せざるを得なかった。何をするかと思えば只のドヤ顔。鈴音が激怒するのも無理はなかった。

 彼女がした事は、ドヤ顔を決めて突撃してくる一夏に向けて『衝撃砲』の連射。それも、一切の手加減無しである無慈悲な連撃。彼は為す術無しのまま撃たれ続けたのであった。

 

「ったく、何やってんだか……おらよっと」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 見ていられなくなった隆道は今も尚足掻いてる一夏の足を掴み引っこ抜いた。完全な間抜け様を晒した一夏は何処か申し訳なさそうな顔だ。

 

「だいぶボッコボコにされたな。ほらよ」

 

 鈴音の怒濤の攻撃によりエネルギーがガッツリ減った『白式』は装甲の至る所がそれなりに損傷していた。そんな満身創痍と化した機体に三本の『リカバリーショット』を打ち込んでエネルギーを回復。同時に装甲は見る見るうちに元通りになっていく。

 

「おおっ! エネルギーがっ!」

 

「これで大丈夫だろ。補充してくるわ」

 

「あざーっす!!」

 

 エネルギーを補充しに行く隆道の背中に向けて頭を全力で下げる一夏。二人は完全に部活の先輩後輩と化していた。IS学園でこの様なノリは大変貴重なものであろう。少なくとも異性同士ではこんな光景は見られない。

 

「ねえ一夏。僕とも模擬戦しない?」

 

「おう、いいぜ。エネルギーも満タンだしな!」

 

「は、ははは……」

 

 テンションが高い一夏であったが、流石に自重するかと二刀流を止めて模擬戦を開始した。その後も箒達と軽く手合わせ、その度に隆道が回復。当然、対象は一夏、箒、シャルルの三人だけだ。鈴音は言わずもなが、セシリアには例の事件(激甘BLTサンド)の事もあっていつも以上のガン無視であった。

 

 

 

 

 

 模擬戦を繰り返して暫く。

 一夏はシャルルから戦闘に関するレクチャーを受けていた。隆道はエネルギー補充とコンテナの片付けの為、場を離れている。

 

「えとね。一夏が今までオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武装の特性を理解していないからだよ」

 

「そ、そうなのか? 一応わかっているつもりだったんだが……」

 

「うーん、知識として知っているって感じかな。さっき僕と戦った時も殆ど間合いを詰められなかったよね?」

 

「確かに、瞬時加速も読まれてたしな……」

 

 一夏は先程までの模擬戦で、あまり良い戦績を残せなかった。動きを全て読まれ、瞬時加速すら迎撃されたのだ。

 

「一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武装の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の瞬時加速って直線的だから反応出来なくても軌道予測で攻撃出来ちゃうからね」

 

「直線的か……うーん」

 

「あ、でも瞬時加速中はあんまり無理に軌道を変えたりしない方が良いよ。空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷が掛かると、最悪の場合骨折したりするからね」

 

「……なるほど」

 

 一夏はシャルルの言葉をしっかりと聞きながら頭に詰め込んでいった。何せ、シャルルの説明は教員と同様にわかりやすいのだ。彼は感動を覚えざるを得なかった。

 何故、彼はこのような事で感動を覚えたのか。それは彼に操縦を教えていた自称コーチ達のせいであった。その時の言葉がこれだ。

 

『こう……ずばーっとやってから、がきんっ! どかんっ! という感じだ』

 

『なんとなくわかるでしょ? 感覚よ感覚。……はあ? なんでわかんないのよバカ』

 

『防御の時は右半身を斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ』

 

 とても教える気が無い様なレクチャーに一夏は色々な意味で行き詰まり、息詰まっていた。全くわからなかったのである。

 隆道もたった一度だけ渋々と教わった事があったのだが、当然の様に頭を抱え、そして誓った。こいつらからは二度と教わらないと。

 

『おい、篠ノ之。お前、人に教える気あんのか。擬音でわかる訳ねえだろうが。舐めてんのか』

 

『ご、ごめんなさい……』

 

『何がごめんなさいだ。よくそんなんでコーチを名乗れたもんだな、ええ?』

 

『すみません……』

 

『言い方じゃねえよ』

 

 ちなみに、箒には後で説教をしたそうな。

 

「一夏の『白式』は後付武装が無いんだよね?」

 

「ああ。何回か調べて貰ったんだけど拡張領域が空いて無いから量子変換は無理だって言われた。単一仕様能力の方で容量を使ってるんだと思う」

 

「『白式』は第一形態なのにアビリティーがあるっていうだけで物凄い異常事態だよ。前例が全く無いからね。しかも、その能力って織斑先生の──初代『ブリュンヒルデ(世界最強)』が使っていたISと同じだよね?」

 

 かつて、国家代表であった千冬が使っていたISも単一仕様能力を発現させている。それは一夏と同じ『零落白夜』。

 武装も同じ、仕様も同じ。これは偶然なのか、必然なのか。

 

「まあ……姉弟だからとか、そんなもんじゃないのか? それに柳さんの機体だって第一形態だけど単一仕様能力あるんだし……」

 

「ううん。姉弟だからってだけじゃ理由にならないし、IS操縦者との相性も重要……って、え?」

 

「だからさ、柳さんも発現したんだよ。どういう能力かは未だに知らないけど。何故か見せたがらないんだよな」

 

「えぇ……うっそぉー……」

 

 シャルルは唖然としてしまった。本来ならあり得ない現象が隆道にも起きているなど微塵も思っていなかったのだ。今まで不可能と思われていた事が現実になるなど誰が想像するであろうか。

 

(調べた方が良いのかな……。でも、うぅ……)

 

 とは言うものの──。

 

 

 

 ──一夏と隆道では発現した条件が()()()()()事をシャルルは知らない。

 

 

 

 ──尤も、『灰鋼』を調べる事は不可能だ。

 

 

 

 ──誰も知る事は無い。一生。

 

「でもまあ、今は考えても仕方無いだろうし、その事は置いておこうぜ」

 

「あ、うん。それもそうだね。じゃあ、射撃武装の練習をしてみようか。はいこれ」

 

 ──五五口径アサルトライフル『ヴェント』──。

 

「サンキュ。構えは……こうだな?」

 

 一夏はシャルルから渡された射撃武装を借りてその場で構える。その姿は中々に決まっていた。誰かに教えて貰ったのだろう。

 

「へえ、結構良い形なってるね。オルコットさんか誰かから教えて貰ったの?」

 

「セシリアもそうだけど、最初は柳さんが教えてくれたんだ」

 

「柳さんが?」

 

「ああ。構え方とか、立ち方の基本とか。なんか妙に詳しかった」

 

「ミリタリーマニアなのかな? まあ、いっか。センサーリンクはやっぱり見つからない?」

 

 ──『センサーリンク』──。

 

 ハイパーセンサーに備わる機能の一つである。射撃に必要な情報をIS操縦者に送る為に武装とハイパーセンサーを接続、これによって高速戦闘内での射撃をアシストする。これが有ると無いとでは射撃の難易度が劇的に変わってしまうのだ。

 

「やっぱり駄目だ。以前から探しているんだけど見当たらない」

 

 しかし、一夏の『白式』は非常に特殊である。

 彼の機体は文字通りの近接格闘型。射撃に必要なメニューが一つも無かったのだ。本来はある筈のそれが無いのだから高速戦闘での射撃は期待出来ないだろう。

 

「うーん、格闘専用の機体でも普通は入っているんだけど……」

 

「欠陥機らしいからな、これ。ちふ……織斑先生が言ってた」

 

「百パーセント格闘オンリーなんだね。じゃあ、しょうがないからさっきと同じように目測で」

 

「おう。じゃあ、行くぞ」

 

 合図と共に一発の発砲。反動の殆どをISで自動相殺する為に仰け反る事は無いが、やはり慣れていないのか多少なりとも一夏は驚いてしまう。

 

「どう?」

 

「……ああ、やっぱり『速い』っていう感想だ」

 

「そう。速いんだよ。一夏の瞬時加速も速いけど弾丸はその面積が小さい分より速い。だから軌道予測さえ合っていれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になる。一夏は特攻する時に集中しているけど、それでも心の何処かではブレーキが掛かるんだよ」

 

「だから簡単に間合いが開くし、続けて攻撃されるのか……」

 

 一夏はまるで水を吸うスポンジの様にスルスルと頭に入っていくのを感じた。だから射撃兵装を持つセシリアや鈴音とは一方的な展開になるのだと。

 

「あ、そのまま続けて。弾は使い切って良いよ」

 

「おう、サンキュ」

 

 単発射撃(セミオート)制限点射(三点バースト)連射(フルオート)と一夏は空撃ちを続ける。全身へ僅かに伝わる衝撃を感じながら、今後は間合いをどう詰めるべきかを考えていた。

 

「そういえば、シャルルのISってリヴァイヴなんだよな? 山田先生が操縦していたのとだいぶ違うように見えるんだが……」

 

「僕のは専用機だからかなり弄ってあるよ。この子の正式な名前は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。基本装備を幾つか外して、その上で拡張領域を倍にしてある」

 

 ──第二世代全距離対応万能型IS『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』──。

 

 これがシャルルの機体。オレンジカラーのそれは細部が既存のラファールと異なっていた。

 背中に背負う一対の推進翼は中央部分から二つに分かれており、装甲はより小さくシェイプアップ。ウェポンラックとしてのリアスカートも装備され、そこにも小型の推進翼が付いている。恐らく姿勢制御に使われるものであろう。

 そして何より、本来ある筈の物理シールド四枚は全て無く、代わりにシールドと一体化した腕部装甲が確認出来る。正しくカスタムと呼ぶに相応しい機体だ。

 

「倍!? そりゃまた凄いな……ちょっと分けて欲しいくらいだ」

 

「あはは。あげられたら良いんだけどね。そんなカスタム機だから今量子変換してある装備だけでも二十くらいあるよ」

 

「うーん、ちょっとした武器庫みたいだな」

 

 実際の所、全てがISの兵装なのだからちょっと処ではない。誇張でも何でもなく重戦車数百輌分の火力を保有している事になる。

 しかし、ISに積む装備は基本装備を除いて普通は五つ、多くても八つだ。ウェポンラックに備えたとしても全て同時には使えず、何より展開に生じるウェイトがある。多く量子変換していてもさほど意味は無い。

 シャルルはそれをわかった上でこのカスタム仕様にしている。何かしらの特殊な技能があるのだろうと一夏は踏んだ。

 と、そんなレクチャーの最中。

 

「ねえ、ちょっとアレ……」

 

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

 

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 

 急にざわつく周囲。最初こそ無視していた一夏であったが、『ヴェント』を撃ち切った辺りで注目の的に目を向ける。

 

「…………」

 

 そこに佇むのはもう一人の転入生、ドイツ代表候補生──ラウラ・ボーデヴィッヒ。転入その日からクラスの生徒達とつるむ処か会話すらしない近寄りがたい存在。

 当然、一夏も会話した事は無い。誰がいきなり平手打ちを仕掛けてきた相手と会話を試みようもするのだろうか。

 そんな訳で此方から話し掛ける事など少しも無いのだが──それは向こうからやって来た。

 

「おい」

 

「……なんだよ」

 

 オープン・チャンネルからの声。名指しされた訳ではないがどう考えても自分に向けたものだと一夏は表情が険しくなる。気が進まないが無視する訳にもいかない為に取り敢えず返事を返すと、漆黒の機体を纏う彼女はゆっくりと飛翔してきた。

 

「私と戦え、織斑一夏」

 

「嫌だ。理由がねえよ」

 

「貴様には無くても私にはある」

 

「…………」

 

「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成し得ただろう事は容易に想像出来る。だから、貴様を──貴様の存在を認めない」

 

 彼女から感じるのは『憎悪』。目付きは次第に鋭くなり、それは容赦無く彼に向けられる。

 彼は彼女の放つ言葉の意味を理解していた。

 

 

 

 それは彼にとって最も思い出したくない記憶。忘れられない忌々しい出来事。

 

 

 

 

 しかし、それとこれは関係が無い。彼女と戦う理由には決してならない。何より、彼自身やる気が全く無い。

 

「また今度な」

 

「ふん。ならば──」

 

 言うが早いか、機体を戦闘状態へシフトさせる彼女。そしてそのまま──。

 

「──戦わざるを得ない様にしてやる!」

 

 ──彼に向けて右肩の大型大砲を放った。

 

「!」

 

「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようなんて、ドイツの人は随分沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

 

「貴様……」

 

 しかし、その砲弾が彼に当たる事は無かった。

 横合いから割り込んできたシャルルのシールドによって弾かれたのだ。そして、同時に右腕にはいつの間にか展開していた射撃武装を彼女に向けている。

 

「フランスの第二世代型(アンティーク)如きで私の前に立ち塞がるとはな」

 

「未だに量産化の目処が立たない第三世代型(ルーキー)よりは動けるだろうからね」

 

 一触即発。涼しい顔をした睨み合いをする両者は直ぐ戦闘態勢に入れる様に身構える──が。

 

『そこの生徒! 何をやっている!』

 

「……ふん。今日は引こう」

 

 スピーカーから響く教員の声によって興が削がれたのか、彼女はあっさりと戦闘態勢を解除。そのままゲートへ去っていく。ゲート先では恐らく教員が怒り心頭であろう。

 

「一夏、大丈夫?」

 

「あ、ああ。助かったよ」

 

 数秒前まで彼女と対峙していたシャルルはいつもの様な顔であった。先程までの鋭い眼差しは既に無い。

 そんな張り詰めた空気が次第に緩和されていく中で、場を離れていた隆道が漸く現れた。

 

「何やってんだお前等。何か騒がしかったが」

 

「ああ、お帰りなさい。ま、まあ、ちょっと」

 

「……? まあ、いいわ。つーか、もう四時過ぎてんぞ。いつまでやってんだ」

 

「ああ、もう閉館時間ですか。じゃあ一夏、もうあがろっか」

 

「おう、そうだな。あ、銃サンキュ」

 

 取り敢えずトラブルは去った。もしも、あの場に隆道がいたらどうなっていた事か。そんなIFを想像しながら一夏はシャルルに銃を返し、全員はアリーナを後にする。

 が、しかし──。

 

「えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」

 

 男子二人に先に着替えるようシャルルは促す。

 そう、彼はとにかく二人と一緒に着替えをしたがらないのだ。と言うより、訓練後は一緒に着替えをした事が無い。転入初日の着替え一回きりだけだ。以降は前もってISスーツを着ているか、いち早く着替え終わっているか。一夏はこれがよくわからなかった。

 部屋にいる時もそうであった。彼は訓練時とは違って何故かぎこちない態度になるのだ。せっかくのルームメイトで男同士なのだから、ここは親睦を深めるべきだと一夏は行動に移る。つまり──。

 

「たまには一緒に着替えようぜ」

 

「い、イヤ」

 

「つれないことを言うなよ」

 

 ──説得である。

 端から見れば勘違いしてしまう物凄い会話だ。腐っている女性からすれば堪らないホモホモしいやり取りなのだが、一般からすれば気持ち悪い。

 そんな織斑一夏ならぬホモ斑一夏はシャルルの断りをブチ破って迫真に迫る。

 

「つれないっていうか、どうして一夏は僕と着替えたいの?」

 

「というかどうしてシャルルは俺達と着替えたがらないんだ?」

 

「その、は、恥ずかしいから……」

 

「慣れれば大丈夫。さあ、一緒に着替えようぜ」

 

「いや、えっと、えーと……」

 

 怒濤の説得を繰り出す一夏は止まらない。完全に押され気味のシャルルはどうすればいいかわからず、視線は宙を彷徨ってしまっていた。

 

「なあ、シャル──」

 

「はいはい、アンタはさっさと着替えに行きなさい。引き際を知らない奴は友達失くすわよ。それに、あの人先に行ってるけど」

 

「ぐえ。わ、わかった、わかったから。じゃあ先行ってるぞ」

 

「あ、うん」

 

 鈴音の助けにより事なきを得たシャルル一夏はゲートに向かっていき、他の皆もぞろぞろと離れていく。その場に残るのは彼一人だけ。

 

「……あ」

 

 ゲートに視線を向けると、そこには隆道が腕を組んで佇んでいた。一夏を待っていたのだろう。

 

「…………」

 

 ふと、気になってしまった。隆道は一切模擬戦をしない為、『灰鋼』のデータは全く無い。今までは別に気にも留めなかったが、次第に好奇心が生まれていく。

 故に、彼の機体をハイパーセンサーで捉えて検索を掛けた。

 

 

 

 ──その瞬間。

 

 

 

 ──検索対象から『A.S.H』の起動を感知。検索の阻害を確認──。

 

 ──検索を強制中断。検索不可能──。

 

「──えっ?」

 

 ──強制中断により非限定情報共有(シェアリング)から検索を実行──。

 

 ──非限定情報共有の拒否を確認──。

 

 ──警告。『○一九』より不正規接続──。

 

 ──……不正規接続の終了を確認──。

 

 ──記録、削除──。

 

「???」

 

 シャルルは何が起こったのかわからなかった。突如と検索が中断され、その直後画面に出たのは見た事も無い表示。ログを見直そうにも全て削除済みであり、確認すら出来なかった。

 

「……何だったんだろう」

 

 調べようにも、消えてしまったものを見る事は出来ない。疑問に満たされながら彼等がアリーナを出る直前まで待ってISを解除。一人更衣室へと向かう。

 

「…………はぁっ」

 

 彼の表情は何処か暗く、酷く落ち込んでいる様子であった。今まで我慢していたのか、無意識に出た溜め息はとても深い。まるで大きな悩みを抱えているかの様に。

 

「こんな事……したくないのに……」

 

 その言葉の意味は何なのか、それを知るのは彼だけだ。周囲を見渡しながら更衣室へと進み、到着するなり扉を開けて恐る恐る中に入る。

 

「……いない、ね」

 

 よく目を凝らしても、耳を澄ませても、更衣室には誰もいない。機体を解除する直前に位置座標も確認した、誰もいる筈がないのだ。またしても『灰鋼』だけ位置が特定出来なかったが、それよりも着替えを優先したかった。

 

「ふぅ……さて、さっさと着替え──」

 

 ここまで来れば後は着替えるだけ。ロッカーへ向かうべく足を伸ばした所で──。

 

 

 

 

 

「また一人寂しく着替えか。大変だな」

 

 

 

 

 

 ──彼の息は、止まった。

 

「──っ!?」

 

 突然の声に心臓が飛び跳ねる様な感覚を覚えたシャルルは即座に振り向く。

 

「──がっ!?」

 

 しかし、出来たのはそれだけ。振り向いたと同時に胸倉を掴まれ、そのままロッカーに叩き付けられてしまう。

 シャルルを掴む者の正体は──。

 

「あっ、うっ……」

 

「前々から怪しいと思ってたんだよ、お前は」

 

 ──鋭い目付きをした隆道であった。

 

「な、何で……」

 

「何で、だと? それはお前がよくわかってるんじゃ……──」

 

「ぐっ……!」

 

「──ねえのかあっっっ!!」

 

「あぁっ!?」

 

 彼はシャルルを片手ながらもいとも簡単に持ち上げ、遠くに投げ飛ばす。軽々しく投げられたシャルルはそのまま壁に叩き付けられた。

 その凄まじい衝撃によって肺の空気は全て吐き出され、同時に目眩を起こす。

 

「うぅっ、ゲホッ……」

 

「ったく、ブリュンヒルデめ。なーにが馬鹿な話は無いだ、俺等に隠してやがったな……」

 

「な、にを……」

 

「しらばっくれるつもりか、シャルルデュノア。……いや、()()()()()()デュノア」

 

「──!?!?!?」

 

 彼が放った言葉は、シャルルの思考を停止させるのには充分であった。

 

 

 

 何せ、『シャルロット』こそが彼の──いや、()()の本名なのだから。

 

 

 

 そう、シャルル──もといシャルロットは男性ではない。

 

 

 

 ──女性である。

 

 

 

 完全に素性がバレてしまったシャルロット。そんな固まる彼女を置いて、彼は言葉を続ける。

 

「昨日までの五日間、お前を探ってたんだよ。何か俺等に仕出かすんじゃねえかってな。けどよ、なーんもしねえから考え過ぎかと思ってたんだが……ついさっきコイツが情報をな」

 

 そう言って彼は首輪──『灰鋼』を叩く。彼女はその意味を理解出来なかった。しかし、数秒後に気づく。気づいてしまう。

 

(もしかして……!?)

 

 彼女はその答えに辿り着いた。彼が言った言葉と首輪を叩く動作。そこから導き出される結論は一つしかない。

 

(僕が……調べようとしたから……?)

 

 彼の機体に検索を掛けた直後に一瞬だけ並んだ数々の表示。それがもし、自分自身の情報を見られた記録だとしたら。

 

(は、はは……墓穴を掘ったって、事かな……)

 

 絶望。自身の秘密を、しかも最悪な事に女性に不信を抱く彼に知られてしまった。最早言い訳は通用しない。

 

「……言い訳は、ねえようだな」

 

「…………」

 

「さて、このまま放っておく訳にはいかねえな。男装してまで俺達に近づいた理由は知らねえが、ただじゃおかねえ。どうしてくれ──」

 

「……ひっぐ」

 

「──あん?」

 

 もう、彼女は限界であった。それは彼に暴力を受けた事による痛みではない。

 

 

 

 心が痛かった。人を騙すという行為が。

 

 

 

 決して自ら志願した訳ではない。しかし、自身に選ぶ権利など無かった。それしか道が無いと。

 だが、それももう終わりだ。自分は間違いなく捕まる、もう人を騙す事は無いのだと。

 張り詰めたままであった心は緩みに緩み、そして遂に──。

 

「……あああああぁぁぁぁぁ」

 

 

 

 ──決壊した。

 

 

 

「っ……」

 

「あああ、あああああぁぁぁぁぁ」

 

 部屋内に響く泣き叫び。彼の目の前で大粒の涙を流し続けるその姿は年相応の女の子であった。そこには普段の堂々とした雰囲気の中にある儚げな印象は一切存在しなかった。

 しかし、号泣する彼女の目の前にいるのはあの隆道だ。涙は女の武器と認識しており、女性とISを敵と認識している人間。当然、彼にそんなものは通用しない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ──通用しない、筈であった。

 

「ひっぐ……うぅ……」

 

「…………」

 

 彼女が泣き崩れて数十秒、彼はその場から動かずに黙ってそれを見続けている。そして、次に彼が取った行動は──。

 

「……くそったれが」

 

 ──その場から逃げる様に去る事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、終わった終わった」

 

 一年生寮の廊下。一夏はアリーナを出る直前に真耶からの連絡により隆道と別行動、先程まで職員室で『白式』に関する書類を書いていた。書類に名前を書くだけという簡単な作業ではあったが、面倒な事には変わらない。

 

「早く大浴場入りたいなぁ」

 

 書類とは別に知らされた連絡。それは今月下旬から大浴場が使えるようになるとの事であった。彼にとってかなり重要な内容であり、感激のあまり彼女の手を取ってしまった程だ。

 これならば男子同士との親睦も深められる筈、彼はそう信じていた。

 

「ただいまー。ってあれ? いないな」

 

 先に帰ってるかと思えばもぬけの殻。しかし、そう思ったのもつかの間、直ぐにシャワー室から響く水音に気づく。

 

(ああ、シャワー中なのか)

 

 と、ここで彼は思い出す。確か昨日、ボディーソープが切れていた事に。

 

(届けるか。脱衣所に置いて声を掛けておこう)

 

 思い立ったが吉日。直ぐ様にボディーソープを届けるべく脱衣所兼洗面所へ入る一夏。そして、同時にシャワールームの扉が開く。

 

「ああ、丁度良かった。これ、替えの──」

 

「い、い、いち……か……?」

 

「へ……?」

 

 そこには、目を真っ赤に腫らした女子がいた。




本当は初日バレをしたかったのですが、そうなると色々と面倒になるのでこういった形になりました。ですが、ここから先はシャルロット編に追加要素を入れてます。
 前書き通り次回も遅れること間違いなしですが、気長にお待ちください。

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