申し訳ない。一話だけで初日を終わらせるつもりでしたが無理でした。臨海学校、書き辛いです。
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令和四年、七月六日。
薄暗く、アホに長いトンネル。そこを走るのは四台の大型観光バス。 それに乗る一年の生徒達はとても賑やかで、そしてとても騒がしかった。
「着いたら何する!? 何する!?」
「え、今更何言ってんのこの馬鹿っ!! 泳ぐに決まってるじゃない!」
「ねーねー、そっちのお菓子ちょうだ~い」
いや、喧しいと言うのが正しいかもしれない。若しくは姦しいと言った方が良いか。ほぼ全員が大はしゃぎ、テンションがぶっちぎりであった。一言で言うのであらば『騒音』で片付く程にだ。ソレはあまりにもうるさ過ぎた。
その大騒ぎは一台だけではない。差は有れど、全バス内がこの状態なのだ。それも出発前から。まだ目的地にすら辿り着いていないにも関わらずこの騒ぎ様。流石は十代女子学生、体力が有る。有り過ぎにも程がある。今日は一日中この調子が続く事は確実、収まりそうにない。ペース配分は大丈夫なのであろうか。明日の稼働試験の直前で力尽きないと良いのだが。
しかし、それも仕方の無い話だ。何せ、今日は待ちに待った大行事。盛り上がらない筈が無い。盛り上がるなと言う方が無理だ。どこの学校でも同じ状況になるであろう。
そして──それは一組も例外ではない。
「やっぱりこういうのはテンション上がるなぁ。なあ箒、そういえば泳ぐの得意だったよな」
「そ、そう、だな。昔はよく遠泳したものだ」
「あら、お二方はサンオイル塗りませんの?」
「塗った事は無いな。日焼け止めは塗るけど」
「私も焼かない派だな」
生徒達が大いに騒ぐ中で、一夏達も皆と会話を弾ませていた。一切と途切れさせる事も無くだ。この騒音の中で普通に会話を交わす彼等は凄い。
何を持ってきたのか、何をして遊ぶのか。話題はたんまりとある、言い出せば切りが無いのだ。夢が広がり過ぎなのも困ったものである。
そんな彼等の会話がある中で、少し離れた席のシャルロットはというと──。
「んぐんぐ……」
「ほら、このお菓子も美味しいよ? はい」
「う、うむ。有り難く頂く、ぞ」
──ラウラとお菓子を食べていた。というか、シャルロットが食べさせていた。餌付けだった。
「はーいこれ。あとこれも、ね?」
「
彼女達二人は今や相部屋だ。ラウラは最初こそ部屋割りにかなりの戸惑いと抵抗があった。
私闘、対決、そして──例の事件。自分と深く関わる人間との生活に一種の恐れを抱いていた。強く言及される、目の敵にされるに違いないと。
以前の彼女なら気にも止めなかったであろう。だが、大人しく、そして弱々しくなった彼女には全てが重くのしかかる。嘗て、弱者であった頃に逆戻りしていた。とても脆くて、崩れやすくて。
なのにだ。シャルロットは別段気にした様子は無く、一切と言及する事は無かった。それ処か、改めてルームメイトとして、そして友人としての付き合いをしてくれたのだ。時には気を利かせてくれて、時には相談に乗ってくれて。
その結果この様な関係である。シャルロットは短期間で彼女を懐かせたのであった。他の人間が相部屋であったなら彼女は今も塞ぎこんだままであったに違いない。恐るべし、シャルロット。
「……おっ?」
そんな様々なグループが賑やか真っ最中の中、一夏は前方を見やる。それに続いて他の生徒達も視線を前へ。その先には一つの光が。トンネルを抜け、一瞬だけ光に視界を奪われ──。
「……おぉっ」
「海っ! 見えたぁ!」
見えたのは青い空、白い雲、そして──陽光を反射する大海原。陽光を反射する海面は穏やか。絶好な快晴であった。
IS学園の一行事──臨海学校が今、始まる。
そんな騒ぎの中、隆道は何をしているのか。
彼は、一夏の真隣で──。
「ZZZzzz……」
──アイマスクと耳栓を付けて爆睡していた。
時刻は進み、旅館前。
旅館前に並ぶ大勢の生徒。バスの中であれほど騒いでいたのに活気は全くと衰えていなく、寧ろ逆に生き生きとしていた。今の彼女達は無敵だ。最早、誰にも止められない。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさない様に注意しろ」
「「「「「よろしくおねがいしまーす」」」」」
結構普通に止められた。
千冬の指導能力が故か、誰一人とバラける事も崩れる事も無く一斉に整列、挨拶もしっかりだ。日頃の訓練の賜物であろう。
「うぅ…ん……」
「そろそろ目を覚まして下さいって」
「ね、眠っむ……。もう駄目だ、俺は死ぬ……」
「死にませんから。冗談でもそれ止めて下さい」
勿論、寝起きが非常に悪い隆道を除いてだが。何なのだこの男は。さっさと起きろ。
「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」
そんな生徒達の前に現れるのは着物姿の女将。歳は三十代といった所であろう、しっかりとした大人の雰囲気を漂わせている。仕事上常に笑顔が絶えないからなのか、その容姿は凄く若々しい。女将という立場とは到底思えない。
「あら、此方が噂の……?」
生徒達を笑顔満開で見渡す女将はふと、隆道と一夏に目を向けた。それは至極当然の事、誰でも一度はそうなる。長年と女性だけの参加であった臨海学校に、イレギュラーである男子の参加だ。興味を持つのも致し方無しなのだ。
「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません。お前達、挨拶をしろ」
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
「……柳……隆、道ぃ」
緊張気味な一夏と、寝起きで死にそうな隆道。一夏は良いとして隆道はいい加減に目を覚ませ、そう思う千冬であった。
「うふふ、ご丁寧にどうも。
それでも、女将は意に介していなく丁寧過ぎるお辞儀で自己紹介する。かなり気品あるものだ。正に大人な女性の模範と言っても過言ではない。もしも、この世界が女将の様な品性の有る女性で溢れていたなら平和だったのかもしれない。
「それではみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられる様になっていますから、其方をご利用なさってくださいな。場所がわからなければ従業員に訊いて下さい」
「「「「「はーい」」」」」
直ぐ様へ旅館へ向かう女子生徒の群衆。初日は自由時間、彼女達がやるはとうに決まっている。向かうのは最大目的であるビーチだ。そもそも、遊ぶ以外何があるというのだ。全くと無い。
「ね、ね、ねー。おりむー」
「ん?」
わらわらと生徒達が部屋へと向かうその最中、立ち往生している彼等──正確には一夏に誰かが声を掛けてきた。振り向くと、何故か異様に遅い移動速度で向かってくる少女──本音。眠たそうにしているその顔は意外にも"素"。
ちなみにだが、『おりむー』という名は一夏の愛称である。その名で呼ぶのは彼女だけだが。
「部屋はどこ~? 一覧には書いてなかった~。遊びに行くから教えて~」
その言葉で周りにいた生徒達が一斉に聞き耳を立てる。お目当ては勿論、一夏である。
隆道? ブラックリストの彼に関わろうとする人間など極少数しかいない。片手で数えられる。こうして見ると交友関係が結構酷い。
「……いや、俺達も知らない。廊下にでも寝るんじゃねえの?」
「わーそれはいいね~。私もそうしようかなー。あー、床つめたーいって~」
「…………」
勿論、そんな訳は無い。彼等にもちゃんとした部屋がある。ただ、それを言わないだけ。言えば恐らく彼女だけでなく、多数が乗り込んで来る。そうなれば最後、常に気張らなければならない。それだけは勘弁願いたい所であった。
そもそもだ。前提として彼等は知らないのだ。千冬と真耶に聞かされたのは部屋を用意しているという事だけ。明確には聞いていないのである。
「織斑、柳。お前達二人の部屋はこっちにある。ついてこい」
「あ、はい。じゃあのほほんさん、またあとで」
そう言って彼女と別れ、千冬の後に続く。未だ眠そうにしている隆道の背中を押しつつ、快適な廊下を進んでいく。この男、未だに覚醒しない。
旅館の中はかなり広くて綺麗だ。一学年を丸々収容出来る大規模、歴史ある装飾、最新の設備。適度に効いているエアコンがとても素晴らしい。夏だとは到底と思えない。
そんな涼しげな廊下を歩いて暫くして、彼等は部屋に到着する──のだが。
「えっ。ここって……」
そこは意外も意外な場所であった。
辿り着いたその部屋の扉には『教員室』という張り紙。この事に一夏は思考が一瞬だけ止まる。その直後に冷や汗がだらだらと流れ出てしまう。
まさか、自分達は教員達と一夜を共に──。
「ああ、違う違う。お前達はそっちの部屋だ」
千冬は首を振って隣の部屋を指した。そこにも『教員室』という張り紙が。ここだけではなく、他の部屋にも同じ様な張り紙。一夏の頭は疑問で満遍なく満たされた。
「様々な意見が飛びに飛んでな。個室にするか、教員と共にするかと色々と。就寝時間を無視した馬鹿共が押し掛けるのは確実、色々な意味で守る為に敢えて一覧に載せなかった。まあ、それでも馬鹿共は探し出すだろうが。最初は織斑が私と、柳は山田先生と同室の案もあったのだが……」
「…………」
「うわっ、すっげぇ嫌な顔してる。っていうか、寝惚けててもそこは反応するんですね……」
「ほら見ろ、この有り様だ。勿論この案は却下、結局はお前達用の部屋を用意した。その張り紙はハッタリだから気にする事は無いぞ」
そう、これは撹乱である。リークされない限り彼等の寝床は生徒達に知られない。知られるなら──教員の中に裏切り者がいるか、うっかり口を滑らせてしまった男子二人のどちらかだ。後者は大丈夫であろうが、問題は前者だ。目を光らせる必要がある。油断は出来ない。
そんな思惑を知らない一夏は良かったと一安心するが、それと同時に目に留まった物体が一つ。
付近に立て掛けてあるのはバリケードが一台。しかも『関係者以外立入禁止』といった張り紙がデカデカと。これはいったい何なのか。
「これは?」
「ああ、これか? これはこうしてだな……」
そう言いながら千冬はバリケードを手に持ち、廊下を塞ぐ様に設置、その通路を塞いだ。コレの意味する事はたった一つ。
「あぁ~、なるほど……」
「これならあの馬鹿共が立ち入る事は無い筈だ。尤も、ここにおいそれと近づかないだろうがな。来たら来たで私が制裁してやる。……間違っても誰かに教えようとはするなよ?」
「わ、わかってます」
徹底した防護壁の完成だ。これで彼等の部屋に女子が雪崩れ込む事は無くなった。例え、何かの間違いで部屋を知られてしまったとしても近づく事の出来ない二段構え。ことわざで言うのならば『虎穴に入らずんば虎児を得ず』。厳密に言えば待ち構えるのは虎ではなく、鬼と狂犬だが。
態々鬼を掻い潜ってまで来る猛者などいない。掻い潜ったとしても獰猛なる狂犬、余程の馬鹿か恐いもの知らずでない限りは確実に追い払える。生徒達の思惑は──そう、絶対叶わない。残念。
たった一人だけ恐れを知らない狂人がいるが、その際は全力で追い払うと千冬は静かに誓った。
「一応、大浴場も使えるがお前達は時間交代だ。本来ならば男女別になっているが……何せ一学年全員だからな、お前達の為だけに窮屈な思いなどさせられん。よって一部の時間のみ使用許可だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え」
「わかりました」
「さて、今日は一日自由時間だ。荷物を置いて、あとは好きにしろ」
そう言って彼女は部屋へと消えていく。それに続いて彼等も用意された部屋へ。
室内は広々とした間取り、外側の壁は一面窓。そこから見える風景はこれまた素晴らしく、海が大きく見渡せる。東向きの部屋が故に、日の出も抜群に見える事であろう。ここだけでも絶景だ。
風景だけでなく、設備もかなり充実している。トイレ、バス、洗面所はセパレート。バスは隆道でも足が伸ばせる程だ。これだけでも宿泊費用は凄まじいものだと感じてしまう。二人だけでこの空間はとてつもない贅沢だ。少し申し訳無いなと思う一夏であった。
「おおー、すげー」
「……学生が寝泊まりする様な部屋じゃねえぞ。いったいどれだけ金使ってんだか」
「お、漸く目覚めましたか。なら早速ですが海にでも行きましょう」
「……やっぱ行きたくねえ。俺は残るわ」
漸くと目が覚めた隆道は海に行く事を渋った。
考えてみて欲しい。確かに外に行けば誰しもが待ち望んだ広大なるビーチだ。海で泳ぐも良し、砂浜で遊ぶも良し、肌を焼くも良し、色々と盛り沢山である。
だがしかし、彼は海で泳ぐ気なんて更々無い。勿論、砂浜で遊ぶ気も無いし肌を焼く気も無い。何もする気が無いのだ。あるとするならば風景を眺める事ぐらいなのだが、それなら窓から覗けば済む話。態々ビーチに行く必要など無い。
海水浴? 砂遊び? それとも日光浴か誰かとビーチバレー? 彼がするとでも?
答えは否、絶対的否。少なくとも、女子の様に大いにはしゃぐ人間ではないのは確か。今の彼が楽しめるのは食事か喫煙の二択だけなのである。尤も、この二択は楽しみというよりは気晴らしの類いなのだが。
しかもだ。ビーチには今、百人を超える女子が集まっている。一般男性なら目の保養になる事は間違いないのだが、三大欲求の一つである性欲が欠けてしまっている彼には何も感じる事は無い。寧ろ、女性不信である以上苦痛でしかないのだ。この青年、本当に男として色々と終わっていた。駄目駄目人間でしかなかった。
しかし、それでも一夏は諦めやしない。本当に嫌ならば明確に拒絶する筈だ。多少荒っぽいが、行動を起こさなければ治るものも治りはしない。ほんの少しでも彼の傷心を改善出来れば御の字。
故に、一夏は──。
「まあまあ、そう言わずに。折角の海ですから。水着も買ったんですから今更行かないなんて無しですよ。向こうからの眺めも絶対に良い筈です。行きましょう。さあ行きましょう」
「いや、行きたく──」
「さあ、さあさあさあ」
「……はあ。わかった、わかったっつーの」
炸裂するは一夏の丁寧なゴリ押し。彼は観念、両手を上げて降参をした。この少年、強過ぎる。対隆道としてかなり適任なのではないか。
「言っとくが泳がねえぞ。眺めるだけだからな」
「大丈夫です、わかってますから」
本当にわかっているのかと思いつつ細目になる隆道は渋々にとバッグを漁り、水着や着替え等を袋に詰めて扉で待つ一夏と共に部屋を出ていく。もう後戻りは出来ない。腹を括れ、柳隆道。
さあ、いざ海へ。
別館。更衣室付近にて。
更衣室へと向かう途中で隆道はトイレへ行くと言って一夏と一旦別れた。先に更衣室に向かった一夏はタイミング良く箒と出会した訳だが──。
「「…………」」
──問題を見つけた。見つけてしまった。
道端──石の庭の中央にある珍妙過ぎる光景に二人は完全に釘付け、硬直してしまった。決して無視出来ないものがソコに生えていた。
それは
しかも、只の兎の耳ではない。バニーガールが付ける様なウサミミだ。それも機械染みた代物。その隣にはご丁寧に『引っ張って下さい』という張り紙がしてある。
二人はこのウサミミに見覚えがある──いや、あり過ぎた。見間違う筈が無かった。
「なあ、これって──」
「知らんっ!! ……私に、訊くな。関係無い。何も、関係無い……!!」
彼女は速答速攻全否定。表情は歪み、その眼はまるで汚物を見るかの様な眼差しと化していた。
最早、確定したと言って良い。このウサミミは間違いなく『あの人物』のものだと。
二人の脳裏に浮かぶのは規格外が過ぎる人間。その才能は天井無し。天才──いや、『天災』。
「……どうする?」
「千冬さんに連絡だ、どうせロクな事にならん。触れない方──」
「いや、柳さんここ通るぞ? そろそろ来るかもしれないから何とか──」
「──!!」
その瞬間。血相を変えた彼女は目にも留まらぬ速さでウサミミに接近、ソレを引っ張り出した。
その結果は──"無"。何も起こらない。
「お、おい、箒……」
「はぁっ、はぁっ……! くっ……!」
心配を掛ける彼を置いて彼女は辺りを汲まなく見渡す。息を荒げて必死に周囲を注視、警戒心を一気に上げていった。
彼女は『あの人物』をよく知っている。なら、絶対何かしらアクションが起こると踏んでいた。若しくは近くにいると考えざるを得なかった。
絶対に隆道に会わせる訳にはいかない、それは避けなければならない事だ。ここにいる自分達が片付けなければ最悪の事態を招いてしまう。
より一層と警戒心を強めた、その時──。
「何やってんだお前ら」
「──!?」
──最悪のタイミングで隆道が来てしまった。
彼女は咄嗟にウサミミを背中へと隠し、隆道と向かい合う。端から見れば怪しさ満点である。
「あ、えと、その……」
「あん?」
「何でもありません!! では私はお先に!!」
彼女は後ろ向きのままでその場を去る。それも無茶苦茶に早い足取りで。かなり器用であった。
それは剣道の足さばきの一つなのだが、それを理解したのは一夏だけ。剣道に詳しくない隆道はどこでその動きを得たのか不思議に思っていた。というか、仕草そのものに疑問を抱いていた。
「……何かあったのか?」
「あ、えーと、なんと言いますか……。解決したような、してないような……」
「何だそれ。……まあ、いいわ。ほら、さっさと行くぞ。他の奴等と鉢合わせちまう」
「……ちょっとここで待っててくれませんか? 直ぐ戻りますので」
「? ……おう」
解決していないが、今は何も起こらない様子。自分達ではどうにもならない故、ここは報告して千冬に任せる事にしよう。それが一番と、一夏は教員室へと走っていった。
その一方で隆道は何が何だかわからずじまい、立ち往生する以外の選択肢が無かった。完全なる置いてけぼりを食らっていた。
「……ったく。いったい何なん──」
──『猟犬』起動──。
「──あん?」
疑問が連続するその最中、突然と起動するのは『猟犬』。探知したものは自身の真上にあった。おもむろに見上げても、そこは青い空と白い雲。絶好の海水浴日和である風景でしかない。
しかし──。
「…………」
──未確認飛行物体を確認。警戒せよ──。
「……?」
──そこには、確かに『何か』があった。
暫くして、ビーチにて。
既に大勢の生徒達が溢れている。肌を焼く者、ビーチバレーをする者、泳いでいる者と様々だ。着ている水着も十人十色、可愛いものからかなり際どいものまで。ある意味で太陽よりも眩しい。一般人がいればナンパされる事は間違いない。
IS学園に滞在する生徒達のスタイルは一般的に見ると非常にハイレベル。彼女達は自分の身体に自信が無いと自負するのだが、そんな事は無い。もう少し自分に自信を持って欲しいものである。
胸にコンプレックスを持つ女子に関しては? それは禁句中の禁句、決して触れてはいけない。そっとしておいた方が身の為だ。
そんな色々な意味で絶景過ぎる光景の中──。
「あちちちっ」
「ああ……。とうとう、来ちまった……」
熱した砂浜に足を焼かれて足踏みをする一夏と小さめのクーラーバッグを持つ、心底と嫌そうな顔をする隆道。彼等の登場によってビーチはより一層と賑わしくなっていく。殆どの女子から注目を浴びに浴びまくっていた。
隆道を恐れて遠ざかる者はいるが、それは彼の事を全く知らない人間だけ。危害を加えない以上何もしないと理解している生徒達は普段通りだ。慣れというものは恐ろしいものである。
「あ、織斑君達だ!」
「わ、わ~。身体かっこいい~。鍛えてるね~」
「う、うそっ! わ、私の水着変じゃない!? 大丈夫だよね!?」
「あーあ、あの人はパーカー着てるのかぁ……。あのバキバキの身体、生で見たかったなぁ……」
「え、何それ? 織斑君より凄いの?」
当然の事ながら飛び交うのは彼等の話題一色。百人以上の女子だけの場所に男子が二人、興味が湧かない筈が無かった。
一方、入学当初を思い出す多数の視線は彼等にとって毒に等しく、それはそれは居心地が悪い。女好きならば嬉しさ大爆発となって下心丸出しのナンパ祭りがおっ始まるだろうが、彼等は違う。嬉しさなど微塵たりとも存在しないのだ。
圧倒的物量の視線を前に一夏は羞恥心を隠せずたじろぎ、隆道は嫌悪感によって顔をしかめる。IS学園生活四ヶ月目でも慣れはしなかった。
「なんか、恥ずかしいですね……」
「あれだけ誘っておいて今更何言ってんだコラ。だーから来たくなかったんだ」
「ま、まあまあ。でもほら、絶景でしょう?」
「……お前、結構スケベ野郎だな。失望した」
「ふ、う、け、い、が、で、すっっっ!!!」
これには流石の一夏も全力で抗議。スケベだと思われるのは心外である。具体的に言わなかった自分が原因だが、あまりにも酷い言われようだ。生徒達に誤解でもされたら面倒処では済まない。つい大声を出してしまった。
勿論、隆道はそんな事一切と思ってはいない。そう、これは自分を海に引き摺り出した一夏へのちょっとした報復なのだ。やり過ぎではないか。
「ああ、わかったわかった。そう騒ぐなっての。余計変な目で見られるぞ」
「勘弁して下さいよ、もう……」
そう愚痴りつつも、一夏は気持ちを切り替えて準備運動。足がつって溺れでもしたら大惨事だ。故に、所々を念入りに伸ばしていく。この少年、かなりやる気に満ち溢れていた。
それに対し隆道は棒立ち、ただ景色を眺める。なるべく女子を視界に入れない様、遠くの方を。それは車酔いの時にするソレだ。盛大に使い所が間違っているが、それを言及する人間はいない。
と、そこへ──。
「あら、お二方ではありませんか」
「お、セシリアか」
やって来たのはセシリアが一人。彼女の水着は鮮やかなブルーのビキニとパレオの組み合わせ。優雅で格好良い、そこら辺のモデルより圧倒的に綺麗であった。流石は代表候補生と言うべきか。
その手には簡易式のビーチパラソルとシート、そしてサンオイル。小麦肌にするつもりだろう。彼女ならば絶対に似合う筈である。
「…………」
当然、それは一夏だけの内心である。
隆道はいつも通りガン無視を決め込んでいた。一応視界に入ったは入ったが、ただそれだけ。
眼球すら動かさず見向きもしない、そこに何も存在しないかの様に一切、全くと触れやしない。凄まじく、超の付いた筋金入りのシカトである。全く以て隙が無さ過ぎた。
いつも通りの事だ。一夏も、彼女もいい加減に慣れている。彼女としては会話をしたい所だが、今回ばかりは機嫌を損ねる事を避けた。
「い、ち、か~~~っ!」
「おう?」
ふと、遠くから声が聞こえてくる。一夏はその方を向くと、全力で手を振っている鈴音の姿が。鈴音の水着はオレンジとホワイトのストライプであり、スポーティーなタンニキタイプだ。
「……うん?」
そこで、一夏は疑問が一つ浮かんだ。
彼等と鈴音との距離は数十メートル。何故だか距離が離れていた。近づこうともしない。用事があるのなら此方に来れば良いのにと思っていた。
当たり前だ、原因は隆道なのだから。なるべく近づかない様にした結果がコレだ。流石に恐がり過ぎではないかと思うが、その理由は鈴音にしかわからない。理解される日は──恐らく来ない。
「では柳さん。呼ばれてるのでまたあとで」
「ん」
「では、わたくしもこれにて」
それぞれが立ち去り、残るのは隆道一人だけ。端からは仲間外れにされた人間としか見えない。少しでも行動しようと思わないのか、この男は。
「…………」
そんなものは無い。
たった数ヶ月間程度で人間は変われはしない。過去に比べればこれでも遥かにマシなのである。いったい高校時代はどれ程に荒れていたのか。
やはり楽しめない、来るのが間違いであった。ここに
漸くとゆったり出来る、そう思いつつ手持ちのクーラーバックから一本のアイスキャンディーを取り出して頬張った矢先──。
「あ、柳さん。ここにいたんですか」
「……今度はお前か」
「???」
どうやら、ゆったりはまだ叶わない模様。
声の主はシャルロット。別に無視する相手では無い為に、反応しておもむろに振り向く。当然、彼女も水着姿。
「どうですかコレ? 似合いますかね?」
「俺に感想を求めるな。織斑にでも聞け」
「ああ、ですよねー……」
楽しそうにくるくると回る彼女は水着の感想を求めるが見事に撃沈、一気に肩を落としていく。この青年に感想を求めるのはかなりハードだ。
彼女の水着は夏を意識したイエローであった。セパレートとワンピースの中間の様なデザインで上下にわかれており、背中側でクロスして繋げるといった構造になっている。
これが彼の内心。可愛いかどうかより、単純にデザインしか見ていない。こんなのもあるのだなと思うが、それよりも隣の『何か』に注視した。
「……何だソレ」
「…………」
そこには、奇妙奇天烈な存在がいた。
彼女と手を繋ぐソレはバスタオル数枚で全身を覆い隠していた。頭上から膝下まで隙間無くだ。一夏が見たら確実にバスタオルお化けと言ったに違いない。いや、誰が見てもそう言うであろう。隆道は脳内にてソレを妖怪バスタオルロリ女郎と名付けた。ネーミングセンスが酷い。
「ほら、出てきなってば。大丈夫だから」
「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める……」
声からして、目前の妖怪バスタオルロリ女郎の正体はラウラであった。何故だか随分と弱々しい声でモゾモゾとしている。何なのだこの少女は。というか、いったい何を見せられているのだ。
「ほーら、折角水着に着替えたんだからそれだと意味無いよ?」
「ま、待て。私にも心の準備というものが……」
「もー。さっきからそればっかりじゃない。一応僕も手伝ったんだよ? どこも変じゃないって」
一向にバスタオルを外そうとはしないラウラ。正に不動だ。動かざること山の如しだ。
これに対し痺れを切らした彼女は──強行手段を取る。ラウラ自身が行動を起こす、その為に。
「うーん、出てこないならここに置いてくよ?」
「な、なに?」
「は?」
彼を巻き込んで。
「うん、そうしよ。柳さん、相手お願いします」
「おい待て。それは待て。マジで待て……!」
唐突に繰り出される放置宣言。彼は焦った。
何故、自分が妖怪バスタオルロリ女郎の相手をしなければならないのだ。確かにラウラとは話を付けたが、仲良くするとは一言も言っていない。それとこれとは話が別だ。何故そうなる。
それに何より、こんな弱々しくなったラウラの相手などしたくない。逃げるといった選択肢等は──焦っている彼の頭からは消えていた。
冷や汗が滲み出る彼を余所に、彼女はラウラの手を離して海へと行こうとしてしまう。
「じゃあ、またねラウラ」
「ま、待てっ。わ、私も行こう」
「その格好のまんまで?」
「……ええい、脱げばいいのだろう、脱げば!」
観念でもしたのかバスタオルをかなぐり捨て、ラウラの水着姿が露となる。顔を向けていた彼は当然の事、それが目に留まる。
レースをふんだんにあしらった黒の水着。一見すれば
髪型も変わっている。全くと飾り気の無かった伸ばしたままの髪は左右で一対のアップテール。あの中国人と似ていると、そんな気がしていた。
「はい、良く出来ました」
「なっ!? わ、笑いたければ笑う、ぐぅ……」
やけくそだからか覇気はあったものの、それも一瞬だけ。一気に弱々しい少女へ逆戻りとなる。流石の彼ですら嫌悪感を感じる事は無く、珍しく困り顔となった。いったいどうしろというのだ。
「おかしい所なんて無いよ。ねえ、柳さん?」
「だから俺に感想を求めるんじゃねえっつーの。興味あるとでも思ってんのか」
「本っ当に相変わらずですね……。僕は可愛いと褒めてるんですが全然信じてくれないんですよ。あ、ちなみにラウラの髪は僕がセットしました。折角なのでおしゃれにしなきゃと」
「お、おしゃれなど……いら、ん……」
なるべくと強気に見せたい様だが、弱々しさが抜けていないラウラ。自信が無いのか、若しくは未だに負い目を感じているのか。もし、後者なら迷惑極まる。解決したのだから良いではないか。
あの事件は既に終わった。蒸し返しはしない。少なくとも、彼自身は何も気にしていないのだ。一週間以上経った今でもその様子では鬱陶しい。
「…………」
彼にとって、ラウラは至極どうでもいい相手。
関わりたくは無い。かと言って、そのままでは此方が困る。しかし、面倒を見る気は更々無い。
で、あるならば──。
「はあ。おい、デュノア」
「はい?」
「このドイツ人は『自分探し』をしたいらしい。どうすれば良いのか、何をすれば良いのかをな。何が言いたいかお前ならわかるな?」
「……勿論です。任せて下さい」
彼女は理解した。彼が放つ言葉の意味を。
彼はこう言っているのだ。ラウラを支えろと。弱々しくなった人間には誰かしらの支えがいる。その支えこそが──彼女その人だ。
既に気を利かせたり相談に乗ったりとしていた彼女だが、その想いはより一層と強くなった。
「ほら、ラウラも皆の所へ行こうね」
「あっ! ちょ、待っ──」
「はいはい、話はあとでねー」
そう言って彼女はラウラをぐいぐい引っ張り、生徒達の元へ。こういう時こそ愛想の良い彼女の出番となる。今後は任せた、あとは知らない。
二人を見届けると、その近くで丁度良く戻った一夏の姿が見える。今度は数人でビーチバレーをするらしい。なんとも元気な事だ。
何故か、そのグループで着ぐるみを着た奇抜な少女が見えたが絶対に気にしない。興味を持てば負けな気がすると、自身の脳が拒否していた。
「出席番号一番!
「ふっふっふっ、七月のサマーデビルと言われたこの
遠くからでも聞こえる声。はりきっているなと流し目しつつ、アイスキャンディーを口に運ぶ。もう溶けかかっているが気にしない。数はある。直ぐに食い切って次のを頬張った。
「んー。……あん?」
百人以上が遊ぶ中で黙々とアイスキャンディー食べつつ呆けるその時、ある人物が目に留まる。目を凝らすとポニーテールの少女が。
決して見間違いでは無い。その様な髪型をする人間はたった一人しか思い浮かばなかった。
「……篠ノ之?」
こそこそと別方向へと歩く、パーカー姿の箒。砂浜に来る様子は全くと無い模様。何故、一夏の元に行かない。いったい何処へ行く気なのか。
そもそも、彼女は自分達より早く着替えた筈。となれば、今まで何をしていたのか。まさかとは思うが、ずっと更衣室辺りで留まっていたのか。
「……ったく」
目に留まった以上、見過ごす訳にはいかない。故に、彼は動き出した。
何故、彼はそこまで彼女を気に掛けるのか。
その理由は──。
ビーチからある程度離れた岩場にて。
その場所は大勢の生徒達がいるビーチと違い、とても静かであった。聞こえるのは波の音だけ、騒ぎの一つも無い。物思いに耽るか、ゆったりとしたい人間にとってはうってつけのスポットだ。
そんな穏やかな場所に居座るのは二人の男女。アイスキャンディーを咥えて萎む箒と、彼女から少々離れた距離で煙草を咥える隆道。またしてもクソガキ行為を炸裂していた。
「──で、恥ずかしくなってここまで逃げたと」
「あ、あははは……」
アイスキャンディーを噛る彼女は目を逸らし、煙草を吹かす彼は今やジト目。追って問い詰めてみれば予想通り、何も大した事では無かった。
至って単純な事だ。一夏に水着を見られるのが恥ずかしかった、それだけ。溜息しか出ない。
砂浜にいなかったのも更衣室で着るか着まいか悩みに悩んだから。いざ決心を固めて出てみれば羞恥心が限界突破、ここまで逃げ出したという。
とても情けなさ過ぎる。とても度し難い。
「お前は本っ当に残念な奴だな」
「面目ないです……」
「少しは恥じらいをどうにかしろよ。いつまでもそれだと取られるぞ。……もう一本食うか?」
「いただきます……」
一夏の鈍感は相当なものだが、彼女も彼女だ。恥ずかしがって近づかないままでは意味が無い。いつまでたっても進展など見られないであろう。幼馴染みというアドバンテージがあるとはいえ、ここでアピールしないでどうするというのだ。
色恋沙汰にアレコレと言う気は無いが、流石にこれは目に余る。そう思う彼であった。
「……つーか、俺は平気なんだな」
「今はパーカー着てますし……素足はISスーツで慣れていますから……。それに、柳さんは異性というより……ああ、何と言えば良いのか」
「だったらそのまま織斑の所に行けよ。別に脱ぐ必要は無えじゃねえか」
「それが出来たら苦労しないんですけどね……。はぁぁぁ……」
彼女はつい大きな溜息を吐いてしまう。溜息を吐きたいのはこっちの方だ。その堅物過ぎる頭を引っ叩いてやりたい、そんな衝動に駆られる。
(仕方無え、かな)
恐らくだが、彼女はずっと孤立するであろう。午前でこれなのだから、午後も同じ様になるのは目に見えている。馬鹿でもわかる事だ。
野放しには出来ない。ならば、する事は一つ。
「篠ノ之。お前がそれだと織斑が心配するぞ」
「──!」
「考えてみろ。幼馴染みがずっと姿を見せない。放っておけと言ったんならまだしも音沙汰無し。あいつが何も思わねえとでも思うのか」
「…………」
「水着を見せろとは言わねえさ。けどよ、せめて顔は出してやれ。いつもの様にな」
自身が一夏に伝えるという強行手段はあるが、彼女はそれを望まない。ならば、後押しである。これで駄目ならお手上げ、手の打ちようが無い。
彼女は俯き、そのまま動かない。その姿を彼は黙って見据えたまま。これ以上は何も言わずに、大空に向けて紫煙を燻らせる。
固まったまま、約十数秒。彼女は決意を新たにしたのか顔つきが変わり、勢いよく立ち上がる。
「行ってきます」
「ん」
「本当に、ありがとうございました」
そう言って彼女はその場を颯爽と去っていく。残された彼は溜息を吐きつつ、火が消えた煙草を捨てて新たな一本に火を付ける。引っ叩いた方が良いのはこの男の方だ。クソガキにも程がある。
「フゥー……」
ふと、腕時計を見れば時刻は正午。昼飯時だ。旅館の飯はさぞかし旨いに違いないであろう。
この煙草を最後にして自分も向かうとしよう。そう思った矢先──自身の後ろから足音がした。
「あん? おい、篠ノ之。お前結局逃げて──」
彼女かと思い、彼は呆れながらも振り向いた。しかし、そこにいたのは──。
「…………」
「あ」
──仁王立ちで此方を睨む、水着姿の千冬。
スポーティーでありつつ、メッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している黒ビキニ。そのスタイルは本物のモデル──いや、それ以上と言っても決して過言ではない。
圧倒的だ。大多数の生徒は見惚れるであろう、大多数の男性は鼻の下を伸ばすであろう。
しかし、彼にそんなものは通用しない。千冬の水着姿など至極どうだっていい。それより問題はこの状況下にある。
煙草を吸っている学生と、それを目の当たりにした教師。何も起こらない筈が無く──。
「……柳。私が何を言いたいか、わかるな?」
「あーあ」
このあと、彼は淡々と叱られた。