IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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大変お待たせいたしました。更新遅過ぎて自分でも嫌になっちゃう。
アンケートを取りましたが、今回ガン無視でセシリアとウォーカー。魔女狩り回は今章の最後に。


第六十二話

 セシリアは煩悶としていた。

 

「…………」

 

 ──!

 

 今まで自分は何をしていたのか。

 

「……はぁ」

 

 ──! ──!

 

 成果を残せたか? 恥じない結果を出せたか?

 

「……いいえ」

 

 ──!! ──!! ──!!

 

 無かった。寧ろ逆だ。

 入学初日からそうだ。己から仕掛けてしまった売り言葉に買い言葉、そこからの素人との決闘、クラス代表戦での事件、同じ欧州の代表候補生と口喧嘩からの私闘、臨海学校での事件、どれだけ過去を捻り出そうと誇れるものは無かった。

 

 ──恥知らず──。

 

 かつて言われた言葉がセシリアに深く残る。

 恥以外の何物でもないであろう。死に物狂いで代表候補の座と専用機を得たというのにこの様は恥と言わず何と言うべきか。

 全ては自身が未熟故に招いた結果でしかない。今後立場が悪くなろうと抗議なぞ出来るものか。ただの畜生、ただの下衆に成り下がってしまえばそれこそ終わりだ。

 

「…………」

 

 恐らくこれからの成績も危うい。知識も経験も無かった隆道は初戦で彼女を戦闘不能寸前までに追いやり、今や手も足も出せない戦闘力を得た。一夏に至っては二次移行しエネルギー兵器全般が一切と通用しない機体へと進化した。手合わせはまだだが、此方も手も足も出せないのは明白だ。

 専用機のおかげと言えばそれはそうなのだが、それは彼女とて同じ事である。その様な言い訳は通らないし、何より彼女のプライドが許さない。だがそれでも──やはり悔しい。

 何が学年首席だ。何が国家代表候補生だ。己は性能の差、相性の悪さだけで何一つ出来なくなる程度の人間だったのか。これが己の限界なのか。

 過去は変わらない、やり直しなんて出来ない。このままでは腐るだけの道となる。

 

「……まだ、ですわ」

 

 否。ここで腐るセシリアではない。

 これからの事を考えろ。まだ失ってはいない。まだ手遅れではない。やれる事、変われる事など今も残っている。頑張れセシリア。貴族としての意地を見せてみろ。

 

「……ふぅっ」

 

 

 

 まぁ、それはそれとしてだ。

 

 

 

「──ア! セシリア!!」

 

「──!? は、はいっ!?」

 

「フライパンフライパン!! 何してんの!? ぼーっとしない!!」

 

「……あぁっ!! 申し訳ございませんっ!!」

 

 

 

 今は目の前に集中しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月二十一日、木曜。

 酷暑が日毎増していく一学期の終わりは近い。いよいよ終わりが見えてきたからなのか、生徒の夏休みに対する期待はあからさまになっていた。

 ただし、流石は優等生。はしゃぎ過ぎる訳でもなく、授業は授業で今も真剣に取り組んでいる。一夏も勤勉故に特に言う事は無し。一方の隆道は相変わらず授業で死にかけていた。

 今は授業も全て終えて時刻は放課後。部活時間真っ盛りである。迫り来る夏休みを前に彼女達のやる気は激無駄にブーストされているであろう。尚、一夏は夏休みの有無に不安感を抱き、隆道は補習確定故に期待していなかった。

 

「コレおいしい。アッ! コレオイッシッ!!」

 

「ちょっと味薄かったかな……」

 

「あたしコレ駄目だ。食感が無理」

 

「この膨らんだ缶詰何? 開けるよ?」

 

「駄目!! いい!? 絶対開けちゃ駄目!! この部屋一生使えなくなる!! てか誰よコレを持ってきた子は!!」

 

 調理室にて。

 この部屋にいるのはグループ分けされた生徒がざっと十数名程。彼女達は料理部である。

 各テーブルには様々な料理がずらりと。日本に馴染み深い一品から、それ何処の国のナニ? と思わせる程に奇抜な珍品までバラエティに富む。ちょっとした世界の料理展示会であった。室内のホワイトボードには『世界各国の料理』と文字が書き記されている事から部活動のお題の模様。

 そんな各々が批評を飛ばし合いつつ和気藹々とする中──一部は何処か不穏な空気が。

 

「ベーコン固くなってるね。まぁ食べれるけど。目玉焼きは見た感じ──駄目ね、裏が焦げてる。こっちも食べれなくはない、かな。うん」

 

「ブラックプディングなんて初めて食べた……。何か変な味……」

 

「それ焦げてるからじゃない? 豆は美味しい、クセになりそう。明日の朝はコレにしよ」

 

「ベイクドビーンズって言うの? 私はあんまり好きじゃなーい。チリビーンズの方が好きー」

 

「うわ、このウナギくっさぁ……」

 

 テーブルに置かれた品々の内、ある意味主張が激しいとある一品を生徒数名が囲ってつまんでは様々な感想が飛び交う。

 ここのグループは『イギリス料理』がメイン。何かと世界一料理が不味いと定評のある国だが、食わずして評価とは料理部として名が廃るということで初チャレンジ。その結果としてこれは絶対美味しいヤツから絶対不味いヤツまで幅広い品が完成していた。

 茹で卵を挽肉で包んで焼いたスコッチエッグ、粗めの豚肉と豚脂を詰めた伝統的なポークパイ、知らない者など殆どいないフィッシュ&チップス、日曜昼限定に供される豪華なサンデーロースト、イギリスのお菓子と言えばスコーン、豚の血液を腸詰めしたブラックプディングに羊の胃袋に内蔵オートミール玉ねぎハーブ諸々を詰め込んで煮たハギスにビールの酒粕を主原料とした癖強過ぎるマーマイトに鰻をぶつ切りにし煮込んで冷やして固めた見た目からヤバいウナギのゼリー寄せ──何だこの後半のゲテモノ揃いは!? 

 しかし待って欲しい。この様なゲテモノ類でも好きな人間はいるしこれ等は飽くまでも一部分、何よりも食文化の違いによるものなのでそこまで邪険に扱うのは如何なものだろうか。というか、世界的に見れば日本も日本でゲテモノな食べ物は多いのだからその意味では似たり寄ったりか。

 海外では生卵や生魚は食べる習慣なぞ無いし、わかめや昆布に海苔の海藻類も馴染みは無いし、タコやイカは見た目だけで忌避されるし、啜って食べる麺類はマナー的に抵抗されるし、ゴボウは木の根っこだと言われる始末だし、あの納豆すら自国でも好みが分かれる。猛毒を持つフグだって調理して食べるし──もしや日本は日本人が思う以上にクレイジーな国なのでは?

 閑話休題。ゲテモノ料理の話はさておき、今回主役となるのは──英国式の朝食。

 かのイギリスの小説家はこう言った。

 

『英国で美味しい食事がしたければ、一日に三回朝食をとればいい』

 

 褒め言葉と見せ掛けて皮肉過ぎる言葉を生んだ料理の名はイングリッシュ・ブレックファスト。ボリュームたっぷりとした英国式朝食全般を指すフル・ブレックファストの中でも、特に代表的なメニュー構成のこの料理はかなり有名である。

 トーストを始めとし卵料理にマッシュルームとトマト、ベーコンとソーセージ、更にハッシュドポテトにベイクドビーンズと中々ボリューミー。ブラックプディングをも追加する所もあるとか。このこんもり過ぎる朝食スタイルが一般化された背景には十八世紀後半での産業革命が絡むという歴史ある料理だ。

 ここまで有名ならば作らざるを得ないだろう。だがしかし、この料理を担当した者は──。

 

「申し訳ございません、不注意でした……」

 

「もう怒ってないって。誰だって一度はやるし」

 

「はい……」

 

「でも火を使ってる時にぼんやりはよくないし、いつか怪我するからね。次から気を付けよ?」

 

 ゴキゲン中な者から顔がマジになっている者を余所に、その隅っこで椅子に縮こまる者とそれを宥める者──頭に三角巾を巻いてエプロン着用のセシリアとシャルロットの姿が。

 イングリッシュ・ブレックファストの担当は、何を隠そうセシリアその人。既にお察しと思うが盛大に失敗していた。

 

「あるあるだから大丈夫だよ! ほら、この通り食べれるし! 豆美味しいし!」

 

「そうだよオルコットさん! 火通し過ぎて全部真っ黒だったりカッチカチでも食べれる範囲だし味覚は壊れてないから!」

 

「うんうん! 最初に食べたデストロイサンド(激甘BLTサンド)は死にそうになったけど、それと比べれば全然! 食べれる食べれる!」

 

「ぐふっ。……ぐすん」

 

「「「ごめん」」」

 

 追い討ち。セシリアは撃沈した。

 彼女作のイングリッシュ・ブレックファストはあまりにも火が通り過ぎていた。食材は基本的に焦げて固く、ベーコンは最早ジャーキーに近い。目玉焼きは一見無事だが裏側は見事に黒かった。ブラックプディングも真っ黒だが、これは焼けば黒くなるので見た目は変わらず。でもこの黒さは明らかに焦がしたからだろう。無事であったのはベイクドビーンズだけ。湯煎しただけだったのでそりゃ無事で当然なのだが。

 逆に言えば焼き過ぎた、ただそれだけなのだ。焦げ以外は特に問題無いし食べられなくはない。かの男の子の味覚をぶち壊したあの頃と比べれば飛躍的に成長していた。

 

「ほら泣かない。せっかく上手になってきてるんだからちょっとした失敗でへこんでちゃ駄目よ」

 

「……申しわ──」

 

「はい駄目!! 直ぐそうやって謝らない!! こういう時は何て言う!?」

 

「はい!! もう同じ事はしません!! 次から気を付けます、部長!!」

 

「はいオッケー!!」

 

 これは特訓である。

 先月、セシリアが隆道にBLTサンドを食べさせた例の馬鹿過ぎる珍事は一瞬にして広まっていた。新聞部も便乗して広めたとか。余計な事するなよマスゴミが。

 

『ガラの悪い男の子が、世界一料理が不味い国の女の子の手料理を食べて死にかけた』

 

 尾ひれが付いてヤバさが増していた。

 字面からネタ満載であるそれはセシリア自身と英国の不名誉をより不動にさせた。イギリス人の作る飯はやはり不味いんだと揺るぎ無いものに。イギリス人はよく自虐ネタを好むが、生憎彼女はその様なブリティッシュユーモアなど無かった。マスゴミ新聞部が千冬にこっぴどく叱られたのはまた別の話。

 この日以降、彼女の作る料理は死ぬ程不味いと定着される事になる。なんとか汚名返上したいと考えた彼女は密かに特訓をし始めた──のだが、やはり己の独学と偏見では上手くいかないもの。そこで彼女は一つの策に出た。

 餅は餅屋、料理は料理部。名誉を取り戻し且つ自身のスキルアップを図る為、彼女は七月半ばに料理部に教えを乞うとして入部したのであった。同行したシャルロットもついでに入部した。本人曰く、せっかくだから日本の料理を作れるようになりたいとか。

 料理部の者達は猛烈に歓迎。先ず手始めとして珍事を引き起こした例の珍料理を作らせる事に。料理部としての好奇心が止まらなかったらしい。

 あの料理は彼女にとって恥そのものなのだが、部員達の凄まじい圧によって観念。嫌々ながらも当時と同じものを作る羽目となった。

 

 

 

 その日、料理部は全滅した。

 

 

 

 好奇心に駆られた料理部は勿論、巻き込まれたシャルロットも作った本人のセシリアも御臨終。三日程休部して甘味が暫し受け付けなくなった。この時食べたBLTサンドは後にデストロイサンドと改名される。セシリアは泣いた。

 やる気に満ち溢れた料理部はセシリアに料理の何たるかを全力で叩き込む。彼女の料理に対する知識偏見固定概念全てを完膚なきまで打ち砕き、今は基礎を徹底して指導中。色々な意味でIS訓練より厳しいと彼女は語る。

 彼女は短期間で立派に成長している。今はまだ危なっかしさがあるが、この調子ならいつの日かとびっきり美味しいものを作れる事だろう。

 

「でもオルコットさん才能あるよ。見た目だけは完璧に作るんだからもしかしてとは思ってたけどレシピ通りやればちゃんと作れるからね。今日は失敗しちゃったけど」

 

「そうそう、今日は焼き過ぎたってだけだから。その内レシピ見なくたって作れるようになるよ」

 

「ほら、こう言ってるんだし元気出して?」

 

「……ありがとうございます」

 

 そうだ、今はやるべき事は決まっているのだ。雑念を抱えては周囲にも自らの為にもならない。どの道ISを動かせるのは早くて再来週なのだからそれを考えたところでどうしようもない。雑念を捨てろ。今を生きろ。

 失敗しない者などいない。失敗は成功の母だ。これを糧に精進せよ、セシリア・オルコット。

 

「ねぇ早く食べよーよ。冷めちゃうから」

 

「手伝って……。ウナギはもういい、無理……」

 

「は、はい!」

 

「……それにしても、まだまだ沢山あるね。誰か呼んで──」

 

 ──その時。

 

「……ん?」

 

 ふと突然、力強く扉を叩く音が聞こえた。皆がその方へ視線を動かすと、またも扉を叩く音が。いざ人を呼ぼうとした時に来訪者とはなんというベストタイミングなのだ。

 

「はーい。どうぞー」

 

 応答を聞いたか、直後に扉がサッと開かれる。そこに現れたのは意外な来訪者だった。

 

『失礼します』

 

 !?

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 来訪者は──なんと『WALKER』。

 上部にはボルトでしっかり固定されたクーラーボックス、後部には大きいアルミ製のボックス、ボディや脚部のあちこちにはベルトで括り付けたポーチバッグ等と積載量増々な姿。右手には紙を一枚携えていた。予想外の客によって、ある者は心躍り、ある者は不思議がり、ある者は警戒へと移る。

 この無人機がいるならば当然あの青年も──と思っていたのだが、様子を見るにこの無人機以外誰もいない模様。単独で来たらしい。

 余計に謎が深まる。基本的には隆道と一緒で、料理とは無縁であろうこの無人機が調理室に来る理由が見当たらなかった。人探しだろうか。

 余談だが、『WALKER』が付けているコレ等は殆どバイク用品で工具やお気に入りのおもちゃ、応急キットがぎっしり詰まっている。いつ買ったかと聞かれれば、以前ささらから箱を受け取ったあの時(第六十話)だったり。お値段■十万円。未成年がする買い物じゃねえ。あの馬鹿はこのロボットに一体幾ら注ぎ込んでんだよ。

 

『料理部で間違いはありませんね。お話があって伺いに参りました。顧問はいますか?』

 

「え、ええ。……あーっと、先生はいないかな。部長の私でも良いなら話を聞くけど」

 

『問題ありません。ではお邪魔します』

 

 そう言うや否や、『WALKER』はご丁寧に扉を閉めてセシリアの班へ。ゴーストウォーク宛らのブレが一切と無い歩きは一種の美しさがあるが、間近で見る&四脚故にキモさの方が勝っていた。

 人探しではなさそう。ならばどうしてと更なる疑念を彼女達は抱く。危害を加えない事は重々に承知しているが──未知なるものには自ずと怖じ気づいてしまうものだ。

 

『初めまして。ISの特殊兵装が一機、自律型多脚無人機のウォーカーです。以後お見知り置きを』

 

「あ、態々挨拶どうも。料理部部長です」

 

 部長が会釈をすると『WALKER』もそれに倣い会釈を返す。構造的に腰は無いので全体を使った見様見真似だが、それでも真摯な態度は伝わる。それ故にセシリアとシャルロットは目を見張り、そして更に警戒した。

 あのロボットが? 毒を吐いて千冬を毎度毎度キレさせる、あの気任せ身勝手自由闊達が過ぎる『WALKER』が? 一体何を企んでいるのか?

 ご心配無く。彼女達がさっぱり分からずとも、幾度なく『WALKER』と関わった人間なら真意が理解出来よう。

 そう、この無人機──この料理部に対し利点を見出だしていた。

 

「それで……用件は何、かな……?」

 

『此方を提出しに来ました』

 

 そう言ってそっと突き出されたのは一枚の紙。ソレを受け取った部長は何か恐いなと、恐る恐る目を通す。ソレは俄に信じがたい書類だった。

 

「……むむ?」

 

 

 

 ──令和4年7月21日──。

 

 ──入部届──。

 

 ──部活顧問殿──。

 

 ──下記の部活動に入部を希望しますので届出申し上げます──。

 

 ──部活動名 料理部──。

 

 ──学年 年 組 番 IS 特殊兵装──。

 

 ──生徒氏名 兵装名 WALKER──。

 

 ──保護者氏名 柳隆道──。

 

 ──志望動機 料理に興味を持ち、技能向上を図る為入部を希望する。保護者の状況又は容態に応じて部活動に不参加の場合がある可能性有り。目標 顧問、部員、保護者の高評価を得る──。

 

 ──入部させるか否かは任せる。こいつが何か問題を起こしたら直ぐ私と柳隆道に報告する事。用心するように。by織斑千冬──。

 

 ──↑はこういってるけど心配いらないから。いい子だから仲良くしてね。基礎は教えてるから迷惑にならないと思うよ。by卜部ささら──。

 

 ──迷惑かけます。甘やかさないでください。by柳隆道──。

 

 

 

「……にゅう、ぶ……とどけ……? 入部!? え、入部!?!?!?」

 

『はい。料理部への入部を希望します』

 

「「「「「えぇぇぇぇぇ!?!?!?」」」」」

 

 意外! それは入部届ッ!

 一体誰が想像したであろうか。ISから造られた無人機が、ISに何の関係性の無い部活──しかも料理部に入部するなど。動機も明確だし目標まできっちり書かれているし教員の一言までもある。入部したい気持ちは本当のようだ。

 

「……どうして、入部したいのかな? ここにも書いてあるけどもっと詳しく聞きたいな」

 

『店長の勧めによって料理に興味を持ちました。色々ご教授を頂きまして、更なる経験を積もうと模索していたところ料理部を見つけた次第です。ここでならより多くの経験を積めますし、客観的意見も多数取り入れる事が可能と見受けました』

 

 事の始まりは『WALKER』のアルバイト初日。ささらの勧めがこの無人機を動かした。

 

『あの子、缶詰生活多いし食堂にも全然行かないじゃない? 私じゃ毎回は面倒見れないけど君が料理出来れば……』

 

『成る程、隆道の食事管理が可能になりますね。それに仕込みも手伝えて店長の負担も減らせる。お互いWINWINですね』

 

『あらっ、私の事は別に気にしなくて良いのに。でもありがとっ♪』

 

 『WALKER』の仕事ぶりにより暇を持て余したささらは空いた時間を使って料理を教える事に。好奇心モリモリなこの無人機は見事に食い付く。アルバイトが終わっても意欲が止まらないのか、暇さえあれば料理本を眺め、時には隆道の携帯で料理動画を見ていた。その姿に生徒達は不思議に思いはするも気に留めず、教員達──特に千冬は気が休まったそうな。この時点で『WALKER』の好奇心は探究心に変わっていた。

 翌日には早くも実践へ。前日より更なる爆速で仕事を終わらせた一人と一機は空き時間を活用し短時間で出来る簡単な一品を幾つか調理。彼女の指導があってか、特に問題もなく順調に進んだ。出来た品々は隆道と一夏のおやつになった。

 『WALKER』の探究心は止まる事を知らない。だがしかし、ささらとの勉強会は時間が少なく、独学しようにも人間と同じ五味と五感が無いので難易度は高い。寧ろマイナスにしかならない。

 料理を学ぶ際には人間が必要不可欠。最初こそ隆道に協力を仰ごうとしたのだが──。

 

『めんどくせーよ、やる事増やすんじゃねえ……あ、織斑と篠ノ之がいるじゃん。こいつらの方が料理上手いと思うから見て貰ったらどうだ?』

 

『いや振らないでくださいよ。確かに出来る事は出来ますが教える程では……』

 

『またまた箒は……あっ! 確か部活に料理部があったからそこで教えて貰えばー、なんて──』

 

『料理部? 何ですそれは? 興味が湧いたので教えて下さい。さっさと教えろ織斑一夏』

 

『えっ』

 

『一夏……余計な事言うから……』

 

『俺しーらねっ』

 

 『WALKER』。料理部を知ってしまう。

 そこからの行動もとっても早かった。一夏から詳細を根掘り葉掘り聞いたこの無人機は直ぐ様に千冬から許可を貰うべく突撃をかます。その時の詳細は省くが、ゴキゲンな無人機と憔悴し切った彼女がいたという事だけ教えておこう。

 これが入部希望するまでの一連。探究心の塊と化した『WALKER』は自らの能力向上を目的とし料理部へとやって来たのだ。探究心を満たせる、アルバイトでの仕込みを手伝える、そして隆道の食事管理も出来る。この無人機にとって料理とは何かと良い事尽くめであった。

 興味を持ち始めて僅か三日目でコレだ。なんてアグレッシブな奴なんだ。行動力の化身だ。

 

『宣言します。私、ウォーカーは料理部の顧問、部長、各部員の指示に従い、意見を取り交わし、共に部活動に励む事を誓います』

 

「……本気なんだ」

 

『はい。迷惑は掛けません』

 

「…………」

 

 この無人機は厄介者として悪名が高い。平和に過ごすならお断りが無難であろう。トラブル等を引き起こされては堪ったものではない。

 

「……結構」

 

『……そうですか』

 

 

 

 ──否。

 

 

 

「結構結構!! 入部!? 全然オッケー!! これからよろしくね!!」

 

「「え゛」」

 

『今、結構と……成る程、肯定の意味でしたか。ではよろしくお願いします、部長』

 

 セシリアとシャルロットは変な声が出た。

 否定と思いきやの肯定。部長はもうテンション爆上がりとなり『WALKER』と握手、ぶんぶんと振り回す。彼女を除く全員が面食らった。

 なんという事だ。フリーダムロボットの入部が決まってしまった。こんなあっさりと。

 

「先生には私から言っとくから!! 早速だけど明日の放課後暇だったりする!?」

 

『奉仕活動がありますが時間は空けておきます。隆道と織斑千冬には此方から話を通しますので』

 

「オッケェェェイ!! んじゃ放課後になったらここ集合ね!! 持ち物は筆記用具だけで──」

 

「いやいやいやタイムタイムッ!! タイムです部長!!」

 

 ここで我先に待ったを掛けるはシャルロット。そんなトントン拍子で決めていいのかと大袈裟にタイムのポーズを取って部長を抑えようとする。セシリアも急な話に気が気でなくなった。

 彼女が隆道に嫌われているのは今も変わらず。未だにわだかまりが解けていないのに、その彼に従順な無人機と上手くやれるのかといえば素直に頷けず。影でブリカスライムと呼ばれているのもあってか不安が募っていた。

 

「ああ、あの! 本当に良いんですか部長!? 聞いているでしょうけど織斑先生を毎日怒らせるあのロボットですよ!? 柳さん無しの入部とか何かしら起こったら……」

 

「そ、そうですわ! もしもの事があれば……」

 

「何言ってんのよ二人とも!! 料理を学びたいロボットでしょ!? そんなの全然受け入れるに決まってるじゃない!! 織斑先生は任せるって言ってるし大丈夫大丈夫!! それに卜部さんのお墨付き!? うーんこれは期待の新人ね!! 話題になるしロボットに料理を教えたって私達も評価されるしそれにそれに──」

 

「「ああ、もう駄目だぁ……!!(ああ、もう駄目ですわぁ……!!)」」

 

 無駄。二人の想い届かず。

 それに部長だけではなかった。周りを見渡せば彼女と同じハイテンションぶっちぎりの部員しか見当たらない。『WALKER』に懸念していたのはセシリアとシャルロットしかいなかった。尤も、この無人機は純粋無垢に学びに来ただけであり、尚且つ料理部に対し敬意を表しているので二人の不安は取り越し苦労に終わる。

 更に語ると、『WALKER』はセシリアに対して思うところは無かったりする。嫌っている隆道と違いイギリス代表候補生としか認識していない。無関心、その辺に転がる石ころ。ブリカスライムという蔑称はネットから拾って使ってみただけで他意は無い。彼女の事なぞどうだっていいのだ。それはそれで何か悲しいな。

 

 ──隆道。朗報です、入部許可が下りました。交渉するまでもなかったです。

 

 ──……お、マジ? 随分あっさりだったな。物珍しさが勝ったか。んじゃ全部くれてやれ。

 

 ──全部? よろしいのですか? 既に交渉の必要はありませんが。

 

 ──ケチ臭え事はしねえ。元々その交渉で渡すつもりのヤツなんだから大して変わらねえだろ。それに、そんだけ渡せば文句なんか絶対言わねえだろうし邪険な扱いだってされねえさ。いちいち気にしてねえでさっさと渡せ。

 

 ──了解。

 

『部長。入部許可どうもありがとうございます。お近づきの印に受け取って欲しい物があります。どうぞ開けてください』

 

「あらま、これはこれは。ありがとう」

 

 そう言って『WALKER』は部長に近づき頭上のクーラーボックスを差し出す。来た時からあったソレはどうやら料理部に渡すものだったらしい。一体何が入っているのやら。

 

「はい失礼しまー……こ、これは!!」

 

 開けてみると、入っていたのは敷き詰められた大量の氷──の真ん中にかなり大きい瓶が一つ。その中身は薄切りのレモンがギチギチに詰まり、輝かく金色の液体でたぷたぷに満たされていた。部長はソレが何なのか一目で理解する。

 

『私が仕込んだレモネードシロップになります。店長の監修なので味は保証しましょう』

 

「うぅわヤッタァァァァァッッッ!!!」

 

 建物を突き破って宇宙へ飛び出しそうな勢いで跳び跳ねる部長は偉くご満悦に。遠目で見ていた他の部員達もキラキラと輝く瓶を見るやこぞってはしゃぎ始める。最早セシリアとシャルロットは蚊帳の外となってしまった。

 まさか、こんな手土産まで用意していたとは。しかも熱中症と夏バテ対策にもなるレモネードとチョイスも素晴らしい。水割りか炭酸割りにして良し、かき氷にかけて良し、使い道は多数有り。恐らくはささらの入れ知恵なのだろうが、初手で部員達の心を掴んだのは大きいぞ。

 

『此方もどうぞ』

 

「……封筒?」

 

『隆道からです。必ず渡すようにと。確認の方をお願いします』

 

 今度は茶封筒が一つ。手紙かなと部長はそれを受け取るや否や──固まった。何故固まったか。

 その茶封筒、よく見るとかなりの厚みがあるしとても重かった。それに──書かれてある単語と文章がその中身を容易に想像させる。

 

 ──『部費&迷惑料』──。

 

 ──月払いは面倒なんでまとめて支払います。余りはお好きにどうぞ。by柳隆道──。

 

(いやいや、まさか、そんな、ね……?)

 

 部長は冷や汗をかいた。

 きっと勘違いだ。無駄に期待しているだけだ。部活動にこんなに渡す筈がない。多分ドッキリか何かだ。そうに違いない、そうであって欲しいと彼女の思考は海に沈む。

 彼女は意を決す。周囲も漸くとソレに気づき、見てしまったが故にピシリと固まり、張り詰めた空気が部屋を満たす。いざ開封の時。

 その中身──。

 

「え? 一、二、三……。……え?」

 

「「「「「…………」」」」」

 

「……──ギャアアアアアッッッ!?!?!? ひ、ひひひ、ひゃ……!?!?!?」

 

 

 

 ──百万円なり。

 

 

 

「うわっっっ!! ……マジ? いやいやいや。本、物? ……本物ぉぉぉっっっ!?!?!? 先生呼んでくる!!」

 

「帯付きの、新札……。これ、本物っ……!! え、あの、怪しいお金じゃない、よね……?」

 

『隆道が本州まで行って引き出したばかりです。今年度分の部費と入部させてくれるお礼だと』

 

「「「「「ありがとうございまあああぁぁぁぁぁっっっすっっっ!!!」」」」」

 

 限界突破。予想だにしない人物から大金を得た生徒達は狂喜乱舞、女子とは思えないえげつない叫びを上げて部屋中を跳び跳ねた。

 この札束、その殆どが仮に入部拒否された際の交渉として隆道が用意したもの。『WALKER』の面倒を見てくれる対価とした、彼なりの誠意だ。世話代とも言っていいだろう。

 大抵の物事は金で片付くもの。話を進めるなら金に物を言わせるのが一番手っ取り早い。今回はその必要さえもなかったが、どうせ渡すつもりのものにこれっぽっちも惜しみはないと考える彼は募金感覚で大金をはたいたのであった。控え目に言っても気狂い過ぎるぞ、この男。金遣いが荒いとかそういうレベルではない。

 

「いやいやありがとうねウォーカーちゃん!! 柳さんにもお礼したいんだけど呼べる!?」

 

『いいえ。ここには来ないと言っていましたので私から伝えておきます。私はもうお暇しますので明日からよろしくお願いしますね』

 

「はーい!! よろしくね──あ、待って!! 料理作り過ぎちゃったから柳さんに渡して!! 今持っ──もう出来てる!? はいどうぞ!!」

 

『ありがとうございます。ではまた明日』

 

 いつの間にか用意された重箱五段を受け取った『WALKER』はきびきびと部屋から出ていった。迷惑を掛けなくてもコレとかお騒がせの塊だな。いや、今回は隆道にも責任があるか。女子校生に大金なんか渡すなよ。トラブルの元になるだろ。

 ともかく、これで騒ぎは終わり──とならず。部長や部員達は未だ熱が冷めずお祭り騒ぎ状態が続く。代表候補生二人は逆に静かだった。

 

「……何なんだろうね、柳さんって。……ん? セシリア? ……セシリア!?」

 

「っ……!! っ……!!」

 

 セシリアはまたしても煩悶としていた。身体を震わせて、歯を食い縛って、目を見開いて。

 

「だだだ大丈夫だから!! 幾ら柳さんとの仲が悪くたってウォーカーとは別の話だってば!! ほら、これから同じ部員なんだから向こうだって仲良くしてくれるって!!」

 

「……すわ」

 

「へぇ?」

 

 

 

 

 

「これは由々しき事態ですわ!! 見てくださいこの美しいレモネードを!! ウォーカーさんが作ったのでしょう!? わたくし、まだこの様なもの作った事がないのですよ!? 既にわたくしよりお上手と!? このままではロボット以下と言われてしまいますわぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

「あ、そっち?」

 

「……ゴクンッ。全く、いつまで騒いでるのだ。二人の分も食べてしまうぞ?」

 

「ラウラはよくあんな騒ぎの中食べられるね?」

 

「シャルロットの作った料理は美味しいからな」

 

「それは……ありがとう……」

 

 あなた(ラウラ)いたのですね。

 

 

 

 

 

 その日、調理室のホワイトボードは本日作った料理の感想等で埋め尽くされていた。その中でも目立つのは、右斜め下辺りに書き足したかの様な雑過ぎる文字と可愛らしい花丸マークがあった。そこにはこう書かれている。

 

 ──『おいしかったで賞EX』──。

 

 ──『ウォーカーちゃんのレモネード』──。

 

 ──甘過ぎずすっきりして美味しかったです。by料理部一同&ラウラ・ボーデヴィッヒ──。

 

 よかったね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「んー……」

 

 今日も今日とてIS学園は平和。『WALKER』の奇行と千冬のブチギレを除けば何事も無い日常を過ごすだけの日々で、セシリアはペンを口元へと宛がい考えに耽っていた。

 今日からは『WALKER』も部活動に参加する。昨日こそ予期せぬ事態に取り乱してしまったが、だからといって此方のやる事は何も変わらない。向こうだって同じ目標を掲げているのだから変に萎縮する必要なんて一切と無い。今後はお互いを尊重し合い部活動に励むべきだ。

 

(それにしてもあのレモネード……悔しいですが大変美味しゅうございましたわ……)

 

 しかし、『WALKER』に対抗心が芽生えたのもまた事実である。あの無人機が持ち出した自作の手土産は自身を含めた全員を虜にしてしまった。別に焦らずとも良いのだが──此方も何かしらで皆を虜に出来るようなものを作れればなと願望を抱いてしまう。

 今は授業中なのだが、セシリアは既に部活しか頭に無い。それなのに授業自体は聞いているし、ノートにペンを走らせる動きも止まらず。授業に取り組む体でしかなかった。いつの間にやら変に器用になったな、この淑女は。

 

「織斑先生。おーりーむーらーせーんーせーっ」

 

「? どうした田島──うおっ」

 

 と、その時。突然とセシリアの耳に入ったのは真後ろにいる生徒の声。それに応えて振り向いた千冬は不意を突かれたか様な驚きの声を上げた。彼女は目を瞠らせ、そこからの引き攣った顔に。その視線はセシリアの左後ろを向いていた。

 位置的に隆道の席だ。また何かあったのかと、セシリアはおもむろに後ろを向くと──。

 

「わっ」

 

「ZZZZzzzzz……」

 

 

 

 隆道は寝ていた。座ったままの姿勢で、ペンを持ったまま白目を向いて。

 

 

 

「まさか……寝てるのか?」

 

「はい。たった今寝ちゃいました」

 

「まだ二時限目だぞ……いや、持ち堪えた方か。しかし何故白目なんだ……?」

 

「何かずっと耐えてたみたいなんですけど、限界来ちゃったのかそのままプッツリ。座ったままの姿勢で寝る人なんて初めて見ましたけど結構器用ですよねー。起こしますかー?」

 

「いや、いい。そのまま寝かせておけ」

 

 千冬、意外にもこれを放置。オブジェと化した隆道に何かする訳でもなく授業に戻る。生徒達も同じく何事も無かったかの様に授業へと戻った。強面が白目を向いて硬直して寝るとかある意味で恐怖でしかないのだが彼女達は特に何も思わない様子。彼に対しても慣れていた。

 毎回ブチギレる千冬といい毎回爆発寸前になる隆道といいやりたい放題な『WALKER』といい、一組の生徒達は一学期でだいぶ強者になったな。これは将来に期待出来るかもしれない。

 

「…………」

 

「オルコットさん? どうしたの?」

 

「──あっ。……いえ? 何でもありませんわ」

 

 

 

 

 

 時は過ぎて昼時。

 

「ん゛ごっ……。……シヌッ」

 

「まーた死ぬとか言ってるよこの人はもう……。ああ、実はさっきまでずーっと寝てたんだよな。んで寝起きだからコレって訳」

 

『成る程、状況は把握しました。それでは隆道にこのスーパーエナジーゲルを飲ませてください。織斑一夏も試飲をお願いします』

 

「何でピンク色に光ってるんだよ……。うわっ、何この粒々。変な粘り気もある。水飴っぽいけど違うよなぁ。……柳さん、口開けてください」

 

「? ……うげっ!? おおお織斑、ソレだけは勘弁し……マズゴパァッッッ!!!」

 

「はっはっはっ。いやいや、そんな大袈裟な……甘グバァッッッ!!!」

 

『更識印というウェブサイトから無料で一ダース頂いた開発商品のサンプルなのですが、隆道には不評でして。篠ノ之箒もどうぞ試飲を』

 

「二人を見てよく平然と勧められるな、お前は。よく分からん所のヤツなんかおいそれと貰うな、飲ませるな。私は絶対に嫌だからな」

 

「…………。……??????」

 

「……セシリア?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の調理室。

 今日から部員に加わった『WALKER』は顧問と部長と三年生数人に囲まれている。全員がメモ帳片手にあれやこれやと騒いでいた。顧問と始めに各々があの無人機に質問等を飛ばしまくっている様子から今日の調理には参加しないだろう。

 

「ふむ……」

 

 そんな姦し過ぎる集団はさておき。班に分かれいざ調理開始手前の最中でセシリアは本を片手に今も考えに耽る。午前中からずっとこの調子だ。

 白目を向いて寝てしまった隆道を見たあの時、彼女は何かしらが頭に浮かび上がった。お昼時の寝ぼけた彼を見た時もそう。なのに、それは直ぐ消えて雲がかり、はっきりと出来ず焦れったい。あの時、何を思い浮かべたのかと彼女は悩んだ。

 

(わたくしはあの時、一体何を──)

 

「はーい、今日は夏にぴったりな夏野菜カレーを作ろうと思いまーす」

 

「──っ。……カレー、ですの?」

 

「そそ。インドから始まり、イギリスへ伝わってそこから日本に伝わったあのカレー」

 

「流石にカレーは存じておりますが……」

 

 それくらい知っている。馬鹿にしているのかとセシリアは少しばかりムッとした。

 それにしてもこの時期にカレーか。どうせならキンキンに冷えたものとか作りたかったかなと、彼女は内心落胆してしまう──のだが。

 

「何でこんな暑い日にカレーって思ったでしょ。この時期だからこそよ」

 

「この時期だからこそ……?」

 

「そそ。敢えて汗を流すのよ。カレーを食べれば血流量が上がって、体温も上がって汗が流れる。すると汗が蒸発して、気化熱で身体の熱を奪う。そうすると身体が冷やされて涼しく感じるの」

 

「……!」

 

 

 

 ──瞬間、セシリアに電流走る。

 

 

 

「それだけじゃないのよ。栄養補給に夏バテ対策冷え性改善にそれから……ああそう、()()()()。こうして見ると良いことだらけね。あ、でも別にカレーに限らず辛い料理なら当て嵌まるから」

 

「な、なんと……!!」

 

「でも私はカレーを推すわ!! 食欲刺激するし食材なんて選り取り見取りだしでもう最強!! それに辛ければ辛い程に美味しい……んもうっ、カレー大好き!!! 毎日食べ──」

 

「それですわっっっ!!!」

 

「──うわびっくりした!! 何!?」

 

 急に変なスイッチが入り感情が昂る先輩部員、そしてそれを制するセシリアの超大音声。周りの生徒達も驚かせ、彼女は一瞬で注目の的となる。しかし、今の彼女はどこ吹く風と受け流す。

 

「疲労回復……辛い料理……オホ、オホホホホ。コレでしたか……!!」

 

 脳が冴えていた。高揚感を感じていた。爽快な気分になっていた。

 

 

 

 彼女は──天啓を得た。

 

 

 

 蟠りが溶けたセシリアは最早無敵。今の彼女を止められる者はいないだろう。先輩部員の両手を握りぶんぶんと振り回しまくり、表情は眩い程の笑顔に。何故か知らぬが逆に恐ろしい。

 彼女は笑う。これで一歩前進が出来るのだと。そして、ある渇望も沸々と沸き上がっていた。

 リベンジを果たしてみせる。必ずや──。

 

「アドバイスありがとうございます! わたくしセシリア・オルコット、精進いたします!」

 

「え。あ、うん。頑張って……?」

 

「シャルロットさんラウラさん!! 土日予定を空けてくださいまし!! 少しばかりわたくしに付き合って頂きますわ!!」

 

「「……え?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌々日の日曜。

 

『ただいま戻りました』

 

「ん」

 

「お帰り、ウォーカー」

 

 すっかり日も暮れて夕食になる時間帯。今日も今日とて男子二人が集まる隆道の部屋は学生寮と思えぬ空間に仕上がっていた。

 山の様に積まれたボードゲームと料理本、棚を占領する沢山の玩具、机の下の工具箱と救急箱に未開封の段ボール箱、箱、箱、箱、箱、箱の山。数人が寛げるスペースこそ確保されてはいるが、こうも物だらけだと結構な圧迫感だ。

 私物の割合は隆道が一割『WALKER』が九割。なのにこれ等全て彼のお金で買ったものである。まだ同棲して二週間と二日だぞ? 現時点で幾ら使ったのか聞くのが恐ろしい。

 

「思ったより遅かったな」

 

『調理室に人間共がいたので寄ってみましたら、なんやかんやでおかずを分けて頂きまして』

 

「アイツらまだやってんのかよ……。ん、つーか分けて頂いたって……」

 

『はい。お察しの通りです』

 

「うーわっ……」

 

 『WALKER』の頭上には──大きな出前箱。

 何かと聞かれれば隆道の夕食。一夏と箒が彼の部屋に時折運んでくれた夕食は今やこの無人機に代わっていた。今日は一夏の分も調達した模様。だがしかし、今日はそれだけではなかった。

 

「昨日からシャルとラウラ……ああ、今日は箒と鈴も行ったんだっけ。セシリアの特訓」

 

「人が食えるもん作れんのかよアイツ。近い内に誰かしらぶっ倒れるぞ」

 

「コラッ。駄目ですからねそんな事を言っちゃ。セシリアは今頑張ってるんですから」

 

「それもそうだな。変に甘過ぎて舌が馬鹿になるサンドイッチを寝起きでいきなり食わされたって昔の話だからで片付くもんな。いやそもそも俺が気安く食っちまったのが悪いのか。悪かったな」

 

「その件は本当にすみませんでした……」

 

 先日の金曜。唐突に何かしら閃いたセシリアはその日から気が狂った様に特訓に明け暮れたと。翌日にはシャルロットとラウラ二人を巻き込み、続けて翌日──つまり今日は箒と鈴音が様子見で参加。お馴染みのメンツでセシリアの料理特訓が始まっていたのである。尚、一夏も彼女達の輪に入ろうとしたが女の時間云々で出禁にされた。

 と、いう事はだ。この出前箱に入っているのは彼等の夕食だけでなく彼女達が作ったのも──。

 

「あっそうか、皆の料理も入ってるって事かぁ。んー楽しみだなぁ」

 

「……ものは何だ?」

 

『見てからのお楽しみです』

 

「焦らすねぇ。あ、テーブル出しますね」

 

「…………」

 

 嫌な予感がするのは気のせいでありたい。

 以前みたく超絶大惨事になる事は無いだろう。流石に同じ轍を踏む愚か者とは思えないし、他の人間もいるのだから変な事になるとは思えない。何よりも持って来たのは『WALKER』なのだから心配は無い──筈。

 疑いも無く期待している一夏とは裏腹に隆道はどうしても警戒してしまい冷や汗が止まらない。これが杞憂であれば良いのだが。

 

『先ずは食堂で調達した二人の鯖定食ご飯特盛、そして篠ノ之箒の胡瓜と蕪の浅漬けです』

 

「ほー。唐辛子入りか」

 

「これ絶対うまいヤツだ」

 

 最初に出されたのはご飯もりもりの鯖定食と、その横にちょこんと浅漬け小鉢。乱切りの胡瓜といちょう切りの蕪がこれまた瑞々しく、極少量の輪切り唐辛子が男子二人の食欲を掻き立てる。

 

『次は凰鈴音のお品。芝麻球になります』

 

「……しまきゅうって何だ?」

 

「ゴマ団子ですね。中国の甘い点心なんですよ。懐かしぃ~、コレがまたうまいんだよなぁ」

 

「へえ。良い香りだな」

 

 二品目は小さな芝麻球が二個。取り出した瞬間香ばしい胡麻の香りが彼等の鼻を猛烈に擽った。一口サイズなのも実に良しだ。食後のデザートが来るとはこれには感謝しかない。

 

『三品目は此方です。シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒのラタトゥイユ、そしてブラートヴルストになります』

 

「鍋ちっさ、どれどれ……。お、トマト煮込み。ソーセージも……分かった、これはドイツか」

 

「うまそう……。ん、何で二人同時なんだ?」

 

『ラタトゥイユはフランス南部の郷土料理です。端的に言えば夏野菜の煮込みになります。隆道の言う通り、ブラートヴルストはドイツの伝統的な焼きソーセージです。二人で作ったと』

 

 次に出されたのは手の平サイズの小さな土鍋。蓋を開ければ熱々な湯気が視界を遮り、見えるは細かく刻まれて真っ赤に染まった様々な野菜が。端にはぶっといソーセージが雑に刺さっていた。コレもまた食欲を刺激する。

 

『最後のお品です。セシ──』

 

「「タイム」」

 

『どうかしました?』

 

「……なあ、これってよ」

 

「綺麗に国それぞれになってますね」

 

 彼等は気付く。これ等は一つの法則があると。

 日本、中国、フランス、ドイツ。この流れなら最後のセシリアはイギリス料理だろうと踏んだ。

 彼等は考える。貴族が作るイギリス料理は何が当てはまるのかと。最早、セシリアの作る料理は不味いという偏見は消えていた。

 貴族らしく優雅なお菓子か? はたまた庶民に寄り添った伝統的国民食か? 思考を巡らそうと全くと想像がつかないが、取り敢えずゲテモノは絶対に有り得ないだろう。

 

「分っかんねえ、イギリス料理知らねえし……。何が来ると思う?」

 

「んんー……。フィッシュ&チップス? えと、鱈のフライとフライドポテトが一緒のヤツです。それか卵を挽肉で包んで揚げたヤツ。名前は……何だっけ?」

 

『スコッチエッグかと思われます。ですが残念、どちらも違います。ヒントはスープ系統であり、伊勢海老をメインとしてサーモン、イカ、カキ、アワビ、ウニ、玉ねぎ、キノコ、ヤングコーンが入っています。どれも高級食材を使ったとの事。ところで隆道」

 

「あん?」

 

『セシリア・オルコットからの伝言があります。『リベンジ果たさせて頂きますわ』、との事』

 

「……?」

 

 これはセシリアの渇望である。

 彼女は技能向上に貪欲なのは周知の事実だが、料理な関しては汚名返上──特に隆道に対しての意味合いが大きかった。

 デストロイサンドを食べさせてしまった彼女は己の情けなさに悔やんだ。無知蒙昧だと恥じた。だが、そこで腐る彼女ではなかった。

 技能を上達させ、皆に認めて貰う。美味しいと言って貰う。特に、不味くとも全てを平らげたをあの男の口からそれを聞きたい。

 

 

 

 ──隆道に美味しいと言わせたい。

 

 

 

 何であろうと負けっぱなしでは終われないのが高貴なる淑女──セシリア・オルコットなのだ。計り知れない向上心を持つ彼女は、何であろうと執念深く取り組むのである。

 尚──。

 

『隆道には是非食べて頂きたいらしいです。曰く疲れた身体にはもってこいだそうで。織斑一夏、見当は付きましたか?』

 

「え、全然分からん。……もうやめましょうか。もう腹が……」

 

「ああ、さっさと食おうぜ。よく分かんねえけどそのリベンジ、受けて立とうじゃねえか」

 

 ──当の本人には全く響かなかった模様。

 セシリアの想いよりも断然食欲が勝っていた。既に二人の腹は早く食わせろと鳴りっぱなしだ。食べ盛り──いや、最早食い意地か。

 

『改めて。此方、セシリア・オルコットの……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『トムヤムクンになります』

 

「「なんでだぁっっっ!!!」」

 

 蓋された器が出ると共にツッコミが爆裂。

 隆道は椅子毎盛大に倒れて頭部を強打、一夏はバナナの皮で滑るが如くに横転して頭部を強打。二人して頭を抑え蹲った。

 

「っっ……イギリス関係ねーじゃねーか!!! 何だアイツここでボケやがって!!! リベンジ云々以前にオチ作んなよ!!!」

 

「今の流れはイギリス料理だろ、普通はさ……。何でタイ料理……?」

 

『理由は定かではありませんが疲労回復効果にはカプサイシンが効くらしいとは言っていました。単純に辛い料理を求めたのかと思います』

 

「だったらもっと他のあるだろ──ちょっと待て今何つった?」

 

 その時、隆道に猛烈な悪寒が走った!!

 

『では御開帳~』

 

「待て、まだ開け──うわっ!?」

 

「ぎゃあああぁぁぁっっっ!!! 痛い!!! 目が痛い!!!」

 

 蓋を開けた途端、立ち込める湯気が襲った。

 何故だか『危険察知』した隆道は直ぐに器から退避。一方の一夏は覗く様に顔を近付けたが為に顔面直撃、どういう訳か大きく仰け反った。

 悲鳴を上げる一夏を放置し隆道は恐る恐る器を覗く。見えたのは具沢山な海鮮と──馬鹿みたく真っ赤なスープ。

 

「……いてっ! おい何だよコレ!!! 湯気がいってえんだけど!!!」

 

『恐らくはコレでしょう。材料も分けて頂いたのですが一つ変わった材料が』

 

「見せろ。……何、この真っ赤な液体」

 

『ブート・ジョロキアという唐辛子を磨り潰してじっくり濃縮させた特製エキスだそうです』

 

「思ったよりとんでもねえヤツ!!!」

 

 小瓶に詰められた真っ赤──というより真紅という文字が相応しいだろうその液体は見ただけで寒気がしてしまうものだった。瓶越しでも辛いと感じるのは気のせいか。

 何れ程辛いのかというと、よく知るタバスコが二千五百から五千、日本人に馴染み深い鷹の爪が大体五万。ハバネロは高くて四十五万。これ等も十分──いや、人によっては死ぬ程辛い。

 

 

 

 それに対し、ブート・ジョロキアは百万。

 

 

 

 アホである。ここまで来れば辛いを飛び越えて痛いだ。しかも、これですら辛さランキング世界三位なのだから頭がおかしい。加減というものを知らないのか、人類は。

 正に特級呪物。口にしてはいけない、この世に存在してはならないものだ。彼の『危険察知』が頗る反応するのだから違いない。

 

「味見したのかアイツ!? つーか、他の奴等はどうした!? こんなもん食っちまったら絶対にぶっ倒れるだろ!!」

 

『味見は全員したそうですが、分けて頂く直前に入れ忘れたとか言ってこのエキスを。そういえば帰りの道中で調理室から悲鳴が聞こえましたね。成る程、あれはコレを食べたからでしたか』

 

「駄目じゃねえか!!」

 

『ですが人間共の味覚は十人十色で好みもあると聞いています。隆道と織斑一夏は美味しいと思うかもしれないじゃないですか』

 

「言ってる事は分かるがコレはねえだろ……」

 

 悪意が無いのは十分に分かる。この目で見た訳ではないが上達も確かにしているのだろう。

 だとするならば、これは知識不足による過ち。上達中の人がやりがちな『ちょっとアレンジ』をやってしまったものかもしれない。出来たものはちょっと処の話ではないが。

 隆道は躊躇う。『危険察知』により視界の色が常に反転したままという事は、このスープは相当危険な物だという事。料理という名の劇物を口に運ぶのは流石の彼でも恐ろしく思う。

 

「はあ……。おい、大丈夫か織斑」

 

「だ、大丈夫、です……。まだ痛い……」

 

「どれ。……目は……おっし、やられてねえな。一応目洗ってこい。……ウォーカー、お使いだ」

 

『了解。何をお求めで?』

 

「牛乳買ってこい。二リットルな」

 

 しかし、隆道は決心する。

 劇物に例えても料理である事には間違いない。出された以上、食べてもいないのに捨てる訳にはいかない。それが高級食材とならば尚更だ。

 受けて立つと豪語した。吐いた唾は飲まない。絶対に食べ切ってみせると、彼は誓った。

 

『では行って来ます』

 

「おう。……まだ痛むか?」

 

「だいぶ引きました。あー痛かったー……」

 

「ん。ウォーカーに牛乳買いに行かせた。俺らは先にコレ(トムヤムクン)以外食うぞ」

 

「……ええ。必ず完食しましょう」

 

 二人は同時に料理にがっついていく。その時の彼等はそれはもう満面の笑みを浮かべていた。

 

(伊勢海老、かあ……。まあ大丈夫だろ)

 

 その後暫く。唇を腫らした箒と、何故か千冬の二人が隆道の部屋にすっ飛んできましたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の月曜。

 

『報告。隆道は体調不良により今日は休みです。織斑千冬も隆道の看病により今日一日休みます。では失礼』

 

 ピシャリと扉が閉まる音が響く教室。生徒達は豆鉄砲を食らったかの様な面貌でポカンとする。隆道の体調不良は理解出来るとして、何故千冬が看病に付いたのかと。

 

「まだヒリヒリする……」

 

「しっかりするんだシャル。あれくらい我が国の訓練と比べたら生温いものだぞ?」

 

「訓練と比べる時点でもう間違ってるよぉ……。ねぇ、ソレ一個頂戴?」

 

「幾らシャルの頼みでも聞けないな。これは私のゴマ団子だ」

 

 机に突っ伏す苦しそうなシャルロットと平然な顔で芝麻球を次々頬張るラウラ。シャルロットの唇は腫れていた。原因は言わずもがなアレだ。

 

「あの後どうなった?」

 

「取り敢えず大事にはなってないってさ」

 

「それなら良い。しかし、まさか、な……」

 

「ああ、俺も初めて知った。何でも食える人かと思ってたけども……。信じられるか? あの人、分かってて食ったんだぞ?」

 

「何故そこまでして……」

 

 教室の前列辺りでひそひそ話をする一夏と箒は今や呆れた表情であった。その原因は──。

 

「違うんです、違うんですの……」

 

 机に突っ伏し、しくしく泣き崩れるセシリア。ずっとこの状態であったのか、涙は机に広がって床まで滴っていた。誰も声を掛けられなかった。

 一夏と箒は彼女に対し呆れているのではなく、隆道に呆れていた。しかし、その場にいた者しか把握していない以上、それ以外の人間は必然的にこう思ってしまう訳で。

 

(((((また何かやったんだ……)))))

 

 後に弁明されるとはいえ、これは酷いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「具合はどうだ?」

 

「昨日よりマシ……。やっぱ駄目なんだな……」

 

「何故、エビアレルギーと知ってて食べた……。食べない理由には十分だろ……」

 

「最後に食ったのは十年以上前だし……あの時は全然軽かったから、今ならいけるだろって……。それに、伊勢海老食ってみたかったんだよ……」

 

「アレルギーを舐めるな、馬鹿者。人によっては最悪死に至るんだぞ。少しは反省しろ」

 

「いや俺死なねえし。……リセットしていい?」

 

「だから私がいるんだ。この私が夜までみっちり看病してやるから覚悟するんだな」

 

「……へい」

 

 ぶっ倒れたのは隆道だけでしたとさ。




アレルギーの件は実体験です。本当に危険。
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