IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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お待たせしました。

これが作者の限界……!語彙力の無さ……!

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文章&描写修正


第五十一話

「では、現状を説明する」

 

 時刻は午前十一時付近。花月荘にて。

 旅館、その一番奥に設けられた宴会用の大座敷──風花の間に集められたのは専用機持ち七人、そして教師が多数。本来は使われる事の無かったその広間は、今や臨時の作戦本部と化していた。

 張り詰めた、異様が過ぎる雰囲気。一夏と箒の二人はソレにただ困惑するのみであった。

 

「二時間前の事だ。ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れ暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

 突然たる説明に彼と箒は更なる困惑──いや、それは混乱でしかなかった。

 暴走は理解した。しかし、他が理解出来ない。自分達に連絡があったのは勿論の事ではあるが、それ以上に理解出来なかった単語が一つ。

 

 

 

 ──『()()I()S()』?

 

 

 

 その単語が脳内で何度も反復、こびり付いた。

 明らかに競技などガン無視、度外視している。アラスカ条約が機能していない。大国がその様な機体を作って良いのか。何でも有りではないか。

 

「「…………」」

 

 そんな混乱に陥る二人は周囲に視線をやるが、殆どが厳しい顔つき。セシリア、シャルロット、鈴音、ラウラからは普段の雰囲気が無かった。

 彼女達は二人とは違う、正式たる代表候補生。勿論、この様な事態に対した訓練も受けている。如何なる状況に対応出来てこそ国家代表となるに相応しいのだから当然の事。疑問等は一旦置いて千冬の指示を待つ、それが第一なのである。

 

「…………」

 

 そう、真剣なのはほぼ全員。唯一と例外なのは日葵のみ。全員が正座にも関わらず、日葵だけは体育座り。両膝を抱え、身体を左右にゆったりと揺らしていた。宛らそれは校長の長ったるい話に飽きた生徒がする、完全な暇潰しの図だ。

 やる気など全くと無しに見えてしまうその姿。へらへらしていないだけマシだが、これはこれで不気味に感じる。いったい何を考えているのか。

 注意したい所ではあるが、千冬はコレを黙殺。時間が惜しい為に構う事無く説明を続ける。

 

「衛星での追跡の結果、『銀の福音』はここから約二キロ先の空域を通過する事が判明した。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処する事になった」

 

 淡々と言葉を放つ千冬ではあったが、その顔は誰よりも厳しいものへと化していた。これ以上の説明はとても心苦しいものだから。

 締め付けられる様な想いを無理矢理押し込み、千冬は言葉を続ける。

 

「各教員は訓練機を用いて空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦は専用機持ちが担当だ」

 

 そう、専用機持ち達を前線に立たせる。

 教員が使えるISは全てが第二世代型の訓練機。対する相手は第三世代型の『軍用IS』。しかも、今回の状況は限定空間とは訳が違う非限定空間。

 どう考えても歯が立たない。接敵すら不可能。幾ら熟練者であろうと、性能差は埋められない。ならば、専用機を持つ彼等こそ唯一の対抗手段、要なのである。

 仕方が無い──とは言わない。決して、言ってはならない。どんな事情であっても許されない。断じて、許してはならない。

 千冬は、専用機を持たない己を恨んだ。

 

「……それでは、作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」

 

「はい。目標ISのスペックデータを要求します」

 

 真っ先に手を挙げたのはセシリアだ。兎に角、対象の詳細を知る事が先決。でなれけば作戦など全く立てられやしない。

 

「わかった。……だが、これ等は二ヶ国の最重要軍事機密だ。決して口外するな。漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視が付けられる」

 

「了解しました」

 

 直後にディスプレイは『銀の福音』のものへと切り替わり、そのデータを基に代表候補生一同は意見を交わし合っていく。

 勿論の事、日葵を除いてだが。ディスプレイを興味無さげに見詰め、そして時折に欠伸をかく。完全にやる気は無しの模様。緊迫した空気の中でこの態度は図太過ぎる。本当に代表候補生なのか疑わしいところだ。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃……わたくしと同じくオールレンジ攻撃が可能なようですわね」

 

「攻撃と機動の両方を特化した機体。厄介だわ。しかもスペック上すら『甲龍』を上回っている。向こうの方が有利……」

 

「この特殊兵装が曲者って感じがする。本土から防御換装装備が来てるけど、連続した防御は……難しいかも」

 

「このデータでは格闘性能が未知数だ。スキルも不明。……偵察は行えないのですか?」

 

「無理だな。『銀の福音』は現在も超音速飛行を続けている。辛うじて予測機動を弾き出せている程度だ。アプローチは一回が限界だろう」

 

 チャンスはたったの一回。と、いうことはだ。

 

「……という事はやはり、一撃必殺の攻撃能力を持つ機体で当たるしかありませんね」

 

 ぼそりと、小さく真耶が呟いた。直後に皆から視線を向けられるのは一人の少年──一夏。

 当然、彼は唖然とする。

 

「え……?」

 

「一夏、あんたの『零落白夜』しかないわ」

 

「それしかありませんわね。ただ……」

 

「……誰かが一夏を運ばないとね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから」

 

「目標に追い付ける速度でなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

 

 唖然とする一夏を余所に、代表候補生達の話は着々と進んでいく。正しく置いてけぼり。

 指名されるとは思わなかったのだろう。一夏は慌てて立ち上がり、声を大にして言い放つ。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! ……つまり、俺が、その、『軍用IS』を落とせ、と……」

 

「当然でしょ。あんたの『零落白夜』なら確実にやれるんだから」

 

「相手は軍用ですわ。エネルギー量は未知数ですから防御を無視した攻撃が最適かと」

 

「…………」

 

 彼は今の状況を整理、考えに耽った。

 IS学園でやる模擬戦でも試合でもない、実戦。重苦しい感覚が彼を襲う。それは正に──恐れ。

 当たり前、至極当然の反応。この間まで普通の学生であった自分が、軍のソレを相手にするなど正気の沙汰ではない。思考が停止しそうになる。

 しかし、それと同様に皆の意見は理解出来る。確実に倒すにはエネルギーを無効化する、自身の単一仕様能力が最適解だ。もし、逃してしまえば──多大なる被害を被ってしまう恐れがある。

 それは──それだけは、駄目だ。自分を置いて誰かが傷付く光景など、二度と見たくはない。

 

「……わかった」

 

 

 

 故に、彼は恐怖を払い除ける。僅かに及び腰になっていた自分を蹴り飛ばす。

 

 

 

「織斑先生。やります。俺が、やってみせ──」

 

 と、その時。

 

「待て、織斑」

 

「──……はい?」

 

 彼の言葉を遮ったのは千冬。それに皆が疑問を抱いていく。いったい何があった。

 彼女達の言う通り、この作戦は『零落白夜』が要となる筈。にも関わらず何故、千冬は待ったを掛けたのだ。

 その理由とは──。

 

「……篠原」

 

「……なんですかぁ?」

 

 千冬は全く参加しない日葵に声を掛けた。

 意見に参加しない、やる気など感じられない、不気味が過ぎる日葵は千冬に反応、顔を向ける。感じ取れたのは──全くの"無"。

 砂浜で見た『得体の知れないどす黒い何か』は少しも無い。しまりない口調、硬い表情。全くと噛み合わないソレに全員が怖じ気づいてしまう。

 しかし、怯んだままの訳にはいかない。千冬は息を飲み、日葵に言葉を投げる。

 

「……非限定空間。快晴と言える、この良天候。お前の『華鋼』を思う存分に発揮出来るだろう。()()()()()()()()なら……確実に『銀の福音』を倒せる筈だ」

 

「…………」

 

 教員を除いた全員が、疑問を露にした。

 確かに、日葵はかなりの実力者だ。IS適性値も高く、機体も圧倒的な強さ。それは以前の僅かな私闘で思い知った。千冬の言う通り、この作戦に適しているのかもしれない。

 だが、それを踏まえても謎は多く残っている。その内の一つが──単一仕様能力。

 『華鋼』の単一仕様能力が未だにわからない。噂にすらなっていないのだ。日葵に立ち向かった生徒は訳もわからずに嬲り殺されるだけ。唯一と把握しているのはデータを閲覧した教員のみ。

 把握している。それだけなのだ。何せ、日葵はIS学園に入学以降、一度たりとも単一仕様能力を発動させていないのである。理由は至って単純。

 

 

 

 凄まじく強力だから。使う必要性が無いから。

 

 

 

 エネルギーを完全に無効化する『零落白夜』。対象のありとあらゆるものを奪う『悽愴月華』。それ等とは別の意味で『華鋼』の単一仕様能力は強力なのである。千冬でも青ざめてしまう程に。

 仮にだ。その単一仕様能力を学園内でお披露目したとする。生徒達は必ずこう語るに違いない。

 

 『絶対に勝てない。対戦したくない』と。

 

 そもそも、日葵自身が強過ぎる。手加減しても相手を嬲り殺しに出来る強さを持つ人間が、態々単一仕様能力など使いやしないし意味が無い。

 日葵が単一仕様能力を使う時があるとするなら──本気の中の本気になった時だけ。

 

「どうか、頼む。お前に任せたい」

 

「……んんー」

 

 頭を下げる千冬と首を捻って唸る日葵。最早、立場が逆だ。そうとしか見えやしなかった。

 唸る事、約数秒。日葵は漸くと口を開く。

 

「……私より織斑君の方が適任かと思いますぅ。下手したら私ぃ、機体を止める処かぁ……──」

 

 

 

 ──破壊して操縦者も殺す。

 

 

 

「「「「「……!?」」」」」

 

 最後の一言は、皆に背筋を凍らせた。

 しまりない口調は豹変、冷たい口調に変わる。硬い顔も合わさり、ソレは悍しいモノへと化す。目の前の少女は本当に人間なのか。

 口振りからして本気だ。本気で相手を──。

 

「……まぁそれは冗談としてぇ。そろそろ名案が来るんじゃないですかぁ? 多分……私に出番は無いでしょうねぇ」

 

「……何? それはどういう意味──」

 

 ──その刹那。

 

「へぃお待ち! ちーちゃん、待った待った!」

 

 突然と底抜けに明るい声が千冬の言葉を遮る。その声の出処は──なんと真上から。全員が上を見上げると、天井から生えていたのは束の頭が。忍者よろしく真っ逆さまで。

 そこから束は凄まじい身体能力を見せていく。軽い身のこなしで天井裏から抜け出し、ピエロも顔負けな一回転で見事に着地。千冬に詰め寄ってエへ顔ダブルピースをばっちりと決めた。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。束さんに良い作戦があるよ~!」

 

「もう、この、お前……。はぁ……何の、用だ」

 

 厄介そのものが舞い込んで来た。構う暇は無いのだが、無視するのも無駄。取り敢えず話だけは聞く事にした。嗚呼、なんて災難な千冬なのだ。

 

「聞いて聞いて! ここで『紅椿』の出番だ! お任せあれだよ!」

 

「何?」

 

「『紅椿』のスペックデータを見て、見て~! ちょちょいのちょいさで超音速機動特化が可能な機体なんだよ~! ほれ!」

 

 束の言葉に合わせて現れるのは数枚の空中投影ディスプレイ。千冬を囲んでいき、それと同時に部屋のディスプレイも『銀の福音』から『紅椿』のスペックデータへと切り替わった。いつの間に乗っ取ったのだ、この女は。

 

「展開装甲を調整して、ほほほいっと。ほら! これで速度もばっちり!」

 

「……て、てんかい、そうこう?」

 

 聞き慣れないその単語に首を傾げてしまう彼。これでも猛勉強しているつもりなのだが全く以て見た事が無い。聞いた事が無い。

 勉強不足なのではと周囲を見渡すと、自分だけでなくほぼ全員が疑問を露にしていた。束の前にいる千冬も例外ではない。全くと変わらないのは日葵ただ一人。

 

「はい説明しま~す! 展開装甲というのはね、天才の束さんが作った()()()()()I()S()の装備さ!」

 

「だ、第、四……!? いやいやいや。だって、今は……!!」

 

「世代に関して説明する必要は無さそうだね! 猛烈に勉強してるいっくん、束さん大好きっ! それを踏まえてしよう! 第四世代型は現在絶賛机上の空論、『換装装備を必要としない万能機』なのです! はい、理解出来ました?」

 

「いや、あの……?」

 

 ISには世代によってコンセプトがある。それは既に勉強済みだ、頭に染み付いている。それでも頭が追い付いてこなかった。

 今現在、各国は漸くとして第三世代型の一号機──実験機が完成した段階である。安定段階にも入っていない。それが何故、第四世代型なのだ。色々とすっ飛ばしているではないか。

 そんな彼の混乱を読み取ったのか束は続ける。

 

「んっん~。束さんはそこらの天才じゃないよ。これくらいは朝飯前さ~。あ、それといっくんの『雪片弐型』にも展開装甲は使用してるよ~ん。お試しに突っ込んでみました~」

 

「え、『白式』は束さんが作ったんですか!?」

 

「い~や? 欠陥機として捨てられていたものを弄って動ける様にしただけさ~。元々その機体は単一仕様能力を使える様に開発してたらしいけど結局出来なかったんだって~。ほんっとうに凡人──うぉっとっ」

 

 瞬間。束はしゃがみ、その頭上には千冬の拳が通り過ぎた。凄まじく速い。束も、千冬も。

 

「馬鹿者! 機密事項をべらべらバラすな!」

 

「いやん、ちーちゃんの愛情表現は過激だね~」

 

「死ねぇぇぇっっっ!!!」

 

 またしても千冬の拳が束に向かう。それでも、全くと届かない。最早、千冬の顔面は林檎の様に真っ赤だ。正しく鬼だ。とても恐ろし過ぎた。

 そんな激昂しまくりの千冬などほったらかし。束は説明を続けていく。

 

「そんでね、ソレが上手くいったから発展させたものを『紅椿』に搭載。至る所がこの展開装甲にしてるからさいつよ。攻撃、防御、機動と用途に応じて切り替えが可能な即時対応万能機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)! こ、れ、ぞ、第四世代型! 頭がおかしいね! はっはっは~っ!!」

 

「「「「「────」」」」」

 

 頭がおかしいのは此方の台詞だ。だが、それを言葉にする人間は誰一人としていなかった。

 多額の資金、膨大な時間、優秀な人材。それを注ぎ込んで競い合う、第三世代型ISの開発。

 

 

 

 たった一人に追い越されるこの事実。

 

 

 

 馬鹿げている。あまりにも馬鹿馬鹿しい。

 

 

 

 これが『天災』だ。これが『篠ノ之束』だ。

 

 

 

 束の笑い声だけ部屋に響き渡る。殆どが完全に唖然、何も言えない。言葉が出ない。出鱈目とかそういうレベルではない。ぶっちぎっている。

 流石の千冬ですら天を仰いでしまう。何かしらやらかすと思ってはいたが、ここまでだとは。

 

「束っ……!! お前、本当にお前っ……!!」

 

「えへへ、つい熱中しちゃってね。まあ、これでいっくんを簡単に運べるという訳で──」

 

()()()()()

 

 束の言葉は、止まった。

 突如として遮った言葉。唖然としていた全員は我に返り、その方を向く。言葉を発したのは束が現れて以降ずっと黙り込んでいた日葵。

 

「……()()I()S()が海上で暴走を阻止、ねぇ。なんか十年前を思い出しますねぇ」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──『白騎士事件』──。

 

 約十年前。束が発表したISは当初、その成果を認められなかった。『現行兵器全てを凌駕する』というその言葉を誰も信じようとはしなかった。いや、信じたくはなかったと言うべきか。たかが十代小娘の発表をプライドが高い大勢の大人共は断じて、決して、絶対に認めやしなかった。

 そんなISの発表から一ヶ月後。事件は起きる。いや、ソレを事件と言うには生温いもの。

 日本を攻撃可能な各国のミサイル──その数、二千三百四十一発。それ等が一斉にハックされて制御不能、全てが日本に向けて発射された。

 当然の事、誰しもが混乱と絶望の真っ只中に。文字通り滅亡。逃れられない"死"がやって来る。その筈であった。

 

 

 

 そんな中で突如として現れたのが、顔を隠した『白い何か』。中世の騎士を彷彿とさせるソレは世界中の人間を唖然とさせた。

 

 

 

 そこからは異常、その一言に尽きる。

 超音速で飛翔する『白い何か』はその手に持つ『剣』でミサイルの半数を瞬く間に斬り裂いた。一千二百二十一発を。言葉に現すなら無茶苦茶、それしか言いようがなかった。

 残りのミサイルは当時試作段階に留まっていた『荷電粒子砲』を()()から出し──撃ち落とす。それは召還魔法みたいであったと目撃者は語る。

 圧倒的な飛行性能と格闘能力、大質量の物質を呼び出す能力、指向性エネルギー兵器の実用化。当時、ソレに匹敵する兵器など存在しなかった。

 その結果、ミサイルは全て撃墜。これで日本は平和に──なる筈は無い。日本周辺各国は突然の脅威に対して直ぐ様に国際条約を無視、現地へと侵略して偵察機を次々に飛ばしていった。昔からやりたい放題なのだ、この世界は。狂っている。

 

 『目標の分析。捕獲、或いは撃墜せよ』

 

 当時、最新鋭であった多種多様の兵器。各国はそれ等全てを投入して『白い何か』を捕獲、撃墜しようとした。そうした結果どうなったか。

 

 

 

 歯が立たなかった。これっぽっちも。

 

 

 

 戦闘機二百七機、巡洋艦七隻、空母五隻、監視衛星八基。全てが撃破、無力化されてしまった。決して人命を奪う事無く。それは一種の余裕。

 絶望的な戦力差。それでも、各国は躍起となり部隊を投入するのだが──『白い何か』は忽然と姿を消す。まるで幻であったかの様に。

 黙視では確認不可能、レーダーには反応無し、それは完璧なステルス能力。これぞダメ押しだと見せ付けられたソレは人間に、国に、この世に、『究極の機動兵器』として知れ渡った。

 例え一機でも他国の軍事力を凌駕してしまう、出鱈目たるオーバーテクノロジー。世界は急速にIS運用制限条約を締結と開発普及を促していく。

 

 『ISを倒せるのはISだけである』

 

 束のその言葉、その事実。完全敗北した世界は無抵抗に──受け入れせざるを得なかった。

 

 

 

 こうして、全世界を震撼させた『白い何か』は『白騎士』と呼ばれ、その事件は『白騎士事件』と呼ばれる事になる。

 

 

 

 『白騎士』の正体を知るのは束と──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、『白騎士』の正体は未だ不明のままぁ。いったい誰だったんでしょうねぇ」

 

「…………」

 

 しまりない口調で言い放つ日葵と、先程までのテンションがさっぱりと消えた束。というより、またしても縮こまっていた。謎は深まるばかり。

 知らない者などいない、出鱈目が過ぎた事件。何故、日葵はこのタイミングで思い出したのか。しかし、今はそんな事を考えている時間は無い。

 日葵は作戦要員から除外。狂人の事だ、本当に『銀の福音』を破壊して操縦者も殺しかねない。それ以前にやる気が無い模様。期待は出来ない。選択肢は──限られている。

 

「……これ以上はやめだ、話を戻すぞ。……束、『紅椿』の調整にはどれくらい掛かる」

 

「七分あれば余裕だね」

 

「そうか、なら直ぐにやれ。……織斑、篠ノ之。酷な話だが──」

 

「「やります」」

 

「…………」

 

 一夏と箒の返答に、千冬は思考の海に沈む。

 経験が浅い二人を行かせたくはない。しかし、迅速に『銀の福音』を止められるのは『華鋼』を除けば『白式』だけだ。他では圧倒的な力不足、決定打には至らない。加えて、あのタイミングで束が示した『紅椿』の有用性。都合が良過ぎる。

 理由は兎も角、束は二人を作戦要員にしようとしている事は確実。恐らく──いや、間違いなく此方が口を挟んでも無駄に終わってしまう。案に乗るしか道は残されていない。

 箒もコレに感づいていた。だからこその返答。強要される未来しか見えない、それ故にである。

 

「…………」

 

 代表候補生全員に送られてきた換装装備は予め把握済みだ。その中に『紅椿』の様な、本作戦に適した高機動が可能な装備があった。

 で、あるならばだ。

 

「……オルコット。確か強襲用高機動換装装備が送られていたな? 量子変換は済んでいるか? 調整は? 超音速下での戦闘訓練時間は?」

 

「え? え、ええ、はい。既に完了しています。訓練時間は二十時間です」

 

「よし。……では本作戦、目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は三十分後だ。作戦要員は織斑、篠ノ之。それと──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして作戦会議が進んでいく中、蚊帳の外と化した日葵はそっぽを向いて小さく一人呟く。

 

「……どうせ失敗する」

 

 その言葉は──誰にも聞こえはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は十一時半付近。砂浜にて。

 容赦が無さ過ぎる、眩しい陽光。日陰は一切と無いそこに並ぶのは四つの人影──いや、IS。

 白の『白式』、赤の『紅椿』。そして──蒼の『ブルー・ティアーズ』、銀灰の『打鉄』の姿。

 そう、この場にいるのは一夏や箒だけでない。セシリアと千冬もいる。この四人が『銀の福音』を撃墜する作戦要員となった次第だ。

 箒が彼を、セシリアが千冬を運搬。彼が目標に『零落白夜』を叩き込むという至ってシンプル。初撃が失敗の場合は他三人で目標の行動を阻害、再び彼の攻撃だ。上手く進めば直ぐに終わる。

 

(あれが、セシリアの換装装備……)

 

 ふと、彼はセシリアの機体を眺めた。

 幾ら専用機であれど『ブルー・ティアーズ』は『紅椿』の様に万能型ではなく、中距離射撃型。超音速下で運搬を全うする事など出来やしない。確実に遅れを取られる。

 だがしかし、そこで出番となるのが換装装備。それこそ、セシリアが作戦要員である理由だ。

 六基あるビットの射撃機能を封印、その全てをスラスターとしてのみ運用。機動力に特化した、専用機だけに存在する機能特化専用換装装備(オートクチュール)

 

 ──強襲用高機動換装装備『ストライク・ガンナー』──。

 

 これならば『紅椿』と同様に高機動が可能だ。特徴的であるビットを殺してしまったが、そこは致し方無い所。無い物ねだりしても無意味だ。

 

「間もなく、作戦を開始する。今回は織斑が要、一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心掛けろ」

 

「「「了解」」」

 

「だが、決して無理はするな。……特に篠ノ之、お前はその機体を使い始めてからの実戦は皆無。問題が起こらないとは限らない。慎重にいけ」

 

「……出来る範囲で支援します」

 

「……頼んだ」

 

 千冬は今も、専用機を持たない己を恨む。

 自身の『打鉄』は急ピッチで調整した。だが、それも眉唾物。『銀の福音』には到底敵わない。

 性能が未知数である相手、更には非限定空間。不確定要素が多過ぎる。自身の実力で食らい付く事は出来るであろうが、撃墜となれば話は別だ。頼みの綱は一撃で決められる弟だけ。その事実がより一層と己への恨みを増幅させる。

 

 

 

 ──何がブリュンヒルデだ。何が世界最強だ。自分は、こんなにも無力ではないか。

 

 

 

 作戦開始時刻は迫っている。自分に出来るのは身を挺してでも彼等を守る事だけ。どうか、皆が無事に終わるようにと切に願った。

 そして、十一時半ジャスト。時はやって来る。

 

「……では、作戦開始!!」

 

 直後。砂浜の二ヶ所が爆ぜていく。『紅椿』と『ブルー・ティアーズ』は高度三百メートルまで一気に飛翔。更に上昇を続け、ものの数秒で目標高度五百メートルまで達した。それは瞬時加速と同様──いや、それ以上の速度。

 

 ──暫時衛星リンク確立、情報照合完了──。

 

 ──目標の現在位置、確認──。

 

「篠ノ之、オルコット! 一気に行けぇっ!!」

 

「「了解!」」

 

 千冬の怒号によって更に加速させる『紅椿』と『ブルー・ティアーズ』。『紅椿』の方は脚部、背部の装甲が展開装甲の名に相応しいとばかりに開き、そこから膨大なエネルギーを噴出させる。

 圧倒的な速度。瞬く間に旅館が見えなくなり、『紅椿』と『ブルー・ティアーズ』の間が徐々に離れていく。計り知れない速さだと感じた。

 

(これが『雪片弐型』と同じ展開装甲──それの発展型か……!)

 

 攻撃、防御、機動に即時対応出来る展開装甲。しかも、装甲のほぼ全てがソレだ。最大出力時はいったいどうなる事やら。

 だが、それだけのエネルギーをどこから──。

 

「見えたぞ、一夏!」

 

「!」

 

 ハイパーセンサーの視覚情報が、遂に捉えた。凄まじい爆速で空を飛翔する目標を。名の通りに銀色の輝きを放つその機体を。

 

 ──第三世代広域殲滅型IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』──。

 

 異質である、頭部から生えた一対の巨大な翼。恐らく、資料に記載されていた大型スラスターと広域射撃兵装を融合した新型システムであろう。どの様な攻撃なのかは全く以て不明だ。

 

「加速しろ篠ノ之ぉっ!!」

 

「はい! 一夏、接敵は十秒後だ!」

 

「おう!!」

 

  指示により箒はスラスターと展開装甲の出力を上昇。推進力を最大限に引き出し、『銀の福音』との距離を次第にと縮めていく。そのチャンスは──目前へと迫った。

 

(ここだっ!)

 

 『雪片弐型』の機構が開き、青白く輝く莫大なエネルギーが鋭く展開される。全てを無力化する刃と化したソレを振りかぶり『紅椿』から離脱、瞬時加速を繰り出して間合いを一気に食い潰す。

 瞬く間に詰めた間合い。彼は叩き斬るかの様に一気に振り下ろした。

 

(行け──)

 

 

 

 ──が、その刹那。

 

 

 

「なぁっ!?」

 

 エネルギー刃が触れる直前、それは起こった。

 『銀の福音』は最高速度のままで彼に急反転、そしてそのまま出鱈目が過ぎる機動で回避した。彼の渾身たる必殺は──虚しくも空を斬る。

 

(何だよ、今の急加速は……!)

 

 高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)は数多くある。だが、ここまでの精密な急加速は全くと知らない。

 これが重要軍事機密。これが──『軍用IS』。

 

『敵機確認。迎撃行動へ移行。『銀の鐘(シルバー・ベル)』、起動開始』

 

「「「「!」」」」

 

 解放回線から聞こえる、単調過ぎる機械音声。感じるのは、無機質な『敵意』。凄まじい悪寒が彼──いや、皆に襲い掛かる。

 

「こんのぉっっっ!!!」

 

 時間は限られている。彼は再度『銀の福音』に斬り掛かった。それは猛攻の一言に尽きる。

 それでも当たらない。掠りすらしない。見事に彼は翻弄され続ける。『零落白夜』の使用限界は刻々と迫って来ていた。

 生まれる焦り。それ故か、彼は大振りの一撃を狙うべく、ほんの少しだけ距離を離す。

 

 

 

 それを見逃す『銀の福音』ではない。

 

 

 

「っ!! 避けろ一夏ぁっっっ!!」

 

「!?」

 

 銀の翼。その装甲が翼を広げるかの様に大きく開き、その間にエネルギーが集束していく。

 導き出される一つの答え。それは資料にあった広域射撃兵装。

 

(砲口──)

 

 ──瞬間。エネルギー弾の豪雨が彼を襲う。

 

「ぐぉあああぁぁぁっっっ!!!」

 

 それは、正しく死中求活(しちゅうきゅうかつ)と言えた。

 彼は迫り来る数多のエネルギー弾を次々に掻き消していく。その隙間を縫って身体を捻り回避、掠りはしたが辛うじて直撃を免れた。

 海へと飛ぶ、残りの莫大なエネルギー弾の数。ソレは海面に触れた瞬間──大きく爆ぜる。

 

「爆発した……!?」

 

 巨大な水柱が彼に恐怖を駆り立てる。

 爆発する、高威力で広範囲たるエネルギー弾。えげつない数に、凄まじい連射速度。これこそが軍用機、『銀の福音』の特殊兵装。対象を確実に殲滅する為に作られた──『兵器』。

 

 ──多方向推進装置(マルチスラスター)銀の鐘(シルバー・ベル)』──。

 

「同時に攻め込め! 篠ノ之は左、私は右だ! オルコットは援護射撃! フレンドリーファイアに気を付けろ! 織斑は一旦離脱、隙を伺え!」

 

「「「了解!」」」

 

 千冬、箒は『銀の鐘』の攻撃を掻い潜りながら二面攻撃、セシリアは狙撃を仕掛ける。

 箒と千冬による猛攻撃、セシリアによる狙撃。千冬は常に食らい付き、箒はエネルギー刃による攻撃、セシリアは的確な狙撃で追い詰めていく。これには流石の『銀の福音』も防御体勢に入る。

 そして、とうとう隙が出来始める──が。

 

『La……♪』

 

 甲高い機械音声。その瞬間、『銀の鐘』が翼を全て開く。そこから繰り出されるのは一斉射撃。しかも、全方位に向けて。

 百を超えるエネルギー弾。彼、箒、セシリアは紙一重で躱せたが、至近距離にいた千冬はそうもいかない。可能な限り『葵』で弾くが、それでも何発か受けてしまった。

 

(やはり『打鉄』では限界……! だが……!)

 

 装甲が大破する事は無かったが、武装は一気にボロボロ、エネルギーもかなり削られてしまう。改めて『軍用IS』の破壊力を思い知らされる。

 が、それでもまだやれる。まだ戦える。故に、食らい付く。皆を守る為に、隙を作る為に。

 

「押し、切るっっっ!!!」

 

 箒は紙一重でエネルギー弾の雨を躱し、千冬に再び加勢。二人の怒涛の攻撃とセシリアの狙撃が『銀の福音』の動きを鈍らせていく。

 そして──遂に隙が出来た。

 

「ここで──!?」

 

 

 

 ──が、しかし。

 

 

 

「一夏!?」

 

 

 

 彼は『銀の福音』と真逆──海面へと急加速。

 

 

 

「うおおおぉぉぉっっっ!!!」

 

 

 

 瞬時加速、更に単一仕様能力。彼はその両方を最大出力で行い、複数のエネルギー弾を次々にと掻き消していく。

 その先には──。

 

「船……!? ……密漁船か!!」

 

 ──封鎖した筈の海域にいた、一隻の小型船。恐らくは既に入っていた密漁船。

 彼は、見殺しにする事など出来やしなかった。思考よりも、直感が身体を動かしていた。 それは彼の根っ子にある正義感なのかもしれない。

 船は守れた。人は守れた。だが──。

 

「あ──」

 

 彼の持つ『雪片弐型』、そこからと展開される単一仕様能力『零落白夜』。光が消え展開装甲が閉じ、唯の実体剣へと戻る。これの意味する事は攻撃に使えるエネルギーが切れた証。要の消失。

 最大にして唯一のチャンスは──消え失せた。

 

「作戦は失敗だ!! 全員、直ちに撤退──」

 

 

 

 その時、更なるダメ押しが彼等を襲う。

 

 

 

「あっ……」

 

 声を漏らしたのは箒。両手に持った二本の刀が意思とは関係無く光の粒子となって──消える。その光景に他の三人はある単語が脳裏に過った。

 

(((具現維持限界……!)))

 

 具現維持限界の予兆。機体のエネルギー管理を怠ったが故の過ち。最早、加速すらも出来ない。直ぐに機体も強制解除される。間違いない。

 問題なのはこの状況下。ここはIS学園ではない大海原。そう、これは──()()

 完全に隙だらけと化した者を見逃す筈が無い。『銀の福音』は一切と容赦無く一斉射撃。数々のエネルギー弾が無防備な箒に襲い掛かった。

 具現維持限界寸前である機体が攻撃を受けたら操縦者は無事とはならない。

 

「ほ──」

 

 

 

 最悪──"死"。

 

 

 

「箒いいいぃぃぃっっっ!!!」

 

 彼はエネルギーの残りを全て用いて瞬時加速、箒に急接近する。誰かの"死"など見たくはない。もう、あの時の様な思いはしたくない。二度と。それだけが身体を動かしていく。

 間に入る選択肢は無い。絶対に巻き込まれる。故に、彼は──箒を蹴り飛ばした。

 

「うぁっ!?」

 

「!? ちふっ!?」

 

 その考えは──彼自身だけではなかった。

 真隣にいたのは千冬が一人。千冬も彼と全くと同じ考えにより急接近、箒を蹴り飛ばしたのだ。二度と生徒の"死"を見たくないが故の。

 最早、躱せやしない。エネルギー弾が近づき、体感時間が遅くなる中で二人は言葉を交わす。

 

「……愚弟が」

 

「……ははっ」

 

 直後。二人にエネルギー弾が降り注いだ。

 シールドバリアーを簡単に突き破るその威力。相殺し切れないその衝撃。破壊されるその装甲。絶対防御を貫通し、肌が熱波で焼けていく。

 

「いち──ぐぅっ!?」

 

 蹴り飛ばされた箒も、無傷とはいかない。

 一発が頭のリボンを掠めて焼かれ、また一発が装甲に直撃してエネルギーが完全に消滅する。

 よって機体は──。

 

 

 

 ──操縦者生命危険域超過。具現維持限界に到達──。

 

 

 

 ──展開解除。生身を曝け出し放り出された。

 

「────」

 

 怒涛の展開に思考が停止するセシリア。彼も、千冬も、箒も撃墜され、残されたのは自分一人。身動きが止まってしまっていた。

 海面へと急速に落ちていく三人。助けようにも距離が離れおり、確実に間に合わない。

 彼等は──間違いなく死ぬ。

 

(い、ちかぁ……!!)

 

 海面まで凡そ十メートル。あとは叩き付けられ身体が木っ端微塵になるのみだ。箒は目を瞑り、迫り来る"死"への恐怖に耐える。

 

「っ……!!」

 

 

 

 

 

 ──その直前。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 突然と()()が身体を掴み、急に引っ張られた。

 箒は恐る恐る目を開けると、身体を掴んでいたのは三本の金属爪。ソレには既視感がある。

 

「これ──うわっ!?」

 

 考える間もなく、その爪は急停止して足下へと降ろされる。そこは海面──ではなく、黒灰色の巨大たる金属板。

 

「あ……あ……」

 

 箒はゆっくりと振り向いた。真後ろに佇むのは左右非対称、血管模様を浮かばせる黒灰色のIS。

 そう、そこにいたのは──。

 

「…………」

 

 ──彼と千冬を抱える隆道。

 その顔は凄まじく暗く、凄まじく歪んでいた。それは『どす黒い何か』ではない、純粋な怒り。

 

「あ……あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……!!」

 

 何故、ここにいるのか。どうやって来たのか。そんな考えが頭に浮かんだ。しかし、それも全て一瞬で吹き飛んでいった。

 いつもそうだ。庇ってくれる、支えてくれる、助けてくれる。箒は感情が一気に高ぶり、遂にはその場で泣き出してしまう。

 

「や、柳さん!? どうしてここに!? それにどうやって──」

 

「『灰鋼』ぇぇぇっっっ!!」

 

 ──『バリアブルシールド』展開。要塞形態に移行。防衛対象、『織斑一夏』、『篠ノ之箒』、『織斑千冬』──。

 

 咆哮に近しい隆道の叫び。跳躍と同時に足下と左右一枚ずつの『バリアブルシールド』、そして腰のスカートアーマーは四角錘台に変形し三人を取り囲んだ。一方の彼は残り一枚の盾を足下へと移動、バランス着地して滑り出していく。

 そう、飛行操縦技術が全くの皆無である隆道は飛んで来た訳ではない。自身の盾をサーフボード代わりに運用、海面を滑って来たのであった。

 そして、隆道がこの場にやって来たその理由。それは『白式』が未確認ISと交戦状態である事を『灰鋼』が探知したから。これに気づいた隆道は血相を変え、教員の目を欺き飛ばして来たという訳である。今頃旅館内は大慌て。

 後々に何かしらの処罰が下るのは間違いない。が、今は目の前の状況が先決。

 

「『双豪雨』っ!!」

 

 展開させるのは絶大な火力を誇る『双豪雨』。以前の展開方法とは違い、今回は足代わりである盾の四隅に四基を全展開、盾が無い無人砲台として『銀の福音』に向け砲弾の雨を浴びせていく。

 だが、相手は三人掛かりでも大したダメージを与えられなかった『軍用IS』だ。当然の事ながら全てを躱されてしまう。

 そして──これにて隆道も迎撃対象と化す。

 

『敵機確認』

 

「!」

 

 直後。数々のエネルギー弾が隆道を襲う。

 今は己を守る『バリアブルシールド』が無い。ろくに飛べない以上、動けるのは限られた足場。故に、隆道は防御一択の手段を取るのみ。

 

「ぐぉぉぉあああっっっ!!!」

 

 食らい続けるしかない爆発性のエネルギー弾。無人砲台は瞬時に破壊され、翳した『剛鉄爪』は大きく弾かれ、身体の所々が焼け焦げていく。

 そして、そのまま──一発が胸に直撃した。

 

「がぁっっっ!?!?!?」

 

「っ!? 柳さんっっっ!!!」

 

 絶対防御の貫通によって起こるのは心臓震盪。致命領域対応でも補助し切れないエネルギー弾は隆道の心臓を止めた。既存のISでは救命不可能。即ち、"死"への片道切符。

 だが、それでも──。

 

「────」

 

 

 

 ──操縦者の心停止を確認──。

 

 ──五、四、三、二、一、零──。

 

  ──R.I.C.U.system『ハル』起動──。

 

 

 

「──げほぉっっっ!?!?!?」

 

 ──隆道は死なない。

 焼け焦げた皮膚は急速再生。五体満足な身体に戻っていく。この光景にセシリアは愕然とした。初めて見るのだから当然の反応。

 

「……え。なに──」

 

「ぎ……このくそったれがぁぁぁっっっ!!!」

 

 そんなセシリアの呆然など構う事無く、隆道は脳内で『灰鋼』に指示を飛ばす。

 今も三人を取り囲む『バリアブルシールド』の要塞形態。その一部分にあるスラスターを最大に噴出、旅館へと向けて海面を滑らせ離脱させた。

 行動はそれだけで終わりはしない。その直後に繰り出すのは『グラップルランチャー』の射出。掴むのは──要塞形態の盾。ソレを的確に捉え、そのまま水上スキーよろしく引き摺られていく。これ以上の交戦は無謀と判断した故の離脱だ。

 この状況では敵に勝てない。そもそも自身では勝ち目が無い。全滅してしまう。残された唯一の道は撤退のみ。

 

「退け退け退けぇぇぇっっっ!!!」

 

「! は、はいっ!!」

 

 呆気に取られていたセシリアは直ぐ我に返り、『銀の福音』に牽制射撃をしつつ撤退していく。

 隆道も武装を展開して引き摺られながら乱射、そのまま旅館へと戻っていったのであった。

 

 

 

 

 

 ──織斑千冬、重傷。

 

 ──織斑一夏、意識不明の重体。

 

 

 

 

 

 『銀の福音』撃墜作戦は──失敗した。




IFのお話。

Q.もし、日葵が作戦に参加したらどうなったか?

A.単一仕様能力によって即終了。『銀の福音』は完全に大破。操縦者は重傷、または死亡。

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