「へ?」
隆道の事を気遣い自分の席に戻ろうとした一夏だったが、唐突に声を掛けられ素っ頓狂な声を出してしまう。
そこに現れたのは金髪の少女。透き通った青い瞳がややつり上がった状態の彼女は見定めるように二人を交互に見る。
僅かにロールがかかっている髪は高貴な雰囲気を漂わせており、腰に手を当てる仕草からして異国のお嬢様ということが二人には直ぐ分かった。
そして、隆道は察した。
こいつは
「訊いてます? お返事は?」
「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」
目の前の少女は知り合いじゃない。かといって話し掛けられる理由が分からない。
彼女も自己紹介はしていたが一夏は全く覚えてなかった。
自分の姉がIS学園の教師を、更に担任を務めてたことや二人目の男性操縦者がいたりなどというダブルインパクトを喰らっていたのだ。他の事を頭に入れる余裕は無かった。
そういった理由から当たり障りの無い質問をする彼だったが、彼女は返事が気に入らないのかわざとらしく声を上げた。
「まあ! なんですの、そのお返事は。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
「…………」
(やっぱいるか……『こういう奴』も。そりゃそうだ、いないほうがおかしい)
一夏は初対面にも関わらず偉そうな態度を取る彼女に不快感を覚え、隆道は想定していたからか別に思うことはなかった。
女尊男卑が生まれた元凶ともいえるIS。それを扱う学園に入学するのだからそういった思想を持つ人間がいても不思議ではないのだ。
関わるだけ無駄だと、隆道は得意の無視を決め込むが彼はそうはしなかった。
「悪いな。俺、君が誰か知らないし」
正直者である一夏は不機嫌に答えるが、彼女からすればかなり気に入らなかったものだったようでつり目を細めて見下した口調で続ける。
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」
名前だけでは飽きたらず、訊いてもいないことすら喋りだす始末。
自然と自らを上に見立て、男子二人を下に見るそのやり口を見て女尊男卑思想が根強いと隆道は心の中で舌打ちをする。
「あ、質問いいか?」
「ふん、下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
何を思ったのか一夏はセシリアに質問する。いったいこいつから何を聞きたいんだと逆に興味が湧く隆道であったが、その内容が中々ぶっ飛んでいた。
「代表候補生って、何?」
一夏の質問内容に周囲で聞き耳を立てていた数名がずっこけ、あの隆道ですら頭を机に勢いよく打ち付ける。
隆道が入学して初めての貴重なリアクションだった。
「あ、あ、あ……」
「『あ』?」
「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」
凄まじい剣幕で一夏に詰め寄るセシリア。その表情は血管が浮き出そうなほど怒りに満ちている。
「おう。知らん」
「うっそだろお前……」
流石にこれには隆道も先程迄の憎悪が引っ込む程の困惑。IS知識が無いことは前授業のコントじみたやり取りで知っていたがここまでとは思わなかった。
彼女に同情してるわけではないが、それはないだろうと思わざるを得ない。
「…………」
セシリアの怒りが光の速さで一周処か三周ぐらいしたのだろう。急に冷静になり頭痛でも起きたのかこめかみを押さえながらぶつぶつ言い出す。
「信じられない、信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビが無いのかしら……」
「柳さん、代表候補生って?」
セシリアが考えに耽る中、隆道の調子が戻ったのを見て気づいた一夏は再度質問をする。
「……各国に国家代表IS操縦者っているだろ、その候補だっての。つーか単語から理解出来るだろうが」
「うっ……、すみません……」
「考えなしの発言はやめとけ、今後苦労するぞ。口は災いの元って言うしな」
隆道の軽い説教で一夏は肩をすぼめる。言われてみればそうだと納得し、同時に発言に気をつけようと反省することにした。
端から見れば男子二人のやり取りは兄に注意される弟のように見える。周囲の生徒達は、もしかしたらいい人なのだろうかと思ってしまう。
あの輪に入れたらなぁと数人は羨ましがるが、きっと叶わないだろう。
「つまり、エリートってことですよね」
「そう! エリートなのですわ!」
一夏が説教を受けてるその横で未だにぶつぶつ言っているセシリアだったが、『エリート』という単語に直ぐ反応し、一夏に向けて勢いよく指を指す。
人に指を指すなと言いたかったが、話が余計に拗れそうだと悟った一夏は黙りを決めた。
「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……、幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
「そうか。それはラッキーだ」
「……馬鹿にしていますの?」
一夏は馬鹿にしてるつもりはなく、幸運を理解しろと言われたから率直に応えただけ。しかしセシリアはその応答が凄く気に入らなかった。
しかし、セシリアは気づかない。選ばれた人間というところにスポットを当てれば、それに該当するのは世界中にある程度存在する代表候補生であるセシリアではなく、世界に二人しかいない男性操縦者である一夏と隆道の方だ。
皮肉にも現実を理解していないのはセシリアの方だった。
「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。そこに座ってるあなたは授業すらまともに受けようともしない。ISを操縦出来ると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待外れですわね」
「俺に何かを期待されても困るんだが。ていうか柳さんについては自己紹介で言ってただろ」
「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ?」
この態度が優しさなら世界中は優しさで溢れていることだろう。優しくすると言ってるが男を下に見ることは変わらない。
喋れば喋るほど典型的な女尊男卑思想だということに男子二人はうんざりしていた。
普通の男子ならこれまでのセシリアの発言によって確実に怒りを覚えるだろうが、ここ十年そういった女性と遭遇してきた隆道にとっては聞き慣れたようなものなのでかなり飽きている。
もう帰ってくれ、関わらないでくれとしか思わない隆道だったが、セシリアは止まらない。
「ISのことで分からないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリートですから」
唯一とエリートを強調して威張るセシリア。
IS学園で行われる入学試験には学科試験と実技試験が存在する。そのうちの実技試験はISを操縦し、最終的に教官と模擬戦を行うという内容だ。
幼い頃から代表候補生か、もしくは企業のテストパイロットでない限りISに触れるのは参加者全員がこの時が初である。
操縦が上手かろうが下手だろうが構わない、重要なのはそこじゃない。ISを操縦出来るかどうかを判断する為の試験なので、必ずしも教官を倒す必要はないのだ。
唯一教官を倒したという優越感に浸っているセシリアだが、またしても気づかない。
操縦経験が無いであろう参加者の中で、操縦経験がある状態で試験を行っているのだ。例え教官を倒せなくても、上位に入っていなければおかしい。
先程一夏に馬鹿にしてるのかと言ったセシリアだが、こいつこそ馬鹿なんじゃないかと隆道は思った。
そんなことを考えてると、一夏はなにかを思い出したのかセシリアに待ったをかける。
「入試ってあれか? ISを動かして戦うってやつ?」
「それ以外ありませんわ」
「あれ? 俺も倒したぞ、教官」
「「は……?」」
一夏の一言でセシリアだけでなく隆道も固まる。
(教官を倒した? 二ヵ月前に起動が発覚したのにか?)
もしそうだとしたらIS操縦者はレベルが低い事になる。
セシリアは相当ショックだったのか目玉が飛び出そうなほど見開いた。
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子ではってオチじゃないのか?」
セシリアは更に固まった。あれだけ唯一教官を倒したと豪語していたにも関わらず目の前の、しかも起動して間もない男が倒したと言ってるのだから。
「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」
「いや、知らないけど」
「あなた! あなたも教官を倒したって言うの!?」
「うん、まあ。たぶん」
「たぶん!? たぶんってどういう意味かしら!?」
自身の自慢話とも言えるものをあっさり粉砕されたセシリアはどんどんヒートアップしていく。
完全に蚊帳の外となった隆道はもうお前ら他所でやれと願うが、一向に止まる気配は無い。
「あなたは! あなたはどうなんですの!?」
曖昧な返答しかしない一夏に痺れを切らしたのか、矛先を隆道に向け問い詰める。
「…………」
しかし、隆道にはセシリアのとてつもない剣幕など通用しない。動かざること山の如しという表現が似合ってしまうほど目すら合わせずひたすらガン無視を決めていた。
「~~~っ!」
血管が浮き出る処かはち切れそうなセシリアを見て、ヤバいと察した一夏は代わりに訊くことにした。
「あー……、柳さん。柳さんは入試どうだったんです?」
「……受けてると思うか?」
「で、ですよね……」
隆道の自己紹介を聞いていれば入試を受けていない事など直ぐに分かる。それに気づかないほど冷静じゃなかったのだろう。
これ以上は非常にまずい。セシリアは爆発しそうであり、このままだと隆道から先程消えていたどす黒い何かが再び出てくるかもしれない。
一夏は、ひとまず彼女を落ち着かせる事を優先した。
「えーと、落ち着けよ。な?」
「こ、これが落ち着いていられ──」
言葉を遮るようにチャイムが鳴り響き、セシリアの怒りは無理矢理鎮火される。
「っ……! また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
そういって彼女はズカズカと自分の席へ戻っていく。
よくない、二度と来ないでくれと二人は思うしかなかった。
「……ところで織斑、さっき教官を倒したって言ってたが……」
「はぇ? え、えと。いきなり突っ込んできてかわしたら、勝手に壁にぶつかってそのまま動かなくなりました」
「ただの自爆じゃねぇか」
「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」
一、二時限目と違い、三時限目は真耶に変わり千冬が教壇に立ち授業を行う──はずだったのだがふと何かを思い出したのか話を変える。
「ああ、その前に来月に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
一夏は初めて聞く単語に疑問を抱く。だが代表者という単語には、何故か猛烈に嫌な予感がした。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると変更はないからそのつもりで」
それにより教室は色めき立つ。一夏は非常に面倒な役割だという事は理解した。隆道は相変わらず我関せずを貫いている。
誰がやるのかなと他人事に考えてる一夏であったが──。
「はいっ織斑君を推薦します!」
「私もそれが良いと思いますー」
「では候補者は織斑一夏……他にいないか? 自薦他薦は問わないぞ」
──まさかの生徒からの推薦により他人事ではなくなった。
「お、俺!?」
いきなり名指しされ、つい立ち上がってしまう一夏。
その時に感じたのは数多くの視線。振り向かずとも分かるその視線は無責任で勝手な期待を込めた眼差し。
しかし勝手に決められた本人からすればたまったものじゃない。
「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にいないのか?いないなら無投票当選だぞ」
「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな──」
「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」
横暴だ。そんなの言ったもん勝ちじゃないか。そう思わざるを得ない一夏は最後の手段に出ようとする。
「だ、だったら俺は──」
『お前が気にすることじゃない──』
「────」
──いや、出来なかった。
「……すみません、なんでもないです」
言いかけた言葉を止め、一夏は席に着く。
彼は出来なかった。道連れにする為に、巻き込む為に隆道を推薦することなど。
今後仲良くやっていけそうだというのに、自らそれを壊すなんて最低だと。
なんとしてでも代表者になることを回避したかったが、彼を巻き込む事だけはどうしても出来なかった。
代表者は避けられない。諦めかけたその時──。
「待ってください!? 納得がいきませんわ!」
机を強く叩き立ち上がるセシリア。
彼女は自分こそクラス代表に相応しい。周りの生徒は自分を推薦するはずだと思っていたが、推薦されたのは自分ではなく男。
無理矢理鎮火した怒りは再び火がつき、直ぐ様膨張し、ついに爆発する。
「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
一度爆発した怒りは収まりつかず、次第に加速する。
激昂のあまり、本人も既に自分が何を言ってるか分かってないのだろう。
「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」
セシリアは止まらない。止まれない。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で──」
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
セシリアの連続する罵倒に、つい我慢出来なくなった一夏はつい口を滑らせてしまう。
罵倒が一気に止み、聞こえてしまったかと後ろを向くと、休み時間同様顔を真っ赤にしているセシリアを見てやってしまったと後悔した。
「あっ、あっ、あなたねえ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
先に侮辱したのはどっちだと一夏は思ったが、今のセシリアには何を言っても同じことだろう。
完全に敵意を向けたセシリアは机を叩き、大きく叫んだ。
「決闘ですわ!」
いきなりの決闘宣言に困惑する一夏だが、散々言われっぱなしで黙っていられなかったのかこれに同意する。
「おう。いいぜ。四の五の言うより分かりやすい」
「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い──いえ、奴隷にしますわよ」
「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」
「そう? 何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」
売り言葉に買い言葉から始まった決闘宣言。教室の隅でそのやり取りを見てて隆道は非常に不愉快だと、下らないと思った。
(代表候補生が素人に決闘ね……タチが悪いにもほどがあんぞ)
もはや自分の実力を示したいことでいっぱいなのだろう。色々見えていない事が隆道には丸わかりだ。
(つーか教師は何やってんだよ、止めろよ)
教師二人の方に目を向けるが、その姿からして止める気配がない。真耶は終始おろおろし、千冬は口を出さず傍観している。
真耶はともかく、何故千冬は何も言わないのか。隆道は思考の末、ある推測が浮かぶ。
(まさか、戦わせようとしてる……?)
そんなはずはない、経験と知識が圧倒的に足りない一夏に代表候補生をぶつけるなど正気の沙汰ではない。
そう思いたいが──すぐにそんな甘い考えは消える。
(まさか……自分の弟すらもあんたは……!!)
心が歪みに歪んだ隆道は、自分の家族である弟すらも餌食にしようとしてるのだという歪んだ結論にたどり着く。
だが実際は違う。戦わせようとしてるのは間違っていない。しかし女尊男卑の餌食にしようとしてる訳でもない。
一夏のISに関する知識は悲しいことに皆無だ。今後様々な壁にぶち当たることだろう。
最初に圧倒的強者をぶつけ、今後の成長を促そうという、千冬なりの考えだった。
しかしこれは残念なことに適切ではない。成長といっても必ず段階というものが存在する。知識を身につけ、基礎を学び、実践する。この流れがあるから人は成長するのだ。
言葉足らずな千冬の行動一つ一つが一夏を無意識に荒事に巻き込み、隆道の憎悪を膨らませる。
彼女もまた、世間一般的に大人であれど未熟な人間であった。
そんな隆道と千冬の考えなんざ知るわけもない一夏はまたもや爆弾発言を落とす。
「ハンデはどのくらいつける?」
「あら、早速お願いかしら」
セシリアは一夏の発言にほくそ笑んだ。
当然だと。素人が代表候補生に勝てるわけがないだろうと。やはり男は弱いのだと。
しかし──。
「いや、俺がどのくらいハンデをつけたらいいのかなーと」
(あのバカっ! それを言っちゃ──)
思わず隆道も立ち上がろうとするが、この発言によりクラスからドッと爆笑が巻き起こる。
「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」
「男が女より強かったのって、大昔の話だよ」
「織斑くんとや、柳……さんはISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」
一部を除く生徒は笑う。一夏はまた失言してしまったと後悔した。
セシリアの罵倒に反応したときもそうだったが、隆道に注意されたにも関わらず考えなしの発言を二度もしたのだ。
きっと失望されただろう。生徒達に嘲笑われることよりも、隆道に失望されたかも知れない事が頭を過る。
「……じゃあ、ハンデはいい」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデをつけなくていいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」
生徒達に嘲笑われる一夏を見て気分が良くなるセシリア。さっきまでの激昂などすっぱりと消えており、明らかな嘲笑を顔に浮かべていた。
「ねー、織斑くん。今からでも遅くないよ? セシリアに言って、ハンデ付けてもらったら?」
「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデはいい」
「えー? それは代表候補生を舐めすぎだよ。それとも知らないの?」
「…………」
一夏の斜め後ろ席にいる生徒に助言を貰うが、その表情は苦笑と失笑が混じったもの。
頭に来た一夏は意地を見せるが、それが余計に生徒の嘲笑いを誘う。
一夏はこれまでの流れで痛感した。隆道の注意をしっかりと肝に命じておけばよかったと。
始まりはセシリアの罵倒だったが、代表候補生との試合が決定したり嘲笑われたりする原因は、他でもない自分自身だ。ダメな奴以外なんだというのだ。
許してくれると思えないが、ひとまず後で謝りにいこう。そう一夏は決めた。
猛省した一夏を余所にセシリアは思い出したかのように言う。
「……ところで、さっきからなにも言わずに黙っているあなた」
「…………」
教師を含む生徒全員が驚愕する。気分が良くなったセシリアが、今度は隆道に牙を向こうとしてるのだ。
今は隆道からは何も感じないが、いつまた最初に会った時の敵意を出してくるか分からない。むしろ、それがかえって不気味に感じられた。
しかし、セシリアは気分が高揚して麻痺してるのか、そんな不気味とも言える隆道に食って掛かる。
「なんとか言ったらどうですの? それともわたくしに恐れをなしたのかしら?」
「…………」
彼女の挑発に、彼は全く微動だにしていない。顔を向けていないため表情も分からない。
流石に彼女もそんな隆道の態度を見て段々と不機嫌になる。
「っ……! あなたっ、さっきから黙って……こちらを向きなさい!」
「…………」
ここでようやく隆道は反応し彼女の方を体ごと向く。立ち上がらずに、手をポケットに突っ込んだままの姿勢で。
それだけの動きであったが、隆道を見て全員の息が詰まった。
『どす黒い何か』がそこにあった。
その顔は歪み、目は鋭さを持つという生徒全員が見たこともない表情。
そんな彼は黙って彼女を見据えている。
言い様の無い殺意はセシリア以外も巻き込み、数人は吐き気を催す。
なんだ、なんなんだこれは。目の前のこれはいったいなんだと彼女は恐怖した。
「随分と言ってくれるじゃねえか」
「「「「!?!?!?」」」」
そう一言、自己紹介以来一夏を除いた全員に発した言葉は、彼女達の心臓を締め付けた。
(柳、お前っ……!)
千冬は隆道を見て異変に気づいた。
それは朝方に千冬に対して向けられた時のものとは違う。
(悪化している……!?)
政府に無理矢理検査され、適正が発覚した後の拉致監禁。入学直前で護衛十人を相手し、千冬との会話で怒りと憎悪は抜けたがそれも微々たるもの。
そこからは二時間目の千冬の発言、休み時間のセシリアの絡み、そして三時間目の一連。
二度ほど一夏との会話により治まってはいたが、実はただ感情に蓋をしただけ。
心という壺に溜まりに溜まった憎悪はいつしかどす黒い何かと殺意を生み出し、溢れ出す。
隆道は少なくとも憎悪が治まるまでここに来るべきじゃなかった。
「女が強い……ね。そんなのISありきの話だろうが」
「あ……う……」
そのあまりにも強烈な殺意に、セシリアは言葉を出せない。逃げ出したいが体が動かない。
「どうした、さっきまでの威勢はどこいったんだよ、なあ」
隆道が喋る度に胸が締め付けられる。
千冬はなんとしてでも止めたいが、体が動かない、動けない。
「随分と静かじゃねえか。ほら……」
ナントカイッテミロヨ。
その最後の言葉を聞いた生徒全員は椅子から転げ落ち、数人は気絶する。セシリアだけは立ったままだったが、指一本動かすことすら出来なかった。
「……ふぅ」
小さくため息を吐いた隆道はゆっくりと立ち上がって教室を出ようとする。
「や、柳……さん……」
一夏は教室を出ようとする彼に声をかける。放っておくといけない気がしたからだ。
しかし、思うように言葉が出ない。そんな一夏に気づいたのか、彼はゆっくりと振り向き──。
「……悪かったな」
──哀しげな表情で一言だけ。そのまま教室を出ていった。