ですがご安心を。今度こそ福音編終わります。
今回、ぶっちぎりで情報過多なので注意。
時は隆道達の出歯亀(?)から少し遡る。
時刻は二十時。生徒一行が夕食を終えた直後、花月荘から数キロ離れた岬にて。
「…………」
『────。────』
そこに一人、この事件を起こした犯人──束は柵に寄り掛かりながら空中投影のディスプレイを眺めていた。小型の機械を耳に当てて。
その機械は古めのボイスレコーダーであった。その見た目からしてかなり使い込まれたものだ。あの天才が最新機器ではなくこんな古臭いものを持っているとは。余程大事な物なのか。
『────。────。────。────』
何を聞いているのかは一切と不明。分かる事は男性の声であるというだけ。他人に興味の無い、自分と身内以外は石ころ同然と認識している筈の束が延々とソレを聞くなど有り得ない事だった。身内からすれば頭を打っておかしくなったのかと思える程にだ。彼女の評価は散々だった。残当。
それはそれとして。その音声を聞きながらも、彼女は目の前のディスプレイを視線の動きだけで網羅していく。そこに映る──一夏達の戦い様と膨大なデータの羅列を。
「『紅椿』の稼働率はたった九パーセント……。単一仕様能力も出なかった……。駄目だ、低い。このままじゃ奴等とまともに戦えない……」
束の表情は暗い。とても暗かった。身内が知るおちゃらけた態度は微塵も見えず、身体全体から滲み出ると思わせてしまう程に落ち込んでいた。
隆道の拉致に失敗したから? それもあるが、今の彼女は別の事に懸念を抱いていた。
「……これ以上は無茶にしかならない。二人には頑張って貰うしかないのかな。ああ、もう……」
束の目的は隆道の拉致だけに非ず。彼以外にも二人──一夏と箒に対してもある目的があった。
箒に最新鋭機を与えたのは気まぐれではない。一夏のISが二次移行したのは偶然などではない。全ては来るべき■■を見越した──。
「……はぁ。やること、多いなぁ……。お仕事もあるのに──」
「ここにいたか束ぇ……」
と、その時。森林から静かに千冬が姿を現す。いつもの漆黒のスーツ──なのだが、今の彼女は恐ろしいと言えた。
首元と両手には未だに残る包帯。腰には隆道を拘束したのと同じ特殊ファイバーロープが数本と日本刀が一刀。その表情は──相当に怒り心頭。マジギレ寸前であった。
静かに怒りを露にする彼女を見ても束は平然。驚く素振りは少したりとも無かった。その代わり何処か都合が悪そうだったが。
「……タイミング最悪」
「何?」
「何でもないよ。それよりも身体はもう平気?」
「お前を叩き斬れるぐらいには、な。……今日は本当に許さんぞ。お前を拘束する」
「おお、怖い怖い」
千冬はじりじりと束に近づいていく。近づいて近づいて、二人の間隔が三十メートル程になった所で彼女は勢いよく刀を引き抜いて鞘を遠くへと投げ捨てた。マジギレ寸前を越して最早修羅だ。
かなり本気の目である。かなり気迫を感じる。が、束はたじろかない。雰囲気もいつの間にやら戻っていた。それが千冬の怒筋を更に増やす。
両者の距離は既に五メートル程。ここで千冬は立ち止まり、柄を強く握り締めて言葉を投げた。湧き出る己の憤怒を抑え、淡々と。
「生体再生……。コアナンバー『○○一』にして初の実戦投入機、『白騎士』と同じ機能か……。やはりアレもお前の仕業だったんだな」
「アレって何かな」
「『○○一』は以前、何者かに強奪されていた。それが今年の四月頭に前触れもなく戻ってきた。何故かあの『白式』に組み込まれて、な。弄ったお前以外誰がいる」
「ぴんぽーん。はーい、束さんがやりましたー」
全くの悪びれ無し。束のふざけた態度は千冬にとって見慣れているものだが、今日という今日は神経を逆撫でする要素でしかなかった。
それは極一部の人間しか知らない事。研究所で管理されていたそのISコアは襲撃により盗まれ、『白式』のISコアとして戻っていた珍妙な事件。何の為に盗んだのか、何の為に戻ってきたのか。犯人の考えが全くと理解出来なかったその事件は大多数に知られる事なく無かった事にされた。
こんな意味不明な事件を起こしたのは束本人。やはりと言うべきだが、その真意までは千冬でもさっぱりと理解が出来なかった。単なる遊びか、それとも何かしらの企みか。しかし、それも今やどうでもよくなった。考える必要は無い。元凶を捕らえれば謎は解けるだろう。
絶対に捕まえてやる。今回ばかりは許さない。多方面を巻き込んだ責任を必ずや取って貰うと、千冬はその刀を更に強く握り締める。
本当なら直ぐにでも斬り掛かりたい。しかし、彼女の僅かなる自制心が衝動を止める。願わくば穏便に済ませたいが故の。
「ふん、本当にお前は天災だな。嘗て十二ヵ国の軍事コンピューターを同時ハッキングするという歴史的大事件を仕出かした天才みたいだ」
「へぇ。凄い天才がいたものだねぇ」
「そうだな。……で、だ。色々と聞きたいんだが今は一つだけ聞こう。柳を狙う理由は何だ」
「…………」
束は答えない。が、その程度は想定済の千冬は更に続ける。箒に渡した第四世代機といい一夏のISといい山程あるが今は隆道だけに絞る。
もしも答えなかったら? その時はその時だ。半殺しにした後で無理矢理にでも吐かせてやると千冬は手出しを堪える。
「私と一夏が戦闘不能になり、代表候補生四人が出撃するタイミングで通信を妨害し篠原に奇襲。此方の戦力が失くなったと同時に柳を拉致、か。最初から計画の内か? だとしたらやられたよ。五月の時といい今日といい、あの天災がここまで執念深いとはな。……それで? 奴に拘る理由は何だ。何がしたい。何が見えている」
「それは……」
「いい加減うんざりだ。お前の企みに乗った私も同罪だが……それでもお前はやり過ぎた……! 答えろ、柳を狙う理由は何だ……!!」
「………」
やはり答えない。いや、言う気無しというより言うか否か悩んでいる様子である。もしかしたら聞けるかもしれないと、千冬は敢えて黙る。
今までの事案、そして隆道に対する束の態度。これ等の材料からして十二分に理解した。彼女は彼に関する何かしらを知り、それを隠している。何がなんでも連れ去ろうとしている。
抹殺は有り得ない。実験台の可能性すら低い。何よりも『灰鋼』を引き剥がそうとしていたのが不可解極まりない。
これでは、まるで──。
「頼む、教えてくれ。私に刀を振らせるな」
「…………」
せめて真意だけは知りたい。拘束は確定だが、内容次第では協力出来るかもと千冬なりの最後の情けが待ったを掛けた。
沈黙から十数秒。漸く束は口を開いた──が。
「……やだ。教えない」
駄目。絶対に言いたくないらしい。
またしても違和感。千冬が知る束という人物は話をはぐらかしたり無視したりする傾向がある。そんな捻くれまくり人間がきっぱり拒否するなど今まで見た事がなかった。
時間の無駄だ。これ以上は我慢出来そうになくマジギレ。もう終わりにしようと彼女は意を決し居合いの構えを取った。
「……そうか、ああそうか。お前に関わった私が愚かだった。もういい、今日で終わりにしよう」
「……ねぇお願い、今日は見逃してくれない? ちーちゃんに構ってる暇なんて無いんだよ」
「っ……!! もう喋るな──」
「あらぁ? 私を差し置いて密会ですかぁ?」
「──!?」
それは突然やって来た。
付近から聞こえる少女の声。その特徴的過ぎるだらしない口調は一人しか知らない。
「っ……」
「篠原……!?」
「やぁやぁやぁ。こんばんは、お二人さん」
二人揃えてその方へと向くと、暗闇から静かに近づく不気味な笑顔の日葵が。
愕然せざるを得ない。何処から聞いていた? いつからそこにいた? 何故気づかなかった? それに──この妙な違和感は?
「何ですかその顔はぁ。まるで幽霊でも見た様な驚きですねぇ。ちゃんと生きてますけどぉ?」
「……どうしてここにいる。今は外出厳禁だぞ」
「とーっても大事な用がありましてねぇ、今しか出来るタイミングが無いんで出ちゃいましたぁ。お許しをぉ。……よぉクソ兎、昼ぶり」
「……やぁ。気配消して近づくなんて中々心臓に悪いね。束さんでも気づかないなんて凄いや」
笑顔から一変。日葵の表情は冷たくなった。
またコレだ。幾つもある内の一つである日葵の冷たい圧。コロコロと変えていく彼女の雰囲気は未だに慣れる事が出来なかった。
本当に不気味だ。普段は不誠実、時に冷たく、時に言葉で現せない深い闇。それ等が前触れなくシームレスに変わるのだから本当に心臓に悪い。何を考えているのか、千冬には今も分からない。
「どんな気分? 一生懸命考えた計画が潰された気分はさ。大人しく巣に籠ってればいいものを。こっちは仕事で大忙しなの分かってんだろうが」
「? おい篠原。何の話だ」
「……あーっ。織斑せんせーは『ファントム』をご存知で?」
「!! ……あの『ファントム』、か?」
その名を聞いた千冬は目を見開く。どうやら、彼女はソレが何かを理解している模様。次第にと表情は曇り、苦虫を噛み潰した様な顔と化した。
「ええ、ご想像通りの奴等です。織斑せんせーは何処まで聞いてます? 『更識家』は何と?」
「……詳しくはまだ何も。妙な動きをしていると耳にしたのが最近だ。このタイミングで動いたとなれば奴等の狙いは恐らく……ん? 待てお前、あいつを知って……?」
「んー……諜報活動の限界ってヤツでしょうね。彼処の人材じゃあ対応出来っこなさそうですし。最近余計な事もするし本っ当に面倒……」
「……? 篠原、お前は何処まで──いや、何を知っている……? 本当に代表候補生か……?」
日葵は言葉を濁しているが、千冬には分かる。
『ファントム』は、とある組織の略称である。表には決して出ないその組織は、裏の人間だとてその全貌を掴む事は非常に難しい。だが、彼女はまるで多くを知っているかの様な口振りだった。
「まぁその件は後程。ちょーっとそこのクソ兎に用があるんでもう少し時間ください。……おい、さっきから何黙ってんだ。こっち向けよ」
「…………」
束は日葵と目を合わせない。まるで、親にでも説教を受ける子供の様に。スカートを握り締め、顔が見えない程に酷く俯いて。
一体この二人はどのような関係なのだろうか。間違いなく二人の間で何かしらの関係がある事は明白なのだが。
協力関係とは思えなかった。どう見ても日葵は束と敵対している。とは言っても互いではなく、一方的なものに見えるが果たして。
「お前さ、どういうつもりだ? お前があれだけ頭下げるからこっちは引いてやったんだ。お前に少しの間任せる事にしたんだ。その結果コレ? いい加減にしろよ、全部パーになるだろうが」
「………」
「それともアレか? 我慢出来なくなったか? あーそうか、自分さえ楽しければ別に良いよな。自分の思い通りにならないと気が済まないよな。ほら、結局お前は昔からなーんにも変わらない。ほんの数年で変われる訳ないんだよ」
何の話なのか、千冬には全く分からなかった。
昼間に見せたものよりは控え目だが、それでも人を怯ませるには十分な圧が日葵から滲み出る。両目を全力で見開いて一直線に束を睨む彼女から感じるのは怒りと憎しみの二つ。
決して十代半ばがしていいものではなかった。どうしてそんな声が出せる。どうしてそんな顔が出来る。何を経験したらそうなる。
「ねえ、今の世界は楽しい? 楽しいでしょ? 楽しいに決まってるよね? 楽しいって言えよ。お前が始めたくせに──」
「……くない」
「ん? 何?」
「……束?」
「楽しく、ないよ……」
千冬は絶句。見たことのないものが見えた。
前髪の隙間から微かに見えた束の頬。そこから雫が静かに流れ出す。
「こんな、筈じゃなかった……。こうなるなんて思ってなかった……。束さんが……こんな世界にしちゃった……」
彼女は──泣いていた。
「遅、かった……。何もかも遅かったんだ……。もっと、もっと早く気づいていれば……」
「おま、え……」
「違ったんだ……。
束は決壊する。
最早、千冬が知る天災は何処にもいなかった。啜り泣きからボロ泣きに変わり、彼女の場違いで奇抜な服は零れ落ちる涙で濡れ広がった。それは一向に止まる事を知らず、足元も濡らしていく。
千冬にとって、今の束は信じ難いものだった。四半世紀を生き、幼少から腐れ縁である彼女でも初めて目にしたものだから。己がそうなのだから他の者も同等かそれ以上の反応を示す筈だ。
彼女は分からなくなった。自分の知らない所で何が起きているというのだと。
「……今更泣いたって何も戻ってこないのにね。天災が聞いて呆れる──」
「……篠原?」
「ん? どうしましたかぁ?」
その時、ここで千冬は違和感に漸く気づいた。その違和感は日葵の今の姿にある。
彼女は花月荘で用意された浴衣姿。それ自体は何も変わった所など無い──のだが、彼女自身に
「ISはどうした……?」
「……おっと」
『
あのISは自力で外せない、そう本人が言った。裏も取ってある。なのに、さっぱりと無かった。
「おい篠原──」
「……? ひまちゃ──!!」
束だけが気づく。一方の千冬は、日葵の豹変に釘付け、息を詰まらせた。
ソレは人のする顔ではなかった。
ソレは──嗤っていた。
咄嗟に動けたのは束だけ。しかしもう遅い。
「伏せてぇぇぇっっっ!!!」
「──ぐわっ!?」
──束が千冬を強く突き飛ばしたその直後。
「──っっっ!?!?!?」
突如、森林から爆音と共に無数の飛翔体が束と日葵を襲った。接触と同時に連続爆発を起こし、周囲は豪快に抉れ、巻き上がる土煙に包まれる。突き飛ばされた千冬は爆発の衝撃波によって更に吹き飛び、数十メートルは転がっていく。
それだけに非ず。爆発によって小石等の破片は散弾の如く飛散した。幾ら束に突き飛ばされてもそれなりの近距離。当然、千冬は巻き込まれる。
「ぐおおおぉぉぉぉっっっ!?!?!?」
が、流石は世界最強か。自身に迫り来る危険に反応出来たが故に四肢を動かし急所を全て防御。弾丸に等しい速さで飛び散る無数の破片は千冬の手足だけに当たるだけで済んだ。
それでも、十分に痛々しい怪我には違いない。しかも軽く数十は超えるであろう連続した爆発。酷い耳鳴りと目眩が彼女を襲う。
しかし、それも直ぐ治まる。重傷に近い怪我が増えようと物ともしない彼女は転がりから華麗に体勢を立て直した。
「ぐ、ぅ……!! な、何……が──束!?」
「う゛……!」
徐々に視界が鮮明になる最中、千冬が見たのは煤だらけの束。シールドバリアーが守ったのか、かなりエグい爆発であったが一応無傷であった。では、巻き込まれた日葵は?
「……!!」
彼女は──跡形もなく消えた。
「襲撃──」
千冬の言葉は爆音に遮られる。
またしても束は連続した爆発に呑まれていく。シールドバリアーがソレ等を防ぎ、怒涛の火花が辺り一面に散っていく。
しかし、今度は耐え切れなかったのであろう。シールドバリアーは硝子が割れる様な音を立てて貫通、彼女に爆炎が直撃する。所々衣服が破れ、傷が一気に増えていく。絶対防御で木っ端微塵にならないだろうが確実にダメージを与えていた。
千冬は直ぐに理解する。森林から聞こえるのは銃声。しかも、『銃』ではなく『砲』の類いだ。音の間隔からして機関砲が数基。だが、それなら不可解しかない。
そこの森林は今し方通った所だ。機関砲なんて一つも無かった。まさかIS? いや、それならば束が気づく筈だが。
「!?」
今度は別の『何か』がやって来る。
森林から山なりに飛んでくるのは二つの物体。動体視力が化け物レベルである千冬と束はソレの正体を捉える事が出来た。
その『何か』は紫電を強く纏った擲弾。ソレは束の近くで──。
「ヤバ──」
──球体状に大きく放電する。
「……!! 動け──う゛っ!?!?!?」
またしても森林から。今度は小さな物体が束に迫り来る。
その物体、砲弾と擲弾より圧倒に小さい弾丸。対人クラスならシールドバリアーは確実に防げる──筈なのに、その弾丸は貫通した。
途切れやしない無数の弾丸が彼女を怯ませる。その大半は絶対防御で弾かれるが、一部は四肢や上半身に弾丸が届き、衣服と肌が焼け焦げる。
ISを持つ彼女が、あの天災が、怒涛たる攻撃を前に怯むだけ。何故か何も出来ないでいた。
「た、束──」
「前進!!」
『彼等』は姿を露にする。
森林から聞こえる大多数の足音。茂みが揺れ、何も見えないのに足音だけが一気に近づく。
それは直ぐに判明した。空間から蜃気楼の様に姿を現したのは、四肢を這う謎の機械と重装備で固めた黒尽くめの特殊部隊。その数は約二十人。自動小銃を構える彼等は、姿を現してもなお束に向けて撃ち続ける。
自動小銃だけではなかった。何人かが腰だめで撃ち続けるソレは『機関砲』。重機関銃より遥か巨大で重々しいものを彼等は容易く持ち、そして連続する強烈な反動に耐える。小銃より圧倒的な爆音が辺りに響き渡る。放たれた砲弾は爆裂して束を覆う。
砲弾と銃弾が彼女を傷付ける。砲弾はまだしも銃弾すらも通用するのは何故か。
その自動小銃、
その弾丸、真鍮メッキ等で覆う
──『
「や、止めろ貴様等ぁっ!!」
誰も聞きやしない。彼等はひたすら撃ち続け、束に一切の隙を与えやしなかった。彼女が体勢を立て直そうとすると何人かが
この擲弾、生物相手ならば必ず行動不能にする高電圧とISの機能を狂わせる特殊な電磁パルスの二つを発生させる対IS兵器。弾速は遅く、範囲は狭く、飽くまでも一時的なものだが効果は絶大。当ててしまえば短時間は動きを封じられる。
故に、束は動けない。故に──逃げられない。
「止めろと言って……!!」
弾丸と砲弾と擲弾のこれでもかと言う程に続く集中砲火。全く鳴り止まない爆音が地を揺らす。連続する無数の火花が辺り一面を照らす。止まる様子は全くと無かった。
黙って見過ごす訳にはいかない。束を捕まえる気はあれど殺す気など千冬には毛頭無いのだ。
彼等を止めなくては。節々がまだ痛む彼女は、その身体へと鞭を打って気合いで立ち上がった。
が、しかし。立ち塞がろうとしたその時。
「な──ぐはっ!?」
千冬は宙を舞い、地べたに叩き付けられる。
突然感じた、手首を捕まれ引っ張られる感覚。それはとても力強く、重量感のある機械によって投げ飛ばされたと錯覚した。
一体何が起こったか彼女には分からなかった。自身の周りには誰一人としていなかったのに。
「な、何が──」
「大人しくしてろ」
「……!?!?!?」
異質。千冬が見たものは正にソレ。
黒ではなく、タンカラー一色の兵士。空間から突如に姿を現したその兵士は彼女に跨がり拳銃を頭に向けていた。何故、その者が異質だと彼女は思ったか。
その兵士、他の者とは違ってかなりの軽装備。プレートキャリアとホルスター、小型のナイフに少々のマガジンポーチのみの装備だが、その姿は人間から掛け離れていた。
体幹は機械、四肢も機械、首回りまでも機械、頭部は右目辺りに位置する単眼カメラアイだけのフルフェイスヘルメット。生身など無いと言えるレベルで何もかもが機械だった。
パワードスーツの類いとは訳が違う。稀に見るISの全身装甲だろうと人間らしさのある柔らかなボディラインは見えるが、この者はソレも無い。まるで、戦う為だけに作られた『人型兵器』。
「ロボット……!?」
「てぇっっっ!!!」
「──!? 束ぇっ!!」
今度は機関砲の発砲音を遥かに超える爆音と、目の端で殴り抜かれたかの様に怯む束が見えた。彼女の方を向くとその姿は更に痛々しく。
彼女に突き刺さる銀色の長い杭が一本。ソレを撃ち込んだのは当然彼等しかいない。その方へと目を凝らすと、何人かはいつの間にか自動小銃や機関砲とは全く別のものに変えていた。
それは、あまりにも大きく、あまりにも無骨。人の頭が入れそうな程に巨大な砲口と大の大人の身長を軽く超える長い砲身が目立つ大砲だった。最早、対物ライフルの範疇を超えたソレを個人が腰だめでどっしりと構え、機関部真横のレバーを力強く引く最中。
「次弾装填完了!!」
「「「「「次弾装填完了っっっ!!!」」」」」
この大砲──まさかの滑腔砲。それも、戦車の主砲と同等の兵器。生身では決して扱えやしないその兵器は彼等の為に作られた特別製。
その用途、彼等がISと戦闘する為に開発された携帯火器。前提からして飛びっきり頭がおかしく正気の沙汰ではない狂気のゲテモノ砲。
勿論、使うのは貫通力だけに特化した徹甲弾。ソレは戦車の分厚い装甲も容易く貫く──。
「てぇっっっ!!!」
──『
「う゛わ゛ぁ゛っっっ!?!?!?」
炸裂する巨大な爆発音と共に次々撃ち出される杭の様な砲弾が束を貫く。肩に、そして両足に。残りの砲弾は絶対防御が防ぎ、盛大過ぎる火花を撒き散らして激しく砕け散った。
シールドバリアーと絶対防御は完璧ではない。突破出来る貫通力、または攻撃力があれば本体に直接ダメージを与えられる。何れ程に高性能でも根本的なものは決して変わらない。
ISが最強たる所以は、戦闘機を上回る機動力と攻撃力、そして本体を守る鉄壁の防御力である。これを崩すには動きを止め、反撃されるその前に火力と数に物を言わせれば良い。
それは不可能だと言われたのは最早昔の話だ。ISが知れ渡り約十年が経過した今、進化したのは技術やISそのものだけではない。
ISに対抗する術も密かに進化していた。
対人対物兵器だとて物次第では十分に戦える。防御機能の許容範囲を超える兵器ならば尚良し。人間がISを相手にするなど決して現実的ではない無茶苦茶な行為だが──彼等ならやる。
彼等は知っている。ISとの戦い方を。どの国も実行しない、しようともしない所業を、彼等なら出来る。究極の機動兵器に勝つ可能性を持つ。
ISはISしか倒せない? 本体を集中的に狙え。生身を狙え。
凄まじい火力に瞬殺される? 真正面から戦う馬鹿は無駄に死ぬだけだ。裏をかけ。奇襲しろ。
圧倒的機動力に翻弄される? 動きを止めろ。地べたに引き摺り出せ。
シールドバリアーが守る? 穴は開けられる。無理矢理ぶち抜け。
絶対防御がある? 絶対ではない。枯れるまで攻撃しろ。
奴等は圧倒的な力に酔っている。だから驕る。そして油断する。そこが好機だ。泣いて詫びても容赦するな。
奴等は戦乙女ではない。傲慢なだけの魔女だ。狩れ。かつて人々がそうしたように。お前達ならそれが出来る。真の戦乙女が勝利に導く。
お前達の手で、魔女を殺すのだ。
それが、彼等の課せられた使命。ISを倒す為に手段を問わず、労を惜しまず、己の命を捧げる。一度狙った獲物は──必ず討つのだと。
「あ゛……う゛ぅ゛……!!」
今の束は赤色のペンキを頭から被ったかの様に血塗れであった。生きているのが不思議な程に。 幾ら腐れ縁とはいえ、彼女の痛々しい姿はとても見ていられないものに。
彼等は撃ち続ける。彼女がどれ程まで弱っても止めない。絶対逃がさないという意思を感じる。絶対殺してやると殺意を感じる。
止めようにも身動きが全くと取れない。常人を凌駕する筋力を持つ千冬でも、跨がる機械の塊に成す術がまるで無い。
「は、放せ……!!」
「無駄な抵抗は止めろ。手負いの貴様では私には勝てない」
「この──」
「これは報復だ」
──直後。
「──っっっ!?!?!?」
遠くの茂みから轟く巨大たる発砲音と共に束に何かが直撃した。シールドバリアーに穴が開き、激しく火花を散らす彼女は殴り抜かれたかの様に大きく仰け反る。
再度一発、更に一発と破壊的な発砲音が響く。モロに受け続けた彼女は柵の方にまで仰け反り、叩き付けられる様に追いやられてしまう。
これだけ撃たれようと彼女は未だに倒れない。だからこそ、彼等は執拗に攻撃を続ける。
「っ……!!」
が、やられっぱなしではなかった。
追い詰められた束は谷間からメルヘンチックな短い杖を取り出し、突き出す様に彼等へ向ける。その刹那──。
「「「「「……!?」」」」」
──全員の発砲が止まった。
各それぞれの動きが瞬く間に鈍くなり、やがて完全に止まる。向けていた火器は徐々に下がり、身体と機械からはミシミシと軋む音が鳴り響く。ズブズブと地面にめり込んでいく。
束が出したこの道具は携帯型空間圧作用兵器。指定範囲の重力操作を行うトンデモ兵器である。人間は当然、ISですら這いつくばせる程にかなり強力なもの。逆もまた然りで浮かせる事も可能。見た目とは裏腹に恐ろしい道具だった。
あの状況下で即座に彼等だけの動きを止めた。森林の方にも範囲を指定したらしく、今では全く銃声が聞こえない。完全に無力化したらしい。
「はっ……はぁっ……。……ねぇ、ちーちゃん。束さん、もう帰る──」
──否。
「────」
唖然。千冬が目にしたものは、束の前に突如と落下してきた超巨大な金属だった。
その金属──両刃の戦斧。IS用としても大型に分類するソレはけたたましい音を響かせ、大地を揺らし、深々と地に食い込んだ。
誰の仕業か直ぐ理解した。何故ならその戦斧の柄には人影があったから。
ソレは、千冬を拘束した者と全くと同じ外見。つまり二体目のロボットと思わしき兵士。そう、巨大な戦斧は落下してきたのではなく、この兵士一人が振り下ろしたのであった。遥か上空から。束に向けて一直線に。
外したのか? いや、確かに斬った。
「……あっ」
束の右腕は──宙を舞う。
「言われたでしょ?」
束の耳に突き刺さるのは女性の囁き。目だけを向けると、戦斧で自身の右腕を斬り落とした者が顔を向けていた。月を背にし、カメラアイを鈍く光らせるその姿は死を宣告する死神のようで。
「『今度こそぶっ殺してやる』って」
勝敗は決した。
「てぇっっっ!!!」
彼等は再び牙を向く。
機械兵士は地面を蹴って戦斧と共に高く跳躍、直後に無数の凶弾が束へと向かった。一瞬の隙を突かれた彼女は成す術なく全て受けてしまう。
シールドバリアーが砕け散る。衣服が燃える。皮膚が抉れる。血が飛散する。人類最高の天災が簡単に嬲られる。
そして──漸くそれは終わる。
「っ──」
最後は顔面に直撃。血を撒き散らす束は豪快に柵を突き破り、海へと落ちていった。
「「「「「…………」」」」」
「た、束……」
静寂。轟いた爆発音はすっぱりと消える。
彼等は銃を構えたまま動かない。千冬は突然の出来事に放心して動けなかった。
あの束が、あの天災が、あの人類最高が、ISを持たない特殊部隊に一方的にやられた。
あの怪我に出血量だ。まさか、死ん──。
「……さて、今度は貴様だブリュンヒルデ」
「き……貴様等は何なんだ……!!」
「答えるとでも?」
「ぐ……くそっ……このぉっ……!!」
「焦るな。貴様の処遇はネメシスが決める」
その時。森林の中から物音が。
闇から聞こえる複数の足音が徐々に迫り来る。そこからゆっくりと近づくのは──彼等と同じく黒尽くめの特殊部隊だった。
自動小銃持ち、機関砲持ちが各それぞれ五人。そして中央に滑腔砲を担ぐ者が一人。
「…………」
中央の兵士は、他の者とはまた違っていた。
ガチガチの武装と謎の機械を装着している点は同じ。しかし、その身体は他の者と比較して背が低く、且つ男性の体つきではなかった。その顔は四眼暗視装置とフェイスガードで隠れているが、はみ出る髪型や歩き方からして明らかに女性だ。
その女性が、巨大な滑腔砲を片手のみで担いで優雅に歩いている。恐らくは謎の機械のお蔭か。相当のパワーがあるのだろう。
彼女は静止した彼等の間を堂々と通り抜ける。すると彼等は構えた体勢のまま彼女に追従する。彼女の左右には一切の乱れ無き特殊部隊の列が。恐ろしさと同時に美しさもあるソレは徐々に足を早め、瞬く間に千冬の目の前まで。立ち止まるや否や、ほぼ全ての銃口が──千冬の眉間に。
「ハンター10から12、海岸を捜索せよ。6から9は警戒態勢レベル5に。不審者は警告無しで排除だ。APIを忘れるな」
『『『『『了解』』』』』
織斑千冬、シカトされる。
言葉を投げる女性の声は機械音声。他者よりも比較的非力そうに見えるが、それでも彼女からは計り知れない凄みがある。
こうして間近で見ると彼女の武装も凄まじい。自動小銃、散弾銃、拳銃、大型ナイフ、手榴弾と身体中武器だらけだ。戦争でもする気か。
「0-2も行って」
「あの幻覚使いもいるかしら?」
「必ず近くにいる。仕留めて」
「……ふふ、了解」
軽く会話を交わした直後、戦斧を軽々担ぐ機械兵士は身体全体に紫電を走らせ完全に姿を消す。ここまで空間に溶け込めるとは凄まじい性能だ。束でも気づかなかったのだからハイパーセンサー対策も兼ねているのか。他の者の装備もかなりの高性能であろう。
が、それよりも気になるのは中央の彼女だ。
「ネメシス、お見事なヘッドショットでした」
「たかが二百少ししかないでしょ。私より貴方がやった昼時の狙撃の方が見事じゃない。あの時はよくやってくれた」
「勿体なきお言葉。それよりもよろしいので? 僭越ながら、あの女共は始末するべきかと」
「今は十分。黙らなかったら問答無用で火炙りか磔……ああ、家丸々爆撃するのも有り? うん、やり方はこっちで考える」
「了解」
まだシカトされる。今も押さえ付けられている千冬には目も暮れない。まるで道端の石ころ。
軽視──では無いだろう。顔は向けてなくとも片手は直ぐに銃を抜けるようホルスターの側に。千冬がほんの少しの動きを見せるだけで容赦なく撃ち込むに違いない。
一目見ただけでも分かってしまう。この女性は数多の死線を潜り抜けた歴戦の猛者だ。
「お疲れ様でございます、ネメシス」
「ネメシス、滑腔砲を此方に」
「ありがと」
悲報、まだシカトされてしまう。千冬としてはそろそろ此方に触れて欲しいところであった。
どうやらこの女性が彼等を束ねる隊長らしい。彼女の隣にいる二人はやけに丁寧な労いの言葉を掛けている。隊長以上に格上の人間なのか。
『ネメシス』。ギリシャ神話に登場する女神、または報復するものという意味がある。その様な名を持つ彼女の正体は。
「0-1、彼女を解放して」
「……ネメシスを危険に晒す」
「いいから。私に任せて」
「了解。……変な気は起こすなよ」
機械兵士は千冬から退き、直ぐ様に女性の隣へ移る。漸くと自由になった千冬であったが、今や立ち上がる気力なぞなかった。唐突過ぎた展開に理解が未だに追い付いていないから。
が、彼等にとって彼女の心境は何も関係無い。さっさと立ち上がれと言わんばかりに女性を除く全員が銃を更に近づける。空気の読めない輩でも彼等の言いたい事が分かる重圧。
三十はいる特殊部隊、加えて機械兵士が一体。此方は生身で武器も無し。何も出来ないと踏んだ彼女はゆっくりと立ち上がり両手を上げた。
「さ、何が何だか分からないって顔してますね。まぁ無理も無いでしょう」
「…………」
「おや、私が分からない様子。ほら……」
そう言って重武装の女性はゆっくり暗視装置とフェイスガードを外し、素顔が露に。
「……篠、原?」
「改めてこんばんは、織斑教員」
その女性──なんと日葵。
千冬は更に混乱に陥る。重装備のその姿は? 今、森林から現れなかったか? ならば、自分と束の前に現れて消えた彼女は──。
「!!
「ご名答。中々に良い出来だと思いませんか? 貴女方を騙せるならかなり実用的でしょう」
してやられた。自身の前に現れた日葵は単なる映像でしかなかった。だからあんなにも違和感があったのかと、千冬は歯を食い縛った。
精巧な立体映像、機械を纏い巨大な武器を扱う特殊部隊、二体の機械兵士、そしてそんな彼等を動かす少女、篠原日葵。
確定した。彼女はただの代表候補生ではない。
「一体、貴様等は……」
「特殊部隊、とだけ言っておきましょう。彼等は私の部下です。とても優秀なんですよ? 生温い訓練でぬくぬく育った馬鹿共より圧倒的に」
やはり、と思うと同時に千冬は懸念が残った。
ここまで過激な手段を取る正規軍はいない筈。警察組織でも自衛隊でもないなら所属は何処か。
だかしかし、考える暇は微塵もありはしない。今は生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。
「そう、か……。それで、何のつもりだ……? こんな事が許されると思っているのか……?」
「ふん、たかが教師が何を偉そうにほざくやら。ここは日本ですよ、国際指名手配がいれば国内の人間が動くのは当然です。録な対応も出来ない、あまつさえいいようにされる。その様な大失態を犯した貴女に非難される筋合いは無い。本来なら貴女こそ裁判行きなのが分かりませんか?」
「…………」
「数年振りに姿を現しただけでも大騒ぎですのに好き勝手にやられて。『軍用IS』のハッキング、作戦妨害、撃墜者多数、男性IS操縦者拉致未遂。奴はもう野放しに出来ないんですよ」
その目は、生ゴミを見るかの様に冷たかった。
相手を格下と見ている目付きではない。相手を人として見ていないソレだった。
千冬は何も言えない。日葵の指摘はご尤もだ。作戦自体は成功し、且つ束の企みは阻止出来ても被害が大き過ぎた。一歩でも間違えば失敗の上に誰かしら失ってもおかしくはなかった。
終わりよければ全て良し、では済まないのだ。ここはIS学園ではない。何より──束に関しては有耶無耶など世界が許さない。
何もかも遅過ぎたのだ、千冬は。束と再会した時点で即捕らえるべきだった。
「大事な用とはコレか……」
「ええ勿論。元々は奴一人だけが狙いでしたが、貴女が動くので利用する事にしました。おかげで奴に隙が出来た。そこは感謝します」
「……なるほど。今度は仕留め損ねた私、か」
「いいえ? 目的は飽くまで篠ノ之束ただ一人。貴女が生きてようが死んでようがどうでもいい」
「……何?」
予想外の返答に千冬は呆気に取られた。
思いっ切り巻き込んでおいてどうでもいいとは血も涙も無い女だ。だがしかし、口振りからして少なくとも今直ぐ殺しはしない模様。
分からない。生死を問わないのなら何故直ぐに殺さない。千冬とて弟を置き去りにして死ぬのはまっぴら御免だが生かされる真意が謎過ぎた。
「どちらでも構わないんです。私にとって貴女は何一つ脅威にならない。あ、ソレ頂戴」
「どうぞ」
「ありがと」
「……!」
日葵が受け取ったのは先程吹き飛ばされた時に手放した日本刀。何をするかと思えば──なんと刀身を握り、親指だけで折り始めたではないか。それはまるで、カッター刃を折るかの様に。
「どうですコレ? 戦闘用として極秘に開発したパワードスーツ。パワーは見た目以上に出ます。防御性能はまぁお察しですけども……それでも、生存率はグッと上がる」
──強化外骨格『
力を加えている様子など少しも無いのに軽々と折れる。曲がりはすれど、滅多には折れない筈の日本刀が撓りもせず細かくなり短くなっていく。暇を潰すかの様な仕草で折り続ける日葵は、今も千冬から目を逸らさない。
千冬は嫌と言う程に理解し、察してしまった。刀を折り続けながらも自身を見詰める少女の目はとても冷酷で、残虐で、邪悪で。
──お前もこうしてやろうか?
刀身は無くなり、遂には柄も半分に折られた。
目は口ほどに物を言うとはこの事か。抵抗処か日葵の機嫌を損ねでもすれば即座にあの日本刀と同じ末路を辿る、そんな未来が千冬には見えた。
彼女なら間違いなくやる、躊躇無く実行する。寧ろ楽しんで嫐るであろう。魚の餌にされるのは目に見えていた。今は従うしか道は無い。
殺さない、となれば何かしらの要求であろう。金か、コネか、それかIS学園での特別な権限か。はたまた──いいようにこき使う奴隷か。
「……望みは何だ」
「一つ、今日見たものと我々の存在はご内密に。二つ、柳隆道に関わるもの全ての詮索を禁ずる。あとはご自由にどうぞ」
「……? どういうことだ……?」
「言葉通りです。二度は言いません」
意外。想像した全てが当て嵌まらなかった。
要求とはとても思えない。他言無用なのは理解出来るが、隆道を探るなとは一体どういう訳だ。他は好きにしろとは何なのだ。狙いが分からず、それが千冬に冷や汗をかかせた。
その嫌な予感は的中している。
日葵は既に手を回した。
千冬は
「わからん……。何が狙いだ……」
「別に? 何もありませんが。ああ、そういえば先程話した『ファントム』の件ですが、その前に見て欲しいものがあります。1-1、例の資料を」
「……?」
日葵が言うなり、特殊部隊の一人が雑誌程度の大きさがあるタブレットを取り出して操作する。画面をなぞり、終わるや否やソレを千冬の足元に放り投げた。
「────」
千冬の視線はタブレットに映る一列の文字に。ソレを見た彼女の息は詰まった。
──『Project.M』──。
「な……あ……? なん、で……?」
「ほら、早く見てくださいよ。スワイプぐらいは分かりますよね?」
淡々と放つ日葵の言葉は、千冬にとってまるで悪魔の囁きだった。
千冬は震えながらタブレットを取り、恐る恐る指で画面をなぞる。次に出てきたのは殆どが黒く塗り潰された文章と謎の数式の数々。彼女は息が荒くなり、固唾を呑んで再び画面をなぞる。
次も、次も、そのまた次も同じだった。何度もスワイプしても塗り潰された文章と何かの数式。誰が見ても理解不能の資料でしかなかった。
「う……」
尤も、この場にいる全員を除いてだが。
「その辺りはあまり関係無いんで飛ばしちゃって構いませんよ。見て欲しいのはもっと奥の方」
「…………」
千冬は言われるがままページを飛ばしていく。何度も飛ばしていくと、文章と数式だけであった画面は別のものになる。
その画面には、男女の名前と顔写真がずらり。若い者から老人までびっしりと表示されていた。不可解なのは──全員の顔写真に赤い『✕』が。
いや、不可解ではなかった。彼女はなんとなくその意味を察していた。
「その人達に見覚えは?」
「……ああ。何人か、ある……」
「でしょうね。では一番最後のページを」
「…………」
促されるまま千冬は最後までスワイプさせる。これ以上動かしたくない、この先を見たくない、ここから逃げ出したいという想いが彼女を大きく蝕んでいく。
この時の彼女はこう思った。どうか『
「……!!」
千冬は見た。見てしまった。
最後のページには三人の顔写真が映っていた。
今よりずっと若い頃の千冬と。
愛くるしい幼い一夏と。
千冬に似過ぎた幼女が。
「な……ど、どう、して──」
「なーんでこんな狂気の沙汰を実行したのやら。中途半端に残さず全部処分しとけばいいものを。これ以上ない負の遺産ですよ、全く」
「あ……う……」
「ま、貴女に言ったところで仕方無いんですが。適当に聞き流してください。……話を戻します。ソレ、今更ながら問題が一つ発生してるんです。貴女に似たその女。あろうことか、そいつが……そのくそったれが『ファントム』にいる」
「……!?」
低く、ドスの効いた声で日葵は静かに語った。彼女は憎き敵を思い出しているのか、徐々に歯を食い縛り、眉間には怒筋が浮かび上がっていた。彼女にとって因縁の相手なのだろう。
千冬は声を出せない。絶句するしか出来ない。衝撃から更なる衝撃。動揺を隠せない状況下での追い打ちは、彼女の精神に致命傷を与えていた。日葵の表情など少しも気にしていられなかった。
この謎過ぎる資料こそ──千冬の弱点。
「そのくそったれが本っっっ当に厄介でしてね。現れては何度邪魔されたことか……。そのせいで私は部下を……大勢の部下を……!!」
「…………」
「おっと失礼。……織斑教員、『ファントム』は近い日に動くでしょう。ここ最近は私や部下達が居所を突き止めて潰し回ってますがジリ貧です。おまけにIS学園にも潜んでいるとかもう溜息」
「な……馬鹿な!! 更識もそこまでは──」
「入ったばかりの情報です。潰した奴等の拠点に断片的ですが残ってましてね。そのくそったれの名は……『R』、だと」
少しばかり我に返った千冬は頭が痛くなった。今も問題が増える一方だというのに、無慈悲にも別の問題が発生する。休む暇は絶対に与えないと言わんばかりに彼女は追い詰められていく。
「ああ、困りましたよ本当に。『ファントム』がIS学園に潜伏だなんで一体何を企んでいるやら。ねぇ? 織斑教員?」
「……言いたい事は分かった。ああ、協力する。何でもやってやる。だから頼む、一夏には……」
「急にどうしました? 別に協力してくれなんて頼んでませんけども。そもそもの話、篠ノ之束と繋がる人間と協力だなんてリスクが──」
「誓う! 無いっ!! 何も無いっっっ!!! お願いだ、一夏には……一夏だけには……!!」
「……良いでしょう。元からその気はありませんでしたが、貴女の誠意に免じて黙っておきます。安心してください、私は約束を守る女です」
「うぅ……」
汚い。実に汚く、実にタチが悪かった。
要求の必要は無かったのだ。日葵は疾うの昔に千冬の最大級の弱みを握っていた。強迫せずとも弱みを突付くだけでご覧の通りだ。
最早、悪党と何ら変わりのないやり口である。惚けておきながら人の弱みに付け込むとはなんと極悪な性格をしているのか。人の心は無いのか。
「長話は嫌なので今日はこれくらいにしますか。あとは帰ってからで。……よろしいですね?」
「……ああ、分かった」
千冬はもう限界である。気力なんて零に近い。日葵の正体など今はどうでもよくなっていた。
酒をガブ飲みして寝たい。こんな事は沢山だ。早く解放してくれ、彼女はそう切に願った。
しかし、神はまだ許さずに畳み掛ける。
「最後にもう一つ」
「まだあるのかぁ……」
「織斑教員にはもうありません。せっかくなんで私の仕事ぶりを見て貰おうかなと思いましてね。此方へ来てください」
「仕事……?」
言うが早いか、日葵は疲弊した千冬を引っ張り森林の方へと歩いて立ち止まった。少し待つと、暗闇から何やら近づいてくるではないか。
こちとら衝撃の連続だったのだ。何が来ようと驚かないぞと、千冬は力なく目を凝らす──が。
「……!?!?!?」
全然無理だった。
暗闇から現れるは特殊部隊二人と、その彼等に引き摺られる──。
「……! ……! ……!」
「はいこんばんは」
──猿轡を噛まされた女性。
彼女の姿も中々痛々しい。顔面は殴られたのか酷く腫れ、衣服は乱れ、素肌は擦り傷だらけだ。かなり痛めつけられたのだろう。
彼女は今回の臨海学校に同行した教員である。そんな人物が彼等に捕らわれている。あまりにも斜め上な光景が故に千冬は驚きを隠せなかった。
教員の名前? 知る必要は無い。
「篠原!! これは一体どういう事だ!!」
「七時間前の十三時。花月荘から約ニキロ離れた山奥に不審者が三名いました。彼等の所持品には爆発物……
「な!?」
「二名は排除。一名だけを残して尋問しましたら旅館を爆破する予定だったと。更に調べてみるとあら不思議、この女の名前が出てくる出てくる。だからついさっき捕まえたんです。織斑教員なら分かりますよね? そう、こいつも『過激派』」
「そんな……!!」
「!? ──!! ──!!」
まさかの『過激派』。でもどうして、何故だと千冬は驚きを隠せやしなかった。
それもその筈であった。この教員、今の今まで女尊男卑思想をひた隠し、男性IS操縦者を気遣う良識のある女性として生活していたのであった。表に出さないから誰一人として気づかなかった。
発見していなければ今頃男子二人処か生徒達も木っ端微塵になったに違いない。この件だけでも許されざる事案だが、実は彼女が関わった事案はこれだけではなかった。
『六・五青少年抗争事件』が起きた六月五日。この日、男子二人の外出先を知るのは少数だけ。にも関わらず、隆道の方には大勢の『飼い犬』が待ち伏せしていた。
『飼い犬』を放ったのは勿論の事『飼い主』。その『飼い主』に指示を出したのは『過激派』。ではその『過激派』は何処から情報を?
ここまで語れば分かるだろう。
「それだけではありません。こいつは六月五日、柳隆道の外出先をリークした張本人。もう少しの情報欲しさに様子見してたんですけど……まさかこんな大胆な手段に出るとは」
「──!! ──!! ──!!」
「……さっきからうるさいですね。今更惚けても無駄ですよ。これまでの貴女の行動、通話履歴、口座の不審な取引履歴、全て把握済みですから。通話履歴が特に簡単でした。履歴を消しても電話会社には全部保存されるのはご存知ですかね? 私にかかれば直ぐ分かるんです。貴女は有罪確定な、ん、で、す、よ」
「……!! …………」
沈黙。教員は諦めたかの様に崩れた。
犯行を認めたのと同じ。彼女はどう足掻いても逃げられはしなかったのであった。
しかし、千冬は疑問が残る。この教員をここに連れてきた理由は何だ。逮捕が確定しているなら警察に渡さないのは何故だと思考が渦巻いた。
その疑問は直ぐに晴れる。それも、一生記憶に焼き付くであろう光景と共に。
「何か言いたい事でも? 取ってあげますから」
「……っ!! ……篠原さん!! 自分が、何をしたのか分かってるの……!? あんなに殴るわ蹴るわ……捕まえるたってやり過ぎにも──」
「勘違いしないで頂きたい。私は貴女を逮捕するつもりなんて無いんですよ」
「……??? え……? どういう──」
「テロリストに人権無し。
言ってる事が理解出来なかった。この教員も、側で聞いた千冬も。
──逮捕するつもりなんて無い?
──テロリスト?
──退治する?
──タイジ?
「……!? 篠原!! やめ──むぐっ!?」
「静かにしてろ」
「──!!! ──!!! ──!!!」
「え、あ、ちょ、なん……っっっ!?!?!? 嫌!! やだ!! やめて!! 離して!!」
もう遅い。
突如として機械兵士は千冬を拘束、同時に口を猿轡で塞がれてしまう。教員はそのまま崖の方へずるずると引き摺られていく。
暴れても無駄である。機械で補助された彼等はびくともせず軽々と崖へ進む。千冬もまた同じでとても振りほどけそうになかった。
「ねぇ待って!! や!! ごめんなさい!! 本当にごめんなさい!! 許してください!! お願いですからやめてぇぇぇぇぇっっっ!!!」
助けは来ない。教員の願いは──届かない。
「や!!! やぁっ!!! ほ、ホントに──」
「そこで降ろして」
「あっ……」
崖までおよそ二メートル程。日葵の一言により教員は解放され、彼等は速やかに後退していく。
解放された? 違う。命乞いは無意味だ。
「織斑教員、貴女には先に言っておきます。私は代表候補生ではありません。この肩書は飽くまで仮の姿。それを把握しているのは学園長だけ」
「……!」
「改めて自己紹介を。
「……!! ──!!! ──!!!」
千冬は──遂に止めを刺される。
「肝に銘じておけ、『
日葵は歩き出す。泣き喚く教員に向けて。
「こちらヴァルキリーBO。準備完了しました」
『──……始めろ。見せ付けてやれ』
「了解。正義の名の下に執行します」
「お願い、じまず……。許じで……」
「お願いじまずぅぅぅ……!!!」
「せーんせっ」
「ひぃっ!?」
怪物は教員の前で立ち止まる。光無き真っ黒な目は据わり、とても恐ろしく、とても冷たく。
「教師の身でありながら随分と堕ちたものです。残念でなりません。……この『害獣』め」
「や、やだ……。死にたく──」
「駄目だ」
発砲。教員の頭は弾け飛んだ。
一方その頃。
岬から数キロ離れた砂浜。動くものはさざ波、聞こえるのは波の音だけ。それ以外は無かった。
いや、あった。海面にうっすら見えるポツンと点の様な影。それは砂浜へとゆっくりと近づき、それに連れて影は濃くなっていく。
止まりそうで止まらない。それ程までに緩く、波打ち際まで近づきそのまま陸に上がって来た。
時期からして海亀──ではなく。
「…………」
傷だらけの篠ノ之束がそこにいた。
彼女の姿は正しくズタボロと言うに相応しい。衣服の大半は焦げて、穴だらけで、殆ど真っ赤。銀色の杭数本は四肢と体幹に突き刺さったまま。トレードマークの機械仕掛けのウサ耳は片耳しか残っていなく、穴あきチーズの様にボロボロだ。斬り落とされた右腕は──左手に持っていた。
そう、彼女はここまで泳いできたのであった。彼処までやられても、彼処まで失血していても、死を免れていたのだ。
既に出血は止まっている模様。ISの保護機能を最大限に働かせているのだろう。そうだとしても痛がる様子は見えず。だるそうに、ゆっくりと、砂浜に足を運ぶ。
生命力が凄い。人類最高と呼ばれる彼女だが、最早これは人類の範疇に留まらない。化物か。
「……はぁ」
暗い。とても暗く、とても悲しそうな顔。
今回の件は束にとっても完全に予想外だった。本来なら拘束中の隆道を拉致する筈が、彼がISを取り戻し脱走してしまったが故に全てが狂った。先の先、そのまた先を見る事が出来る天才でさえ予測出来なかった。まさかISが自ら操縦者の元に戻るとは思いも寄らなかったのである。
あのISは学習能力が高過ぎる。このペースだと今よりずっと手に負えなくなってしまうだろう。そうなれば何もかも終わる。
束は恐れている。
隆道が『ISの本質を理解する』のを。
そして、『真実』に到達するのを。
「「束様!!」」
ふと聞こえたのは少女二人の声。湿った前髪の隙間からその方を向くと誰かが駆け付けてきた。それを見るなり束は表情を百八十度変換、満面の笑みで二人を迎えた。
一人は隆道と日葵から無事逃げ切ったクロエ。もう一人は──メイド姿の少女。
この少女、隆道が大脱走中に森林にて遭遇したあのメイドである。そう、彼女も束の仲間。
「やぁくーちゃん。えーちゃんも来たんだぁ」
「もも、申し訳ありません束様……!! 束様が海に落ちたのを見て……私……!」
「エクシア、謝罪は後にしてください……!! 今は束様を連れて離脱を……!!」
メイドの名は──『エクシア・カリバーン』。つい最近に束と行動を共にする事になった少女。勿論、彼女もISを──しかも専用機を持つ。
彼女は
彼女もそのつもりだった。表には絶対に出ず、誰にも見られず監視するつもりだった。
しかし、見つかってしまった。あの隆道にだ。離れようにも足が竦んで動けず、結局何も出来ず炙り出されてしまった。しかも、その炙り出しがまさかの容赦無い発砲。それはそれはあまりにもショッキングな出来事だった。
そこからはもうパニック。ISのお陰で怪我こそしなかったが、撃たれた&彼の怒号は彼女の精神を叩き割るのには十二分。生存本能に従って全力で逃げに徹した。ドン引きする程逃げた。
ひたすら逃げた。何処までも逃げ続けていた。漸く落ち着き現場に戻った頃には『銀の福音』は撃墜。束の無人機も全滅し、気がつけば何もかも終わっていた。こうして、少女の無駄な逃走劇は人知れず終わっていたのである。
ちなみに、彼が撃った弾丸は眉間のど真ん中に命中していたらしい。ISが無ければ死んでいたと彼女は泣きながら語ったそうな。
閑話休題。それよりも束である。
「えへ、へへ。ひまちゃんに仕返しされちった。とうとう束さんの腕斬られちゃったよ。あの人達前に会った時より容赦無いねー」
「お身体に障りますから無理なさらず……!!」
「大丈夫大丈夫。ほら、束さん身体も細胞単位でオーバースペックだからさ。ISで止血もしてるし痛覚だって抑えてるしへーきだってば。腕なんて束さんに掛かれば直ぐくっ付けて……」
「……束様?」
「くっ付けて……。それで……それでね……」
笑顔全開の束であったが、それも次第に曇る。
あの時、彼女は見ていた。ISの視界情報の共有──
そして見て、聞いた。隆道が曝け出した──。
『篠ノ之束ぇぇぇぇぇっっっ!!!』
──『どす黒い何か』を。
あの憎悪は、あの殺意は、間違いなく束に対し向けていた。ドロドロになるまで煮詰めたソレを全て見せられたと感じた。
彼女は人類最高の人間だ。知能、肉体。両方がその名に恥じないスペックを持つ。それは誰もが認めるものだ。彼女に近い者はいても超える者は誰一人として存在しない。
だが、それでも──心は強くなかった。
「……いよ」
「「……!」」
「痛いよ……、痛いよ……」
束は静かに泣く。
一度流れれば引っ込める事など出来なかった。ここまで弱気な束はクロエとエクシアのみ知る。その理由もよく理解している故に言葉に詰まってしまっていた。
しかし、それを黙って見る程呑気に出来ない。彼女達は追われる身なのだから。
「……束様、早く帰りませんと。彼等が──」
「束様!!」
突如、エクシアは束に飛び掛かり押し倒した。直後、彼女達がいた空間に『何か』が横切る。
「!? もうここまで……!!」
もう見つかった。
遠くの陸側から突然現れた『彼等』──十名の特殊部隊が自動小銃を向けて彼女達に迫る。
いや、他にもいた。彼等とはまた別の方角から砂塵を撒き散らして猛烈な速度でソレは来る。
ソレは、血がこびりついた超巨大な戦斧を担ぐ機械兵士。カメラアイを鈍く光らせながら瞬時に直ぐそこまで迫っていた。
「お逃げください束様!!」
「…………」
しかし動かない。今の束には気力が無かった。
踏み込みからの跳躍でその距離は即刻縮まる。遂に目の前まで接近したソレは倒れたままの束とエクシアに向けて渾身の振り下ろしを──。
「束様ぁぁぁぁぁっっっ!!!」
──攻撃が当たるその刹那。
「──!?」
機械兵士は大きく弾かれ吹き飛ばされていく。だがしかし、即座に空中で体勢を立て直し着地。戦斧を担ぐ様に再び構える。
その戦斧は、刃の一部分が潰れていた。攻撃を弾いたのは──『剣』だった。
「0-2!!」
「……その反応速度と展開速度。それに体内から出てる金属反応。貴女……
ソレは『剣』に非ず。
束とエクシア二人の頭上に浮遊する、西洋剣を模した巨大な機械。蒼と金の装飾を豪華に施したソレは刀身が四つに割れ、それぞれが分離して、変形して、子機の砲と化す。残された柄も変形、長砲身の大砲となる。
計五基となったこれ等の砲は実弾──ではなくレーザー。イギリス製ISの特殊兵装を彷彿させるその砲は彼等と機械兵士に照準を向けた。
束のISではない。そう、この兵器はエクシアが展開したIS、その特殊兵装。『
そしてもう一つ。エクシアの身体にはISコアが埋め込まれている。IS適性値と身体能力の双方を意図的に高めた、国際法で禁止されているISとの融合措置──言わば生物兵器。
その名も──『生体同期型IS』。
エクシアだけではない。隆道を幻覚で苦しめたクロエもまた生体同期型IS。束に仕える彼女達は『人』の枠に外れつつある存在。
「させません……!!」
エクシアの身体に光が集まる。胸から広がり、四肢、頭、全てを包み込み装甲に置き換わった。その姿は浮遊するレーザー砲と同じ蒼色と金色の鮮やかな装甲──素肌を隠した『全身装甲』に。まるで英国騎士の甲冑を連想させる。
そのIS、やがて来るであろう戦いから主の力とする剣とし、英国の古伝説に登場する王が持つとされる剣と同じ名を刻む。
──第四世代生体同期超長距離射撃型IS『エクスカリバー』──。
「敵機情報更新!!」
「排除」
機械兵士──ハンター0-2はまたも斬り掛かる。低姿勢から接近してくるその速度は、エクシアの予想を遥かに上回っていた。
(速い……! 不本意ですが戦うしか──)
「エクシアァッッッ!!!」
「!!」
振り下ろしたその戦斧は、砂浜を大爆発の如く轟音と共に抉った。あまりにも大き過ぎる衝撃は砂塵を舞い上がらせ、巨大な土煙となり彼女達を覆っていく。
が、しかし──。
(手応えが無い?)
ハンター0-2は透かさずに凪払い。風圧で土煙を吹き飛ばすと──そこには誰もいない。
戦斧の刃は間違いなくエクシアを捉えていた。直撃コースだった。となると答えは一つ。
「先に幻覚使いを始末するべきだったわね」
逃げられた。
最初は手応えがあった。ならば、あの短時間で幻覚を見せ付けて攻撃をずらさせたに違いない。あの銀髪は中々の曲者だなと、機械兵士は溜息を吐いてだるそうに戦斧を担いだ。
逃げられたというのに何処か落ち着きがある。それに、見た目に反して動きがかなり人間臭い。
「ハンター12は持ち場に戻り待機。ネメシスには私から報告する」
「了解」
そう呟き、彼等は砂浜を後にして姿を消した。残るのは砂浜に刻まれた亀裂と人型の機械だけ。静寂としたその空間に場違い過ぎるその光景は、ただただ異様でしかなかった。
機械兵士は辺りを見渡し、何をするかと思えば軽いストレッチをし始める。時折に身体を叩いて砂を落としていた。
見てくれこそロボットだが、仕草などは完全に人間そのものだ。もしや──。
「こちらハンター0-2。篠ノ之束は逃亡、もう一人仲間がいた」
『了解。捜索を続行せよ。○一:○○までとする。こちらは織斑千冬を連行、花月荘に戻る』
「了解。……もういい? 堅苦しいの疲れるの」
『……確かにねぇ。はーい皆お疲れ様ぁ、捜索はテキトーにやってていいよぉ。こっちはこっちで片付けるから気にしないよーにっ。何かあったら無線飛ばすねぇ。んじゃまたぁ』
『『『『『了解』』』』』
彼等は日葵の私兵部隊。武力での行使を政府に容認された超法規的組織。公には出来ない非公式任務を専門として、生身での対IS戦闘を託された精鋭の集まり。
彼等の過去は存在しない。ある者は元受刑者、ある者は失踪者、ある者は記録上死亡した人間。二度と日の光なぞ浴びない筈だった彼等は日葵に拾われ、新たな人生を与えられた。今の彼等は、使命の為ならば命を簡単に投げ出せる『忠犬』。
彼等はこう呼ばれる。ISとその操縦者、そしてソレの恩恵に俗する人々を魔女として狩り殺すと渇望を込め、古代から行われた私刑と同じ名を。
──対ISテロ特殊強襲部隊『魔女狩り』──。
「……夜食あったかしら」
何だコイツ。
翌日。
「……本気で言ってんのか?」
「そのつもりだが?」
臨海学校三日目はIS及び装備の撤収作業のみ。それを終えた後に速やかにIS学園へ帰るだけだ。一般生徒からすれば一日目は遊び倒して二日目は旅館に缶詰という消化不良過ぎる行事であった。
彼女達に残ったのは懸念だけ。何故だか大半の教員が姿を現さない、見掛けた教員数名は隆道と日葵──特に日葵をこれでもかと恐れる、廊下の数ヶ所が『KEEP OUT』のテープで通行不可等々。かなり異様で不可解過ぎたその光景は、彼女達に自然と暗黙の了解が生まれる。
──『絶対に触れちゃ駄目』と。
『触らぬ神に祟りなし』である。
だからこそ聞かない、言わない、見ていない。そう言い聞かせるしかなかった。昨日のガチギレ寸前般若シャルロットの事もあり、普通の生活を送りたい彼女達は言葉を交わさずとも一致団結し関わらないと誓ったのである。中々察しが良い、それなりにリスク管理能力があったか。
そんなこんなで朝食時は静かであった。作業が始まったのは朝食を終えて直ぐ。生徒は速やかにわらわらと外へ出るその最中、隆道だけが千冬の呼び出しによって別行動に。
遂に処分かと罰を受ける気満々であった隆道は彼女の元へ行った──のだが、彼の予想は大いに外れる事になった。
「有り得ねえだろうが。こちとら無断にIS使って教師ぶっ飛ばして脱走してんだぞ。追放もんだろどう考えても」
「まるで追放されたい言い方だな……。あのな、世の中そんな簡単ではないんだぞ。確かにお前のした事は追放ものだが実行出来るかは別問題だ。というよりそもそも追放するつもりも無いがな。お前に関してはかなり複雑なんだ」
そう、簡単な話ではないのだ。
確かに隆道を追放すればIS学園は比較的平和になるだろう。しかし、それだけでしかないのだ。根本的解決に至る事は無い。
「少なくとも他の奴等は望んでんじゃねえのか。あの人数をぶちのめしたんだ、騒げば
「……口だけが達者の主張するだけして解決案を出さない無責任な輩の言葉など聞く価値も無い。仮にお前を追放したとしてその後はどうなる? 誰がお前という男性IS操縦者を保護するんだ? 個人か? 企業か? 組織か? それか国か? まだ何も決まってないんだぞ? この状況なのに追放するのか? 身柄処か命も狙われてるお前を放り出して解決か? お前の争奪戦に
「ハイハイすんませんね俺が悪うございやした」
隆道の希少な謝罪が炸裂。ただし舐め腐り。
ガンギマリ・ブリュンヒルデが降臨なされた。目が飛び出そうに見開く千冬はぶっ壊れ寸前だ。よく見ると血走りまくった目と馬鹿にでかい隈のオマケ付き。包帯だらけが相まってとんでもなくヤバ過ぎる面に。最早それは鬼や修羅を突出した魔王と大差無かった。若干痙攣している様子からあと少しで爆発してしまうだろう。
その姿を目の当たりにした彼は面倒と感じた。それ故の謝罪だったのだが無意味というか逆だ。煽り散らかしていた。誠意なんて無かった。
「…………」
「血管浮き出てんぞ。もう何も言わねえって」
「ッスゥー……。……私の方こそすまなかった。これでは八つ当たりだ……」
「かなりお疲れみたいだな。徹夜して……いや、そりゃ徹夜するだろうな」
「……ああ。そんなところだ」
打って変わって覇気が失くなった。今の千冬は隆道でも倒せそうな程までに衰弱し切っている。彼女は悪い意味で眠気が全てぶっ飛んでいた。
見るに堪えない彼女に対し彼は問い詰めせず。昨日の後始末がしこたまあったのだろうと考え、また拗れるのも面倒なので今は大人しくするかと抱える疑問を引っ込めた。
「帰ったら寝ろ。……これからどうなる」
「一先ずはIS学園に戻る、今後については後だ。まだ片付いていない事があるからな」
「ん。……んで? 追放無しにしても罰の一つや二つくらいあんだろ。何するんだ?」
「……お前が……罰、を? あれ、おかしいな。有り得ない言葉が聞こえたが……。ああそうか、私は今寝てるのか、ははっ」
「うわ、あんたマジで疲れてんじゃねえか……。昨日言っただろ。説教も聞くし罰も受けるって」
これはけじめを付ける為だ。
罰されるつもりで来たのに何も無しなのは逆に気分が悪いもの。自分から言い出した事くらいは守ってみせようと、隆道は既に腹を括っていた。
以前ならば有り得ない発言に千冬の目が点に。心なしか、今の彼には敵意が無い。もしかすると諦めていた人間関係に明るい兆しが見えたのか。そう考えた彼女は少しばかり安堵する。理由なぞ不明だがこの際何でもよかった。
「…………。そう、か。まさかお前が、な……。分かった、処罰については後に伝える──」
「今のうちに言っとくぞ」
「何だ?」
「あんたやぶっ飛ばした奴全員に謝れは無しな」
「…………」
罰とは一体。
「柳、IS学園から連絡があった。お前宛に荷物が届いたらしい。着いたら総合受付に行け」
「荷物? 誰から?」
「お前のとこの家政婦……根羽田さんからだと」
「……中身は?」
「分からん、小さな箱らしい。ああ、そういえば包装紙に文字が書いてあると言っていた」
「はあ? 何勿体ぶってんだ。さっさと言えよ」
「焦らすな、今思い出す。何て言ってたか……。確か……『────』、だと」
「!!!!!」
数時間後、IS学園にて。
臨海学校から帰ってきた生徒達がまだIS学園の門を潜る手前の最中、数名だけは既に寮の廊下を歩き──もとい早歩きで移動していた。
「ちょっと待ってくださいって!!」
「…………」
先頭は隆道。大きなボストンバッグを背負い、小さな箱をとても大事そうに抱えながら急ぎ足で自室へと向かっていた。脇目も振らずに歩く彼を追い掛けるのは一夏、箒、シャルロットの三人。明らかに様子がおかしかった。
千冬に解放されてからずっとこうだ。バス内で誰が話し掛けても隆道はガン無視を貫いていた。途中寄ったサービスエリアでもバスから出ようとせず不動のまま。何一つ口にしなかった。
時間が経つに連れて彼は落ち着かなくなった。そして到着した直後、彼は我先に飛び出していき寮ではなく総合受付へ全力疾走。そこで例の箱を受け取って今に至る。
様子がおかしいのは今に始まった事ではないが今回は今までとは違う。理由は定かではないが、彼があの箱に執着している事は明らかであった。ではその中身とは?
「ねぇ柳さんってば!!」
「…………」
まだガン無視。一夏の声すら反応しない隆道は自室に着くや否や慌ただしく鍵を開けて勢いよく入っていく。鍵を掛ける音はしなかった。
「どうしたというのだ……?」
「いや分かんないよ……。例の……病気……? じゃなさそうだけどさ……」
「どっちにしろほっとけるかよ。俺は行くぞ」
「「ちょ──」」
一夏、先陣を切る。絶対に見捨てないと誓った彼は箒とシャルロットを置いて部屋に突入した。逞し過ぎる彼の勇姿を余所に二人は置いてけぼりだったが、直ぐに我に返って付いていく。
「一夏! お前、少しは──……」
箒は口を閉ざす。
見えたのは部屋の奥にある机付近で佇む一夏の後ろ姿と椅子に腰掛ける隆道の姿。彼等は物凄く静か──いや、静か過ぎていた。
気持ち悪い程に静かだった。吐息すらもしかと聞こえそうな程に静寂。音を立ててはいけない、そんな気がした。
何かしら察した二人は扉を静かに閉め、自然と足音を殺して歩き、彼等の元へ。
「ね、ねぇ。どうしたの……」
「…………」
一夏の視線は恐らく机。彼女達は身体をずらしその方を見ると、隆道が両手が目に留まる。
いや、正確には両手──ではない。その両手で大事そうに持つ、小さな箱であった。よく見ると何やら文字が書かれている。
まるで筆ペンで書かれた様な美文字。そこにはこう書かれている。
──『ハルと永遠に』──。
三人には全くと意味が分からない文。しかし、隆道は、隆道だけはそれを十分に理解していた。そしてその中身も。
「……っ。……っ」
次第に静かだった隆道の様子が変わる。
何かを堪えるかの様に震えていた。手も震え、呼吸も徐々に荒くなっていく。それを見た三人は発症かと身構えたが、彼は手で制した。
「……大丈夫」
隆道は深く深呼吸して首元の『灰鋼』を外す。珍しく投げ捨てせずに机に置いて隅っこに寄せ、側にある医療キットから鋏を取り出して包装紙をテープをなぞっていく。
彼の性格からは想像出来ない程にとても丁寧。テープを切り終わった彼は包装紙をゆっくりと、そしてまた丁寧に剥がしていく。その様子を見る三人は、何故だか固唾を飲んだ。
「「「…………」」」
それはジュエリーボックスだった。
手の平サイズに小さい真っ白なベロア仕上げ。高級感が凄まじく、お世辞にも隆道に似合わない代物であった。
「あの、これ──」
一夏の言葉を無視して、隆道は静かにその箱を開けると、入っていたものは──。
「……!!」
──一個の
「わ。凄く、綺麗……」
大きさは凡そ一カラット。その宝石は、三人が知る宝石とはかなり形状が変わっていた。
丸みがあったり、角ばっていたりと不恰好だ。カットも研磨もされていないソレは、少なくとも世の中で溢れているどの宝石も当てはまらない。しかし、それ以上にこの宝石は、どの宝石よりも綺麗だと三人は感じていた。
「珍しいですね。柳さんが宝石なんて……」
「……メモリアルダイヤモンドって知ってるか」
「!」
「何ですかそれ?」
一夏は全く聞いた事の無い名前で首を傾げる。その一方でシャルロットは知っていたようで目を丸くした。
そう、この宝石はアクセサリーといった陳腐なものではない。世界でたった一つだけの、隆道にとって──かけがえのないもの。
「……一夏。ダイヤモンドって何か分かる?」
「え? あー……、めっちゃ貴重な綺麗な石?」
「炭素だよ。炭素のみからなる鉱物。まぁ確かに貴重なんだけどそれは天然ものの話。世の中には人工ものもあるんだ。メモリアルダイヤモンドも人工ものの一つ」
「へ、へぇー……。でも、何でそんな名前──」
「
一夏は──絶句する。
「……え」
「骨ん中に含まれる炭素を取り出して高温高圧にかけて作る人工ダイヤ。まあ、宝石っつーよりは原石だなコイツは。加工なんかしてねえし」
淡々と語る隆道は、三人に見向きもせずに机の横にあるバックを漁り始めた。暫くしてそこから取り出したのは一つの写真立て。
「五年も悩んだ。すっげえ悩んだんだ」
写真立てを机に置き、それを三人に見せるよう角度を変える。そこに映っていたのは、鮮やかな花に囲まれた一匹の柴犬。
三人がその写真に目を奪われている間に隆道は右腕を捲り、巻いていた首輪を外して写真立ての前に静かに置いた。
そう、あの日──六月五日に自宅へ帰った際に彼は今後の事を踏まえて決行していた。誰よりも愛した『家族』と共にいるべく。
一夏は漸く知ったのだ。首輪を付ける意味を。その原石が何なのかを。
これこそが、彼の『家族』なのだ。
「あ……」
「墓には入れたくなかった。そうしたら、何か、本当にもういないんだなって、思っちまってさ。言ってる事、意味不明だろ? 俺もそう思うわ。頭では分かってんだよ、墓に入れるべきだって。でも、やっぱり、側にいないのは、やだなって」
隆道は今も三人と目を合わせない。いや、彼は合わせられなかった。今の彼は、哀しく、脆く。
「ダイヤになんてしたくなかったんだ。だって、まるで『物』みたいじゃねえか。……違うんだ。コイツは、ハルは……俺の『家族』なんだ」
「…………」
「けど、俺が間違ってた。最初から、こうすれば良かったんだ。こんな事に五年も……悩むなんて情けねえ。……本当に……情けねえ」
「……あの、柳──!?」
「一夏、よせ」
今まで黙っていた箒が一夏の肩を掴む。何故か──彼女も泣いていた。
辛うじて塞き止めていたものが一気に溢れる。もう止められない。それを見てしまったが故に。誰が近くにいようと彼は曝け出す。
「こんな、こんなに小さくなっちまってぇ……。なのに……なのによぉ……、こんなに……!!」
「「「…………」」」
「綺麗な゛んだな゛、お゛前ばぁ゛……!!」
三人は、静かに部屋を出た。
暫くして。
「ぐずっ……うっ……。……あ」
目を真っ赤に腫らした隆道は泣き疲れ、周囲を見渡して現状を把握。三人がいないと気付き机に頭を打ち付けていった。
「はっずぅぅぅ……! 何やってんだ俺……!」
流石に羞恥心はある模様。彼等に醜態を晒した隆道は穴があれば入りたい心境に陥ってしまう。幾ら感極まっていたとはいえ、人前であんな姿を晒したのは大失態だった。
明日からどんな顔を合わせれば良いのだろう。恐らくは今までより気を遣われるかもしれない、そうなると此方としても逆に辛いもの。
「アイツらは何も見てねえ……!! ああ、何も見てねえ……!! それで良いだろ……!!」
無かった事にする。明日からは今まで通りだ。そうしよう。そうしないと心苦しくて潰れそう。もうあんな姿なんて見せないと、彼は今更過ぎる決心をしたのであった。
だが、既に起きた事実は絶対に消えやしない。故に蠢く恥ずかしさは消えない。つまりは無駄。つまりは無意味。
「落ち着け、先ず落ち着けって柳隆道……!! こんな時は煙草だ──……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛昨日で切らしたじゃねえかぁぁぁぁぁ……!!」
ヤニカスクソガキ、悶える。色々と台無しだ。
六月後半に友人から貰った煙草(カートン)は昨日の時点で吸い切ってしまった。ここは学校、当然煙草の販売なんてないのだ。どう足掻いても詰みだ。彼は一日で一箱以上吸ってしまう重度のヤニ中ではないが、今に限っては超絶吸いたくて堪らなかった。
尤も、どの道彼は年齢的に買える訳がないが。本当にどうしようもない男だった。
「……どっかに落ちてねーかなー。シケモクでもねーかなー」
ある筈が無い。
そうは願おうと煙草なんてある筈がないのだ。どれだけ呟こうとも隆道の下らない願いは決して叶わないのだ。
それでも、何かの間違いであったら良いなと、彼はぶつぶつと呟き続けていた。
「す、い、て、え、なー」
煙草なんて無い筈なのだ。
「ん?」
その時だった。机に突っ伏していると、顔面の直ぐ近くに何やら見覚えのない箱が置いてある。長い形状からしてジュエリーボックスではない。近過ぎる故に何の箱か一瞬分からなかった。
「……!!」
その箱──まさかの煙草。しかも未開封。
「何だ、あったじゃねえかよ!」
隆道はソレがある事に全くと疑問を抱かない。今の彼は吸いたいという衝動に支配されていた。IQ急降下の馬鹿丸出しクソガキと化していた。
ソレを見つけた彼の行動は早い。速攻で開けて一本咥えて上機嫌、鼻歌まで歌い始める。
「~~♪ ……んあ? 火ぃどこだっけかなと。火ぃ火ぃ火ぃ……」
ライターを探し始めたその時。
──シュボ。
左から聞き慣れた音が聞こえた。
「…………」
確かに聞こえた、直ぐ近くで。しかも暖かい。まるで、側に火があると思えてしまう程に温い。
否、これは明らかに火の温もり。視界の隅では火らしきものが揺らめいている。煙草吸いたさに馬鹿になっていた隆道でも流石に冷静になった。というか、前も似た様な事があったではないか。
一夏達は部屋にいない。隣にいるのは何だ?
「フゥー……。……!!」
「どわっはあああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」
世にも珍しい隆道の絶叫は凄まじい物音と共に寮の廊下へ響き渡る。他の部屋にも聞こえたか、次々と扉は開いて生徒達が顔だけを出す。
「どうしました!?」
当然、一夏達にもそれは届いた。叫びを聞いて駆け付けてきた一夏、箒の二人が目にしたものは扉の向かい壁に寄り掛かって息を切らした隆道。かなり焦った様子であった。
「よ、よお織斑! お騒がせわりいな……!」
「こ、今度は何ですか……!!」
「いやぁぁぁ流っ石にビビったぁぁぁ……!! 何か、アレ……いや何だアレ……!?」
「語彙力!」
ここまで焦った彼を見た事があっただろうか。普段は無表情かしかめっ面、時に鬼の形相になる彼がこの様な姿を見せたのは始めてだ。一体何を見たというのか。
何が何だか分からないと困惑する最中、そこに追加して奥から二人──シャルロットとラウラが駆け付けてくる。
「どうした!! また敵襲か!?」
「ひぃ……。ひぃ……」
「おい!! 何があった!! 何を見た!!」
「な、何か……変なヤツがいる……!!」
「「「「っあぁぁぁぁぁ……」」」」
隆道を除く全員が天を仰いだ。
いい加減にしてくれ、勘弁してくれと何れ程に思った事だろう。漸く事件が終わったと思いきや再び襲撃がやって来た。一難去ってまた一難だ。皆が溜息と同時にブチギレそうになった。
特にシャルロットがヤバい。昨日の夕食の時に見た般若を超えそうな勢いだ。
「ああもう沢山だ……! おい、そこのお前! 教員を呼べ! 不審者がいると伝えろ!」
「え、あ、私……? あ、その──」
「早くしろ貴様ぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「はいぃぃぃぃぃっっっ!!!」
隣の部屋、扉の隙間から静かに様子見していた名も知らない生徒は不運にもラウラの八つ当たり気味な命令を下される。唐突過ぎる怒号を浴びた彼女は逃げ出す様に廊下を全力で走っていった。嗚呼、なんて可哀想なのだ。
「うっがぁぁぁぁぁっっっ!!!」
──!?
「な、シャル!?」
「あのねぇ!! 僕もう限界なの!! 何!? 昨日に続いて今日もコレ!? ホントにさ!! この、なっ、……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
シャルロット、遂にブチギレる。
彼女は限界に達してしまった。昨日から何かと耐えてきた彼女であったが、ここまでに連続した厄介事は流石に効いたらしい。普段の彼女からは想像出来ない顔と声になっていた。
間近で見てしまったラウラはそりゃもう焦る。あの面倒見が良いシャルロットが怒り狂った姿はラウラにとって恐怖でしかなかった。一夏と箒は最早絶句、隆道は変なヤツの事だけで一杯一杯。もう無茶苦茶であった。
「おおおおおおちち落ち着けシャル!! ここで冷静を欠いたら大事になる──」
「あーもう許さないから!! 誰か知らないけどとっ捕まえてぁぁぁあああっっっ!!!」
「待ってくれシャル──」
ラウラの制止虚しくバーサークシャルロットは突撃、ドアノブに手を掛け体当たりの様に中へと入ってしまった。
「ああ、もう──……ん?」
「…………」
が、しかし。何故か直ぐ戻ってきた。ご丁寧に扉を閉めて。
「シャル?」
「……変なのがいるぅ。む、無理ぃ」
「……?????」
入る前の勢いが完全に消えていた。更に顔面も真っ赤だった時と真逆の真っ青。シャルロットは何を見たのだろうか。
隆道がビビり散らかし、シャルロットの怒りも消沈させる程の『変なヤツ』。一体何者なのか。というか、何もされていないのは何故だろうか。猛烈に気になってしまう。
隆道には外傷無し、突撃したシャルロットにも外傷無し。となると案外危険ではないのだろう。もし危険なら疾うに誰かしら被害に遭う筈だ。
「……今度は俺が行く」
「私も行こう」
「何!? ……ま、待ってくれ、私も」
この目で確かめる。そう踏んだ一夏と箒は意を決して中へ入り、連れてラウラも後を追った。
明かりは付いたまま。荒らされた様子も無い。これは一体どういう事なのか──。
「「「えっ」」」
いた。普通にいた。
「「「────」」」
三人は絶句する。
ソレは入って直ぐ見える所に堂々といた。
ソレは想像していたものと全然違った。
ソレは『人』に非ず。
ソレは──『四本脚のロボット』。
「な……なな……」
『…………』
タンカラーのミリタリー臭い装甲、半立方体と逆四角錐台を組み合わせたかの様な堅牢ボディ、ソレを支える角張った四脚、かなりメカメカしい二本のアーム、それと──青く光るモノアイ。
単なるロボットでも驚きものなのだが、三人が絶句したのはそれだけではない。
『…………』
このロボット──
モノアイの上下にあるシャッターが動物の瞼と全く同じ動きをしていた。此方をじっと見詰めて定期的に開閉するその仕草は、何処となく人間と思わせてしまうものであった。
『──b──a』
聞こえたのは雑音。何か伝えようとしているが全く聞き取れない。中々繋がらないラジオの様な電子音は三人を更に困惑させる。
『…………』
今度は困った様な顔になった。
ロボットなのに何を馬鹿な事をと思うだろう。そうとしか表現出来ないのである。シャッターが細かく動いて細目の様になったりと、どう見ても動物──いや、最早人間の動きなのだ。
『……!』
何か思い付いたのか、そのロボットはキビキビ歩き出して隆道の鞄へ直行、三人を無視して何か漁り始めた。何をするのかと思えば──そこからノートとペンを取り出したではないか。
まさか、このロボット──。
『────』
ロボットはノートを器用に開いて何かを書く。雑音としか言えない電子音を奏で、スラスラと。それはほんの一秒で終わり、今も硬直する三人へ突き出す様に見せ付けた。
──『こんばんは』──。
「「「何だコイツ!?」」」
本当に変なヤツがいた。
◆対ISテロ特殊強襲部隊『魔女狩り』
非公式任務を専門として活動する超法規的部隊。非正規なので私兵部隊扱い。部隊長は日葵。
生身でISとの戦闘を想定した装備を幾つも所有。標準装備の強化外骨格はISのパワーも凌ぐ。
戦闘員(ハンター)と監視員(ウォッチャー)が存在。隊員はそれぞれ番号で呼ばれる。
※日葵が持つコールサイン『ヴァルキリーBO』の『BO』はブラック・オプスを意味する。
※普段は日葵の『飼い犬』として生活している。
※初登場シーンは二十三話の個人情報保護委員会。銃を持った男=『魔女狩り』の一人。
※『六・五青少年抗争事件』の当事者である真耶と菜月は監視対象。親族も監視されており、情報を漏らせば社会的か物理的に抹殺される。共にいた護衛の真吾は既に処分された。
※既に30人以上戦死している。
◆フラワー・ガーデン
一年三組の生徒だけで構成した日葵の即席部隊。IS学園関係者の監視を任されている。日葵に直接しごかれているらしく練度が高いとか。
◆変なヤツ
隆道の部屋に現れた謎のロボット。詳細は次回。
(シルエットのイメージが難しいと思った方々は『BO4 Mantis』で画像検索。ほぼこんな感じ)
◆現時点で公開可の原作との相違点。
・シャルロットの問題ほぼ解決&エクシア覚醒済。よって原作十一巻のイベント全て無し。
・物語の辻褄合わせによって原作十二巻登場のIS『赤月』は存在しない。『暮桜』は破壊されずに日本が管理している。
~ここから後書き~
今度こそ福音編終了!! すんませんした!!