IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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一気に書き上げ。

そして長らくお待たせしました。ついにアレが。


第四十三話

 ステージで一夏とシャルロット、そしてラウラが激闘を繰り広げている最中。観察室にて。

 

「凄い、ですねぇ。二週間足らずの訓練であそこまでの連携が取れるなんて。やっぱり織斑君って凄いです。才能ありますよね」

 

「ふん。あれはデュノアが合わせているから成り立つんだ。織斑は大して役にも立っていない」

 

 感心する真耶とは裏腹に辛辣な千冬。幾ら身内とはいえ、少々辛口評価過ぎるのではないか。

 

「そうだとしても、そこまで合わせてくれる織斑君自身が凄いじゃないですか。魅力無い人間には誰も力を貸してくれないものですよ」

 

「まあ……そうかもしれないな」

 

 憮然とした態度で告げる千冬であったが、真耶にはそれが照れ隠しなんだと最近わかってきた。故に、気にしないし、それを弄ろうともしない。後がとても恐ろしいから。

 

「……それにしても、学年別トーナメントの形式変更はやっぱり先月の事件(無人機襲撃事件)のせいですか?」

 

「詳しく聞いていないが、恐らくそうだろうな。より実戦的な戦闘を積ませる目的でツーマンセルになったのだろう」

 

「……自衛の為、ですね」

 

「そうだ。操縦者は勿論、特殊兵装を積んだISも守らなくてはいけない。しかし、教員の数が有限である以上、それ等は自分自身で守るしかない。その為の実戦的な戦闘経験だろう。……しかし、()()はいるが、な」

 

 強調するその例外とは勿論、日葵の事である。幾らなんでもおかし過ぎるのだ。上級生は愚か、教員すら歯が立たない程の強さを何故持つのか。

 故に、徹底的に調べた。日葵の強さの秘訣を。機体は兎も角、操縦技術は四年と少々で身に付くものではない。あれ程の実力をどうやって手に入れたのか、それを知る必要があった。

 そして学園の者は知った。ある一つの事実に。

 

 

 

 ()()()()()()のだ。

 

 

 

 千冬が代表を退役した後処か、それ以前の情報ですら見つける事が出来なかった。唯一の情報は日本代表候補生、ただ一つだけ。

 小学校以前の情報は何故か全て空白。それ以降も目立った情報は一切無し。代表候補生となった日付も黒く塗り潰されていた。訳がわからない。

 これでは隆道と全く同じ。何故、政府は彼処か日葵の情報すらも秘匿にするのだろうか。まるで知られたくない、そんな気がしてはならない。

 機体に関してもそうだ。日葵の専用機『華鋼』は謎が多過ぎる。本来は原則としてISに使われる技術は開示しなくてはならないのが決まり、その筈なのに全く以て謎だ。いったい何故なのか。

 確かにISに使われる技術等は、共有財産として公開する義務はある。しかし、新技術を作り直ぐに公開すればメリットが全く無い。少なくとも、技術の応用ノウハウや操縦者の練度を高めなくては開発した国が損をするだけだ。

 そこでこのIS学園だ。IS学園はその成り立ちの特性上『あらゆる法の適応外』といった側面等を持っている。勿論、全ての法に対して無効化する訳では無いのだが、重要なのは『IS技術における試行』という項目である。

 

 

 

 『新技術に必要とされる試行活動を許可、またそれ等のデータ提出は自主性に委ねるものとして義務は発生しない』

 

 

 

 つまりだ、ISの新技術において『データの開示をせずに実戦データを集められる』のは世界中でただ一つ、このIS学園だけなのである。その為、イギリス、中国、ドイツといった様々な国が特殊兵装を搭載したISを送り込んでいる。

 そして、各国の真の狙い。それは単一仕様能力との融合だ。三年間で上手く第二形態に移行し、特殊兵装を使った単一仕様能力が生まれれば技術が開示されても何ら問題は無い。絶対に、決して真似は出来ないから。

 ここまで語れば、もうわかるだろう。

 

 

 

 ──『華鋼』は、誰にも真似は出来ない。

 

 

 

 元々が『打鉄』であった『華鋼』は技術を公開する直前に度々と変異していったのだ。新技術は全く使用せずに変異していくそれに、IS委員会や研究員達は為す術が無かったのである。

 そして、『華鋼』は誰しもが願った領域にいち早く辿り着いた。それは正しく天文学的な確率、正しく奇跡そのもの。

 これには各国は困惑し、日本は歓喜に満ちた。今世紀の最高傑作が出来上がったと。

 既に、『華鋼』はほぼ完成した機体と言っても良いだろう。それは決して過言ではない。

 何故ならば、『華鋼』の単一仕様能力は──。

 

「篠ノ之さん、負けてしまいましたね」

 

「──っ!? ……あ、ああ。専用機が無ければあんなものだろう。特に篠ノ之は性格上デュノアと相性が悪い。しかし、よく奮闘したものだ」

 

 真耶の一言で我に返った千冬は改めてモニターに視線を戻す。そこでは一対二でありながらも、互角に渡り合うラウラの姿が。

 

「強いですね、ボーデヴィッヒさん」

 

「ふん……変わらないな。それでは──」

 

「はい?」

 

「──……何でもないぞ」

 

 強さを攻撃力と同一だと思っているラウラでは一夏には勝てないだろうと言い掛けて口を噤む。それは絶対に口にしない。彼女にとって身内ネタで弄られるのは大嫌いだから。

 画面を見て暫く、会場が一気に沸く。その歓声が観察室にまで直に響いてきた。

 

「あ! 織斑君、『零落白夜』を出しました! 一気に勝負をかけるつもりでしょうか」

 

「さて、そう上手くいくかな」

 

 

 

 

 

 その部屋の片隅で、青年が一人佇んでいた。

 

「…………」

 

 千冬達と同じくモニターをじっと見詰める青年──隆道。その目は一切と逸らしもせずにいる。

 

「ぶっとばしてやれ、織斑。その()()()でな」

 

 そう、彼は呟いてほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ステージ内にて。

 一夏はずっと潜めていた自身の単一仕様能力を発動させ、ラウラへと直進。エネルギーが削れる諸刃の剣だがもう時間が無い。下段の構えにしたまま彼女に近づいていく。

 

「これで決めるっ!」

 

「無駄だ。貴様の攻撃は読めて──」

 

「──これならっっっ!!!」

 

「!?」

 

 斬撃が読まれるなら、突撃。足下へ向けていた切っ先を即座に起こして身体の前へ突き出した。読みやすさは変わらずとも腕の軌道は捉えにくい筈である。線より点の方が捕まえるのは難しい。

 が、しかし──。

 

「無駄な事を!」

 

 彼女にとって関係無い。あらゆるエネルギーを消し去る『零落白夜』は『A.I.C』なぞ無力。なら彼自身の動きを止めればいい、それだけの事だ。

 

「腕に拘る必要は無い。貴様自身の動きを──」

 

「……お前の特殊兵装ってさ、すっげえ集中力が必要だろ? 今のお前は()()()()()()()()()()

 

「何──っ!?!?!?」

 

 ハッと気づき慌てる彼女であったがもう遅い。既に()()は直ぐそこまで来ているから。目の前の『敵』に固執したばかりに生まれた──油断だ。

 

「隙有り!」

 

 そう、今や彼等は()()()だ。零距離まで接近に成功したシャルロットは素早く連射を叩き込み、彼女の『リボルバーカノン』を轟音と共に爆散、大破させた。これで残すものは近接兵装のみ。

 やはり予想通りであった。彼女の『A.I.C』には致命的な弱点がある。それは『停止させる対象物に意識を集中させないと効果を維持出来ない』事だ。現に彼の拘束は解除され、自由の身である。

 

「一夏!」

 

「おう!」

 

 エネルギーも残り僅かだ。『零落白夜』はもう使えない故、実体剣のまま畳み掛けるしかない。恐らく、一撃でも当たればエネルギーは無くなるだろう。だが、それでも彼は斬り掛かる。必死で左右同時に襲い掛かる凶刃を弾き続けながら。

 一方のシャルロットも誤射を避けるべく、近接ブレードで彼女に斬り掛かる。

 二人同時からなる怒濤の近接攻撃。彼女の武装が『プラズマ手刀』のみである今がチャンスだ。

 

「こん、のお……邪魔だぁぁぁっっっ!!!」

 

「うあっ!?」

 

「シャルロット! くっ──」

 

「次は貴様だっ!! 落ちろっ!!」

 

「ぐあっ……!?」

 

 だがしかし、彼女とて黙っている訳が無い。

 それは火事場の馬鹿力なのであろうか、彼女はシャルロットを瞬間的に斬り刻んで吹き飛ばす。それに気を取られたその一瞬、彼もまた立て続けに吹き飛ばされた。

 それでも、まだ彼は動ける。残量は残り二桁。

 

「は……ははっ! エネルギーはまだ充分!! これで私の勝ち──」

 

「まだ終わっていない!」

 

 高らかに勝利宣言する彼女は、またしても油断した。そんな彼女に超高速の影が突撃をかます。それは、何を隠そう──。

 

「なっ……!『瞬時加速』!?」

 

 ──一瞬で高速機動へと移ったシャルロット。

 初めて彼女の表情が狼狽を見せる。事前に見たデータには無かったのだろう。それに、彼自身ですらそれは知らなかった事であった。

 皆が驚愕するのも無理はない。シャルロットも初めて使ったのだから。そう、彼女はこの戦いの最中で覚えたのだ。それは正にぶっつけ本番だ。

 最早、シャルロットの器用さは特徴というものでは済まされない。それは技能の一つと言っても過言ではない。単一仕様能力に匹敵するものだ。

 

「だが、私の停止結界の前では──がはっ!?」

 

 彼女が言えたのはそこまで。あらぬ方向からの唐突たる射撃を受けて、彼女は視線を巡らせる。そして、彼と目が合う。──アサルトライフルを構える彼自身と。

 

「これなら『A.I.C』も使えないだろ!!」

 

 そう、このアサルトライフルは訓練の際に使用許諾をした銃である。これが意外性のその一つ。近接しかしないであろう彼の思い付いた策だ。

 とは言え、もしエネルギーが無くなっていたらこの奇策は使えなかったであろう。彼女の一撃をギリギリの所で堪えたのは『白式』のがんばり。当分はこの機体に頭が上がらない。

 

「こ、のっ……死に損ないがぁっっっ!!!」

 

 そう吠える彼女であったが、然程命中率の高くない彼の射撃は一旦無視、シャルロットに専念。『A.I.C』が使えないが近接なら彼女の方が上だ。

 

「でも、間合いに入る事は出来た」

 

「それがどうした! 第二世代の攻撃力で──」

 

 そこまで言って彼女はまたしてもハッとする。そう、単純な攻撃力だけならば第二世代で一二を争う装備がある事に今更ながら思い出す。そしてそれは、ずっとシャルロットが装備していた()()()()()()()()()()()のだ。その装備は──。

 

「この距離ならぁっっっ!!!」

 

 盾がくるりとスライドし、中からリボルバーと杭が融合した武装が露出する。それは第二世代型の後付武装の中でも高い攻撃力を持つ後付武装。

 

 ──六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』──。

 

「『盾殺し』──」

 

「先ずは一発ぅっ!!」

 

「ぐうっ……!」

 

 彼女の腹部にその強烈な一撃が叩き込まれる。エネルギーが集中して絶対防御を発動、ごっそりと奪われる。しかも相殺しきれない衝撃が深くと身体を貫いたのだろう。彼女の表情は歪んだ。

 しかしこれで終わりじゃない。『灰色の鱗殻』はリボルバー機構により高速で炸薬を装填する。 ──つまり、連射が可能だ。

 続け様に撃ち込んだ三発の連撃。彼女はそれによって大きくステージの端まで吹き飛ばされる。その機体には紫電が走り始めているが、まだ彼女は耐えていた。なんという防御力だ。

 シャルロットはもう、彼女の懐には入れない。エネルギーも残り二桁、装甲も大破寸前、ほんの少しのダメージで戦闘不能となるであろう。

 

「ま。まだだ……! まだこんな所で──」

 

「うおおおおっっっ!!!」

 

「!?」

 

 そこへ追撃をかますのは彼自身。『零落白夜』も使えない以上、今の彼には彼女の機体に決定的なダメージを与える事は出来ない。

 ──しかし、それは本来ならば。何故ならば、今の彼が持つのは『雪片弐型』ではないからだ。その武装はまさかの──。

 

「そ、それはぁっっっ!?!?!?」

 

「これでえええぇぇぇぇっっ!!!」

 

 ──『鋼牙』。

 実は試合が始まる前日に隆道はシャルロットに渡していたのだ。彼女を吹き飛ばしたその直後、咄嗟に『鋼牙』を展開し彼に渡していた。

 

『意外性で攻めるってんならコイツはどうよ? 間違いなく目ン玉ひっくり返るだろうな』

 

『ま、まあ、有り難くお借りします……』

 

 これこそが彼自身の正真正銘、最後の意外性。来賓は愚か、教員ですら予想しなかったそれは、アリーナ全体を愕然とさせる。

 力を振り絞り、最後の瞬時加速で一気に彼女の懐まで詰め寄り、そして──。

 

「終わりだあああぁぁぁっっっ!!!」

 

「──ぐあああっっっ!?!?!?」

 

 ──その一撃は、爆音と共に止めとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こんな、こんな所で負けるのか。私は……!)

 

 相手の力量を見謝ってしまった。それは間違えのないミスだ。しかし、それでも──。

 

(私は負けられない……! 負ける訳には絶対にいかないのだ……!)

 

 『ラウラ・ボーデヴィッヒ』。識別上の記号。一番最初に付けられた記号は──C─◯◯三七。人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれたのが彼女である。

 戦いの為だけに作られ、生まれ、育てられて、鍛えられた。言わば戦略の為の道具。

 格闘を覚え、銃器を習い、兵器等の操縦方法を体得し、それ等は常に最高記録を維持していた。そう、彼女は優秀であったのだ。

 それがある時、世界最強の兵器──ISが現れた事で世界は一変する。そして考えた、この兵器をいかにして扱えるようにするかを。そこで彼等が考えついたのは()()()()()()()()()

 

 

 

 ──『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』──。

 

 

 

 疑似ハイパーセンサーとも呼ぶべき人体改造。脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上に加え、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン移植処理。

 危険性は全く無い。理論上では不適合も決して起きない──その筈であった。

 この処置によって彼女だけが変質し、常に稼働状態のまま制御不能へと陥る。この事故により、彼女だけがIS訓練において後れを取った。

 そして、いつしかトップの座から転落した彼女に待っていたのは嘲笑と侮蔑、そして──。

 

 

 

 ──『出来損ない』という烙印。

 

 

 

 世界は変わった。彼女は闇からより深い闇へ、止まる事を知らず転げ落ちていったのだ。たった一つの事故によって。自分勝手に人体改造されたのに、これはあまりにも残酷だ。

 そんな彼女が初めて目にした希望。それが──世界最強、千冬との出会い。

 

『ここ最近の成績は振るわない様だが……なに、心配するな。一ヶ月で部隊内最強の地位へ戻れるだろう。何せ、私が教えるのだからな』

 

 千冬が放つその言葉に、一切偽りは無かった。千冬の教えを忠実に実行する、ただそれだけの事で彼女は部隊の中で再び最強の座に君臨した。

 だが、その時には安堵というものは無かった。それよりも強烈に、深くと、千冬に──憧れた。その凛々しさに、その堂々とした姿に焦がれた。

 

『どうしてそこまで強いのですか? どうすれば強くなれますか?』

 

『私には弟がいる』

 

『弟……ですか』

 

『あいつを見ているとわかる時がある。強さとはどういうものなのか、その先に何があるのかを』

 

『……よくわかりません』

 

 鬼の様な厳しさを持つ千冬が彼女に見せた僅かに優しい笑み。彼女はその表情に心が痛む。

 

『今はそれでいいさ。……そうだな、いつか日本に来る事があるなら会ってみると良い』

 

 優しい笑みに、気恥ずかしそうな表情。それが彼女を──不幸にも歪ませてしまった。

 

(それは、違う。私が憧れる存在ではない。貴女は強く、凛々しく、堂々としているべきだ)

 

 故に──許せない。千冬にそんな表情をさせるその存在が。そんな風に変えてしまう弟、それを認められない、認める訳にはいかないのだ。

 

(決めたのだ。あれを……あの男を……私の力で完膚無きまでに叩き伏せるとっっっ!!!)

 

 ならば、負ける訳にはいかない。目の前の男はまだ動いているのだ。動かなくなるまで徹底的に()()()()()()()()()()

 

『──願うか? 汝、自らの変革を望むのか? より強い力を欲するか……?』

 

 突如、彼女の頭に響き渡る声。彼女はその声に何ら疑問を持たずに言葉を返す。

 

(言うまでもない! 力が得られるのなら! 私など──空っぽの私などくれてやる! だから力を……比類無き最強を、唯一無二の絶対を寄越せえええぇぇぇっっっ!!!)

 

 こともあろうに彼女は──悪魔の手を取った。

 

 

 

 

 

 ──Damage Level……D.──。

 

 ──Mind Condition……Uplift.──。

 

 ──Certification……Clear.──。

 

 ──『Valkyrie Trace System』……boot.──。

 

 ──boot.boot.boot.booooooo……Error.──。

 

 ──Error.Error.Error.Error.Error.Error.──。

 

 

 

 ──Adding a Program──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、突然の出来事であった。

 

「あああああっっっ!?!?!?」

 

「ぐあぁっっ!?」

 

 ラウラが身を裂かれたかの様に絶叫を発する。同時に彼女の機体から激しい電撃が放たれ、一夏は吹き飛ばされる。そして、それにより彼の機体は具現維持限界。機体が解除され放り出された。

 

「ぐぅっ! いったい、何が……──っ!?」

 

「う、嘘……」

 

 彼も、シャルロットも目を疑った。その視線の先では、彼女の機体が──変形していた。いや、変形などといった生易しいものではない。隆道の機体の様なものですらない。装甲は全て粘土の様に溶けてどろどろの液状と化し、彼女のその全身を包み込んでいく。とても黒く、深く濁った何かが、瞬く間に彼女を飲み込んでいった。

 

「な、何だよ、あれは……」

 

 無意識に呟く震えた声。恐らく、それを見たであろう全ての人間が同じ心境に違いないだろう。

 その『シュヴァルツェア・レーゲン』()()()()ものは彼女の全身を包み込むと、その表面を心臓の鼓動の様に脈動を繰り返し、ゆっくりと地表へ降りていく。足を着けたその瞬間、突然の高速で全身を変化、成形させていった。

 

「……っっっ!?!?!?」

 

 

 

 そこに立っていたのは、全身装甲のISに似た『黒い何か』であった。しかも──。

 

 

 

「千冬、姉……?」

 

 その姿形は、千冬が現役時代のソレだ。そして右手に持つのは一本の日本刀。彼はそれに見覚えがある──いや、見間違う筈が無い。何故なら、それは紛うことのない──。

 

「『雪片』……!!」

 

 千冬がかつて振るった刀。酷似とかいうレベルではない、まるでそれは複写。目の当たりにした彼は沸々と怒りが込み上げて来る。

 

「……何だよ、それ」

 

「っ!? 一夏!?」

 

「何だよそれはあああぁぁぁっっっ!!!」

 

「まっ、待って一夏!!」

 

「うおおおっっっ!!!」

 

 彼は突如走った。激しい動きに突き動かされ、握り締めた拳を武器に『黒い何か』へ駆けた。

 が、しかし。それは止められる。それを止めたのは──『打鉄』を乗り捨て駆け付けた箒。

 

「馬鹿者! 何をしている! 死ぬ気か!?」

 

「離せよ! この、あいつ、ふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!!」

 

「こ、この……! いい加減にしろ!」

 

「──でっ!?」

 

 未だに激昂する彼に、箒は頬を思い切り叩く。今にも飛び出そうとしていた体勢も災いして彼は勢いよく転げ回った。

 顔面に感じる激痛、口に入る砂埃、触れた地表の冷たさ。それによって彼の限界を突破していた怒りが折られ、徐々に冷静になる。

 

「いったいなんだというのだ! わかる様に説明しろ!!」

 

「……あれは、きっと──いや、絶対に千冬姉のデータだ。それは千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよ。それを、あいつはあんな……」

 

 彼は思い出す。千冬に習った『真剣』の技を。初めて見た時の事を、今でも正確に思い出せる。

 

『いいか、一夏。刀は振るうものだ。振られる様では、剣術とは言わない』

 

『重いだろう。それが……人の命を絶つ武器の、その重さだ』

 

『この重さを振るう事。それが、どういう意味を持つのかを考えろ。それが強さというものだ』

 

 冷たく、鈍く輝く、その刀。人を斬る、その為に生まれ、作られ、鍛えられたその存在。

 それを教えた千冬は厳しくも、何処か優しげな眼差しを向けていた。まるで眩しいものを見る様な、いつもと違う表情。

 

「……お前は、いつも千冬さん千冬さんだな」

 

「……悪い、かよ。それに……あんな、千冬姉をただ真似た訳わかんねえもの……気に入らねえ。絶対ぶっ叩いてやらねえと気がすまねえ」

 

「理由はわかったが今のお前に何が出来るのだ。機体のエネルギーは零、どうやって戦う気だ」

 

「ぐっ……」

 

 ご尤もな意見だ。機体を展開するエネルギーも残っていない今、彼に出来る事など一つも無い。

 

「……それにしても」

 

 そう、箒が呟く。確かに何処か奇妙であった。

 『黒い何か』は何故かその場から微動だにしていなかった。と、言うよりは何かを探している、その様に見える。恐らく、武器か攻撃に反応して行動する自動プログラムなのだろうか。現に駆け付け様とした彼には一切反応しなかった。生身の人間には危害を加えないのであろう。

 

 

 

 それは間違いだ。『黒い何か』は()()()()()

 

 

 

『非常事態発令! トーナメントは中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧の為部隊を送り込む! 来賓、生徒は直ぐに避難する事! 繰り返す!』

 

「聞いての通り、お前がやらなくても状況は収拾されるだろう。だから──」

 

「だから無理に危ない所へ飛び込む必要は無い、か?」

 

「そうだ。それに……どの道エネルギーは無い。お前が出来る事は、何も無い」

 

 確かに箒は正しい。理路整然としている。至極当たり前の事を言っている。

 

「……俺は──」

 

 本当は拒否したい。『やらなきゃいけない』ではなく『やりたいからやる』だ。ここで引いたらそれはもう自分ではない、織斑一夏ではない。

 だが、これが現実。機体を展開出来ない以上、為す術など一切無いのだ。

 悔しさで満たされようとした、その時──。

 

「織斑ぁっっっ!!!」

 

「一夏!!」

 

「っ!? 柳さん!? シャルロットも!!」

 

 突然と彼等の目の前に現れたのは『灰鋼』を身に纏う隆道とボロボロであるシャルロット。彼等は必死の形相で息を切らして彼を見据えている。焦り以上である事は明白であった。

 

「何をやってんだこの、バカタレがっ!! 一歩間違えばアレにぶった斬られて終いだぞっ!!」

 

「そうだよ一夏!! 何を考えてるのさ!!」

 

「うっ……す、すみません」

 

 何故、隆道がここにいるのか。それはモニター越しに一連の状況を見て、文字通りにすっ飛んで来たのだ。千冬の呼び止めなど一切聞かずにだ。彼が危険に脅かされている。単にそれだけが思考を支配し、脇目も振らずに駆け付けたのである。

 

「……はあっ。まあ、無事で何よりだ。それよりさっさとずらかるぞ、教師共も直ぐに──」

 

「……柳さん。あいつは、俺が倒したいです」

 

「…………」

 

「我が儘なのはわかっています。でも……どうかお願いです。力を貸して下さい……!」

 

 彼は切に願った。あの『黒い何か』は自分自身が倒さなくてはならないと、使命感に駆られた。

 確かにこれは我が儘だ。自分がやらなくても、教員が何とかしてくれる。しかし、それを許してしまえば彼はもう──。

 

「一夏ぁ! お前、本当いい加減に──」

 

「……やれるのか?」

 

「──はいぃっ!?」

 

「えっ……。ちょ、柳さん!?」

 

「……やります。やって見せます」

 

 驚愕をする箒とシャルロットを余所に、じっと見詰め合う二人。それはほんの数秒だけのもの。

 見詰め合う事、約数秒。隆道は──。

 

「……ほらよ」

 

「……! 柳、さん……!!」

 

 隆道は『リカバリー・ショット』を三本展開。それを彼に差し向け、言葉を放つ。

 

「お前がアレに対しどう思ってるかは知らねえ。けどよ、お前がやれるってんなら止めはしねえ。やるならきっちりやれ、決着を付けろ」

 

「柳さん……!」

 

「……ありがとうございます!!」

 

 隆道は止めはしなかった。それは理屈だとか、論理的だとかそういったものでは断じて無い。

 彼を信じたから。彼が放つその熱い眼差しに心を打たれたが故の行動。理路整然とは真逆である滅茶苦茶なものではあるが、それでも構わない。他二人の苦情は後回しだ。

 

「ほら、さっさと受け取れよ。……ああそうだ、負けたら明日から女装な」

 

「ああ、全くもう……。でも、良いですねそれ。一夏、制服は僕が用意しておくから」

 

「だってよ。覚悟しとけよ? ん?」

 

「うっ……! ……へへっ、良いですよ。何せ、絶対に負けませんから!」

 

 ジョークを交えた会話により、緊張が良い意味で解れる。いつの間にやら血が上っていた頭も、今は適度に冷えていた。

 ああ、貴方はどこまで良い人なんだ。どこまで優しい人なんだ。会えて──本当に良かった。

 しかし、感動している暇は無い。直ぐに教員達が駆け付け来るだろう。そうなればあっという間に鎮圧されてしまう。

 

「早くしねえと教員共が来るぞ。出番無くなる前に行ってこい。出来る限りサポートしてやる」

 

「はいっ! じゃあ──」

 

 

 

 

 

 彼等は知るよしも無かった。これからこの場所で──最低で、最悪の事態が起こる事に。

 

 

 

 

 

 ──警告。敵機接近中──。

 

「──っ!?」

 

 彼に『リカバリー・ショット』を渡そうとしたその瞬間。いち早く()()に気づいたのは隆道だ。瞬時に手を引っ込め、此方に接近してくる()()と向かい合い激突する。

 

「「「!?」」」

 

「ぐっ!? おい、『灰鋼』ぇっ!! いつものアレはどうしたぁっ!!」

 

 ──付近に防衛対象有り。『番犬』発動不可能──。

 

「ああ、そういう事……!!」

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!!』

 

 ()()の正体は例の『黒い何か』。何故か急激に接近、今や隆道と取っ組み合い状態。彼等はそれに愕然とするしかなかった。

 どういう訳だ? 何故此方に接近してきた? 何故隆道と取っ組み合いをしている?

 

「逃げろお前等ぁっっっ!!!」

 

「まっ、柳さ──」

 

「一夏行くよ!!」

 

 愕然とするしか無かった彼等だったが、その中で唯一シャルロットは危険を察知。彼と箒の二人を抱えてその場を離脱する。

 

「離せよ!! まだ柳さんが!!」

 

「何も出来ないよ! ここから離れないと!」

 

「ああ、くそっ! くそぉぉぉっ!!」

 

 彼等は瞬く間にピットへと避難する。ステージに残されたのは──隆道ただ一人となった。今も取っ組み合いの最中、膠着状態であった。

 

「取り敢えずオーケー、だな……! ……さて、どういうつもりだ、この野郎が……!!」

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!!』

 

 言葉を投げるも、返ってくるのは呻き声だけ。機械音混じりであるその声は苦しんでいるのか、または別の何かなのか。

 兎も角、これでは拉致が明かない。一旦距離を離さなければ。故に、隆道は取っ組み合いのまま『黒い何か』を──思い切り蹴り飛ばす。

 

「オ゛ッラ゛ァッッッ!!!」

 

『──ッ!?!?!?』

 

 その蹴りにより盛大に吹き飛ぶ『黒い何か』はステージの壁に激突、紫電を走らせながら地表を転げ回った。かなりダメージを与えたからなのか動きもかなり鈍くなっている。満足に動けないであろう。しかし、やらかしてしまった。

 

「あ、やっべ。出番取っちまった」

 

 彼には申し訳無い事をしてしまったと、隆道は頭をかきながら一人呟く。何せ、あんなにも啖呵を切った彼を置いて自分が倒してしまったのだ。あとで文句を言われても仕方がない。

 

「おっ。……はあ、来やがったか」

 

 辺りを見渡すと、今頃になってやって来る数名の教員。しかし、もう既に倒してしまったのだ。もう遅い。以前もそうであったが、対応が少々と遅いのではないだろうか。

 だが、そんな愚痴を溢しても全くの無意味だ。ここからは向こうの仕事、あとは任せるとピットに帰ろうと所で──。

 

「……あん?」

 

 ふと、ある事に気づいた。先程まで持っていた例の回復装置が手元から消えていたのだ。それが隆道に疑問を持たせ、立ち止まらせた。

 収納した覚えは無い。何処かに落としたのか。それとも踏んづけて壊してしまったのか。

 

「…………」

 

 

 

 先程まで自分は何をしていた? 

 

 

 

 あの『黒い何か』と取っ組み合いをしていた。

 

 

 

 その時は、まだ手に持っていた。

 

 

 

 つまり──。

 

 

 

「……!!」

 

 ハッと隆道は気づき、遠くにいる『黒い何か』に視線を向ける。その『黒い何か』は──。

 

『ア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!!』

 

 ──『リカバリー・ショット』を持っていた。三本とも全て。

 

「お、おいおい……。まさか……──」

 

 ──退避せよ。退避せよ。退避せよ──。

 

 嫌な予感が隆道の頭を過り、冷や汗が垂れる。そして、それと同時に鳴り響くのは『灰鋼』から発せられる最大限の警告。

 そしてその嫌な予感は──的中する。

 

『──!? ────!?』

 

 その『黒い何か』は自身の胸辺りに三本全ての『リカバリー・ショット』を打ち込んだ。そしてその結果──。

 

『オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!』

 

「うっそだろ、おい……!!」

 

 ステージに響き渡る『黒い何か』の咆哮。同時に紫電は徐々に収まっていき、それは鈍い光へと変わっていく。装甲もより一層鮮明に形成され、人の部分もハッキリと象っていった。更にはその頭部から二つのセンサー──いや、眼そのものが作り出されていく。

 

 ──対象から『V.T.システム』を確認──。

 

 ──対象を『黒の剣士』と識別──。

 

 ──退避せよ。退避せよ。退避せよ──。

 

「何だよそれ……!」

 

 

 

 ──『V.T.システム』──。

 

 正式名称『Valkyrie Trace System(ヴァルキリー・トレース・システム)』。

 過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをデータ化し、そのまま再現、実行するシステム。操縦者に能力以上のスペックを要求する為、肉体に莫大な負荷が掛かり、場合によっては生命等が危ぶまれる危険な代物。現在は条約によってどの国家、組織、企業においても研究、開発、使用が禁止されている──言わば禁忌。

 それがどういう訳か定かではないが、ラウラの機体に積まれていたのである。いったい誰の仕業なのであろうか。

 勿論、隆道はそのシステムを一切と知らない。知る筈など無い。

 

『オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!』

 

「──っ!?」

 

 ──瞬間。数十メートルの距離にも関わらず、『黒の剣士』は隆道へと爆発的な速度で急接近。目にも留まらぬ速度で斬撃を仕掛けて来た。

 

『──ッッッ!?!?!?』

 

「……はんっ。やっぱり馬鹿だな」

 

 だがしかし、どれ程の速度であろうと『番犬』の前では無意味だ。けたたましい音と共に相手は吹き飛ばされ、地表を転げ回っていく。

 

『柳君! 早くここから離脱しなさい!』

 

『あとは先生達に任せて!』

 

 未だに転げ回る『黒の剣士』を囲う様に教員の数名はそれぞれ配置に付く。今度こそ、ここからは教員の仕事だ。自分の出番はもう無いだろう。これで安心。これで安泰だ。

 

『総員、制圧──』

 

 

 

 ──その筈であったのだ。

 

 

 

「──は?」

 

 隆道は、その瞬間を見逃さなかった。

 転げ回っていた『黒の剣士』はそこからブレる動きを見せ、瞬時に教員達の間を次々に掻い潜りステージ中央で急停止する。そして──。

 

「「「「「──がっっっ!?!?!?」」」」」

 

 ──全員がステージ端に吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされた教員達は一気に具現維持限界。機体が強制解除され地表へ放り出される。

 

「おい、ちょ──」

 

『柳ぃっ!! そいつから離れろぉっ!!』

 

「あ!? 何なんだよこいつは──っ!?」

 

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!』

 

 雄叫びを上げ、急接近してくる『黒の剣士』。ここで隆道は確信を持った。間違いなく目の前のコレは自分を狙っていると。

 しかし、だとしても何故? 此方からは攻撃を仕掛けていない。先程の蹴りは只の迎撃なのだ。まさか──暴走でもしているのか。

 だとしても──。

 

「無駄だぁっっっ!!!」

 

『──ッッッ!?!?!?』

 

 何度だろうと、今の隆道に近接は通用しない。学習しない所を見ると、只の暴走なのであろう。またしても『黒の剣士』は吹き飛ばされいく。

 

「学習しねえ奴──」

 

 

 

 ──と、思ったその矢先。

 

 

 

『オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!』

 

 その怒声と当時に『黒の剣士』はその刀を地表に突き刺し急ブレーキ、勢いが止まったその瞬間にまたしても急接近し隆道に斬り掛かってくる。

 

「はぁっ!? うわ危ねぇっっっ!?!?!?」

 

 持ち前の『危険察知』によりその斬撃を防御。しかし、その斬撃はとても重く隆道を怯ませる。

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!』

 

「なっ、このっ、危ねっ、くそっ、どわっ!?」

 

 そこから繰り出される怒濤の連続斬撃は隆道を徐々に後退させる。高速過ぎるその攻撃に両腕と両足、そして盾を駆使し防御と回避に徹底せざるを得ない。あまりにも速すぎる。今や必死だ。

 

 ──二、一──。

 

 一秒一秒がとても長く感じられる危機的状況。早く再起動しろと願う隆道であったが──。

 

『ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!』

 

「──っ!?」

 

 ──とうとう、その防御体勢が弾かれた。

 

「────」

 

 視界の色が反転し、体感時間が遅くなる。前方の『黒の剣士』は、下段の構えから此方を斬ろうとしている。自身の──顔面に向けて。既にその切っ先は目前へと迫っていた。

 避けなければならない。でなければ──"死"。

 

「──だぁっっっ!!!」

 

『──ガッ!?』

 

 隆道は後方へバク転。その勢いで『黒の剣士』を蹴り飛ばし大きく距離を離していく、全力で。『黒の剣士』はそれを追う事もせずに斬り上げた姿勢のまま。これは好機、隆道は更に離れた。

 

 ──零。シールドバリアー、絶対防御、再起動───。

 

「はっ……はっ……。あっぶねぇぇぇ……」

 

 正に間一髪。あと少しでも反応が遅れていれば間違いなく頭が二つになる所であっただろう。

 殺意に満ち溢れているにも程がある。いったい目の前のコレは何故、自分を狙うのだろうか。

 

「はあっ。逃げても、無駄、か。……あん?」

 

 その時であった。ある違和感に気づいたのは。

 頬をなぞる液体の感覚。それは顎にまで達し、地表に落ちる音をしかと聞かせる。

 そして、次に感じたのは──。

 

「……っ!? い゛っでぇ……っ!?」

 

 ──右顔面に襲い掛かる、激痛。

 熱すぎるその感覚。それは右の額から顎下まで感じ、彼を悶えさせる。特に右目がとても熱い。

 まさかと自身の顔に手を宛がって確認すると、そこには──大量の()()()()

 

「な……あ……」

 

 ──警告。操縦者にダメージを確認──。

 

 ──更なる確認を実施中。……右眼球に深刻なダメージを確認──。

 

 ──()()を確認──。

 

「……!!」

 

 隆道は──斬られていた。

 

 

 

 

 

 何故、『黒の剣士』は隆道に執拗に襲い掛かるのか。その理由は誰も予想しない事であった。

 確かに『V.T.システム』は箒の推測通り、武装か攻撃に反応する自動プログラム。隆道を襲う事は一切無い筈なのだ。では、いったい何故?

 以前、隆道が『狂犬』を発動させた日を覚えているであろうか。そのシステムは、起動する際に周辺のIS全てに危険信号を送る仕組みである。

 

 

 

 そう、要はその()()()()だ。

 

 

 

 ラウラの機体『シュヴァルツェア・レーゲン』はその信号を読み取り、隆道と『灰鋼』を絶対な危険的存在へと認識する様になった。

 そして、今回発動してしまったそのシステムと彼女の稼働データが重なり、それによってバグが発生。二つのプログラムが追加されてしまった。

 その追加されたプログラムは──。

 

 

 

 『灰鋼』の完全なる破壊と──。

 

 

 

 

 

 ──柳隆道の抹殺。

 

 

 

 

 

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!』

 

「……ああ、そうかよ。殺る気満々ってか……」

 

 隆道の表情が次第に恐ろしい剣幕になる。もう彼は周りなど見えはしない。視界が赤く染まり、目の前のディスプレイに現れるのはたった一つの項目、ただそれだけだ。

 

「……そっちがその気なんだ。文句はねえよな

 

 ──キドウシマスカ?──。

 

決まってるだろ……。答えは、一つだ

 

 そんなもの、訊かれるまでもない。目の前のは正しく『敵』、自身の命を脅かす存在だ。なら、倒さねば──いや、殺らなければならない。

 故に──。

 

 ──駄目ぇっ!! 待ってぇっっっ!!!

 

上等ダァァァッッッ!!!

 

 ──隆道はソレを起動する。

 

 

 

 ──絶対殲滅システム『猛犬』起動───。

 

 ──操縦者のIS適性値を補正。『B』から『S』に変動──。

 

 ──操縦者に痛覚抑制を処置──。

 

 ──機体出力上昇──。

 

 ──パワーアシスト上昇──。

 

 ──ハイパーセンサー感度上昇──。

 

 ──皮膜装甲強化。耐G性能、耐衝撃性能向上──。

 

 ──警告。シールドバリアー機能停止──。

 

 ──警告。絶対防御機能停止──。

 

 ──警告。救命領域対応機能停止──。

 

 ──警告。起動中、具現維持限界による機体の展開解除不可能──。

 

 ──警告。機体の稼働限界、残り四分五十三秒──。

 

 ──付近の稼働ISに『灰鋼』と操縦者の危険性を送信──。

 

 ──操縦者に意識誘導を開始──。

 

 ──対象を破壊、抹殺せよ──。

 

 

 

グ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!

 

 血管を彷彿とさせる模様は点滅し、機体全体は鈍く発光。右腕に『鋼牙』を、左手にマチェットブレードを展開し隆道は構える。

 

やってやろうじゃねえかこの野郎っっっ!! バラバラにしてや──」

 

「柳ぃっっ!!」

 

ああっ!?

 

 いざ、突撃をかまそうとしたその時だ。ピットから一機のISが飛び出してきたのは。その機体は凄まじい速度で地表に降り立つ。

 その正体は千冬その人。対隆道用に調整をした『打鉄』を纏いポニーテール姿にした彼女は、今や歯を食い縛った表情であった。

 

「ああ、くそっ。なんという事だ……!!」

 

ブリュン、ヒルデェ……!!

 

 ──敵対象の追加を確認。抹殺せよ──。

 

丁度良い。てめえも相手してやるよ……!!

 

「柳っ! 気をしっかり持てっ! 私は──」

 

うるせえぇぇぇっっっ!! てめえのせいで、てめえのせいでぇぇぇっっっ!!!

 

「くそっ……! やるしか、無いのか……!」

 

 彼女は迷いつつも両脇の刀を抜き、構える。

 最早誰であろうと、隆道の耳に届く事は無い。今の彼を支配するのは、明確な『殺意』だけだ。

 これから起こる事は、演習でも、模擬戦でも、試合でもない。言うなればそれは──。

 

『オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!』

 

てめえら纏めてぶっ殺してやるっっっ!!!

 

「はぁっ、はぁっ……!!」

 

 ──生き残りを賭けた殺し合い(バトル・ロイヤル)だ。




◆『黒の剣士』
『リカバリー・ショット』を使用し、エネルギーと装甲が完全回復した『完全版V.T.システム』。
元となる『シュヴァルツェア・レーゲン』の稼働データによりバグが発生。プログラムに『灰鋼』の破壊と隆道の抹殺が追加された。

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