IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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残業祭りで何度も力尽きたのでやっぱり遅れた。

※またもや文字数二万千。

※山田先生推しの方、サーセンした。

※所々雑な描写。これ以上は体力と精神の限界。


第五十三話

 ……ここは、何処だ? 砂浜……?

 

 ──~♪

 

 ……あれ? 俺、何してたんだっけ……。

 

 ──~♪ ~~♪

 

 ……? 声が聞こえる……。歌……?

 

 ──~~♪ ……? ああ、貴方は……。

 

 ……女の子……? こんな所に一人……?

 

 ──やぁ。漸く……会えたね。

 

 ……誰……? いや、違う。俺は……この子を知ってるぞ……? 

 

 ──何て言えばいいかな、こういう時は……。ええっと……初めまして?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻、十三時十三分。

 周囲は青一色。上は雲一つとて無い快晴、下は波の音だけが穏やかに聞こえる大海原。そして、その間の海上二百メートルにて静止する──。

 

『…………』

 

 ──『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』。

 

『…………』

 

 胎児の様に踞り、その身体を守る様に頭部から伸びる銀色の金属翼──『銀の鐘(シルバー・ベル)』が包む姿は神々しくも見える。

 しかし、その実態は『敵を殲滅する為のIS』。競技とは真逆の目的によって作られた『兵器』。 決して公に出来ない、存在してはならない存在。

 笑い話もいいところだ。ISはスポーツなんだ、兵器じゃないんだといった戯れ言等をほざく者を真っ向から全否定するISがここにいるのだから。

 人々は言うであろう。これは単なる側面だと、間違った使い方だと、本来は宇宙へ行く為だと。

 

 

 

 詭弁だ。平和ボケした上っ面の綺麗事だ。

 

 

 

 これこそが本来の在り方だ。『白騎士事件』がソレを証明し、立証した。開発した束本人ですら現行兵器を凌駕すると断言した。皆がその事実に目を背けているだけに過ぎない。己に都合の良い所だけを記憶し、美化しているだけに過ぎない。でなければ女性の過度な優遇は有り得なかった。男性に対する行き過ぎた虐遇は有り得なかった。昨今の凶悪な性差別社会は有り得なかった。

 最早、使い方どうこうの話では済まないのだ。別の物に置き換えた例など何の意味を持たない。程度の低い言葉の羅列など愚の骨頂である。

 世界のパワーバランスをごっそり変え、現在の差別社会を作り上げた元凶はISだ。それなのに、世間が選んだのは糾弾ではなく心酔。狂信の域に達した者もいる。愚かと言わず何と言うのか。

 何故、ISは競技として扱った? 何故、男性の人権を侵害してまで女性に特別な待遇をする? 何故、各国は一機でも多くISを欲しがる?

 

 

 

 ──恐れているからだ。

 

 

 

 もしも、他国がISで攻めてきたらどうする? ISを用いてテロや国家転覆等を企てられたら? そういった時に──ISが少なかったら?

 答えなど最初から出ている。宇宙だの競技だの自国の防衛だの、その様な取り繕った上辺だけの言葉を幾ら並べたところで無駄だ。

 誰がどう主張しようと反論しようと、根本的なモノは絶対に変えられはしない。故に理解せよ。

 

 

 

 

 

 ──ISは『究極の機動兵器』であると。

 

 

 

 

 

『……?』

 

 ふと、『銀の福音』は顔を上げた。その視線の先には何もいない──が。

 

『──ッ!?』

 

 ──直後、何かが頭部を直撃した。轟音と共に衝撃が襲い掛かり、爆炎に飲み込まれた。

 

『敵機確認、排除行動へ移行』

 

 しかし、それも一瞬。無機質な機械音声と共に爆炎は衝撃波によって一気に掻き消され、ソレを生み出した『銀の福音』は一切と脇目も振らずにある場所へと爆速で一直線。その先、約五キロ。そこにいるのは──。

 

「こちらボーデヴィッヒ!! 目標に命中!! 攻撃を続行する!!」

 

『こちら本部了解。……頼んだぞ』

 

「了解!!」

 

 空中にぽつりと目立つ漆黒のIS。そのISを纏う銀髪の小さき操縦者──ラウラが一人。この場に彼女がいる理由はただ一つ。

 

「そうだ、来い。こっちに来い……!!」

 

 

 

 ──『銀の福音』の撃墜。

 

 

 

「食らえっ!!」

 

 ラウラは急速接近してくる『銀の福音』に怯む事なく声高らかに攻撃を放った。()()()()()()

 

 ──砲戦換装装備『パンツァー・カノーニア』──。

 

 通常の装備とは大きく異なり、レールカノンを二門。更には遠距離からの砲撃、狙撃対策として四枚の分厚い実体シールドが左右と正面。そして反動対策の為に両脚に展開した巨大なアイゼン。P.I.Cの応用により空中で完全に固定されていた。

 これにて、『シュヴァルツェア・レーゲン』は完璧な砲戦仕様となっていた。基本装備である『リボルバーカノン』より単発の火力は低いが、二門に増えた事で攻撃能力は単純に増加した。

 増加した、のだが──。

 

「ちぃっ!」

 

 『銀の福音』にはあまり関係なかった模様。

 銃身が焼き切れる勢いで連射はしてるものの、全く当たらない。躱され、撃ち落とされ、合間に無数のエネルギー弾が飛んで被弾してしまう。

 盾のお陰で機体にダメージは入らない。だが、それも長くは続かないだろう。止まない爆発音と機体からの警告がラウラの焦りを煽り立てる。

 

 ──敵機急速接近、回避せよ──。

 

 ──シールド耐久値、80%、70%、60%──。

 

(四千……三千……駄目だ! 予想より速い!)

 

 瞬く間に距離は千メートルを切り、銀色の腕がラウラの首に迫り来る。躱そうにも機体のP.I.Cは装備の仕様上、反動相殺に割り振った。機動力を捨てた故に普段の動きは出来やしない。

 対する相手は機動力に特化したISだ。此方とは月とすっぽんの差である。故に回避は不可能。

 

「ああっくそっ!!」

 

 ダメ押しと言わんばかりに『銀の福音』は残り三百メートルから急加速。その腕をラウラの首に向けて──。

 

「馬鹿め」

 

『──っ!?』

 

 ──その腕は届かず。

 突如、上空から一本の蒼い光が『銀の福音』の腕を弾き、それに続く様に蒼い光が降り注いだ。次々に受け続ける『銀の福音』は連続した閃光に耐えられず、遂に落下していった。

 

「正直今のは危なかったな。よくやった、流石はイギリス代表候補」

 

『お喋りしてる暇はなくってよ!!』

 

 ラウラが上空を見上げると、遥か上空に一機のIS──『ブルー・ティアーズ』を纏うセシリア。潜伏モードで潜んでいた彼女は直ぐ攻撃に一転、落下する『銀の福音』に追撃を仕掛ける。

 彼女もまた、ラウラと同じ理由でここにいる。暴走した軍用ISを撃墜する為に。

 

「堕ちなさいっ!!」

 

 ──八十口径特殊レーザーライフル『スター・ダストシューター』──。

 

 換装装備によりビットが使用出来ない代わりに用意された大型のレーザーライフルはセシリアの失った火力を充分に補っていた。

 特殊兵装が使えない? なら培った射撃能力と操縦技術を駆使すれば良いだけだ、問題は無い。手段がほんの一つ潰れたところで遣り様はある。でなければ何の為の国家代表候補か。

 それに、この程度の困難を乗り越えられないで自国を護れるものか、家を護れるものか、誇りを護れるものか、己を護れるものか。

 これは"我欲"ではない。これは──"大義"だ。

 

『敵機確認。敵機Bと識別』

 

「追撃っ!!」

 

「言われなくともっ!!」

 

 IS二機による怒涛の同時攻撃。海面へと落ちる『銀の福音』にレーザーと砲弾が途切れる事なく襲い掛かる。体勢を崩した状態で二方向から来る攻撃は一溜りもない筈である。

 だが、流石は軍用ISであろうか。最初こそ多く被弾してはいたが、その状況で体勢を立て直して回避と同時に迎撃し始めた。双方の間では爆発が立て続けに起き、最早ハイパーセンサー無しでは互いを視認出来ない程の巨大爆炎が出来上がる。試合ではお目に掛かれない地獄絵図と化した。

 埒が明かない。そうと判断した『銀の福音』は海面スレスレに差し掛かった直後に大きく離脱、海を背にしたまま空高く位置するセシリアだけに集中、狙いを定めていく。

 

「!」

 

『敵機B、最優先で排除──』

 

 

 

 撃墜に来たのは二人だけではない。

 

 

 

「待ってた!!」

 

『──ッ!?!?』

 

 今度は散弾が襲い掛かる。気がつけば、頭上に銃口を向ける一機のISがいた。

 その正体はショットガン二丁を向ける燈色たるIS──『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を装着するシャルロット。潜伏モードにて接近、二人に気を取られてる隙に至近距離射撃。時間差攻撃は『銀の福音』を怯ませる事に成功した。

 

『敵機確認』

 

 が、しかし。これも大したダメージにならず。直ぐ様に反撃され、シャルロットは回避出来ずに数多なるエネルギー弾の餌食になる。

 

「うわぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

 

 

 

 

 

 と、見せ掛けてからの──。

 

 

 

 

 

「──って食らうかぁっっっ!!!」

 

『──ッ!?!?!?』

 

 容赦無しの強烈な不意打ちが炸裂する。

 シャルロットはエネルギー弾に吹き飛ばされる事なく、逆に押し切り『銀の福音』へ更に接近。最大の攻撃力を誇る盾殺し──『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』を全力で腹部へと放つ。シールドバリアーを軽々と貫通し、モロに直撃させて吹き飛ばした。相手は急激たる衝撃に対応出来ず、コントロールを失い出鱈目な軌道を描いて墜落していく。

 垂直落下ではなく角度が浅い斜めからの落下。しかもスラスターにより加速した状態。つまり、海に沈下せず──。

 

『──ゴッ!?!?!?』

 

 ──激突する。

 『銀の福音』は叩き付けられたかの様に跳ね、破片を撒き散らしながら石の水切りの様に不様な格好で跳ね転がっていく。結構酷い絵面だった。

 だが、未だに動ける模様。数十メートル跳ねた所で漸く体勢を立て直して海面に立つ。心なしか動きが鈍く見える。流石に効いたか。

 

『敵機Cと識……別。操縦者にダメージを確認。脅…威』

 

「フーッ……。この『ガーデン・カーテン』は、ちょっとやそっとじゃ崩れない、よっ!!」

 

 ──防御換装装備『ガーデン・カーテン』──。

 

 至近距離で反撃を受けたシャルロットは無傷。それもその筈、今の彼女は二枚の実体シールドと二枚のエネルギーシールド、計四枚のシールドがカーテンの様に正面を遮っていた。隆道の盾より比較的貧弱には見えるが、これでもフランス製の中では最大の防御能力である。余程の攻撃でない限り彼女に一切と届きはしない。

 

「に、が、さ、ないっ!!」

 

 そして、ここからはシャルロットが得意とする瞬時換装──『高速切替(ラピッド・スイッチ)』が猛威を振るい出す。

 ブレード、ショットガン、ヘビーマシンガン、アサルトカノンを次々に切り替え、それと同時に交戦距離も不規則に変えて一切の暇を与えない。彼女自身が持つ才能、器用さを最大限に活かした戦術──『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』で相手を追い詰める。反撃されようと関係無い。攻撃の手を緩めない、緩める訳にはいかないのである。その鋼の意志が彼女を奮い立たせていた。

 

『被弾率上昇、回避行動を優先。敵機の危険度を更新、排除行動は困難と推定』

 

 遠距離から高出力レーザー、中距離から砲弾、不規則距離から斬撃と弾丸。三機からの止まない怒涛の攻撃に『銀の福音』は被弾が増え、徐々に消耗していく。数分前まで疵一つすらも無かった光沢感ある装甲は少々の罅が入り、全身に紫電が目立ち始めていく。

 

「動きが鈍くなった!! 畳み掛けろぉっ!!」

 

「「当然っ!!」」

 

 爆発音が鳴り止まない。硝煙が全く消えない。空薬莢が常に宙を舞う。水柱が立て続けに立つ。衝撃波で水飛沫が高く飛び続ける。双方の弾雨は穏やかであった海を荒れ狂う海へと変えていく。

 ここで手を止める訳にはいかない。彼女達には次など無いのだ。逃がさない、確実に仕留める、ここで決着を付ける。その意思は更に固くなり、三人が繰り出す攻撃は激化する。『銀の福音』も負けじと弾幕を増やしていき、辺りの海は災害を彷彿とさせるレベルで猛烈に時化ていく。

 

『優先順位変更。現空域からの離脱を最優先』

 

 ここから『銀の福音』は必死に離脱を試みる。速度を飛躍的に上げ、更に特殊兵装を最大稼働。全方向へエネルギー弾を撒き散らし好機を伺う。

 必死なのは彼女達も同じ。心底嫌になる弾幕の隙間を掻い潜りながら相手の行動を常に予測し、それ等全てを迅速且つ確実に潰していく。軌道を遮断し、誘導し、時に攻撃を仕掛ける。彼女達は死に物狂いで相手に喰らい付いていく。

 

『また速くなっただと!? くそっ、感度を更に上げろ!! 私はもう少しで弾切れになる!! 再装填の時間をくれ!! 三秒だ!! それまでインディアからリマを頼む!! 相手の攻撃力も跳ね上がった!! 絶対に当たるな!!』

 

『お任せにな──ちょ、まっ、シャルさん!! ブラヴォー警戒っ!! ブラヴォー警戒っ!! いやぁブラヴォー警戒ぃぃぃぃぃっっっ!!!』

 

『う゛わ゛あああああぁぁぁぁぁっっっ!!! よし追い付──あ違う違うホテル!! ホテルに制圧射撃!! 次はチャーリーからエコー!! 軌道予測更新!! フェイントを考慮して!! もーっ!! 攻撃が激し過ぎるってばぁっ!! あああまずい回避回避ぃっ!!!』

 

『『『あああああぁぁぁぁぁっっっ!!!』』』

 

 うるさかった。

 これ以上無いと思わせる、息もつかせぬ通信。一秒も経たない内に状況は二転三転してしまう。レーザーと砲弾と弾丸とエネルギー弾が間断なく飛び交う。今となっては何が起きているのかすら検討も付かない荒れ具合である。

 状況は激しくとなるも展開は一向に変わらず。しかし、戦況を見ている作戦本部の人間は下手に指示など出せない。彼女達とは見えているものが圧倒的に違い過ぎるから。

 超高感度設定したハイパーセンサーは使用者の感覚を鋭敏化させ、情報処理を格段に向上する。ソレがあるからこそISの高速戦闘に対応可能だ。なら、その恩恵を受けていない人間はどうか。

 愚問でしかない。生身の人間が見えているのは高速戦闘そのもの。目まぐるしい戦闘の把握すら追い付かない人間がどうやって指示を出すのか。千冬ならISが無くとも把握出来るかもしれないが指示となれば話は別。何れ程的確な指示だろうと状況が劇的に変わるのであれば意味は全く無い。反って混乱を招く事態となってしまう。

 千冬を始め、教員達は見守る事しか出来ない。事態の解決は彼女達に懸かっているのだ。

 だがここで──。

 

「アルファァァァッッッ!!!」

 

「「!!」」

 

 状況は変わる。

 ヒューマンエラーか、避けられなかった事か。激しい弾雨の中に一瞬だけ生まれた僅かな隙間。それを見逃しはしなかった『銀の福音』は被弾を顧みず全スラスターを解放、強行突破を図った。

 妨害しようにも一足遅かった。牽制に怯まず、被弾に怯まず、何しても怯まず。全力を尽くした攻撃は少しも意味を成さなかった。

 

「「「────」」」

 

 距離間がぐんぐん離れていく。止められない。感覚が鋭敏化された彼女達の脳内に浮かんだのは『失敗』の文字──。

 

 

 

 

 

「「「掛かった」」」

 

 

 

 

 

 ──ではなく『成功』。

 

『!!』

 

 突然、『銀の福音』の真正面で海面が大きくと膨れ上がり爆ぜた。そこから飛び出すのは二本の赤黒色(せっこくしょく)たる腕。その腕は急停止は愚か、急旋回も間に合わない『銀の福音』の両肩を強く掴んだ。一直線だった軌道は大きく曲がり上昇、掴む者の手は放すまいと更に強くなっていく。

 その者、やたらと攻撃的な装甲で固め、両肩の横に球体が特徴的な特殊兵装を備えるIS。

 そのIS、『甲龍』なり。その操縦者──。

 

「やっと……やっと掴まえた……! あたしが、あたしがこの為にどれだけ我慢したか……!!」

 

『敵機──』

 

 

 

 ──凰鈴音なり。

 

 

 

「"()"ってたわこの"瞬間(とき)"をぉっっっ!!!」

 

『──ッッッ!?!?!?』

 

 怒声と共に炸裂するは『龍砲』の零距離射撃。防御も回避も不可能であるソレを『銀の福音』はモロに受ける。三人を散々苦しめた『銀の鐘』に負けず劣らずの()()が一斉に降り注ぐ。

 

 ──機能増幅換装装備『崩山』──。

 

 増設された二門の衝撃砲。本来の不可視砲弾は炎を纏う砲弾に切り替わっていた。

 炎弾を放つ計四門の衝撃砲。更に、その炎弾は広範囲へと拡散する──所謂『熱拡散衝撃砲』。不可視砲弾は失ったものの、代わりとして格段に増強した破壊力を手に入れていた。

 しかしこの零距離射撃、相手は勿論だが自分もダメージが入ってしまう。エネルギーは消耗し、装甲も損傷が激しくなっていく。それでも攻撃を止めないのは彼女なりの覚悟の現れ。

 倒す、絶対に倒す、何としてでも倒してやる。三人が作り上げたチャンスを無駄にはしない。

 

『敵キ……Dと、シキ別』

 

「!」

 

『離脱……離脱離脱離脱離脱離脱』

 

 が、それでも──まだ機能停止せず。

 攻撃を受け続ける『銀の福音』は未だに動く。どうにか鈴音を振りほどこうと無茶苦茶な飛行で縦横無尽に暴れ始めた。彼女も逃がすまいと手を放さないが、このままではジリ貧だ。何れにせよ振り落とされてしまう。

 相手が墜ちるか彼女が墜ちるか。軍用ではない『甲龍』が先に限界が来る可能性が濃い──が。

 

「ああっ……もう……!!」

 

『離脱離脱離脱離脱離ダ──』

 

「うっさいっっっ!!!」

 

『──ッッッ!?!?!?』

 

 その前に鈴音の拳が飛んだ。

 近接格闘型ならではの圧倒的なパワーの打撃が逃げようと暴れ回る『銀の福音』の顔面を直撃。重く鈍い轟音が響き、直後に殴打とは()()()()が追撃を与える。

 一度の打撃で二連続の衝撃。頭部にダメージが入ったからかスラスターの出力が弱まってきた。動きもかなり鈍くなってきている。これは好機と見た彼女は両脚を腰に絡めて完全に固定、両腕で畳み掛ける。

 これは私怨ではない。全ては任務の為。

 

「そらぁっ!!」

 

『──ッ!?』

 

「何が軍用よ! 何が暴走よ! 全部、アンタのせいで!! アンタが!! アンタがぁ!!」

 

『──ッ!! ──ッ!! ──ッッッ!!』

 

 

 

 訂正。多分、殆ど私怨。

 

 

 

「ヴォラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッッッ!!!」

 

『────ッッッ!!!』

 

 殴る、殴る、殴って更に殴り続ける。

 怒涛たる高速ラッシュが相手を袋叩きにする。しかもその一撃一撃が殴打と謎の衝撃の二連続。つまり、単純に二倍のダメージ。全て顔面にだ。この上無く恐ろしい事をやっている。

 『銀の福音』は逃げられない。辛うじて殴打を防ごうと、謎の衝撃に弾かれ滅多打ちにされる。飛び散る破片は次第に増え、装甲は罅だらけだ。今や銀の光沢感は見る影も無くなった。

 可哀想とは微塵も思わない。今は撃墜に専念。下手に加減して被害が拡大すれば最悪の極みだ。いちいち中の操縦者に気を配っていられない。

 それに──此方は既に重傷者と重体者が出た。そのツケは耳を揃えてきっちりと払って貰おう。その想いが鈴音の殴打を一段と強くしていった。やっぱり私怨だった。

 

『……リ、リ……』

 

「まだ欲しい!? しょーっがないわねぇ!! だったらとびっきりのあげちゃう!!」

 

 最早楽しくて仕方がないのだろう。鈴音の顔は日葵の様に満面の笑みを浮かべていた。

 歯を食い縛り、鋼鉄の拳を大きく振りかぶる。頭部に接続された銀翼──『銀の鐘』を掴んで。力の限り拳を握り締め、狙うのは再び顔面。

 

「あたしの全力……! とくと……!!」

 

『……リ──』

 

「味わえぇぇぇっっっ!!!」

 

『──ダツッ』

 

 鈴音の強烈なストレートが顔面に入った。

 遂に終わりか。殴打と衝撃の二連続なる攻撃は忌々しい『銀の鐘』の片方を千切り、当の本体は凄まじい速度で墜落していく。その勢いは体勢の立て直しなど一切許されず、海に叩き付けられて巨大な水柱が出来上がった。

 

「ふーっ! ……どーよ? ()()()()()の味は。普段はブレード持つから全然使わないのよねぇ」

 

 ──腕部衝撃砲『崩拳』──。

 

 腕をチラつかせる鈴音はご満悦の様子。

 これが謎の衝撃の正体だ。『甲龍』の両腕部に搭載した小型の衝撃砲を殴打とほぼ同時に放つ。小型故に『龍砲』より威力は低く射程も短いが、今回に関してはあまり関係の無い話だった。

 単体だけであればそれ程大した代物ではない。衝撃砲は『龍砲』だけで充分である。近接攻撃も使い慣れたブレード──『双天牙月』で良い。

 だが、拳が届く程の距離ならばコレの出番だ。殴りとのセットで使うのは初めてであったが予想以上の破壊力を出せた。今後も使っていこうと、彼女は頭の片隅に入れておく事にした。

 兎に角、これで終わり──。

 

「「「「…………」」」」

 

 四人の視線は一点に集中していた。その一点は『銀の福音』が墜落した海面。

 

「……全員、今の内に武装チェックを済ませろ。エネルギーが半分以下の者は?」

 

「わたくしは……まだまだでしてよ」

 

「僕も、十分……。だけど盾が結構酷い、かな。実体シールドの耐久値は五分の一ぐらい。多分、次受けたら壊れる」

 

「あたしのは見てわかるでしょ? エネルギーはあるけど装甲がダメね。ま、別に問題無いけど。例のアレ、もう使っとく?」

 

「ふむ……そうだな、出し惜しみは一切無しだ。一本使うとしよう」

 

 そう言うなり、ラウラは『何か』を展開した。それに続いて他の三人も同じく『何か』を展開、武装ではない物体が手の平に現れる。ソレを確認するなり全員が同時に腕部へ打ち込む。

 するとどうだろうか。各機体の破損した装甲は元通りに近いものとなり、エネルギーが急速回復するではないか。

 

「本当に大助かりですわ、()()。わたくしの為にある様な物ではなくって?」

 

「そういやレーザーライフルも充填するんだね。良いなぁ、僕のは全部実弾系統だし羨ましいよ。今度会社に聞いてみようかな」

 

「うーわ、装甲の修復早っ。これ大丈夫よね? 副作用無いよね? なんか逆に恐いんだけど」

 

「システムに問題は無し。本当に素晴らしいな、早く採用して欲しいものだ」

 

 注射器に見える『ソレ』は四機のエネルギーを満タンにし、装甲を大幅に修復していった。

 一ヶ月前を覚えているであろうか。『灰鋼』が作り上げた回復装置を研究所に調査させた事を。その結果、量産も改良も可能だという事を。

 逸早く量産と改良を同時に成功したのは日本。充填装置が充実していない臨海学校で役に立つと見越して送った──新型のエネルギー回復装置。

 

 

 

 ──『リカバリーショットG(グレート)』──。

 

 

 

 これにて準備万端。出撃前と同じ──とまではいかないが全然戦える。再びダメージを受けても問題無い、数はしこたまある。あまり頼り過ぎも良くはないが。尚更のこと、今の彼女達に油断と慢心は一切と無い。

 卑怯だと思うな。これは試合ではなく実戦だ。力の限り戦え、手段を選ぶな、情けを掛けるな。それこそが誰一人失わずに勝てる唯一の近道だ。

 

「凰、いつまでソレを持っているつもりだ」

 

「ん? ああ、コレ? ほいっと!」

 

 鈴音はもぎ取った片方の『銀の鐘』を高く放り投げて最大出力の衝撃砲を放つ。既にボロボロのソレは大爆発、木っ端微塵となった。他国のISを壊すな? 知ったことではない。碌にISの管理も出来ない国が悪いのだ。

 

「さーて、スッキリした所で……ねぇ?」

 

 言うが早いか、鈴音の衝撃砲が爆炎を吹いた。炎弾の向かう先は先程から見据えている海面へ。着弾直後、莫大な爆発と共に水柱が立ち──。

 

「何こそこそ逃げようとしてんのよ、この馬鹿」

 

 水柱の先端辺りに影。衝撃砲で打ち上げられたソレは落下せずに中天で静止する。海水が落ち、その姿を露にした途端に彼女達四人が感じたのは──無機質且つ明確な『敵意』。

 

『……敵機危険度、Sニ更新。離脱不可能ト判断。優先順位ヘンコウ。テキキノ排除ヲ最優先』

 

「ふんっ、機械の癖に随分とお怒りのようだな。それは我々も同じだ、機械仕掛けの堕天使め」

 

 『敵』はまだ墜ちていない。

 

「はぁ……烦死了」

 

「日本語喋ってくれませんこと?」

 

 任務は終わらず。ならば、やるべき事は一つ。

 

「皆、ここからが本番だよ。今度こそ……」

 

『……敵機を排除します敵機を排除します敵機を排除します排除排除ハイジョハイジョハイジョ』

 

「「「「墜とすっっっ!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分前──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『銀の福音』との交戦直前。花月荘、教員室。

 

「地震?」

 

 教員室に居座る菜月は些細な違和感を覚えた。

 体感的に震度一かそれに満たない小さな振動。それもほんの一瞬だけ。地震にしては短過ぎる。 今のは一体何なのだ。

 直ぐ携帯を確認したが地震速報は出てこない。少しばかり待っても何の情報も出やしなかった。やはり気のせいなのだろうか。

 

「……はぁっ」

 

 いや、気のせいに違いない。

 気を張り過ぎたか。この重く苦しい空気の中、常に神経を尖らせたのだからおかしくなったか。

 それも仕方がなかった事。そうでもしなければ文字通りに気が狂うところであった。今も正気でいられる自分を褒めてやりたい。盛大にビールをぶっかけて祝ってやりたい。

 

「…………」

 

「────」

 

 視線を真正面に向けると真耶の姿。両手で顔を覆い、大きく背を曲げていた。手から溢れ出す、滴る透明な液体。指と指の隙間から僅かに見える──酷く、そして激しく揺らいだ瞳。

 

(無理も無いわね……)

 

 真耶は真面目だ。だからこそ、隆道の凄まじい憎悪を真っ向から全て受け止めてしまった。

 ISを否定されて、耐えた。自身を否定されても耐えれた。信念を否定され、それでも耐えた。

 

 

 

 そろそろ限界が近くなった。

 

 

 

 軍用ISの存在が、真耶の信念に罅を入れた。

 そこからは脆かった。隆道の怨気衝天(えんきしょうてん)を込めた鉄杭が真耶の信念という壁を力任せに突き続け、そして遂に穴を開けてしまった。

 そうなってしまえば後は芋蔓式である。今まで培った経験全てを悲観的に考え始め、最終的には自分自身の存在すら悪い方にばかり考えてしまう心の病──鬱病の一歩手前。

 甘くみられがちだが、心の病というのは非常に厄介な病気だ。外見では判断出来ず、周囲からは根性が足りないやる気が無いただ甘えてるだけと無責任な事を言われる。その言葉が病気に拍車を掛けているとも知らずに。その言葉が相手を崖に追い詰めてるとも知らずに。

 周りからは理解されない。もしかして、自分が我が儘なだけなのかと更に自分自身を非難する。自力で立ち直れても何かの拍子にまた自分自身を非難する。それが延々と繰り返される。最終的に自分が全て悪いという最悪の結論に辿り着く。

 

 

 

 ──あの時、生徒の出撃に反対していれば。

 

 

 

 ──あの時、鎮圧に出撃していれば。

 

 

 

 ──あの時、生徒の為と余計な事をしたから。

 

 

 

 ──あの時、何もせずに生徒に頼ったから。

 

 

 

 ──あの時、揉め事を止めなかったから。

 

 

 

 真耶の思考に負の連鎖が生まれ始めていた。

 過去を掘り返し、自分が悪い様に結論付ける。これが悪化して彼女が己を否定したらおしまい、何も行動に起こせない鬱病の道を歩んでしまう。否定して、否定して、否定し続けた先に待つのは廃人という暗い人生。明るい人生は遠退く。

 彼女はまだ壊れてはいない。綻びかけた精神を辛うじて支えているのは彼女が持つ"芯"の強さ。それが正気と狂気との狭間に留まっているのだ。それもいつまで持つのか定かではないが。

 

「山田先生、織斑先生には私から言っておくから少し休憩しなさい。疲れたでしょう」

 

「……疲れてません。私は大丈夫ですから」

 

「……そう」

 

 明らかに大丈夫ではないと菜月は思うのだが、あまり追及はせずそっとしておく事にした。

 このままでは些細な事で壊れてしまうだろう。彼女を少しでも休ませるべきなのは百も承知だ。しかし、ここで無理を言えば拗れて終わるだけ。状況が状況なだけに余計な争いを避けるしか道は残されていなかった。

 

「「「…………」」」

 

 デリケートな問題がまた一つ増えてしまった。一体どうすれば良い。解決すべき問題は何一つも解決していないのに。考えるだけで気が滅入るし頭痛もしてしまうと、彼女は目頭を押さえる。

 まるっきり会話は無く時間だけが過ぎていく。一分一分が随分長く感じる。暇潰しは出来ない、誰かと会話も出来ない、居心地悪い、凄く辛い。

 向こうは何か進展があっただろうか。それとも作戦終了間際なのか。一刻も早く報告が欲しい。せめてコレだけは解決してくれと願う最中──。

 

「?」

 

「……?」

 

 不意に、扉をノックする音が聞こえた。菜月は直ぐソレに反応し、少々遅れて真耶も反応する。隆道も気づいたが当然無視を貫く。

 誰だ? 教員か? それとも旅館の従業員か?

 

「失礼します。御食事を御用意致しました」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 その声は一人の女性であった。どうやら食事を持ってきてくれた模様。菜月は立ち上がり、扉へ向かう。一つの不可解な点を浮かべて。

 

(さっき持ってきたばかりなのに?)

 

 隆道の昼食を持ってきたのは一時間前になる。彼の分はまず有り得ない。では自分達の分か? 誰かが気を利かせて頼んだのか? 一体誰が?

 

「ご苦労様です。今──」

 

 菜月は錠に触れる手前で静止、一呼吸置く。

 隆道の食事を運んでくれた時は何も無かった。が、疑問を持ったが故に考えれば考える程不安に駆られてしまい止まらざるを得なかった。本当に扉の先にいるのは花月荘の従業員なのか?

 疑いたくはない。けれども、ここ最近で起きた悪意の連続を見たが故に自然に警戒してしまう。そんな自分に心底嫌気が差しながらも、一度だけ声を掛ける事にした。

 彼女は祈る。自分達に食事を運んできただけ。杞憂だ、そうに違いない、そうであって欲しい、これ以上は勘弁してくれ、ストレスは沢山だ。

 

「あーすみません、食事はそこに置いて下さい。今はちょっと手が放せないので……」

 

「…………」

 

 反応が無い。聞こえなかったのだろうか。

 

「? あの──」

 

 

 

 

 

『開けテ下サい』

 

 

 

 

 

「────」

 

 ゾッとした。

 その声は人のモノではなかった。遠くからではわからなかったが近くならはっきりとわかる。

 

 ──機械音声だ。

 

 菜月は恐る恐る静かに後退しながら麻酔銃とは別の銃──実弾系の拳銃を抜いた。真耶も異常を察知、おもむろに拳銃を取り出して警戒。隆道も何かを感じてだるそうに立ち上がり扉を睨む。

 間違いない。扉の向こうは──新たな襲撃者。

 

「まーたコレか……。ったくいい加減にしろよ、襲撃はもう飽きたっつーの……」

 

「静かにっ。向こうに下がってください……」

 

「本当に、本当に本当に最悪ぅ。当たっちゃったじゃないのよぉ……」

 

 此方が扉を開けるのを待っていた。それは即ち油断を誘ったという事だ。もし、何も警戒せずに開けていたらどうなっていたことか。

 またしても襲撃者。早く応援を呼ばなければと直ぐ様携帯を取り出すのだが──。

 

「……!!」

 

 ──『通信サービスはありません』──。

 

 ──電波は繋がらず。

 

「何でなのよ……!! 山田先生の携帯は!? 無線機は!? ノートPCは!? 柳君のは!?」

 

「…………。全部……全部駄目ですぅぅぅ……」

 

「てめえらが機密だの漏洩防止だの何だの言って携帯没収したんだろうが。持ってる訳ねえだろ、この馬鹿が……」

 

「あぁ、やられたぁ……」

 

 菜月は心底と絶望した。

 隆道は拘束で自由に動けず、応援を呼べないが故に戦力は拳銃持ちの菜月と真耶の二名。対して相手の戦力は全くと不明、ダメ押しに通信妨害。

 偶然が重なったのでは断じて無い。間違いなく目的は隆道だ。隆道を──殺しに来たのだ。

 比較にもならない、言い様の無い恐怖が全身を襲う。やけに静かなのが余計に恐怖を煽る。

 いや、静か過ぎる。何だこの異様な静けさは。突入してこないのは何故なのだ。逆に不自然だ。

 と、その時。更なる異様を目の当たりにする。

 

『アケテ』

 

「「「!?」」」

 

『アケテ、アケテ』

 

「「「「────」」」」

 

 今度は子供の声の様な機械音声に変わった。

 静かに扉が揺れる。ドアノブをカチャカチャと回し、扉をトントンと連続で何度も叩いている。開けてと何度も復唱している。これは恐ろしい。昼からまさかのジャパニーズホラーが始まった。

 

『アケテ、アケテ、アケテ』

 

 扉を叩く音とドアノブを回す音が止まらない。

 最早、訳がわからな過ぎて吐きそうになった。突入ではなく、ご丁寧に立ち入ろうとする試み。だからこそ本当に恐ろしい。もしかしたらこれは一種の敵の戦意を削ぐ為の新たな戦法なのでは。そうだとしたら悪質も悪質ではないか。

 そうでないなら、まさか霊的な──。

 

『アケテ、アケテ、アケテ、アケテ』

 

「な、何なんだこいつ……!!」

 

「もう、ホント勘弁してよぉ……!!」

 

 本当にしつこい。入ろうとする執念がヤバい。苛立ちなのか定かではないが、叩く音と回す音が次第に強くなってきた。しかも全く途切れない。疲れを知らないのか、又は執念が凄まじいのか。どちらにせよ異常を飛び越えて狂気の域である。

 

 ──ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。

 

 ──ドンドンドンドンドンドンドンドンドン。

 

『アケテ、アケテ、アケテ、アケテ、アケテ』

 

 もうずっとコレ。頭がおかしくなる。

 両耳を塞ぎたくなる騒音が部屋を埋め尽くす。ホラーの類いにあまり耐性が付いていない真耶はメンタルブレイク寸前のもあって気絶しそうだ。菜月も得体の知れない存在に恐れ、隆道も流石に呑気にしてられず気味が悪過ぎると焦り始めた。

 

「……!! おいもうコレ外せよ!! 拘束だの何だの言ってる場合じゃねえだろ今は!!」

 

「い、今出──無い!? ……いやあああぁぁぁ鍵は本部ですごめんなさいぃぃぃっっっ!!!」

 

「? ……はあああぁぁぁっっっ!?!?!? 何してくれてんだてめえはぁぁぁっっっ!!! 予備!! 予備は!!」

 

「ご、ごめんなさいね柳君……。予備は織斑先生持ちなの……。銃で壊そうとは考えたけども……こんな銃じゃチェーンは、無理……。寧ろ絶対に跳弾するから逆に危ないわ……」

 

「てめ、この、本当、マジでふざけっ……!!」

 

 焦った。それはもう酷く焦った。

 隆道は己の行き着く末路に覚悟を決めていた。だからこそ、襲撃が来ても何とも思わなかった。しかし、こんな展開など少しも予想していない。訳わからない存在に殺されるのは流石に御免だ。

 人は得体の知れない存在に対して恐怖を抱く。恐れを知らない青年も決して例外ではなかった。というより、こんな時にまでうっかりとか本当にふざけてるのか、この女は。いい加減にしろ。

 人力で解くのは不可。手錠だけならばまだしも特殊ファイバーロープは幾ら怪力でも壊れない。チェーンも銃が無理なら人力は尚更である。

 発砲しまくって危険を知らせるか? 駄目だ。知らせたところで応援が来る前にサヨナラする。応戦中に弾切れになったら目も当てられない。

 ならば窓から逃げるか? 無理な話だ。歩行が限界なのにどうやって逃げろと言うのだ。確実に追い付かれて御陀仏になるだけである。詰んだ。

 

「……あ?」

 

「「……?」」

 

 急に音が止んだ。

 機械音声は消え、扉を叩く音もしなくなった。ドアノブも回らなくなった。もしや諦めたのか。

 

「「「……っ!?」」」

 

 全然そんな事はなかった。

 金属が擦れる音と共にドアノブとラッチ間から刃渡り三十センチはあろう刃が飛び出してきた。何れ程の切れ味なのか、貫通だけで扉の金属部がバターの如く切断されてしまい鍵を破壊される。施錠は意味を成さなくなった。もうおしまいだ。腹を括るしかないのか。

 

「あー、くそったれ……」

 

 刃が戻っていき、ドアノブがゆっくりと回り、扉が軋む音を立てて開いた。完全にホラー映画と化した光景に三人は全くと目を逸らせずに固唾を飲み込む。大袈裟に言うと固唾ガブ飲みである。

 何が出てくる。ゴリゴリに装備を固めまくった特殊部隊か、頭が相当おかしくなった気狂いか。それとも──本当に心霊の類いなのであろうか。せめて特殊部隊であってくれと切に願う。

 そうこうと考えている内、遂に扉は全開する。そこには──。

 

「は?」

 

「「え?」」

 

 

 

 誰もいない。

 

 

 

「「「?????」」」

 

 全員が肩透かしを食らった気分になった。

 油断させる為かと二人は銃を構えたまま警戒を解かないが、いつまで経っても誰も出てこない。

 

「……出てこねえぞ。どうすんだお二人さ──」

 

 ──その時。

 

「あっ!」

 

 それは突然の事だった。

 菜月が構える拳銃に何かしら当たった様な謎の軽い衝撃が襲い、そのまま引っ張られてしまう。謎の強い力を前に思わず拳銃を手離してしまい、ソレは宙を舞って──入り口辺りで停止する。

 

「な、何、それ……?」

 

 驚愕はここで終わらない。

 空間に固定された一丁の拳銃。誰もいないのに弾倉が外れ、スライドが動き、最後はスムーズに分解されて辺りに散らばっていく。

 あまりにも唐突で不可解過ぎる光景。凄まじく絶句ものだが、三人はその正体を即理解した。

 

「光学迷彩──」

 

「──がっっっ!?!?!?」

 

「「!?」」

 

 が、それも束の間。いきなり隆道が仰け反る。大きくよろめき、倒れ込んで踠き苦しみだした。まさか、敵の攻撃を受けてしまったのか。

 

「撃ってぇっ!!」

 

「ッ!!」

 

 菜月の叫びに応えて真耶は連続発砲。爆発音が部屋に反響し、弾丸は真っ直ぐに入り口へ集束。姿が見えない故に当たらないと思われるが、多少牽制にはなる──。

 

「えっ……」

 

 弾丸は数発当たった。いや、()()()()

 当たった数に比例して飛び散る火花。硬物質に当たって跳ね返ったかの様な高い金属音。それはまるで『装甲車』を撃った様な手応え。

 その際に一瞬だけ見えた。襲撃者の姿形が。

 

 

 

 ソレは『人』ではなかった。

 

 

 

 身の丈が低く、やけに角張ったシルエット。

 

 

 

 ソレは──『四本脚の何か』。

 

 

 

「きゃ!?」

 

 残念ながら二人に絶句する暇は少しも無い。

 今度は真耶の拳銃が謎の引力によって奪われて分解される。僅か数秒で二人の拳銃はオシャカ、殺傷力の無い麻酔銃だけが残された。

 

「そんな……」

 

「いや……」

 

 理解した。嫌と言う程に理解した。自分達では──いや、人間がどうにか出来る相手ではない。対物ライフルかISでなければどうにもならない。当然、そんな都合の良いものはここには無い。

 逃げなければ。こうなったら死ぬ思いで隆道を担いで窓をぶち破るしかない。八十キロ以上ある彼を担ぐのは難し過ぎるが選択肢は無かった。

 とにかく行動だ。菜月は未だに踠き苦しむ彼に駆け寄り、肩に手を掛けたところで──。

 

「……!?」

 

 

 

 有り得ないモノが見えた。

 

 

 

 隆道は何処も怪我を負っていない。

 

 

 

 目に留まったのは彼の首。

 

 

 

 そこにあるのは──『()()()()』。

 

 

 

「『灰鋼』!? どうして!?」

 

 いつの間にか『灰鋼』が隆道の首にあった。

 これはどういうことだ。厳重に保管した筈だ。それが何故、彼の元にあるのだ。まさか、自力でここまで来たのか。そんな事例聞いたことない。有り得ない。どうやって。どうして。何で。

 予想の斜め上を行きまくる展開の連続に菜月の思考回路はショート寸前にまでいってしまった。人間ではない不可視の襲撃者、ある筈の無いIS。ものには限度があるという言葉を知らないのか。何処まで此方を追い詰めれば気が済むのだ。

 それともう一つ。彼が今も尚苦しんでいるのは何故だ。くまなく調べても外傷等は見られない、かといって発症したとも思えない。ならば何だ?

 

「柳君!! 早く……立っ、て……!!」

 

「…………!! …………!!」

 

 確かに菜月の調べた通り、隆道は少しも怪我を負っていないし発症すらしていない。そもそもが間違いであって、攻撃など一度も受けていない。

 彼女達では──答えに一生辿り着かない。

 

 

 

 

 

 ──頭が割れる、割れちまう……。

 

 ──何呑気にしてんだ。牙でも抜かれたか?

 

 ──何だ、お前……。とっとと、失せろ……。

 

 ──『あの日』から足掻くって決めたんだろ。早く立てって

 

 ──うるせえ。

 

 ──お前の『敵』は近くだぞ。ほら、抗えよ。戦えよ。今までそうやって生きてきただろうが

 

 ──黙れ。

 

 ──心配すんなよ隆道。お前はもう『負け犬(LOSER)』なんかじゃねえ。あの頃の『髑髏』に戻ろうぜ。また手伝ってやるから──。

 

 ──頼むから黙って──。

 

 

 

 ──逃げてぇっっっ!!!

 

 

 

「──ッ!!」

 

「!?」

 

「ラ゛ァッッッ!!!」

 

「がはっ!?」

 

 いきなりの鈍痛が菜月を襲う。

 突如として雰囲気が変わった隆道は彼女の手を払いのけて無防備となった腹に蹴りを繰り出す。モロに受けてしまった彼女は吹き飛んでしまい、壁に強く叩き付けられる。その隙に彼はそのまま足を上げてからの反動利用で跳躍し立ち上がる。

 

「!? 榊原せ──!?」

 

 隆道が攻撃を仕掛けてきた事に驚きを隠せない真耶であったが、彼に目を向けたその直後に次の愕然がやってくる。

 いつの間にやら彼の拘束が解かれていたのだ。手首足首に拘束具を残したままで。大型の工具か対物ライフルでない限り絶対に壊れない拘束具をどうやって破壊したのか。

 答えは直ぐにわかった。拘束具を観察すると、千切れた箇所に赤く発熱した切断面が。

 

「……!!」

 

 隆道の右手には紫電を走らせる鋭利たる刃物。かつて、シャルロット暗殺計画に荷担した人間を肉だるまにした近接武装──『HF.MACHETE』。

 彼は自分で切断したのだ。高周波ブレード故の切断力なら金属は勿論、特殊ファイバーロープを断ち切るのは容易い事であった。

 ISは戻った。拘束は解けた。教員に攻撃という大問題が発生したがこれで一応は身を守れる──が、ここでまたしても新たな問題が発生する。

 

「や、なぎ……君?」

 

「…………」

 

 様子がおかしい。

 焦りは見えない。寧ろやけに落ち着いている。逆にそれが隆道の異様さを醸し出していた。

 襲撃者もそうだ。何故、攻撃してこないのだ。武器を奪う以外の行動が見られないのはあまりに不自然だし不気味である。何しに来たのだ。

 だが、直ぐに襲撃者の事はどうでもよくなる。何故ならば──。

 

「……!?」

 

 隆道は真耶に近づく。黒過ぎる眼で見据えて。紫電を激しく走らせる刃を揺らして。

 そう、ただ今より襲撃者は変わった。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 ──柳隆道に。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 真耶は即座に麻酔銃を抜いて隆道に発砲した。訓練の賜物であるその早撃ち(クイックドロウ)は確実に彼の身体を捉え、間違いなく命中──。

 

「ッ!!」

 

「嘘っ!?」

 

 ソレは当たらない。

 隆道は麻酔筒を避けるでもなく防御でもなく、なんと大振りで叩き斬った。ソレは綺麗に割れ、畳に薬品を散らばらせていく。

 距離は十メートル以下、構えは取っていない。それでも彼は発射された高速の麻酔筒を斬った。常人ではまず不可能な荒業であった。

 

「…………」

 

「あ、ああ……」

 

 隆道から"無"しか感じなかった。憎悪、憤怒、殺意、狂気、全てが無い。本当に、何も無い。

 何を考えているのか少したりともわからない。それでも、彼女はたった一つだけ理解する。

 

 

 

 ──殺されてしまう。

 

 

 

 真耶に凶刃が迫り来る。

 互いの距離は五メートルにまで差し掛かった。もう逃げられない、避けられない。撃ち込んでもお構い無しに斬られてしまう。実弾でも無理だと確信してしまう。

 説得なんて無理だ。真っ黒な据わった目つきと力強く握り込むブレードが全てを物語っている。確実に、殺してやると、そう訴えている。

 

「お願い、やめて……」

 

「…………」

 

 無視。

 聞こえてない様な素振りで更に近づいてくる。遂にブレードが届く距離となり、ゆらりと垂らすブレードの刃が真耶を向いた。もう駄目だ──。

 

「!」

 

 その直前、隆道は急に身体を反らして胸辺りに左手の平を翳す。次の瞬間、その手の平に二本の筒が突き刺さった。

 言うまでもない。それは彼専用の麻酔筒。

 

「榊原先生ぇ……!!」

 

「そろそろ落ち着き、なさいって……!!」

 

 出所は菜月の麻酔銃から。彼女は隆道の蹴りで気絶寸前であったがどうにか持ちこたえていた。

 菜月としては回避能力が高い彼に当てようとは少しも考えていなかった。此方に気を逸らせれば御の字だったが結果オーライ、一先ずは自分達の安全を確保出来ると少しだけ安堵する。

 手の平であれど効果は十分である。直ぐにでも彼の動きは鈍くなる筈。

 

「…………」

 

 

 

 ここで彼女達はとんでもない光景を目にする。

 

 

 

「「え!?」」

 

 手の平を見詰めていた隆道は、あろう事か己の左腕に目掛けて思い切りブレードを振り下ろす。凶刃は簡単に肉に食い込み、左腕は真っ赤な血を吹き上げて宙を舞う。

 彼は──自身の腕を斬り落とした。

 

(嘘──)

 

 隆道は彼女達に考える余裕を与えない。

 彼はブレードを咥え斬り飛ばした左腕を掴み、菜月の顔面に向けて全力の一振り。盛大に散った鮮血は彼女の顔にばしゃりとかかる。

 

「きゃっ!! 目……!!」

 

 そう、ソレは『目潰し』。菜月の視覚を奪い、彼はその隙に左腕を放り投げて踏み込みで真耶に急速接近した。血管が太く浮き出る程に拳を強く握り締め、大きく振りかぶって。

 

「やな──」

 

 真耶の言葉は──拳で途切れた。

 右腕と両足で繰り出される攻撃が彼女を襲う。右フックから始まるローキック、ボディブロー、膝蹴り、水平肘打ち、ミドルキック、掌底打ち、ハイキック、アッパーカットが繰り出される。

 あまりに素早く、あまりに重い苛烈な打連撃。回避を許さない、防御を許さない、小さな悲鳴も許さない。一切の隙を与えやしない無呼吸連打は無抵抗の真耶に絶大なダメージを与えた。そして最後に──。

 

「あ゛っ──」

 

 強烈なラリアットが止めとなった。

 鋼に等しい右腕の強い叩き付け、そこから畳に強い叩き付け。蓄積されたダメージで受け身すら取れなかった真耶は脳震盪を起こして気絶した。残り一人。

 

「いい加減にしなさいよぉっっっ!!!」

 

「!」

 

 隆道が怒声の方を向くと、片目だけ血を拭った菜月の姿。その手には再装填を終えた麻酔銃が。彼はそれを見るなり助走をつけて大跳躍、彼女に向かってノーガードで飛び掛かる。

 

「あとでお説教だから!!」

 

 麻酔銃は既に構えている。空中なら回避不可。早いか遅いかの違いだけとなる。

 菜月が先か、隆道が先か。結果は──。

 

「う゛──」

 

 無慈悲にも隆道が先だった。

 跳躍から身体を捻って回転、そこから後頭部に目掛けた『延髄斬り』が菜月に直撃した。彼女は崩れ落ちてしまい、一方の彼は勢い余って転がり落ちながらそのまま壁に激突する。

 が、別になんて事はないのであろう。彼は全く痛がる素振りなく、何事もなかったかの様に直ぐ起き上がって二人を見下ろす。動きは見えない。最早、立ち上がってくる者は──いない。

 彼女達は倒された。この争いは彼の勝利──。

 

「う゛っ……。ん゛ぅ゛……!!」

 

 いや、引き分けか。

 隆道は妙にふらつき、震えていた。その筈だ、彼の胸には二本の筒が刺さっているのだから。

 

「……!!」

 

 菜月の麻酔銃はしかと当たっていたのだった。麻酔は全身に回りつつある。満足には動けない。騒ぎを聞きつけた教員が駆け付ける頃には確実に眠っているであろう。彼の終わりは近い。

 

「…………」

 

 否、終わらない。

 隆道が見詰めるのは己が持つ高周波ブレード。何かを思いついたのかソレから目を離さない。

 彼はこの時、一つの恐ろしい狂行を考える。

 

 

 

 ()()()()()のだ。

 

 

 

 隆道は決行する。上手く動かせない腕を無理に上げ、ブレードを水平に。そしてそのまま刃先を──自身の首へと押し当てた。

 もうわかるだろう、彼が何を仕出かすのか。

 

「フーッ……フーッ……! フーッフーッフーッフーッフーッッッ!!!」

 

 息が徐々に荒くなっていく。全く変えなかった表情は今や凄まじく強ばり、目は血走っていた。

 何度か荒い呼吸を繰り返し、遂に刃を──。

 

「ん゛っっっ!!!」

 

 ──思い切り引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の教員は走る。教員室に向かって。

 

「通信はまだ駄目!?」

 

「全っ然!! 何なのよ本当にもう!!」

 

 花月荘に響き渡った乾いた音の連続。生徒達はその音にピンとは来なかったが、全教員はソレが銃声だというのは直ぐに理解した。

 直ぐに連絡を取ろうとするも、何故だか全ての機器が通信障害。異常を察した彼女達は最優先に真耶の元へ向かう事になった。こういう時は必ず隆道が絡んでいると相場が決まっている。

 二人は更に足を速める。手遅れにならないでと祈りながら。

 

「着い──……ああ、遅かった」

 

 開けっ放しの扉、向かい側の扉に弾痕が複数。悪い予感は的中してしまった。

 

「「…………」」

 

 二人は静かに懐の拳銃を抜いてハンドサインでやり取り、陣形を組んで扉に近づく。近接戦闘を考慮して拳銃を体の中心且つ胸の前辺りに構えて周囲を警戒、息を潜めてじりじりと進んでいく。

 

(聞こえる?)

 

(何も)

 

(私が様子を見る。周囲を警戒)

 

(了解)

 

 入り口の手前まで近づいた二人は今一度周囲を警戒、そこから更に慎重を重ねて部屋を覗いた。

 

「……!!」

 

 信じられない光景がソコにあった。

 

「嘘……。嘘、嘘、嘘ぉぉぉっっっ!!」

 

 彼女は部屋に突入する。もう一人の方も彼女の慌てふためきに釣られて部屋に入り──。

 

「う……!!」

 

 

 

 酷く、真っ赤な部屋だった。

 

 

 

 散乱した部屋の隅には倒れた真耶。

 

 

 

 反対の隅にも同じく倒れた菜月。

 

 

 

 中央に──大の字に倒れた真っ赤な隆道。

 

 

 

「ひ、酷い……」

 

 惨状。その部屋を示すならこの一言に尽きる。

 床も、壁も、窓も、天井も、至る所全てが血で染まっていた。スプリンクラーで撒き散らしたと思わせる大量で乱雑な血痕は二人を一気に恐怖のどん底に叩き落とす。

 鉄臭さが半端ではない。くらくらしてしまう。見るからに一帯の血は全て隆道から出たものだ。

 本当に──最悪。

 

「織斑先生に報告!! 早く!!」

 

「ええ! 直ぐ呼んでく──」

 

 一人が入り口に向かって駆け出したその時。

 

「──るぅ」

 

 その教員は突然と脱力して崩れる様に倒れる。

 

「え!? ちょっとどうし──ぐっ!?」

 

 倒れた教員に駆け寄ろうとしたその時、彼女は背後から襲撃を受けた。太い腕で首を絞められ、意識が一気に遠退いていく。

 

(ま、まだ襲撃者が……!)

 

 振りほどこうも全然外れやしない。それ処か、締め付けは更に強くなっていき足が浮き始める。反撃する余裕は全く無かった。

 

「ごっ……ぉ……!!」

 

 抵抗は無駄である。完全にホールドされた故に逃げ場は何処にも有りはしない。背後を取られた時点で敗北は確定していたのだ。

 意識を失う寸前に彼女は気づく。倒れた教員のうなじに一本の麻酔筒が刺さっていたのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな廊下。先程までの騒々しさは全く無く、冷房のお陰で季節に似合わずひんやりしていた。そんな静寂の中、一つの扉がゆっくりと開く。

 

「!」

 

 そこから一人の人間が不意に飛び出してきた。その者は向かい側の扉に衝突、扉を背にしたまま両手に黒光りの凶器──拳銃を左右に突き出す。

 

「…………」

 

 その者は血塗れの隆道であった。

 左右を交互に振り向き、誰もいないとわかるとゆっくり拳銃を下ろして小さく深い溜息を吐く。何もかもが嫌になっている様子であった。

 

「……何やってんだろうな、俺」

 

 両手に持つ拳銃は教員のものだ。何を隠そう、奇襲を仕掛けたのは隆道本人。教員を無力化した故の戦利品(?)である。

 麻酔は一体どうしたのか? 至極簡単な事だ。彼は()()()()()()()()

 行動不能になる寸前で自分の首を食道辺りまで斬り付け、死亡してから高速蘇生によって体内に巡る麻酔を排除する。

 そう、つまりこの狂人は麻酔を抜く為に自害を選んだのだ。彼だけにしか出来ない、あまりにも狂いに狂った荒業をやってのけたのであった。

 そこからは至って単純。駆け付けてきた教員を死んだふりで欺き、隙を突き、倒して今に至る。この男、本当に頭がおかしい。気狂いだ。

 

「…………」

 

 ふと、隆道は二丁の拳銃を眺める。ほんの少し眺めてからそれぞれ片手のみでスライドを操作、隙間から見える弾薬を確認し始めた。

 彼が行ったのはチャンバーチェックと呼ばれる手法である。弾薬が装填されているか確認の為にスライド、若しくはチャージングハンドルを少し引いて薬室を確認する行為。主に敵から鹵獲した銃や他人から借りた銃で行われる。

 カッコつけてる様には見えるが、本人としては銃を確認してるだけでしかない。何だコイツは、何処でそれを覚えた。

 

「……四十五口径(.45ACP)だったら良かったのにな」

 

 そう呟いて隆道は部屋に戻っていく。数秒後、静かな廊下にガラスが割れる音が小さく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「う……。ぐぅ……」

 

 硝煙が濃く充満する御手洗い。そこで膝を着く束は脇腹を押さえていた。

 

あーあ、自慢のお肌が台無し。これじゃママに何て言われるやら

 

 言葉に反し殺意のこもった声は濃煙の中から。

 

でも仕方無いよね。クソ兎が相手なんだから。うん、仕方無い仕方無い

 

 ソレは徐々に近づいてくる。

 

それよりどーお? 対ISスラッグ弾の威力は。痛いでしょ、痛いよね。ISに頼ってばっかだから痛い目見るんだよ。この馬鹿が

 

 濃煙から最初に見えてきたのはショートバレルショットガン。その次に見えてきたのは血塗れの少女が一人。

 その少女──。

 

もっと味わえクソ兎ィィィッ!!

 

 ──篠原日葵。




オリ主はリセット(自害)を覚えた!!

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