IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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お待たせしました。
だいぶ時間を空けてしまった……申し訳ない。
さて、今回は原作に沿りまくりです。オリ主殆ど出てきません。既視感バリバリなので退屈回かと。
あと、やっぱり一万五千文字突破しました。分割にしようと思ったのですが、これ以上予告詐欺はあかんと思い、一応そこまで書き上げました。読む際は時間に余裕がある時が良いと思います。

それと、くっそどうでもいい話ですが……某配達ゲームのトロコン完了しました。


第三十六話

 シャルロットの男装が男子二人に知られ、隆道が千冬の部屋に突撃をかました翌日の日曜。

 結局の所、一夏達は千冬の所へ相談に行く事は無かった。当初の予定通りに向かおうとしたのだが、隆道がそれに待ったを掛けたのだ。

 

『昨日ブリュンヒルデに問い詰めた。喜べ織斑、お前の言った事当たってたぞ。デュノアの転入は機体データを盗ませる為じゃねえ、デュノア社から遠ざける為だ』

 

『えっ、本当ですかっ!? ……いや、それじゃ色々と説明が……。ていうより、そもそも何処の情報なんです?』

 

『社員から事前に連絡が来たんだと。複雑な事情らしいが、それらは時間が解決するとさ。学園側もデュノアを国に還す事はねえと言ってたな』

 

 一夏の何気なく思い付いた可能性は見事当たっていた。しかし、それでも幾つか疑問が残る。

 何故、国から遠ざけたのか。何故、彼女に男装をさせたのか。何故、データを盗めと指示を出したのか。何故、本当の理由を彼女は知らないのか。そして何故、それらは時間が解決するのか。

 一夏の疑問は最もだが、それらを気にする必要は無いだろう。情報が無い以上やれる事は無い。

 

『……とにかく、デュノアには男装を続けるよう言っとけ。今まで通り過ごして貰うんだが……今のあいつは脆い、お前が支えろ。やれるな?』

 

『っ! ……任せて下さい』

 

 色々と疑問が残った一夏であったが、一先ず安心だと安堵の表情を浮かべ直ぐ様にシャルロットへ説明した。IS学園は味方だと、騙す必要なんて無くなるんだと、ここにいても良いんだと。それを聞いた彼女は再び涙を流し泣いたとか。

 

 

 

 

 

 彼は、またしても嘘をついた。

 

 

 

 彼は、事の真相──全てを千冬から聞いた。

 

 

 

 そして、彼の考えは的中した。してしまった。

 

 

 

 シャルロットがフランスに還される事は無い。

 

 

 

 彼女の件は、時間で解決などしない。

 

 

 

 このままでは彼女の行き先は──。

 

 

 

『……くそったれ共が。てめえらの思い通りにはさせねえぞ』

 

 

 

 ──"死"だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜の朝。食堂にて。

 朝方にも関わらず女子で埋め尽くされた食堂はいつもの事ながら姦しい 。いや、今日に限ってはそれ以上にと言うべきであろうか。

 

「ねえ、聞いた?」

 

「聞いた聞いた!」

 

「え、何の話?」

 

「だーから、織斑君達の話よ。最上級に良い話」

 

「聞く!」

 

 姦しいというか喧しい。思春期女子同士の会話は何かの度にどよめきが起きる。一人が何事かと集まり、また一人、また一人と増え、それは集団と化す。正に増殖という言葉が相応しい。

 

「まあまあ落ち着きなさい。これは女の子だけの話なんだから。実は、今月の学年別トーナメントで──」

 

「ん? なんだあそこのテーブル。えらい人集りだな。トランプでもやってるのか?」

 

「もしかしたら占いかも?」

 

 食堂に今し方着いた一夏とシャルロットの二人は奥の方でその十数名による集団が目に留まる。熱気を増した盛り上がり方、それは宛らラグビーのスクラムにしか見えなかった。

 

「えええっ!? そ、それマジで!?」

 

「マジで!」

 

「うっそー! きゃー、どうしよう!」

 

 余程面白い内容なのか、黄色い声はまるで津波を彷彿とさせるものだ。何がそんなに面白いのだろうかと一夏は不思議に思っていた。

 しかし、楽しそうなのは良い事だ。辛い事よりは断然に。笑える時にしっかり笑っておかねばと彼は常日頃思っている。

 そんな年寄り臭い事を考えながら目を細める彼と隣にいる彼女の存在に気づいたのか──。

 

「あっ! 織斑君達だ!」

 

「えっ、うそ!?」

 

「ねえねえ、あの噂って本当──もがっ!?」

 

「……?」

 

 その集団の一人が彼の元に雪崩れ込んで来た。何かを聞き出そうとしたその直後、他生徒が必死の形相でその生徒を取り押さえる。

 一人が彼の前で大の字となり通せんぼ。その陰では二人が何やら内緒話をしている。何が何だかわからない彼は彼女達に訝しげな視線を向けた。

 

「い、いや……なんでもない、なんでもないの。あははは……」

 

「馬鹿! 秘密って言ったでしょうが!」

 

「いや、でも本人だし……」

 

「噂って?」

 

「ひ、人の噂も三百六十五日って言うよね!」

 

 違う。『人の噂も七十五日』だと彼は心の中でツッコむが、そんな事はどうだっていい。

 明らかに彼女達は何かを隠している。しかも、その内容は確実に自分絡みだ。

 

「何か隠してない?」

 

「そんなことっ」

 

「あるわけっ」

 

「ないよ!?」

 

 無駄に洗練された無駄の無い無駄な連携。それを決めた彼女達は一目散に逃げ出した。この間、僅か二秒。完全に置いてかれた二人は状況が全く飲み込めず呆気にとられてしまった。

 

「何だったんだ……?」

 

「さ、さあ……?」

 

 

 

 

 

 呆気にとられた二人からある程度離れた場所のテーブル席に、それはいた。

 

「あっはぁ、織斑君達かわいそうだねぇ。自分達が景品になってるなんてさぁ。あんむ」

 

 彼女の目の前には数々の料理がずらり。それは朝食処か一般男性でも躊躇してしまう程の量だ。少なくとも一人で食べきれるものではない。現にそれをチラ見した生徒は口か腹を押さえている。

 

「んっふぅ~。あ~……」

 

 しかし、既に半分ほど空いた皿となっている。ざっと見ると三人前は平らげているだろう。それでも少女はその手を止めず、嬉しそうな顔で料理を食べ進めている。

 

「何処からそんな馬鹿みたいな話が出てきたんだろうねぇ。少~し考えてみればわかる事じゃん。本人も知らなそうだしぃ、内一人は()()()()()()しぃ……ねぇ?」

 

 膨大な数の料理を次々と口へ運ぶ少女──日葵は一旦手を止め、向かい側にその笑みを向けた。そこには身を硬くする少女が一人。自分の朝食に手を付けようともしてない。

 

「食べないのぉ? 冷めちゃうよぉ?」

 

「う、うん……」

 

「そんな硬くならないでよぉ、布仏(のほとけ)さん。取って食ったりしないって私は約束したよぉ? それと貴女の()()()()にも手を出さない。これも忘れてないからさぁ」

 

 向かい側に座る、袖丈が異常に長い少女の名は布仏 本音(のほとけ ほんね)。あだ名は『のほほんさん』。彼女は一年一組の生徒──つまり一夏達のクラスメート。

 普段は間延びした口調などでのほほんとした雰囲気を醸し出すのだが、今、その様な雰囲気など一切無い。理由は言わずもなが、目の前の日葵だろう。しかし何故、彼女は狂人と一緒なのか。

 

「……本当に、かんちゃんには手を出さない?」

 

「本当だってぇしつこいなぁ。それに彼女さぁ、今それどころじゃないじゃん? 戦意が全く無い人間を叩き潰したって意味無いんだよねぇ。そもそも、私の敵じゃないしぃ。あ、彼女を餌にすれば流石の生徒会長も相手してくれるのかなぁ? 相手しないと妹を徹底的にぶっ壊すとかさぁ」

 

「っ!? そ、それはしないって……!」

 

「冗談だよぉ。その為に取引したんでしょぉ? イヒヒッ」

 

「うぅ……」

 

 縮こまる本音と、嘲笑うかの様に彼女を見やる日葵。端から見れば──いや、それはどう見ても脅しだ。だが、それをとやかく言う者はいない。少なくとも教員がいないこの場所では。

 狂人が言う取引、それは彼女の幼馴染みに手を出さない代わりに情報提供するというもの。この取引は彼女の方から持ち掛けたのだ。自分の大切な友達を、幼馴染みを守る為に。

 この狂人が四月の事件を把握しているのも彼女からの情報。一組で起こった出来事、交流関係、その全てが日葵には筒抜けだ。

 

「これでもぉ、布仏さんには感謝してるんだぁ。流石に一組の内部事情は見れないしぃ、色々手間が省けるんだよねぇ。んんー、転入生の事も大体わかったからぁ、そろそろ私も動こうかなぁ」

 

「…………」

 

 バターナイフを人差し指の先でくるくると器用に回す日葵の笑顔は誰もが恐怖を抱く。この狂人を止める事が出来る者は──。

 

「これからもよろしくねぇ? 布仏さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻はSHR前、一組の教室。

 

「それは本当ですの? 幾らなんでも……」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 SHRまで間もないにも関わらず、教室は食堂と同様に賑やか──いや、喧しい。それは廊下まで聞こえる程だ。

 

「本当だってば! この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑君達と交際出来──」

 

「俺達がどうしたって?」

 

「「「「きゃあああぁぁぁっ!?」」」」

 

 朝食を終えた一夏達は教室へ向かう際に廊下で隆道と合流。三人揃って到着したところ、廊下にまで聞こえる声に興味を持った一夏はその輪に声を掛けた。しかし、彼女達から返ってきた言葉は挨拶ではなく取り乱した悲鳴。主な悲鳴は鈴音を筆頭とした他クラスの生徒達であった。

 

「あら、お三方。おはようございます」

 

「おう、皆おはよう。んで何の話だったんだ? 俺達って聞こえたけど」

 

「う、うん? そうだっけ?」

 

「さ、さあ、どうだったかな?」

 

 またこれだ。食堂の時といい、話を聞かれたくないのか露骨に話を逸らす。内緒話を無理に追及するつもりはないが、自分達に関係のある事なら少しは教えてくれても良いのではないかと、一夏は首を捻らせる。

 

「じゃ、じゃああたし自分の教室に戻るから!」

 

「そ、そうだね! あたしも!」

 

 鈴音と生徒の一人はどこかよそよそしい様子で教室から退散。その流れに乗って他の生徒も自分のクラス、席に戻っていく。

 

「……本当何だろうね」

 

「さあな。絶対に碌な事じゃねえのは確かだ」

 

「なあセシリア、いったい何の話だったんだ?」

 

「え? あー……」

 

 セシリアは顎に指を当て天井を見上げた。それは何かを迷っている様子。

 彼女は言うべきか言わないべきか迷っていた。真実を確める事も兼ねて言うべきなのだろうが、他の生徒に女子だけの秘密と釘を刺されたのだ。

 持ち前の頭脳をフル活用、その間二秒。周囲を見計らって一夏にだけ伝えようと口を開き──。

 

「ああ、やっぱり聞かないでおく。なんか俺達に秘密らしいし」

 

「あっ……」

 

「無理に言わなくていい。そこまでして知りたい訳じゃないし」

 

「……申し訳ありません」

 

 一夏はそれを制した。自分達に関する事ならば気になるのは確かだが、どうしても聞きたいかと言われるとそうでもない。それ故に、迷った彼女を見て聞くのを止めて気にしない事にした。食堂で生徒が言っていた様に人の噂もなんとやらだ。その内噂も綺麗サッパリ無くなるだろう、そう考える事にした。

 

 

 

 

 

 一方その頃、教室の窓側列の最先端では──。

 

(な、何故、このような事に……)

 

 ──表面上平静を装っている箒が心の中で頭を抱えていた。

 学園全体に広まる学年別トーナメントに関するその噂、それは男子が聞いたら卒倒しそうな程にぶっとんだものだ。その内容がこれである。

 

『学年別トーナメントの優勝者は男子三人の誰かと交際出来る』

 

 あまりにふざけ過ぎている。当たり前だが彼等はこの事を一切知らない、知るわけがない。誰かが優勝したら強制交際決定など彼等は望まない。

 完全に景品扱いのそれを彼等が耳にしたら頭を抱えるか、唖然とするか、ブチ切れるか。恐らく一夏が頭を抱え、シャルロットが唖然とし、隆道がブチ切れるだろう。尤も、それで済めば良いのだが。絶対に誰かしら痛い目に合うだろう。

 そもそも何故、このようなふざけた噂が学園に広まったのか。その原因は何を隠そう、箒その人である。しかし、彼女は何も悪意を持って言い触らした訳ではない。寧ろ、彼女は何一つ悪くない。

 事の始まりはある日の事。いつもの通り隆道の部屋で駄弁った後に彼女はある事を口にした。

 

『一夏、学年別トーナメントが終われば臨海学校があるだろ? その時買い物に付き合ってくれ』

 

 廊下で放ったこの言葉は生徒の耳に入り、直ぐに拡散された。伝わる度に異なる内容となって。

 伝言ゲームと同じ理屈だ。メッセージの誤りは伝言が繰り返されるにつれ増していき、いつしかそれは面白い程に元のものとは異なる。只でさえ六~七人ですら内容も正確に伝わる事が皆無だというのに、それが学園規模だとどうなるか。

 

(尾ヒレ処ではないぞっ!? 一夏だけでなく他二人まで……っ!)

 

 そう、それは全くの別物として成り変わる。

 最初こそ、何だそのふざけた噂話はと他人事であった彼女。しかし、その噂話は自身が一夏に買い物に付き合えと言った翌日から流れ始めた。となれば自身が原因なのではと次第に感づく。今となってはどう考えても発端は自分だとしか考えられないでいた。

 

(まずい、これは非常にまずい……)

 

 既にこの噂は殆ど──いや、男子を除いた全員に知れ渡っているだろう、女子の情報網は凄い。それはもう恐ろしい程に。

 現に先程、教室に来た上級生達が──。

 

『学年が違う優勝者はどうするのか』

 

『授賞式での発表は可能か』

 

 ──と、クラスの情報通に訊いていた。情報通よりも本人達に聞けよと箒は思ったそうな。

 言うまでもないが、一組はこの噂話を信じてはいない。彼等と一番近い彼女達はどうも信じられない内容だったからだ。本人達が何も言っていないのもそうだが、何より隆道が関与している事が大きい。

 有り得ないのだ。彼が誰かと付き合う事に承認したというのが。あれだけ女性嫌いの人間がそんな話を許せるのかと。

 確かに耳にしたばかりの頃は大はしゃぎした。しかし、彼もその内一人となればそれは疑惑へ変わる。そして今日、彼等の様子を見てそれは確信へと変わった。この噂は出鱈目なのだと。

 彼がこの噂話を耳にしたらどうなってしまうのだろうか。全く予想がつかない以上、一組には女子だけの秘密に留めておこうという他とは別の理由が出来上がったのであった。一夏にだけ伝えようとしたセシリアの考えはナイスとも言えよう。結局伝える事は出来なかったが。

 

(ゆ、優勝するしかない……。そうすれば……)

 

 あの噂は出鱈目でしたと流した所で今更彼女達が止まる事は無い。有耶無耶にするには男子達か一組の誰かが優勝するしか方法は無い。そう考えに耽っていた彼女は──。

 

(……いや、今回は、あの時とは違う。大丈夫。大丈夫な筈だ……)

 

 ──ふと、『優勝』という一つの単語によって思い出したくもない記憶が脳裏をかすめていた。

 

(あの時、とは……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六年前。箒が小学四年の時の話である。

 彼女は当時、小学部の剣道全国大会の前にある約束を一夏にしていた。

 

『私が優勝したら付き合ってもらう』

 

 その一言は彼女にとって精一杯出来る事だったのだろう。意中の相手に真正面から告白出来ない故に、何かしらの切っ掛けが欲しかったのだ。

 実家が剣術道場であった彼女はその経験の差によって優勝を有力視されていた。実際の所、実力がずば抜けていたのだから優勝は間違いはない。

 

 

 

 ──その筈であった。

 

 

 

 しかし、大会その当日に彼女は引っ越しを余儀無くされてしまう。当然参加不能による不戦敗だ。

 何故、大事な大会の前に突然引っ越しをしてしまったのか。それは彼女の姉──篠ノ之束(しののの たばね)が関係している。

 

 ──『重要人物保護プログラム』──。

 

 束が発表したISは、その圧倒的な性能によって発表段階で既に兵器への転用が危ぶまれていた。本人を含む親族の保護、そういう名目で政府主導の転居を強要されたのだ。発表して直ぐにこのプログラムが実行されなかったのは、当時は重要視されていなかったからであろう。

 その日から、彼女は姉が嫌いである。一大決心した約束を台無しにしたのだから。

 その後もプログラムによって西へ東へと転々。一夏から送られてきた手紙も政府の圧力によって返事も出来ず、気がつけば両親と別たれる。極めつけは元凶である姉は失踪。実妹である彼女は執拗なまでの監視と聴取を幾度となくされる。まだ子供であった彼女にとって、それは拷問に等しく心身ともに参っていた。

 そんな彼女が残されていたのは剣道ただ一つ。名前を変え、再び全国大会に出場した彼女は何を成し遂げたのか。

 優勝は出来た。栄光を掴む事は出来た。だが、それだけだ。その結果は喜ばしいものではない。

 

 ──誰かを叩きのめしたい。

 

 彼女にとって剣道は、最早憂さ晴らし以外何物でもなかった。それは酷く醜い様、只の暴力だ。惨めな気持ちとなり、表彰式の頃には逃げ出したい程になっていたのだ。

 そんな彼女に止めを刺したのは、そんな自分に負けた対戦相手。涙を流している姿を見てしまった彼女は絶望に陥ってしまった。

 

 ──私は、何をしているのだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……」

 

 忌々しい記憶を振り払おうと頭を振るが、人はそこまで単純ではない。嫌な記憶ほど、それは何処までも頭にこびり付く。

 只の暴力など強いとは言えない。それは何より自分が知っている。そう思っていた。

 

(今度こそ、私は……)

 

 彼女は勝たねばならない。己自身に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は進み、授業合間の休み時間。

 

「はあ、この距離だけはどうにもならないな」

 

 学園内で男子が使用出来るトイレが三ヶ所しか存在しないこの現状、授業終了と同時に全力疾走しないと間に合わない。勿論それは帰りも同じ事である。

 それにも関わらず無情と言うべきか、彼は先日『廊下を走るな!』とお叱りを受けた事がある。どうしろというのだろうか。

 勿論、叱られたのは彼だけではない。隆道も、シャルロットも同じだ。この三人の中では彼女が一番可哀想過ぎるのではないか。女子なのに女子トイレが使えないのは何かと苦痛であろう。

 そんな訳で一夏とシャルロットは用を足す際に叱られる覚悟で走るのだが、隆道だけは──。

 

『走っちゃいけねえなら望み通り歩いてやるよ。これで文句ねえだろ。あるなら言ってみろ』

 

 ──これである。

 マシになったとはいえ、授業に前向きではない隆道は歩く事を選んだ。勿論、そうなると授業に遅れるのは必然的。しかも、授業の合間に行くのだから生徒に遭遇するのは当たり前だ。そうなると何が起こるか。

 そう、隆道は不機嫌が全開となり戻ってくる。それは正に劇的ビフォーアフターだ。最早これは一組の名物と言っても過言ではない。

 必ず遅れてくる彼を見兼ねた教師達は走っても構わないから授業には間に合ってくれと嘆願するのだが、当然の如くこれを無視。悪いのはお前等だと話を聞く事は無かった。この男、非常に扱いにくい。

 

(いかん、やめよう。何も考えない方が良い気がしてしてきた)

 

 のんびりはしていられない。次の授業は一夏にとって死活問題と言える、ISの格闘技能に関する基礎知識と応用だ。絶対に間に合わなければと彼は足を更に早める──が、その時。

 

「何故こんな所で教師など!」

 

「やれやれ……」

 

 ふと、廊下の曲がり角の向こうから聞き覚えのある声に彼は足を止めた。その声の主は──。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある」

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

 ──これでもかと声を荒げるラウラと、それを平然とした態度で返す千冬が二人。

 会話の内容は千冬が勤めるIS学園の教員、それについての不満だということを理解するのはそう難しい事ではなかった。

 

「お願いです教官。我がドイツで再び御指導を。ここでは、貴女の能力は半分も活かされません」

 

「ほう」

 

「……大体、この学園の生徒など教官が教えるにたる人間ではありません」

 

「何故だ」

 

 あの氷の転入生ことラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女が思いの丈を吐き出すその姿は、似つかわしくない必死さを感じさせる。まるでそれは、親にすがる子供のような光景。

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている。一組は……教官のお陰で意識は高い様ですが、他はどうですか? その様な者達に教官が時間を割かれるなど……」

 

「ボーデヴィッヒ」

 

「何より、あの男もそうです。甘い処か皆無にも関わらず、何故教官はあそこまで──」

 

「──そこまでにしておけよ、小娘」

 

「っ……!」

 

 それは凄みのある、ドスの効いた一言。それに含まれる圧倒的な覇気は彼女を竦ませるには充分であった。言葉は途切れ、続きを発しようにも開くだけ。声は少しも出せていない。

 離れた距離からでもわかる。それは恐怖なのであろう。強者の前に感じる恐怖と、大切なものを失ってしまう恐怖の二つ。一夏にはそう見えた。

 

「少し見ない間に随分と偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りか。全く恐れ入る」

 

「わ、私は……」

 

「私は忙しいんだ。お前に構ってやれるほど暇ではない。……授業が始まる、さっさと戻れ」

 

「…………」

 

 これ以上何も言うことは無いと、千冬は教室に戻る様急かす。ラウラもこれ以上食い下がろうとはせず、黙したまま早足でその場を去っていく。

 次第に小さくなっていく、銀色の教え子。その背中を見詰める千冬の目には哀愁が漂っていた。

 

「ままならんものだ。……ところでそこの男子。盗み聞きか?」

 

 と、千冬はラウラが見えなくなった所で視点を一夏の方へと向ける。様子から見て、彼が見ていた事は最初からわかっていた様であった。

 こうなってしまえば隠れる理由など無い。観念した彼はそろりと千冬の前に姿を現す。

 

「ち、千冬姉。俺は盗み聞き──ぐあぁっ!?」

 

「織斑先生と呼べ」

 

 目にも止まらぬ速さで炸裂する出席簿の制裁。それにより物理的な意味で頭が上がらなくなった一夏であった。彼の脳細胞や如何に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、直ぐの放課後。第三アリーナ。

 

「「あ」」

 

 ステージにて間の抜けた声を漏らすセシリアと鈴音。互いに鉢合うとは思っていなかった様子。しかし、彼女達は直ぐに気を取り戻し睨み合う。二人の目的は勿論──。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしも全く同じですわ」

 

 ──学年別トーナメントでの優勝である。

 彼女達は国から選ばれた代表候補生。国家代表を目指す彼女達にとって、今回の様な行事は非常に重要。優れた戦績を残す為に特訓する事は至極当たり前の事だ。

 

「丁度良い機会だし、この前の実習の事も含めてどっちが上かハッキリさせとくもの悪くない……そう思わない?」

 

「あら、意見が一致しましたわ。どちらの方がより強く、より優雅であるか、この場でハッキリとさせましょうではありませんか」

 

 その言葉を合図に両者は直ぐ主力武装を展開。そのまま流れるように構え、いつでも動けるように対峙する。

 

「では──」

 

 

 

 ──と、その時。

 

 

 

「「!?」」

 

 突如、声を遮ってきたのは一発の砲弾。二人は即座に緊急回避、体勢を立て直し砲弾の出処へと目を向ける。その先には漆黒の機体が一機、そして機体を纏うのは銀髪を靡かせる──。

 

 ──第三世代全距離対応強襲型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』──。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

「アンタ、どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」

 

 二人は表情が苦く強ばった。当たり前だ、何の脈絡も無しに攻撃されたら誰だってこうなる。

 セシリアは落ち着きながらも『スターライトmkⅢ』を静かに構え、鈴音は『双天牙月』を肩に預けながら衝撃砲『龍砲』を準戦闘状態へとシフト。臨戦態勢を取った。

 

「『甲龍』……そして『ブルー・ティアーズ』。ふん、やはりデータで見た時の方がまだ強そうではあるな。期待外れだ」

 

 挨拶も無しにいきなりの挑発をかますラウラ。これには二人共々口元を引き攣らせてしまう。

 

「はあ? 何? やるっての? 態々ドイツからやって来てボコられたいだなんて……大したマゾっぷりじゃない。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってんの?」

 

「鈴さん、落ち着いて下さいまし。無闇に挑発に乗ってはいけませんわ」

 

 ラウラのする、全てを見下すかの様な目付き。セシリアは相当な不快感を抱いた。間違いなく鈴音も同じ心境であろう。

 相手は間違いなく此方の冷静さを欠こうとしているとセシリアは理解した。挑発に乗っては相手の思う壺だ。故に、それをぐっと堪えて爆発寸前の鈴音を宥めようとする。

 が、しかし。それは全て無駄に終わる。

 

「はっ……。二人掛かりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬ者が専用機持ちとはな。数だけの能無し国家と、古いだけが取り柄の島国は余程人材不足なのか?」

 

 ──ぶつりと、何かが切れる音がした。

 それは堪忍袋の緒が切れた音、所謂ブチ切れ。

 

「ああ、わかった。わかったわよ。スクラップがお望みな訳ね。──セシリア、どっちが先やるかジャンケンよ」

 

「……わたくしはご遠慮しますわ。ここは貴女にお任せします」

 

 最早セシリアの言葉は鈴音に届く事は無い。現に彼女は肩に預けていた武装を構え、『龍砲』の安全装置を外している。

 

「何よ、アンタは悔しくないの?」

 

「…………」

 

 相手を見下すその態度と目付き、そして挑発。確かに、彼女の言う通り悔しい。はらわたが煮え繰り返る気持ちだ。

 しかし、それ以上に思う所があった。

 

(あの時のわたくしは、あの様に見えていたのでしょうね……)

 

 以前の自分も全く同じ事をやっていた。相手を見下して、挑発をして。

 過去を引き摺っているつもりはない。しかし、傲慢な態度を取る人間を見る度に──。

 

(ああ、もうっ……。また……)

 

 それは彼女のトラウマ。二ヶ月経った今ですら消える事は無く、彼女の心を締め付ける。

 もう二度と、過ちは犯さない。彼女はあの時、そう誓った。誓ったのだ。

 

「はっ! 二人掛かりで来たらどうだ? 所詮、一足す一は二にしかならん。下らん種馬を追い掛けるメスと腰抜け女に、この私が負けるものか」

 

「──今、なんて? なんて言った? あたしの耳には『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたけど?」

 

「ふんっ。……ああ、そういえば腰抜けと言えばもう一人いたな」

 

 

 

 ──誓ったはずなのに。

 

 

 

「柳隆道も相当腰抜けだな。ろくに戦闘出来ない弱者がISに乗るなど今でも信じられん。幾ら貴重な男性操縦者とはいえ、アレでは、な」

 

「っ……!!」

 

 その言葉を聞いたセシリアは、気が付けば己の武装をラウラに向けていた。その理由はセシリア自身が良く理解している。

 それは紛うことなき怒りであった。自身が想う人間を好き勝手に侮辱された事による怒り。

 

「……貴女に、何がわかるのですか」

 

「……む?」

 

「何も知らない貴女にっ!! 彼の何がわかると言うのですかっ!!」

 

 自分だって隆道の事は何も知らない。人の事は言えやしない。だが、これだけは言える。

 他人の為に動き、己の身を削る彼は決して弱者ではない。

 

「……場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。その口、二度と叩けぬ様にして差し上げます」

 

「なんだ、やる気満々じゃない。良いわねそれ」

 

 自ら誓った事を無碍にする事になるが、それは最早どうだっていい。目の前の相手は『敵』だ、絶対に許せない、許してはならない。

 武装を握り締める手に力を込める二人。それを冷やかな視線で流すラウラは片手で手招きする。

 

「とっとと来い」

 

 それが、開戦の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、校舎の廊下。

 今日も雑務を急速で終わらせる事が出来た一夏とシャルロットは訓練へと向かっていた。隆道はトイレへ行っている為、ここにはいない。

 

「今日も早く終わらせる事が出来たな。二人には感謝仕切れないぜ」

 

「雑務の一つや二つくらい平気だよ。それよりも柳さんは一人で平気?」

 

「本人も一人で良いって言ってたし大丈夫だろ。あまり気にし過ぎると過保護って言われるぞ?」

 

「それは、仕方無い気が……」

 

 クラス代表の一夏は授業が終わった後も色々と雑務が残っている。終わらせた後にアリーナへと向かうのが彼の日課だ。普段は隆道が手伝ったりしているのだが、シャルロットが転入してからは彼女も手伝いに参加している。お陰で雑務が他のクラスより急速で終わる為、その時間をアリーナに費やせていた。感謝感激である。

 

「今日もこの後特訓するよね?」

 

「ああ、勿論だ。今日使えるのは──」

 

「第三アリーナだ」

 

「「だあああぁぁぁっっっ!?!?!?」」

 

 そこに飛び込んできたのは予想外の声。完全な不意打ちであったそれは二人を飛び上がらせた。

 

「……そんなに驚く程の事か。失礼だぞ」

 

「お、おう。すまん」

 

「ご、ごめんなさい。いきなりの事で……」

 

「あ、いや、別に責めている訳では無いが……」

 

 その声の主は箒その人。彼女としては普通に声を掛けたつもりであったのだが、こうもビックリされるとは思ってもみなかった。その事に面白くない表情を出す訳だが、直ぐに謝れるとその気勢も削がれてしまう。

 

「……ごほん。ともかく、第三アリーナだ。今日は使用人数が少ないらしい。思う存分に模擬戦が出来るだろう」

 

「お、それは助かるな。早く行こうぜ」

 

 ISの実力は稼働時間に正比例する。僅かな時間でも実戦同様の訓練が出来る事は彼にとって非常にありがたかった。

 

「ん……? 何だ?」

 

 三人が談笑しつつアリーナへ向かっていくと、近づくにつれ周囲は慌ただしくなっていく。中には廊下を走っている生徒もちらほら、それらは決まってある場所へと向かっていた。

 

「皆、第三アリーナに向かっているな……」

 

「何かあったのかな? 先に観客席で様子を見てみようよ」

 

「……おう」

 

 何やら胸騒ぎがすると、彼はその嫌過ぎる感覚を抱えつつアリーナに到着。観客席へ足を運ぶ。

 この胸騒ぎは以前もあった。また何かとんでもない事が起こるのではないかと彼の緊張は次第に高まる。

 

 

 ──悪いことに、その考えは的中する。

 

 

「誰かが模擬戦をしてるみたいだね。でもそれにしては様子が──」

 

 ──刹那。アリーナのステージから爆発音。

 

「「「!?」」」

 

 三人はその爆発音に驚き視線を向けた。その先には爆煙が一つ。直後、そこから飛び出してくるのは二つの影。

 

「鈴! セシリア!」

 

 その二つの影はセシリアと鈴音であった。二人は苦い表情であり、その目線は爆煙の中心部へと注がれている。

 そこに佇むは『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏うラウラ。セシリアと鈴音のISが多大な損傷をしているのに対し彼女は軽微な損傷だ。

 二人は苦い表情のまま軽く目配せの後に彼女へ向かっていく。様子からして二対一の戦いだが、追い込まれているのはどう見ても二人の方。

 素人である一夏でもわかる。ステージで行われている戦闘は、模擬戦とはかけ離れた──私闘。彼にはそう見えて仕方がなかった。

 

「何、してるんだよ……おい」

 

 彼の声は二人にはエネルギーシールドによって聞こえやしない。当然、戦闘の真っ最中の彼女達の怒声も彼には聞こえなかった。

 そんな苦虫を潰した様な表情を見せる一夏などつゆ知らず、ステージ内では戦いが続いている。

 

「こんのぉっ!!」

 

 鈴音は叫びと共に繰り出すは『龍砲』。訓練機の装甲ならば一撃で仕留める事が出来るであろう最大出力、その不可視の砲撃は一寸の狂いもなくラウラへと向かっていくが──。

 

「無駄だ。この『シュヴァルツェア・レーゲン』の停止結界の前ではな」

 

 ──その攻撃が届く事は無い。

 

「ああ、もう……。まさかこうまで相性が悪いだなんて……」

 

 ラウラがした事は右手を突き出しただけだが、それによって『龍砲』を完全に無効化。直ぐ様に攻撃へと転じる。彼女の機体──非固定浮遊部位から射出されるのは二本のワイヤー。その先端に接続されている刃は複雑な軌道を描いて鈴音へ飛翔、その右足を捕らえた。

 

 ──近中距離兵装『ワイヤーブレード』──。

 

「そうそう何度もぉっ!!」

 

 セシリアの援護射撃がラウラに襲う。しかし、狙撃とビットによる視界外攻撃の両方を躱す彼女は両腕を突き出し、ビットは動きが止まる。それと同時に彼女の動きも停止、これは好機だとセシリアは狙いを定めた。

 

「動きが止まり──」

 

「貴様もな」

 

「「うあっっっ!?!?!?」」

 

 だが、セシリアの狙撃は放たれはしなかった。先程捕まえた鈴音をぶつけて攻撃を阻害したのだ。振り子の原理による攻撃は単純であれど強力。二人は地表に叩き付けられる。

 

「こ、こんの……──っ!?」

 

「隙だらけだ」

 

 完全に隙だらけとなった二人。そこへ驚異的な加速──『瞬時加速』でラウラは一瞬で間合いを詰め、両手首から超高熱のプラズマブレードを展開し襲い掛かる。その標的は鈴音。

 

 ──近接ブレード『プラズマ手刀』──。

 

「ぐっ!」

 

 ラウラの連撃に自身の武装『双天牙月』で後退しつつ耐え凌ぐ鈴音。しかし、そこへやって来るのはまたしてもワイヤーブレード。しかも、今度は両肩だけでなく腰部左右からも同じ物が。

 二本のプラズマ手刀による猛攻と三次元躍動で接近してくる四本のワイヤーブレード。格闘戦に慣れている鈴音でも全て捌くのは容易ではない。

 満身創痍であった『甲龍』は、更に装甲が損傷していく。最終的には特殊兵装の『龍砲』までもが彼女によって爆散、特殊兵装は完全大破した。

 

「!!」

 

「貰った」

 

「させっませんっっっ!!!」

 

 特殊兵装を吹き飛ばされた事により大きく体勢を崩した鈴音に向けられたのは止めの一撃。しかし、間一髪の所で割り込んだセシリアは自身の武装を盾にしてその攻撃を逸らす。同時に腰部にあるミサイルビットをラウラへ向け──。

 

「!」

 

「これでぇぇぇっっっ!!!」

 

 ──発射。三人は爆炎に飲み込まれた。

 

「「ぐぅっ!?」」

 

 それは、セシリアが以前に行った至近距離でのミサイル攻撃。当然であるが、爆発に巻き込まれた二人は盛大に吹き飛び地表を転がり回る。

 あの至近距離での爆発だ。防御型でもない限りダメージは確実に入る。

 

「いつつ……。む、無茶するわね、アンタ……」

 

「く、苦情は後で……。ですが、これなら──」

 

 

 

 ──しかし。

 

 

 

「────」

 

「…………」

 

 セシリアは、言葉を詰まらせてしまった。煙が晴れたそこには堂々と仁王立ちするラウラの姿。

 ダメージは確かに入った。しかし、それは微々たるもの。重厚な装甲である彼女の機体には二発程度のミサイルは通用しなかった。

 

「終わりか? ならば──私の番だ」

 

 そこからは、一方的な蹂躙であった。動けなくなった二人に襲い掛かるのは打撃、斬撃、至近距離の砲撃。腕に、足に、そして身体に容赦なく叩き込まれる。それらは逃れられない様にワイヤーブレードによる拘束をされ、回避すらも許されなかった。

 

「あああっっっ!!!」

 

 ──エネルギー残量22。ダメージレベルC。機体維持警告域に到達──。

 

 ──エネルギー残量26。ダメージレベルC。機体維持警告域に到達──。

 

「やめ……ろよ……」

 

 一夏の口から出た言葉は震えていた。心臓の鼓動が強くなり、息苦しさを感じていた。

 ラウラはその手を止めない。淡々とセシリアと鈴音を嬲り、装甲を破壊し、痛めつけていく。

 

「やめ─」

 

 ──エネルギー残量7。ダメージレベルC──。

 

 ──エネルギー残量9。ダメージレベルC──。

 

 

 

 

 

 ──操縦者生命危険域に到達──。

 

 

 

 

 

「──っっっ!?!?!?」

 

 その瞬間、彼の視界の色は反転した。そして、あの時の出来事が脳内に写し出される。

 

 

 

 強制解除によって生身を曝け出し──。

 

 

 

 夥しい血を流した隆道の──。

 

 

 

「うぉあああぁぁぁっっっ!!!」

 

 それは、一瞬の事であった。悲鳴に近い叫びを出した彼は『白式』を展開、同時に『雪片弐型』をコンマ五秒以下で装備。そこから構えると同時に単一仕様能力『零落白夜』を発動し、実体剣の倍以上となったエネルギーブレードをステージのバリアーへと叩き付ける。

 あらゆるエネルギーが消滅する『零落白夜』。それによってバリアーは切り裂かれ、そこにはIS一機分が入れる隙間が。彼はその間を突破し、ステージ内に入ると同時に瞬時加速する。

 本来ならば瞬時加速と『零落白夜』の同時発動は自殺行為だ。しかし、今の彼にはそれを考える余裕など一切無かった。

 

「その手を離せぇぇぇっっっ!!!」

 

 感情に身を任せて叫ぶ彼が向かう先は、二人の首を掴むラウラの元。その爆発的な加速のまま、彼女へ向けて刀を振り下ろすが──。

 

「っ!? な、何だ!?」

 

 ──その刃は寸前の所で止まった。

 まるで目に見えない何かに掴まれているかの様に身体が言うことを聞かない。彼女は直ぐ目の前にいるのに何も出来ない。

 

 ──特殊兵装『A.I.C(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)』──。

 

 ISには『P.I.C(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)』というシステムが存在する。機体の慣性を無くしたかの様な現象を起こし、それによって浮遊が可能となる。

 これと推進翼、そして任意で装備出来る小型推進翼を用いる事によって姿勢制御、加速、停止等の三次元軌道が行う事が出来るのだ。ISが発展した大きな要因の一つでもある。

 『A.I.C』は、それの発展型。対象を任意に停止させる、つまり一対一では反則的な効果を持つ『シュヴァルツェア・レーゲン』の特殊兵装。

 彼は、この特殊兵装によって身動きが取れなくなってしまったのだ。

 

「ふん……。感情的で直線的だな」

 

「くそっ、身体が……」

 

「やはり敵ではない。この私とこの『シュヴァルツェア・レーゲン』の前では、貴様も有象無象の一つでしかない。消え──っ!!」

 

 ──瞬間、ラウラに弾丸の雨が降り注ぐ。そのお陰か彼は身体の自由を取り戻す。

 

「一夏っ、離れて!」

 

 弾丸はシャルロットのアサルトライフル二丁によるものであった。彼がバリアーを切り裂いた事に驚きつつも即座に機体を展開、援護に回るべく乗り込んでいた。

 彼は援護に感謝しつつボロボロとなった二人を回収、ラウラからなるべく離れる。ある程度距離を離した所で彼女の気を逸らしていたシャルロットも合流、彼の前に立って何時でもカバーに入れる様に武装を構えた。

 

「二人は!?」

 

「う……。アンタ達……」

 

「無様な姿を、お見せしましたわね……」

 

「喋るな。……大丈夫だ。機体は散々だけど二人は無事だ」

 

「……良かった」

 

 安堵した声のシャルロットであるが、その表情は険しく、武装は今もなおラウラに向けている。

 

「またお前か、アンティークめ。面白い、世代差というものを見せてやろう」

 

 余裕の表情を見せるラウラは姿勢を低くする。恐らくは瞬間加速を行うのだろう。

 二対一に見えるが、彼は二人を守らなければならない。つまり、この場で彼女の相手が出来るのはシャルロットただ一人。

 特殊兵装を持たないシャルロットと、反則的な能力を持つラウラ。彼女が勝つ確率は──無い。

 

「行くぞ……!」

 

「くっ!」

 

 

 

 ──ラウラが飛び出そうとした、その瞬間。

 

 

 

「ぐあっっっ!?!?!?」

 

「「「「!?」」」」

 

 突如、ラウラに弾丸の雨が降り注いだ。

 それは、先程のシャルロットの援護とは比較にならない程の膨大な弾丸の数。聞こえたのは繋がっているかの様な銃声、そして激しいモーター音。四人は轟音の鳴った方へ注意を向ける。

 

 

 

 そこには、()()()()()()

 

 

 

「い、いったい何が──ぐぅっ!?!?!?」

 

 今度は別方向からの弾丸。背後から襲い掛かる弾丸によりラウラは不意を突かれ、体勢を崩す。

 しかし、二度目の攻撃で全員が見た。何も無い空間から()()()()()()()()が出た事に。

 

(新型の光学迷彩!? ハイパーセンサーが反応しないだと!?)

 

 ラウラはその正体を誰よりも早く掴んでいた。しかし、ハイパーセンサーの生体反応も、熱源センサーも、音響視覚化レーダーも反応しない。そんな光学迷彩は聞いた事が無い。

 

「くそっ、隠れてないで出てこい──ぐっ!!」

 

 返って来るのは返事ではなく鉛弾の嵐。今度は二ヶ所からの同時攻撃が彼女を襲う。

 

「……な、めるなぁっっっ!!!」

 

 弾丸の雨に打たれつつも彼女は肩部の大型大砲を二ヶ所に発射した。砲弾はマズルフラッシュへ一直線、それは何も無い空間でけたたましい金属音と共に弾かれる。

 

「姿を現せ……!!」

 

 攻撃を受けたからなのだろうか、何も無い空間から『ソレ』は次第に姿を現す。

 そこに現れたものは『凹』の形をした、一枚の金属。そしてその上にはバルカンが一門。彼女はその兵器に見覚えがある。

 

「セントリーガン……!?」

 

 それは、血管模様のシールドが付いた無人砲台(セントリーガン)であった。それは今も尚、銃身を回転させて彼女へと向けている。

 無人砲台は数あれど、この様な砲台と盾のみの兵器は見たことがない。しかし、この場にいる誰もがその模様に既視感があった。

 

「この模様は……!? くそっ、何処に……!」

 

 と、その時。 

 

 

 

「ったく、フランスの次はドイツかよ。本っ当にくそったれだな」

 

 

 

 突然、何も無い所から声がした。

 全員がその方向へと注視すると、何も無かった空間から物体が浮かび上がる。その正体は──。

 

「柳、隆道……!」

 

「よお、キャベツ女。そんなに暴れてえなら俺が相手してやるよ」

 

 ──両手に後付武装を持つ隆道であった。




◆対IS光学迷彩『幽霊犬』
対ISに特化した光学迷彩。不可視の他にも足跡、駆動音、影も消す事が出来る。ありとあらゆる機器に反応せず、特にハイパーセンサー越しでは絶対に視認する事が出来ない。
代償としてシールドバリアーの防御性能は皆無となる。
ログには決して残らず、データ閲覧の際も確認する事は不可能である。

※このシステムは隆道やコアが作り出した物ではない。

◆可変式浮遊盾『バリアブルシールド』
『灰鋼』に搭載されている実体シールド。
スライドさせる事によって様々な形状へと変化。武装を取り付けウェポンラックにする事も可能。スカートアーマーにも同じ機能がある。

・機能その一『分離』
最大八分割に分離し、自身や友軍機体の手足に取り付ける事が可能。武装を付けたまま分離すれば固定の無人砲台として運用出来る。
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