IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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意外と早めに書き上がりました。
しかし、文字数が安定しない……!本当はもっとボリュームがある筈だったのに……!!


第四十話

 かつて、デュノア社にはシャルロットの排除を目論む悪党共がいた。

 

 

 

 次期に大いなる権力を持つであろうデュノア社社長──アルベールの娘、シャルロットの暗殺。悪党共は富、権力を手に入れるその第一歩としてそれを決行しようとしたのである。

 自らの為に他者──しかも幼き子供をを亡き者にしようとする畜生共。この世界は、人が思っている以上に悪意で満ち溢れている。何処にでも。

 しかし、アルベールはその畜生極まりない悪行を一早く察知していた。故に、母親を失い一人となった彼女を引き取りISに乗せ、非公式のテストパイロットとして扱った。

 偶々適性が高い故に乗せた? 違う。世界で最も保護された存在とする為、ただそれだけの為にIS操縦者にしたのだ。適性は一切関係無かった。

 元々は自分が蒔いた種だ。愛人を作り、しかも子供を生ませてしまうなど無責任にも程がある。それは紛うことなき罪だ。許される事ではない。

 しかしだ、生まれてきた子供に何の罪もない。幼き子供を自分勝手に消そうとする畜生の思い通りにさせるなど、彼は絶対に許しはしなかった。

 悪党共だけではない。もう一つの問題。それは親族による悪意ある圧力である。

 突如と現れた彼の実娘。時期に大いなる権力を持つであろう可能性が高い彼女に危機感を感じた親族はあの手この手で潰そうとしていた。

 これを見兼ねた彼は彼女を別邸で生活を強要。敢えて突き放す態度をする事によってある程度の圧力から逃す事となる。

 本当は愛でたい。自分の娘を。しかし、それが悪意によって潰されるならば──突き離す事しか方法が無い。それが、彼が悩みに悩んだ末に決断した苦肉の策。苦渋の選択であった。結果、彼女を擦り切らせる寸前にまで追い込んでしまう事となった訳だが。

 しかし、当然の事ながらそれだけでは不十分。突き放した所で悪党共はあらゆる方法で排除するだろう、親族は圧力を掛けるだろう。必ず節穴を狙うに違いない。権力を、人材を全て駆使して。

 故に、確実に安全である場所へ移す事が必要であった。悪党共や親族から確実に、安全に逃す為に彼が選んだ先が──『あらゆる法の適応外』であるIS学園。そこへ彼女を送り込む事が最善策。悪党共や親族からだけでなく、国からも逃す事が出来るそれに、彼は目を付けた。

 引き取ったその日から計画していた、娘を守る唯一の方法。彼女を入学させて卒業のその日までに事態を必ず終息させると、彼は意気込んだ。

 

 

 

 その安易な考えは入学直前にぶち壊される。

 

 

 

 悪党共は予測していた。必ず娘を安全圏であるIS学園に入学させると。

 流石の彼等であってもIS学園に手を出せない。入学させてしまえば最低で三年間は無事となる。そこで彼等が考えた案とは何か。

 そう、外側から不可能なら内側から。つまりは──IS学園に潜む暗殺者に依頼する事であった。一部の政府と人間と繋がりを持つ悪党共は巨額の金等をつぎ込みシャルロットの暗殺を依頼する。

 そしてもう一つ、誰も予測出来なかった事態。それは男性操縦者の発覚だ。これによって一部の政府は彼女を利用する事にした。

 元々は暗殺対象、粗雑に扱っても心は痛まないと彼女を代表候補生に仕立て上げて男装を強要、データ奪取をする様にとアルベールに指示。元々予算等で脅され、既に後が無かった彼は従ってしまう。そして転入直前で彼は知らされる。自分の娘が使い捨て──どの道を歩んでも暗殺されるという事に。

 

 

 

 これが、シャルロットが遅れて転入した真実。

 

 

 

 父親が男装とデータ奪取を強要? 違う。

 

 

 

 全ては悪党共が目論んだ、悪意極まる悪行だ。

 

 

 

 しかし、それはもう終わった事。今やフランス政府は混乱に陥っている事だろう。デュノア社も大慌てに違いない。それは避けられぬ事だ。

 しかし、アルベールはもう娘を気に掛ける必要は無い。残すのは悪党共の排除、そして第三世代の開発に全力を注ぐのみである。

 それ等をここで語る必要は無い。何れ悪党共や荷担した一部の政府は全て排除される。

 シャルロットは──もう自由だ。

 

 

 

 

 

「本当に感謝しかない。ありがとう、学園長」

 

『我々は何も為す事が出来ませんでした。全ては彼……二番目のお蔭です』

 

「二番目が……?」

 

『ええ。我々に頼らずに、たった一人で阻止を。自らの危険を顧みずに、です』

 

「……まさか。そんな、事が」

 

『しかし、それが事実です。……デュノアさん、貴殿の娘さんは真実を一切と知りません。我々が暗殺を阻止した……そういう事となっています。彼が望んだ事です、どうかこの事は内密に』

 

「……わかった。しかし、何故二番目が?」

 

『それは我々にもわかりません。それを知るのは彼自身だけですので』

 

「そうか。何れにせよ、いつか礼を言わねばな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルロットが男装を止めて本来の姿で現れたその日は、それはもう大騒ぎであった。

 

「男装を止めても囲われるのは相変わらず、か」

 

「仕方無いですよ。突然の事ですし聞きたい事が多過ぎですから」

 

 生徒達に囲われる彼女を遠くから覗く隆道達は他人事の様に呟いていた。彼女としてはこの状況を助けて欲しいと願う所であったが、こればかりはどうにもならない。自分達は無関係を貫いた。頑張れシャルロット。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()か。どこにでも悪党はいるもんだ」

 

「俺もついさっき聞いたんですけど一部の政府が強要したんですよね。家族を脅して……全く酷い奴等ですよ」

 

「……そう、だな。まあ、自由になったんだから良かったじゃねえか」

 

 シャルロットの男装に関しては、一部の政府が『男性操縦者のデータ奪取の為に強要、でないと親族を潰す』。そういう事になっている。暗殺に関しては一切と広められなかった。一生徒が学園内で暗殺対象になっていたなど知られてしまえば余計な混乱等を招いていたであろう。当然ながらこの件は内密に処理される事となった。

 暗殺計画の全貌を知るのは極一部の教員と生徒のみ。彼女は暗殺計画自自体は知れど、その全ては知らない。教員が暗殺を阻止した、それだけを知らされている。

 

「……俺、何も出来ませんでした。結局は教師に頼って……」

 

「ばっかお前。お前が支えたから今まで折れずにいられたんじゃねえか。そもそも俺達がどうこう出来るもんじゃなかったんだ、そうしょげんな」

 

「……ありがとうございます」

 

「ん」

 

 そう一夏を宥めながらも彼は、今も尚生徒達に囲われている彼女を見やる。困惑はすれど、そこには笑顔が垣間見えていた。

 そうだ、これでいい。世の中には知らない方が良い事もある。これが正にそうだ。自分が暗殺を阻止したなど彼等に言う必要は無い。彼女に感謝されたくてやった訳ではないのだから。凶器を、暴力を振り回す自分が感謝される資格など無い。

 現に今、一部の教員からは危険視されている。彼女達のその目はまるで猛獣を目の当たりにしたかの様な眼差し。言うならば怯え。犯罪者相手とはいえ、生活に支障を来す程の事を仕出かしたのだから当然と言えば当然。何人かは拘束すべきだと抗議したとか。今もこうやってのうのうとしていられるのもデータ採取が優先なのか、若しくは別の何かか。それを知る術は無い。

 しかし、彼はこれを一切全く気にしなかった。気にするだけ無駄、自分がやるべきだと判断したから実行した、たったそれだけの事。人目を気にする様な人間だったなら今日まで生きていない。

 ISに乗る事自体は未だに嫌悪感が残るが、今更喚いた所で何も変わりやしない。データ採取の為に存在する実験台として生きるしかない。自分の事は今更ながらどうだっていい事だ。

 

「…………」

 

 彼女の男装問題は消えはしたが、同時に新たな問題が生まれた事に次第にと顔付きが渋くなる。それは自身の持つ専用機『灰鋼』についてだ。

 二日前──暗殺者を強襲した際に使用した武器や指向性散弾は当然と全て没収された。しかし、『灰鋼』から展開された二つの対人兵装に関しては全く以て謎。それしか言いようが無かった。

 例の装甲もそうだ。ISのそれとは全く違った、人体に合わせた右腕。調査の為に展開を試みるも『作成中』と表示されるのみ。どういう訳か一向に展開が不可能であった。

 対ISではない、明らかに対人を想定した兵装。この『灰鋼』は謎だけが深まるばかりだ。

 使い慣れたマチェットに、そしてクロスボウ。もしも、この専用機が明確な意思を持ち、自身に合った武器を作ったというのならば──。

 

「……っ」

 

 

 

 ──道具の癖に。

 

 

 

 ──兵器の癖に。

 

 

 

 ──悍しい。

 

 

 

 ──気持ち悪い。

 

 

 

 ──反吐が出る。

 

 

 

「……柳さん?」

 

「んあ?」

 

「なんか、凄い顔してました。どうしました?」

 

「いや。つーかお前、今まであいつと一緒の部屋だったんだからそろそろ馬鹿共が来るだろ。悪いが俺は退散するからな」

 

「……あっ!」

 

 その後、一夏の前に生徒達が雪崩れ込んで来たのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルロットの騒動から二日後の水曜。

 放課後となり次々と生徒達が教室から出ていく最中、未だに席で項垂れている生徒が一人。

 

「なんという事だ……」

 

 そんな事を呟くのはポニーテールの少女──箒である。彼女の心中は些か穏やかではなかった。穏やかではない理由、それは来週の月曜から開催される学年別タッグトーナメントに関している。

 

 

 

 そう、学年別()()()トーナメントだ。

 

 

 

 タッグ戦となれば当然ペアが存在する。問題はそのペアについてであった。

 遡る事、トーナメント仕様が変更された当日。意中である一夏にどういう風にペアを誘うのかと乙女心よろしく考えていた所、夜はもうどっぷりと更けていた。あまりにも考え過ぎであった。

 これに焦った彼女はせめて日付が変わる前にと彼の部屋を訪れたのだが、待っていたのは──。

 

『悪い。もうシャルルと組んじまった』

 

 ──無慈悲な返事であった。

 それからどうしたものかと考え、ならば同室の生徒ならばどうかと聞いてみる事に。

 その生徒の名は鷹月 静寐(たかつき しずね) 。生真面目な性格とは裏腹に、くだらないジョーク本が好きな彼女とは半月にも満たない同室だが親しくなった生徒だ。

 ぶっちゃけ言うと、親しい生徒は静寐を除けば非常に少ない。故に、ペア組みをそれはもう祈願の如くお願いしたのだがそれは簡単に砕かれる。

 

『ごめんね、篠ノ之さん。私もうペアいるの』

 

 返って来た返答はまたしても無慈悲であった。しっかり者である静寐はタッグ戦と知った直後にペアを組んでいたのだ。この女、全く隙が無い。

 どうしたものかと考えている内に締め切り期日は過ぎて、結局は抽選でのペア決め。しかもその相手はよりによってラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

「……はぁっ」

 

 そう、彼女のペアとなったのはラウラなのだ。ここ最近で隆道と私闘した、あの少女と。聞けば一年で抽選ペアになったのは彼女とラウラだけであったとの事。これが決定したその瞬間、彼女は崩れてしまった。最悪の中の最悪である。

 確かに戦力としては十分──いや、十二分だ。目的こそ『一組の誰かが優勝』故に問題は無い。

 だがしかし、二人は全くと言って良い程に意見が合わない。何せ、ラウラは彼女の話を聞く気は最初から無いのだから。

 ペアが決まった際一度だけ口を開いた事があるのだが、その時にラウラが放った言葉が──。

 

『邪魔をしなければそれでいい』

 

 ──これだ。あまりにも不遜である。

 それに関しては彼女自身あまり気にしてない。反りが合わない人間など幾らでもいるから。今更気にしてどうするというのだ。そういう考えだ。

 では何故、彼女は穏やかではないのか。それはある感情が上回ったから。その感情とは──。

 

 

 

 ──()()()()

 

 

 

 力が全てだと思っているその姿は──かつて、自分がしてきた姿そのものに見えていた。

 それはまるで鏡。暴力の限りを尽くした過去の醜態を見せ付けられている様な気分となり、彼女は心底堪らなくなっていた。

 

「…………」

 

 ふと、時刻を見れば予約していたアリーナ使用の時間まで残り僅か。行かねば訓練機の操縦時間が減ってしまう。一夏との時間が減ってしまう。

 と、思いはするものの──。

 

「……やる気になれん」

 

 今日は到底訓練をする気にはなれないでいた。キャンセルして空いた枠を他の生徒に譲るかと、そんな考えが頭を過ってしまう。

 元々が好き好んでISに乗っている訳では無い。全ては一夏と一緒になりたいから、それだけだ。なのに今日はそんな気分とはなれない。マイナス思考が渦巻くその最中──。

 

「おい」

 

「はいぃっっっ!?!?!?」

 

「うおっ。……なんだよ」

 

「あれ? ……や、柳、さん?」

 

 完全な無防備状態であった彼女は唐突な声掛けに飛び上がり絶叫。直後に我に返り、顔を上げると此方を見下ろす隆道の姿。

 いつも通りの硬い表情。彼の事に関しては今になっても全く以てわからない。女性不信である筈なのに何故、自分には普通に接するのか。

 女性不信といえばシャルロットもそうだ。男装して彼等を騙していたのに、どういう訳か普通に接している。今では彼と普通に接する事が出来る女性は自分とシャルロットのみだ。これには彼女だけでなく皆が困惑した。特に──。

 

『どうしてですの……。何が違うんですの……』

 

 ──セシリア本人は。

 何故、自分は無視されて彼女達は普通なのかと困惑処か混乱に陥っていた。

 全く以てわからない。彼のその心が。

 

「ったく。織斑といい、デュノアといい、お前といい……何かしらしょげてる奴ばっかだな。予約まで時間ねえぞ、いつまでそうしてるつもりだ」

 

「……私は、今日は──」

 

「さっさと行かねえと織斑と一緒の時間減るぞ。王子様との時間がな」

 

「なっ!?」

 

 どきりと、彼女の心臓が跳ねた。まさかバレているのかと彼女は勢いよく立ち上がる。

 

「わ、わわ、私が、い、いち──」

 

「ほんっと分かりやすいな、お前」

 

「~~っ!」

 

 彼には完全にバレバレであった。というより、何故バレてないと彼女は思ったのか。わからない人間など朴念仁の一夏くらいであろう。わかるなという方が無理である。

 完全にしてやられた。顔を真っ赤にする彼女は正に林檎だ。このままではからかわれてしまう、何としても普段通りの態度に戻さねばと猛必死になる彼女。それを見やる彼が放った言葉は──。

 

「気ぃ晴れたか?」

 

「え? ……あ」

 

 彼女は気がつけば、心の奥底にしつこく渦巻く嫌な感情は消えていた。

 はっと顔を見上げると彼と目が合う。その瞳はとても黒く、とても暗く、とても真っ直ぐで。

 

 

 

 ──まただ、またこの目だ。

 

 

 

 以前も見た、此方の気持ちを伺う様なその瞳。そこには負の感情は一切見えはしなかった。何を考えているのか掴めない、わからない。その目を見る度にいつも引っ掛かりを感じる。それを感じると、次第に一夏に対する胸の高鳴りは収まっていった。

 この引っ掛かりはなんだ。この感覚はなんだ。この感情は──いったい何なのだ。

 

「人の色恋沙汰に首を突っ込む気は更々ねえよ。……んで、どうすんだ。行くのか行かねえのか」

 

「……ありがとうございます。行きましょう」

 

「ん」

 

 しかし、時間はたっぷりとある。彼から感じる引っ掛かりは何れわかる筈だ、焦らずにいこう。そう彼女は気持ちを切り替えた。

 勿論、一夏の好意も忘れずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は進み、第二アリーナにて。

 

「はい? まだ来れないと?」

 

「ああ、頼まれ事をされたらしい。ったく、そうほいほい返事すんなっつってんのに……」

 

「い、ち、かぁ~……!!」

 

 現在、隆道は『灰鋼』を、箒は『打鉄』に搭乗してステージの隅にて立ち往生。そこには一夏とシャルロットの姿は無かった。

 一夏は雑務を終えて此方に向かおうとした所、見知らぬ生徒に頼まれ事をされたとの事。それを終えてから向かうそうだ。

 シャルロットに関しては大した事情では無い。日用品買い出しの為に外出しているだけである。よって今回は不在だ。

 シャルロットは別に良いとして、問題は一夏の方である。折角気持ちを切り替えてやって来たというのに当の本人がいないとはどういう事だと。箒は先程とは別の意味で顔を真っ赤にしていた。

 

「そう怒んなよ。あいつは別に浮気してる訳じゃねえんだからよ」

 

「う、うわっ……! ですから私はただ……!」

 

「そういうとこだっつーの」

 

 顔を真っ赤にする彼女を余所に彼は考え出す。一夏が直ぐに来ない事には致し方ない。どうするべきかと彼は悩んでいた。

 一夏もいない、シャルロットもいない。残すは自分と箒のみ。許可無しの戦闘行為は禁止されている以上模擬戦は不可だ。一夏が来るまで何か暇でも潰すかと彼は武装を展開した。それは数ある後付武装の中でも最大級の威力を持つ近接兵装、『鋼牙』。

 

「うわっ。それって……」

 

「ああ。……こいつな、使っていく内に妙な事に気づいたんだよ」

 

「妙な事……?」

 

「以前……四月の頃だな。俺がこいつの空撃ちで思いっきり吹っ飛んでたのは覚えてるか? でも今はこうやっても──」

 

 そう言って彼が繰り出すのは軽いジャブからの射突。爆発音と共に二本の杭は突き出され、巨大な二つの空薬莢は宙を舞う。彼はそこからブレはされど吹き飛びは疎か、後退りすらしなかった。

 

「あ、あれ?」

 

「な? 反動軽減してんのか何かは知らねえけど全然吹き飛ばねえんだ。何度っ、やってもなっ」

 

 そう口に出しながらの連続射突。そうする度に辺りは風圧で煙が舞い、空薬莢は転がっていく。それでも彼は微動だにしなかった。

 本来ならパワーアシストを用いても決して抑え切れない反動。熟練者すら扱いに困るソレを彼は何故、こうも簡単に使い熟しているのか。故に、彼女はほんの少しだけその武装に興味が湧いた。

 

「……あの、私も試してみても良いですかね?」

 

「こいつを? ……ほら。つーか、大丈夫か?」

 

 その巨大過ぎな武装を外し彼女に渡す彼。ソレを装着する彼女は何処かおぼつかない足取りだ。

 何気なく『鋼牙』を渡した彼であったが、実の所不安げであった。何せ、使い始めた当初はどう踏ん張っても吹き飛んだのだから。自分がそうなら彼女はそれ以上となるに違いないと。

 

「『突き』ならば剣道で経験ありますので……。では、いざっっっ!!!」

 

「いや、それ関係ねえ──」

 

 彼の警告も虚しく、彼女は『鋼牙』を放った。その結果──。

 

「──あああぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

 

「あーあ」

 

 ──案の定盛大に飛んだ。それはもう紙吹雪の如く吹き飛んだ。

 彼女は爆発音と共に後方へと爆速で吹き飛び、ボウリングの如く転げ回っていく。本人は突然の吹き飛びに大混乱、それを見守る彼は一夏も盛大に転げ回っていたなと思い返している。この男、不安げながらも結構呑気にしていた。

 

「~~っ!!」

 

「結構いったな。織斑より飛んでたぞ。記録更新おめでとさん」

 

「そんな記録いらないですっ! というか何なんですかこれっ!! 無理ですよこんなのっ!!」

 

 あまりにも不名誉である。誰がこんな駄目駄目な記録を欲しがるのか。誰も欲しがらない。

 というよりそもそもだ、彼女の反応が正しい。おかしいのは彼──いや、『灰鋼』だろう。普通は微動だにしないなんて事は決して有り得ない。いったい何故なのだろうか。

 その理由は単純明快。実はこの『鋼牙』、ある操作をするだけでほんの多少はマシになるのだ。

 その操作はPICの手動制御。自動制御のそれを手動制御に切り替える事によって細やかな動作を行う事が可能だ。要はそれを『鋼牙』に応用しているのである。

 射突するその瞬間にだけ手動制御を起こし反動を極限に抑制。そうする事で漸くこの武装を扱う事が出来る。そう、実はこの武装は自動制御だと上手く扱う事が絶対に不可能なのである。

 では彼が手動制御を? 答えはNO。そんな高度な技術など持ち合わせてはいない。当然の事、その制御を行っているのは『◯一九』が作り上げた『ハイブリッド兵装制御システム』によるもの。これによって『鋼牙』は安易に扱える様になったのである。彼の技術が上がった訳ではなかった。

 勿論、彼はその事実を知らないし、他の誰しもまだ知らない。仮に知った所で何も思わないか、更に悍しく感じるか。『◯一九』の思いが届く日は何時になる事やら。

 

「よくこんなの使い熟せますね……。私には無理です」

 

「知らねえよそんなの、いつの間にかこうなってんだからな。ったく、俺にも何が何だか──」

 

 

 

 

 

 ──愚痴を溢した、その時。

 

 

 

 ──()()は唐突にやって来た。

 

 

 

 

 

「──っっっ!?!?!?」

 

「うわっ!?」

 

 突如として感じた脅威と、目の前に表示されたロックオン警告。彼は彼女を突き飛ばしその場を回避。先程までいた場所には弾丸の雨が横切る。

 

「な、何をっ──」

 

「篠ノ之ぉっっっ!!!」

 

「──ぐぅっ!?」

 

 それもつかの間、今度は彼女に弾丸の雨が降り注ぐ。自動防御により大事には至らなかったが、それなりのダメージを受けてしまう。

 決して流れ弾では無い、明らかな攻撃だ。その弾幕の出先は──。

 

「──っ!? 何のつもりだお前等……!!」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 辺りを見渡すと訓練機に搭乗する生徒が六名。いつの間に二人を囲う様にして佇んでいる彼女達はそれぞれ武装を携え此方を睨んでいた。

 ある者は中距離兵装を、ある者は近接兵装を、ある者は──その両方を。

 

 

 

 その目は、明確な『敵意』と『憎悪』。そしてもう一つは彼自身が良く知っている──。

 

 

 

「やっちゃえぇっっっ!!!」

 

 

 

 ──『悪意』そのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、校舎にて。

 

「ありがとう織斑君。一人じゃ重くて……」

 

「良いですよこれくらい。助けになるなら何よりですって」

 

 クラス代表の雑務を終えた一夏は、生徒と二人で山積みの荷物を運んでいた。その生徒の名前は知らない、学年もわからない。しかし、振る舞いからして上級生だという事は察していた。

 頼まれたからには無下に出来ない。力仕事は男の自分がやらなくてはと、そう彼は思っている。それ故にすんなり頼み事を了承した。決して女性を下に見てる訳ではない。

 

「それで……何処まで運べば良いんです?」

 

「ああ、こっちこっち」

 

 そう連れて行かれたのは人影を感じない校舎の奥側、行き止まり付近にある部屋であった。

 殺風景。その言葉が似合ってしまう程に。

 

「……?」

 

「到着~。その荷物はあそこに置いておいてね」

 

 そう言って生徒が指差す先は、部屋の隅。それに関しては何も思わず運んだのだが、置いて直ぐにある感情が生まれ始める。

 ここは物置なのだろうかと。入ってみると机も何も無い、がらんとした風景。こんな場所に何故荷物をと思う彼だったが、あまり深く考えないでいた。

 

(何だ……これ……)

 

 しかし、そんな彼をじんわりと何かが纏う。

 それは胸騒ぎ、以前も感じた不穏な感覚。何か大事になる、そんな予感が身体を、脳内を通る。

 

「……あの、すいません先輩。友人を待たせてるので後は──」

 

 その嫌な予感は最絶頂に達し、居ても立ってもいられなくなった彼は直ぐに立ち去ろうと生徒に向かって振り向いた。

 

「────」

 

 

 

 

 

 彼は、固まってしまった。

 

 

 

 振り向いた先には──。

 

 

 

 迫り来るスタンガンの閃光と──。

 

 

 

 ──『悪意』に満ちた生徒の顔が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その部屋からけたたましい音が鳴り、廊下へと響き渡る所に少女が一人、静かに歩いていた。

 サイドテールの髪型をした、一見すると無改造である制服を着る彼女は人気の無い所でいったい何をしているのか。

 

「……あーあ」

 

 彼女から漏れたのは腑抜けに抜けた声。それと同時に足取りは速くなり、懐へ手を伸ばし弄る。

 そこから取り出したものは──。

 

「……イヒヒッ」

 

 

 

 ──一丁の小型拳銃(リボルバー)

 

 

 

「フンフフーン♪」

 

 拳銃を弄りながらも鼻歌を歌う彼女──日葵。彼女の向かう先は──。




◆220㎜ダブルパイルバンカー『鋼牙』×2
日本製の巨大二連装パイルバンカー。
ISのシールドバリアーと装甲を一撃で破壊する為に開発された『盾殺し』。弾倉にはそれぞれ三発装填可能で計六発となるが、同時発射の為に実質三発+一発と非常に少ない。
PIC自動制御では絶対に反動制御が不可能。運用の際は高度なPIC手動制御の必要がある。



~ここから後書き~

アンケート結果により台詞の特殊フォントは今まで通り使っていこうと思います。

唐突の『悪意』がオリ主達を襲う!!

次回、「悽愴月華」。

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