IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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お待たせしました。

更新頻度がとてもヤバい。でも抜け出せない。

※グレネードランチャーや武装表記等を微修正。榴弾砲は戦車やAC130のアレだ……。迂闊。
(榴弾砲→擲弾発射器)

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文章修正


第四十九話

 時刻は午後七時半。花月荘にて。

 大広間三つを繋げた、これまた広い大宴会場。自由時間をフルに活用した生徒達は今や浴衣姿でずらりと並んでいる。そう、夕食時間である。

 座敷だけでなく、隣の部屋にはテーブル席が。なんでも多国籍を考慮に入れた故の配慮だとか。流石はIS学園、生徒への配慮は抜かり無い。

 

「うん、旨い! 昼もそうだったけど夜も刺身が出るなんて豪勢だよなぁ」

 

「そうだねえ。本当、IS学園て羽振りが良いよ」

 

 その大勢の列の隅っこ──厳密に言うと端から二番目と三番目に座る一夏とシャルロットは目前にある膳に舌鼓を打っていた。

 メニューは刺身と小鍋に加えて山菜の和え物が二種類、更には赤だし味噌汁とお新香。一見して色とりどりでとても鮮やか、正しく豪勢。

 しかも、その刺身はなんとカワハギ──しかも肝付だ。一学生が食べれる代物ではない。本当にどれだけの費用を掛けているのだろうか。

 

「…………」

 

 そんな彼等の横──一夏の隣である一番端には胡座をかいた隆道の姿。彼は一言も喋らず黙々と食事を進めている。いつも通りの無表情で。

 誰が見ても夕食を楽しんでいるとは思えない。この様な豪勢な食事でも顔色一つ変えやしない。一切と、全くと、何も変わりはしなかった。

 彼は食べ続ける。自身の感情を押し殺し──。

 

 

 

(うーわっ、うま、うまい、旨過ぎんだろコレ。なんか、こう……何コレうまっ。うまままっ)

 

 

 

 ──否。そんな事はこれっぽっちも無かった。

 見た目とは裏腹に、彼は心底と楽しんでいた。語彙力が盛大に吹き飛んでドアホになった程に。周りにいる生徒の事など完全にそっちのけ。

 今の彼には負の感情など一切と無い。あるのは目の前の膳に食らい付く、ただそれだけ。意外と単純な人間なのではないか、この男は。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 少量のおかずを口へと運び、白米を掻き込み、汁物で一気に流す。素早い一連の流れを垣間見た殆どの生徒は唖然、箸が止まってしまっていた。

 それだけではない。彼の真横にはすっからかんとなったおひつが複数。これが何を意味するか。

 そう、彼は超大食い。夕食が始まってから常に食べ続けている。宛らそれはフードファイター、圧倒的であった。どの様な胃袋をしているのだ。

 全くと動じないのは一夏を始めとした極少数。以前に馬鹿みたいな量の唐揚げ定食をあっさりと平らげた光景を見たので気にはしていなかった。

 

「あーあ、旨い。お、しかもこのわさび、本わさじゃないか。おいおい、高校生の飯じゃねえぞ」

 

「本わさ?」

 

「ああ、シャルは知らないのか。本物のわさびをすりおろしたヤツを本わさって言うんだ。学園の学食に付いてるのは練りわさ。えーと……原料はワサビダイコンとかセイヨウワサビとかいうヤツだったかな。着色や合成で見た目を似せるんだ」

 

「ふぅん。じゃあこれが本当のわさびなんだ」

 

「そう。でも、店によっては本わさと練りわさを混ぜてだしたりもするかな」

 

 炸裂する一夏のうんちくによって彼女は感心。いったいどこでそれを知ったのか気になる所。

 ちなみではあるが、『シャル』は彼女の愛称。ビーチにて遊ぶその最中、当の本人を差し置いていつの間にやら決まっていた。

 一夏か、または他の誰かか。最初に言い出した人間は定かではないが、本人は気に入った様子。よって、一組の生徒達は彼女をその愛称で呼ぶ事になったのであった。

 隆道? 彼に然り気無く愛称を付けて貰ったとアピールした時は──。

 

『そうか。よかったな』

 

 ──これだけ。

 その後も相も変わらずファミリーネーム呼び。愛称処か名前ですら呼びやしない。何一つとして変わりはしなかった。

 そもそも、一番仲が良さげな一夏ですら未だに名字呼びなのだ。愛称など口にしないであろう。相手に対してあだ名で呼ぶ事はあれど、それ等は罵倒や嫌味を含めたものだ。愛称とは言えない。期待するだけ全くの無駄、全くの無意味である。

 そんなくっそどうでもいい事はさて置いてだ。彼女は一夏のうんちくにより本わさに興味深々、他の料理よりソレに目が行く。

 一夏はあれだけの事を言った。なら、IS学園で出るわさびとは格別に違いない。素晴らしい味がするのだと自分に都合良く思案していく。

 それ故か、彼女は何をとち狂ったのか──。

 

「はむ」

 

「え?」

 

 ──本わさを口に放り込んだ。山盛りを全て。

 

「~っ!?!?!?」

 

「うわっ……」

 

 正しくそれは『わさびチャレンジ』であった。少量ですら辛いソレを頬張るとはなんたる無謀。悪い言い方をすれば只の馬鹿である。

 結果は案の定。彼女は鼻を押さえ、今や涙目。正直、見るに堪えないもの。あの量を一気に口に含んだのだから当然の反応か。誰でもこうなる。吐き出さないだけ幾分マシであろうか。

 

「だ、大丈夫か? 薬味をそのままで食うなんて普通しないぞ……?」

 

ら、らいひょうぶ(だ、だいじょうぶ)……。ふふ、風味があって、良いね……。お、美味しい……よ?」

 

 誰が見てもわかる、精一杯の痩せ我慢。絶対に美味しいとは感じていない。笑顔こそ浮かべてはいるが涙目に崩れていた。美顔が完全に台無し。

 

「……何やってんだお前。アホか」

 

「あっ! 今アホって──~っ!?!?!?」

 

「アホにアホって言って何が悪いんだよ」

 

 心配を掛ける一夏に対し、彼女の悶絶によって我に返った彼が口にしたのはまさかのアホ呼び。口に出していないとはいえ、つい先程まで盛大にドアホと化していた人間が何を言っているのだ。棚に上げると言うのは正にこの事。畜生の鑑だ。

 

「────っ!! ────────っ!!」

 

「うるせえな。黙って茶でも飲んでろ」

 

 本当に畜生が過ぎる。言いたい放題であった。

 今も鼻を押さえる彼女の必死たる抗議を一蹴。しっしと手を払って完全に放置、一夏に任せる。そんな事より、今度は目の前の光景。

 

(……こっちもこっちで何やってんだか)

 

 向かい側には二人の少女。此方も此方で何やら騒がしい。楽しんでいる様子ではないのは確か。

 片や、背筋をしっかり伸ばす模範的正座の箒。片や、プルプルと震え出す顔面蒼白のセシリア。箒は別に良しとして、問題はセシリア。いったい何をしているのだ、この女は。

 

「っ……ぅ……」

 

「セシリア、無理せずにテーブル席に移動したらどうだ? 私達のクラスも何人かは行っているのだから別に恥ずかしくはないだろう」

 

「へ、平気、ですわ……。この席を獲得する為に掛かった労力に比べれば、正座、くらい……」

 

「いったい何を言っているのだ、お前は……」

 

 どうやら単に正座が辛いだけの模様。慣れない姿勢はかなりキツいものだ。そこは共感出来る。

 獲得だとか労力だとか、何やら意味不明な事を言い出していたがいちいち気にしない。理由など訊かないし、聞く気も無い。そこまで辛いのならさっさとテーブル席に行けと思う彼であった。

 それでも、セシリアはここを動く気など無い。この席は他生徒から勝ち取ったものなのだから。彼とコミュニケーションを図る、それだけの為。諦めの悪い女だ。とても執念深い。

 だが、今はそれ処では無い。正座と格闘中だ。平然を装ってはいるが、何処を見てもバレバレ。足を崩すという発想は出てこないのであろうか。なんて残念過ぎる少女なのだ。

 

「い、いただき……ます……」

 

「…………」

 

「お、美味しぃ……ですわ、ね……」

 

 汁物を飲むのも難儀している。目的がすっかり変わっていた。本当にそれで良いのかセシリア。

 

「ああ、もう見てられん! ほら、足を崩せ!」

 

「あっ!? 何──い゛っ!?!?!?」

 

 箒に足を崩され、セシリアは苦しみに悶える。馬鹿に更なる磨きが掛かっていた。本当に貴族の人間なのかと疑ってしまう所。哀れセシリア。

 見なかった事にする。そう踏んだ彼は目の前の光景を完全シャットアウト、意識を膳へと向けて食事を再開した。

 と、その時だ。視界に何かが映ったのは。

 

「……?」

 

 隣──一夏からスッと渡される一品のおかず。手の付けられていないソレに彼は疑問を抱く。

 

「なんだコレ」

 

「いえ、その。向こうから回ってきまして……」

 

「? ……ああ、食えってか」

 

「そうかと。それに、コレだけじゃないんです」

 

 しかも、その一品だけではない。次々とおかずが送られてくる。まるで回転寿司のアレの如く。結構──いや、かなりの量だ。彼の食べっぷりを見た故であろう、生徒達は食べられないおかずを全部任せようとしていた。

 アレルギーを持つ者、単に苦手意識を持つ者、ダイエット中と理由は様々だが、残すくらいなら食べてくれる者に渡した方が断然良い、そういう考えなのだ。所謂処理係というヤツだ。

 ベルトコンベアよろしく送られてくるおかずの数々。これに対して彼は顔を引き攣らせる──。

 

「……はんっ。上等じゃねえか」

 

 ──訳もなく、ソレに手を伸ばす。その表情は何処か嬉しそうであった。とても珍しい事だ。

 

「お前も食えよ。別に俺一人に渡したって訳じゃねえだろうしな」

 

「よぉーし。折角ですし、何品か貰いますかね」

 

 彼に続き、一夏も食事のペースを上げていく。

 最早、彼等は止まらない。手を休ませる事無くもりもりと食べ続けていった。育ち盛り万歳。

 

 

 

 

 

 その一方。

 隆道達とは別列である最先端に、日葵はいた。

 

「んっふっふ~……」

 

 彼女もかなりの大食い。少量のおかずを口へと運び、大量の白米を掻き込み、汁物で一気に流すという、隆道と同様の動作とペース。更に状況も一緒、おかずが次々に送られていた。

 それだけでも周りから注目を浴びる光景だが、それ以上に目に留まるものは──。

 

「日葵様、グラスが空いてますよ。さあどうぞ」

 

「はいはーいぃ」

 

「日葵様、お椀を此方に。よそいます」

 

「どうもぉ」

 

 ──彼女の側にいる、無表情な二人の生徒。

 見るからに上司と部下──いや、女王と下僕。その言葉が似合っていた。というより、その言葉以外の表現が見つかりはしなかった。

 そう、その二人は『飼い犬』。しかも、恐怖によって無理矢理従う者達とは違う絶対的崇拝者。転入当初のラウラがとても可愛く見えるレベル。色々な意味で格が違い過ぎる。

 

「あぁ、本当に美味しいぃ~」

 

「日葵様、向こうから肝付です」

 

「どうもどうもぉ」

 

「日葵様、ご飯のおかわりです」

 

「はぁい、ありがとねぇ」

 

 膨大な量の食事を満面の笑みで食べ続ける彼女と両隣にピッタリと付き添う生徒二人。彼女達の関係上、何一つとして間違ってはいない。

 しかしだ。知らない人間からすればその光景は異常の中の異常──狂気の沙汰と言う他は無い。どうかしている。マトモではない。クレイジー。

 生徒、教員、従業員。彼女達の事を知らない、関わりを持たない人間は頬を引き攣らせていく。超が付く程にドン引きしていた。

 

「あら、おひつ空になっちゃったぁ……」

 

「ご安心を。既に用意しています」

 

「あはぁ、ありがとねぇ」

 

 どれだけ引かれようと、彼女達は気にしない。寧ろ、邪魔をするなと言わんばかりの空気を露にしている。誰もが手出ししようとはしなかった。

 二ヶ所で起こる、大量のおかずと白米の消費。二人の大食いにより膳とおひつは完全に空っぽ、文句無しと言える素晴らしい完食となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食から暫くして。一室の教員室にて。

 その一室では二人の女性と五人の少女がいた。中央には様々な飲料水。一見して普通の女子会。

 彼女達はそれはそれはとても賑やか──。

 

「「「「「…………」」」」」

 

「さて、これで集まったな」

 

「お、織斑先生。圧が凄いですよ……」

 

 ──ではなかった。断じて。

 虫の音が明確に聞こえる程に部屋の中は静か。まるで葬式かお通夜を彷彿とさせた。

 鋭い眼光で座る千冬と、隣には困り顔の真耶。その二人の前には正座した状態で見事に整列する箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラが。

 平然とする者と冷や汗を垂らす者。前者は箒、シャルロット、ラウラの三人。後者はセシリア、鈴音の二人だ。どうしてこうも違うのか。

 

「どうした、オルコットに凰。顔が青いぞ」

 

「い、いえ、その……」

 

「お、織斑先生とこうして話すのは、えと……」

 

 それも当然の事だ。セシリアは四月と五月での事件で絡みはしたものの、それ以外は一般生徒とあまり変わらない。鈴音は昔から千冬と関わりがあるが、未だに苦手意識が拭えていない。更には五人の中で唯一の別クラスである。今となっては面と向かった会話など無いに等しい。

 その一方、箒とシャルロットとラウラの三人は幾度となく会話をしている。箒とシャルロットは主に男子二人関連で。ラウラは言わずもがなだ。今更何を怖じ気付く事があるというのだ。

 

「全く、しょうがないな。私が飲み物を奢ろう。篠ノ之、何が良い?」

 

「いや、その……これはいったい?」

 

 怖じ気付く事は無かったが、次第にと困り顔に変わる箒。状況が全くと掴めないでいた。

 彼女だけではない。シャルロットも、ラウラも同様に少々の困惑を見せていく。

 

「まあ、そう堅くなるな。折角の機会なのだからこうして話でもしようじゃないかと思って、な。だが……その前に凰」

 

「は、はいっ……」

 

「次は無いぞ」

 

「……すみません」

 

 何故、彼女達がこの部屋に集まっているのか。事の始まりは数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 旅館内の廊下にて。

 一人の少女──鈴音は静かに散策をしていた。いや、それは散策と言い難い、怪し過ぎる挙動。宛らそれはスニーキング。

 

「…………」

 

 そう、それは散策ではなかった。鈴音は一夏の部屋に向かっていたのだ。こっそり、忍び足で。本人は平然としているつもりであろうが、全くと隠しきれていなかった。

 部屋の一覧に載らない、教えもしてくれない。ならば、此方から探し出して向かうまでである。実践主義。行動力の化身。なんという活発力だ。

 電話で呼び出した方が確実な筈だが、どうやらその選択肢は無かった模様。何かしらの恥じらいであろう、女心は複雑なのだ。

 そんな複雑が過ぎる女心を抱える鈴音は努力で手に入れた頭脳、持ち前の鋭過ぎる勘を駆使して彼の元へと歩く。進展を一気に深める為だけに。あわよくば、そのままゴールインしたいと思考がお花畑と化していく。静かにウキウキしていた。

 ちなみにだが、この時点で彼が隆道と一緒だと考慮していない。考え無し。脳筋。残念。

 

(この先しか無いわね)

 

 旅館の構図は把握済み、頭に叩き込んである。そこに生徒の部屋を照らし合わせて部屋を絞り、勘を頼りに辿り着いた先は──教員室。

 

(えぇ~……。ここぉ……?)

 

 数多くある教員室。更に、その廊下を塞ぐ様に立てられている張り紙付きのバリケード。流石の鈴音もこれには躊躇せざるを得なかった。

 だがしかし、自身の勘が告げている。この先に彼がいるのだと。行こうか行かまいか悩み出し、遂に──行く事を決意。止める者はいなかった。

 鈴音は唾を飲み込み、意を決して足を動かす。バリケードを通り抜け、一夏の元へ──。

 

「やはり来たか」

 

 ──行けやしなかった。

 真隣を向くと、扉からは瞳だけを見せる千冬。その鋭い眼差しは正しく狩人のソレ。目が合った鈴音は瞬時に理解、脱兎の如く逃走を図る。

 

「──いっ!?」

 

「逃がさんぞ」

 

 逃げようにも、相手が非常に悪かった。素早い逃走も虚しく、速攻で首根っこを掴まれ即終了。世界最強の前では代表候補生などナマケモノだ。決して逃れる事は出来やしないのだ。

 

「あ、え、ええと……」

 

「……ふむ。本来なら制裁ものだが、丁度良い。他の四人──篠ノ之とオルコット、あとデュノアとボーデヴィッヒを呼んでこい」

 

「へ、へぇ? よ、呼ぶって何故──」

 

「呼べ」

 

「は、はいぃぃぃっっっ!!」

 

 制裁を受けるのかと思いきや、まさかの指示。鈴音は駆け足で他の四人を呼びに行く。困惑する暇すらも与えられはしなかった。

 

 

 

 

 

 そして、今に至る。

 

「ほれ。遠慮するな。どれでも好きな物を選べ」

 

 少女五人の前に並べられたのは五本の飲料水。どれこれもおかしくはない、至って普通のもの。

 出されたからには頂戴する。少女達は目の前にあるそれ等を吟味する事も無く手に取った。

 

「「「いただきます」」」

 

「「い、いただきます」」

 

 少女達はほぼ同時にとその飲料水を口にする。ある者は何の疑いも無いままで。ある者は疑心に満ちて千冬に目を向けたままで。

 

「飲んだな?」

 

「は、はい?」

 

「そ、そりゃ、飲みましたけど……何か?」

 

「なに、ちょっとした口封じだ。……山田先生、出してくれ」

 

「はーい。お待ち下さーい」

 

 千冬に指示された真耶は待ってましたと言わんばかりに冷蔵庫を開き、二つの缶を取り出した。それは星のマークを主張する、キンキンに冷えた飲料水──そう、缶ビール。五人はこれに唖然。

 そんな少女達を余所に、千冬と真耶はビールは楽しそうに開封。飛び出す飛沫と泡を即座に唇で受け取り、喉を鳴らして豪快に飲み始めていく。

 

「「「「「────」」」」」

 

 襲い掛かる、更なる唖然。

 目の前の教師二人が、学生である自分達の前で飲み会をおっ始めてしまった。何人かは何かしらあるとは思っていたが、予想の斜め上。いったい誰がこれを想像出来ようか。

 特に、ラウラが酷いものだ。幾度と無く瞬きを繰り返している。目の前の光景が信じられない、脳が視覚情報を拒否していた。

 

「ぷはぁっ。……ん~? おかしな顔をするな。私達だって人間だ。酒くらいは飲むさ」

 

「あ、あの、今は……」

 

「仕事中では……?」

 

「堅い事など言うな。口止め料はもう払ったぞ」

 

 そう言った千冬の目線は少女達が持つ飲料水。そう、ちょっとした口封じとは正にソレ等の事。はっと気づいた少女達は何も言えやしなかった。これが口封じになるのかと言えば疑問が出るが、少女達には効果があった模様。

 そう、この五人だからこそ成立する事なのだ。千冬の内面を知る者に効果は全くと無く、弱味やネタが欲しい者には逆効果だ。

 

「ふぅっ……。山田先生、もう一本頼む」

 

「はぁーい」

 

「……さて、そろそろ肝心の話をするか」

 

 そうこうしている内に、千冬は二本目に突入。真耶からソレを受け取りつつ、少女達を見据えてその口を開いていく。眼差しは真剣そのもの。

 五人は息を呑み、身構える。絶対に真剣な話になると踏んで。間違い無く男子に関する事だと、そう確信していた。

 千冬は漸くと声を放つ。それは──。

 

 

 

「篠ノ之と凰、あいつのどこがいいんだ?」

 

「「へぁっ!?」」

 

 

 

 ──箒と鈴音を標的とした精神攻撃。

 セシリアとシャルロットは肩透かしを食らい、箒と鈴音は変な声を出して白目を向いてしまう。ラウラは完全に思考停止、理解出来ないでいた。

 確かに男子に関する事ではあった。だが、半数以上が全くと関係の無い色恋沙汰。溜めておいて話がそれかよとツッコミを入れたくなる。

 千冬の言う『あいつ』とは勿論、一夏の事だ。ラウラを除いた全員が二人のバレバレな片思いを把握している事だが、箒と鈴音からすればとても堪ったものではない。精神的に多大なダメージを受けてしまう。正にクリティカルヒット。

 しかし、ここ最近の出来事によってメンタルが強くなったのか、咄嗟に我に返って反撃に出る。

 

「わ、私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」

 

「あたしは、腐れ縁なだけですし……」

 

 反撃ではなかった。見苦しい言い訳であった。

 口を開いてもごもごとするだけ。恥ずかしさが溢れ出し、ハッキリと口にしない。バレバレだ。往生際が悪い。必死が過ぎる。

 二人はその辺り似た者同士だ。いや、羞恥心の大きさだけは箒が勝っている。やはり残念な子。

 

「ふむ、そうか。では一夏に伝えておこう」

 

「「言わなくていいです!」」

 

「はっはっはっ!!」

 

「あらぁ~」

 

 出来上がっているのか、そうでないのか。既に二本目を空にした千冬は大笑い、真耶は口を手に宛がい微笑みを浮かべる。はっとした箒と鈴音は顔が真っ赤、その場で項垂れるしかなかった。

 生徒をからかう教員という、地獄の様な構図。なんて面倒な女共だ。教員がそれで良いのか。

 

「「「…………」」」

 

 その一方。他の三人は静観、我関せずを貫く。

 目だけを大きく逸らし、極限まで気配を消し、ただ黙るのみ。少しも助けようとはしなかった。いや、出来なかったと言うべきか。

 もしも、ここで介入などしてしまえば自分達も標的となる。普段の規則と規律に正しい千冬ならまだしも、今は酒が入った状態。何を言われるかわかったものではない。被害は最小限が一番だ。

 と、静観を決めていた所で──。

 

「はっはっはっ……。さて、あとはお前達だが。まあ、そういった事はまだ無い、か」

 

 ──千冬は標的を他の少女達に切り替える。

 が、箒と鈴音の様にからかう様な事はしない。からかう要素が一つも無いのだから当たり前か。

 

「わたくしはまだ殿方とは……」

 

「僕──私も……ちょっと難しい、です」

 

「私にもわかりません」

 

 セシリアは頬をかき、シャルロットは苦笑し、ラウラは堂々と言葉を放つ。偽りは全くと無い。

 一人は遺産等を守る為に努力を余儀無くされ、一人は大人に人生を振り回され、一人は生まれたその時から軍人への道。余裕など有りはしない。

 

「教官。一つ、よろしいですか」

 

「織斑先生だと……まあ、いい。で、なんだ?」

 

 が、しかし。何かしらの想いがあるのは確か。形はそれぞれ違うが、共通点は一つだけある。

 

「……柳隆道についてです」

 

 

 

 隆道を知りたい。それが共通点。

 

 

 

「…………」

 

 しんと静まり返る空間。再び虫の音が聞こえる程にその部屋は静寂と化していった。

 楽しそうな表情をしていた千冬と真耶は一変。片や、真剣な表情へと。片や、曇った表情へと。

 二人だけではない。項垂れていた箒と鈴音も、考えに耽っていたセシリアとシャルロットもだ。ここにいる全員がその表情を変えた。

 

「……何を訊きたい」

 

「彼は、何者なのですか」

 

「…………」

 

「彼の専用機が解析不可能なのは理解してます。ですが、彼自身の事は何も」

 

「……我々にもわからん」

 

 隆道に関してはとても言えやしない。

 IS学園は未だに彼の詳細を掴めていなかった。唯一と知るのは真耶と菜月だけであるが、それも微々たるものだ。しかも、政府の手によって固く口止めされている。漏洩などしてしまえば最後、本人達は終わる。その親族も終わる。

 IS学園でもそう。彼が女性不信とISへの憎悪、言えるのはたったそれだけ。他はタブーの領域。

 四月の事件、五月の事件、六月の事件。先月の男性操縦者襲撃事件以外はそれぞれの一部だけが知る事。共有など絶対に許されなかった。

 故に、千冬は言える事だけを淡々と伝える。

 

「柳に関しては本当にわからない。何せ、経歴がほぼ全て塗り潰されているのだからな。わかった事と言えば二回ほど転校しているくらいだ」

 

「……!? そ、それは……!!」

 

「身辺調査も駄目だった。住民は聞き込み拒否。それ処か、学園関係者を追い返す程だ。柳の住む地域の人間は我々を、ISを、憎みに憎んでいる」

 

「…………」

 

「協力者の手を借りても未だに情報が掴めない。徹底に徹底した情報制御、手の施しようが無い。我々とISへの憎しみに関しては思い知らされた。それはもう、嫌と、言う程に、な……」

 

 真剣な表情は次第に沈んでいき、真耶と同様に曇った表情に次第にと変わっていく。初めて見るその表情にセシリアと鈴音は驚愕、目を見開く。

 そこに座るのは最早、世界最強ではなかった。唯の人間、一人の女性だ。

 

「……ああ、そうだ。奴も、だったな」

 

「奴、とは……?」

 

「三組の篠原日葵だ」

 

「「「「「!」」」」」

 

 IS学園のブラックリスト。隆道を上回る狂人。ある者は嫌悪感を出し、ある者は身を震わせる。この中では完全なる嫌われ者だ。無理も無いか。

 

「奴も経歴が無い。いや、目立った経歴が無いと言うのが正しい。唯一の情報は日本代表候補生、たったそれだけだ」

 

「そんな筈は……。少なくとも何かしら──」

 

「無い。どれだけ探しても見つからなかった」

 

 ラウラの問いに千冬は食い気味に言い放った。それが全てなのだと言わんばかりに。

 日葵も隆道と同様に情報が一切と存在しない。女性権利団体会長の娘という以外は全く以て謎、それしか言い様が無いのだ。

 経歴は謎、機体も謎。何もかもが謎だらけだ。何故、政府はここまでも情報を隠すのか。

 その真意はわからない。少なくとも、今は。

 

「……奴の持つ専用機はトップクラスの性能だ。しかし、それと同時に奴自身の実力も凄まじい。代表候補生とは思えない、圧倒的な強さを持つ。加えてあの性格、誰でも構わず嬲り殺しにする。上級生だろうと、教員だろうと、な」

 

「「「「「…………」」」」」

 

「今一度言う。奴に、不用意に、関わるな」

 

 世界最強がする、力強い警告。少女達はそれに頷く事しか出来ない。

 その部屋は──とても静かになった。

 

 

 

 

 

 その頃の隣──隆道と一夏のいる部屋では。

 

「コレ、すげえ旨いな。そっちはどうよ」

 

「こっちも絶品ですよ。……っていうかやっぱり買い過ぎでは?」

 

「良いんだよ、こんな事でしか金使わねえしな。余ったら持って帰れば良いだけだ」

 

「じゃあ、生菓子を優先しますか。あ、王手」

 

「……詰んだわ。もう駄目だ、他のやろうぜ」

 

 彼等は将棋をしながら菓子を堪能していた。

 テーブルを埋める、旅館で販売する土産菓子。それ等は隆道の軍資金によりフルコンプリート、完全にパーティーが出来るレベルと化していた。金を湯水の如く使うとは正しくこの事であろう。まだ食べている事にツッコミしてはいけない。

 

「皆は何してるんだろ。二人だけだとなぁ」

 

「視線無し、騒ぎ無し。静かで良いじゃねえか。あとは吸えればなー。こう、フーッとな……」

 

「……煙草は駄目ですよ。茶、淹れて来ますね」

 

「ん」

 

 誰にも邪魔はされない、とても貴重な一時だ。その時間は二人の心を間違い無く癒していった。こうして、臨海学校初日は終了したのである。

 

 

 

 

 

 ちなみに、将棋を始めとした数有るゲームにて一夏は全勝、隆道は全敗したとか。雑魚だった。


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