正直、シャルロットの件を文章にするのクッソダルかったです。頭の悪い作者にはこれが限界。 一夏とシャルロットのくだりが半分以上テンプレなのはお許しを。
そして今回も案の定、文字数一万超えの癖にあまり進みません。 文章上手くなりたいです。
ISが広まって六年。ドイツで事件が起きた。
──第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』──。
三年に一度行われる、アラスカ条約の参加国を中心に行われるIS対戦の世界大会。その二回目にて、日本国家代表であり初代優勝者である千冬は当然の如く参加。各国の代表を蹴散らし、見事決勝戦にまで登り詰めた。
圧倒的強さを誇る初代ブリュンヒルデ、それが二連覇を果たす。誰しもが彼女の優勝を確信し、そして期待していた。
──しかし、それは叶わぬ事となる。
決勝戦当日、彼女の弟──一夏は突如謎の組織に誘拐される。護衛の目を欺き、彼は拉致監禁されてしまった。
決勝戦会場から報せを受けた彼女は、決勝戦に目もくれず彼の救出に向かった。掴めたであろう栄光を捨て、たった一人の弟を選んだのだ。
彼女は文字通り飛んで行き、彼を無傷で救出する。しかし、決勝戦は棄権の為に不戦敗。大会二連覇を果たすことは出来ず、決勝戦棄権は大きな騒動を生んだ。尚、この事件は様々なバッシングを避ける為に世間的には一切公表されていない。
IS委員会はこれを機に『モンド・グロッソ』の開催時期、場所、警備等を見直し。次回の大会は令和五年以降になった。
そして、事件のその後。彼女は事件発生時に独自の情報網から彼の監禁場所に関する情報を入手し、与えてくれたドイツ軍に『借り』を返す為に一年間ドイツ軍IS部隊で教官を務める。
彼女にとって、たとえ世界最強と呼ばれようと──いや、そう呼ばれる立場になった事で身内を危険に晒した事はかなりの負い目だ。故に、世界最強の称号『ブリュンヒルデ』を忌避するようになる。彼女にとってこの称号は、名誉であると同時に恥辱でもあった。
そして──負い目を感じているのは彼女だけではない。一夏もまた負い目を感じていた。
自分が誘拐されなければ、自分が迷惑を掛けなければこんなことにはならなかった。それは四年経った今でも彼の頭にこびり付いている。
──織斑一夏は許せない。
──あの日の、自分自身の無力さを。
時刻は夜に差し掛かる頃、一夏の自室。
「「…………」」
制服姿の一夏とスポーツジャージ姿で目を赤く腫らしたシャルル──もといシャルロットは互いのベッドに腰掛けて向かい合い、視線はそれぞれさ迷ったまま無言の時を小一時間過ごしていた。彼女は完全に縮こまっており、向こうから声を掛ける事は無いだろう。しかし、これでは埒が明かない。
「あー、その……」
「……っ!」
「お茶でも飲むか?」
「う、うん。貰おうかな……」
彼は取り敢えず、飲み物を出す事にした。その方が話しやすいと思ったからだ。無言を貫かれると思ってはいたが、彼女もその方が話しやすいと思っていたのだろう。ここにきて初めて意見の合致をした二人であった。
「「…………」」
暫くして、湯飲みを受け取った彼女は一口とお茶を口にする。彼も同じように一口と喉を潤し、話を切り出す。
「なんで……男のフリなんかしてたんだ?」
「それは、その……実家の方からそうしろって、言われて」
「うん? 実家っていうと、デュノア社の──」
「そう。僕の父がそこの社長。その人から直接の命令なんだよ」
次第に表情が曇り出す彼女。特に実家の話をし始めてから何処か様子がおかしい。
「命令って……親だろう? なんでそんな──」
「僕はね、一夏。愛人の子なんだよ」
「────」
絶句、彼は言葉を失った。『愛人の子』、その意味を知らないほど彼は世間知らずではない。
そんな固まる彼を余所に、彼女は淡々と言葉を続ける。
「引き取られたのが二年前。丁度お母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。それで色々と検査する過程でIS適性値が高い事がわかって、非公式ではあったけどデュノア社のテストパイロットをやる事になってね」
表情を見るからに言いたくはないであろう話を健気に喋り続ける彼女。それは、彼にとってかなり痛々しいものであった。
「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」
「え? だってデュノア社って量産機ISシェアが世界第三位だろ?」
「そうだけど、結局リヴァイヴは第二世代なんだよ。ISの開発っていうのは物凄くお金が掛かるんだ」
ほぼ全ての企業は国からの支援により成り立っている所ばかりである。デュノア社もそれは例外ではない。
そして、フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されている。国防の為もあるが、資本力で負けている国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨な事になるのは明白だ。
『現在、欧州連合では第三次イグニッション・プランの次期主力機の選定中なのですわ。今のところトライアルに参加しているのはイギリス、ドイツ、イタリアの三ヵ国。今のところイギリスがリードしていますが、まだ難しい状況……。その為の実稼働データを取る為に、わたくしがIS学園に送られましたの』
彼は思い出していた。セシリアがいくつか説明していた事を。恐らく、専用機を持つ代表候補生の全員がその辺りの事情を持っているのだろう。ドイツから転入してきたラウラもその筈だ。
「話を戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発してたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、中々形にならなかったんだよ。それで、政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れに……」
「……ああ、なんとなく話はわかった。じゃあ、男装は──」
「簡単だよ。同じ男子なら特異ケースと接触しやすい。可能であれば──」
「俺と柳さん、そして機体のデータを取れるだろう……か」
「ご名答。そう、『白式』と『灰鋼』のデータを盗んでこいって言われているんだよ。僕は、あの人にね」
話を聞く限りでは、彼女の父親は実の娘を利用しているようにしか感じられなかった。偶々IS適性値があった、なら使おうと。それは話を聞いた彼よりも、彼女自身が良く理解している。
だから、彼女は父親を他人行儀に話す。あれは父親ではなく、他人。明確に区別する為に。
「とまあ、そんなところかな。柳さんにもバレちゃってるし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ……潰れるか他企業の傘下に入るか。どの道今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」
「……柳さんにもバレたのか」
「うん。一夏がアリーナを離れて直ぐに、かな。人ってあんな簡単に投げ飛ばせるんだね、凄く痛かったなぁ。……ああ、なんだか話したら楽になったよ、聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘をついてゴメン。ああ、柳さんにもゴメンって伝えておいてよ。多分、僕じゃ話すら聞いて貰えないだろうから」
深々と頭を下げる彼女を見た一夏は──心の奥にしまっていた感情が遂に爆発した。気がつけば彼女の肩を掴み無理矢理顔を上げさせる。
「……いいのか、それで」
「え……?」
「それでいいのかよ……。良い筈無いだろ。親が何だっていうんだ。どうして親だからってだけで子供の自由を奪う権利があるんだ。おかしいだろ、そんなものは!」
「い、一夏……?」
彼女は彼の変わり様に戸惑いと怯えを感じていた。彼自身も彼女の表情を見てそれを感じ取っていたが、言葉が止まらない。
「親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ。でも、だからって親が子供に何してもいいなんて、そんな……そんな馬鹿な話があってたまるか! 生き方を選ぶ権利は誰だってあるはずだ。それを、親なんかに邪魔されるいわれなんて無い筈だ!」
彼は叫びながら気づく。これは、彼女の事を言っているのではない。
自分自身の事を言っているのだ。自分を育ててくれた姉を、千冬を思うが故の。
「ど、どうしたの? 一夏、変だよ?」
「あ、ああ……悪い。つい熱くなってしまって」
「いいけど……本当にどうしたの?」
「俺は──俺と千冬姉は両親に捨てられたから」
「あ……」
そう、織斑姉弟は『両親不在』なのだ。自分達は幼い頃に捨てられた、彼はそう認識している。
彼女はそれについて資料で知ってはいたがその意味までは知らなかった。故に、申し訳なさそうに顔を伏せる。
「その……ゴメン」
「気にしなくていい。俺の家族は千冬姉だけだ、別に親に今更会いたいとも思わない。それより、シャルルはこれからどうするんだよ?」
「どうって……時間の問題じゃないかな。フランス政府も事の真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補生を降ろされて、牢屋とかじゃないかな」
そう言って見せた彼女の微笑みは、痛々しいものであった。それは絶望を通り越した諦観。
彼は彼女にそんな悲しい表情をさせるあらゆる存在が許せなかった。認めたくはないが、一人では何も出来ない自分に腹が立つ。
「それでいいのか?」
「良いも悪いも無いよ。僕には選ぶ権利が無いから、仕方がないよ」
彼も、彼女も知らない。
フランス政府の一部は事の真相を知っている。
そして、IS学園も彼女の素性を知っている。
彼女が牢屋に行くことは無い。決して。
何故ならば、IS学園には既に
彼女の行く先は──。
「……あれ?」
「? どうしたの?」
彼はここで引っ掛かりを覚えた。それは彼女の話を聞く事に専念していた故に考えなかった事。
「柳さんにバレたのは俺がアリーナから出て直ぐだったよな?」
「う、うん」
「だったら、何で何も起こらないんだ? あの人の事だから何かしらのアクションを起こす筈だ。報告とか、ここに直接乗り込んで来るとか。というか、今こうやって無事なのがおかしい」
「……あ」
彼女はそういえばと気づく。泣き止んだ頃にはいつの間にかいなくなっていたのだ。された事と言えばロッカーに叩き付けられ投げ飛ばされただけ。それ以上の事はされていない。何か言っていた気がするが、いまいち覚えてはいなかった。
「……ちょっと出掛けてくる。ここにいてくれ」
「ど、何処に行くの? もう、僕には──」
「……特記事項第二十一」
「……!」
「どうしたいのか……それを決めるのはシャルル自身だ。だけど、そんな顔を見たら友人として放っておけない」
彼は、自分が捻り出した唯一の案を提示した。彼女をここに留まらせるべく。だが、これは所詮眉唾物だ。簡単に破られるであろう。もしかしたら既に手遅れかもしれない。
これからの行動に意味は無いのかもしれない。だとしても、ここで自分が動かなければ一生後悔する、その思いだけが彼を動かす。
「……あ、待って!」
「へ?」
「……実は、柳さんには本名もバレているんだ、一夏にも教えておこうってね。僕の名前はシャルロット。シャルルじゃなくて、シャルロット」
「それが本当の……?」
「そう。お母さんがくれた、本当の名前」
そう言って微笑む彼女。目の周りも赤く、今にも崩れそうなその表情は彼の胸を締め付ける。
彼女にその様な笑顔は似合わない。一人の友人として何とかせねばと、彼はそう誓った。
「わかった。──シャルロット」
時間は少し遡り、隆道の自室。
「スゥー…………」
その部屋でたった一人の隆道は机に突っ伏し、全く微動だにしていなかった。自身の右腕に巻き付けてある古びた首輪の匂いを嗅ぎ、何処か思いに拭けている様子だ。
「…………」
彼の頭は更衣室での出来事──というより一人の少女、シャルロットの事で満たされていた。彼女の泣いた表情は今も尚、彼のまぶたの裏に焼き付いている。
「くそったれ……」
彼処で締め上げるつもりだった。今までの敵と同様、二度と外に出られない程に懲らしめるつもりだった。害を成す者の徹底的排除、それが自身の確立したやり方なのだから。
──しかし、彼女にはそれが出来なかった。
今まで追い詰めた女性に泣かれた事はあった。だがそれは、どれも保身の為に命乞いをする醜い啜り泣き。今まで他の人間を地獄に追い詰めた癖に、いざ自分にそれが降り掛かるとまるで豚の様に助けを乞う醜い畜生共。
勿論、そんな反吐が出る女性の言葉など聞きもしなかった。ある時は刃物等で顔面を切り刻み、またある時は散弾銃で手足を吹き飛ばす等の悪行の限りを尽くしたのだ。今更怖じ気付く事など決して無い。
「……似ていたな」
思い出すのは光乃と接する様になって暫くした頃。二人で買い出しに出掛けていた時に、公園で泣いている一人の女の子を。
『……なんで一人で泣いてんだ。親はどうした』
『ぐず……ぐし……』
『……言いたくないなら、それでいいさ。アメ、食べるか?』
『……ありがど』
『ん。ほら、もう暗くなるぞ。早く家に帰──』
『いないの……』
『あん?』
『お父さん、まだ仕事から帰って来ないの……。お母さんに、捨て、捨て゛られで……、男なんかい゛らないって……。お父さんど、離れだぐないって言ったら……彩も、いら゛な……う゛ぅ……ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!』
『っ……』
『わ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……!!』
それは頼りになる人間もすがる相手もいない、一人じゃどうしようもなくなってしまった人間がしてしまう感情の爆発。その女の子──彩は枯れ果ててしまいそうな程に涙を流した。
『……家に来るか?』
『ぐし……知らない人には付いていくなって』
『はんっ。なんだ、しっかりしてんじゃねえか。……ならこうしよう。親父さんが帰って来るまでここでお話でもするか』
それを目の当たりにした彼は──その女の子に手を差し伸べた。中学の事件以降女性不信となってしまった彼にとってそれは初めての事である。
女の子と彼女がダブって見えたのだ。それが彼の行動に待ったを掛けた。
精神的に弱った人間は脆く、砕け易く、そして崩れ易い。彼はそれをよく理解している。
発破を掛ける者もいるだろう。敢えて突き放す者もいるだろう。だが、それは人によりけりだ。プラスのつもりがマイナスとなり、何れそういう人間は必ず壊れる。どうしようもない程に。
「俺にどうしろってんだよ……」
結局、自分がした事はその場から逃げただけ。根本的な解決になってはいない。
彼女の側には一夏がいる。害を成されるその前に此方から動くべきなのだが、どうもその気になれない。心の何処かで彼女は危険ではないと。
IS学園は彼女の素性を把握しているのだろう、報告した所で無意味だ。そうでないならばここのセキュリティを疑ってしまう。男装してるなんて知りませんでしたでは目も当てられない。
そもそも、危険人物であるならば男性操縦者と一緒の部屋にさせるだろうか。そこまでIS学園は馬鹿ではないだろう。何か別の理由がある筈だ。
「……お?」
ふと、扉をノックする音が聞こえた。
一夏達が来るのは必ず夕食後だ、この時間帯に来るのは非常に珍しいと感じていた。
腰を上げようとしたところ、ここで一つの可能性が浮かぶ。もし、シャルロットの男装が一夏にも知れ渡り、その事で相談に来たとするならば。
一瞬だけ思い止まり、腰を上げて扉へ向かう。何食わぬ顔で扉を開けると──。
「……どうも」
「ん」
──扉の先には一夏が一人。その表情はとても真剣で厳かな雰囲気だ。
「一人か。この時間に来るなんて珍しいな」
「相談があります」
「……デュノアの事だろ」
「……! ……はい」
一夏は面食らった様な顔をしたがそれも一瞬、直ぐに表情を真剣そのものに変える。そこにはいつもの爽やか少年はいなかった。
やはりシャルロット絡みかと彼は次第に表情が険しくなる。関わるべきではないのだが──。
「話、長くなるんだろ? 先に飯食って来い」
「……突っぱねられると思ったんですがね」
「織斑。お前よ、四月に言った事忘れてねえか。困ったら相談にのってくれってよ」
「? ……あ」
既に知ってしまったのだ。一夏と同様に自分も向き合わねばと、彼は決意を固めた。
「俺は言った筈だ。……このくそったれな先輩に任せておけってな」
夕食を終えた後、隆道の自室。
隆道と一夏の二人は椅子に座り互いに向き合っている。両者とも真剣な顔付きで、そこにはいつものふざけあった雰囲気は微塵とも存在しない。
シャルロットは一夏の部屋で待機だ。本来ならば当の本人も加えるべきなのだろうが、隆道とのいざこざから間もない。今は接触を避けるべきだと一夏は考えていた。
「……機体データを盗めと命令、ね。デュノア社も随分思い切った事するんだな、最高かよおい。そんなに男のデータが欲しいのかくそったれが」
「説明しといてなんですけど、正直疑われるかと思ってました。簡単に信用するなって」
「今疑ったって意味ねえだろ。この一週間で俺もお前も何もされてねえんだから取り敢えずだ」
一夏は彼に彼女の事を大まかに説明していた。家庭事情──愛人の子だという事を除いて。今回の問題に関係が無い事を言っても仕方が無いし、何よりこんな話は身内でない自分の口から言う事ではない。言いふらすなど以ての外だ。
「……さっき言ってた特記事項だったか? よく覚えてたな。俺なんか全く覚えてねえのによ」
「……勤勉なんですよ、俺は」
「はんっ、間違いねえな」
──特記事項第二十一──。
『本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』
これはいかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約。一夏はこれで彼女を留まらせる策とした。
しかし、この効果は薄いであろう。何せ、この規約は半ば有名無実化しているのが実情だ。全く干渉されない訳ではないのである。
「けどよ……これはあくまで『原則』だ。多少の効果はあるだろうが……」
「代表候補生、専用機持ち、男装、未遂とはいえスパイ行為。フランスに帰される事は間違い無いですね……はぁ」
「本人も馬鹿じゃねえんだから理解してるだろ。つーか、ガキの俺達が考える事じゃねえって……頭から煙出ちまう。はあー、吸いてえー」
「ですよねぇ。……え? 吸いてえ?」
彼はこんな時こそ煙草が欲しい、そう思わずにいられない程に参っていた。このような事は大人がするものだ、何故自分達がこんな頭を悩ませなければならないのかと苛立ちが募ってくる。
「はあ。んで……俺はあいつの事を黙っておく、それと何もしない。これで良いんだな」
「ええ、そうしてくれると助かります。明日辺り千冬姉にも相談するつもりなんで」
「……つーか向こうは知ってるぞ。間違いなく」
「……へぇ?」
一夏は思わず変な声を出してしまった。言葉の意味が理解できなかったのか目を丸くしている。
「だからよ、向こうは知ってるっつーの。よーく考えてみろ、IS学園があいつの男装を知らないとでも思うか? 知らなかったら間抜けにも程があんぞ。お前の姉はそんな間抜けな奴か?」
「…………」
一夏の思考は停止した。先程まで高速回転させていた一夏ブレインが急停止してしまったのだ。
そこからの考え込む様な素振り、暫く経って彼を一目見た後──ついに項垂れる。
「俺は間抜けだぁ……」
「……まあ、数少ない男性操縦者の登場で周りが見えなかったのは確かだな。疑ってなけりゃ俺も同じ間抜けだったかもな。それにまだマシだぞ、同じ女にキャアキャア騒いでる馬鹿共よりは」
「フォローしてるんですか、それ……?」
とは言うものの、一夏はほんの少しだけ安心感に包まれた。教員が味方につかなければそれこそどうしようかと考えていたのだから。
と、そこで一夏に一つの疑問が浮かぶ。
「……んん? なんでシャルロットの事、俺達に教えてくれなかったんですかね」
「そう、そこなんだよ。何故知らせなかったのかが謎だ。あいつがスパイと探ってた? いいや、男装の時点で感づく筈だ。ならデータを盗む所を待っていた? 無いな、その前に捕まえる筈だ。じゃあ別の何かか?」
「うーん。何か、考えれば考える程わからないですね。……あ! もしかしたらスパイ行為自体が嘘で、国から遠ざけたかったとか!」
「はっ、なんだそれ。そんなお姫様を逃がす映画染みた事なんてあるかよ。それに、そういうのは大体先手を打たれ……」
この時、彼の脳内に一つの可能性が浮かんだ。それは善人では考え付かない悪行。
もし、一夏の言う通りであるならば──。
「柳さん?」
「いや、何でもねえ。……織斑、取り敢えず今日はお開きにすっか。あいつにはまだ男装を続けてもらうとして、後は明日次第だな」
「は、はあ。……それもそうですね、なんか変に疲れましたし……」
話し合いに熱中していた為か、時刻は消灯時間に近い。取り敢えずは現状維持、千冬に相談してから考える方針を固める事になった。
「じゃあ、おやすみなさい。……今日はありがとうございます」
「ん」
部屋を出ていく一夏を見送り、彼は暫く扉の前に佇む。その表情は一夏がいた時の無表情とはかけ離れており、眉間に皺が寄っている。
「……もし、これが間違ってねえなら」
独り言を呟く彼はおもむろに携帯を取り出し、あるところに電話をかける。その相手は──。
『柳か。お前からかけてくるとはな……』
「本当ならかけたくなかったんだがな。……けどそうも言ってられねえ」
電話相手は千冬。先週の帰省する際に携帯番号を交換していたのだ。彼は絶対に電話などかけるものかと豪語していたのだが、状況が状況だ。
「あんた今何処にいる?」
『私か? 寮長室だが──』
「今からそっちへ行く。首洗って待ってろ」
『何っ!? ま、待て──』
彼女の返事など聞かず一方的に切った彼は勢いよく扉を開き早足で歩く。目指す場所は寮長室。
人一人いない廊下を歩いて暫く。寮長室の前に辿り着いた彼は力強く扉をノックをする。
「来たぞブリュンヒルデ。さっさと開けろ」
「ま、待てっ! 出るからそこで待つんだ!」
「あ゛あ゛……?」
いったい何を慌ただしくしているのか。部屋から様々な物音が聞こえ、彼女は相当焦っている。
「っ……!」
この時の彼は沸点が低かった。それはもう些細な事でカチンとくるぐらいには。
この一週間、シャルロットに対して疑心暗鬼で満ち溢れ、今日はその事で一夏と頭を悩ませた。既に怒りが溜まっていたのである。
そんな状態で来てみれば扉の前で待てと言う。彼女の悪気無しな一言は彼の怒りを急加速させるには充分──いや、十二分であった。
その怒りが最高調に達す処か超えた彼は──。
「こんの……!!」
──遂にブチ切れた。
「オ゛ラ゛ァッッッ!!!」
怒りのゲージが限界突破した彼は、なんと扉に向けて全力の蹴りを叩き込んだ。体重百キロ以上の大男ですら吹き飛んでしまう程の渾身の蹴り。果たしてこの扉は耐えられるのだろうか。
「!?」
答えは否。ハンドルが破壊された扉は凄まじい轟音と共に勢いよく開き、中の様子が露となる。寮長室が大解放となった瞬間だ。
「はぁっ!? や、やな──」
「ったく、このクソ教師が……!! 開けろって言ってんのが聞こえねえか、ああ!? こちとらてめえのせい、で……」
静寂。
彼女はガッチリと固まってしまい、彼は言葉を失った。失わざるを得なかった。
彼女の反応は最もだ。生徒が自身の部屋の扉を破壊し突撃してきたのだから。何処の国に最強と言える人物の部屋へ突撃を仕掛ける人間がいるだろうか。恐らくはこの青年だけだろう。恐れを知らない人間ほど恐いものは無い。
しかし、彼が言葉を失ったのは──。
「柳っ。これは、だな……」
「……ああ、そういう」
所々に散らかる空き缶、脱ぎ捨てられた衣類、溜まりに溜まったゴミ袋。それは多忙なリーマンやキャリアウーマンに起こりうる、正に惨憺たる状態。所謂──ゴミ部屋。
「「…………」」
再び静寂。
冷や汗をかく彼女と、それを細目で見据える彼の間にはなんとも言えない空気が。
沈黙した状況が暫く続き、彼は再び口を開いて言葉を吐き捨てた。それは彼女に絶大なダメージを与える事になる。
「きったねえ部屋」
がくんと、彼女は崩れ落ちた。
織斑千冬。人生で初、膝を付いた瞬間である。
十数分後──。
「ったく、酒ばっか飲みやがって……。どんだけあるんだこれ……よっと」
「私の楽しみなんだ、悪く言うな……っと」
空き缶をひたすら潰す隆道と、衣類をひたすら畳んでいる千冬。彼等は掃除の真っ最中だ。
そう、彼は目的の前にこの惨状をどうにかせねばと踏んだのだ。ゴミ部屋で話し合いなどしたくなかった故の行動だ、決して彼女の為ではない。
勿論、彼は彼女にも片付けをさせた。するよう命令した。というか脅した。
『てめえも片付けるんだよ。つーか、てめえこそ片付けろ。あちこちにバラすぞズボラ女。ああ、そういや二年に新聞部がいたっけなあ。良いネタだと思わねえか、ああ?』
生徒に脅される
ちなみにではあるが、本来ならば彼女の部屋はここまで酷くはない。何を隠そう、部屋の惨状を作った元々の要因は彼を含めた問題児達なのだ。問題児フィスティバルによって去年とは比べ物にならない程、教員達は多忙の極みに追われた。
つまり、全くの暇が無かったのである。元々がだらしない彼女がそんな状況に陥ればこうなる事は必然であった。
正に彼はIS関係者スレイヤー。関わる者全てに大きな爪痕を残す、教員達の悩みの種である。
「ふう。まあこんなもんで良いだろ。しっかし、世界最強が実はだらしない人間でしたとか随分と面白れえ話じゃねえか、ええ?」
「ぐぅ……」
言葉通りぐうの音も出ない彼女は面目丸潰れ。部屋は普通レベルにまで綺麗となったは良いが、代償として大事なものを失った気がすると落胆。その表情はハッキリわかるほど影が見えていた。
「デュノアの事を俺達に黙ってたツケだ。はあ、今回の件といい、薬の事といい……」
「やはり、か。事が終わるまで黙っているつもりだったのだかな……。ん? 薬だと?」
「一個抜いただろ。知ってんだよ」
「……はあ、お前に隠し事は出来そうにないな」
薬とは例のカプセル剤。彼は一粒抜かれた事を知っていたのだ。何も言及されない事から麻薬等の有害物質ではないだろうと敢えて黙っていた。
そんな事はこの際どうだっていい。重要なのはシャルロットの件だ。その為に態々ここに来たのだから。
「俺を舐めんな。……薬なんかどうだっていい、デュノアの事について吐けよ。答え合わせだ」
「何? 答え合わせだと?」
「ああ。もし予想が合ってるなら……」
「……合ってるなら?」
──俺の『狩り』を見せてやる。
次回、『問題児、乱入』。