※胸糞注意(特に山田先生と鈴音が好きな方)。
※驚異の過去最多文字数、二万千。
※新キャラ有り。
※語彙力死亡中。
※謎多め(今章でほとんど回収)。
日本列島、何処かの山中。
何処を向いても木、木、そして木。太陽の光は葉の層で遮られ、眩しさは無けれど暗くもない。聴こえるのは虫や鳥達の鳴き声、葉擦れ、そして微かなそよ風の音。ゴミや人工物は一つも無い、のどかで心地の良い森林の空気がそこにあった。
絶好の外出日和である。この自然を思う存分に楽しむ為にはハイキングが最適だろうか。いや、ピクニックでも良し。キャンプ等も捨てがたい。
不条理で理不尽なこの世の中だ。今も荒れ狂う現代社会に心底疲れ切った人間など五万といる。そういった者こそ、耐え切れずに壊れる前に一度この地に足を運ぶと良いだろう。少なからず心が洗われる、その筈だ。
今日に限りそれは無いのだが。
山中の奥に立つ、それなりに立派な一本大木。それに背を向けて寄り添うのは二人の成人男女。一見ハイキングにでも来たであろうカップルだ。インドア派が多い現代においてアウトドア派とはなんと健康的な事か。
が、それにしてはかなり様子がおかしかった。道具処か荷物も見当たらない、焦りだけ見える。まさか遭難してしまったのか。
「いでぇ……!! いでぇよ……!!」
「やだ、死にたくない死にたくない……!!」
否。ソレは遭難にあらず。
「ぐっ……はぁっ、はぁーっ……!!」
「助けて助けて助けて……!!」
彼等の姿は酷く痛ましかった。
顔面に付く数多の切創に痣、所々が赤く滲んだボロボロで泥だらけな服、一部が欠損した手指。両者とも明らかに重傷であった。
先程まで死に物狂いで走っていたのであろう。肩で息をしているのがその証拠だ。何としてでも生き延びる為に。何かから逃げる為に。恐らくは野生動物に襲われたと推測出来る。
「聞いてねぇ……!! こんなの聞いて──」
──直後。
「──ね゛っ」
「──だすっ」
空気を叩く音と風を切る音が響き渡ると同時に二人の身体は連続して穴が開き、血飛沫が舞う。足元や辺りの緑は瞬く間に赤へと変わっていく。
「い゛、や゛め゛っ……!」
「や゛ぁっ……!」
彼等の捻り出す悲鳴は届かない。
殴り抜かれた様に大きく仰け反り、後ろの木へ凭れ掛かってもソレは止まない。穴は更に増え、血飛沫も増えていく。その勢いは増すばかり。
衣服は千切れ、皮膚は裂け、血肉は抉れ、骨は砕け、臓物が飛び出す。連続した仰け反りは最早痙攣に近いものとなり、遂に崩れる様に倒れる。
それでも止まる事はなかった。ズタズタとなり動かなくなっても穴は増え、鮮血は散っていく。衣類が半分以上無くなり、肌の全てが赤と化した所でソレは漸く収まった。
「「────」」
静寂が訪れる。
完全に事切れた、確実に息絶えた。あちこちに布や血肉が無惨に散乱。土も、草も、辺り一面が赤一色。目を逸らしたくなるこの惨状は瞬く間に出来上がってしまった。
大木は一層と酷い。赤の塗料をぶち撒けた様な赤色とへばり付く肉片に、数えるのも億劫になる小さな窪みとズタズタに抉れた木の皮、おまけに焦げ臭い匂いも。その手の人間ならば直ぐに判別出来る──
そう、彼等は射殺されたのだ。百発以上になる凶弾を浴びに浴びて。あまりにも酷い。いったい誰がこの様な惨たらしい事を。
いた。張本人がいつの間にかそこにいた。
死体から離れた所に立つ人影。その数は五人。微かに漂う煙の中に横一列で並んでいた。彼等を一言で現すなら『物恐ろしい』に尽きる。
姿は黒一色。様々な装備を付けたヘッドギア。素顔を完全に隠した不透明のゴーグルと金属製のフェイスマスク。分厚いボディアーマーに所々のプロテクター、数々の用途不明な装備。首周りにちらりと見える、番号とパネルの付いた首輪。
彼等の武器もまた物恐ろしいと言えるだろう。サプレッサーやカートキャッチャー等を装着した自動小銃、太股に備える大型拳銃、背中に背負う銃火器とナイフ、腰回りに様々な手榴弾。
弾薬量もこれまた凄まじい。ボディアーマーに張り付くマガジンポーチにはありったけの弾倉、胸や二の腕辺りには剥き出しの大口径弾薬。
そして──ソレ等よりも一際と目立つ、
脊椎と肩甲骨に酷似した背中の機械。そこから金属フレームとシリンダーが伸び、腕部は肩から指先、脚部は足の付け根から足裏までガッチリと装着されていた。恐らくはアシストスーツの類いかと思われる。
明らかに警察組織や自衛隊ではない謎の五人。戦闘処か
「「「「「…………」」」」」
彼等は未だに銃を死体に向けていた。近寄りもせずにその場から動こうとはしない。普通ならば既に警戒を解いても不思議ではないが──。
「装填」
真ん中の一人が言葉を発した直後、端の二人は弾倉を入れ換え始める。銃を保持しつつ、照準を外さず、一寸の狂いもなく僅か二秒弱で終わる。その間、他の三人は銃口を向けたままだ。二人が再装填を終えたのを確認したのちに残りの三人も素早く再装填。その動きは端の二人よりも遥かに洗練されていた。特に真ん中が群を抜いている。
かなりの熟練者だ。相互支援を徹底している、動作に無駄が無い。何処かしらの特殊部隊なのは間違いないだろう。
「撃て」
突然、全員が死体に向けて発砲した。それも、一発ではなく
やり過ぎにも程がある。非武装の人間に弾倉を使い切るまで撃ち続け、倒れても攻撃を止めないその残虐非道。オーバキルもいいところだ。
「こちらハンター
『了解、処理班の到着まで五分』
「了解」
通信相手は機械音声。彼は通信を終えるや否や四人に向けハンドサイン、それを確認した彼等は銃を構えつつ速やかに後退していく。
そして、彼は四人とは真逆──前進して死体に近づいていった。照準を合わせたまま、慎重かつ迅速に。何故か未だに警戒を解かない。
「新型の可能性が。警戒を」
「そうでないと祈れ」
彼は落ち着きを見せつつ、徐々に近づいてく。一歩、また一歩と確実に。まるで、二つの死体が爆弾そのものの様に。何を恐れているのだ。
が、それも終わり。漸く死体が目の前となると彼は懐から細長い機械を取り出し、強く刺した。注射器に見えなくもないが、やはり謎。
「……陰性反応。『過激派』の遣いだったか」
「雇われたか、唆されたか、それか脅されたか。まぁ『奴等』じゃないだけまだいい」
何を調べたのか、死んだ二人が何をしたのか、彼等が異常に警戒する『新型』と『奴等』とは。答えを訊く者はこの場にはいない。いたとしても彼等が素直に答えるとは到底思えないが。
と、その時。
『緊急報告、緊急報告。ネメシスより音声記録を受理。繰り返す、ネメシスより音声記録を──』
「「「「!!」」」」
「こちらハンター3-1、音声記録の詳細を」
『傍受した個人間秘匿通信の模様。各員へ送信』
空気が一気に張り詰めた。彼等は即座に左腕に備わる装備を指で叩いていく。その後、目の前に現れるのは小型空間ディスプレイが一枚。
凝視して数秒。多くのアイコンの中から主張が強いアイコンが表示される。彼等はそれを同時に触れて──。
『──ま、誠に残念ですが────を得ません。やはり無理があるのでは。──がいる────はこん────す。今一度説得に努めるべきかと』
『──の、無理だよ……。──話なんか────聞いてくれないしさ。それに、ここ────今更──なんて、無理……』
『────は全霊を注い──してくるでしょう。動きが無い……ということは既に────いると考えるべきかと。それに……どちらにせよ、手を出せば────なんですよ。そうなれば──』
『──さいっ!! そん────ってるさ!! けどここまでやった!! ────ったさ!! ──引ける訳な────か!! それに……もう悠長なこと言ってられな────!!』
『────』
『もしも手遅れになったら────わりだ!! 本っ当に!! ────んだよ!! だから……だからせめて……!!』
『覚悟の上……ですか。……承知いたしました。エク──、聞いた────はありません。準備が整い────ます』
『……本当に、────すね』
『ハァッ……ハァッ……!! ……うん、やる。忌々しい────共が動く前に片を付けないと。────んは手筈通りにお願いね。──ちゃんは私が────するから。────んは……うん、何もしなくて良いよ。身体大事にしないと。……ンンッ、あーあーあー……良し。そーれーじゃー───い────ね! 皆の集、ご安全に!』
『ご安全に。……さて、貴女は────なさい。大人しく────す。そもそも、この───たに何────無い事。私──としては────いて欲しいのですが。……不服ですか? ……はぁ、いいでしょう。貴女には────の────を。それ以外は認めません。必ずや、──が──』
所々ぶつ切りではあるが、聞こえたのは女性の声が三人。内容からして何かしらの企みだろう。何を言っているのか全く以て不明だが──。
「「「「「…………」」」」」
──彼等には伝わったようだ。
「……そうか、それが貴様の答えか。……こちらハンター3-1、ネメシスと『月長石』の状況は」
『こちらハンター0-1、ネメシスからの応答無し、状況は確認出来ず。『月長石』の現在地は不明、未だ特定出来ず。各員配置に急げ』
『『『『『了解』』』』』
「了解。……3-4と3-5は残れ、我々は先に行く」
「「了解」」
彼は指示を飛ばすや否や山奥へ走っていった。二人もそれに続いて駆け巡っていく。三十キロはとうに超える重装備にも関わらず、彼等は平然と悪路を走っていく。
慣れているか、身に付ける機械のお陰なのか。彼等は速度を落とす事もなく倒木、岩場、更には小さな崖を軽々と飛び越えていく。
「近道する、
「了解」
「了解。……はぁ、まーたこれかよ。高所恐怖症なんだぞ俺は」
「無駄口叩く余裕があるなら足を動かせ」
「はいはい」
結構な距離を走る中で彼等は急に進路を変更、手持ちの銃をぶら下げて更に足を速めた。向かう先は光の差す方。森を抜けるその先は──。
何も無い断崖絶壁。
高さは三十メートル程、下は無造作に並ぶ岩。川は無い、命綱など無い、クッションの類いすら見当たらない。
こいつら飛び降りる気だ。正気か。
「まもなくだ。セット」
「「セット」」
彼等はほぼ同時に左腕の装備に触れ、そのまま崖との距離を縮めていく。それにつれて身体から紫電が走り、徐々に強くなっていった。
そして、日光を浴びるその直前で──。
「今だ」
七月七日、七夕。
中華圏における、五節句の一つであるこの日。世間で様々な行事がある中、IS学園の臨海学校は二日目にて最悪な事態を迎えた。
装備テストの真っ最中に突如として発生した、軍用IS『
半数が実践経験など皆無な素人、ましてや箒は専用機を受け取ったばかりだ。不安要素しかないチームだが、高機動型に対処出来る数少ないIS、一刻を争う事態、そして束の謎の後押しによって彼等に全てを委ねるしかなかった。
当然、結果は大失敗に終わる。
接敵は出来た、流れは彼等にあった。しかし、不測の事態が連続し、一夏と千冬は攻撃をモロに受けて撃墜、その後に箒も撃墜される。瞬く間に三人も倒され、残されたのは火力が低く決定打のないセシリアのみとなる。
その絶望の最中に現れたのが隆道。撃墜された彼等を海面に叩き付けられる直前で回収、その後交戦に加わるが少しも歯が立たず嫐られるのみ。勝てないと即判断しセシリアと共に撤退した。
ここまでがつい先程の出来事。唯一無傷であるセシリアは作戦本部へと帰省、箒は脱け殻の様に戦意喪失、千冬は戦線復帰不可能なまでの重傷、一夏は──昏睡状態に陥った。
では隆道は? 彼は今──。
時刻は十三時付近。花月荘館内、教員室。
「「…………」」
中央のテーブルを挟む様に居座る二人の教員。一人は正座で俯向く真耶、一人は手に顎を当てる菜月。負い目があるかの様に塞ぎ込む者と、時折小さく溜息を吐く者。その部屋にはとても重く、暗い雰囲気が充満していた。
先月の事件以降、何かと絡みがあるこの二人。事務処理はほぼ一緒、仕事終わりの飲みも一緒。隆道のほんの僅かな情報を共有している彼女達は事ある毎に行動を共にしてきたのである。昨日の菜月に関しては夕食後に事務処理を終えて直ぐに一人で溺れる様に飲みまくり、真耶が女子会から戻った頃には完全に潰れて超絶爆睡してたとか。相変わらず残念な女だ。
そんな事はさて置き、彼女達が部屋にいるのは何故なのか。今は特殊任務中の筈では。
(どうしてよ……。こんなのあんまりじゃない)
考えに耽る菜月はふと、視線を下に向け自身が持つ『ソレ』に注視した。何度見ても『ソレ』に心底と嫌悪感が湧き出てくる。
『ソレ』は『拳銃』だった。
光沢など一切と無い、無機質な拳銃。しかし、見るからに普通の拳銃とは違った。
あまり見掛けない、水平に並んだ二本の銃身。銃身の下は手の平サイズの小さなボンベが一つ。そう、これは拳銃は拳銃でも殺傷能力を持たない非致死性兵器──『麻酔銃』。
菜月だけでなく、向かい側で未だに俯く真耶も同じくして麻酔銃を所持している。だがしかし、
何故、彼女達は麻酔銃なぞ所持しているのか。その理由は直ぐ近くにいた。
「ふぅ。…………」
何度目かわからなくなった溜息を吐いた菜月はおもむろに窓の方を見やる。いや、正確に言うと窓側に寄り掛かる一人の人間に。
「…………」
そこにいるのは、これ以上無い程の虚ろな目でこれ以上無い程にだらしなく座る青年──隆道。白のポロシャツに緑のカーゴパンツというラフな格好。いつもの目立つ首輪は見当たらなかった。
だが、それは些細な事、至極どうでもいい事。彼の専用機など今となっては重要ではないのだ。今、重要なのは彼の状況にある。
その両手首には特殊ファイバーロープと手錠の二重掛け、両足首には最低限歩行出来る程に短い金属チェーンが一本。これを意味する事は何か。
そう、彼は拘束されたのであった。 旅館からの脱走、無許可のIS展開に加えて作戦に乱入からの交戦、その後の彼が取った行動が問題となった。
彼への対応が一番苦労したと思われる。何せ、彼は戻ってくるなりその場の全員に罵倒を浴びせ暴れ狂ったのだから。
話は一時間以上前、『銀の福音』との交戦から撤退後に遡る。
『何だよ……何なんだよアレはあ!! あんなのいるなんて聞いてねえぞ!! ……軍用IS!? 暴走!? そんなくそったれが何で!!』
『つーかてめえらは何してんだよコラァッ!! こういうのはてめえら大人の役目だろうが!! それを……選りにも選ってこいつらに……!! こ、このくそったれ共が……!!』
『あああああ、ぜってえ許さねえっっっ!!! てめえら全員歯ぁ食い縛れえええっっっ!!!』
一夏達の無残過ぎる姿とのこのこ現れた教員を見るなり隆道は激怒。半壊したISを解除し周囲の人間に殴り掛かった。説得を試みても激昂してる故か話が一つも通じなかった。
全力で止めようにも、彼の強靭な肉体と秀逸な回避能力の前には手も足も出なかった。どんなに素早い攻撃であろうと、格闘術を駆使しようと、大人数で掛かろうと全て無駄で終わった。
打撃は難なくと躱されて反撃される。やっとの思いで捕えて関節技を決めても直ぐに解除されて反撃される。動きを止めたら最後、重過ぎる拳が迫ってくるか宙へと投げ飛ばされてしまう。
代表候補生ですら彼を止められはしなかった。恐怖を抑えつつ止めに掛かった鈴音はあっさりと投げ飛ばされ、ラウラの格闘術も全くと効かず、シャルロットの声は届かない。当然、セシリアの話も一切と聞きやしない。唯一、戦闘能力が高いであろう日葵だけは介入せずに傍観していた。
威嚇として教員が銃を向けても怯まなかった。寧ろ、彼には逆効果でしかなかった。
『あ゛? 何だ、俺を撃つか。良いぜ、さっさと撃てよ。どうしたクソ教師、早く撃て、殺れよ。なあ……殺れっつってんだろうがっっっ!!! 撃つ気ねえんだったら端っから向けんじゃねえぞゴラァァァッッッ!!!』
全く手が付けられなかった。場にいた約半数が殴られ、投げ飛ばされる。戦闘能力を持つ大勢の女性が、一人の青年を無力化出来なかった。
しかし、彼の暴走は直ぐに呆気なく終わる。
『そんなもんかこの腰抜け共がぁっっっ!!! てめえらマジで覚悟しろ──』
『織斑先生!?』
『──!? てめ──』
『許せ……!!』
彼を止めたのは重傷の千冬であった。至る所の皮膚が焼かれた痛々しい彼女は見た目とは裏腹に俊敏な動きで彼の背後に回り背負い投げ、追撃に腹へ目掛けて拳を思い切り振り下ろした。
『ごばぁっっっ!?!?!? ……ア゛──』
音からしてかなりの重い一撃だったのだろう。彼は嘔吐した後にその場で気絶。それを確認した千冬は即座にISを部分展開、罅だらけの『葵』も同時に展開し切っ先で器用に引き剥がす。そしてそのまま砂浜へと投げ捨てた。例の爆発は何故か起動しなかった。
『? いや、もしや……』
これに疑問を抱いた彼女は『葵』で首輪を数回突付き、試しに先端で引っ掛け少し持ち上げる。それでも何も起こらず、ここで彼女は確信した。
『やはり、な。……柳を拘束する、連れていけ。『灰鋼』は我々で管理する。トングで拾うんだ、うんと長いヤツでな。決して生身では触るなよ。このISは……柳以外が触ると爆発するぞ……!』
『りょ、了解!』
そして今に至る。
『灰鋼』は教員が細心の注意を払い回収、今は別の所へ厳重に保管されている。どうやら生身で触れなければ爆発しないらしい。情報が無いにも関わらずこの事実に気づけたのは幸いであった。
一方の隆道は教員二人体制で監視。作戦本部で待機していた真耶と菜月はこれに抜擢、こうして彼の監視を続けている。
彼女達の持つ麻酔銃も彼を鎮静する為にある。幾度となく行った治療と検査、その過程によって出来た適正量の麻酔薬は彼の肉体を害する事なく無力化が可能である。現状、テーザーガンよりも遥かに効果的だ。
本来なら麻酔銃というのは医療行為に当たり、医師免許を持たない者が使用する事は出来ない。だがしかし、彼女達はIS学園の人間。特記事項によって問題は解決している。科学兵器禁止条約に違反もしないのである。
「…………」
あれから一時間以上も経つ。目が覚めた隆道は常にこの調子。現状の説明をしてもこれといった反応は無い。少しも動かないし全くと喋らない。まるで捨てられた人形の様にピクリともしない。
食事にも手を付けていない。爆睡で寝過ごした彼は朝食が取れず空腹の筈。昼時というのもあり昼食の用意はしたが、昨日のアホな食べっぷりがまるで嘘の様に全然と見向きもしない。今の彼は死人同然と言っても過言ではなかった。
「……ふぅ」
とても息苦しい。胸が張り裂けてしまいそう。いや、誰よりも辛いのは目の前の彼自身か。
隆道がいなければあの三人は助からなかった。いや、全員だったのかもしれない。誰よりも先に彼等を救助した彼を責める事など出来やしない。だからこそ、この状況に納得していない。
それでも、この対応は仕方が無いのも事実だ。彼の事だ、放っておけば何を仕出かすのか不明。それに最重要軍事機密も知られた、漏洩する前に対策を打たなければならない。納得出来なくともやるしかなかった。
これからどうなってしまうのか。作戦は失敗、一人目の少年は重体、二人目の青年は拘束状態、世界最強の千冬は重傷、天災が実妹に押し付けた特製の第四世代。
駄目だ。どう考えても良い方向に転がらない。どれも解決出来る気がしない。幾ら何でも問題が多過ぎる。思い付く策が一つも無かった。
「……?」
「?」
その時、突然と隆道に動きがあった。
彼は自身のポケットをおもむろに弄り、二つの物体──四角い紙箱と金属を取り出した。ソレに目を通すなり唐突に立ち上がり、側にある大窓を少し開けてまた座り込む。そこからの──。
「……あっ!」
──手持ちの紙箱から取り出す一本の煙草。
ソレを咥えるなり、手持ちのオイルライターで火を付ける。この男、あろう事か教師の目の前で喫煙をおっ始めやがった。ご丁寧に足元には水が入った茶碗まで。灰皿にするつもりだ。そもそもいつの間に持っていたのだ。
流石にこれは見過ごせない。そう思った菜月は彼に近づき、没収しようと手を伸ばす──が。
「ん」
「あ、ちょ……」
「んっ……フゥー……」
いとも簡単に躱される。
触れる直前で隆道は顔を傾けられ、菜月の手は虚しくも無を掴んだ。その手を流し目で見る彼は喫煙を止めない。吐き出す煙が部屋に行き渡り、二人の鼻を強く刺激していく。
非喫煙者の二人にとって煙草は害でしかない。それ以前に彼は未成年であり一生徒。教師である彼女としては許せない事である。故に、彼が火を消すまで注意を止めないつもりなのだが──。
「柳君、今すぐ消しなさい」
「…………」
「……あのね、貴方は未成年であって生徒なの。先生達としては止めて欲しい──」
「てめえらが『先生』を名乗るのか」
「──な……」
息が詰まった。
目覚めてから初めて呟いた一言。それは二人の心をこれでもかという程に深く抉った。
淡々としたその言葉に怒りは微塵も感じない。何時ぞやの憎悪も感じない。感じるのは一つ。
「てめえらがどれだけくそったれでもそれだけはやらねえと思っていた、それだけは期待してた。けどやったな、やりやがったな……」
──『失望』──。
「「────」」
言葉の意味が伝わる、嫌でも伝わってしまう。それ故に言葉が出てこない。何か言おうにも彼の言葉が脳内で何度も反復されてしまう。
「ガキのあいつらが戦って……大人のてめえらは戦わねえってか。本っ当に、ひでえ話だ……」
隆道は心底と許せなかった。一夏達を軍用ISと戦わせた彼女達を。子供を戦地へ送った大人を。
セシリアは別にいい。以前、国家代表候補生は非常時を想定した訓練もするとシャルロットから聞いた。だからこそ気にしないし、そもそも嫌う人間であるのだからどうなろうと構わないのだ。勝手に戦えばいい。
しかし──一夏と箒だけは駄目だ。この二人は国家代表処か代表候補生ですらないズブの素人。本来、こういった非常時とは全くと無縁の人間。演習でも試合でもない、死と隣り合わせの実戦に彼等を行かせるなど狂気と言う以外何と言うか。
最終的に決定を下したのは千冬だ。が、彼女は彼等を出すのを渋っていたと聞く。結局出撃する羽目になったが、彼等と共に出撃し、交戦の末に箒を庇って重傷を負った。ざまあみろとは思ったものの、それとは別に少なからず評価は出来る。
非常事態なのは充分に理解している。後がない状況だったのも理解している。一夏と箒が作戦に志願したのも聞いた。
だからどうした。
彼等を守るんじゃなかったのか。
理由があれば、子供が望めば戦わせるのか。
それを止めるのが──大人ではなかったのか。
過程や理由がどうあれど関係無い。促したのはお前達だ、そうさせたのはお前達だ。
柳隆道は許せない。厄介事を強いた大人達を。箒に専用機を無理矢理与えた天災を。少年少女に任せて戦おうともしなかった教員を。
目の前の二人が──本当に、許せない。
今、隆道がやれる事は一つ。カス同然となった気力を振り絞り、彼女達を罵倒するのみ。
こんな事をしても意味は無いのかもしれない。二人を責め立てるのは筋違いなのかもしれない。これは八つ当たりなのかもしれない。
だとしてもだ。このドロドロと化した言い様のない想いをぶつけたい、その一心で口が動く。
「『軍用』ねえ。はんっ、こりゃ傑作だな。ISはスポーツだなんて全否定されてんじゃねえかよ。なーにーがISは兵器じゃねえだ、パートナーだ。暴走するのがパートナーか? 馬鹿じゃねえの。ふざけるのも大概にしとけよ」
「う……」
「……篠ノ之の顔を見ただろ。あんなに叫んで、あんなに泣いて、あんなにスッカラカンに……。そりゃ叫ぶさ、泣くさ、気力なんて失くなるさ。好きな男がボロカスにされちまったんだからな。篠ノ之が、織斑が何をしたってんだ……」
「「…………」」
「てめえらが勝手に戦って勝手に殺られちまえば良かったんだよ。なのに、勝手に期待して……。どんだけ専用機を過信してんだ、盲信してんだ。あいつら二人は……ついこの間まで、ふっつーの中学生だったんだぞ……? てめえら何なんだ、頭狂ってんじゃねえのか……?」
反論は──出来ない。
幾ら一刻を争う事態であろうと、幾ら上からの指示であろうと、子供を戦わせた時点で罪深い。絶対に、決して許されはしない。許されるなら、世界は今度こそ終わっている。
この事実は絶対に覆せやしない。自分達大人は──一線を越えたのだ。
「……まあ、もうどうでもいいわ。どっちにしろ俺は追放待った無し、研究所送り確定だろうよ。口封じにバラされたりして。それも良いかもな。良かったな、悩みの種が一つ減って。……フゥ、だからコレぐらいは許せよ。最後の晩餐ならぬ、最後の一服ってか? ハハッ」
「……柳く──」
「ああ、そうそう。どうせ俺の人生は終わりだ。だから……最後にこれだけ言わせてくれ」
「「? ……!!」」
隆道はその暗い瞳をゆっくり動かし、菜月達に向ける。全ての『負』を煮詰めたであろうソレは彼女達を完全に硬直させていった。
彼は物静かに、はっきりと言葉を吐き捨てる。それは、かつて彼女達が感じたものよりも遥かに惨烈で、そしてあまりにも──。
「憶えとけ。てめえらは許さねえじゃ済まねえ。嫐られようが実験台にされようが解剖されようが俺はてめえらを忘れねえ、絶対に忘れやしねえ。最後の最後まで憎んでやる、憎んで死んでやる。死んだ後も憎んでやる。先に地獄で待ってるから覚悟しろよ」
──強過ぎる『
同時刻。花月荘、作戦本部。
薄暗い室内、その中央に浮かぶ大型の空中投影ディスプレイを囲むのはISスーツを着る女性陣。その中でも目立つのはジャージ姿の女性が一人。
「織斑先生!! 今は安静に……!!」
「私の事は……心配、するな。それより、現状を何とかせねばならん……」
その女性は片目と口以外を包帯で埋め尽くした状態の千冬。教員の声に聞く耳持たず、先程からずっとディスプレイを注視している。
彼女が戻ったのはつい先程である。怒り狂った隆道を鎮圧した後直ぐに一夏を最優先で治療し、自身も治療した後は真っ先に作戦本部に戻った。この女、タフ過ぎではないか。本当に人間か。
「あの……織斑君は……」
「……幸いにも、致命領域対応が働いてくれた。『白式』のエネルギーが回復次第目を覚ますさ。だが……肝心の『白式』がかなり損傷している。今日一日はまず無理だろう……」
「そんな……」
一夏の受けたダメージは致命傷に等しいもの。だが、そこはISの最大の保護機能──絶対防御の致命領域対応が救った。ダメージを受けた箇所が主に背中だったのも大きい。これが頭か胸ならば保護機能は働かずに死んだかもしれない。現に、隆道は胸に直撃して心臓震盪を起こした。本当に運が良かったとしか言い様がない。
二度と目を覚まさない──という訳ではない。彼はISの補助を深く受けた状態、言わばISにより命を守られている。エネルギーが回復すれば彼の意識は直ぐに戻る筈である。
とは言うものの、彼のIS──『白式』の現状はダメージレベルD寄りのCだ。損傷が激しいからか充填がままならない。自己修復速度も少々遅い。最低でも明日以降であろうと千冬は推測した。
「……くそっ」
今日以上に最低な日があったであろうか。
負傷者を出してしまった。よりによって生徒を──最愛の弟を。絶対に怪我させまいとあれだけ意識していたのに、結果がコレだ。
弟だけではない。箒も傷付けてしまった。彼の眠った姿は、かつて目の当たりにした隆道の死と重ね合わさったのだろう。撤退後も常に彼の側を離れず、枯れるまで泣いていた。
死ぬ事は無い、何れ目を覚ますと説明はした。箒は少しばかり安堵の表情を見せたが──それも束の間、今度は自分を責め始めた。
私のせいだと、私がしっかりとしないからと、壊れたラジオの様に何度も、何度も、何度も。
堪らなくて仕方がなかった。逃げ出したい程に堪らなかった。弟の痛々しい姿も相当にきたが、彼女の姿も胸が抉られそうな位にきてしまった。
こんな事になってしまったのは誰のせいだ?
チャンスを水の泡にした一夏か? ISの管理を怠った箒か? 作戦を提案した束か?
──違う。
──私のせいだ。
実戦経験なんて無い彼等を、素人を、生徒を、身内を戦いに駆り出したのは他でもない自分だ。腐れ縁に抗わず決定を下したのは自分だ。彼等に──子供達に罪など少したりとも有りはしない。全ての責任は自分にある。
「……これで何度目だろうな」
もう一つ思うのは、自分達を誰よりも真っ先に救助しに来た隆道。後先考えない行動とは言え、彼のお陰で誰も死なずに済んだ。その後の行動はとても許されないものではあったが。
他人の為に動き、他人の為に怒り、他人の為に命を投げる。彼がいたからこそ、助かった人達がいた。救われた人達がいた。限定的ではあるが、彼の持つ優しさは紛うことなき本物だ。
可能であるならば拘束などしたくはなかった。だが、そうでもしないと被害は拡大してしまう。状況を整理する為に今だけは大人しくして貰う。処遇を決めるのは後回しだ。酷い仕打ちと思うが今はこうするしかなかった。
私情など挟めない。任務を遂行するしかない。それが自身に課せられた使命なのだから。
「織斑先生……?」
「いや、すまない。……それで、『銀の福音』の現在地は」
「……目標は先程発見しました。ここから南東に三十キロ離れた沖合上空、海上二百メートル程で停滞中です。現在は潜伏モードですが光学迷彩は装備していない模様」
そう言って教員はディスプレイを少し操作し、千冬の前に位置情報と映像が映し出されていく。
中央に見えるのは『銀の福音』。膝を抱く様に身体を丸め、頭部から伸びた銀翼の翼は守る様に包んでいた。まるで胎児の様に。
「停滞……? 今も動いていないのか?」
「はい。全く」
おかしい。何故動かない。何故姿を曝け出したままなのだ。これでは見つけてくれと言っている様なものだ。何かが引っ掛かってしょうがない。
まさか、誘っているのか。だとしても何を。
「……それともう一つ。密漁船の事ですが……」
「ん? ああ、奴等がどうした。全く、アレさえいなければ成功したかもしれんというのに……。いったい封鎖を怠ったのは誰──」
「いなかったんです」
「……ん? 今何と?」
千冬は首を傾げた。彼女は今何と言ったのか。想定外の言葉に到底理解が追い付けなかった。
「ですから、
「何……?」
「映像記録には確かにいました。各センサーにも反応は記録されています。四人のIS全てにです。それでも……彼処には一艘もいませんでした」
「馬鹿な……!?」
有り得ない。絶対に有り得ない。
間違いなく彼処には密漁船がいた筈だ、千冬もこの目でしかと見ている。密漁船がいたからこそ今回の任務は失敗してしまったのだ。
そんな納得がいかない彼女を尻目にし、教員は次々に画面を表示させていく。そこには、確かに密漁船が映る映像、生体反応、動体センサー等の証拠がずらりと並んでいた。
それでも──いなかったと語る。
「捜索は抜かりなく行いました。沈没した形跡も無し。船は見つからない、人すら見当たらない。有り得ますか? ISでも発見が出来ないなんて。これではまるで……」
「『
それも有り得ない。
一人ならまだしも、全員が密漁船を確認した。途中から現れた隆道の『灰鋼』にも密漁船を見た記録は残されている。全員が同じ幻覚を見たなどあまりにも現実的ではない。
ハッキングの類いかと考えたがそれこそ無い。もしそうならば『灰鋼』の『A.S.H』が働く筈だ。それ以前に自分なら確実に気づく。
ますますわからない。密漁船は何処へ行った?
「こんな時こそ篠ノ之博士がいれば……。何処に行ったんでしょう」
「やめとけ、あいつには関わらない方がいい」
束はいつの間にか姿を消していた。
此方の事などお構い無しに現れ、好き勝手して満足すれば消えていく。昔から何も変わらない。
今回もそうだ。妹に争いの火種にしかならない第四世代のISを与え、厄介事に首を突っ込むだけ突っ込んで後の事は知らんとばかりに消える。
彼女に振り回されてから二十年近くにもなる。今までは諦めが勝っていたがもう許しはしない。次に出会ったら必ずや取っ捕まえてやる、今まで苦労した分の責任を取らせてやる。
「────」
「────!!」
「……む?」
束を捕まえたらどうしてやろうかと思考の海に沈もうとしたその時、遠くから騒ぎが聞こえた。その方を向くと、誰かが口論している様子が。
「ちょっと、こんな時にやめなよ……」
「シャルは黙ってて。ねえあんた!! も、もう一度言ってみなさいよ!!」
「だーかーらーさー。私はやる気ないってばぁ。やりたきゃそっちで勝手にやればぁ?」
「何やってるんだあの馬鹿共ぉ……」
千冬は天を仰いだ。
片や、剣幕でまくし立てる鈴音。片や、心から面倒臭そうにだらしなく佇む日葵。激昂する者と物臭な者という非対称がそこにはあった。鈴音の側にはシャルロットが一人、セシリアとラウラはISを調整の為不在である。
シャルロットが宥めようとしても鈴音はまるで聞き入れやしない、完全に頭に血が上っている。この非常事態に彼女達は何をやっているのだと、千冬は頭痛と身体の軋みに耐えながら彼女達へと近づいていく。あの馬鹿共には説教せねば。
「あんた、代表候補生でしょ!! 専用機だってあるでしょ!! 非常事態なのよ!? 今!! 戦わなくてどうすんのよ!! そんなワガママが許される様な立場じゃないでしょ!?」
「そんなの知ーらない。てーいうかさぁ……別に政府から命令受けてる訳じゃないしぃ、こっちに来なけりゃどうでもいいかなぁ。この作戦は強制参加じゃないでしょぉ? 出る訳無いじゃんか。それに痛いのはやだもんねぇ、イヒヒッ」
「……ッ!! あんた……戦うべき時に戦えない臆病者か……!!」
「……ごめんねぇ、戦う覚悟なんて無くてさぁ。勇敢な、き、み、が、本っ当に羨ましいなぁ~。あー凄い凄い!!」
「ッ~~!!」
これでもかと煽りに煽る日葵。鈴音はその拳を強く握り締め、身体をワナワナと震わせていく。
『銀の福音』が停滞している今が好機である。これを逃すまいと代表候補生全員を集め、一気に決着を付けようと鈴音は考えていた。
一夏が倒されて泣きたいのは箒だけではない。彼女もまた、悲しみでどうにかなりそうだった。とても辛く、気を抜けば張り裂けそうな程に。
それでも、今だけは許されない。せめて任務を終わらせるまでは決して泣かないと決めていた。
なのにだ。目の前の狂人が、それを揺さぶる。ぐちゃぐちゃに引っ掻き回していく。折角恐怖を圧し殺していたのに感情を逆撫でされてしまう。恐怖よりも──怒りが沸々と込み上げてくる。
「でも無理無理ぃ。だってさぁ、織斑せんせーも堕ちたじゃん。誰も勝てないってぇ。アメリカに任せない? 元々は向こうの責任なんだしさぁ。何でそこまで堕とすのに拘るのぉ?」
「…………」
「あれぇ? ま、さ、か、織斑君の敵討ちぃ? アッハァッ! ホント馬っ鹿じゃないのぉ!? それこそお前の我が儘──」
「──ッッッ!!!」
キレた。鈴音は遂にガチギレした。
彼女の手が反射的に動く。誰かが静止する前にその手は一直線に日葵の頬へと目掛けて──。
「──あれっ」
──それは当たらず。
「……いたっ」
鈴音の手はいつの間にか払い除けられていた。何故だか右頬がヒリヒリ痛み出す。手首も痛い。どうしてと疑問で満ち溢れて硬直してしまった。
そう、彼女は逆に平手打ちを受けていたのだ。動体視力が追い付かない程の速度で薙ぎ払われ、そこから流れる様に反撃された。
近くにいた筈のシャルロットも何が起きたのか理解出来なかった。それを捉える事が出来たのは──千冬ただ一人。
「……あのさぁ」
「何──ひぃっ!?!?」
言葉が詰まった。身動きが取れなかった。
「新人風情の雑魚が随分と調子に乗りやがって。この私に歯向かうなんていい度胸だな」
「────」
『蛇に睨まれた蛙』ということわざがある。
非常に恐ろしいもの、逃げる事も手向かう事も出来ずに身体が竦んでしまう事の例え、である。今、正に鈴音はそれに当て嵌まっていた。
あまりにも強烈で凄惨な"負"の塊。眼力だけで人を殺してしまいそうなソレを目前にした鈴音は勿論、宥めようとしてたシャルロットも、周囲の人間も、千冬も息を止めた。
「我が儘が許される立場じゃない? 臆病者? 何様だお前は。発破を掛けたつもりか? なぁ。癇癪起こすわ私闘するわにーにや私に怯えるわ。何自分の事棚に上げてんだ。お前の方が我が儘で臆病者だろうが。よくも代表候補生になれたな。あのドイツ人が言ってた事は正しかったか」
「っ……ぃ……」
「よく聞けよ中国人。ここで代表候補生の全員が出撃したとしてだ、その先を考えた事あるか? 万が一仕留め切れず逃がしたらどうする、ここに向かって来たらどうする。いったいどーこの誰が防衛するんだよ? 自衛隊か? 国家代表か? IS学園に応援要請でもしてみるか? ただでさえ重要軍事機密って爆弾を抱えてんのに大怪我した織斑君やにーにの事もあるんだぞ。もしバレたらどう説明するつもりだ、お前が責任取るのか? 少しは考えろよ脳筋が。そんなんだから数だけの能無し国家なんて言われるんだよ」
「……わ、私、達が、ぜ──」
「まさか全員で掛かればいけると思ってるか? 根性があれば、仲間を信じれば強敵に勝てる? スポコン精神を実戦に持ち込んでんじゃねぇよ。じゃあどうする? ここの先生を駆り出すか? 出せる訓練機なんて一機も余っていないのにか。それなら篠ノ之さんを引っ叩いて活を入れる? 無理に決まってるね、アレじゃロクに戦えない。なら絶賛おねんね中の織斑君でも叩き起こす? まぁ出来ないしやろうともしないだろうけども。それとも……捕まってるにーに? ……はぁ? IS無しでどうやって戦うんだ。手に負えないからIS取り上げて拘束しているんだろうが。やっぱり人手欲しいんでアレコレ理由付けて返すだなんて言わないよな、私達と一緒に戦ってくれだなんて言わないよな。なぁどうなんだ、どうするんだ、答えろ。おい、人の話聞いてんのかくそったれ。お前に、し、つ、も、ん、し、て、ん、だ、よ」
殺意の重圧、畳み掛ける言葉の暴力。反論など許さないソレは少女を徹底的に追い詰めていく。抗ったら最後、一瞬にして"死"を迎えてしまうと全員に錯覚させていく。
誰しもが日葵を人として見れなくなっていた。今、そこにいるのは人語を話す──。
「失せろ、目障りだ。お前達で勝手に戦ってろ。私抜きで何とかしろよ」
──『怪物』だ。
「……いい」
「はぁ? もう一回」
「もういい……! あたし達だけでやる……!」
鈴音は
もう、無理だ。コレになんか立ち向かえない、逃げるしかない。でないと発狂してしまう。心が壊れてしまう。自分が自分でなくなってしまう。
ヘタレと言われても良い、臆病者と言われても良い、馬鹿にされようと罵られようと構わない。コレに歯向かってはならない、二度と関わってはいけないと身を持って理解した。
彼女にしてはかなり奮闘した方であろう。すぐそこの『名状しがたい悍しい怪物』が自分自身を食い殺そうとする様に見えていたのだから。
「あっそ。……んもぅ、最初からそう言ってれば良いんだよぉ。せっかちさんなんだからぁ」
豹変。
日葵から漏れ出していた殺意は嘘の様に消え、気がつけばいつもの満面の笑みに変わっていた。何なんだこの少女は。切り替わりが早過ぎる。
対する鈴音は今にも泣き出しそうな雰囲気だ。身体を小刻みに震わせ、唇をずっと噛んでいる。今は僅かな気力だけで耐えているのだろう。
「頑張ってねぇ、私はお留守番してるからさぁ。もしこっちに来た時は出てあ、げ、る、か、ら」
完全に気分を良くした日葵は鼻歌を歌い始め、軽快にスキップしながら廊下へと向かっていく。誰一人として彼女を咎めようとはせず、寧ろ逆に距離を離していった。関われば自分もやられる、そう直感が働いた故にだ。
「待て篠原!! 何処へ行く!?」
「おトイレでーす。直ぐ戻りますねぇ」
千冬の静止に振り向きもせず、日葵は部屋から出ていく。追い掛けようとする者は当然いない。静寂の空気の中、聞こえるのはエアコンの静かな駆動音のみであった。
「「「「「……はぁっ」」」」」
全員が一気に脱力した。
緊張感も協調性の欠片も無い。深刻な事態でも率先して対処しようとはせず、かと思えば状況を充分に理解している。本当にわからなくなった。日葵という人間が何を考えているのか。
わからない事と言えばもう一つ。何故、彼女は彼処まで出撃を拒否するのだろうか。ISの性能はトップクラス、実力もトップクラス。悔しいが、彼女一人でもこの作戦は簡単に終わるであろう。少なくとも千冬はそう認識している。
ちぐはぐ過ぎるのだ。誰だろうと構わず喧嘩を売る性格の癖に今作戦には一向に出たがらない。実力はあるのに大っぴらには見せびらかさない。大いなる権力を持つ人間なのに振りかざした噂は今のところ一つも聞かない。
何を考えているのだ。目的は──何なのだ。
「ぐすっ……。うぅ……」
「恐かったね。辛かったね」
「あいつ、大っ嫌い゛……!!」
「あーよしよし」
「…………」
一先ず、日葵には期待しない方が賢明だ。今は現状打破が最優先である。その為には出撃可能な代表候補生達を集めなくては。
「……デュノア。オルコットとボーデヴィッヒにISの調整が終わり次第作戦本部に戻るよう連絡を頼む。凰が落ち着いてから次の作戦を立てるぞ」
「は、はいっ!」
これ以上失敗は許されはしない。何としてでも作戦を成功させなければ。
その一方で。
「フンフフンフフーン♪」
廊下を一人歩く日葵。未だご機嫌の彼女は腕を後ろに組みながら軽快な足取りで目的の場所へと向かっていた。しかし、何か様子が変だ。
「フーンフーン……フーン……」
奏でる鼻歌は徐々に静かとなり、その足取りも進む度に次第に落ち着いていく。笑顔も少しずつ消えていき、そして遂に──。
「…………」
雰囲気が変わった。
いつもの張り付いたような笑顔は無い。時折と見せる無表情でも、先程見せた殺意全開な悍しい表情でもない。もう一つの顔が見えた。
それは険しい表情であった。眉間に皺を寄せ、眼球の動きだけで周囲を見渡し、組んでいた腕もいつの間にかほどき、姿勢もすらりとしていた。何処から見ても普段のしまりない彼女から想像が出来ない姿。別にセシリアの様に優雅ではない。言うなれば──。
──『兵士』──。
身近な例えではラウラが最も近い。 しかしだ、彼女の目付きはラウラの比ではない。幾度となく戦場を渡り、多くの死を見てきたかの様な冷たい瞳は見る者を別の意味で硬直させるであろう。
面構えが他の代表候補生とは訳が違い過ぎる。スポーツマンシップに則る者や国家公認アイドルとして活躍する者とは別世界の人間かに思える。たかが十五六歳の少女が、だ。本当に何者だ。
「……?」
歩く事、暫くして。廊下の向こう側から一人の着物姿の女将──景子が見えた。ここは旅館だ、いても何一つ不思議ではない。
女将は此方を見るなり丁寧にお辞儀をし、気品ある足取りで横を通り過ぎる──と思いきや。
「「…………」」
女将は日葵の真横で静止した。そして、彼女の耳元まで顔を近づけ──。
「……篠原様宛てのお荷物は
「ありがと」
「いえいえ、そんな。まさか、貴女の様なお方がこの旅館を支援して下さるとは……」
「いーの、これからもよろしく。近い内に部下を連れてくるから、その時はうんと持て成してね」
「はい、勿論です。……今後も、花月荘を宜しくお願い致します」
囁く様に言葉を交わし、二人は再び歩き出す。日葵はそのまま近くの御手洗い──には行かず、奥へ奥へと進んでいく。更に進んでいき、遂には関係者以外立入禁止の廊下にまで入っていった。向かう先は──。
「……ふむ」
──従業員専用の御手洗い。
一般客が立ち入る事など一切と無いこの場所で日葵は何をしようというのか。
周囲を確認し、彼女は奥へ入っていくや否や、一直線に数ある内の扉の一つ──清掃道具入れの扉を抉じ開ける様に勢いよく開ける。そこは用を足す所ではないのだが何をするつもりなのか。
「見っけ」
そこにあったのはブラシ、雑巾、青いバケツ、そして──一個のアルミケース。
明らかに場違い過ぎる物があったが、どうやらこのケースがお目当てだった模様。彼女はソレを取り出し、今度は別の扉を開けて中へと入った。
「さて。……んしょ」
便座に座るなり、彼女はケースのロックキーに触れ、素早く解除していく。直ぐにカチリと音が響き、ゆっくりと開いて中を見つめた。
中身は無線機が一つだけ。だが、その無線機は市販されている特定小電力無線機ではない。
「…………」
それは軍用無線機だった。彼女は無線機を所々弄りつつ付属のワイヤレスイヤホンを耳に掛け、まるでゲーム機に没頭するかの様に弄り続ける。久し振りの操作なのかぎこちなく、手こずる度に段々と眉間の皺が増えて歯軋りまでしだす。
「あー……こう、だっけ……。くそっ……」
とにかく普通ではない。ラウラの様な軍人ならともかく、そういった経歴が無い彼女がこの様な無線機を使うなど。代表候補生ならばそういった訓練もあるかもしれないが何か違う気がする。
いや、誰もが知らないだけなのかもしれない。彼女が何者なのかを。
弄る事、約一分。漸く操作を思い出したのか、彼女は無線機を弄り終えて口元へと近づける。
「オッケ。……あーあ、面倒だなぁ。ホントもうやだぁ。……こちらヴァルキリーBO、応答願う」
『…………』
「こちらヴァルキリーBO、応答願う」
『……君か。四ヶ月振りだな』
「お久し振りです、高官」
聞こえたのは機械音声。性別すら判断出来ない声は辺りを不気味にさせていった。相手は上司が故か、彼女の態度はIS学園では絶対に見掛けない珍しいものであった。
『この通信は非常時以外は使用するな、私は君にそう言った筈だが。君は今、臨海学校だろう? 理由は何だ。私を納得させてみせろ』
「篠ノ之束が現れました」
『……何だと?』
「それだけではありません。奴は最新型のISを、第四世代のISを妹の篠ノ之箒に与えました」
『…………』
沈黙。
淡々と発言する日葵に、相手は暫し沈黙した。十数秒程の時間が経ち、溜息の混じった声が再度発声される。
『なるほど。SNSの噂はデマではなかった、と。全く……やってくれたなあの小娘……!!』
相手から感じたのは呆れと怒り。机でも叩いたのか、通信からは大きな物音が響いてくる。
束の出現は直ぐに拡散された。部屋で待機中の生徒がSNSで広め、今や世界中が注目している。既に花月荘の周辺にはマスコミ共が働き蟻の如く群がっていた。ほとぼりは暫く冷めないだろう。
『毎度毎度……!! どれだけ大人を困らせれば気が済む──いや、待て』
突然、相手は冷静になった。彼女の報告に一つ疑問が浮かび上がったからだ。
確かに、三年間も失踪していた束が突如として現れたのはどの大スクープよりも遥かに大きい。我先にコンタクトを取ろうとする者は大勢いる。第四世代も同じく世間を騒がせるのには十二分。
しかし、この二つの情報は何れ公になるもの。今、情報を与えたところで何も意味は無いのだ。いちいち無線機を使う理由が無い。
目的はそこではない。別にある。
『態々この報告をする為……ではないようだな。君がそんな無駄な事をするとは思えん。では?』
「『月夜作戦』の凍結解除を要請します」
『……何故かね。今はそれどころではない筈だ』
「奴は『月長石』を狙っています。近い内に……いえ、直ぐにでも動くでしょう」
『……!! …………』
今度は驚愕。相手はそれぞれの意味深な単語を理解しているのか、唸りが通信越しに聞こえる。何やらとことん悩んでいる様子であった。
が、それも直ぐに終わる。
「決して憶測ではありません、確信しています。もう野放しには出来ません。放っておけば更なる被害を被るかと。どうか」
『……そうか、我々は小娘を甘やかし過ぎたか。好き勝手させ過ぎたようだ。これ以上は危険か、はぁっ。……それで、君の方はどうなんだ』
「はい、既に準備は整えています。ご決断を」
『……いいだろう、我々としてもこれ以上我慢は出来ん。マスコミ共は我々の方で対処する、君は存分に暴れたまえ。では、『月夜作戦』の凍結を現時刻をもって解除する。健闘を祈るぞ』
「了解、通信終了。……ヒヒッ」
通信を終え、無線機の電源を切る彼女は一気にほくそ笑む。これで目的に一歩近づいたと。
準備は完了している、許可も下りた。あとは、行動を起こすだけだ。
「さーて、どう料理してやろうか──」
──その刹那。
「!!!」
いきなり彼女は身を屈め、個室から飛び出す。タイルを転がり回り、壁にぶつかると同時に即時体勢を立て直す。そこから瞬時にと胸元を大きく開け──拳銃を取り出して扉に向けて三発発砲、扉のど真ん中に命中した。
「……!!」
狭いトイレに反響する銃声。しかめっ面で耳を押さえる彼女は扉から目を離さない。その個室は彼女以外何もいない筈だが──。
「駄目だよ、ひまちゃん。こんな所で拳銃なんてぶっぱしちゃったら」
「!!」
いた。
誰もいない筈の個室から聞こえる女性の一声。風穴が空いた扉は軋む音と共にゆっくりと開く。そこにいたのは、紛れもない奴が。
「クソ兎ぃ……!!」
「…………」
そこに佇むのは天災──束。
一人しか入れやしない個室。間違いなく弾丸は束の胸辺りを通った。しかし、当の本人は全くの無傷。彼女の足元には──潰れた三発の弾丸。
もうおわかりだろう。束に銃は通用しない。
「ッ!!」
それでも日葵は構わず発砲。一発の弾丸は束の眉間へと一直線に向かう──が。
「!」
直ぐに躱される。
二メートルも満たない至近距離。にも関わらず束は日葵の射撃を躱し、即座に懐へと入り込んで拳銃を抑える。
「うあっ!?」
そこからの背負い投げに酷似した投げ飛ばしが日葵を襲う。彼女は宙に浮いてしまい、そのまま窓際の壁に叩き付けられた。
「この……──っ!?」
無駄だと理解しても再び銃を構える日葵。が、その拳銃はもう使い物にはならない。
彼女の拳銃は
あの一瞬で銃を分解された。工具も使わずに。おまけに束の手には予備の弾薬も握られている。
ほんの一瞬。束は日葵を投げ飛ばしたと同時に拳銃を分解し、弾薬も全て掠めた。これでも束は本気など出していない、準備運動ですらない。
これが篠ノ之束だ、これが天災の強さなのだ。これこそが──『
「くそったれ──ぐぅっ!?」
日葵は体勢を建て直そうとするが、もう遅い。束に首を掴まれ、押さえ付けられた故に身動きが取れない。両足までも絡まれてしまった。
銃は効かない、格闘術も向こうが格上。ならば残された手段はISのみ──なのだが。
「……!? 展開、出来ない……!?」
「ここのトイレにちょこっと細工を、ね……! 音響を遮断するシールドも張ったから外からじゃ何も聞こえない、よ……!」
「この……!!」
道理で人が来ない訳だ。ここまで騒ぎがあれば誰かしら来るかと考えてはいたが、流石は天災。準備は万端だったという事か。
もう、日葵に出来る事は何も無い。幾ら強者の彼女であっても──生身では天災に勝てない。
「我慢してね……! 外してあげるから……! だから、だからあとの事は、任せて……!!」
「こ、の、クソ兎ィィィィィッッッッッ!!!」
直後。
「──うぉっ!?」
突然、束の目の前で凄まじい音が響き、同時に火花が散った。何かが衝突したのか、束の前方に一瞬だけシールドバリアーが浮かび、衝撃により後方へ軽く吹き飛んでしまう。
予想外の出来事に束は驚愕した。何が起きたと周囲を見渡すと──。
「……!?」
見えたのは、日葵の頭上に出来た二十ミリ程の歪な穴。足元に転がるのは銀色の尖った物体が。これの意味する事はたった一つ。
「狙撃……!! もうここに──」
その時、束の動きが止まった。
何故、束は動きを止めたのか。それは、日葵がいつの間にか持つ、ある代物に目がいったから。
それは──手榴弾。束は止めようと接近するが一足遅かった。日葵は既にピンを抜いている。
「はいドッカン」
──もう、直ぐそこまで来てる……!!
──私が、私がたっくんを守るんだ……!!
──ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッッ!!!
──作成中断、緊急展開準備──。
──行けぇっっっ!!!
──『WALKER』展開──。
──や、やった……。やっと出来た……。
『…………』
──ああ、やっぱりまだ早かったかなぁ……。でも、もう時間がない……!!
『…………』
──お願い、私を連れてって……!!
『……PiPi』
めっちゃ遅くなりました。許して……!
展開とか描写とか食傷気味でしょうがどうか勘弁してください。全部今後の展開に必要なんです、どれも省けなかったんです、作者の実力不足ですぅ……!