IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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お待たせしました。
申し訳ない。後半がかなり雑になっています。(元々雑だらけですが)
そして、漸くオリ主のワンオフ御披露目です。
一年以上も待たせてしまった……。

追記。

申し訳ない。後書きにて一つ忘れていた情報がありました。よければ今一度目を通して見てください。


第四十一話

 ある者は、彼等に希望を持った。

 彼等の存在によってこの狂った社会が変わってくれる、変えてくれる。そう信じて。

 

 

 

 ある者は、彼等に可能性を見出だした。

 彼等を研究すればテクノロジーの大きな進化、その第一歩となる。そう確信して。

 

 

 

 ある者は、彼等に危惧した。

 彼等の発覚により自らにだけ与えられた権力が脅かされる事になる。そう萎縮して。

 

 

 

 そして、ある者は──彼等に憎悪を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園校舎、その奥部屋。

 スタンガンを持った生徒は一夏に向けてそれを放った。改造を施して威力を上げた凶器を。

 背後からの完全な不意打ち。振り向いた時点で目前に迫って来たそれは確実に避けられぬ攻撃。彼は受ける以外の選択肢が無かった。

 

 

 

 ──その筈であった。

 

 

 

「ぐ……! ぐぐ……!!」

 

「なっ……! この……!」

 

 

 

 

 ──否、彼はそれを受ける事は無かった。

 

 

 

 反応が非常に良かった故か、彼は咄嗟に相手の手首を掴み攻撃を阻止、目と鼻の先でその凶器は止まっていた。ほんの少しでも反応が遅れていたならばその顔面に受けていたに違いないだろう。ギリギリ、紙一重、危機一髪と言った所だ。

 今も閃光を放つスタンガンを持つ生徒は驚愕の表情を出すも、諦めまいと腕に力を込めている。全力を以て、全体重を掛けて。表情は次第に険しくなり、それは『悪意』から『敵意』、そして『殺意』へと変貌。時間が経つにつれ次第に力が強くなっていく。

 だがしかし、そこは男と女。単純な力比べなら当然の事、彼の方が勝っている。更に鍛えている故に負ける事は断じて無い。

 

「ぐ……おお……!!」

 

「この、バカ力が──」

 

「──だぁっ!!!」

 

「──きゃっ!?」

 

 彼は生徒の、ほんの一瞬の隙を見つけ出した。その隙を突いて胴体に掌底、突き飛ばして大きく距離を離す。生徒は転げ回るもそれも一瞬、直ぐに体勢を立て直しスタンガンを構える。

 

「何の、つもりですか……!」

 

「この、男の癖によくも……!!」

 

「……!」

 

「「…………」」

 

 気がつけば、凶器を向けてきた生徒の他に二人の生徒が側にいた。彼女達もリボンを外した状態で学年は一切とわからない。恐らくは──いや、間違いなくそれは意図的なものと彼は確信する。

 

「許さない……! 絶対に許さない……!!」

 

「大人しくしてればいいものを……!!」

 

「この男風情がっ!!」

 

 罵倒が飛ぶと同時に残りの二人も懐から棒状の物を取り出し、それを勢いよく振り出す。それは暗器の一つ──伸縮性の警棒。それを構える彼女達は徐々に距離を詰めていく。

 唐突な一対三という状況。しかも、相手三人は全員が凶器持ち。幾ら鍛えている彼とは言えど、多人数の対武器格闘戦術など会得してはいない。喧嘩程度ならば経験はあれど、この様な状況など全く経験が無かった。

 しかし、それが普通──当たり前なのだ。ついこの間まで平穏な日常を送っていた人間がそんな代物を持っていない。持っている筈が無い。彼は好き好んで戦う様な戦闘狂では断じて無い。

 

「どうして……!!」

 

 彼は、何一つとして理解出来なかった。

 何故、彼女達は此方に凶器を持っているのか。何故、彼女達は『殺意』を露にするのか。何故、彼女達は自分を襲うのか。

 

『男の癖に』

 

『男風情が』

 

 その時だった。彼の頭に響いた言葉は。そして直ぐ結論に辿り着く。そう、目の前にいる彼女達こそ、この世界にへばり付く癌の一つ。

 

(女尊男卑主義者……!!)

 

 十年足らずで浸透してしまった女尊男卑社会。どの国でも女性優遇制度が設けられ、女性は傲慢と化す。立場は最早雲泥の差、月とスッポンだ。

 だが、彼自身そんな傲慢な女性はあくまで一部だと思っていた。女性の為に男性が働くのは当然の考え、その程度だと思っていた。多くの女性はある程度男性の社会的立場というものを認めてくれている、そう思っていた。

 

 

 

 それは、氷山の一角に過ぎなかったのだ。

 

 

 

 自分が浅はかであったと、彼は食いしばった。目の前で凶器を構える生徒達から滲み出るその『殺意』は本物だ。彼女達は此方を明確に『敵』として認識している。

 

「止めてくださいよ! どうしてこんな!!」

 

「うるさい!! 私達を脅かす疫病神め!!」

 

「男がISに乗るなんて許さない!!」

 

「私達の敵がっ!!」

 

「くそっ……!」

 

 最早対話すら不可能。彼女達は此方の話を一切聞こうともしない。今も凶器を構え、ジリジリと接近している。危機的状況は変わらなかった。

 

(どうする……どうすればっ……!)

 

 力任せに突破する事は不可能ではないだろう。しかしだ、絶対に攻撃を受けない保証など無い。しかも相手は女子。それが彼の行動に嫌でも制限を掛ける事になる。良心というストッパーが。

 女性を殴った経験など無いし、したくも無い。そんなもの、ただの暴力だ。先程のは咄嗟の緊急だった故の行動だったが、もう一度出来るのかと言われれば怪しい。出来る自信が無い。

 

(躱して逃げるしかない!)

 

 それが、彼が選んだ選択肢。三人からの攻撃を躱すのは容易ではないが殴るより遥かにマシだ。そう自分に言い聞かせて彼は身構える。

 

「さあ、覚悟し──」

 

 

 

 三人が彼に襲い掛かる、その直前。

 

 

 

「──あ゛っっっ!?!?!?」

 

「うわっっっ!?!?!?」

 

 急激に部屋の扉が開かれた。そしてそれと同時に聞こえたのは一発の銃声。それは部屋に反響、鋭い爆発音によって耳鳴りが発生し彼は耳を塞いでしまう。警棒を持った生徒も同じくに身を竦んで耳を塞いでしまっていた。だが、スタンガンを持っていた生徒だけは──。

 

「い゛、い゛っだ……!?!?!?」

 

「……!?」

 

 注視すると、いつの間にスタンガンは大破して辺りに破片を散りばめられていた。目の前の生徒は手を押さえ苦しみ悶えている。そこからは夥しい程の出血が。

 それを見てしまった彼は瞬時に理解する。彼女は撃たれたのだと。

 

「──あ゛ぁっっっ!?!?!?」

 

 ──瞬間、またしても銃声。今度は二発。

 それは手を押さえ苦しむ生徒の肩と足に着弾し横転、小さな悲鳴を上げて踞っていく。

 

「誰──」

 

 彼が言えたのはそこまでであった。またしても二発の銃声が響き渡り、弾丸は残り二人の生徒の膝に着弾。関節を狙った精密射撃によって彼女達は転げ回っていく。立ち上がる事は不可能だ。

 充満する硝煙の匂いと部屋に響く三人の悲鳴。それは彼が今まで経験した事の無い──異常。

 

「あああぁぁぁっっっ!?!?!?」

 

「い、痛ぁっっっ!?!?!?」

 

「な、な……」

 

 一瞬。本当に一瞬の出来事であった。

 突然開かれた扉に五発の銃声。瞬く間に三人の生徒が倒れ、先程までの危機的状況はあっさりと終わってしまった。

 響き渡った音は銃声という事は理解している。彼女達は撃たれたという事も理解している。ではいったい、誰がこの様な事を。

 彼は咄嗟に視線を扉に向けると──。

 

「…………」

 

 

 

 そこには、これでもかと言う程に表情を硬くし拳銃を片手で構える少女──日葵が一人。

 

 

 

「え……あ……」

 

 彼は固まらざるを得なかった。それは以前見たへらへらした表情でも、悪魔染みた悍しい狂った笑みでも無い、"無"であった。隆道と全く同じである感情の無い表情の前に身動きが取れない。

 固まる事、約数秒。先に動いたのは彼女の方。彼女は懐から無線機を取り出し淡々と口を開く。

 

「フラワー・ガーデン、応答して」

 

『こちらFG4。今の銃声は日葵様のものですね』

 

「ええ、早急に伝えて。制圧は完了。場所は校舎三階奥部屋」

 

『『『『了解』』』』

 

 無線機から聞こえたのは、これまた淡々とした感情の無い複数の声。必要最低限なやり取りを、彼はただ見ている事しか出来ない。

 

『こちらFG9。第二アリーナにて監視対象二名が襲撃を受けています。人数は六名。『過激派』と断定します』

 

「そう。介入は?」

 

『不可能。訓練機は全て借用済みです。教員の姿は未だ見えず。監視員も『過激派』の可能性大』

 

「……無能教師共が。散々忠告してやったのに。……各員、直ちに他教員へ報告。FG9はそのまま待機、監視を続行して。以上」

 

『了解』

 

 淡々とした無線のやり取りも終わって無線機をしまう彼女は、興味ゼロなのか此方の方を見ようともせず拳銃の薬莢を排莢、弾薬を込め始める。その一連の動作は素人でもわかる程に洗練されていた。間違いなく場馴れしているものだ。

 現実味が全く無い、恐ろしい。彼はそれぐらいしか感じるしかなかった。

 

「ねぇ、織斑君さぁ」

 

「っ!? な、何だよ……」

 

 思考が渦巻く中、唐突に声を掛けられた。我に返りそちらを向くと、彼女と目が合う。

 彼女の表情は硬いままであったが、発せられた言葉は聞き覚えのあるしまりない口調。この状況にも関わらず、場違いであるものに一層と不気味さを感じられる。

 以前の事もあって、彼は彼女に対し良い印象を抱いていない。故に、身構えて臨戦態勢を取る。最悪の事を考えていつでもISを展開出来る様に。

 しかし同時に、彼女もISを展開したならば勝算はあるのかと不安に駆られた。ラウラを圧倒し、姉にも一撃を与えたのだ。自身がどうこう出来る相手ではないだろう。

 彼女はいったいどう動く。彼はこの現状を打破すべく、五感を極限まで研ぎ澄ました。

 しかし、彼に掛けられた言葉は──。

 

「突っ立ってないでさっさと行ったらぁ? あとはこっちで処理するからぁ」

 

「──へ?」

 

 ──全く予想だにしない言葉であった。

 あまりにも予想外であった事に彼はつい間抜けな声を出してしまう。完全に出鼻を挫かれた様な感覚に見舞われてしまっていた。

 襲って来る様子は一切無い。となれば、彼女がここに来た理由は──。

 

「聞こえたでしょぉ、第二アリーナでってさぁ。……篠ノ之さん達、襲われてるよぉ?」

 

「……!!」

 

 その言葉を聞いた彼は直ぐに動き出した。

 礼を言っている時間は無い、直ぐに彼等の元へ向かわねばと全身全霊で走り出す。自身に纏う、その悪寒を振り払って。

 自分が襲われただの、人が撃たれただの、この際どうだっていい。何より優先すべきは彼等だ。もう、あの時感じた嫌な思いはしたくないから。

 彼は廊下を駆け抜ける。大切な仲間の元へ。

 

 

 

 

 

 足音が遠退いていくその最中、それを見届けもしない日葵は硬い表情のまま。そこにはいつもの不気味な笑みは一切無い。全くの"無"であった。

 様々な表情を持つ少女、篠原日葵。誰も彼女の考えている事がわからないであろう。

 無表情で佇む事、約数秒。それは徐々に消え、感情が露になる。

 

「……あーあ、ほんっと面倒」

 

 次第に表情が変わっていった彼女であったが、それはいつもの笑み──ではなく心底面倒そうな表情。頭をボリボリかく仕草からして本当に面倒と思っているのだろう。誰が見ても一目瞭然だ。

 

「ぐ……ああっ……」

 

「……さて、先輩方ぁ。間もなくここにせんせー達がやって来ますぅ。貴重な男性操縦者を襲撃。どう足掻いてもお終いですねぇ。お疲れ様ぁ」

 

 だが、その面倒そうな顔は直ぐに切り替わる。いつもの異様な笑み。いつものしまりない口調。

 しかも、今は片手に拳銃。普段のおちゃらけた姿すら狂気極まりないのだが、それが加わるとより一層狂気が膨れ上がっている様に見える。もうそれは『得体の知れない何か』であった。

 凄まじい程の場馴れ感を醸し出す彼女。一夏が感じていたソレは間違ってはいなかった。寧ろ、慣れている──というレベルでは最早無い。より高度な戦闘を多く経験している、その証明だ。

 専用機持ちともなれば『ありとあらゆる事態』を想定した訓練を課している。それは候補生でも当てはまる事だ。ISが展開不可能な状態に陥ろうと状況を打破出来る様に訓練されている。それは彼女も決して例外ではない。

 つまり、少なくとも彼女は拳銃を使わなくてもあの状況を変えられる技能を持ち合わせていた。多人数を相手に出来る対武器格闘戦術を。

 だが、それにも関わらず拳銃を用いて襲撃者を無力化した。それは何故なのか。

 

 

 

 簡単な話だ。その方が手っ取り早いから。

 

 

 

 基本的に他者の安否など一切気にしない彼女が態々格闘で相手を無力化はしない。面倒だから。拳銃の方が確実に、瞬時に無力化が可能だから。ただそれだけの事だ。深い意味は全く無い。

 ましてやここはIS学園であって、今回の発砲に関しては男性操縦者の防衛となる。咎められる事など何も無い。殺しをしていないだけ有り難いと思って欲しいものだと、そういう考えなのだ。

 彼女も隆道と同じく、敵に対しては一切の容赦が無い。やはり二人は血の繋がった兄妹だ。

 

「な、何……」

 

「うん? なぁにぃ?」

 

 苦しみ悶える生徒の一人は何かを言いたそうにしていた。話す事など何も無いが、少しだけ興味を持った彼女は拳銃を構えつつ耳を傾ける。

 

「何で、なのよ……。貴……女は、此方側(女尊男卑主義)の人間でしょう……? 何で、男なんかを……」

 

「……はぁ、何を言うかと思えばぁ。やーっぱりここは馬鹿しかいないなぁ」

 

「何、ですって……?」

 

 しかし、それを聞いた彼女は大袈裟にがっくりとする仕草を見せた。三人はこれに困惑と動揺を隠す事が出来ない。いったい何故なのだと。

 女性権利団体会長の娘である彼女は此方側(女尊男卑主義)の筈だ。何故、自身の権力を脅かそうとしている男性操縦者を守ったのか。何故、此方の味方ではないのか、それが不思議でならなかった。

 彼女達は一生と気づく事は無いだろう。それが彼女に対する失言だった事に。

 

「あのねぇー、私は代表候補生なんですよぉ? 任務ってものがあるのぉ。ギャーギャー騒いだり権力を振り回すしか能が無いお前達と違ってぇ、とってもとっても忙しいのぉ。わかるぅ? 誰に唆されたのか知らないけどこんな事してめでたしめでたしになる訳無いじゃん? 馬鹿ぁ?」

 

「っ……!」

 

 気に触る物言いだが、生徒達は一歩も動く処か立ち上がる事すら出来ない。彼女は彼女でかなり余裕の現れだが、一定の距離を保って拳銃を胸に抱き抱える様に構えている。奪う事は不可能だ。

 そんな絶望的状況の最中、生徒達は圧倒的恐怖へと陥る事になる。

 

「それにさぁ、一つ勘違いしてるよねぇ」

 

「何──」

 

 

 

 

 

「私が女尊男卑主義者だと本気で思ってるの?」

 

 

 

 

 

「──えっ」

 

「……ああ、その様子じゃ本気で思ってたんだ。……はぁ、こんな奴ばっかり」

 

 三人は彼女の言葉が理解出来なかった。いや、したくなかったと言うべきか。

 彼女は勘違いしていると確かに言った。だが、その先の言葉が全く頭に入らなかった。まるで、彼女は女尊男卑主義ではないかの様な物言い。

 会長の娘なのに? 代表候補生で専用機も所持しているのに? 権力も実力も持っているのに?

 

「……どいつもこいつも、私を何だと思ってる。私を、この私を……!!」

 

「──ひっ!?」

 

 そんな混乱する生徒達を余所に彼女の口調が、表情が、雰囲気がまたしても変わっていく。それはいつもの不気味な笑みでも、無表情でもない、隆道以上の『憎悪』と『殺意』を持つ──。

 

いい加減鬱陶しいんだよ、このくそったれ共。私がお前達と同じ人間だと思ったら大間違いだ

 

 ──『得体の知れないどす黒い何か』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、第二アリーナにて。

 そのステージ内では、八機のISが激しい攻防戦を繰り広げていた。

 だがしかし、それは四対四などといった平等なマルチ方式でも、バトルロイヤル方式でも無い。それを言葉に表すのならば──。

 

「防御態勢を崩すなよ篠ノ之っ!! 気ぃ抜くと終わりだっ!!」

 

「は、はいっ!!」

 

 ──二対六という、リンチだ。

 

「このくそったれ共がっ!! おい篠ノ之!! エネルギーはっ!!」

 

「ま、まだ何とか。ですがこのままでは……!」

 

「さっさと倒れなさいよっ!!」

 

「男の癖にっ!!」

 

「目障りなのよっ!!」

 

 唐突に始まった生徒六人からの襲撃。彼女達の一斉射撃と罵倒の嵐は二人を今も苦しめていた。

 六機から降り注ぐ弾丸の雨霰。しかもそれ等は様々な角度からの射撃──オールレンジ攻撃だ。回避能力が高い隆道でも捌き切れない。その証拠に何発か被弾しエネルギーが減っている。殆どを『バリアブルシールド』が防いでくれてはいるがこのままではジリ貧、状況はお世辞にも良いとは言えなかった。それに、彼よりも箒の方が状況は宜しくない。

 それもそうだ。彼女の機体は特殊兵装など搭載されていない、第二世代の『打鉄』だ。防御能力が高いとは言えど、これ程の集中砲火ではあまり意味を成さない。それに加えて、彼女の適性値は彼と同じく低い。思い通りに動けない彼女は徐々に被弾率が高くなってしまっていた。

 

「つーか監視員は何やってんだっ!! 明らかにおかしいだろこんなの──あっぶねっ!!」

 

「私闘は禁止の筈では──ぐぅっ!?」

 

 彼等の言う事は最もだ。何故、監視員は未だに何も言ってこないのか。何故、誰も止めに来ないのか。辺りを見渡してもそれらしい人物は一向に見えず、来る気配も一切感じられない。

 で、あるならば──答えは一つ。

 

(こいつ等も、監視員も『過激派』か……!! 俺と篠ノ之を狙ったってのかよ……!!)

 

 彼がその結論に辿り着くのは難しくなかった。悪意を受け続けてきた者が故の。彼女達の目付きは正に『悪意』に満ち溢れた瞳だ。

 彼の推測通り、生徒達も監視員も『過激派』。男性操縦者の存在が許せない、あまりにも身勝手な思想の持ち主達。()()()によって唆され、彼がアリーナの予約する時間を事前に把握して全員で袋叩きにする予定であった。それは所謂苛め。

 そんな事してしまえば処罰を受けるのでは? 短時間で終わらせてさっさと逃げれば済む話だ。監視員側もこの日の為に様々な段取りを作った。記録に残さない、目を離したその隙に、言い訳はいくらでも作れる。

 監視員もまた、悪意の塊であった。

 

(なんで篠ノ之まで……!!)

 

 しかし、それならば一つの疑問が残る。何故、自分だけでなく彼女も狙うのか。

 自分だけを狙うのならまだわかる。男の癖にと今も罵倒を投げ掛ける彼女達は男性操縦者の存在が許せないのだろう。それはわかりきった事だ。

 しかし、それならば彼女は何も関係無い筈だ。何故、彼女達は彼女すらも攻撃するのか。彼にはそれがわからなかった。

 彼が理由を知った所で理解は出来ないだろう。何故ならば、それはあまりにも馬鹿馬鹿しくて、あまりにも下らなくて、あまりにも──残酷で。

 

 

 

 彼女も攻撃を受ける理由、それは単純な事だ。ただ単に()()()()()()から。

 

 

 

 篠ノ之博士の実妹だから、一年の癖に訓練機の予約をいち早く取れたから、どうせちやほやされているから等という、有る事無い事を思っていたのだ。つまり、彼女への攻撃は単なる憂さ晴らしなのであった。

 優等生である彼女達がそんな事する筈無い? それは誤りだ。幾ら優等生でも思想、性格は絶対変わらない。根っ子に有るものが学力や才能では取れやしないのだ。それは誰にでも当てはまる。人間の本性は常に隠れているから。

 それが見えるのは──『権力』を手にした時。

 

「いい、加減にしろぉっっっ!!!」

 

「──っ! この、往生際の悪い……!」

 

 弾丸の雨が降り注ぐ最中、痺れを切らした彼は悪足掻きとして腰装備の『焔備』を取り出し一人に向けて射撃する。しかし、そこから放つ弾丸は一発たりとも掠りすらしない。ただ彼女達を激昂させただけの全くの無意味、全くの無駄弾。諦めずに乱射するも一向に当たる事は無い。他の武装を呼び出そうにも集中砲火の真っ只中。そんな暇は有りはしなかった。

 どう頑張っても、どう必死になろうと、彼女達に当たりはしない。いとも簡単に躱される。全くダメージを与えられない。

 

「ああ、くそっ……。掠りもしねえ……」

 

 目の前の『敵』は間違いなく操縦技術が高い。射撃アシストを用いても巧みに躱されてしまう。射撃経験はあれど、これはIS戦。当然の事ながら勝手が違い過ぎる。ましてやこれで四回目の戦闘なのだ。技術は勿論、経験すらも桁違いだ。

 操縦技術も、才能も、経験も、人数も、相手の方が上。二人が出来る事は──撃たれる事だけ。

 

「柳さん……!! これ以上はもう……!!」

 

「──っ!?」

 

 気つけば、彼女の訓練機はズタボロであった。

 射撃武器を好まない彼女はロクに反撃出来ず、ただただ撃たれ続けるのみであった。自己再生を持つ浮遊シールドは半壊、装甲も所々粉砕され、機体は紫電を走らせている。もう満足に動く事は出来ない。あと少しで戦闘不能に陥ってしまう。

 そんな満身創痍な彼女を、生徒達は見下す。

 

「ははっ! 篠ノ之博士の妹だっていうからもうちょっと手こずるかと思ったけど……」

 

「本当に無様ねぇっ!!」

 

「アーハッハァーッ!!」

 

「何呑気にしてんの。時間無いんだからさっさと済ませるわよ」

 

「くっ……うぅ……」

 

 傲慢。彼女達がするその姿はその言葉が似合うであろう。とても酷くて、とても醜くて、とても見るに耐え難い。これが人のする事なのか。

 人間は自分の為なら何処までも残酷になれる。これが、この光景がその証だ。

 世界は──こんなにも残酷で、狂っていた。

 

「しの──」

 

 その瞬間、彼の首輪が鳴り始める。そして同時に起こるのは過去の追体験。

 

 

 

 目の前で息を引き取った父親の顔──。

 

 

 

 愛犬を殺した者達の姿──。

 

 

 

 自分自身を取り囲み、嘲笑う女達──。

 

 

 

 自身が遭遇してきた過去が連続で映し出され、最後に甦った光景は──。

 

 

 

 十年前──いや、()()()()の──。

 

 

 

「篠ノ之おおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 

「──うわっ!?!?!?」

 

 彼は悲鳴に近い叫びを上げて飛び出す。そしてそこからの出鱈目な瞬時加速により彼女へ接近。爆発的な速度そまま彼女を抱え、そのまま壁へとぶち当たる勢いで飛んでいく。その速度では激突する事は間違いない。

 

 ──アイゼン、展開──。

 

 ──ショックアブソーバー起動──。

 

 しかし、彼等が壁に激突する事は無い。

 作成されたアイゼンが自動で展開。壁まで残り数メートルといった所で地表に突き刺さりそれは急ブレーキとなる。それのお蔭で壁にぶつかりはするも、激突とまではいかなかった。

 唐突の出来事に彼を除いた全員が愕然とする。何が起こった、彼はいったい何をしたのかと。

 だがそれもつかの間、彼女達の愕然は続く。

 

「や、柳さん! 何を──」

 

「『灰鋼』ぇぇぇっっっ!!!」

 

 ──『バリアブルシールド』展開。要塞形態に移行。防衛対象、『篠ノ之箒』──。

 

 彼が叫んだその直後、奇妙な事が起こった。

 『灰鋼』の『バリアブルシールド』処か、後方のスカートアーマーが機体から分離していった。そしてそれは彼女を取り囲む様に移動、上下左右に装甲がスライドし拡大されていく。

 そして、それ等は四角錐台の形となり──。

 

「なっ……! これは……!」

 

「……!?」

 

 

 

 ──彼女を隙間無く包んでいった。

 

 

 

「な、何よそれ……」

 

 誰も見た事が無いその光景。彼女は勿論の事、生徒達六人も言葉を失ってしまった。その機能は何だ、いったいどうなっている。その様な兵装は誰も聞いた事が無い、誰も見た事が無い。

 

「──っ!?」

 

「ぐ……がっ……。あ゛あ゛あ゛……」

 

 ここで漸く生徒達は気づく。彼の首輪から鳴るその電子音に。それは教員達から散々と言われた警告、危険因子、最も恐れていた事態。

 自分の事しか考えていなかった彼女達は──。

 

 

 

 ──操縦者の深刻な異常を確認。心拍数不安定。緊急処置を実行。……不可能──。

 

 

 

 ──深刻な心的外傷後ストレス障害と判断──。

 

 

 

 ──自己防衛システム『狂犬』を強制起動します──。

 

 

 

 ──彼の()()を目覚めさせてしまった。

 

イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!

 

 彼の雄叫びがステージ内に響き渡るその直後、事態は一変する。

 

ダァッッッ!!!

 

「──あ゛ぁっっっ!?!?!?」

 

「──!?」

 

 ──瞬間、聞こえたのは盛大な破砕音と小さな悲鳴。五人が振り向く先には──地表へ墜落する生徒が一人。

 だがしかし、それだけに留まらない。墜落する生徒はその状態から再び吹き飛ばされ、そのまま地表へ激突。凄まじい轟音と同時に辺り一面へと土煙を爆散させていく。

 

「な、何──がぁっっっ!?!?!?」

 

 状況が把握出来ないその一瞬、また一人が吹き飛んでいく。それは、まるで打ち上げられたかの様な吹き飛び。生徒は高々に宙を舞い仰け反る。

 

「い゛っ!? 何──っ!?!?!?」

 

 ──襲い掛かる衝撃に混乱するその瞬間。吹き飛ばされた生徒の目には確かに映った。

 両腕の巨大武装を此方に向ける、鈍く発光する機体を。此方を捉える、その『殺意』を。

 

死ネ゛ェッッッ!!!

 

「──だはぁっっっ!?!?!?」

 

 繰り出されたその攻撃は、生徒を盛大に壁へと吹き飛ばした。強大な攻撃、そして壁への激突により装甲は完全大破。エネルギーを大幅に失い、一気に機体維持警告域、そして操縦者生命危険域を突破。具現維持限界を迎えて機体は強制解除、地表に倒れる。

 

「う、嘘……」

 

 一瞬の内に倒されてしまった二人の生徒。位置情報等を見る限り、地表に叩き落とされた生徒も戦闘不能処か機体が強制解除されている。

 感じるのは戦慄。恐怖。全く理解が出来ない。わからない。

 

フーッ!! フーッ!!

 

「──っ! 撃って!!」

 

 気づけば、彼はステージの中央に佇んでいた。鈍く発光し、近接兵装『鋼牙』を両腕に装備するその機体は禍々しく感じさせる。彼自身も目から血涙を流し、誰が見ても興奮状態であった。

 やらなきゃやられる。そう感じた彼女達は彼に向けて一斉射撃。先程は二手に別れて三人で攻撃していたが、今は四人。躱す事は容易ではない。

 

「これで──」

 

 

 

 しかし、今の彼は『()()』だ。

 

 

 

「──なっ!?」

 

 見えたのは集中砲火による土煙、それだけだ。彼自身は全くの無傷であった。

 そう、彼はそれ等の全てを出鱈目過ぎる動きと爆発的速度で回避したのだ。四方向から繰り出すそのオールレンジ攻撃を。

 再度、生徒達が撃ち始めても同じ事であった。死角からの射撃だろうと、偏差射撃だろうと、範囲攻撃だろうと全く以て当たりはしなかった。当たる筈の弾丸は直前でブレて通り抜けるだけ。範囲攻撃は瞬時加速を用いたのか、いつの間にかその場から大きく離脱している。

 

「当たらない……! 何で……!!」

 

 生徒達の攻撃は、もう二度と当たる事は無い。システムによって出力と適性値が上がり、桁違いの回避能力を持つ彼の前では、弾丸なぞ無力にも等しい。更には、今やシールド等を外した状態。重荷を外したも同然なのだ。つまり、『灰鋼』は今や機動特化したと言っても過言ではない。

 これは『◯一九』も、彼自身も想定しなかった偶然の産物。防御力重視から機動力重視となったその機体は、並大抵の人間では捉える事は決して出来ない。何をしても無駄だ。

 攻撃を当てる事が出来ない生徒達はまたしても愕然とする。何故、当てる事が出来ない。何故、四方向からの攻撃を躱せる。

 あまりにも出鱈目な速度。あまりにも出鱈目な回避。生徒達は混乱せざるを得なかった。

 

オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!

 

 彼とて、ただ黙っている訳が無い。回避しつつも生徒達に急接近、拳と蹴りによる打撃で瞬時に四人全員を襲う。かつて、無人機にも大ダメージを与えたその強烈な一撃は当然──。

 

「「「「あぁっっっ!?!?!?」」」」

 

 ──生徒達を盛大に吹き飛ばす。

 ある者は腹部に、ある者は頭部に、その一撃をモロに食らう。四人の生徒がほぼ同時にステージの端に吹き飛び激突し、地表へ墜落。絶対防御の発動により大幅にエネルギーが持っていかれた。

 

「ぐっ……。こ、の……男風情がぁっっっ!!」

 

 這い蹲る人間を見下していたその筈が、今度は自身が這い蹲るという屈辱、惨め。彼女達の表情はより険しくなり憎悪が膨れ上がる。

 しかし、生徒達はもうお終いだ。

 

「──っ!?」

 

 一人の生徒がはっと顔を見上げると、目の前に鋏の様な工具を持った悍しい表情をする彼の姿。それは以前、政府から送られた後付武装の一つ。その刃先は確実に生徒を捉えていた。

 

 ──対災害大型工具『装甲剥離鋏』──。

 

 彼は目にも止まらぬ速さで生徒の首筋を挟み、そのまま力を込める。爆上げしたそのパワーで。

 装甲が無い首元への攻撃。当然、発動するのは絶対防御。しかも挟み込んだままによってそれは継続的なものと化す。それによってエネルギーは勢いよく減少していき、あっという間に機体維持警告域に達していく。

 

このクソアマァァァっっっ!!!

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!?!?!?」

 

 正に絶体絶命。このままでは最悪死んでしまうと危機感に駆られた生徒は反撃に出るべくショットガンを展開し彼に向ける。この距離ならば回避不可能、確実に当てれる事は明白だ。

 

おっと

 

「────」

 

 否、それはいとも簡単に防がれた。

 銃口を向けるその寸前、彼は片手でそれを掴み発砲を阻止。生徒がどれだけの力を込めようともびくともせず、それは膠着状態となる。

 

……さっきはよくもやってくれたじゃねえか。ああ……許せねえ、絶対に許さねえ

 

 

 

 そして、ここから最も恐ろしい事が起こる。

 

 

 

()()()()()()

 

 その瞬間、ショットガンを掴む腕が赤黒く発光し出した。そして起こるのは──。

 

 ──後付武装をロックします。使用機体権限、『灰鋼』に移行。──。

 

「えっ!?」

 

 突如、機体から発せられたのは聞いた事の無いアナウンス。その直後にショットガンが弾かれる様に手元から離れ、彼はそれを奪い捨てる。

 有り得ない。本来ならば使用許諾をしない限り他の機体は運用する処か持てやしない筈だ。にも関わらず彼はそれを難なくと持っていた。

 驚愕が続き、動くことすら忘れてしまった生徒が次に掴まれたのは──一切の装甲が無い頭。

 

「──あぁっ!!?」

 

てめえらが、悪いんだ。てめえらが……!!

 

「や、やめ──」

 

 ──警告。警告。警告──。

 

 彼から滲み出る『どす黒い何か』。それは生徒を萎縮させ、硬直させてしまう。そして──。

 

 

 

てめえらがぁっっっ!!!

 

 

 

 ──彼の腕は、再び赤黒く発光した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、校舎外にて。

 そこには第二アリーナへと向かっている二つの人影──一夏と千冬の姿が。

 襲撃者達から逃れた彼は校舎に出るその直前に彼女と合流。彼女自身も事態を把握していた故に長ったらしい話はせず、彼と共に向かっていた。

 全力で走る彼女と、それに追い付こうと必死な彼。一刻も早く事態を終息せねばならない。

 

「くそっ、柳の『狂犬』が起動している! 急げ一夏!」

 

「はぁっはぁっ……!!」

 

「全く、やってくれたなガキ共……!!」

 

 警告音が鳴りっぱなしのタブレットを持つ彼女は苦虫を噛み潰した様な表情だ。そこから段々と表情は険しくなり、それは鋭いものとなる。

 あれほど言い聞かせたのに、あれほど警告したのに起こってしまった最悪の事態。襲撃した生徒は勿論、監視員も厳罰処では済まさないと怒りが込み上げていく。絶対に許しはしない。

 

『外だけじゃなく、内側にも『敵』はいるんですよぉ?』

 

 彼女はふと、以前に日葵が言っていた事を思い出した。それがより一層と怒りを増幅させる。

 

(これが、お前の言っていた事なのか……!!)

 

 日葵はこうなる事をわかっていたのだ。彼等の──男性操縦者の存在を許せない『過激派』達が内側(IS学園)にいる事を。彼等の排除を目論む『敵』を。

 外側にも『敵』、内側にも『敵』。何処も彼処も『敵』だらけ。最早誰を信じれば良いのかすらわからなくなってきていた。今、頼りになるのは弟だけだ。

 

「一夏、お前は先にステージへ行け! 私は一度管理室へ向かう!」

 

「わかった!!」

 

 彼は全力で走った。彼等の元へと向かうべく、疲れ切ったその身体に鞭を打って。

 吹き出る汗、荒くなる呼吸、溜まってく疲労。次第に足が遅くなるが、今の彼にとっては些細な事。今、優先すべきなのはただ一つ、仲間の安否だけだ。それが彼の身体を無理にでも動かした。

 いつも側にいてくれる箒。いつも支えてくれる隆道。その二人が『悪意』によって潰れるなどは決してあってならないのだ。

 助けなくては。その想いが段々と膨れ上がり、それは彼の動力源となっていく。

 そうして走る事暫く。息切れしながらピットに辿り着くも彼は立ち止まる事を知らない。ゲートへ一直線し『白式』を緊急展開、惜しみ無く瞬時加速を用いてステージへと降り立った。

 

「箒! 柳さん! 助けに──っ!?!?!?」

 

 

 

 彼が見たものは、異様な光景であった。

 

 

 

 そこには巨大な金属の四角錘台が一つ。

 

 

 

 生身を曝け出して倒れる生徒が二人。

 

 

 

 訓練機に乗って微動だにしない生徒が三人。

 

 

 

 銃を構え、怯え泣く生徒が一人。

 

 

 

 そして──。

 

 

 

 

 

ギャア゛ア゛ア゛ァァァッッッ!?!?!?

 

 

 

 

 

 ──高い悲鳴を上げてのたうち回る、隆道。

 

 

 

 彼は、その光景に言葉を詰まらせた。

 全く以て状況がわからない。何だこの状況は。何が起こった。何がいったいどうなっている。

 生徒達に関しては然程疑問は浮かばなかった。システムが起動した隆道によって返り討ち。彼がその結論に至るのは簡単な事であった。

 しかし、箒の姿が何処にも見えない。それに、あの四角錘台は何だ。隆道は何故──あんなにも苦しんでいる。

 絶句するその最中、状況が動き出す。

 

て……めえ、も……

 

「い、いや……! 来ないで……!」

 

てめえもぉっっっ!!!

 

「いやあぁぁぁっっっ!!!」

 

 先程までのたうち回っていた隆道は即座に起き上がり生徒に接近。生徒は銃を乱射するも、それは一発とて当たりはしない。掠りすらも。

 一瞬の内に生徒の懐に入った隆道は銃を掴み、そして──生徒の頭を掴んだ。

 

「あっ、あっ……」

 

ゲボッ。……さあ、覚悟しろよ

 

「やめて、やめてやめてやめてぇっっっ!!」

 

てめえはもう終わりだぁぁぁっっ!!!

 

 隆道が叫んだ、その直後。その腕は赤黒く発光した。彼はそれに見覚えがある。以前、無人機に対して使った──。

 

「あああああぁぁぁっっっ!?!?!?」

 

ぐあああぁぁぁっっっ!?!?!?

 

 共に悲鳴を上げる二人。両方の機体から紫電が走り、それは数秒と続く。そして、彼だけがそこから弾かれる様に吹き飛んでいった。

 対する生徒は吹き飛びしなかったものの絶望した表情を出している。

 

「あ……ああ……私、私の……」

 

ギャア゛ア゛ア゛ァァァッッッ!?!?!?

 

 またしても響く、隆道の悲鳴。それは、今まで聞いた事の無いものであった。大怪我をした時のものとは全く違う、耳を塞ぎたくなってしまう程の金切り音。それが彼を絶句させる。

 

『一夏! おい、一夏! 何が起こっている! 応答しろ!!』

 

 解放回線から聞こえる箒の声。しかし、今の彼はそれに応える事が出来なかった。

 第二アリーナに響き渡る、隆道の大きな悲鳴。かくして、襲撃事件は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後の職員室。

 誰もいない筈のその部屋で机に肘を付いて手を組むのは千冬ただ一人。

 

「…………」

 

 襲撃の犯人である九人の生徒と監視員は身柄を拘束中、現在も取り調べを受けている最中。一夏や箒、そして日葵の三人は既に事情聴取を終えて先程帰らせたばかり。

 しかし、隆道だけは少し違った。発症した彼は事情聴取が不可、現在も保健室で項垂れている。誰かが側にいれば更に悪化するであろう。治まるまでは声を掛ける事すらも出来ない故の措置なのであった。

 

「……ここまでのもの、なのか」

 

 女尊男卑社会という()()()()()()()()()()()。そう思う度に、彼女は胸が締め付けられる感覚に陥ってしまい、後悔の念に駆られていく。

 女性を憎む者達。男性を憎む者達。今の世界はこんなにも混沌と化していたのだ。最早一個人がどうこう出来るものではない。

 今となっては頼れる人間は極僅か。いや、その頼れる人間ですら怪しくも感じてしまう。それ程までに彼女は疑心暗鬼になっていた。

 一度人材をロンダリングする必要がある。なら今すぐにでも協力者に連絡を取らねばならないと携帯を取り出した所で──。

 

「お、織斑先生っ!!」

 

「……山田先生。何かわかったのか──」

 

「これをっ!!」

 

 勢いよく扉を開けて駆け出してきたのは真耶。血相を変えて此方に詰め寄るなり渡してきたのは数枚の書類。いったい何が記載されているのかと目を通すと、そこには思いもよらない事が。

 

「……!!」

 

「……彼女達の中で、四人が柳君の単一仕様能力を受けていました。調査した結果……」

 

 

 

 彼の単一仕様能力。

 

 

 

 それはエネルギーを奪うだけのものではない。

 

 

 

 『悽愴月華』の能力。それは──。

 

 

 

「全員のIS適性値が消滅。その代わりに柳君のIS適性値が……CからBに上昇しています」

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()




◆可変式浮遊盾『バリアブルシールド』
機能その二。『無人砲台』
分離した盾に後付武装を取り付ける遠隔機能。
自動で敵対象を認識し攻撃が可能。装填は手動。
機能その三。『要塞形態』
浮遊盾とスカートアーマーを用いた防御機能。
上下左右に装甲をスライドさせ、防衛対象を四角錘台形状で包み込む。
『灰鋼』自体には使用不可能。

◆単一仕様能力『悽愴月華』
『灰鋼』の単一仕様能力。条件は対象を掴む事。
ISコアと単一仕様能力を除いた、ありとあらゆるハードウェアとソフトウェアを永久的に奪う。
人体に対して使用すればIS適性値を消滅させ奪う事が出来るが、隆道本人が拒絶反応を起こしてダメージを負ってしまい、奪えるIS適性値も微々たるものとなる。
(IS適性値問わず四人から奪って漸く一ランク)
奪える対象はAランクまで。それ以上のランクに対して使用すると人体が耐えられず死に至る。

◆『幽霊犬』補足。
このシステムは無人機の不可視機能を奪った際に生まれたものである。(第二十話)

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